『鳴上悠は鬼殺の夢を見る』   作:OKAMEPON

93 / 95
仕事とかが多忙を極めたり、コロナに轟沈されたりして中々書けませんでしたが何とか年内に更新出来て良かったです。
更新ペースは出来るだけ元に戻せる様にしたいです。
早く完結させて私が読みたいので。


『彷徨える亡霊』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 分断され、各地で人々を守りながらの消耗戦を強いられて。

 鬼殺隊の千年近くにも及ぶ執念の果て、鬼舞辻無惨との決戦は、鬼殺隊としては圧倒的に不利な状況から始まった。

 気配から察するに恐らく多くの人々がこの根城に囚われていて、無数に蠢く鬼共から彼らを守る為にも隊士たちが命懸けで戦っている。

 人々を守る鬼殺隊の在り方としては柱である俺も人々を守る刃となるべきであるが、しかし今はより多くの人々を守る為にも柱やそれに準じる実力のある隊士は上弦の鬼や無惨との戦いに挑まねばならない。

 とは言え肝心の無惨が頸を落としても死なない以上は夜明けまで陽の当たる場所に足止めするしかないのだが、この常闇の根城に引き篭もらせていてはそれも叶わず。

 しかし、無惨にとって最高の環境であるこの根城を無惨自らが放棄する筈も無く、無理矢理に叩き出すしかない状況である。

 それを成すにはこの異空間の主である鬼をどうにかしなくてはならない。

 事前にお館様たちと話し合い取り決めていた作戦では、それは俺の役目では無く。無惨に並々ならぬ恨みがあるとの動機から鬼殺隊に協力している鬼と、宇髄の役目である。

 彼等が首尾よく鬼に遭遇し戦っているのかどうかは、まだ分からない。

 既に上弦の弐には胡蝶と鳴上少年たちが、上弦の壱には時透と冨岡と竈門少年が相対しているとの事だが、上弦の参の居場所や他の柱たちの動向は今の所は不明であった。

 少しでも早く少しでも多くの柱を無惨の下へと辿り着かせなければならないが、その為にも上弦の鬼はここで討ち取らねばならぬ相手であり、そしてその上弦の鬼を討つ為にはそれぞれの鬼に複数の柱は必要である。

 その辺りの差配は適宜お館様たちがその場その場で最適な振り分けをするのだろうが、誰かが遭遇しなければその居場所すら不明なままだ。

 現実的な空間の繋がりがあまり意味を成していないこの異空間では、それらを図面に書き起こす事すら一苦労で。

 書き起こした端から地形が変わるそれを追い続ける事もまた難しい事である。

 輝利哉様やご息女様方が全力で事に当たっているのだが、その負担を少しでも軽くする為にも、早急に上弦の鬼たちを討ち取らねばならない。

 

 この根城に落とされてから、その気配は未だ感じてはいないが俺にはある種の予感があった。

 恐らく、上弦の参……猗窩座と戦う事になるのは俺であるのだろう、と。

 無限列車の任務の際に乱入してきた時で一度、そして刀鍛冶の里での防衛戦の際に二度。

『二度あることは三度ある』とよく言う様に、猗窩座との間にはある種の縁がある様にも感じていた。

 最初に対峙したその時がほんの戯れ程度であったかの様に、二度目に対峙した際のその力はまさに次元の違うもので。ならば三度目となるこの決戦でのその力はどれ程のものになっているのだろうか。

 いずれにせよ猗窩座を相手に一人で戦い勝つ事は不可能である事は重々理解している。

 その場に上弦の壱も居たとは言え、時透と猪頭少年と鳴上少年と力を合わせてもその頸を落とす事は叶わなかった。

 時透と二人で、『赫刀』となった状態の日輪刀であっても、頸以外の全ての障害を鳴上少年と猪頭少年が排除した状態でも。

 しかし、後僅かの所でそれは猗窩座の頸を落とすには至らなかった。

 何か後一つあれば猗窩座の頸を断ち切れていたのだろうが、あの時あの瞬間にそれは叶わなかった事は事実であり、更には戦力的にあの時のそれと同等以上のものが分断されたこの状況下で集まるかどうかは正直な所賭けとしか言えない。

 それでも、戦う以外の選択肢は無く、勝利する事以外に道は無い。

 

 床と壁が入れ替わっている様な奇怪な部屋を抜けようとしていたその時。強大な気配が猛烈な勢いで近付きつつあるのを察知すると同時に、激しい揺れが周囲の景色を撹拌した。

 誰かが激しく戦っていると言うよりは、己を標的に定めた何かが近付いていると言った方が良いのかもしれない。

 その覚えのある気配に、何時何処から現れても対処出来る様に構えていると。

 一際激しい振動が広い部屋自体を揺らしたかと思うと、襖と障子だらけの天井をぶち破りその破片と共に落下してきた影が凄まじい勢いでその拳を振るってきた。

 床を踏み砕く勢いで飛び込んで来たその動きを見切り回避すると、背後にあった壁がその拳圧だけで何重にも砕き抜かれる。

 以前よりも更にその拳は破壊力を増し、最早触れるだけでなくその攻撃の延長線上にあるだけでも人の身など容易く砕け散ってしまうだろう。

 

「知っている気配がすると思ったらお前だったか、杏寿郎。

 出会って殺し損ねた柱はお前が初めてだ。

 これも何かの縁だろう。

 それに、俺には分かるぞ。今のお前は更に強くなっている。

 嗚呼、素晴らしい、心が踊る。強者との戦いこそが、最も己を高める事に繋がる。

 さあ、愉しい宴を始めよう、杏寿郎」

 

 出来るだけ長く、俺を楽しませろ。と。

 そんな勝手な事を宣いながら、強襲してきた猗窩座はその拳を振るいその脚で周囲を破壊していった。

 足場そのものを破壊しながら迫るそれを、新たに足場を確保しながら回避し受け流していく。

 周囲のもの全てを破壊し尽くさんとするその動きは、圧倒的な暴威であり「破壊」と言う現象その物が形を持って暴れているかの様だ。

 しかし……。

 

 猗窩座の動きを見て、初めて戦ったその時と、更には刀鍛冶の里で鳴上少年たちとともに戦ったその時のそれとを比較して。

 やはり何かがおかしいと、引っ掛かりを覚える。

 その一撃一撃の威力は刀鍛冶の里で戦った時と同等か或いはそれ以上であろう。

 しかし、その技の精度とでも言うべきものはどこか精彩を欠いているかの様であった。

 その連撃と超絶技巧とでも言うべき反撃の隙を縫って頸を狙う事は難しくはあるが……。しかし、その攻撃を見切る事自体は『透き通る世界』を見ずとも可能な程であった。

 何処かちぐはぐと言うか、或いは「何か」が欠けていると言うべきなのか。

 どちらにせよ相手取るに際し不利になる事では無いが、僅かに気には掛かる。

 尤も、そんな事に思考を割く余裕など、この鬼を前にすれば存在しないも同然であるのだが。

 現に回避する事は出来ていても攻めあぐねているのだし、そして無尽蔵の持久力の鬼を相手に長期戦に縺れ込むのは極めて不味い状況だ。

 援護があれば良いが、無いのだとしてもここで討ち取らなければならない。

 

 呼吸を更に深めて集中し、僅かな好機も見逃すまいと猗窩座と対峙するのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「塵共がうじゃうじゃと……!」

 

 一体どれ程の数の鬼を蓄えていたのか、それとも新たに作っていたのかと。そう思わず悪態を吐きそうになる程に、際限無く湧き出でるかの如く押し寄せる鬼を斬り捨てていく。

 無理矢理に力を持たされたのだろう肉体すら徐々に溶け崩れている様に見える鬼共に、「理性」と呼べる様なものは無く。目の前の「獲物」との力量差すら理解出来ないままにそれに襲い掛かる事しか能は無く、血鬼術らしきものも殆ど使えず。

 柱として日々強力な血鬼術を使う鬼と対峙して来た身からすれば、「雑魚」と断じてしまえる程度の存在ではある。

 だが、質など圧倒的な量の前には些事だとばかりに押し寄せる鬼たちの大津波は、本来鬼は群れない……鬼舞辻無惨から群れる事自体を禁じられている存在であるが故に、柱であっても未だ経験した事の無い状況である。

 更には「雑魚」と言えど成り立ての鬼などとは比べ物にならない身体能力であり、階級の低い隊士にとってはこの中の一匹だけでも遭遇すれば死闘を繰り広げる結果になる。

 数多くの戦う力など無い民間人も囚われている事を考えると、押し寄せる鬼を無視して上弦の鬼たちを探しに行く事も出来ない。

 そうやって柱や実力の有る隊士を消耗させ、あわよくばそのまま物量差で押し潰す事が鬼舞辻の目的であるのだろうが……。

 

── 風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ!!

 

 押し寄せる大津波を穿つ烈風の様にその全てを斬り伏せて走る。

 ここで「雑魚」どもに構い続ける訳にも、そして無駄に消耗する訳にもいかない。

 既に柱たちと上弦の鬼が各地で戦いに入っている。

 最も強大な敵である上弦の壱には時透と冨岡に竈門が、未知数の実力があると目されている上弦の弐には胡蝶と鳴上に胡蝶の継子である栗花落が、そして上弦の参には煉獄が。

 無惨が上弦を新たに増やしたのでなければ、これで全ての上弦の鬼たちを食い止めている筈だ。

 それぞれ実力十分な柱たちである。しかし、それで上弦の鬼を相手に勝利を収められるかは難しい。

 

 認めるのは癪であるが、冨岡は経験も実力も十分以上に高い柱だ。特に守勢に関しては鬼殺隊最強である悲鳴嶼さんに次ぐ実力がある。

 刀鍛冶の里での戦いの後から元々高かったその実力に更に磨きをかけている時透も、唯一足りていなかった経験でしか補えない部分に関してすら、柱稽古での手合わせや鳴上との手合わせを通して歴戦の柱と何の遜色も無い程の動きと判断力を身に着けていて、隙と言える部分が完全に消え去っている。一番年若いとは到底思えない程にその実力は高く、膂力で自分を圧倒する悲鳴嶼さんを相手にしてすら後れを取らない。

 鬼の頸を斬る力は無い胡蝶だが、その場その場で毒を調合するその技術によって仲間を助ける能力は他の柱では決して真似出来ないものであり。何より胡蝶の傍には鳴上が居る。

 鳴上は言わずもがな、心優し過ぎると言う欠点こそあるが最早鬼では相手にならない程の実力がある。

 煉獄は二度も上弦の鬼との戦いを生き抜いた実力がある。正確には鳴上の力があったとは言え、多数の無力な民間人に一人の犠牲者も出さずに単独で上弦の鬼相手に粘り切ったし、上弦の壱と参が揃うと言う空前絶後の激戦で上弦の鬼を獲る直前まで迫っている。

 

 しかしそんな彼等が揃っていても、上弦の鬼を討ち取れるかどうかは保証出来ない。

 胡蝶と鳴上に関してすら、人を絶対に見捨てられない鳴上にとって多数の民間人が囚われているこの状況ではその実力を完全に発揮させる事は出来ないだろう事は容易に想像出来るのだし、卑劣極まりない行動を平気でとる鬼が無力な人々を人質に取っている可能性は高い。

 冨岡と時透が揃っていても、上弦の壱の頸を取るには力が足りない。

 そして、煉獄が単独で上弦の参を食い止め続けその頸を取る事は極めて難しい。

 最も加勢しなければならないのは、煉獄であろう。

 しかし、その戦いの場が何処であるのかを常に蠢き続けるこの無明の城の中で把握する事は不可能に近い。ある程度は近くに居なければ、上弦の鬼程の凶悪な気配ですら余りにも多過ぎる雑魚鬼の気配で紛れてしまう。

 何より、この空間に突入してからずっと、何者かに監視されている気配があった。

 それは恐らくこの空間を支配している鬼のもので。

 柱やそれに類する存在を見張っていたのだろうその鬼の仕業によるのか、柱はかなり念入りに分断されている様だった。

 合流しようと動いていても、それを阻む様に建物は動き、空間の繋がりは歪み続ける。

 せめてその鬼の意識が何かに逸れれば、何処かの戦いに乱入出来る可能性は高まるのだが……。

 

 空間を支配している鬼に苛立ちを募らせているその最中、突如自分を監視する気配が()()()()感じがする。

 完全に無くなった訳では無いが、もっと何か別の物にその意識を割いている様な……。

 恐らく、宇髄が何か仕掛けたのだろう。

 幾らこの領域の支配者であるのだとしても、目の前に柱が居て自分を狙っているとなればそちらに意識の大半を割かざるを得ない。

 

 絶好の好機を逃すものかとばかりに、鬼の監視すら振り切る勢いで歪んだ城の中を爽籟の導きだけを頼りに駆け抜けて。

 行く手を阻まんとする塵の様な鬼共はすれ違い様に切り刻みつつ決して足を止めずに一番近い戦場へと向かう。

 縦横無尽に荒れ狂い行く手を阻む建物の大海嘯も、先程までのそれと比較すれば手温いと言っても良く、突破力に優れた風の呼吸の前にはありありと「道」が見える程である。

 歪な城を吹き抜けて行く豪風の如く突き進んで行くと、強大な気配が近付きつつある事を感知した。

 戦場が移動しているのか、此方が近付くだけでなく彼方側からも近付いて来ているのだろう。

 そうこうする内に、派手な破壊音と振動が響く様に伝わって来る。

 そして──

 

 天井に皹が入ったかと思うと一拍の後には決壊したかの様に崩壊して。

 そしてそこから降り注ぐ大量の瓦礫と共に落ちて来たのは、落ちてゆく瓦礫を足場にしつつ鬼の猛攻を回避し続けている煉獄と、そしてまるで爆発の様な拳の乱打と暴風の様な蹴撃を止まる事無く放ち続けている鬼の姿があった。

 

 その鬼──猗窩座は、煉獄と戦いながらも此方に目をやると、新たな獲物が飛び込んで来た事に歓喜の笑みを浮かべる。

 

「素晴らしい! お前も柱だな!

 一目見るだけで分かる、その闘気、呼吸の深さ……杏寿郎にも勝るとも劣らぬ強さだな!」

 

 その言葉と共に、その拳を奮って煉獄を相手しながらも凄まじい蹴撃が周囲を蹂躙した。

 その威力は凄まじく、瞬く程の合間すらも無く周囲の建物全体が破壊され瓦礫が飛散する。

 一つでもそれが直撃すれば、幾ら呼吸で鍛え上げていようとも跡形も無く挽肉になるだろう。

 それを本能的な直感の導きにより全て回避し、反撃の為に風の呼吸で切り込むが。しかしそれは後ろに目が付いていたとしても不可能だとしか言えない様な、異常な程の反応性によって回避され更には鋭い拳の反撃を貰いかける。

 鳴上たちから忠告されていた異常な程の反応性とはこの事か、と。

 それを直接目の当たりにすると、その厄介さに思わず舌打ちしてしまう。

 まだ猗窩座の攻撃を避ける事は出来ているだけマシではあるが、しかしこれでは首を狙うどころかろくに攻撃を加える事も出来ない。

 煉獄と息を合わせたとしても、恐らく柱二人程度ならその拳撃や蹴撃で抑え込まれてしまうだろう。それ程までに、この鬼は今まで戦ってきたどの鬼とも次元が違う強さであった。

 以前煉獄たちが戦った時はと言うと、鳴上が強引にその攻撃を全て引き付けた隙を時透と煉獄で狙ってやっと首を狙う事が出来たのだと言う。

 今上弦の弐を相手にしている鳴上がこの場に救援に訪れる可能性は極めて低い。

 それを考えると、柱が後二人駆け付けてやっとどうにか反撃が出来ると言ったところか。

 鳴上の力を受けて強化された力を以てしても柱二人ではその首を落とせなかった事を考えると、柱が四人集まったとしても首を狙うのは厳しい可能性がある。

 鳴上以外で今他の上弦と対峙していない柱の中で一人で戦況を引っくり返し得る者が居るとすればそれは悲鳴嶼さんだが、しかし鬼たちの妨害が激しいその中で狙って合流するのは難しいだろう。

 更には、猗窩座は豪快に足場となる建物全体を破壊しながら戦っているが、民間人たちも無数に囚われているこの中でこうも躊躇の無い破壊を振り撒かれると、いつ何時彼らが巻き込まれないこも限らない。

 そして、この混沌とした状況下でこの鬼の相手をしながら人々を守る事は不可能に近い。

 かつて煉獄が初めて猗窩座と対峙した時は、この鬼はあくまでも様子見程度に手加減していた。だからこそ、その生命を賭してであっても、煉獄はその場に居た者たちを守り抜く事が出来たのだ。

 しかし、最初から一切の手加減無く暴れ回るそれは、最早暴風の如き災害そのもので。

 力無き者を弱者と誹りその命を奪う事に一切躊躇する事の無い性格である事も加味すると、乱戦の中に迷い込んで来た民間人は率先して消される可能性すらもある。

 それは、何としてでも阻止せねばならない。

 

 ほんの一瞬で思考を巡らせ、崩壊していく瓦礫を足場にしながら猗窩座を狙う。

 迎え撃ってきた拳を漆ノ型━━勁風・天狗風で相殺し、間髪入れず玖ノ型━━韋駄天台風で切り刻む。

 それを回避し反撃しようとした右足は、此方の斬撃の僅かな合間に滑り込む様にして猗窩座に接近していた煉獄の一撃によって落とされた。

『透き通る世界』に入っている事を示すかの様に、煉獄の呼吸はかつて無い程に深く、そしてその気配は普段よりも捉え辛い。

 それもあってか、まるで未来視の如き猗窩座の反応は煉獄への対応が遅れたのだろう。

 ……だが、極限の集中を要する『透き通る世界』は乱用出来るものでは無く、そして一度に入る事が出来る時間も限られている。

 半年近くにも及んだ柱稽古の期間で、あらゆる手を尽くして『透き通る世界』を長く維持する為に各々励んだが、一度に入れるのは持って数分と言うのが限度であった。

 更には、限界まで潜り続けているとそれが切れた時の反動が凄まじい。

 結局、瞬間的に入り直ぐに脱するのが今の所は最善と言う形になっている。

 猗窩座を狙った一瞬だけ『透き通る世界』に入った煉獄は、直ぐにそれを脱し、深い呼吸は維持しつつも更に猗窩座を狙う。

 しかし、それに凄まじい速度で反応した猗窩座は、残された左足で恐ろしい力で踏み込む様にして足場を砕きつつ勢い良く跳ねて煉獄の一撃を回避する。

 だが、それを待っていた俺は空かさず猗窩座の腕を狙ったが、しかしそれはほんの一瞬の内に再生されてしまっていた右足による攻撃で打ち消されてしまう。

 

「素晴らしい! 今まで多くの柱たちと戦ってきたが、お前たち程の力のある柱を相手にするのは初めてだ!

 柱を同時に相手する戦いがこれ程までに心躍るとのだとは!

 そして、そこのお前は風の柱だな?

 俺が今まで戦ってきたどの風の柱よりも、練り上げられている。

 お前のその技は、風の呼吸を数段上にまで高めただろう。

 教えてくれ、お前の名を。

 素晴らしい風の柱として、覚えておきたい!」

 

「ハッ! 誰が鬼なんかに名乗るかよォ!

 俺はテメェの頸をォ、捻じ切る風だァ!」

 

 高揚した様に名前を尋ねてくる猗窩座にそう啖呵を切る。

 しかし猗窩座はそれを意に介しもせず、ペラペラと良く回る舌で喋り続けている。

 

 瞬きすらも出来ない程の極限の戦いは、まだ始まったばかりであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 猗窩座が周囲を破壊して行った結果合流出来た不死川と互いに呼吸を合わせ、時に相手に回復の呼吸の隙を与える為に猗窩座の攻撃を引き受けて、そうやってどうにか切り結び続けてはいるが、しかしやはり決定打を狙うには至らない。

 不死川と連携すればその手足を落とす事は出来るが、だがそれもかつてのそれ以上に高まった鬼の回復能力を前にすればほんの数瞬の時間稼ぎ程度の効果にしかならない。

 それでも、回避一方にしかならなかった時に比べればまだ余裕はある。

 激闘の近くは危険なので鎹鴉達はこの場からは少し離れた所で追って来ているので、全体的な戦況は分からない。

 他の柱が応援に来る余力があるのかどうかさえ。

 長期戦に縺れ込むと、体力には限りがあるこちらが確実に不利になる。

 だからこそ戦力が揃った瞬間に短期決戦を狙うのが唯一の勝機なのだが、それも難しい状態だ。

 ……それでも、まだ不死川と二人で猗窩座を相手に持ち堪える事が出来ているのは、俺たちの練度が故と言うよりは恐らく……。

 

 かつて刀鍛冶の里で対峙したその時。

 鳴上少年の力によって、上弦の壱共々狂乱していたその時に。

 猗窩座が絶望の慟哭と共に口にしていた言葉。……人の名前。

 それらが、今の猗窩座の状態に何か関係しているのだろうか。

 思えば、強者に拘る性格である筈なのに、猗窩座から見ても紛れも無く強者である筈の鳴上少年の事を何も口にしないのも妙と言えば妙である。

 それに、会敵した時のあの反応……。まるで、刀鍛冶の里で対峙した時の記憶の何かが欠けているかの様な……。

 ……鳴上少年は、もしどうしようもなくなったその時には、あの狂乱の中で猗窩座が叫んでいたその名前を……『恋雪』『師範』『親父』といったそれらを使って、猗窩座の心を揺さぶるのも一つの手だとは言っていた。

 ……それらは恐らく、鬼と化し記憶や心を無惨に操られてすらも、その心から消す事など出来ない、その根源に在った『何か』であろうから、と。

 戦いに於いて、心は最も重要なものの一つと言ってもいい。

 そこを揺さぶり隙を作る事が出来れば、確実に有利にはなる。

 ……だが同時に、それは最悪の場合猗窩座を更に狂わせ凶暴化させるだけの結果になるかもしれない危険性も孕んでいる。

 鳴上少年は、その手札を切るのは最後の手段にした方が良いとは忠告もしている。

 ……今はまだ、それらを使って揺さぶる時では無いだろう。

 何より、不死川と俺しかこの場に居ない状況では、幾ら隙を作ろうともその頸を落とす事は出来ない。

 

 激しい拳撃の嵐が周囲を蹂躙し破壊する。

 足場が崩れて行く中、床が抜けたそこに、慌てて退避しようとしている最中の民間人と思わしき人々と彼らを守ろうとしている数名の隊士たちの姿があった。

 猗窩座によって目まぐるしく地形が破壊される中で、お館様たちの避難指示が間に合わずかち合ってしまったのだろう。

 だが、これは非常に不味い。

 

「不死川!!」

 

 そう名を呼べば瞬間的に意図を察したのか、不死川は猗窩座を食い止めんとばかりに果敢に斬り込む。

 俺も猗窩座から彼らを守るべく型を出して食い止めようとするが。

 

「……何も出来ない弱者共が。虫唾が走る。

 よくも、この素晴らしい宴の興を削いでくれたな」

 

 不快感を露にし殺気立った猗窩座は、俺たちを無視してでもその場に行き合ってしまっただけの者たちへとその脅威の矛先を向けようとする。

 更に間の悪い事に、この異空間を徘徊している鬼たちとは比べ物にならない程の圧倒的な「化け物」の威圧感に、元々争い事など遠い人々は浮き足立ち錯乱したかの様にてんでバラバラな方向へ逃げ出そうとしたり腰が抜けた様にへたりこんでしまっている。

 彼らを守るべく戦っていた隊士たちは、彼らをどうにか少しでも安全な場所へ逃がそうとしている様だが、鎹鴉たちの案内ではその混沌とした状況をどうにか出来る状態では無かった。

 このままでは目の前で多くの犠牲者が出てしまう──!

 

 不死川と俺は迷わず彼らの盾となるべく猗窩座を止めようとするが、しかしほんの僅かな隙を突いて突破されてしまう。

 そして、無力な人々を守る為に全身をガタガタと恐怖に震わせながらも必死に猗窩座へと日輪刀を向けた隊士に向かって、猗窩座がその必殺の拳を叩き込もうとしたその直前。

 

 突然、猗窩座の腕が幾重にも切り刻まれその場に落ちる。

 反射的に猗窩座は反対の手で拳を握り虚空を殴り掛かるが、その手もやはり斬り落とされた。

 未知なる脅威の存在を察知し、猗窩座は警戒したかの様にその場から跳ねる様に後退する。

 そして再び襲い掛かって来た二重の斬撃に今度はあの脅威的な反応で対応したのか、一見虚空の様にしか見えないそこへと乱打の雨を降らせる、と。

 

「ああっ! お札が!」

 

「それは気にするな甘露寺!

 それよりも、お前たちはさっさとこの場から逃げろ!」

 

 突然、その場に甘露寺と伊黒の姿が現れた。

 どうやら、事前に柱などに渡されていた姿を隠せるのだと言う血鬼術の札を使っていた様だ。そして、先程の乱打の雨で回避自体には成功していたが札は破かれてしまったのだろう。

 伊黒は、突然の事態に呆然としてしまっていた隊士たちをそう叱咤する。

 柱稽古で叩き込まれた事もあってか、柱のその命令に即座に反応した隊士たちは腰を抜かして動けなくなっていた人々を両脇に抱える様にして素早くその場を離脱した。

 これで、一先ずは人々を巻き込む恐れは無いだろう。

 

 突然の乱入者に流石の猗窩座も驚いたのか目を丸くするが、しかしこの場に柱が増えた事を喜ぶかの様にその口を歪ませる。

 

「素晴らしい……柱が四人もこの場に集うとは。

 これ程の強者たちを同時に相手取るなど、もう二度と無いかもしれない!

 さあ! 存分に殺し合おう……!!」

 

 興奮からか更に闘気を増した猗窩座は、その言葉と共に瀑布の様な拳の乱撃を繰り出すのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆




【煉獄杏寿郎】
因縁の相手との再戦。リベンジマッチに今度こそ勝利出来るのか。
刀鍛冶の里の防衛戦の際に、猗窩座の慟哭を聞いている。


【不死川実弥】
初めて上弦に対峙し、その化け物っぷりをより強く実感している。何だかんだ義勇の強さは信じている様子。


【伊黒小芭内】
愈史郎謹製の札で姿を眩ませつつ、乱入のタイミングを狙っていた。
蜜璃とは交際して数ヶ月が経つも初々しい熱愛真っ只中である。


【甘露寺蜜璃】
伊黒と共に様子を伺っていた。
実弥が猗窩座と遭遇した辺りで、鳴女の妨害をものともせずに伊黒さんと合流出来た何気に強運の持ち主。或いは愛の力。
なお、姿を隠す札を使ったのは伊黒のアイディア。
「流石は伊黒さん!」とキュンとした。
女性なので猗窩座に殺される事は絶対に無い。


【猗窩座】
悠の事を思い出すと連鎖的に過去を思い出して発狂するので、悠に関する記憶は軒並み無惨の手で消されている。
その為、煉獄さんの事は『悠によって助けられた』のではなく『自分が仕留め損なった』と記憶と認識が操作されている様子。
柱四人との戦いに大喜びするが、やはり女性である蜜璃だけは絶対に殺せない様子。殺す寸前までならやれるので、全く戦えない訳では無い。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。