笑わない王女様が笑った時には外堀全埋めされてた件   作:恋狸

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17日目

 昨日の誘拐事件の事後処理を終えた俺は、日付が変わってからようやく眠ることができた。

 ルミナスの告白に関しては……ダメだ、考えられない……。とりあえず保留にして放心状態のまま帰ったんだけど……。

 寝られないかなぁ、と思ったけど、疲れた体は正直なようであっさりと夢の世界へと旅立った。

 

 

 そんなこんなで朝。というか昼。

 色々あったし、しばらく魔法の修行は見送ろうということになったのだが、ルミナスが断固拒否した結果、今日のみ休みになった。さすが魔法狂。

 

 というか気になるのが、カマエル王が昨日、やけにニヤニヤした顔で俺を見てたんだよな。なんか企んでる顔だったけど、さすがに娘が誘拐にあった後で変なことはしないだろう。……多分。

 

 ベッドから体を起こし、そのまま顔を洗いに行く。

 さすが王宮というか、この王都自体かなり上下水道の整備が進んでいる。水は清潔だしな。……まあ、ヤマトほどではないけど。あそこは、世界一治安が良くて清潔な国だからねぇ……。最初こっちに来た時は、あまりの違いに少し戸惑った記憶もあるが数年したら気にならなくなった。慣れってすごい。

 

 椅子に腰かけて一息着くと、コンコンコンと整ったノック音が聞こえてきた。

 

「はーい」

 

「お目覚めでしょうか。良ろしければお食事を配膳致しましょうか?」

 

「あ、よろしく。あと新聞持ってきてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 侍女がやってきた。お目覚めでしょうか、と聞いたということは、朝に一回来てるのか。

 ドア越しにそんなやり取りを交わして、ふぅ……と息を吐くと、くぅとお腹が存外可愛らしげな音を鳴らした。

 昨日は食事ができないほど疲れていたから、その反動が来たらしい。

 体の疲れはそこまででもないか、如何せん精神的な疲れが酷い。未だにクレムは眠っている状態だし心配事は尽きない。

 

 一番悩ませてる原因は勿論、ルミナスの告白なのだが、永遠に解けない問題を叩きつけられた気分だ。

 

 そもそも、俺が交際をして良いものか。

 『魔剣士』が所属している団体は存在しないが、管理というかお小言を言ってくる偉い人が、ヤマトにいる。

 

 そいつ曰く、世界の象徴なんだから、問題事は起こさずに慎ましく過ごせ、だとか、女性関係のスキャンダルは揉み消すの大変だから止めてくれ、だとか。

 正式に結婚するなら相当地位のある人にしてくれ、とも言われた。

 その条件に当て嵌めるならルミナスは問題ないのだが、俺の気持ちとしてルミナスのことをどう思っているかだ。

 

 難しい話だ。

 勿論、浮世離れしたルミナスの美貌には目を引かれることもあるし、性格的にも魔法狂なことを抜かせば非常に好ましい。

 だが、ルミナスは生徒だ。教え子だ。

 なのに、先生である俺がやましい気持ちを抱えて良いのだろうかと、倫理的な部分が問題提起する。

 

 

「ままならないもんだねぇ……」

 

 頭を抱えこんでため息を吐くと、再びコンコンコンとノック音が響いた。

 返事をすると、失礼します、と侍女が食事と新聞を持ってやってきた。

 

 

「お食事をお持ち致しました。……あの、それとおめでとうございます!」

 

「ほぇ?」 

 

 いつもの事務的な笑みではない。

 瞳をキラキラ輝かせて、お祝いの言葉を申した侍女に、俺は呆けるが、そんな俺に気が付かずに侍女は華麗に一礼して出ていった。

 

 

 

「おめでとうございます、って何が?」 

  

 お疲れさまでしたとかなら、まだ分かる。侍女が言うのがおかしいかもしれんが。何せ昨日のことは国中に広まっていた。

 確かにこっちの国の城でも騒ぎになっていたし、口の軽い騎士たちがバラしたのだろう。大丈夫か、情報統制。  

 まぁカマエル王が何とかするでしょ。仮にも王なんだから。

 

 

「いただきまーす」

 

 考え事は食事の後にしようと、豪勢な料理の数々を口に運んでいく。

 うむうむ、ヤマトの高級料亭の板前さんが作った、御膳より劣るが美味しい。比較対象がおかしいって? いやいや、そこを比較に上げるくらい、この料理も美味しいんだよ。

 意外に食通な俺は味にうるさい。これも、先生に料理を作らされた弊害かもしれん。あの人も味にはうるさかったし。

 

 

「けぷっ」

 

 かなりの量があった料理は全て俺の胃の中だ。ふっ、舐めるなよ、食事量だって『魔剣士』並みだぜ!! 何も誇れないが。

 

 

 

 南方から仕入れたコーヒーと呼ばれる飲み物を淹れて、優雅に新聞を広げる。

 

 静かにコーヒーを口に含み、新聞の内容に目を移した瞬間……含んでいたコーヒーを口から噴き出していた。

 

 

「ぶっっっ!!!! けほけほけほッッ!!!!! んぐっ、うげっ」

 

 気管支に入り大きく噎せる。

 

 な、なんだこれは……。

 

 

 きっと何かの間違いだろうと何度も目をゴシゴシと擦るが、何度見てもそこに印刷されている文字は変わらなかった。

 信じたくない一心で、きちんと見出しだけではなく記事の内容にも目を移す。

 

 

「な、なんだと……っっ!?」

 

 書かれていた内容は正直見出しよりも酷かった。あー、嫌だ嫌だ、これだからマスメディアはさァ……

 

「ぶっッッッッ!!!!!」

 

 心を落ち着かせるために再びコーヒーを口に含み、記事の最後の文を読んだ時、俺は再び噴き出していた。

 

 

「『クリーン』」

 

 床に飛び散ったコーヒーの汚れを落とし、大きく深呼吸をする。

 そして、最後に大きく息を吸って……

 

 

「なんじゃこりゃああああああああああああああ!!!!!!!!」  

 

  

 全力で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

『魔剣士殿とルミナス第一王女が婚約!!!』

 

『歴代最強の魔剣士として知られる魔剣士殿と、笑うことのできない呪いをかけられたルミナス第一王女が婚約したとの情報が先程伝えられました。魔剣士殿が第一王女の呪いを解いたことが婚約を決めた一手となったそうです。

 

 ~~~~~~~中略~~~~~~~

 

 

 

 

 

 なお、これらの一件は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『写真添付』※城門前で魔剣士殿と第一王女様が手を繋いでいる瞬間。王女様は幸せそうに笑っている。

 

 

 

「ナニコレ。ちょ、待って本当にナニコレ」

 

 つまり、これは熱愛報道というやつである。

 うん、でも、

 

「婚約ってナニ?」

 

 した覚えがないんだけど。え、これ、新手の詐欺か何かですか? 捻り潰しますよ?

 俺の記憶には婚約の『こ』の字もない。悪戯の線も疑ったが、あの侍女さんには不審な点などなかったし、そんなことをする人とも思えない。

 つまり、国民にはルミナスとの婚約が伝わってると。してないけどさ。

 

 いや、本当にどゆことよ。

 

 

「つか、王。貴様。何認めてんねん」     

 

 カマエル王は、報道云々に関しては寛容なところがある。

 取材を受けることも多々あるし、コメントしてることに関しては何もないんだけど、問題は何認めてんねん、ってことよ。というか、俺的には婚約(嘘)の情報流したの王じゃね? とも思ってる。

 

 でも、めっちゃ娘溺愛してるし、それが婚約とか許可するか? 普通。あり得なくね。だとしても、俺の権力を狙って……とかも王の性格的に考え難い。目的が不透明だ。誰か説明求。

 

 

「聞くしかないか……」

 

 ルミナスはこの事を知っているのだろうか。積極的に外の情報を取り入れるタイプには見えないし、幾らルミナスでも婚約は重いと思うんじゃないか? ……いや、でも王族間の恋愛って、基本付き合うとか恋人関係すっ飛ばして、即結婚だもんな。

 だとすれば、ルミナスの告白も結婚してくださいと捉えても良いのかもしれんが、好きですと伝えられただけだからな。気持ちを伝えたいだけかもしれないし、そこは本人に聞くしかないけど聞けるわけねぇだろ、って話。

 

 そんなわけで、急いで寝間着から着替えて俺はカマエル王の執務室に出向く。一回しばかせて欲しい。 

 

 

 あっという間に執務室に着いた俺は、コンコンコンとノックをすると、

 

「そろそろ来る頃かと思ったよ」

 

 とやけに重圧感の感じる声が響いた。おいこら、ノリノリだなお前。

 最早心にあった王への敬意もすっ飛んだよ。

 

 扉を開けると、腹立つ顔が視界に映る。……こいつ!! めちゃくちゃにやけてやがる!!

 おちょくる気満々じゃねぇか、それでも王かお前は。

 

 

「新聞見たんだけど、どういうことかなぁ?」

 

「ふっ、そこまで怒らなくても良いじゃないか。確かに婚約は時期尚早だったかもしれないけどね」

 

 睨み付けるが、飄々とかわされる。随分と余裕があるようで。

 

「時期尚早っつか、話が見えてこないわ」

 

「いや、なに。君とルミナスが好き合ってるのは知ってるよ。だから、手助けしてあげたんじゃないか」

 

「はぁ? ってか、なんでそのこと知ってるの、そういえば」

 

 驚き過ぎて忘れてたけど、あの場には俺たちしかいなかったはずだ。クレムも意識を失っていたし、皇帝と宰相が例え聞いていたとしてもそれが王にバレるのはわけわからんし。

 すると、王はおや? と不思議げな表情をした。

 

 

「だって、わざわざ好き合ってるのを伝えるために、風魔法の『伝達』を繋げ続けていたんでしょ?」

 

 

 

「…………あ」

 

 

 

 わ、わ、わ、忘れてたッッ!!!!!  

 そうだ。王に詳しく現場の状況を知ってもらう為に、『伝達』を繋げっぱなしにしていたんだった!!!!!  

 しかも、王の声を聞こえないように設定していたから尚更分かんなかった。

 

 え、てことは王は全部聞いてんの? ルミナスが言ったこと全部。え、それルミナスの精神状態大丈夫か? 親に告白シーン見られるのって相当キツくない? いや、まぁ、俺のミスなんですけどねっっ!!!! 本当にごめんなさい!!! 靴までなら舐めます!!

 

 顔面蒼白とはこの事だろう。完璧に俺のミスである。

 眠ったから、もう『伝達』は発動していないが、それまで全部筒抜けだったということだ。

 

 でも、それならおかしい点もある。

 

 

「でも、俺って返事してないじゃん。なんで好き合ってる、ってことになってるわけ?」

 

 あ、王がプルプル震え始めた。非常に嫌な予感と悪寒がする。

 

 

 

 

 

 

 

「君は何を言っているんだ!!!!! 可愛い、可愛い、どこに嫁に出しても恥ずかしくない娘だよ!? 嫁に出したくないけどぉ! そんな、娘が求婚したんだよ?? そんなの断る男がいるはずないじゃないかあああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

「完全に思い込みじゃねぇかあああああああああ!!!!!!!!」

 

 やだ、この王!!!!! 娘の溺愛っぷりが別ベクトルに狂ってる!!!

 

 俺たちは互いに顔を見合わせて睨む。さながら、メスを取り合う雄同士の決闘前のようだ。現実的には何も取り合ってないけど。

 

 

「なんだい? つまり、君は娘との婚約を望んでいないと。そう言うのかい? 事と場合によっては、君を社会的に抹殺しないといけなくなる」

 

「やめて。唯一の俺の弱点で脅すのやめて。権力と情報操作には弱いんだよ!」

 

「ふむ、じゃあ、娘と結婚することだね。悪いようにはしないさ」

 

「いや、話が飛躍してるんだよ。そもそも嫁に出したくないって言ってたじゃん」

 

「君になら良い……わけではないけど、娘が望むなら叶えてあげたい……わけじゃないけどさぁ」

 

「めちゃくちゃ葛藤してんじゃねぇか!!!」

 

 親の仇のような目で俺を睨みながら葛藤する王に叫ぶ。

 畜生、こいつ何言っても無駄だ。娘の言うこと絶対聞くマンになってやがる。

 

 

 

「そもそも、この事ルミナス知ってるわけ?」

 

「あ、勿論。何せ婚約自体、ルミナスの提案だからね」

 

「ルミナスぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」

 

 あっさり言いのけた王に、俺はルミナスへの怨嗟を叫ぶ。

 何してくれとんねんっ!! え、なに、そんな行動力すごいの、君。

 まだ告白してから一晩しか経ってませんが!!??    

 それに、君、仮にも誘拐されて酷い目にあってますよね? たくましすぎませんかね。

 

 

「じゃあ、本格的に君とルミナスの婚約を進めるよ」

 

「ちょっと待とうか。俺がルミナスを説得する。それまで待て!!」

 

「もう、無駄だと思うけどね。それに、そんなこと言われて止まる僕じゃない」

 

「『魔剣士』としての命令だ!!」

 

「君、権力に弱いとか言っておきながら露骨に権力使ってるじゃん」

 

 呆れた目線を飛ばす王だが、そんなことは俺の耳に入らない。

 焦っている。そうこれは焦りだ。取り返しが着かなくなる予感に非常に焦っている。これを何とかせねば、人生の何割かが決まってしまうと言っても過言ではない。

 

 ヤバい、ヤバい。会うの気まずいとか言ってる場合じゃねぇ……そんなこと言ってる間に着々と外堀埋められてるしな……。

 

「とりあえず待っとけっ!!」

 

 そういえば、なんでこんや奴に今まで敬語使ってたんだろうと、思ってしまう程今の王は残念である。

 

 急いで執務室から飛び出す。

 ルミナス……一体何がしたいんだ……っ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヨウメイのいなくなった執務室で王はポツリと呟く。

 

 

「今のあの子に何言っても無駄だと思うけどね……。ハァ……親として成長してくれるのは嬉しいけど、少しやり方がえげつないと思うんだ。人のこと言えないけど」

 

 地味に王も引いていた。

 

 

☆☆☆

 

 

 急がねば。急がねば取り返しの着かないことになる気がする。というか、もう収拾着かない気もするんだけど、そんなことないよね? 信じて良いよね?(震え声)

 

 そんなわけで、執務室を飛び出すようにルミナスの部屋に向かっている。いつもは気にならない距離がやけに遠く感じる。緊張……しているのか?

 如何せん、告白というものをされたことがなかった。どういう距離感で話せば良いのかさっぱり分からない。

 ルミナスなら案外普通通りの態度なような気もするけど……。鋼メンタル裏山死。

 

 

「ちょっと待ちなさい」

 

「ん? 今ちょっと忙し……ひっ!!」

 

 突如呼び掛けられた声に返答し後ろを向くと、そこには鬼のような形相をしたセリアだった。

 忘れてた!!! お姉ちゃん大好きっ娘だもん、そりゃ殺しに来るよな。俺を。

 

 

「ふんっ」

 

 セリアは鼻を鳴らして、近くの空き部屋をクイッと指差した。来いということらしい。というか、王城何気に空き部屋多くね? 話すのに困らないから良いけどね。

 

 つか、何されるんだ……。普通に怖ぇ。

 内心震えながら大人しくセリアに付いていく。無視したらマジでヤバいことになりそうだし。

 

 

「さ、お姉ちゃんとの婚約について教えてもらいましょうか」  

 

 ドカッとソファに腰を下ろし、手を組んで俺を睨み付けるセリアから感じる圧は、まさしく王族のソレだ。おぉ、おぉ、ちゃんと成長してるようで……。震えを誤魔化すためにくだらないことを考えながら、俺はセリアに事情を説明する。

 

「いや、あのな? 朝起きて新聞読んだら、なぜか婚約のことが書かれてて俺にもさっぱり分からない。今からルミナスにそれを聞きに行こうと思ったんだけど」 

 

「……ふーん。そういうことね。それじゃ、あんたの本意じゃないってことね?」

 

「まぁそうなるな」 

   

 きっとセリアも大事な姉を奪われずに済んでホッとしただろう、と思った瞬間テーブルがバンッと大きく叩かれた。

 

「~~っ!」

 

 あ、強く叩きすぎたのか。結構痛そう。

 セリアはごほん、とわざとらしく誤魔化すとキッ! と目を釣り上げて、某カ○エルを彷彿させる叫び声を上げた。

 

 

「なんでよっ!!! お姉ちゃんと結婚よ!!?? なんで、嬉しそうじゃないのよ!! あんたがお姉ちゃんを誑かしたんだから責任取りなさいよ!!!!」

 

「あー、もう、この王族ども……」   

 

 良い意味に捉えれば家族愛が強い。悪い意味に捉えれば、思い込みが激しい。

 

「そりゃルミナスは引く手数多だろうさ。でも、俺は『先生』であいつは『生徒』だ。そこの一線を踏み越えるのはちょっと違わないか?」

 

 未だ俺の思考を邪魔するのは、俺とルミナスの関係性だ。

 教育において、色恋沙汰に発展させるのはご法度だろう。 

 

 しかし、セリアは「え?」と本気で疑問符をあげた。

 

 

「え、先生と生徒だから……なんで?」

 

「ん? 普通は……あれ、もしかしてこっちにそういう文化、風習ない?」

 

「そういう文化って……?」

 

 あ、ふーん(察し)

 

 どうりで葛藤してるの俺だけだよ!!! あれぇ、教育機関が充足してないからか? あ、わかった。魔法学院とか現役退職したお爺ちゃんしかやんねぇからだ。

 お爺ちゃんでなくても、相当年離れてるだろうし、先生と生徒同士の恋愛とかにならないし、それが禁止される倫理観もないのかぁ……。

 

 本気で困ったぞ。

 すると、何かを察したセリアが少し考えてから言った。

 

 

「まあ、あんたの国にどんな文化があろうと、こっちの国にいる以上関係ないわ! ということは、お姉ちゃんと婚約するのよね!!」

 

「待て! それとは別だし、お前は反対するんじゃないの?」  

 

「え? なんで反対する必要あるのよ。お姉ちゃんにとっての『英雄』が見つかったんだから、それで万々歳じゃない」

 

 英雄……。また出たよその単語。

 

「英雄の定義がよく分からないが、俺はそんな大したことしてないよ……」

 

「あんたねぇ……!」 

 

 セリアが突如俺の胸ぐらを掴んだ。

 ガタッとソファが動く音がし、しばらく沈黙が広がると、セリアは少し逡巡した後、呆れたようなため息を吐いて手を離した。

 

 

「あのねぇ、結果的にあんたは()()()()()()。私たちが何年かけてもできなかったことを、わずか二週間と少しで解いたのよ? それを『大したことはしてない』!? ふざけるのもいい加減にしなさいよッッ! その言葉は! 私たちの努力を踏みにじってるのよ!! あんたの国だと謙遜は美点なのかもしれないけど、少なくとも私にとっては嫌味に聞こえるし、バカにしてるとしか思えないわ!!」

 

「……っっ」

 

 軽率だった。

 実際謙遜でも何でもなく、俺は大したことはしてないと思っている。

 でも、それはセリアやファミリアさん、カマエル王の事を馬鹿にしてるのと同じだ。本当は悔しいはずだ。家族が何とかしてあげたかった。でも、ルミナスのことを想って他人に任せるという決断をしたのだ。

 

 

「でも、それは結果論だ。俺はなんでルミナスが笑えたのかも分からなかった。確かにルミナスを変える一端を握ったのは俺だけど、努力したのも。自分の胸の内を明かしたのもルミナス自身の力だ」 

 

 だからこそ、俺はセリアに本音を語る。取り繕うのは簡単だが、それは不誠実だ。何よりも全てが俺の功績になるのが嫌だった。

 間違いなくこの二週間は俺が一番ルミナスを近くで見ていたはずだ。悲しも怒りも嬉しさも、その瞳から流れ落ちる感情の雫だって見た。

 それを流せたのは、ルミナスをが変わろうとしたからだ。

 

 しかし、セリアは悲痛な顔で唇を噛み締めて激情を迸らせる。

 

 

「っっ! でもっ!! それじゃあ、納得できないのよ!! 私たちが何年費やしても出来なかったことをあんたはやり遂げた。結果的にお姉ちゃんの幸せになってる。それで満足したい!! でも! どうしても、何であの時もっと真剣に接してあげられなかったんだろうとか、後悔しちゃうのよ……ッッ。だから、思うしかないじゃない! 

 ()()()()()()()って!」

 

 

 そうか……だからセリアは。

 涙を流して叫ぶように語るセリアに、俺は点と点が繋がったような感触を覚えた。

 

 

「それが『英雄』か。誰かにとっての『特別』」

 

 セリアはきっと納得したかったんだ。いや、納得するしかなかった。

 俺がルミナスにとって生涯の『特別』であると。だから、呪いを解くことができたんだと。

 人の心は難しい、喜怒が喜哀が同時に胸の内を占めることだってある。自分の感情が分からずに自暴自棄になってしまうこともある。

 

 きっとセリアが怒っているのは、俺が呪いを解いたことではない。

 呪いを解いた()()()()()()()()()ことが許せなかったんだ。

 

 

「ぐすっ。そうよ……っ。あんたはお姉ちゃんにとっての特別になったの。たった一人の」

 

「それは違う」

 

 嗚咽を漏らして言ったセリアに俺は即座に反論する。  

 

 確かに『特別』は『特別』だ。

 

 

「一人じゃない」

 

「え?」

 

 セリアは顔を上げた。

 

「『特別』は一人じゃない。俺がルミナスの『特別』であったとしても、セリアと優劣を付けるなんてあり得ない。ルミナスはセリアも『特別』なんだよ。勿論、ファミリアさんもカマエル王もな」

 

「でも、結局私たちは呪いを解けなくて……っっ」

 

「それは違うだろ。呪いを解くことの条件なんて知らねぇけど、間違いなくお前らがいないと呪いは解けなかったよ。絶対だ」

 

「そんなの分からないじゃない……!」 

 

 言い切った俺を睨むセリアの瞳は変わらず揺れている。絶望と希望の間で揺れている。

 

 俺は、はっ、と鼻で笑って言った。

 

「そんなの()()するしかねぇだろ」  

 

 意趣返しだ。

 セリアはポカーンと口を開けて固まっている。

 首をブンブン振って再起したセリアは、呆れた顔に変わり、ぷっと小さく噴き出した。

 

 

 

「ぷっ、何よそれ。結局分からずじまいじゃないのよ。……あー、悩んでるのが馬鹿らしくなってきたわ。そうよ、納得すれば良いんじゃない。本人に聞いたわけじゃないし、聞いたとしても聞かなかったことにすれば良いし」

 

「いや、それは開き直りすぎじゃね?」 

 

「あんたのせいだからね。責任取ってお姉ちゃんを幸せにしなさいよ」

 

「ちょっ、なんでそうなる!?」

 

 カラカラ笑うセリアに心の霧は罹っていない。

 本気で開き直ったらしい。そして、なんでこうなる!?

 

 

「あははっ!! そんなに真剣にお姉ちゃんのこと考えてたのに変なの。早く結婚しなさいよ、って思うわよ。それに拒絶できないんじゃない? あんたも嫌なわけじゃないでしょ? 世間体ばっか気にして馬鹿みたいだわ。

 あんた自身の気持ちはどうなのよ。それを第一に考えなさい」

 

「ぬっ、ぐぬぬぬ……」

 

 開き直ったセリアは無敵だった。

 見事に反論できない。

 外面ばかり気にしても馬鹿らしいか……。こればかりは『魔剣士』が邪魔してるな……。

 だがセリアのお陰で突破口が見え始めた。

 

 すると、セリアがどこか満足そうに微笑んだ。

 

「その調子なら大丈夫そうね。じゃ、お姉ちゃんを幸せにするのよ!」

 

 俺が止める間も無く、スッキリした表情のままセリアは去っていった。

 

 

 

 うーん、なんか外堀というか内堀が完全に埋まったような……。気のせいだよな?

 

 気を取り直して、俺は今度こそルミナスの部屋に向かっていった。

 

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