笑わない王女様が笑った時には外堀全埋めされてた件   作:恋狸

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長いです


16日目①

「はぁっ、はぁっ」 

 

 訳の分からない焦燥感で飛び起きた。

 

 どうしようもなく胸騒ぎがした。

 なぜか心臓がドクドクと鳴り止まず、冷や汗が背中を伝う。

 

 ふと時計を見ると日付が回った頃だった。

 

「嫌な予感がする」 

 

 幸せを作るのは難しいが、壊すのは簡単だ。

 そして、幸せが壊れる時に決まってこの音がする。

 

 ──カチリ。

 

 ピースが嵌まった音が聞こえた瞬間、俺は疾風の如くスピードで部屋を飛び出した。

 

 

「頼む。杞憂であってくれ……っ!」

 

 俺はこういう時の自分の勘に関しては絶大な信頼を置いている。戦いの場では、何度もその勘に世話になったものだ。

 だからこそ。だからこそ、焦る。自分の信頼している勘を信じたくない程に、俺は今この瞬間焦っているのだ。

 

 

 そして、顔面蒼白で前から走ってくるカマエル王を見た途端、俺はその勘が当たってしまったことを感知した。

 

 

「頼む。王なんてどうでも良い。何でもするから、ルミナスを、僕の娘を助けてくれ!!!!」

 

 俺の姿を見た王は、一瞬ホッとした顔を浮かべ、次の瞬間一国の最高責任者たる王が俺に向かって平伏したのだ。

 勿論、そんなことをされようとされなかろうと、俺の答えは決まっている。

 

「勿論です。手短に何があったかを話してください」

 

「くっ、すまない。先の件も僕たちの責任なのに君を巻き込んで……っ!」 

 

 悔しそうに歯噛みする王は、自分の非力さを嘆いているようだった。

 だが、俺は違うと思う。  

 リング王国は、世界随一の平和国と呼ばれている。それは単に王の采配ゆえだ。国を全力で守っている王が非力であるはずがない。

 むしろ、この事に関しては……俺の責任だ。

 

「顔を上げてください。俺はルミナスの先生です。助けるのは当然ですし助けたいと()()思っています」

 

「……っ。ありがとう……!」

 

 微かな罪悪感を胸に、俺は涙ながらに感謝を伝える王を見ていた。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 最悪な事態が起きた。

 

 王から聞いた内容はまさしく俺が危惧していた通りのことだった。

 

 

 皇国ヘレネーシュトーゲンの手の者によって、ルミナスは誘拐されしまったのだ。

 現場には『魔剣士よ。夜明けまでに一人で来るなら王女を逃がしてやってもよいぞ?』という明らかに俺を狙った文言が残されていた。

 

 

「くそっ、俺がもっとちゃんとしていればッッ!!」

 

『君のせいじゃない……僕たちが』

 

「いや、予兆はあったんだ。気づけない俺が悪い」

 

 『伝達』の魔法を使用しながら、俺は夜の闇を駆け抜けていた。

 俺の転移(テレポート)は一度行ったことのある場所しか使用することができない。俺はとある筋から、ヘレネーシュトーゲンの情報を定期的に貰っていたがゆえに出向いたことは一度もなかった。

 そのため、皇国に一番近い場所にテレポートし、全力で駆け抜けているのだ。

 

 俺は急ぐため、『伝達』をこちらの声だけ聞こえるように設定して走る。

 

 まだ僥倖だったのは、目的が俺であったことだ。

 以前の刺客はルミナスを最初から殺しに来ていたのだ。つまり、ルミナスが人質として機能している間は無事なはずだ。

 もし俺がその立場であったならば、『魔剣士』を確実に殺すためなら、まだ人質は生かす。

 

 それと、ルミナスなら魔法で切り抜けることもできるはずだ。

 だが……『はず』でしかないのだ。

 憶測が頭の中で飛び交う。最悪な事態も想定しているが、考えたくもなかった。だからこそ、心の安定のためにも、一先ずルミナスは無事だ、と仮定する他なかった。

 

 これなら、俺の方が非力じゃねぇか……。肝心な時に救えなかった。剣を振って、でも振れなくて、むくれ楽しそうだったルミナスは、敵の手中。

 

「絶対、助ける……ッッ。『エア・バースト』!!」

 

 風の衝撃波を後ろに放つことで、推進力を上げて速度を上昇させる。

 今は一分一秒でも早くルミナスの無事を確認しなくては。

 

 そして……ヘレネーシュトーゲン……。

 

 

「絶対に許さねぇ……」

 

 許せるわけがない。

 ただでさえ、幸せを享受しきれなかった薄幸少女なのだ。やっと、魔法という趣味を見つけ、幸せを手に入れられる……そんな時期だったのだ。  

 

 それを踏みにじり、あまつさえ危害を加えようとするならば……俺は絶対に許すことができない。許せるはずがない。許したくもない。

 

 

「もっと……もっと早く……っ!!」

 

 隣国とはいえ、かなり距離が離れている。馬車でも1ヶ月かかる道のりだ。それに、俺が通っている道は直線方向で、悪路でしかない。

 だが着かなくてはいけないし、俺の足なら確実に着く。

 

 頭の中では、後悔がぐるぐる渦巻いている。気づけたはずだ。

 王女の暗殺というのは、ヘレネーシュトーゲンという国からの明確な宣戦布告だ。

 それは俺が阻止した。阻止して油断してしまったのだ。

 特に誘拐という手段は頭には入っていなかった。

 なにせ距離があるのだ。その固定観念が今回の事件を産んだ。

 

 

「あっちも『異能』使いを出してきたんだ。『転移系統』の異能があるかも、なんて考えればわかったはずなのに! 気づけなかった!!」

 

 『異能』は千差万別。一万人に一人という数は、少なく見えて実は多い。特に大国ともなれば、宮中で『異能』使いを抱えることも少なくない。

 そして、その多くは有能な『異能』使い。だとすれば、その戦力も分析した上で結論を出すべきだった。油断するには時期尚早すぎた。

 

 俺を狙う理由は分からない。

 どうやって情報を掴んだかなど興味ない。

 

 ただ、絶対助ける。

 

 そんな思いが胸中を占めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

Side ルミナス

 

 

 目が覚めたルミナスは、瞬時に辺りを見渡すとギッと激しく歯を噛み締めた。

 

(また。また先生の手を煩わせてしまう)

 

 悔しさも一瞬。

 すぐさま思考を切り替える。これもルミナスがヨウメイから教わったことだ。着実に実践訓練のシュミレーションが生きている。

 

(ここは牢屋ですね……。看守は見える限り二人……。手錠一つで拘束してるあたり、私が魔法を使えることは知らないみたいですね)

 

 これは幸運だった。

 皇国は、『魔剣士』であるヨウメイの情報ばかり集めており、最近のルミナスに関しては調べられていなかった。特に『例の場所』で修行をしていることから、そもそもバレることはない。

 

 ルミナスは再び思考の渦に埋もれる。

 どうすれば効率良く状況を好転に持ち込めるか、だ。

 なぜなら、

 

(仮にここで脱出したところで、何が待っているかわかりません)

 

 勢い任せに魔法を使って脱出したところで、その先にどれほどの戦力が待ち受けているかも把握できていないのだ。

 静かに隠れながら脱出する方法も考えたが、いずれルミナスがいなくなったことが分かれば、血眼になってしらみ潰しに探すだろう。

 

(現時点での優先事項は……情報収集と待機……)

 

 ルミナスは敵の目的が今一わかっていない。

 なぜ捕らえられているのか。ここはどこなのか。何をされるのか。

 全てわかっていない以上、ここから動くのは逆効果だと判断したのだ。

 

 キッチリ自分の中で計画を練ったルミナスは、ふぅ……と一息吐くとわざとらしく腕を伸ばす。

 ガチャと手錠の音が鳴ったのを聞いて、ルミナスは慣れない演技で一芝居を打った。

 

「あ、あれ、ここはどこですか? 誰かいませんか?」

   

 かなり棒読みである。

 純粋であるルミナスは、人を騙すために演技をするのがどうも苦手らしい。そんなことを言っている場合ではないが。

 

「ん、あ?」

 

 すると、遠目に見えた看守の一人が、筋肉に包まれた巨体を大きく揺らしながら歩いてきた。

 

「おーう、おーう。お目覚めかい、姫様」 

 

「あ、あなたはいったい?」

 

 ルミナス、渾身の演技である!!

 実際には、ア、アナタハイッタイー? と完全に棒読みなのだが。

 しかし、頭の悪そうな男は本当に頭が悪かったようで、演技にも気付かずに下卑た目線でチラリとルミナスを見、心底愉快そうに笑った。

 

「ハッハッハ!! そうだよなぁ、わからないよなぁ。ここがどこかも自分が何をされるかも」

 

 わからねぇから聞いてるんだよ、とルミナスは思ったが口をつぐんで棒読み演技を続ける。

 

「わ、わたしは何をされるんですか? ここはどこなんですか!?」

 

「ん? なんかお前喋り方変だな……。まあ、良いか。

 そうだなぁ……不幸な目に合うお前に少しばかり情報を恵んでやるとするかぁ」

 

 あわや演技がバレるとこであったが、男は気にしないことにしたようだ。頭悪くて助かったね。

 

 男がそんなことを言うと、奥からもう一人の看守が出てきた。

 こちらは、大男とは対称にひょろ長くて骨が窪んだ骸骨のような男だった。

 

(……ローブに杖。魔法使いですか)

 

 ルミナスはすぐさま正体を見抜く。大男は頭が悪かったが、人員配置した上司は頭が良いようで、戦士と魔法使いという対称の二人を看守に就かせバランスを取っているようだった。

 ルミナスは、ヨウメイのように相手の保有している魔力量を計ることはできない。そのため、どれくらいのレベルの魔法使いであるかは察知できない。  

 つまり、ルミナスの要警戒者は魔法使いの男へ移った。

 

「おい、何情報をべらべら喋ろうとしてるんだ」

 

「へっ、別に良いだろ? どうせ死ぬんだからよ」

 

 魔法使いの男は、一瞬顔をしかめたが何を言っても無駄か、と戦士の男の性格を知っていたがゆえに引き下がった。口先だけの注意だったらしい。

 

 そして、ルミナスは新たに得た情報を整理していた。

 

 

(どうせ死ぬ、ですか。ならば今は死なないということ。なぜでしょうか。……恐らく敵は皇国。となれば考えるべき前回との相違点。

 それは単純に殺人ではなく誘拐という労力のかかる手段を取ったこと。先生を警戒しての誘拐であったならば、この場所に連れてこられた時点で殺すはず。なら……私以外を狙った犯行……ということでしょうか。つまり人質。

 私が人質になることで狙われる人物……お父様、お母様、セリア……先生……!? そうです、おそらく先生を誘き寄せているはずです。先生ならば絶対にここへ来れてしまうから……)

 

 場所だが、ルミナスはそれも朧気ながら予想していた。

 

(となれば、やはりここはヘレネーシュトーゲン皇国。『異能』を使って連れてこられたというわけですか)

 

 頭の回転が早い。

 少ない情報から、見事に全貌を掴みかけたルミナスは僅かながら焦燥を浮かべる。

 

(先生が殺される……とは思えません。先生の強さは私が知っています……が。万が一私が人質として殺されそうになった時、きっとあっさり自分を犠牲にするでしょう。俺は『魔剣士』だから、なんて言って。そんなことは許されるはずがありません)

 

 先生の足枷になることがわかったルミナスは、自分の無力さに体を打ち震わせて涙を浮かべる。

 

 だが、冷静的な部分が、今ここから逃げ出しても状況が好転するかはわからないと言っていた。

 

 そんな時だ。

 涙を流すルミナスを見た看守の大男は、笑いながら見事に地雷を全力で踏みに行った。

 

 

 

「はははっ!!! ()()()()()()が可愛らしく泣いてるぜぇぇ!! ほら、誰かに助けを求めたらどうだ? 王族なんだから何時もそうしてるだろ?? なぁなぁ……」

 

 

「あ?」

 

 室内の気温が一瞬にして下がった。比喩ではない。物理的に気温が冷えていく。否……凍えていく。

 剣呑な声で疑問符を発したルミナスの面は、誰がどう見てもぶちギレていた。

 ヨウメイは言っていた。女性怒らせたらヤバい。そういう時は逃げろと。

 

 だがしかし、今のルミナスからは誰も逃げれない。そして、ルミナスが発する殺気は『絶対に許さない。逃がさん』と言っていた。

  

 その異常な雰囲気に一拍遅れて気がついた大男は、寒さに身を震わせながらルミナスの顔を見て……

 

「ひっ!!」

 

 顔を青くして後ずさる。

 ガタガタ震える大男。果たして寒さから震えているのか、ルミナスの圧に震えているのか。

 ハッキリ言えることは漏らす寸前であったということ。

 

 

 そして、ルミナスはゆらりと立ち上がる。それを阻んだ手錠は、一瞬にして砕け散った。手錠の僅かに空いている隙間に氷を発生させ砕いたのだ。

 当然ルミナスの手も傷つくが、そんなことは今のルミナスに関係ない。

 

 ──目は怒りと闘志で燃え上がっていた。今なら火魔法も使えるのではないかという雰囲気だ。

 そして、ルミナスは自分に言い聞かせるように。そして、眼前で震えている大男に感謝を伝えた。

 

 

「ありがとうございます。お陰で目が覚めました」

    

 ルミナスの声音に感謝の感情は一ミリもないが。

 

「な、なんなんだよ、お前はぁ!!?」

 

 

「私ですか? 王女ですよ。ですが、もう────誰かに守られて自分に嫌気が差すか弱い王女では……ありませんッッ!!!!」

 

 裂帛とした気合いが辺りに響き、その瞬間、男の下半身が凍りつき、拳大の氷を顔面に放って大男を気絶させた。

 

 その音に驚き、席を外していた魔法使いの男も凍りつかせてから気絶させる。

 ルミナスの怒りは思考を鈍らせなかった。却って鋭敏になった思考が、的確に敵の意識を奪ったのだ。

 

 

 

「私は諦めません。このための力。このための強さです。先生の手を煩わせるまでもない。私が全て片付けます」

 

 ルミナスは牢屋を氷の弾丸でぶち抜き、歩みを進める。

 決意の歩みを一歩踏み出す度に床が凍りつく。怒りで溢れる魔力が無意識に魔法へと変換されることによって、凍りついていく。

 

  

 

 ────ヘレネーシュトーゲン皇国の王城『セフィロス』地下二階。

 

 ルミナスの歩みは決して止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

  城内は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。  

 壁に頭から刺さってる男。顔以外凍りついてる男。天井に突き刺さっている男等々。死屍累々といった言葉が相応しい。

 ヘレネーシュトーゲン側から見たら確かに地獄絵図ではあるものの、それらを引き起こしたルミナスにとっては、自身で生温いと思うほどだった。

 なぜなら、死人が一人も出ていないからである。

 

 

(不殺……意外と難しいですね……。それに、殺さないなら他にも方法はあるのですが……)

 

 戦闘狂なルミナスは、これでも一応躊躇っていた。まったく信じられないと思うが躊躇っていたのだ。

 他の方法とは、四肢を砕いて再起不能にするだとか、命が助かれば良いという考え方だった。

 しかし、実行に移すことはない。  

 なぜなら、先生が悲しむことを理解しているである。命の価値が低いこの世界において甘い考えであるが、その甘い考えを実行できる強さが、ヨウメイとルミナスにはある。

 

 だが、強き力を持つものには、それを振るう責任が伴う。それをよく理解していたヨウメイが、ルミナスを躊躇わせたのだ。……躊躇っていたのだ……一応。

 

 

 大騒ぎだ。

 勿論、ルミナスが牢を脱出したことが原因である。

 そのため、先程から城内にいる兵士や騎士たちが引っ切り無しにルミナスを捕まえようとしているが、

 

「『アイス・フィールド』。『アイス・バレット』」

 

 現れた途端に、足を凍りつかせ、氷の弾丸で衝撃を与えて意識を奪う。

 最早、単純作業と化していた。

 途中からは怒りに染まっていたルミナスの思考も、段々と冷やされていき今では、

 

(人ってこんなに簡単に気絶するんですね)

 

 と、謎の感心をしていたところだ。そんなに人は簡単に気絶しない。

 騎士の中には、階級上位の強さを誇る上位騎士と呼ばれる者がいたが、ルミナスにとっては誰もが有象無象だった。

 

 

(鬱陶しい……)  

 

 いったい何人いるんだと頭を抱えたいほどに、次から次へと襲い掛かってくる騎士たち。

 

 現在ルミナスは城内の一階の廊下を歩いていた。廊下を曲がる度に飛び出してくる騎士たちにそろそろ嫌気が差してくる。

 

「……あれをやってみますか『ブリザード』」

 

 瞬間、吹雪が巻き起こった。

 氷魔法の応用。それが雪の再現。その雪一つ一つに指向性を持たせ、吹雪と化す。

 それは、容易に騎士たちの視界を阻み、ルミナスの姿を隠す。

 

(ものは試しと言うものですね)

 

 この魔法は驚くことにルミナスのオリジナル魔法である。恐らくヨウメイも使おうと思えば使えるのだが、ルミナス自身が開発したのだ。

 それは想像で引き起こす旧魔法とは違い、ルーン文字で開発したものだった。

 つまり、ルミナスはすでにルーン文字の羅列を理解し、自分の魔法を作り出すことに成功していた。天才という部類にも数えられない程、才能の暴力がそこにはあった。

 

 

 

「な、なんだ!? いきなり吹雪が!!」

 

「馬鹿野郎!! 王女の魔法だ! 早く見つけ出せ!!」

 

「で、でもこんな吹雪じゃ何も見えないですよ」

 

 突如城内に起こった自然災害……否、人為的災害に、騎士たちは大いに狼狽える。即座にルミナスが放った魔法だと理解できた者もいたが、理解だけではどうしようもない。

 

 

(今のうちですね。……黒幕、というべきなのでしょうか。正体は確実に皇帝なのはわかっていますが、いったいどこにいるのでしょうか)

 

 ルミナスは、自分一人でかたをつけるべく、親玉の居場所を探していた。

 その観点で考えれば、冷静さを失っていると言われるかもしれないが、ルミナスは自分の力が思ったより発揮できることがわかり、その決断に踏み込んだのだ。    

 それは戦力がわかっていない今乗り込むのは悪手だろう。しかし、ルミナスの感情的な部分が、『先生に迷惑をかけられない』と囁いていた。

 

「早く行きましょう」

 

 混乱の中、ルミナスは魔法を駆使し進んでいった。

 当然吹雪の中をだが、自身が放つ魔法は術者にとって範囲外である。 

 

 

 

 

☆☆☆ 

 

 

 しばらく進み、騎士たちの追手から振り切ったルミナスは、突如自身に襲い掛かってきた蒼い炎をすんでのところでかわした。

 

 

 

「おんやぁ? 今のを避けるなんて、思ったより武闘派の王女なんだねぇ?」

 

 聞くものを不快にする粘ついたような声がルミナスの耳朶を打った。

 

「生憎ですが、剣を持てば自分の足を斬りますよ」

 

 避けられたのは運だった。

 咄嗟にしゃがんだことで回避できたものの、もし当たっていれば即死していたと言える。

 その規模の魔法を放つ人物。

 曲がり角から依然として聞こえる声に、ルミナスは最大限の警戒をした。

 

(私を殺す気でした。そして、見たことない色の炎……。炎魔法……でしょうか。それにしても、威力が強すぎます。ルーン文字……以上……?)

 

 あの炎は異常だった。

 ルミナスは、もしもあれが当たっていれば、と想像し、微かに冷や汗が垂れる。

 

 

「ふむぅ。こっちはか弱い王女だって聞いたんだけどねぇ?」

 

「おそらく人違いだと思いますよ」

 

「そうかいそうかい。だとしても、殺すわけにもいかないもんねぇ……」

 

(嘘つきですね。完全にあれは殺しに来てました)

 

 男の声は飄々として、掴み所がない。正体もわかっていない以上近づくのは賢明ではない。

 だが、通るには男を倒さねばいけないのも事実。

 ルミナスは、ジリジリと後退りをしながら、何時攻撃が来てもいいように、周囲を観察し警戒する。

 

 

 ルミナスはてっきり正体を隠したまま戦うのかと思ったのだが、ふいに男は曲がり角から姿を現した。

 

 瞬間、ルミナスは『異質だ』とどこか予感めいた事を思った。

 一見普通に見える。紅いローブを纏い自身の身の丈ほどある、先に赤い宝石がついた長い杖。

 

 ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべているが、その立ち姿には油断や隙などはない。

 研鑽された実力を持つ真の魔法使いがそこにはいた。

 

(強い)

 

 一瞬で判断ができた。  

 不殺のために制限していた魔力を解き放ち、油断なく構えると、男は笑いながら常軌を逸した発言をし始めた。

 

 

「あぁ、燃やしたいねぇ。燃やしたい。君を燃やしたら、とっても良い声で泣きそうだ。試したい、試したいねぇぇ」

 

「断末魔好きの変態に負けるつもりも燃やされるつもりもありません」

 

「あはは!! 変態とは良く言うものだねぇ。人には人の個性がある。そう思わないかいぃ?」

 

 ルミナスは口を閉ざした。

 これ以上は得る情報も無さそうであるし、何より全てが癪に触るこの変態と言葉を交わしたくなかったのだ。

 

 開戦の合図は、ルミナスの放った巨大な氷の塊である。

 

 

「随分、物騒な挨拶だ!! 『ヘル・フレイム』」 

 

 廊下を埋め尽くすほどの氷塊は、男の放った蒼炎によって消滅した。相殺だ。

 しかし、男は眉を潜めた。

 

 

「ふむぅ? 有利属性なんだがねぇ。相殺とは驚いたねぇ」

 

「考え事をしてる暇はあるんですか?」

 

 男が考え事のために目を伏せた瞬間、距離を取ったルミナスが魔法の発動を完了させていた。

 それを見た男はパッと顔を上げて笑顔で言う。

 

「うん、暇はなさそうだねぇ。君を燃やした後でゆっくりと考えることにするねぇ」

 

 最早、ルミナスを燃やすことに思考の大半を移した男に、生け捕りという命令は忘れていた。

 

 ドガガガガガッッ!!!!

 

 無差別に氷の弾丸を砲撃するルミナス。

 壁は弾丸によって音を立てて崩れていくが、それを気にしている余裕はない。

 

 男は向かってくる弾丸を、冷静に見極め相殺させる。

 

 

(このまま放ち続けててもじり貧ですね。あの男の魔法が強力すぎる理由も解き明かさねばいけません)

 

 仮にも『魔剣士』を倒れさせる威力のある魔法である。それに、ルミナスは誘拐されてから、魔法の練度が上昇していることを加味しても、男がルーン文字を介さずに余裕綽々と防ぐのは違和感がある。

 

 ただ強い魔法使いと、片付けれない。誰かの過去をなぞる旧魔法はルーン文字に比べて威力も規模も何もかもが劣る。

 だが、現実、男はルミナスに匹敵する威力を繰り出している。

 

 

 

(やはり観察が重要です。ここは相手に魔法を出させましょう)

 

 ヨウメイとの実戦訓練を思い出し、情報を得ようと、ルミナスは先程よりも威力の落ちた粗雑な魔法を繰り出していく。

 

 

「ふむふむ、見慣れない魔法を使っていたようだけど、さすがに魔力が切れたみたいだねぇぇ」

 

 ニタァと不快指数が何段階も上昇する笑みでルミナスを見ると、予想通り大技を繰り出した。

 

(ここです! ここをよく見れば!)

 

 ルミナスは男の魔法の発動を注視した。

 

 

「結構楽しかったよぉぉ。『超炎蒼火』」

 

 ルミナスは、その瞬間まるで時が止まったような錯覚を覚えた。

 あまりの集中に、脳の思考速度が限界を越えたのだ。

 

 

(これは……ッッ!!!!)

 

 男が魔法を放つ……と小さな炎がほんの一瞬現れ、コンマ数秒後に肥大化したのをルミナスは見た。

 

 

「『異能』ですか。……ハァ、その程度でしたか」

 

 迫り来る炎の中、ルミナスは途轍もない密度で魔力を練り始める。

 今なら使えるというある種の確信があった。予感でも驕りでもない。ただの事実としてそれを確認したのだ。

 

 ──()()()()()()()()()()()()が描かれる。

 

 

「──『神霜(しんそう)』」

 

 

 

 

 

「なっ……ッッ!!!!???」

 

 ルミナスの放った、最上級魔法『神霜』は()()()男を凍りつかせた。

 さすがに手加減をしたのか、顔以外が凍っている。

 

 それに、周りへの被害も最小限に抑えていた。

 

 

「ただ威力を増大させる()()の『異能』であれば、全てを凍りつかせばいい話です」

 

 んなわけあるか、と言いたいが、ルミナスは本当にそう思っている。ちなみに結構どや顔である。大人げない……。

 

 『異能』に対抗するには『異能』が必要とは言うが、実のところ一般人(?)であっても対処は可能である。

 例外は、ヨウメイの『範囲解放』からの『範囲圧縮』は最早ズルである。ハメ技とも言う。

 あれは、『異能』持ち以外に対処は不可能である。何せそういう()()なのだ。

 

 だが、例えば『箒を生み出す異能』を持ったものがいた場合、『異能』持ちしかその箒が壊せないのか? 否である。ただ『異能』で生み出したのであって、その箒自体になんの能力も備わっていない。

 男の『異能』。『増大』も、増大した後の魔法はただの魔法だ。『エレス家』の『加速』も加速で強化しただけの生身の人間だ。対処できぬ訳がない。 

 

 

「ぐぅ、燃やすぅ。燃やしてやるぅぅ」

 

「そんなに燃やしたいなら、まずは貴方の闘志を燃やしては?」

 

 ルミナスは冷めた目で男を見て、氷の弾丸で意識を刈り取った。

 男はただ燃やしたいだけであった。純粋な戦いに対する意志が欠けていたのだ。

 

 それもルミナスに負けた敗因の一つであろう。

 

 最も大きな敗因は、ルミナスに出会ったことである。端から本気のルミナスに、男の勝ち目は無い。

 

 

 

「さて、そろそろ到着ですか」

 

 一際大きく豪華な扉が視界に飛び込んでくると、ルミナスは躊躇わずにその扉を開けた──。

 


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