もと大どろぼうホッツェンプロッツ四たびあらわる 作:へびのあし
まっさきにうごいたのは、ホッツェンプロッツでした。ふるえる手でサングラスをはずし、ピンクのエプロンのポケットにつっこむと、ハンカチを取りだして鼻をチーンとかみました。
「おしまいだ…。」おおつぶの涙をながしながら、ホッツェンプロッツは言いました。「だれか、かぎたばこをめぐんでくれないか?家にあったぶんは、ぜんぶ遠くのカシワの木の倉庫へやってしまったんだ…。」
「もっていますよ。」としんせつなリューベザーメン氏が胸ポケットをゴソゴソさぐりだしました。
「仕事がら、こんなものはもっているべきではないと思うんですがね。」
と氏はしょうしょう顔をあからめました。
「まあ、わたしは今でこそ消防署長なんてまともな職業についていますが、むかしはずいぶんなやんちゃぼうずでしてね…。かぎたばこをならい覚えたのは、はずかしいことに十歳にもみたないころでしたよ。親友から〈つららっ鼻〉というやつを一箱もらいうけまして。まあ、ハマっちまったというわけです。」
そのしゅんかん、ホッツェンプロッツが雷に打たれたかのように固まりました。そして、くちびるをふるわせながらひらきました。
「…ちょいとお聞きしますがね、消防自警団の団長さん?」とホッツェンプロッツは目をふしぜんに何度もぱちぱちとさせながら言いました。「〈つららっ鼻〉のつぎにハマったのはもしや、〈悪魔いっぱつ〉っちゅうかぎたばこじゃありませんか?」
「まったくもってそのとおりです!」とリューベザーメン氏はおどろいて言いました。「なぜそれがわかったのですか?」
「かんたんな話だ!」とホッツェンプロッツはさきほどまでの悲壮な表情はどこへやら、ゆかいでたまらないといった調子で言いました。「このおれをして、あのヘンリーが消防自警団の団長なんぞになるとは予想がつかなかった、ということだ!」
ホッツェンプロッツのことばを聞いて、こんどはリューベザーメン氏が固まる番でした。
「で、ではきみは…あのフランクなのか?」
ホッツェンプロッツがうなずいたしゅんかん、二人はまばたきよりもはやく抱きあって大笑いしていました。
「やあやあ!」とリューベザーメン氏の背中をたたきながらホッツェンプロッツが言いました。「町一番にボロくて有名なカラシ工場をついだおまえと、こんなところで再会するとはな!」
リューベザーメン氏も負けじと言いました。
「カウボーイになるといってふらりといなくなったっきり、アメリカの大草原でもたびしているとばかり思っていたきみが、まさかどろぼうなんていうろくでもない職業についていたとはなぁ!」
ふるい友だちをみつけた二人は、森のまんなかでまるでハチミツの山盛りケーキをみつけたスズメバチのようにおどりまわりました。
「きみとわたしの友情にかけて、料理店の再興を手つだうことをやくそくする!」とリューベザーメン氏は大声で言いました。「また〈どろぼうのねじろ亭〉が開店したあかつきには、きみのつくったスープをあじみにくるとちかおう!」
ホッツェンプロッツも言いました。
「おれも、おまえのカラシ工場をのぞきにいくとしよう!なんなら、ちょっとばかし手つだったとしてもばちは当たるまい?」
まわりで見ていた人たちは、二人のはしゃぎようをぽかんと口をあけてながめていました。しかしカスパールが、まるで足もとで花火があがったかのようにとつぜん跳びあがったときにはみな、そちらのほうにちゅうもくしました。
「ゼッペル!」とカスパールは言いました。向こうでは、まだホッツェンプロッツとリューベザーメン氏が手をつないでおどっています。
「カラシ工場だよ!今、たしかにホッツェンプロッツがそう言った!」とカスパールがゼッペルの手をにぎって言いました。
「それがどうかしたのかい?」とゼッペルは怪訝そうにたずねました。
「どうもこうも、あの人なら知ってるかもしれないよ!ヴァラ・リーナのいばしょさ!」
——そうでした。ホッツェンプロッツがヴァラ・リーナをうりつけたのは、どこかのカラシ商人です。そして町一番のゆうめいなカラシ工場の社長さんが今、ここにいます。としたら…?聞いてみない手はありません!
なるほど、とゼッペルがうなずくがはやいか、二人はかけ出していました。
元どろぼうと消防自警団の団長がぐるぐるおどっているまんなかに、むりやり割りこみました。
「リューベザーメンさん!」と二人は声をかぎりにさけびました。「お聞きしたいことがあるのですが!」
二人がおどりをやめるのには、カスパールとゼッペルがそれぞれ二人の腕にぶら下がってちからいっぱいひっぱらなければなりませんでした。
ようやく二人がおちつきをとりもどしてから、「再会のよろこびをじゃましてすみませんでしたが、」とカスパールがまず二人にことわりを入れました。
「リューベザーメンさんは、二年前に茶色い毛のポニーを買ったひとを知りませんか? あなたのカラシ工場ではたらいているなかで、南の町へカラシのたるを売りに行ったかえり、おどるポニーをもってかえったひとがいたらぜひおしえていただきたいのですが。」
それを聞いたとたん、リューベザーメン氏がびっくりした顔をしました。
「知っているもなにも、そのポニーを手に入れたのはわたしです。むかし…そう、カウボーイになりたかったころの夢がちょっとばかしでもかなったと思うとうれしくてですね。今でもまいにちせわをやいていますよ。」
そのときのみんなの顔といったら、ポカンと頭をなぐられたガマガエルよりもひどいと断言できるものでした。
「……こ、こんなにちかくにいたなんて。」
とゼッペルがなんとかそれだけ言いました。みんな、おなじきもちでした。
それからなんだか愉快になって、全員で笑い出したのです。ディンペルモーザー氏が、口ひげをふるわせています。犬のバスティがワフッ、コヒュッ!とほえます。カスパールのおばあさんも、おかしくなって口元をおさえています。ふだんは笑わないシュロッターベック夫人でさえも、まんぞくそうな表情でした。
ホッツェンプロッツとリューベザーメン氏のファーストネームなどなど、今話は当作限定の捏造オンパレード。
リューベザーメン氏改めヘンリーは、悪友のお陰でやんちゃな子供時代を過ごしました。まあ、誰にでもそういうやんちゃな時期が…あるわけではないかもしれませんが、とにかくまじめ一辺倒な人は少ないと思うんですよね。ちょっと親に楯突いたり、毎日漫画やゲームに明け暮れたり。
そういうことで、消防自警団(ドイツはボランティア消防団があるのだそう)の団長さんは、穏やかで前向きな頼りがいのある人物…なるもホッツェンプロッツと非常に馬が合います。