かつて悪魔がこの地上を覆い尽くしていた暗黒の時代。
人々はなす術も無く、ただ悪魔にその命を蹂躙されるのみであった。
だが、一人の悪魔が人々の祈りを受けて立ち上がった。
あの悪魔───スパーダは自ら同じ名の魔剣を振るい、同族である悪魔達を斬り伏せていき、ついにはかつての主である魔帝を魔界と共に封印した。
それにより世界は暗黒の時代より解放された。
────そして時は流れ現代。
伝説の魔剣士の血を受け継ぎし少女の新たなる伝説が幕を開けようとしていた。
しかし、その伝説が刻まれるのは現実世界でも魔界でもなく、邪悪なる女神が支配する異世界であった。
………
……
…
チンピラやゴロツキが彷徨く裏街に、その店はあった。
薄汚れた壁に切れかけ点滅を繰り返す赤いネオンサインの看板が掲げられたその店は一見すれば廃墟同然なのだが、実際は今も営業している。
『Devil May Cry』、裏社会に関わるものなら知らない者はいない、凄腕の便利屋である。
数年前にオーナーが変わったが、その依頼達成率はかつてと全くと言っていいほど遜色はない。
そんな怪しいことこの上ない真夜中の便利屋に、電話の喧しいベルが鳴り響く。
すると扉の奥からシャワーを浴びていたのであろう、漆黒の長髪から滴を滴らせた一人の少女がバスタオルで頭を拭きながらデスクに近づく。
そしてバスタオルを放り捨て、脱ぎ捨てられていたショーツと白い線の入った黒のホットパンツ、そして黒いブーツを履くと、流れるように椅子に座り、デスクの上に足を勢いよく下ろす。
その反動により受話器が浮き上がり、弧を描いて少女の手に収まった。
「悪いけど今日はもう店仕舞い。また今度にして」
それだけ言うと、少女は受話器を放り投げる。受話器は再び弧を描いて電話に収まった。
「全く。もう夜中だってのに何で依頼してくるのかしら」
少女はウンザリとした口調でそうつぶやき、デスクの上に置いていた黒い髪紐を手に取って黒い長髪を左右非対称のツインテールに結い上げる。
そして襟巻と水着が一体化したような奇怪な黒い衣服に身を包んだところで、玄関の大扉が開き、一人の人物が入ってきた。
「あんたもそういうクチなの?」
そう言って視線を向けた先には時代遅れな衣服と鎧を身に纏った銀髪碧眼の女性が立っていた。
一見すれば人形と見間違うほど美しいのだが、能面のように無表情でその瞳には感情を感じさせない。
「………あなたが、かの魔剣士『スパーダ』の孫娘、『ルナ』ですか」
女性はこちらに歩み寄りながらそう言ってくる。
その言葉にピクリと片眉が動くルナ。どうやらこの女性は少女の普通ならざる血筋について知っているらしい。
「………あんた誰? ただの人間じゃないみたいね?」
「私は『ネフィリム』。『主』に仕えながら、主を
ルナの言葉に女性はそう名乗る。
神の使徒とは随分とご大層なものであるが、裏切ったという言葉が引っかかる。
するとルナの疑問を感じ取ったのか、ネフィリムが口を開いた。
「簡単なことです。私はかの魔剣士『スパーダ』と一戦を交え、彼の言葉により主を裏切ることを選んだのです」
「お
「ええ。彼と相見えたのは主でさえ予知出来なかった奇跡。しかしその奇跡が私に真の行動理由をもたらしてくれました」
どうやらネフィリムは過去に魔剣士スパーダと戦い、スパーダの意志に感化されたらしい。
一つ疑問が解けたところで、ルナはデスクの上で足を組み直して口を開いた。
「なるほどね。それで私に何の用? まさか昔話をするためだけにここに来たわけ?」
ルナのその言葉にネフィリムの纏う雰囲気が鋭いものへと変わる。どうやらここに来た理由は只事ではないらしい。
そしてネフィリムは口を開いた。
「魔剣士スパーダの孫娘、あなたに我が主を討ち滅ぼしてほしいのです」
「討ち滅ぼす……つまり『殺してほしい』と?」
ルナが鋭い視線を向けると、ネフィリムがコクリと頷いた。
「はい。主は『神の遊戯』と称して今尚人類を駒として
どうやらネフィリムは本気で主とやらに叛逆するらしい。まあそうでなければわざわざルナに依頼してくることなんてないだろう。
「そして今日、主は新たにこの世界から駒となる人間達を召喚します」
「召喚、ねぇ」
「はい。なのでそれを利用し、私の力であなたを『トータス』へと送ります。ですが、主を討ち滅ぼさない限り向こうからこちらへ戻ることはほぼ不可能です。そこはどうかご容赦を」
「OK。ならちゃっちゃと終わらせましょう」
そう言ってルナはトレードマークでもある闇を写したかのような漆黒のコートを纏い、髑髏が装飾された白銀の魔剣『リベリオン』を背中に掛け、漆黒の鞘に納められた金色の鍔に黄色の下緒、そして白色の柄の日本刀の姿をした魔剣『閻魔刀』を腰に差す。そして父の形見である二丁の大型拳銃、黒の『エボニー』と白銀の『アイボリー』をコートの内側に仕込み、黒とオレンジのグローブをはめる。
そしてネフィリムの前に立つと、足元に魔法陣が浮かび上がる。
「では、主が作り出した召喚陣に私の召喚陣を接続します。申し訳ありませんが、私は別で行動致しますので、どうかご容赦を」
ネフィリムがそう言っていくうちに魔法陣が光り輝いていく。
(さてさて、そのクソッタレな神サマのクソッタレなお遊びとやら、どんなものか見せてもらおうか)
────そして、幼き魔剣士は異世界『トータス』へと飛び立った。
………
……
…
視界を満たしていた光が消えると、最初に目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。
縦と横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔の人物が描かれていた。
一見すれば美しい人物に見えるが、ルナには吐き気を催すほどの邪悪さが感じ取れていた。どうやらこの壁画に描かれている人物がネフィリムの言っていた『主』らしい。
ルナはすぐに壁画への興味を失い、周囲に視線を向ける。
どうやらルナは巨大な広間にいるらしい。
素材は大理石らしく、美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のようで、これまら美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられたドーム状となっているらしい。まさに『大聖堂』という言葉が似合うだろう。
さらによくよく見てみると、ルナ以外にも多くの人物がその場におり、呆然としたように周囲を見渡していた。服装から見て日本の高校生達らしい。
(ネフィリムの言った通り、ね)
ルナがここにいないネフィリムの言葉を思い出していると────
「え───ル、ルナ───?」
────ふと、聞き覚えのある懐かしい声が自分の名を呼ぶ。
その声のした方を向くと、身長172cmはあろうかという高身長に引き締まりながらも女性らしい美しい身体、ポニーテールにした黒い長髪に切れ長の鋭い瞳の少女が目を見開いてこちらを見てきていた。
この少女を、ルナは知っている。
何故なら幼馴染みで、唯一無二の親友なのだから。
「……シズク?」
────それはルナも予想だにしていなかった幼馴染みの少女『八重樫 雫』との再会であった。