笑わない王女様が笑った時には外堀全埋めされてた件   作:恋狸

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13日目

 暗雲立ち込める空模様。雷が鳴り響く真夜中。

 ヘレネーシュトーゲン皇国、皇都『セレス』に構える一際大きな建物……セレス城の一室に、灯りも灯さずに佇む者たちがいた。

 

 そのうち、見た目は12歳ほどに見える少年が、意地の悪い顔でニヤリと笑った。

 

「ふっ、『エレス家』の『加速者』が捕まったか。だが奴はこの国の貴族の中でも最弱────!」

 

「いや、切れる最高のカード無駄遣いしたくせに何言ってんスか。頭沸いてます?」

 

 スパコーン! と少年の頭に丸めた紙束がクリーンヒットした。

 うぐっ、と少年は頭を抑えながら、少年を叩いた──目の下に大きな隈を浮かべた気だるげな青年を睨んだ。

 

「ええい! 相変わらず宰相のくせに敬意もクソもないやつめ! お前がそんなこと言ったって我、悲しくも痛くもないもんね!」

 

「涙目ッスよ」

 

「うるしゃいッッ!」

 

 宰相、と呼ばれた青年はやれやれとかぶりを振った。

 青年にとって、少年は敬意の対象ではないことは確かだ。どちらかと言うと、五年続いた内乱を共に勝ち抜いた同志。これに当てはまる。つまるところ、この二人は主従関係であり腐れ縁なのである。

 

「そもそも、僕は止めたんスよ? まだ時期尚早だって」

 

「だって、王女殺したら王、動揺するじゃん……」

 

 見た目相応に拗ねた少年だが、交わされる言葉は非常に物騒である。

 

「気持ちはわかるッスけど、今それやったら確実に目的バレて警戒されるの目に見えてるッスよ……」

 

「あいつが負けるのが悪い!!」

 

 だんだん、と地団駄を踏んで騒ぐ少年に、青年は額に手を当てため息を吐く。

 しかし、青年にとっても『あいつ』……『エレス家』の長男坊が負けるのは予想外であった。

 

「ん……まあ、レア『異能』持ちの通称『加速者』に勝てるほど腕利きの護衛がいたのは予想外というか、タイミングが悪いというか……」

 

「なんだ!! ハッキリせい!」

 

「ハァ……まあ、運悪いッスね」

 

 運、という単語に少年は酷く憎々しげな表情をした。

 それに気付いた青年が、すみませんッス、と謝罪し、話しは戻る。

 

「それにしても、その護衛とやらは一体何者なんだ?」

 

「んー、間者の情報待ちッス。今のところは腕利きの護衛がいた、という情報だけッスね」

 

「ちっ、使えんな」

 

 これは、ヨウメイが王城より外に出ていないことと、顔が広まっていないことが幸いした結果だった。

 そんな時、少年がふざけたように言う。

 

 

「まさか──『魔剣士』がいたりとか?」

 

 青年は一瞬難しそうな顔で唸り小さく頷いた。

 

「あり得なくはないッスね。あの歩く災害は神出鬼没ッスから」

 

「え、まじ!? 我の予想当たった? わーい……あだっ!」

 

 再びスパコーンと紙束が振り下ろされた。痛がる少年を見る青年の額には、青筋が浮かんでいる。

 

「わーい、じゃないッスよ! もしその予想が当たっていれば、あの国の後ろに『魔剣士』がついてるって訳ッスよ?」

 

「むぅ……そんなに『魔剣士』は強いのか?」

 

 好んで情報を取り入れない少年は、今一『魔剣士』……ヨウメイの強さをわかっていないようだった。

 しかし、青年にとって情報は命。ある程度の評判や実力などは聞き及んでいた。姿形だけは遠く離れすぎていたがために、婉曲し情報の整合性が取れていなかったが。

 

「強いなんてもんじゃないッス。あれは正しく『化け物』の領域ッスよ。剣は歴代最強、魔法は超一流。おまけに『異能』も持っているッス。まさしく一騎当千。いや、有象無象の大軍程度なら、何万いても蹴散らすッスね」

 

 その情報を聞いた少年は、化け物を見る目で虚空を眺めた。

 

「うへぇ……我怖い。でもそうなったら我勝てぬではないか!!!」

 

「まあ、確率は下がるッスけど、うちには()()がいますから」

 

 少年は()()()()()()()()かに目を移すと、ニヤリと笑った。

 

「そうだな、()()がいるからには『魔剣士』だろうが何だろうが関係ないだろうな、アーハッハ!!!……あだっ! 何をする!!」

 

「油断は禁物ッス」

 

「はーい」

 

 不承不承と頷いた。

 

 瞬間、雲間から月光が射し込む。

 月夜に照らされ映る人影は()()だった。

 

 男二人の傍には、美しい黒髪を携え、目には虚空ばかりが映る()()がいた。

 

 少女の目には何も映らない。夢も希望も生きる気力も。生を感じる何もがそこには映っていない。

 

 ただ、何処か救いを求めているような。

 少女の目から落ち行く一滴の液体がそれを証明していた。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 今日も今日とて……と行きたかったのだが、ルミナスの扉の前には王妃……ファミリアさんがいた。

 

 まるで誰かを待ち構えているようである。あ、多分俺ッスね。

 予想通り、俺の姿が視界に映るとタタタと駆け寄ってきた。

 

「あ、ヨウメイ様。実はあの子、風邪引いたみたいで……」

 

「じゃあ、今日は休みってことか?」

 

「いえ、実はお願いがあるんです♪」

 

 その含んだような笑みで見られた時、俺はどことなく嫌な予感がした。うん、魔剣士の勘って大概当たるんだよね、悲しいことに。前はダンジョンに行った時、ここ踏んじゃいけない! って勘が働いたんよ。ちなみに踏んだ。そしたら……うぇ、思い出したくねぇ。

 こういう時は素直に自分の勘に従うべきである。

 

 

「あ、今日はちょっと用事あるんで……」

 

「呪い解きに来たのにあるはずないですよね♪」

 

 ガシッと。骨が軋むほど強く俺の腕が握られた。痛いんですけど。あの、防御貫通持ってる?

 うん、まあ、勘が働いた時って結局逃げられない状況にあるんだよね! ちくしょう!

 

「わかったって……。何すれば良いの?」

 

「よくぞ聞いてくれました! うちの子の看病お願いします」

 

「帰る」

 

「まあ、待ってくださいって」

 

 俺の頸動脈に指先を置いてファミリアさんは笑顔で言った。別に死なないけどさ。こんなに平気で人を脅す人初めてだわ。こんな初めて知りたくなかった。

 

「そんなの侍女か医者の領域じゃん」

 

「いやぁ、熱でもあの子、魔法の練習しそうですし」

 

「わかった、引き受けよう」

 

 あいつが狂ってんの忘れてた!!

 俺の脳内には、熱でうなされながら無意識に魔法の練習をして壁をぶち破る映像を見た。わりとありそうで怖い。

 そんな想像をした俺は、ファミリアさんのお願いを秒で引き受けた。

 何故かファミリアさんは微妙な表情をし、じゃ、お願いしますね、と去っていった。

 なんか、俺の周りの人。俺の扱い日に日に雑になっていってない? 泣いちゃうよ?

 

 およよ、と泣くフリをするが周りには誰もいない。

 ……何やってんだ、俺。

 

 我に帰った俺は、ルミナスの看病をするために部屋の中に入っていった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 扉を開けると、そこは何時もの部屋。変わっていたのは、ベッドに眠るルミナスの姿だけ。

 うぅ、と苦しそうに唸るルミナスに近づき、額にあるタオルを触ると温くなっていた。

 

「看病なんか何時ぶりだろうな……」

 

 とりあえずタオルを冷水で濡らして、再びルミナスの額に当てると、苦しそうな表情が少しだけ安らいだ。

 

「……うーん、無茶させすぎたか?」

 

 確かに修行のペースは早い。それに、最近では俺もルミナスも気合いが入ってるせいか、内容もかなりハードだ。

 ……焦るなと言ったくせに俺が焦らせてどうすんだよ……。

 

 小さく自分に毒を吐くと、熱に魘されるルミナスに罪悪感が湧いてきた。

 すると、んんっ、と小さく声をあげたルミナスが目を開けた。

 

 

「先生……?」

 

「あぁ、すまん。起こしちゃったか?」

 

「いえ……あの修行は……」

 

「こんな時に何言ってんだよ。今はゆっくり体を休めろ、な?」

 

 諭すように言うと、何時もの不満げな顔……ではなく、どこか悲しげな表情だった。

 どうしてそんな顔するんだよ。最近時々、悲しげな顔をすることがある。理由はわからないけど、それはきっとルミナスにとって本当に悲しいことで。

 それがルミナスの修行ペースを早めている原因だろう。……でも、俺にはその悲しみを取り除くことができない。分かってあげられないから。

 

 少しの沈黙の後、ルミナスがけほっ、と咳き込んだ。

 もしかして、熱が上がってきたか?

 

「失礼」

 

 タオルを外し、額に手を置く。会話のせいかさっきよりも暑く感じた。

 すると、とろんとした目でルミナスが呟く。

 

「先生の手……冷たくて気持ちいいです……」

 

 タオルを濡らす時に俺の手も冷えたのだろう。

 しかし、ルミナスの体温に手の熱が吸い取られる。

 

「ふむ、じゃあ、もっと冷たくしてあげよう」

 

 空中にルーン文字を描く、かなり精密な操作が必要故に文字数は多い。

 

「『クール』」

 

「あ……本当に冷たく……」

 

 ルミナスが驚き声をあげる。

 如何せん魔法は攻撃力が高すぎる。生活魔法は別だが大して種類も多くないしな。

 そう、これぞ、

 

「これが魔法の応用! なんてな!」

 

「……やっぱり生活の知恵として使ってませんか?」

 

「な、なーんのことかなぁ」

 

「……実際かなり楽なのでありがたいです」

 

 ジト目で俺を見つめていたルミナスは、ほぅ……と気持ち良さそうに息を吐くと礼を言った。

 俺は誤魔化すようにごほん、と咳払いをして言った。

 

「ま、ゆっくり休んでろよ。一応看病はちゃんとすっから」

 

 ちゃんと、というのは看病経験が少ない自分への言い訳だ。お前はガサツだ、とよく言われる俺が繊細な行動を取るのはかなり難しい。料理だけは別だとよ。裁縫は絶対指に穴空く。

 ……あれ、俺ルミナスたちの料理に関して何も言えないのでは。

 ジャンル違いで同族かよ。

 

「私、先生に迷惑かけてばかりですね……。私は何も返せていないのに」

 

 自嘲げに呟いたルミナスの表情は、悲しみ、怒り。苦痛に満ちていた。熱のせいか何時もより表情が色濃く出ている。

 ……そんなこと考えていたのか。俺は密かに心の中で舌打ちをした。

 俺はどこかルミナスのことを子供扱いしていたのかもしれない。

 もう、ルミナスの中では無償の善意は恥ずべきこと、もしくは自分に怒りが湧くのか。

 

 だが、俺に関してのことなら杞憂だ。

 

「あのな、俺だってルミナスに感謝してるぞ? ……誰かに教える喜びを知った。ある時から一人だった俺に、騒がしくも……楽しい生活を送らせてくれた。それだけで充分なんだよ。貰ったもんは全部ここにある。形に見えなくてもな」

 

 ニヒルに笑ってドンと胸を突く。心にゆとりをくれたのはルミナスだ。いや、ルミナスだけじゃない。イリア、セリア、カマエル王やファミリアさん。後者二人はストレスを運んできたような気がしないこともないけど。

 苦笑気味にそんなことを考えてルミナスを見る……と、

 

「寝てるし」

 

 目を閉じすでに夢の中に旅立ってしまっているようだった。

 うん、まあ、ちょっと恥ずかしいことを口走った気もするし、聞かれなくてよかったのかもな。

 

 なんてことを考えるとふと尿意が俺を襲った。あかん、水がぶ飲みしたせいだ。

 

 やべー、やべー、と急いで俺は厠に駆け込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいなくなった部屋で、少女は熱とは別に赤くなった顔を隠すように顔まで布団を被り──

 

 

「先生は……ずるいです」

 

 どこか嬉しげにそう呟いた。

 

 

 

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