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── 血鬼術 紅蓮楽土
童磨が大きく広げた扇を重ね合わせる様に振るった瞬間。
その場に十体もの小さな人形の様な氷像が現れた。
以前見たものと同じ血鬼術だ。ならばそれを炎で溶かそうと、ペルソナを切り替えようとしたその瞬間。
部屋全体の気温が急激に低下した。
この終わりと始まりが捻じ曲がったかの様な異空間の中でも、一際に広大と言っていい程に広い空間である筈なのに。
瞬く間すらも無く壁や床や天井に霜が降り、足場の下にあった水面は瞬時に凍り付き、空気中の水分も忽ち凍り付く。
極寒の雪山に身一つで放り込まれた様なそれに、しのぶさんとカナヲはその身を震わせた。……そして当然、鍛えている訳でも無く寒さへの備えなど何もしていない人々が耐えられるものでは無い。
「──ッ、ビャッコ!!」
即座にビャッコを呼び出し、部屋の隅に避難している人々を守る様に彼らの前で壁とする。
氷結属性を吸収出来るビャッコの傍に居れば凍死する事は無いだろう。
しのぶさんとカナヲには『白の壁』で氷結属性への耐性を付与する。寒さを完全に無効化出来る訳では無いが、少なくとも凍死は防げるだろう。
突然目の前に現れた巨大な白い虎の姿に人々は混乱した様な声を上げたが、しかしビャッコの傍に居れば寒さに襲われない事には気付いた様でパニックのまま逃げ出そうとする気配は無い。
取り敢えず今はそれ位しか出来ない。
壁を破壊して逃がすのも手かもしれないが、十体も居る氷像が彼らを追撃しないとも限らない。
試しに十握剣を振るって氷像を破壊してみるが、凄まじい冷気の中でそれらは粉々に砕かれてすら再生してしまう。
室温は下がり続け、もう普通の人であれば瞬く間すらも無く眼球は凍り付き一呼吸で肺は凍り付き体温は一瞬で奪われ気付く間すらも無く死に至る程にまで低下している。
最早南極の中でも内陸に行かなければ経験出来ない程の極寒の中に防寒具など身に付けていない人々を放り出せばどうなるのかなど想像に容易い。
『白の壁』により寒さへの耐性を付与された状態であるしのぶさん達も、凄まじい寒さに身を震わせていた。
今は何とか持ち堪えているが、このままでは『白の壁』で守っていてもしのぶさんたちに限界が訪れてしまうだろう。
一刻も早くこの寒さを何とかしなければならないが、ペルソナを切り替える余裕が無い。
ペルソナを切り替えるほんの僅かな間ですら、ペルソナによる守りを喪った人々が凍死するのには十分過ぎるのだ。
前に戦った時には使って来なかった手であった為、判断と対応が僅かに遅れた事が原因か。
ビャッコで守るのではなく、一気に炎で薙ぎ払うべきであった。
だが判断ミスを悔やんでいる暇は無い。
「わあ! 凄い!!
寒さが効いてないだけじゃなくて、そうやって守る事も出来るんだ!
凄いなぁ、凄いなぁ!!
俺も前の時なんかとは比べ物にならない位に強くなったつもりだけど、それでも全然追い付けない!!
あはは、悔しいなぁ。もっともっと強くなりたいなんて思ったの、生まれて初めてだ!」
キラキラと目を輝かせ、全身で喜びを表現しているかの様に心を震わせているその興奮を余す事無く力に変えて。
強力な血鬼術を展開させ続けているにも関わらず、童磨はかつてのそれとは比べ物にならない程の威力と展開速度で怒濤の大技を繰り出し続けている。
常に巨大な氷柱が頭上から降り注ぎ、その間を縫う様に氷の蔦が乱れ舞い、足元からは氷の棘が押し寄せ続ける。
童磨自身が繰り出しているものなのか、それとも氷像が仕掛けているのかはもう判別出来ない。それ程までに完璧なコンビネーションで息すら吐かせぬ程の連続攻撃に、周囲は冷却され続ける。
しのぶさんとカナヲは別段狙われている訳では無い……と言うよりもそもそも眼中に無いかの様に無視されてすらいるが。
しかし、怒涛の攻撃の余波は容赦無く二人を襲っている。
それでも何とか負傷する事無く回避し続けていられているのは、二人の並々ならぬ敏捷性と動体視力故だろう。
しかしあまり猶予は無い。
ビャッコに守られている人々の方は、流れ弾の様なそれは全てビャッコが対処しているので今の所は大丈夫であるが……。だがそれ故にビャッコの身動きが取れなくなっていた。
余りに激しい攻撃の嵐の中、どうにか対処は出来ているがこのままでは埒が明かない。
童磨の頸を落とすよりは、氷像を砕く方が圧倒的に楽ではあるが……氷像の修復能力が高過ぎて一撃で燃やし尽くすでもしなければジリ貧になるしかないだろう。ビャッコの攻撃は単純な物理攻撃か或いは氷結属性のものしか無い事も状況のどん詰まりに拍車をかけてしまっている。
そして、童磨自身よりは耐久などの面ではマシであるとしても、童磨とほぼ同等の威力と範囲でその血気術を展開出来る氷像の力は厄介などと言う言葉では表せない程だ。
幾ら自分でも十体の氷像を完全に同時に止め切る事は、ビャッコが動けない現状では難しい。もしこのどれか一体にでもしのぶさんやカナヲを本格的に狙われたら対処出来ないかもしれない。
こうも数の暴力で攻められると、守らねばならぬものを抱えたこの状況では打てる手が極めて少なくなってしまう。童磨が意図してやっているのかは分からないが、余りにも的確にこちらの選択肢を潰しにかかっていた。
しのぶさんとカナヲは共に童磨に斬り掛かろうとするが、しかし童磨に届く前に氷像たちに阻まれてしまい、その刃は童磨の意識を逸らせる事も出来ていない状態だ。
それでも、今の所は一番危険な氷を吸い込まずに戦えてはいるが……。
……此処が使い所だろう。
十握剣を鞘に収め、代わりにこの決戦の日の為に託された日輪刀を抜き放つ。
鉄地河原さんによって、限界まで耐久力を上げて鍛えられたこの日輪刀でも、果たして何度持つのかは分からない。
鬼舞辻無惨との決戦に備えておくべきであったかもしれないが、ここで出し惜しみして何もかも喪う訳にもいかない。
抜き放った途端に日輪刀は赫灼と輝くかの様に一気に炉の火の赫へと染まり上がった。
熱を帯びているのか、冷気を食い荒らすかの様に刀身から煙るかの様に白く靄がかったものが立ち上る。
「凄い! 凄い!!
玉壺殿や猗窩座殿や黒死牟殿の目を通してそうやって色が変わった日輪刀は見た事があったけど、『神様』のそれは他のそれと比べ物にならない程に深い赫だ……!!
物凄い熱を帯びているのかな。それで斬られたら流石に痛いかも!」
そんな事を嘯きながら、童磨は巨大な菩薩像を模した氷像を出現させた。
以前戦った時に作り出していたそれよりも遥かに大きいそれは、かなり高い筈の天井を突き破りかねない程の巨体であり、当然その質量はかつてのそれとは比較にならないだろう。
そんな巨大な菩薩像が一気に三体も出現した為、広い筈の室内を酷く狭苦しく感じる程の圧迫感を感じる。
神々しさすら感じる程の威容で迫る氷像たちは。一体はその右手を手刀として振り下ろし、一体は凄まじい勢いで拳を放ち、一体はその質量の全てを破壊のエネルギーに変えようとしているかの様に全てを押し潰す様に倒れ込もうとする。
菩薩像たちは、その身体が氷で形作られているとはとても思えない程俊敏に動く。速度も乗った超質量の攻撃を前にすれば、殆どの反撃などものともせずに押し潰せるだろう。
ビャッコに物理攻撃への耐性は無い為、冷気などでダメージを負う事は無くてもあんな質量の直撃を防御せず受ければ相当なダメージは覚悟しなければならない。
それでも、ここで後退る事など出来る訳は無く。
更に強く日輪刀を握り締めて。
範囲内にしのぶさんとカナヲが居ない事を瞬時に確かめつつ、迫り来る暴威を真っ直ぐに見詰める。
「デスバウンド!!」
日輪刀を一気に振り抜きつつ一切の加減無く放ったその一撃は、三体の菩薩像を一撃で溶かしつつ粉砕し、菩薩像を維持していた氷の人形たちを砕き、童磨の胴体を削り取りながら両断する様に薙ぎ払った。
そして氷像たちの背後の壁をも大きく切り裂き、その裂け目から冷気は急速に外へと吹き出ていく。
室内は相変わらず人が生きていられる様な温度ではないが、しかしそれ以上下がる事は無く、冷気の一部が外部に逃げている事もあってゆっくりとではあるが上がってきてはいる。……とは言え、その尋常ではない力を考えると、童磨は最悪この異空間全体を極寒の地獄に変えかねない。そんな事になれば全滅は必至である。
一時的にこの部屋の温度がマシになったとして油断は出来ず、寧ろ可能な限り早急に仕留める必要があった。
『赫刀』の状態の日輪刀の力によってか、先程までは粉砕されようがそれを物ともせずに直ちに元通りに戻ってしまっていた氷の人形たちは、氷片となって転がったまま修復される気配は無い。
しかし、胴体を真っ二つに割られたにも関わらず、童磨はそれに構う様子すら見せず。断面が再生しない事に何故か喜びの様な声を上げたかと思うと、その断面をその氷で無理矢理繋ぎ合わせ、何事も無かったかの様に立ち上がり向かってくる。
よく考えなくても、氷像を手足の様に操る事が出来るのだ。
多少『赫刀』によって削られ再生出来なくなった所で、氷で代用してしまえるのかもしれない。
氷の人形たちが破壊された事によってか、室温の低下は収まっている。
まだ大分寒いが、それでも即座に凍死する事を心配しなければならない程では無い。
今の内に次の手を打たなくては。
ペルソナをビャッコから切り替えるべく意識を集中させると、童磨の目はますます輝きを増しながら此方を見詰めるのであった。
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悠を『神様』だと宣う悪鬼にとっては、文字通りに悠以外の一切の存在がその意識の外にあるかの様であった。
悍ましい程の熱を帯びた狂信に溺れたその視線は、ただ一人悠だけに注がれている。
「心」と呼べる程の情動も執着も何も持たなかった鬼は、一体何があったのかと思わずにはいられない程に劇的な変化を遂げていた。……その変化は、かつてのそれとはまた別の方向により悍ましさを増したものであるが。
いっそ純粋無垢ですらあるかの様に狂気的な執着に溺れるその姿は、まるで道理を知らぬ幼子が初めて得た宝物に固執しているかの様で。
当然、そんな執着を向けられる先となった悠にとって、それはゾッとする程に悍ましいものであった様で。童磨のその執着に、理解出来ないとでも言いた気な今まで見た事も無い様な表情を浮かべている。
熱を帯びたかの様なはしゃいだ声音で悠に対して『神様』だと言い募っていくその言葉に、悠は半ば呆然とした様子でその言葉を聞いていた。
『神様』。それは、鬼殺隊の中で蔓延している悠に対しての認識だ。
悠にとっては討ち滅ぼすべき存在でしかない童磨がよりにもよって何故そんな風に悠を見ているのかは理解の範疇を超えたものであるけれど。
何であれ、悠自身はその様に他者から見られる事を望んでいない事を知っているからこそ。
「ナルカミ教」なるものを広めてまで悠に
姉さんの仇であると言う事もそうだが、童磨の行いの尽くに殺意と怒りが更に募っていく。
一体悠の何を知っているのかと、分かっていて悠にそれを一方的に押し付けていくのかと、そんな怒りだった。
視線だけでこの鬼を殺せるのであれば、既に何百回と殺せているだろう程に、眼差しに憎しみが宿る。
しかし、そんな私の怒りなどちっぽけな虫ケラのそれにしか過ぎぬとばかりに、童磨の意識に私は最初から存在していない。
そして、戦いの火蓋が切られた瞬間。
空間の全てが、一切の命を拒絶するかの様な極寒の世界へとほんの瞬きの間に塗り替わる。
視界の全てが瞬時に凍り付き、一呼吸で肺の芯まで凍り付きそうな冷気の中。
「──ッ、ビャッコ!!」
悠がそう声を上げて蒼く輝く何かを握り潰した瞬間。
巨大な純白の虎が現れて、この危険な鬼の棲家に囚われていた人々の壁になるかの様に、鬼から彼らを隠す様に立ち塞がる。それと同時に、一気に寒さが和らいだ。しかし、周囲の景色は容赦なく凍り付き続けているので、この空間の寒さ自体が和らいだという訳ではないのだろう。横に立つカナヲも少し身を震わせているがどうやらその程度の寒さしか感じていない様で。恐らくは悠が何かをして守ってくれているのだ。
それでも容赦なく周囲の温度は下がり続けていて。徐々に感じる寒さが強くなっていく。このままでは悠が守っていてもそう時間を置かずに限界が訪れるだろうと、ひしひしと感じさせる程であった。
極寒の地獄の中、童磨は私たちの事など眼中に無いとばかりに悠を狙い怒涛の攻撃を繰り出し続けている。
幾ら上弦の鬼でも、ここまでの大規模な血鬼術を出し続けていれば何れ限界が訪れるのでは? と。そう思ってしまう程に後先考えているとは思えない程の大盤振る舞いであった。
まあ童磨にとっては悠と戦えさえすればいいのでそれ以外は些事でしかないのかもしれないが。
足元の床を砕く様に鋭く突き上がり押し寄せる氷柱の荒波を悠は跳ねる様に避け時に足場にしながら回避して、頭上から瀑布の如く叩き付けられる氷の杭を斬り払いながら受け流して。乱れ舞う氷の蔦を隙間に滑り込む様に避け続ける。
悠がその刀を振るう度に氷塊たちは忽ちに砕かれていくが、無尽の如く湧き続けるそれを削り切るには至らない。
童磨を模した十体もの氷像たちも、砕いた端から直ぐ様に再生してしまう様で。
私たちや、そして人質として囚われていた人々という、悠にとっては足枷や足手纏いにしかならない者たちを背にしながら戦う悠にとっては、随分と不利な状況である様だった。
どうにか極力人々を巻き込まなくても良い様にと、悠は広大な空間の中でも少しでも童磨を彼らから引き離そうとしている様で。童磨もそれは分かっているのだろうが、まあ人質紛いにこの空間に拉致していても微塵も興味を懐いていなかったのか、そこに固執する事無く悠に誘導されるままに動いている様だった。
童磨の攻撃は基本的に悠だけを狙っているが、しかしその余波とでも言うべきものは私やカナヲの身にも襲い掛かる。そして、大海嘯の如き攻撃の全体からすれば一滴程度の規模のものであっても、私たちの身を斬り裂き砕き叩き潰すには十分過ぎる程で。悠の様に大質量の氷塊ですら叩き斬り砕く事が出来る様な膂力は無い私たちは、攻撃のほんの僅かな隙間を縫う様に回避するしかない。だがそれも、次第により厳しさを増していく周囲の冷気によって、身がかじかむ様に動かし難くなっていっている為何時まで持つものか……。
更に腹立たしい事に、戦いが始まって以降、一度も童磨は私たちの方へ意識を向ける事は無いのだ。一瞥すら向けず、その眼はただただ悠に向けられ、氷を扱う鬼とは思えぬ程のギラギラと輝き熱を帯びるその異常な執着のままに、より一層その攻撃を激しくさせている。
以前一度戦った時のそれが、戯れ程度ですら無い程のものでしかなかったのだと、そう知らしめられているかの様で。悔しさに思わず唇を噛み締めるが、だが事実として私たちの姿は 童磨の眼には映っていないのだし、そして映った所で一度でも本格的に標的にされれば先ず生き残る事は不可能であるのだろう。
最初から分かっていた事ではあるが、私たちは余りにも無力であった。
そして、このままでは埒が明かないと判断したのか、それとも自分以外が凍死するまでもう時間が無いと判断したのか。
悠は、ずっと愛用し続けていた刀を一度納め、刀鍛冶の里まで出向いて打って貰った自分の日輪刀を抜き放つ。
そして鞘から抜き放った瞬間、その刀身は炉の炎の様な赫へと染まり上がり、刀身自体が熱を帯びたのか周囲の冷気を喰い荒らす様に煙るかの様な白い靄が立ち上る。
『赫刀』自体は柱稽古の時などに何度か見た事はあるのだが、これ程までに見事に深い赫に染まっているものを見るのは初めてで。
もしかすれば、かつて『赫刀』を振るい鬼舞辻無惨を追い詰めたらしい「始まりの剣士」が振るっていたのだろうそれにすら匹敵する程のものなのではないだろうか。
そして、悠の『赫刀』を目にした瞬間。
童磨は興奮の余り喜びの喝采を上げて、そしてその興奮のままに更なる暴威を見せ付けるかの様に、悠を取り囲む形で巨大な氷像を作り出す。
広大な空間を圧迫する様な、余りにも巨大過ぎて見上げた所でその全貌を見る事など不可能な程の巨体を誇る菩薩像の様な氷像が、出し惜しみされる事無く三体も出現した。
私は気を喪っていた為それを見てはいないが、以前悠が童磨と戦った時にも童磨は氷の菩薩像を作り出していたとカナヲから報告されている。そして、それは童磨にとっては奥の手にも等しいものであるのだろう、とも。
だが、カナヲの話から聞いていたそれとは最早比較する対象にすらならない程に……かつてみたそれが幼子の様な大きさであったのではと思ってしまう程に、目の前に現れたそれは巨大に過ぎた。
自重で崩壊していない事が信じられない程の大きさで。それと比較すれば、悠が一寸法師になってしまったかの様な錯覚すら覚える。
そして、その巨体からは信じられない程の俊敏さで、氷像は悠を狙って動き出す。
家屋位の大きさの右手を手刀の様に振り下ろすもの、その手を拳の形に握り締めて突き出すもの、そしてその馬鹿馬鹿しいまでの質量の全てを攻撃に使わんと全身で倒れ込んで来るもの。
人が抗えるとは思えぬ巨大な存在が迫って来ていると言う、否応無しに本能的な恐怖を煽るその光景を前にして。
悠は後退る事無く、寧ろ静かに踏み込んで。
「デスバウンド!!」
裂帛の気合と共に、日輪刀を全力で振り抜いた瞬間。
迫り来る菩薩像たちが完全に両断され更には高熱で溶かされたかの様に溶け罅割れて細かく砕かれて、その周囲で菩薩像を維持していたのだろう童磨の氷像たちも軒並み焼き切られた様に融け落ちて。氷像たちの背後に居た童磨の胴体をも、その大半を削り取る様に溶かしながら両断する。
挙句の果てには、更にその背後にあった壁すらをも切り裂いて。そこから冷気が外部へ逃げ出しているのか、次第に周囲の温度は徐々に上がり出す。
たった一撃で状況を一変させたかの様なその攻撃ではあったが。
「凄い……! 凄い、凄い、凄い!!
灼ける様に斬られた断面が痛い! 全然再生しない!!
ねえ『神様』、見てくれよ! 徐々に断面の端から崩れている程だよ!!
その状態だと、日輪刀に宿っている陽光の力が最大限引き出されているのかな?
ああ……もし太陽に焼かれて死ぬとしたら、こんな痛みになるのかな!
ほんと、こんなの初めてで、もう胸がドキドキして弾け飛ぶんじゃないかって!
世界って生きてるってこんなに楽しいんだね、こんなにもキラキラして見えるんだね!
ああ、鬼に成って良かった、楽しくも何も無い世界を惰性でも生きていて良かった……!」
興奮し、声を荒げ、その瞳は感動に潤む様に輝いて。
全身で喜びを感じているかの様に、童磨は悠に執着の眼差しを向け続ける。
両断された半身を氷で繋ぎ合わせ、欠けた部分は氷で補って。
何事も無かったかの様に立ち上がり、その両手の扇を再び広げる。
「『無』になる事の恐ろしさも、何も残らない事への絶望も、そんなのただのまやかしでしか無いとかつては思っていたけれど。
ああ……今この胸を震わせる全てが消えてしまう事を思うと! それは何もかもが凍り付いてしまう程のものだったんだね。
今なら信者の皆の気持ちが痛い程に理解出来るよ。
だから『神様』、どうかもっともっと俺の心を震わせてくれ! その全てを見せてくれ!!
『無』になる恐怖なんて全部吹き飛ばしてしまえる程の、感動を! もっと!!」
最早恍惚の表情とでも表現すべき喜悦を満面に浮かべたその表情で、童磨は再び氷像を生み出そうとするが。
しかしそれよりも一手早く、悠は既に動いていた。
「一言主!」
部屋の隅で人々を守っていた巨大な白い虎の姿が消えたかと思うと、悠はその手の中に現れた蒼く輝く札の様なものを勢い良く握り潰して。
その瞬間、無数の木の葉によって形作られたかの様な人型の何かが姿を現す。
「──愚者の、ささやき!」
反射的に撃ち出された巨大な棘の様な氷塊を回避し、避け切れない物は斬り飛ばしつつ、その人型と共に一気に童磨との距離を詰めた悠は。
そう何かを人型に命じると共に、童磨の胴を袈裟切りに斬り捨てる。
先程とは違い一刀両断するまでには至らなかったその一撃だが、しかし童磨の足を止めるには十分で。
そして、人型は己の身を構成する無数の木の葉で童磨を呑み込む。
その途端、空間に漂っていた冷気が一気に消え失せたのを肌で感じた。
「おっと、驚いたけど、これは──」
見た目こそ派手ではあったが、何らかの傷を負わせるものではなかった様で。
木の葉の渦の中から無傷で姿を現した童磨であったが、しかしその直後怪訝な表情を浮かべる。
それと同時に、悠は叫ぶ様に声を上げた。
「しのぶさん! カナヲ!
血鬼術を無効化しました! 仕掛けるなら今です!!」
それは、待ちに待った反撃の為の合図で。
その瞬間全力で一気に踏み込んで、童磨へと刺突を喰らわせる。
しかし、最も脅威である血鬼術を無効化したとしても、鬼の尋常ならざる身体能力は健在で。童磨はあっさりとそれを避けようとするが。
しかし目の前に居る悠はそれを許さない。
輝く様に赫く変じた刀身に更に紫電を激しく纏わり付かせた日輪刀で、童磨の足を脛の半ばから斬り捨てる。
氷による補修は間に合わず、回避する間も無く童磨は私の日輪刀にその喉元を貫かれた。
反撃の様に振るわれた扇を回避して、深追いはしない様に素早く日輪刀を抜いて距離を取る。
『赫刀』で斬られ再生の進まない足を、童磨は膝から下を斬り落とす事で斬り捨てて、そしてその端から瞬時に再生させた。流石に胴の半ばなどから斬られればそうやって無理に再生させる事は容易では無いだろうが、四肢などの末端部分なら上弦の弐ともなればその様にして強引に再生させてしまえるのだろう。
「おっと、喰らっちゃったか。
でも、前にも言ったけど君の毒は──」
羽虫の囀り以下の言葉を垂れ流そうとしたそれは、更に背後から迫っていたカナヲの襲撃で中断される。
片手でそれを受け止めようとした童磨だが、しかしそれは腕ごと斬り捨てられて。
それに驚いた様に童磨は目を丸く見張り、そしてカナヲの追撃を回避する様に後ろに大きく飛ぶ。斬り落とされた腕は瞬時に元に戻ってしまった。
やはり、『赫刀』でないとまともに傷を与えられないのは変わらないのか。
「あれ、おかしいな。君程度の威力なら俺の腕が斬れる筈は無いんだけど。
あ、そっかぁ、『神様』が何かしたんだね? 凄いなぁ!」
そうニコニコと童磨は笑う。それに一々種明かしをしてやる義理は無い。
この日の為に珠世と共に研究し続けていた毒の数々は、確かにこの悪鬼にも効果があるのだと、それを確かに実感して。だからこそ何としてでも童磨をここで仕留めねばならないと改めて心に誓う。
先程の一撃で撃ち込めた毒の量は多くは無い、更に二撃三撃と重ねて注ぎ込まねば。
しかし、そう易々といく相手ではない事も理解している。
悠によって血鬼術を封じられたとしても、恐らくそれは永続的なものではないのだし、何より血鬼術無しでも私やカナヲでは一方的に嬲り殺しにされる程の超常的な存在なのだから。
それでも、悠たちがこうして私の為に、私自身で全ての決着を付けられる様にお膳立てしようとしてくれているからこそ、それに応えなくては。
その時、天井の一部が軋んだかと思うと、一気にそこが崩壊して何かが頭上から落ちて来る。
「どぉありゃアアアア!!!
天空より出でし伊之助様のお通りじゃあアアア!!」
天井を破って大量の木材と瓦礫と共に落ちて来たのは、威勢良く吼える伊之助くんであった。
「感じる……感じるぜェ!!
強えェ鬼の気配をビンビンになぁッ!!」
勝負しろ、勝負!! と、元気よく吼えて。
伊之助くんは、突然の珍妙な登場に驚いた様な表情を浮かべている童磨へとその日輪刀を向けるのであった。
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【鳴上悠】
その場に居合わせてしまった人々を守り抜く事と、しのぶとカナヲを守る事、そして「しのぶに童磨の頸を落とさせる」と言う最高難易度の超難題を抱えながら童磨と戦っている。
パワータイプの白虎と比べると一言主は力が弱いので、一言主を召喚している時は童磨の攻撃を全て斬り捨てて進む様な力技は使えない様子。
「愚者のささやき」はこの世界では一時的に血鬼術を無効化出来るが、童磨の氷の様に既に物質的に存在しているものが消える訳では無い。
【胡蝶しのぶ】
童磨に全く相手にされず何も出来ない無力さからくる悔しさに唇を噛み締めているが、そもそも童磨のマップ兵器は使われた瞬間悠以外には対処不可能ではある。
最初に撃ち込んだ毒は、童磨に合わせて特別に調合された鬼の体組織に作用してその強度を下げる作用があるが、童磨相手ではその頸の強度をほんの僅か下げる程度に留まる。カナヲ以上の膂力があれば、全力で呼吸を使えば腕や足は落とせる強度になっている。
この毒以外にも、決戦に向けて珠世さんと共同で様々な毒を開発している。
【栗花落カナヲ】
童磨の気色悪さに鳥肌が立った。
この世に存在してはいけない生き物だと思った。
【嘴平伊之助】
強い鬼の気配を探して無限城を走り回っていたら、凄く強そうな鬼の下に辿り着いた為非常にやる気に満ちている。勝負勝負ゥ!!
まだ猪頭を被った状態である為、童磨にその因縁を把握されてはいない。
【その場に居合わせている人々】
『神様』だ……!
【童磨】
初手から即死級マップ攻撃を展開するなど、一切の遊びが無い本気モード。
人間相手の殲滅能力としては無惨を遥かに上回る能力を獲得しているが、それでも全く倒せる気配が微塵も無い『神様』の素晴らしさに興奮が収まらない。
もっともっとと、悠の更なる力を拝まんと欲するその欲望は際限無く膨れ上がり、鬼としての能力は今この瞬間も高まり続けている。
なお、悠以外の存在は基本的に意識の外にある。
【鬼舞辻無惨】
虫けら同然に侮っていた珠世に撃ち込まれていた薬を解毒するのに全神経を集中させている。
その為、猗窩座や黒死牟に嫌がらせの様な命令を出している暇はない。
実の所、無限城に悠諸共鬼殺隊を落としたその時点で悠から離れた場所で童磨にその血鬼術を全力で無限城全体に展開させていれば悠に勝てる可能性があった。と言うよりも悠に勝つ手段はそれしかない。
が、気色悪さが増した童磨に関わり合いになりたくなかったが故に進化したその血鬼術や能力を何も把握しておらず、当然その様な作戦も考え付かなかった。
更には、悠と直接対決し悠の力の全てを見る事だけを欲求に超進化を果てしている童磨に、悠と対峙させずに消耗させきって倒すと言うそれを飲ませる手段は無惨には無いので、どの道実行出来ないのだが……。
『血鬼術 紅蓮楽土』
童磨の新たな血鬼術。
悠が居ない場合、柱だろうと何だろうとそう時間を置かず凍死する事になる程に凶悪かつ必殺の血鬼術となる。時間経過でどんどん温度は低下し続け、最終的には-100℃を下回り、室内などの限定された空間で発動されるとその威力は比類ないものになる。
多少の火では焼け石に水にもならず、効果範囲内に居る場合は基本的に防御不可能・回避不可能である。
更にこの血鬼術を展開した状態だと、効果範囲の空間に於いて他の血鬼術の発動速度と威力が向上し、離れた場所に「霧氷・睡蓮菩薩」などの大質量の血鬼術を瞬時に展開出来る効果もある。……とは言え、この血鬼術を展開された時点で生き残れる『人間』は皆無と言っても良いのだが。
「結晶ノ御子」を分散して配置する事が出来れば、ある程度の時間さえかければ無限城全体にこの血鬼術を展開する事も可能である。
弱点としては、複数の「結晶ノ御子」を展開する事で血鬼術を維持している為、「結晶ノ御子」を破壊されると威力が下がってしまいまた冷却速度が衰えてしまう点がある。
しかし、血鬼術の範囲内にあり強化された「結晶ノ御子」を破壊する事は容易では無く生半な攻撃では即座に再生されてしまう為、破壊するのであれば最低でも「赫刀」で砕く必要があるので、その攻略難易度は極めて高い。
名前は八大寒地獄の一つである「紅蓮地獄」から名付けられた。