女の子がデフォでバブみ溢れる世界で俺は...   作:胡椒こしょこしょ

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この世界は登校すらママならない

俺には、前世の記憶がある。

とはいってもフィクションとかで散々擦られてきたように、実は勇者だったとか悲劇的な展開で恋人と引き離されたとかそういうことはない。

正直、前世であっても今現在の生活と変わらないのだ。

 

性別も今と同じで男。

はっきり言って、気に留める必要もないほどに今と変わらない現代日本の光景が頭にこびり付いている。

しかし、だからと言ってまったく違和感を感じないわけではない。

それどころか、普段の生活から前世と今世での差異に苦しめられていた。

なぜなら....。

 

『最近の男性は、自立だのなんだの....男はいついかなる年代でも女の腕の中で産声を上げて、女がそれを慈しむ!それが正しき男女交際の形であって.....!』

 

テレビのニュース番組ではコメンテーターの女性が熱弁を振るっている。

その主張にスタジオの人たちや司会者もごもっともなことであるかのように深く頷いている。

そして、目の前で両親はそのテレビ画面を見ながら口を開いた。

 

「まったく...最近の若者は...同じ男として、理解できんな。男の幸せというのは好きな女の人の腕の中で産声を上げる!律も分かってるな?」

 

「あらあら...あなた、食べながらおしゃべりしてはお行儀が悪いでちゅよ?はぁい、ふきふき...❤」

 

「ア”ア”ア”ァ!!ママァ!!!」

 

さっきまで父らしく俺に言葉を掛けていた父さんが母さんに赤ちゃん言葉を掛けられた瞬間、母さんの胸に赤ん坊のように縋りついていた。

おおよそ正気を疑うような光景だが、最早何も感じない。

日頃の日課のような物だ。

 

なんせ、これがこの世界の男性として普通の在り方なんだから。

 

「...ご馳走様。」

 

「ふふっ、お粗末様でした。お父さん、ちょっとぐずっちゃってるから戸締りは自分でしてね?」

 

手を合わせて、立ち上がる。

すると母さんは父さんの口元のソースとかで服が汚れてるにも関わらず、気にせず笑顔で父さんの頭を撫でながらそう言ってくる。

こんなのが自分の親及びにこの世界における標準的な男女ということに目を逸らすように、返事することなく出口へと向かう。

 

「それにしても、早く起きてくれるのは良いけど....どうせ、隣の万結ちゃんが起こしに来てくれるんだから、前みたいに用意とか手伝ってもらえば良いのに~。もしかしたらあの子が律の将来のお嫁さんママになってくれるのかも...きゃ~~~!」

 

手を合わせて、勝手に盛り上がる母親。

そんな家族にうんざりしながら、俺は振り返ることなく返事した。

 

「...自分の起きる時間くらい、自分で決める。学校早いから...。」

 

そう言って、リビングから出て洗面台へと向かう。

前みたいに。

そう、俺も中学2年生まではこの世界の風潮に従っていた。

いや、従っていたというわけではない。

なんだか常に違和感を感じていたが、その違和感の正体を知らなかったからこそ俺は正しいと教えられたように振舞っていたのだ。

前世を明確に思い出したのは中学3年から。

その頃から、普段のように生活することが苦痛に感じるようになった。

 

歯磨きをして、口をゆすぐ。

するとインターホンが鳴った。

鳴らした人間が誰かは分かっている。

そして、こうして改めて一日が始まるんだなって考えると憂鬱になるのだった。

 

鞄を持って、玄関へと向かう。

そして、玄関の扉を開けると外へと出て行った。

 

「良い朝だね!りっちゃん!!はぁ~いおはようのギュ~~❤❤」

 

扉を開けると、そこには俺の隣に住んでいる少女。

幼馴染である二子玉万結が笑顔で手を広げている。

陽だまりのような笑顔は青空と映えて絵になっている。

その背後では人々が通りすがっている。

 

「あら?可愛らしいぼくちゃんね。彼氏くん?」

 

「はい❤ほら翔くん~お姉さんに挨拶だよ~。」

 

「ぱいぱ~い!!」

 

「やだ~~~可愛い~~~!夫を思い出しちゃうわぁ~~~!早く帰ってこないかしら..そうね、今日はおむつを買うとしましょう!ありがとう、美紀ちゃん。」

 

「いえ、私も今日はおむつを付けてあげようと思ってたんです❤」

 

ごみ捨てに出ているのかゴミ袋を持っている奥さんとカップルが話している。

会話内容もそうだが、外なのに胸に服越しだがむしゃぶり付いている男を見て出てくる感想が可愛いとか控えめに言って頭がおかしい。

そして、誰もそんな彼らに違和感を抱くどころか同類のような連中が通りすがる始末。

そんな光景も相まって、目の前の幼馴染の笑顔がどこか悪夢じみて見えたのだ。

 

「いちいち近いぞ、鬱陶しい。暑苦しいんだよ、お前。」

 

ゴリゴリに警戒心を露わにして、手を突きだして彼女を制する。

当たり前だ。

目の前でこんな明らか倒錯した光景を見て、勇んで仲間入りしたい奴なんか居るわけない。

居たとしたら、ソイツも性倒錯者だろう。

 

すると、万結は心配そうな表情をする。

 

「あれ?もしかしてりっちゃん...機嫌悪いの?大丈夫??頭撫でたげようか?おっぱい揉む??」

 

心配してくれるのはありがたいが価値観があっちに根差していたらまったく意味がない。

こんな状況でなかったら勇んで揉んでいたが、正直こういう状況にもうんざりしていたところだ。

 

「んなもん、要らないって....。」

 

「そんな...あっ!分かった!!反抗期って奴かな?可哀想に...男の子には、ママに対して素直になれない生理みたいな時期があるんだもんね...ごめんね?本当はりっちゃんも辛いだろうに....。」

 

悉く考えが理解できない。

ズレている。

前世の記憶を明確に思い出すことがなかったら、違和感を感じながらもこんなことを受け入れてたんだろうな。

それが不幸か幸福かは今の俺には分からないけど。

 

「だから....はぁ...そもそも、反抗期どうたらとか、お前俺の母親じゃないだろ。的外れなんだよ...お前の言葉は。」

 

俺が言うと、彼女は首を傾げた。

あたかも何を言っているんだろう?って言った様子で。

 

「え?何言ってるの?異性の幼馴染が居る女の子はみんなその人のママになるのが夢なんだよ?私もそう!私だってりっちゃんの幼馴染ママだもん!!だから反抗期で間違いないんだよ!」

 

まるで当然の思想の如く話す彼女。

聞いていて頭が痛くなる夢である。

最早世界の根底概念からして俺の前世とは違うことを痛感させられた。

 

「もういいって...学校行こうぜ。」

 

そんな彼女の肩に手を置いて避けると、そのまま先に歩き出そうとする。

しかし、突然彼女に手を掴まれた。

 

「なんだ....。」

 

振り返ると、彼女はジッと俺の目を見つめている。

さっきまでの慈愛に満ちた表情とは打って変わった無表情。

それを見て俺は一瞬、怖いと感じてしまった。

 

「駄目だよ。幼馴染ママと一緒に登校する時は手を繋がないと。」

 

「いやだからそんなのいらな....」

 

「そんなのおかしいよ。みんなやってることなんだよ?私....心配だな.....。」

 

あくまで優しい口調。

でも、その言葉からは『今のお前は普通じゃない』と言った意図が込められているように感じた。

みんなもやっているという言葉。

それが同調圧力として背中にのしかかる。

おかしいのは明らかにそっちなのに、社会から『お前は異常者だ』と言われたようだった。

事実、この世界では彼女達が普通で受け入れられない俺が異常。

それを突き付けられた気がして、心が折れた。

 

「そう...だな....。ごめん....。」

 

「あっ、謝ってほしいわけじゃないの!分かってくれたなら私...凄く嬉しいな....。」

 

可愛らしい良い笑顔。

しかし、それが俺には悪魔の笑みに見えてならない。

隣に並んで、二人で歩きだす。

 

この世界は、女性が標準的にイカれたレベルのバブみを持っている世界。

そして、それに則って男性が赤ちゃんのように見なされた世界。

そんな気狂いの夢のような世界で、どんなに嫌がろうとも俺もその世界の一部なんだ。

控えめに言って、毎日狂いそう。

 

「今日も一日、一緒に頑張りまちょうね?りっちゃん❤❤❤」

 

目を細めて、慈愛に満ちた笑顔をこちらに見せる万結。

俺はそんな彼女に渇いた笑みを返した。

 

「あぁ...『頑張る』わ....。」

 

こんなイカれた世界でも、その一員として規定された普通通りに振舞ってみせよう。

どんなに受け入れられずに、頭がおかしくなりそうになっても。

じゃないと、明確に異常だと後ろ指指されるのは...俺なんだから。

 

 

 

 

 

 

万結と電車に揺られる。

通勤ラッシュに被ったからか、車内には人がひしめき合っている。

 

「部長?分かってますかぁ~?部長はキモキモ中年だから、周りの同年代の女の人に相手にされないんですよ?私みたいなジジ専の優しい部下の女の子くらいしか相手にしてくれまちぇんよ❤何か言うことあるんじゃないでちゅか?」

 

「あ”、ありがとうございますっ!!おっぱい難民のおっさんにお情けくれてありがとうございまちゅ!!あぁっ!一回りの年下の女の子に甘える情けなさで頭沸騰す”る”!!」

 

「ん-ん、全然言うこと違いまちゅよ~?正解はぁ~だいちゅき❤結婚ちてくだちゃ~い❤でちゅよ?おしおきに部署のみんなの前で無様に100へコの刑でちゅ❤素敵な寿退社式にちまちょうね~?」

 

...そのひしめき合いもこの世界準拠の価値観が混じってかなりカオスなことになっているんだが。

大半の連中はこんな感じである。

なんだお前ら、毎日エロゲか?

近くで見せられる方の気持ちにもなれ。

 

「ご、ごめんね...その...私、身体大きいから....。視界に顔が被っちゃうよね...。」

 

「別に。見たくない物を見なくて済んで助かってる。」

 

万結は申し訳なさげにこちらに言ってくる。

彼女の顔の位置と俺の顔の位置は同じ。

俺も身長は高い方なので、女子の範疇で考えると結構背が高い方だろう。

だが、そのおかげで目の前で繰り広げられている奇想天外赤ちゃんプレイも彼女の顔で見切れて、直視を避けられていた。

あんなもの直視したら目が潰れかねないからな。

 

「....?それってどういう....。」

 

「なんでもないって。」

 

首を傾げる彼女。

でも、馬鹿正直に赤ちゃんプレイが見るに堪えないのでお前の顔で見切れて良かったとは言えない。

あんなイカレた光景でもこの世界では普通、ありきたりな日常なのだ。

 

「それにしても...やっぱりいつ見ても電車の中はみんなママやってるなぁ...良いなぁ...。この前テレビで見たんだけど、今は電車の中でバブちゃんといちゃつくのがトレンドなんだって。」

 

「へぇ~そうなんだ。」

 

羨まし気に周りを見ている万結の発言に生返事を返す。

こんなものにトレンドなんてあんのか。

そんでもってこの世界の人間は公共交通機関をなんだと思っているんだ。

イメクラじゃねぇんだぞ、こんな所で盛んな。

 

「りっちゃんも、したくなったらいつでも甘えて良いんだよ?」

 

「お~、考えとく~。」

 

彼女が笑顔でそう言ってくるも、それを適当に流す。

まともに取り合うと精神がゴリゴリ削られるからな。

適当に流すくらいがちょうどいいんだ。

 

電車は減速して、駅に止まる。

学校はあと3つ先の駅。

しかし降りる人よりも乗る人の方が数が多く、殊更混雑していく。

 

「あうっ...!ご、ごめんね....。」

 

「別に大丈夫だから...。」

 

人の流れに押されて、さらにこちらに密着する万結。

背後は扉、目の前は万結と結構窮屈なことになっている。

少し...息苦しいな...。

 

「いけぇ~バブちゃん先輩❤❤ミルク飲み―!!」

 

「シャチック!ジュパジュパジュパ!!!!ちゅぽん♪」

 

混雑しているにも関わらず、相も変わらず新しく乗り込んで来た連中も戯れ程度に盛ってやがる。

会社の先輩後輩なのだろうか?

目に生気がないくたびれた会社員が同じく会社員の女の人の乳房に服越しとは言えむしゃぶりついていた。

変な鳴き声とか上げてるし、この世界のおける労働の闇を感じた。

 

目の前の光景にドン引いて溜息を吐く。

すると、前の万結がビクッとした。

そうか、そう言えば俺の顔の前...かなり近くに彼女の顔はあるんだ。

吐息を吐くと掛かってしまう。

 

「すまん...歯磨きはしたんだが、...臭かったりしたか?悪い。」

 

素直に謝ると彼女は被りを振るう。

 

「う、ううん。全然!そうじゃなくて...周りがそうだし...こんなに近いわけだし...。」

 

すると、いつも快活な彼女が珍しく顔を伏せた。

どうしたというのだろうか?

まぁ、大人しくしてくれるならそれはそれで構わないのだが。

 

「息も...私、りっちゃんの吐いた息を吸ってて...んんっ....そのっ.....。」

 

「おい、どうした。電車内だぞ。どうした?」

 

万結の様子が何かおかしくなってきたので、場所を強調しつつ聞く。

すると、万結が不意に顔を上げた。

潤んだ瞳。

熱っぽい視線がこちらへと向けられて、俺の瞳を見つめる。

 

ドキッとはする。

しかしそれ以上に、嫌な予感が胸を掠めて騒がせる。

もし俺の想像通りの言葉だとしたら、最早絶望しかない。

そして、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「他の人の、ママみに当てられて...私も、バブみ溢れちゃった....。」

 

現実は非情である。

案の定というか、なんというか万結も確かにこの世界の女性であると思わせられる。

この世界の女性にはこういう甘やかしたい欲のような物がタイミングは分からないが発作のように湧くらしい。

つーか、ママみに当てられるってなんだよ?バブみが溢れるとか改めて考えるとか意味不明だぞ。

 

万結はこちらに顔を寄せてくる。

対して、俺は顔を背けた。

 

「ねぇ...りっちゃん....私、もう限界なの...。恥ずかしいかもしれないけど、ここで赤ちゃんになってくれない?バブバブ~って私の胸に顔を押し付けて甘えて欲しいなぁ...❤」

 

「混雑してる車内でか?正気??絶対に無理、断るねぇ!」

 

彼女を突き放すように断る。

しかし、普段であればこれである程度引き下がるはずの彼女はさらに顔を寄せてくる。

突き放そうとしても車内がギュウギュウ詰めで意味がないだろう。

それどころか、彼女の吐息が耳元に当たる。

ゾワッとした。

 

「なんでそんなこと言うのぉ...?私、こんなに辛いのに....。ねぇ、お願い....良いでしょ?少しだけだから...ねっ?りっちゃん?りっちゃぁ~~ん❤❤」

 

「くどい!!!」

 

甘く絡みつくような声。

身体がビクンと震える。

少しだけだって?冗談じゃない。

たとえ一瞬でもあんなのの仲間入りするなんか御免被る。

人としての権利を放り投げるくらいなら、俺は死を選択するね!!

 

すると、彼女は怒ったと意思表示するように頬を膨らませる。

しかし、何を思いついたのか途端に笑顔になる。

瞳の色が変わる...それはまるで、獲物を発見した猛禽類のような輝きであった。

 

「だったら...しょうがないよね?これやっちゃうとりっちゃん怒って口利いてくれなくなっちゃうけど...それも可愛いから良いよね....?」

 

「...お、おい!お前まさか!!やめろ!!マジでそれやったら絶交だからな!!絶対に許さないから!!」

 

万結がやろうとしていることを察した俺は、必死に彼女を制止する。

しかしバブみとやらが溢れ出した万結は聞き入れるはずもなく。

俺の尾てい骨辺りに手を触れ始める。

 

まずい....このままじゃやられる!!

俺はなんとか身を捩って逃げ出そうとする。

しかもさらにむぎゅっと身体を押し付けられて身動きを取れなくされた。

 

「逃げちゃダメでちゅよ~❤もぉ~しょうがない子でちゅね~❤はぁ~い、『赤ちゃんツボ』とーんとーん❤」

 

「ひっ...!」

 

『赤ちゃんツボ』

その言葉を聞いただけで、全身の熱がサッーと抜けていく。

ヤバイ、それはマジでヤバイのだ。

 

彼女は俺の尾てい骨辺りをトントンと叩く。

瞬間、身体中...それどころか頭の中にまで電流が走る。

全身の力が抜けていき、うずうずとした甘い感覚が全身を巡る。

身体が段々と前傾姿勢になって、指を口元に持っていき始める。

 

そんな俺の様子を見て、万結は笑みを浮かべる。

 

「ふふ...顔がトロケてきちゃってる....。良いよぉ....お外行きのカッコいい男の子の皮をポイポイポ~イ❤バブバブ赤ちゃんこんにちわ~❤万結ママでちゅよ~~❤」

 

「や、やらぁ...!このっ、きょのっ...卑怯者ぉぉ....!あぶ...ばぶっ...じゃなくて、クソっ!くしょっ!ちくちょ~~~❤」

 

身体が言うことを聞かない。

口調も振舞いも、嫌なのに赤ん坊にされてしまう。

そして、心と体は密接な関係にある。

身体が崩されれば、心も甘く浸食されて犯されていく。

クソッ!クソッ!クソッッ!!!

嫌だって思ってるのに....身体が甘えようとしてやがる...心も、しょうがないとか思おうとしてる....!!

 

これが俺が一番恐れてるこの世界の概念、『赤ちゃんツボ』。

この世界の男にはみんな、女性に優しく叩かれたり撫でられたりすると、否が応にもたとえどんなに嫌いな相手を前にしても赤ちゃん返りしてしまうというツボが存在している。

俺にとってはまさに悪夢のスイッチ。

これがある限り、俺はどんなに抗おうとも最終的に無に帰してしまう。

実際の所、俺達男に赤ちゃんになる以外での女性関係における選択権などない。

いつその言葉を聞いても、そう痛感させられる。

 

こんなの...間違ってるだろ。

人は元来自由意志を持っているはずだ。

こんなのは、それの制限だ。

俺達に、権利なんてあってないようなもの。

望んでもないのに、相手の都合で有無を言わさずこんな変態行為をやらされる。

惨め以外の何がある?

 

「俺..嫌って...やめてって言ったのに....うぅぅぅ.....ひどい...ひどいよぅ....こんなの.....こんなのっておかしいよぉ.....。」

 

心までもが既に退行して、思っていたことが口を衝いて漏れだす。

ヤバイ...涙まで出てきた。

こんな公共機関で泣くなんて、前の世界では一歩引かれた目で見られるだろう。

しかし、彼女は腕の中の俺に慈愛に満ちた視線を向ける。

そんな視線が俺に刺さる。

 

「アレ?ぐずっちゃったのかな....?ふふっ、よーし万結ママにお任せ~❤」

 

彼女は俺が自分の思う通りにオギャり始めてご満悦な様子。

俺の涙の理由も、言葉の真意も伝わることがない。

クソッたれが。

 

「さて...おっぱいごきゅごきゅのじか.....。」

 

案の定、奴は俺に乳を吸わせるつもりだ。

まずい、こんな赤ちゃん状態でそんなことされたら意識が吹っ飛びかねない。

自分を見失いかねないぞ....!

終わりの瞬間を肌で感じながらも、何も出来ずにそれを待つことしか出来ない。

 

そう思っていた矢先。

 

「アレ?先輩、ちぃ~~す!遂にまともにオギャれるようになったんすねぇ~。電車でとか知らない間に成長したじゃないっすかぁ~w」

 

半笑いの少女の声が俺達の妙な空気を切り裂いた。

 

「愛生....。」

 

「はぁ~い!みんなのママアイドルゥ~♪アイマイ愛生!愛生由香里ちゃんでぇ~す☆ほら、豚バブちゃんもバックコーラスゥ!ぎゅ~~❤」

 

「ブヒオギャァアアアア!!!」

 

「おんおんおん❤」

 

どこかキャピキャピとしたテンションの可愛らしい顔をした後輩女子。

人混みを掻き分けてこちらに来た彼女は俺の言葉に自称アイドル然とした名乗りを返した。

....両脇にガタイの良い男の顔を挟んだ状態で。

つーか、寧ろ脇を閉めることによってその男たちが本物の豚顔負けの鳴き声を上げてるんだけど....。

何ここ屠畜場?

 

「あなた...愛生さん。」

 

万結も彼女を見て、呟く。

その瞬間、彼女の俺の赤ちゃんツボを撫でる手が止まった。

よし!

まだ少し体が赤ちゃん入っているが、でもこれなら撫でまわされている時よりも全然動ける!

 

「相変わらず、いろんな男連れてんのな。お前。」

 

なんとか万結の腕から抜け出そうとしながら、声を掛ける。

目の前の赤ちゃんツボ突きやがったクソ幼馴染は無視してあちらに視線を向ける。

すると、愛生は自慢げに胸を張った。

 

「当然!私ぃ、プロママ目指してるんでぇ~?それに博愛主義ぃ?って言いますかぁ?色んな男の子甘やかしたくなるんですよねぇ~。」

 

プロママなんてあるのか....。

ママにプロってなんだろ...頭痛くなるなぁ....。

すると、万結が珍しく表情を曇らせて...というか不機嫌な表情で呟く。

 

「それって言い方良いだけでただの売母じゃん....。」

 

「ん?何か言いましたかぁ?」

 

万結の言葉に愛生は笑顔で応じる。

どうやらこの世界ではビッチとか売女とかと同じ意味合いを売母という言葉が持つらしい。

...まぁ、どうでも良いんですけど。

でも確かに男とっかえひっかえしてるんだから俺の世界準拠でもビッチだよなぁ...コイツ。

博愛主義っていうのも良く言っただけだろうし。

物は言いようって奴か。

 

...まぁ、俺はまっっったく万結の味方をしてやるつもりはないんですけどねっ!!!

 

「あー、嫌ですねぇ~母性の乏しい女の僻みって奴は?というか、先輩毎回僕はオギャりませんよ~って顔してたのに、びっくりしましたよ~。ちょっと心配してたんですよねぇ~このままオギャ不能になってしまうんじゃないかって。めっちゃオギャるようになったのなら私と一回でも良いのでバブちゃんやりませんか?私の授乳、超気持ちいいって評判なんすよ~ww」

 

半笑いでそう俺に言ってくる。

この世界では肝心な時に性交の際にオギャれないのはEDと同じで心療内科に通院する人も居るらしい。

あべこべで不思議な気分だ。

まったく、度し難いな。

 

「それってただ貴方の母性が浅いだけでしょ?大事な一人の赤ちゃんの為に取っておく。それが母性って物なんだよ愛生さん?誰かに構ってほしいからって貴方みたいに安売りしてるような女は売母って言うの?勉強になったね?というか、何幼馴染ママの私の許可無しにりっちゃんに話しかけてんの。やめてくれる?りっちゃんも嫌だよね!こんな女!やぁーって言って!!やぁーって!!!」

 

「お前、俺が嫌だって言ったのに赤ちゃんツボ突いてきたの忘れてねぇぞ。黙ってろよ。」

 

愛生に毒を吐きながら、こちらに同意を求める万結を突き放す。

マジでコイツは許さないからな....。

万結の方は雷で打たれたかのように動かなくなる。

 

「それじゃ...私とヤッてみるってことで、決まりっすか?」

 

「君も僕たちブラザーの中に入るのかいっ?」

 

「お兄ちゃんって呼んでくれても良いんだよ!?」

 

笑みを浮かべる愛生。

すると、何を思ったのか両脇に抱えられていた男たちもさっきの赤ちゃんぶりとは打って変わった爽やかな態度でこちらに声を掛けてきた。

アレ見られてこの態度出来るって頭の構造どうなってんの?

...つーか、お前らウチの学校のラグビー部とハンドボール部の主将じゃねぇーかぁ!!

えぇ....。

 

そんでもって俺の答えは決まっていた。

 

「勘違いすんな。コイツに無理やり赤ちゃんツボ触られただけだ。自分の意思じゃない。...よってお前の誘いも必要ない。」

 

「へ~そうなんすか~?残念っすね~、目指せ!学校中のみんなのママ作戦の都合上、先輩も攻略しないといけないんですけどぉ~。」

 

「そういうのは、ノリノリな奴とやった方が楽しいと思うぜ。俺はごめんだな。」

 

俺がそう言うと同時に、電車が目的の駅に着く。

ぞくぞくと外に流れ出す人混み。

 

「あはは~先輩との楽しいおしゃべりもここで終わりです。いくよ~豚バブ~。」

 

「ふごっぶひっ!ぶひょ!」

 

「ママスメルうまっ!うままっ!!う~~~~~っ!!!!」

 

まるで手から離したヨーヨーのように彼女の脇に顔を戻す二人。

...こんなのがリーダーやってる部活が二つもあるなんて、俺だったら勘弁願いたいな。

すると、不意に彼女がこちらに視線だけを向けてきた。

そして浮かべるのは蠱惑的な笑み。

 

「...でぇも、先輩の赤ちゃんツボ...お尻の方にあるって分かりましたから。覚悟、しててくださいね....❤」

 

「なっ...!!」

 

アイツ、最初から見てたのか...。

いや、そりゃこちらを見て俺達の方に歩み寄って来てるのだからそりゃ当然か。

まずいな....幼馴染のコイツしか知らないからなんとでもなっていたが、赤ちゃんツボの場所を他人に知られるのは俺からすれば生殺与奪を握られるのと同義。

ましてやあんな風に色んな男と赤ちゃんプレイするのをステータスと思って良そうな奴とか知られると一番ヤバい奴だ。

お尻の方っていう漠然とした情報なのがまだ救いか...。

 

でも、それも検証されてしまえば簡単に割れてしまうだろう。

うわ~~、アイツにもう会いたくねぇなぁ。

...まぁ、何はともあれ駅には着いた。

さっさと降りねぇと....。

 

「じゃあ、降りるぞ...おい。どいて....。」

 

いつまでも俺を扉に押し付けたまま退かない万結。

なんだよ...。

視線を向ける。

 

「ごめ...ごめんなさい..私、どうかしてた....りっちゃん..やめてって言ったのに...バブみに負けて...ツボまで押して....こんな無理やりじゃ...幼馴染ママ失格だよね...失格ママだよね....。」

 

涙目でこちらを見上げる彼女の視線。

やべ...言い過ぎたか...。

こうなるとその場で立ち往生するぞ...。

まずい、降りれなくなる!

なんとか機嫌を直さないと!!

 

「い、いや...許すから!ツボ触られただけで絶交なんかしてたら今頃他人行儀になってるくらいだからお前!つーか、幼馴染ママ失格とか言いながら結局ママになってるじゃねぇか!!なんだよ失格ママって!!!」

 

ママが飽和してわけわかんなくなっていると、彼女の俺を見上げる瞳の色が変わる。

まるでさっきが嘘のように目を輝かせていた。

 

「本当!?許してくれるの....?」

 

「おぉっ、許す許す。だからさっさと手を離してどきや....」

 

「りっちゃぁん!!!りっちゃんりっちゃんりっちゃぁぁん!!!」

 

感極まったのかさらに抱きしめてくる。

更に扉に押し付けられて、余計に身動きが取れなくなる。

その瞬間鳴り響くブザー。

扉が閉まる時に鳴る奴じゃないか、これ!?

 

「りっちゃん!私...私、良いママになる!りっちゃんが四六時中自分から甘えてくれるような良いママになるから!!」

 

「ちょっ、そんなの良いから!!閉まるって!学校行けな..あ、あ、あぁっ~~~~~!!!」

 

余計な誓いを口にする万結。

しかし、そんな中無情にも目の前で閉まりゆく電車の扉。

手を伸ばすも、手が届くはずもなく残酷に目的地の駅と俺達を断絶した。

 

なんだこりゃ...アホらし。

せっかくきつい思いとかあんな思いしておいて、寝ても居ないのに学校の駅を乗り過ごすなんて。

身体から力が抜けた。

俺に残るのは、幼馴染ママとやら。

目に入るのは空いた座席。

 

「...もう良いから、座ろうぜ。」

 

「..っうん!」

 

疲れから座りたくなったので、目の前で通せんぼしてやがる万結にそう勧める。

すると、彼女も首を縦に振るう。

まったく...乗り過ごしたということに気づいているのか、コイツ。

 

周りは人は少なった分、赤ちゃんプレイじみたことに励む人々の姿がさっきよりもよく見えた。

今日ほど酷くはないが、俺の登校はこんな感じだ。

やってられない。

俺は...『普通』に振舞い続けられるのか?

まともに登校すら出来ないようなこのイカレた世界で。

毎日、不安に思うのだった。

 

「えへへ~、このまま学校サボっちゃう?そうだ!成熟幼稚園にでも行く?」

 

「....行くわけないだろ。次の駅着いたら乗り換えて引き返すぞ。」

 

お気楽な様子の万結に最低限の返事を返す。

そして、背もたれに体重を預けるとただ疲れを吐き出すように息を吐くのだった。




同調圧力でバブちゃん出来ないと奇異の視線に晒される世界。
割とディストピア入ってると思うんですがそれは....。
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