とうとう無限城(再建済)での決戦となります。
◆◆◆◆◆
秋も過ぎ行き、吹き抜けて行く寒風に身を震わせる様な季節となった。
夏の盛りに始まった柱稽古もつい先日目出度く最後の隊士が冨岡さんから合格を貰い、途中でリタイアした者を除けば全員が合格したと言う事になる。
途中で諦めてしまった者が出なかった訳では無いのだけれど、しかし柱稽古が始まる前に予想されていた離脱者の数に比べればずっと少なくて。
鬼殺隊全体の戦力底上げという目的は間違いなく果たせたのだろう。
柱稽古を完走した者たちは、自主的な鍛錬を継続する者や炭治郎たちの様に自主的に柱の下を訪れて鍛え上げたりと、柱稽古が終わっても鬼舞辻無惨との決戦に向けて全員が己に出来る最善を尽くしている様で。
士気に関しても十分以上に高い状態を保てている様であった。
肝心の鬼舞辻無惨の動きに関してだが、無惨が市井で生きる際に隠れ蓑にしていたと思わしき人間の幾つかは調べが付いたのだけれど、その全てが既にもぬけの殻に等しい状態で。
鬼舞辻無惨が「家族」を装っていた人間たちはその尽くが殺し尽くされていたらしい。
世間的には猟奇殺人の犠牲者……と処理されてはいるのだが。
恐らくは、鬼舞辻無惨が「処分」したのだろうとお館様たちは分析していた。
折角の隠れ蓑をどうしてそんな風に壊してしまったのかは、その残虐な手口に怒りを覚えたりするよりも前に甚だ疑問に思うしかないのだけれど。
恐らくは、己の痕跡を残した事で鬼舞辻無惨側の戦力が整う前に鬼殺隊側から襲撃される可能性を、それがほんの僅かなものであるのだとして完全に消し去りたかったからなのでは、と。そうお館様は言っていた。
……何にせよ、何も知らぬままに利用されそして惨殺された罪無き人々のその冥福を祈るしか無い。
鬼舞辻無惨に限らず鬼と言う存在その物の活動が不気味な程にピタリと止んでいる状態が続いているが。木っ端の鬼たちが何らかの理由で消滅させられたりした訳などでは無く、恐らくは決戦の際の雑兵としてストックされているのだろう。
下弦の鬼にすら届かないどころか血鬼術すら持たない鬼であっても、人海戦術とばかりに押し寄せて来たら柱の人たちはともかく一般隊士では無傷で切り抜ける事は難しい。
更には雑兵モドキの鬼たちであっても、鬼舞辻無惨の血によってその力を無理矢理高められている可能性はある。
大した力の無い鬼にとって鬼舞辻無惨の血とは己の力を高めるドーピング薬の様な物であるのと同時に、僅かにでも己の分を超える量を与えられれば即座に己の命を奪う致死の猛毒にも成り得るものであるらしいので、雑兵モドキの鬼たちが皆が皆上弦級の力を得られる訳では無いだろうけれど……。しかし、下弦の鬼かそれに準ずる力を持つ鬼たちが量産されていると考えて備えておく方が良いだろう。備え過ぎていて困る事は無い。
更には、鬼舞辻無惨が本気で勝ちに来るつもりであるなら一体何をしようとするのであろうかと考え議論になった際に、真っ先に候補に上がったのが「人質」であった。
民間人を攫うなりして決戦の場……恐らくはあの異常な空間に適当に放っておくだけで、鬼殺隊の動きを制限する事は出来るし、鬼たちにとっては食料がうようよしている環境になるし、無惨がその場に居ればいざとなれば鬼にして即席の戦力に出来るのだし、民間人が何人増えようが鬼の邪魔になる事は無いと、実に鬼舞辻無惨側にとっては良い事づくめであるのだから、寧ろやらない理由は無いだろうと言う結論になった。
そもそも「人質」になる様な民間人が攫われる事自体を阻止したい所だが、あの異空間を操る鬼が健在であるなら、どれ程鬼殺隊が血眼になって鬼たちの影を探していたとしても、それを阻止するのはほぼ不可能である。
その気になれば、何百何千何万と言う人を一度にあの異空間の中に落として鬼の餌にしてしまう事だって不可能ではないだろう。……まあ、鬼舞辻無惨としては幾ら何の脅威でも無い民間人とは言えその様な人数を一度に消して大騒ぎになるのは避けたいだろうが……。しかし形振り構わなくなっている場合、「人質」の被害人数の見通しは全く立たないだろう。
そして当然、「人質」が多ければ多い程鬼殺隊の動きは阻害される。
鬼殺隊の理念としても、鬼に襲われている罪なき人を放置する事など絶対に出来ないのだから。
どれ程「足手まとい」であるのだとしても、人々を守る事を躊躇う隊士など居ない。
そして大量の民間人が「人質」になっていた場合最も憂慮しなければならないのは、そんな人数を如何にしてあの異空間から脱出させるかである。
異空間を操る鬼の力が無ければ脱出不可能であるのならば、そこに引き摺り込まれたが最期最悪の場合あの異空間諸共に鬼舞辻無惨の手によって始末されかねない。鬼舞辻無惨は全ての鬼の命を握り、好きな時にその鬼を「処分」出来るのだ。
血鬼術によって異空間が維持されていた場合、その鬼が死ねばほぼ確実にその異空間は崩壊する。その際に無事に何処かへ排出されると言う楽観的な見方は出来ない。
ペルソナの力を使えば脱出自体は可能だろうが、しかし鬼殺隊の隊士全員に加えて大量の民間人をもとなればそれだけで力尽きてしまう可能性はある。流石にそれは不味い。
鬼舞辻無惨としても、異空間を操ると言う「便利な」鬼を早々簡単に始末しようとはしないだろうが。
本気で何が何でも此方の息の根を止めようとしてくるのであれば、それを実行する可能性は常に考えて戦わなければならない。
それに対しては本気で対策する必要があった。
他にも幾つか想定される鬼舞辻無惨側の行動をそれに対する対策などを可能な限り行いつつ、着々と決戦への備えは進んでいく。
お館様の身体が「健康」と言っても良い状態に快復した事もあって、決戦に向けての柱合会議が可能な限り開かれる事になり。
つい先日には、遂に柱全員に珠世さんと愈史郎さんの存在とその尽力の内容も明かされる事になった。
……まあ、流石に全員が全員諸手を挙げて大歓迎、とはならなかったが。
多少の悶着はあったものの、最終的には『鬼舞辻無惨の討滅』と言う共通目標にして最大の理由によって、「協力」は可能と言う結論に落ち着いた。
まあ、「鬼だから」と突っぱねてしまう事が取り返しの付かない程に鬼殺隊に不利益を齎してしまいかねない程に、珠世さんがしのぶさんと協力して作り上げた薬(或いは毒)の数々や愈史郎さんの血鬼術による「目」は余りにも有用な存在であったのだ。
鬼舞辻無惨や上弦の鬼たちを弱体化させて少しでも人間たちの刃が届く存在にまで引き摺り落とす為の様々な薬は、最早決戦における要以外の何物でも無いのだし。
瞬時に連絡を取り合ったり状況を互いに把握する術など存在しないこの大正時代に於いて、リアルタイムに遠方の状況を視覚的に把握出来る愈史郎さんの「目」は時代を百年以上も先取りした技術だ、有用なんて言葉では到底収まりきらない。
乱用は難しくとも、姿を隠せる血鬼術も間違いなく役に立つだろう。
それらを詰まらない個人的な拘りで切り捨ててしまえる程、柱の人たちの鬼舞辻無惨への恨み辛みや義憤や憎悪は軽い物では無い。
そんなこんなで無事に、珠世さんたちと情報共有や技術の共有、及び作戦の共有が可能となったのであった。
可能な限りの対策を立てて、何時決戦が始まっても迅速に動ける様に作戦を事前に共有し。柱たちは時間の許す限り己を鍛え共闘の為の鍛錬を積み、その合間合間に隊士たちを鍛え上げ。
そうやって時間は一日一日と過ぎて行く。
そして……遂に。
禰豆子ちゃんの為に調整された『鬼を人に戻す薬』が完成したのであった。
◆◆◆◆◆
その紛れも無い吉報が炭治郎の下に届いたのは、冬も半ばを過ぎてそろそろ年の暮れを意識し始める様な頃合だった。
もう何時鬼舞辻無惨との決戦の火蓋が切られてもおかしくは無い、と。そう誰もが闘志を漲らせつつも何処か落ち着かない様子で過ごしていた中での事である。
その報せを己の鎹鴉から受け取った炭治郎は、驚きの余り硬直し、その一瞬の後には飛び上がらんばかりに喜びを爆発させた。
……炭治郎が家族を喪い、そして禰豆子ちゃんを人に戻す為の戦いを始めたのが凡そ三年前。実際に鬼との戦いに身を投じたのはここ一年弱の事ではあるけれど、それ程の間求め続けていたものが漸く手に入るのだ。その反応は至極当然の事であった。
禰豆子ちゃんとしても、三年もの時間を喪った事は決して軽くは無いが、しかし遺された唯一の家族である炭治郎に置いて逝かれる様な事も時の流れの中に置き去りにされる様な事も無く再び人としての時間を生きる事が叶うのは紛れも無く幸いな事であるのだろう。
そんな訳で早速、とばかりに炭治郎は禰豆子ちゃんを連れて珠世さんたちの下へと向かった。
待ってましたとばかりに既に準備を整えてくれていた珠世さんたちの説明によると、人から鬼に変化する際に理性を喪う程に強烈な飢餓感に支配される程、異なるものへと変化する時の負担と言う物は非常に大きいもので。
それは、鬼から人へと変化する際も同様の事が言えるのだそうだ。そして、それは変化が急激なものであればある程負担は重くなる。
その為、数日の時間を掛けてゆっくりと人に戻る様にと薬を調整しているらしい。
更には、その際の苦痛などを極力軽減する為にも深く眠らせた状態で行うのだ、とも。
……出来る事ならばその間をずっと禰豆子ちゃんの傍に付いていてやりたいものではあるのだけれど。
しかし既にいつ何時鬼舞辻無惨から襲撃されるとも分からない状況下では、鬼舞辻無惨に狙われている自分は禰豆子ちゃんの傍には居られないし、隊士としての責務のある炭治郎もまた傍に付きっきりになる事は出来ない。
更には、鬼舞辻無惨にこちら側の居場所が割れている可能性も考慮しなければならない事を考えると、現鬼殺隊本部である産屋敷邸は当然として、蝶屋敷を含めた各柱の屋敷に匿う事も難しい。
決戦に備えて、予てから用意されていた秘匿性の高い屋敷へと鬼殺隊本部及び作戦司令室の役目は移されているそうなのだが……。まあそちらに関しては何処に在るのかを知るのは、お館様たちと護衛として選抜された者のみであるのだとか。
人に戻りつつある状態でも万が一にも陽光を克服した鬼である禰豆子ちゃんを鬼舞辻無惨の手に渡してしまえば、人質的な意味以上に危険な事になるので、完全に人に戻るまでの間は禰豆子ちゃんの身柄は新本部の屋敷に匿われ、護衛の者がその身命を賭してでも守る事になるそうである。
そうやって出入りさせる事で新本部の場所が鬼に割れないかに関しては、鬼は絶対に行動出来ない日中でも構わず連れ出せる禰豆子ちゃんならば、鬼相手には絶対の秘匿性を以て新たな拠点に連れ込めるので大丈夫である、との事だそうだ。
一時的なものであるにしろ禰豆子ちゃんと別れる事になる炭治郎は不安を隠せない顔をしていたが……しかしその選抜された護衛の一人が、己の師である鱗滝さんである事を知ると途端に安堵した様な表情になった。
炭治郎にとっては第二の父親の様な存在であるのだし、禰豆子ちゃんを任せる事に何の不安も無い程に信頼している。
それもあって、薬によって昏昏と眠る禰豆子ちゃんの様子が心配そうに見てはいたものの、不安そうにする事は無く炭治郎は珠世さんたちに禰豆子ちゃんを託すのであった。
そして、決戦の際に使用する予定の諸々の薬を完成させて、やっと一息吐ける様になったしのぶさんと共に蝶屋敷へと帰った。
自分はともかく、しのぶさんにとってはかなり久し振りの帰宅になる。
ゆっくりとしたい所ではあるが、何せ確実に決戦が迫り来る中では完全に気を抜く事は出来ない。
日中に仕掛けてくる事は先ず無いが、逆に言うと日中しか休まる時間は無い。
それに、蝶屋敷の場所が鬼舞辻無惨側に漏れていて此処が鬼の襲撃を受ける可能性が決して高くは無くても有り得る以上、此処に非戦闘員である皆を置いていく訳にはいかず。
鬼の活動が止んだ事で療養中の隊士たちが居ない事もあって、そもそも非戦闘員であるすみ・きよ・なほの三人と隊士ではあるものの戦闘は出来ないアオイは安全な場所へと避難する事になっていた。
鬼舞辻無惨との決戦が終わるまでは、四人が此処に帰って来る事は出来ない。
四人は明日の昼に避難先へと向かうので、今夜が皆で一緒に過ごせる最後の時間になる可能性もあった。
まあ、当然。全員で生きて此処に帰る事が叶う様に全力を尽くすのだけれども。しかし、何が起きるのか誰にも分からない以上は、変な後悔だけは残したく無いものである。
しのぶさんとカナヲと、アオイとすみときよとなほと、そして自分と。更には炭治郎と伊之助と善逸と。
全員で、穏やかでありながらも賑やかな時間を過ごす。
久し振りにしのぶさんに会えてテンションが上がり過ぎてやんちゃをした伊之助がしのぶさんのお説教を食らっている姿を皆で微笑ましく見守ったり、炭治郎に話し掛けようとして中々上手く話題が出せなくて困っているカナヲをアオイと一緒に影から応援したり、と。
とても愛しい時間を過ごした。
そして……──
「しのぶ様、カナヲ……。
必ず……、必ずまた、此処に帰ってきて下さいね。
また、『お帰りなさい』と。私たちにそう言わせて下さい」
別れにそう涙ぐみそうになりながら、アオイはしのぶさんとカナヲの身を案じる。
すみときよとなほも、皆何処か不安そうに二人の名を呼んで少しその目を赤くしていた。
四人は炭治郎たちの身も案じ、その無事を祈る様に言葉にする。
戦いの場に赴く事は出来ないからこそ、出来るのはこうしてその無事を祈る事ばかりであるとよく知っているからこそ。その祈りの言葉は何処までも真摯なものであった。
「俺も精一杯、皆でまた此処に帰って来れる様に頑張るよ」
その言葉で少しでも安心して欲しいと思いながら微笑むと、四人はそれに頷くと同時に言う。
「悠さんも、どうかご無事で……!
皆で一緒に帰って来ないと駄目なんですからね……!」
四人にそう口々に言われ、胸に暖かなものが広がる様な想いと共にそれに頷く。
ギュウギュウと抱き着いて来る三人の頭をヨシヨシと優しく撫でて、抱き着きはしないものの不安に揺れる眼差しで此方を見て来るアオイに安心させる様に微笑んだ。
そうして、名残惜しそうに何度も振り返る四人を見送ると。
途端に、何だか蝶屋敷が少し寂しくなってしまった気がした。
自分でも自覚して感じていた以上に、自分にとっての四人の存在は『日常』の象徴であったのかもしれない。
まあ、しのぶさんにカナヲだけでなく炭治郎たちも居るので、十一月のあの日々に感じていた様な重く苦しく暗く深い海の底に沈んで行くかの様な寂しさとは全く違うのだけれど。
それに、今から待ち受けている戦いを思うと、寂しさに気を取られている訳にはいかない。
鬼舞辻無惨との決戦に勝利しなくてはならないのは当然として、今度こそしのぶさんに上弦の弐の鬼──童磨の頸を落として貰う必要があるのだし、黒死牟や猗窩座との戦いも確実に待ち受けている。
そのどれもが一筋縄ではいかないものである。
黒死牟と猗窩座に関しては再現を経て出来る限りの対策を講じてはいるが、それだけで乗り切れる程甘い相手では当然無いのだし。更には童磨は未知数の超進化を遂げている可能性もある。
以前と同様だと想定して挑むと、最悪の結果を招きかねない。
……それでも、やるしか無い。
それが自分の選んだ事であり、しのぶさんとの約束であるのならば。
「……悠くんは」
ふと、横に居たしのぶさんがそう口にする。
炭治郎たちは鍛錬場の方に行ったので、今此処に居るのは自分の他にはしのぶさんとカナヲだけで。
僅かに不安そうな声音の混ざったそれに、静かに耳を傾けた。
「私があの鬼の頸を斬れる、と。そう本気で思いますか?」
刀を振り切る力に乏しいしのぶさんが童磨の頸を斬る為に、考えられる限りの全ての準備を行って。
実際にその方法を幾つも検討しては、自分を実験台にして試して。
カナヲの手も借りて、何度も何度も童磨との戦いを想定した手合わせを行ってきた。
珠世さんとの合同研究の合間を縫って、自由な時間のほぼ全てをそれに費やしたと言っても良い程に、考えられる限りの対策を打った。
しかしそれでも、童磨の強さが自分が対峙した際のそれを遥かに超えた未知の領域のものになっているだろう事を考えると、どうしても不安なのだろう。
自身に通常の手段では鬼の頸を斬る力は無い事を誰よりも痛感しているからこそ、どれ程準備していたとしてもその不安は付き纏う。
「……それが単なる私の我儘である事は分かっています。
私怨、私情……それと全く変わらない。
無惨を討つ目標を掲げその為の研究に時間を捧げておきながら、常に私の頭に在ったのはあの悪鬼の頸を斬る事だけ。
……私ではなく、カナヲがその役目を果たそうとする方がもっとずっと可能性があると、……悠くんならば必ず勝てるのだろうと、そう誰よりも理解していても、それを譲る事は出来ない」
己の身を顧みず寧ろ勝利の為の捨て駒にする覚悟で、己が捧げられる何もかもを懸けようとしていた時の様な、儘ならぬ現実に追い詰められて袋小路の中で命を投げ捨てるかの様に復讐の為だけに生きていた時とは少し変わったけれど。
それでも、しのぶさんの心の大半を占めるのはやはり愛しい家族を奪った存在への復讐の念で。
己が無力であると、そう思うからこそ。より一層その手で討ち滅ぼす事を願ってしまう。
それを、悪いだとか間違っているだとかは、思わない。
大局的に見た時の『最適解』と個人にとっての『望み』が重なるとは限らず、そもそも自分もカナヲもそんなしのぶさんの『望み』を……復讐を叶える為に力を尽くす事を自ら選んだのだ。
しのぶさんが、正しく復讐を遂げる為に。……その先の未来でしのぶさんが幸せに笑える様になる為に。その為ならば。
「大丈夫」
しのぶ姉さん、と。カナヲは己の『家族』へとそう呼び掛けて、揺るぎない声音でしのぶさんを包み込む様に肯定する。
「必ず、しのぶ姉さんの刃はあいつに届く。
しのぶ姉さんの手が、あいつを殺す。
その為に、私が居る、悠さんが居る」
「カナヲの言う通りです。
俺たちで、必ずしのぶさんの刃をあの頸に届けてみせます。
しのぶさんの想いは、何も間違ってない。
しのぶさんが選んだ復讐を、俺たちは肯定したのだし、そしてその為に力を尽くすと約束しました。
もしその復讐が、最善の選択では無いのだとしても……。
なら、それを選ぶ俺も同罪です」
二人分の肯定に、しのぶさんは暫しの沈黙の後に僅かに表情を柔らかくする。
「これが最後の戦いになると思うと、どうにも気弱になり過ぎてしまった様です」
二人共ありがとう、と。そう微笑むしのぶさんのその表情は、普段浮かべているものよりもずっと、しのぶさんの感情が伝わってくるものであった。
◆◆◆◆◆
無惨との決戦の日は、刻一刻と迫って来ている。
いっそ不気味な程に鬼たちに動きは無いけれど、しかしそれは無惨が動いていないと言う証拠にはならないし、千年以上もの間人の世の中で闇に紛れながらも思うがままに生きてその尻尾をほぼ掴ませなかった存在が今になって何か表立って動くなんて事は無いのだし、隠たちなどを総動員して血眼になって探り続けている鬼殺隊の目すら掻い潜って己の欲望を叶える為に暗躍していると考えた方が良い。
それは分かっているのだけれど、階級こそかなり高くなってはいてもあくまでも一介の隊士でしかない俺たちに、無惨との戦いに対して何か特別に対策出来る事は無くて。
『その時』が何時来ても良い様に鍛え上げ備える事しか出来ない。
まあ、その鍛え上げると言う部分に関しては、俺たちはかなり恵まれている方だと思う。
煉獄さんに宇髄さん、無一郎くんに甘露寺さん、それに義勇さんたちなど、無惨への対策に忙しい合間を縫って稽古の相手になってくれたり鍛錬を指導してくれる柱の人たちが居るし。何よりも、悠さんが物凄く色々と力を貸してくれる。
鍛えても鍛えても、俺たちよりも遥かに先を行く上に鍛え続けている柱の人たちには遠く及ばないけれど。
しかし、昨日より今日、今日より明日と強くなっていけば、無惨を倒す為の夜明けまでの一秒を少しでも多く稼ぐ為の一助になれる。
俺たちで稼げる一秒なんて本当に少しだけだとしても、しかしその一秒自体の価値に変わりはなく、その一秒が無惨を滅ぼす為の最後の一押しになる可能性だってある。結局の所強くなるしかない。
鬼殺隊に入ったばかりの頃より、全集中の呼吸の常中が可能になった頃より、上弦の陸と戦った時より、柱稽古が始まった頃より。今の俺はずっと鍛えられていると思うし、今ではヒノカミ神楽をずっと使っていても大丈夫な程に力もついてきた。
善逸も伊之助も、ずっとずっと強くなっている。
より確りと身体が出来上がってきているからか、入隊直後と比べると体格とかも随分変わっている事だと思う。
背丈もかなり伸びたのではないだろうか。
まあ、背丈や体格と言う意味で一番成長してるのは間違いなく玄弥だと思うけれど。
最終選別を終えたばかりの頃と比べると一瞬別人かと思ってしまう程に玄弥は急成長している。再会した時には驚いてしまった程だ。
そんな事を少し前に悠さんが居る時に皆で話していると、悠さんはそうだなとばかりに頷いていた。
俺たち以上に玄弥をよく見てきたのだから、その成長具合もしっかりと見てきたのだろう。
「炭治郎たちも、凄くしっかりした身体になってる。炭治郎たちの努力の証だ」、と。
出会ったばかりの頃とを比べてそう言って微笑んだ悠さんの言葉にちょっと照れてしまった程だ。
その時ふと、悠さんは全然変わらないな……と気付く。
顔を合わせる機会が多過ぎて緩やかな変化に全く気付けていないだけなのかと一瞬思ったけれど。
物凄く記憶力に自信がある訳では無いとは言え、それでも思い返した時のその姿は何時も全く変わらない気がするのだ。
髪の長さなど、そう言った細かい部分も。
だから……。
「そう言えば、悠さんは出会った頃から変わりませんね」、と。何か他意があった訳ではなくそう言葉にした。
「そうか?」とか「そんな事は無いと思うけど」なんて言葉を期待していたけれど、悠さんは何も返さなくて。
少し驚いてその表情を見ると、何かに気付いた様な……そして何かの感情を静かに深い場所に沈めるかの様にそっと目を伏せた。
その時悠さんの匂いから一瞬感じたその感情は……寂しさの様な静かな悲しみの様な……そんな何かで。
その理由が分からずに、少し戸惑ってしまって。
「確かに、そうかもな」と。呟く様な悠さんのその言葉に何も言えなかった。
悠さんの様子が少し変だった気がしたその日から少しして、俺たちはどうにも奇妙な話を耳にした。
どうやら、巷では『ナルカミ教』なるものが流行っているらしい。
どうしたって夜間に活動する事が多い上に鬼を狩る為に各地を転々としなければならない鬼殺隊の隊士たちは総じて世間の変化に機敏な方では無くて。
更には、元々都会とかを知ってる善逸はともかく、山育ちの俺も伊之助も大分「世間知らず」ってやつなのだそうだ。
そんな訳で、巷で何が流行っているのだとか、世間の動きがどうだとかと言うものは俺には正直あんまり分からない事が多い。
そんな俺たちの耳にまでその『ナルカミ教』なるものが届いたと言う事は、それは相当に人々の間でそれが話題に上っているものなのだろう。
鍛錬中に出会った先輩隊士の人たちが教えてくれたところ、その『ナルカミ教』はここ半年程の間で急速に信仰される様になったものであるらしい。
その先輩たちは別に『ナルカミ教』を信じている訳では無いのだけれど。しかし「ナルカミ」と言う名前などから、悠さんの事を『ナルカミ教』の神様である「ナルカミ様」と絡めて噂している人は鬼殺隊の中にも居るのだそうだ。
人の願いを叶えてくれるその「ナルカミ様」みたいな『神様』が本当に居たら良いんだけどな、なんて。そんな事を言って先輩たちとは別れたのだけれど。
何だかちょっと気に掛ってしまい、その後で『ナルカミ教』について悠さんに訊ねてみた。
悠さんは全くの初耳であったらしくて、「ナルカミ」と言う言葉上の自分との符合には首を傾げてはいたけれど、正直全く心当たりは無かったらしい。
物凄く物知りな悠さんでも全く知らないとなると、それは本当にここ最近に生まれ突然急速に拡がった信仰だったのだろうか?
それにしたって、どうしてそんなに急に?
そんな風に疑問に思っていると、『ナルカミ教』がどんな物なのかを又聞きとはいえ知った悠さんは少し嘆息する様に息を吐きながら言う。
「……話に聞いてる限りでは、ただ単にその『ナルカミ様』とやらを信じて祈ればいいってだけの……物凄くお手軽でしかも信じたとしても何か負担になる事も無いものだからだろうな。
それでいて、どんな願いだって叶えてくれるし、願った人を救ってくれると言うのなら……。まあ、信じたくなるのも無理は無い。
それで金銭を騙し取られているとかそんな風な事があるならまだしも、そういうのは一切無いらしいし。
偶然でもそれを信じた事で何か良い事があった人が居た時に、その人に勧められた周りの人が試しに信じてみるまでの障害が物凄く少ないからってのはあるんだろう」
「神様」に縋れるものなら縋ってみたい人は多いのだから、と。そう悠さんは言う。
しかしそうは言いながらも悠さんはあまり良い顔はしていなかった。
「悠さんにとって、その『ナルカミ教』ってどうなんですか?」
「俺にとって、か……そうだな。
正直胡散臭いし、信じろって言われてもちょっと困ると言うか。
あと、『ナルカミ様』って名前なのもちょっとなぁ……」
うーん……と唸る様にそう言葉を濁す悠さんに、その気持ちは何となく分かるので思わず頷いた。
そりゃあ俺だって、「竈門様」だとかなんて名前の神様が居たとしたら、どんなに由緒正しい神様だとしてもちょっと変な感じがするだろう。そもそも全く知らなかったそれに対して、悠さんが微妙な気持ちになるのは仕方が無い。
それに、胡散臭いと言ってしまうその気持ちも分かる。
願うだけでそれを叶えてくれるなんて、そんな都合が良い事は果たしてあるのだろうか?
どうしても叶えたい……叶って欲しい望みと言うのはきっと誰にでもあって、そしてその望みがどの様に叶うのかというのはきっとそれを強く願った時にはあまり大きな問題にはならないのだろうけれど。
しかし……、と。そう考えてしまう。
そんなものが一気に広まってしまう程に、人々は『都合のいい「神様」』を求めてしまっているのだろうか。
俺が少し難しい顔をしていたからか、悠さんは安心させるかの様に「気にするな」と微笑むのであった。
◆◆◆◆◆
三日以内に鬼舞辻無惨との決戦になる、と。
お館様がその神憑り的なまでの先見の明を以てそう宣言したのは、蝶屋敷から避難するアオイたちを見送った丁度その翌日の事であった。
それに伴って、何時襲撃されても問題なく迎え撃つ事が出来る様にと準備する必要があり、自分たちも蝶屋敷を離れる必要がある。
いよいよか、と。緊張する部分はあるが、鬼舞辻無惨が逃亡する可能性も常に考えていたが故にそうはならなさそうな事への安堵もあった。それは、皆もそうなのだろう。
炭治郎たちのやる気は既に十分で、決戦の場で最高の力を発揮出来る様にと、日々の鍛錬も己を追い込む様な過酷なものではなく、エンジンを温めておくかの様なものに留めている。まあ、それでも十分激しいものだとは思うが。
作戦の都合上、自分は炭治郎たちとは別行動になる。
とは言え、異空間に引き摺り込まれるのであればその後はどうなるのかは現時点では分からないのだが。
何であれ、鬼舞辻無惨を相手に夜明けまで足止めする時までは合流出来ない可能性があり、それは最悪の場合これが今生の別れになってしまう可能性をも示している。
だからこそ出立までのその時間を惜しむ様に、炭治郎たちとゆっくりと話をした。
他愛も無い話から、ちょっと真面目な話も、戦う時にどうすれば良いのかなども。
「もしかしたら……」と言う思いがどうしてもあるからこそ、この時間が何時までも続けばいいのにと思ってしまう程に名残惜しい。
自分の手が何もかもを抱え込む事は出来ず、目の前に居ない者を直接的に助ける術はなく。そして最終目標である鬼舞辻無惨だけでなく上弦の鬼たちも、現時点での限界まで己を鍛え上げた炭治郎たちですら単独では勝ち目が無い相手であるが故に、焦燥感にも似た拭い切れない恐怖は己の内から完全には消せない。
炭治郎たちがどれ程強いのか、信頼に値するか分かっていても。それを遥かに上回る理不尽に立ち向かっていかなければならないからこそ。
鬼舞辻無惨との決戦に挑むと、そう自らが選び取ったその結果を、代わってやる事は自分にも他の誰にも出来ない事は分かっているからこそ。
大切な人を喪いたくないと、そう胸の中で荒れ狂う嵐の様に訴えてくるその想いを呑み込んで。
互いの武運を願う事しか、無事に生きて夜明けを迎えられる様に祈る事しか、出来ない。
そんな不安を抱えている事を見抜かれたのか、ふと炭治郎は明るい話をしようとしてか、「戦いが終わったらどうしたいのか」と皆に訊ねた。
……鬼舞辻無惨との因縁に全ての決着がついたのであれば、どんな形であれ鬼殺隊の戦いは終わる。
まあ、事後処理などは沢山残されるだろうから、直ぐ様に完全に解体されたり解散したりはしないだろうけれど。
しかし、鬼が消え去った夜明けの先に、鬼を狩る者たちはもう必要が無い存在だ。
だからこそ、『その後』を考える事は必要な事である。
まあ、殆どの隊士の人たちはそんな事を考えるよりも目の前に差し迫った決戦の事を考えるだけで精一杯であるのだし、ほんの少し先の「未来」を考え様にもその心の中は鬼への怒りや憎しみで一杯なのかもしれないけれど。
これが物語の中であるのならば所謂『死亡フラグ』と言うやつであるのかもしれないが、「未来」を考えられる事は良い事だと思う。
炭治郎の言葉に、善逸は早速「俺は禰豆子ちゃんと〜」などとよく口にする妄想(?)を話し出した。それに関しては炭治郎は苦笑いで応じる。
善逸が禰豆子ちゃんに対してかなり真摯に好意を抱いているのは分かるのだが、現時点で禰豆子ちゃん本人の意志を確認出来ている訳では無いのだし、善逸の好意に応えるのか否かも禰豆子ちゃん自身の意思に委ねるべき事なので、結婚して子供は何人で〜などと言ったそれは現状ではただの空想止まりである。
それはそうと、その人生設計(?)に妙に具体的な部分が多いのは何と言うべきなのか……陽介以上の「ガッカリ」感がある。
幾ら善逸が良い男である事をよく知っていても、これでは炭治郎も苦笑いするしかない。
伊之助はと言うと善逸が何を言ってるのかサッパリ分からないとでも言いた気に耳をほじってる始末だ。
そんな伊之助は戦いが終わった後の事を問われると、「お前ら子分共の面倒を見てやらねーとな!」と何処か威張る様に言う。
要は皆と一緒に居たいと言う事の様だ。
元々伊之助は山で野生児状態で一人で生きて来たのだし、鬼殺隊に入ったのも鬼と言う強敵を相手にしてより強くなる事が目的であった。
かつての伊之助であれば、戦う相手が居なくなればより強敵を探しに行くか、或いは山に帰るかのどちらかだっただろうけれど。
共に過ごし共に戦う中で伊之助にとって炭治郎や善逸は、そもそも「離れる」だとかを考える事が端から有り得ない程に、当たり前な程に大事な存在になったのだろう。
それが伝わったのか、炭治郎は嬉しそうにニコニコと笑う。
「なら俺たちと一緒に雲取山に帰らないか?」なんて炭治郎に誘われて、伊之助は満更では無いという態度を装いながらも酷く喜んでいた。
そして。
「悠さんは、戦いが終わった後、どうすんですか?」
そう、炭治郎に訊ねられる。
……だが、それに答えられる様なものは、自分には無かった。
戦いが終わる……鬼舞辻無惨を討ち滅ぼし鬼の居ない明日を勝ち取ったその先に、果たして自分はそこに居るのだろうか、と。そう……考えてしまったからだ。
いやそもそもの話、自分は一度たりとも、鬼舞辻無惨が討ち滅ぼされたその先の未来に自分の姿を思い描いた事は無かったのだと、気付いてしまう。
炭治郎たちの……皆の幸いを願いはしても、無意識の内にかそこに自分も居るのだと言う前提を考えた事は無い、いや考えられなかった。
……自分にとって、この世界は、この世界で起きる全て、自分の存在は、『夢』を見ているだけに過ぎないのだから。
この世界が確かに現実である事は分かっているが、そこに迷い込んだ自分は……この世に有り得べからざる泡沫の稀人でしかない。
何時醒めるのかも分からぬ邯鄲の夢の中ではあるけれど、しかし何時かは醒めてしまうもの。
そして、夢とは一度醒めてしまえば同じ夢を再び見る事は叶わないと言っても良い。
この夢が終わってしまえば、生きている時間も生きている世界も異なる皆とはもう二度と逢えない。
何時か、炭治郎たちとは永遠に別れる事になるのだ。
そして、その別れが……この夢の終わりが何時訪れるのかは自分には分からないけれど。
鬼舞辻無惨の討滅は、確実に一つの大きな区切りになる。
そして、その区切りが夢の終わりと同義である可能性は当然あるだろう。
だからこそ、鬼舞辻無惨を滅ぼした先の未来を……この世界で皆と生きている自分を思い描けなかったのだ。
何時か醒める夢、何時か終わる夢である事は分かっている。
自分の在るべき世界は此処ではなくて、大切な仲間たちが居る世界ではあるけれど。
しかし、ならこの夢が終わる事が惜しくないのかと問われれば、そうでは無いと答えるしかない。
自分にとっては、炭治郎たちの事も、そして陽介たちの事も、どちらも手放せない……別れたくないと心から思う程に大切な存在になっているからだ。
そして、目醒めた後で自分はどれ程この世界の事を……邯鄲の夢の事を覚えていられるのかと、不安になってしまう。
そんな恐れが胸を締付ける。
大切な人に忘れられてしまう事も辛いが、しかし何よりも恐ろしいのは、こんなにも大切な人たちが自分には居たのだと言う事すらも忘れ去ってしまう事だ。
しかし、どれ程それを恐れていても、目醒めた後で自分がどうなるのかは分からない。忘れている事にすら気付かないままになってしまうのかもしれない。
考えるだけでも恐ろしい事であった。
しかし、なら何時までもこの夢の中に居れば良いのかと言うと、勿論そんな事は無い。
自分がこの世界に存在してはならない者である、と言う理由だけではなくて。
自分は、恐らくは炭治郎たちと同じ時間を生きる事は出来ないからだ。
この世界に迷い込んだその時から、自分は何一つとして変わらない。
髪も伸びない、爪も伸びない。試しに少し髪を切ってみた事があるが、気付いた時には「切った事実など存在しなかった」かの様に元通りになっている。
恐らくは、歳を取る事も出来ないのだろう。
……この夢の中での自分は、皆と同じ時間を生きる事は出来ないのだ。
今はまだ良い、数年は誤魔化せるかもしれない。
だが、十年二十年と時を重ねれば……外見上何一つとして変わる事の出来ないそれは、どう考えても異常だ。
鬼では無いが……しかし鬼以上に異常な存在でしかないのかもしれない。
何故そうなのかは分からない……此処が夢の中であるからなのか、或いはペルソナの力が何か関係しているのか……幾つか可能性自体は挙げられても、しかし原因を究明するには足りず、何より根本的に解決しようのない問題でもある。
そして、そうやって同じ時間を生きる事が出来ない以上は、何時までも皆と過ごす事は叶わない。
……この夢が何時醒めるのか、それは分からない。
鬼舞辻無惨が滅びた事を見届けた夜明けの光の中で醒めるのかもしれないし、或いは……何十年何百年とこのままである可能性もある。
そしてそれは……。
人が人として生きる時間を遥かに超えて生きる事は決して幸せな事では無いのだ、と。そう珠世さんが言っていた様に。
少なくとも自分にとっても、それは幸せな事では無い。
夢から醒めなくてはならない……自分の在るべき場所に帰らなければならない、帰りたいと言う思いと。
炭治郎たちの事を忘れたくない、もっと一緒に居たいと言う思いと。
何時かこの夢の中で、炭治郎たちに置いて逝かれる可能性がある事を恐れる気持ちと。
様々な思いが綯い交ぜになり、どうして良いのか分からなくなる。
そして、そんな迷いのままに炭治郎に返した。
「……俺は、出来れば皆と一緒に居られれば、と。そう思うよ」
どんな形であれ、何時かは別れが訪れるのだとしても。
まだ少し、もう少し、と。そうも思ってしまう。
……それが叶う事が、本当に「良い事」であるのかどうかは分からないけれど。
そう答えると、炭治郎は嬉しそうにニッコリと笑う。
「俺も、悠さんや皆と一緒に居たいです。
お世話になった人たちにお礼を言って、禰豆子と一緒に雲取山に帰って……それからも」
炭治郎の言葉に、善逸は「俺も?」と訊ね、それを肯定されるととても嬉しそうな顔をして「約束だからな!」と互いに指切りをする。伊之助も加わってワイワイと賑やかに三人で約束をする事になって。
そんな三人を微笑ましく見守りながらも、……自分はそれを『約束』として交わす事は出来なかった。
そして、お館様の予見した『その日』が訪れた。
◆◆◆◆◆
【鳴上悠】
この世界での全ては、悠にとっては何時かは醒めてしまう夢。そして、醒めてしまえばもう二度と見る事は出来ない夢。
夢から醒めた後に、どの程度この世界での事を覚えていられるのかは分からない。此処で出逢った大切な仲間たちの事を忘れてしまうのかもしれない。
……覚えていられなかった大切な友をそうとは知らない過去で喪ってしまっていたからこそ、悠にとってその忘却は耐え難い。
忘れられてしまう事も辛いけれど、忘れてしまう事の方が辛いから。
そして、何時かは醒める夢だけれど、何時覚めるのかは分からない。
夢から醒めない限り、夢の中であるからこそ成長する事も歳を取る事も無い自分は、何時かは皆と同じ時間で生きる事は出来なくなる事をハッキリと自覚してしまった。
【竈門炭治郎】
皆と一緒に居たいなぁ……と思っている。
禰豆子と離れるのは心配だが、鱗滝さんが見ていてくれるなら安心出来る。
【竈門禰豆子】
身体への負担を抑える為に、深く眠った状態でゆっくりと人に戻れる様にと調整された薬を投与された。
今は静かな眠りの中。温かで何処か幸せな夢を見ているのかもしれない。
【胡蝶しのぶ】
悠がこの世界から消えてしまうなんて事は考えた事は無い。
悠の事を大切な家族だと思っている。
【栗花落カナヲ】
悠がこの世界から消えてしまうなんて事は考えた事は無い。
【蝶屋敷四人娘】
悠がこの世界から消えてしまうなんて事は考えた事は無い。
家族だし、これから先も一緒に居られると思っている。
【鱗滝左近次】
新本部にて警護を担当。禰豆子の様子も見守っている。
まさか自分が生きている間にこの様な最終局面を迎えるとは、と。緊張している様子。
【鬼舞辻無惨】
やっとのこさ無限城が完全に再建された為にちょっと強気になっている。
人質作戦が見抜かれているとは考えていない。
【ナルカミ様】
凄まじい勢いで東京を中心に全国へとその信仰が広まる。
広まる速度が尋常では無い上に様々な組織内にもその信仰が広まっている為、警察など国家的な組織が密かに調査しているが特に何か疚しい部分は何も無く、寧ろ「宗教」としては恐ろしくクリーンでありカルト的な要素は何も無い為、調査した者たちの尽くは首を捻るだけに留まる。
鬼殺隊も調査したが、人が行方不明になったなどの後暗い話は一切無く、鬼との関係性は恐らくシロ……と言う判断にはなっている。しかし、お館様は先見の明から監視を続ける様に指示している模様。
≪六章でのコミュ状況≫
【愚者(鬼殺隊一般隊士)】:MAX!
【魔術師(我妻善逸)】:MAX!
【女教皇(胡蝶しのぶ)】:9/10
【女帝(珠世)】:8/10→9/10
【皇帝(冨岡義勇)】:1/10→9/10
【法王(悲鳴嶼行冥)】:6/10→MAX!
【恋愛(甘露寺蜜璃)】:9/10→MAX
【戦車(嘴平伊之助)】:9/10
【正義(煉獄杏寿郎)】:MAX!
【隠者(隠部隊&刀鍛冶)】:MAX!
【運命(栗花落カナヲ)】:9/10
【剛毅(竈門禰豆子)】:9/10→MAX!
【刑死者(不死川実弥)】:1/10→MAX!
【死神(伊黒小芭内)】:4/10→MAX!
【節制(蝶屋敷の皆)】:MAX!
【悪魔(愈史郎)】:5/10→9/10
【搭(不死川玄弥)】:9/10→MAX!
【星(宇髄天元)】:MAX!
【月(時透無一郎)】:MAX!
【太陽(竈門炭治郎)】:9/10→MAX
【審判/永劫(産屋敷の人達)】:9/10→MAX!
【欲望(獪岳)】:MAX!
【世界(『鳴上悠』)】:0/10→???