八重樫流道場の一人娘であり、ルナの幼馴染みであり、そしてルナにとって唯一無二の親友。
ルナがまだ日本で過ごしていた頃に知り合い、そこからよく一緒に遊んでいた。たまに道場に顔を出してはよく門下生を全員叩きのめし、その度にキラキラと目を輝かせて見つめられたものだ。
………しかし
その後、力を付けるために各地を転々としながら悪魔を狩り続け、そして父と同じく便利屋を開業した。
全ては母を殺した
………それが、まさか異世界で再会することになるとは、誰が予想できようか。
(いや、待って。シズクがいるってことは………)
そう思い周囲を見回し、ルナは思わず顔を顰める。
ルナの視線の先には容姿端麗の男子生徒が、信じられないといった表情でルナのことを見ていた。
彼の名は『
何せこいつは『自分の言うことは常に正しい』と盲信している頭無惨な人物であり、自分本位にしか行動せず、正義感が強いために思い込みが激しく、それでいて都合が悪くなると他者に責任転嫁して自分の行いを正当化するという、正真正銘クズの鑑である。
さらに周囲を見回すと、一人の少女が目に映る。
腰まで届く長く艶やかな黒髪に少し垂れ気味の大きな瞳、スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる正真正銘の美少女だ。
その美少女もまた驚いたように目を見開いてルナのことを見てきているが、ルナはこの少女には全くと言っていいほど見覚えが無い。なのに何故そんなにルナのことを見つめてくるのだろうか?
さらには眼鏡をかけたショートカットの、ぱっと見ごく普通の女子生徒も驚いたような表情でルナのことを見てきていた。一体何だというのだろうか?
しかしすぐに興味を失ったルナは、自分達が立っている台座の前にいる集団に視線を向ける。
そこには三十人近い人々が祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好で立っている。
彼等は一様に白地に金の刺繍がなされた法衣のようなものを身に纏い、傍らに錫杖のようなものを置いている。その錫杖は先端が扇状に広がっており、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられている。
その内の一人、法衣集団の中でも特に豪奢で煌びやかな衣装を身に纏い、高さ30cmはありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた烏帽子のようなものを被っている、齢70代くらいの老人が歩み出てきた。どうやらこの老人がこの集団のリーダー格らしい。
そんな彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音でルナ達に話しかけてきた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いております『イシュタル・ランゴバルド』と申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
………
……
…
『ここで話をするのも何だから』と言って、現在ルナ達はイシュタルの案内の元別の場所へと移動していた。
高校生達は自分達の知らない場所というわけなのか、興味津々に周囲を見回している。
(今時のガキ共って警戒心が無いわけ?)
高校生達の能天気っぷりを最後尾から呆れ気味に見ながら歩いていると、ソッと雫が側によってきて声をかけてきた。
「……ルナ……えっと、その……久しぶり」
「久しぶりだね」
恐る恐るとした雫の言葉に、ルナは機嫌を害するわけでもなく、しかし興味なさげに言葉を返す。
残念ながらルナにとって雫はもう過去の人物でしかなく、今さら昔のような関係性に戻りたいなどと思っていない。なので話をしようとも思わない。
そんな素っ気ない態度を取るもんだから、雫は拒絶されてしまったのかと誤解し落ち込み、天之河は今にも掴みかかりそうな表情でルナのことを睨んでくる。
そんなこんなでしばらく移動を続けていると、ルナ達は十メートル以上はありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通された。
この部屋も例に漏れず煌びやかな作りだ。素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。おそらく晩餐会などをやる場所なのだろう。まあ微塵も興味は無いが。
上座に近い方から教師と思われる小柄な女性と雫と天之河と見覚えのない少女と大柄な男子生徒四人が座り、後はその取り巻き順に適当に座っていく。
ルナは最後尾に座り、いつものようにテーブルの上に足を組んで乗せた。その余りにも行儀の悪い姿に皆が唖然とするが、ルナはお構いなしである。
すると全員が席に座ったところで絶妙なタイミングでカートを押しながらいかにもなメイド達が入ってきた。
そんなメイド達に男子生徒達は見惚れ、それを女子生徒達は氷のような視線を送る。
そんなメイド達は次々と飲み物を配っていく。そして全員に行き渡ったところでイシュタルが口を開いた。
「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」
そう言って始めたイシュタルの話は実にファンタジーなテンプレで、どうしようもないくらい自分勝手なものだった。
イシュタルの話を要約すると────
・この世界は『トータス』と呼ばれており、トータスには大きく分けて『人間族』、『魔人族』、『亜人族』の三つの種族がある。人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。
・人間族と魔人族が何百年も戦争を続けているが、最近になって魔人族が『魔物』と呼ばれる生物を使役し始め、“数”というアドバンテージがあった人間族は滅びの危機にさらされていること。
・その人間族の危機を救うためにエヒトがトータスに召喚したこと。
────以上の三つだろうか。
「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。『このままでは人間族は滅ぶ』と。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。『あなた方という〝救い〟を送る』と。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
そう言って話し終えたイシュタルは恍惚とした表情をしている。おそらく神託が降りた時のことでも思い出しているのだろう。
しかしまあ実に嘘に塗れた話だ。
ネフィリムから予め真相を聞いていたとはいえ、こんなの誰が聞いても馬鹿げているとしか言いようがない。
何故関係の無い世界を命賭けてまで救わなきゃならないんだ。ふざけるのも大概にしろ。
そう思っていると、教師とも思わしき小柄な女性が突然立ち上がり、猛然と抗議しだした。
「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
こんな状況で生徒達の身を案じることが出来るとは、この女性は本当に生徒想いの教師であることがわかる。今まで見てきた大人のほとんどが外道だったルナにとって、この女性はなかなか好感の持てる大人であった。
しかし気になるのは、その生徒達が何故かほんわかとした表情で教師を見ていることだ。何故自分達のためにイシュタルに抗議しているのにそんな表情で見るのだろうか? いやまあ、見た目二十代前半の約150cm程度の低身長で童顔のボブカットに髪型じゃあ下に見られるのも仕方がないと言えなくもないが。
………だが、イシュタルの次の一言で空気が凍りついた。
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」
その言葉により、場に静寂が満ちる。
誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる。
「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」
「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」
「そ、そんな……」
イシュタルの無情な言葉により、女性が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。それにより生徒達が口々に騒ぎ出した。
「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」
「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」
「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」
「なんで、なんで、なんで……」
パニックになる生徒達。
しかし、そんな中でもルナは至って変わらず、むしろあくびを噛み殺している始末である。
この程度ならルナにとって問題にもなりはしない。間違って閻魔刀の力で魔界に迷い込んでしまった時に比べたら屁でもない。
それにイシュタルなんかどう見ても救いを求めているようになんか見えない。何ならこちらを『エヒト様に選ばれておいてなぜ喜べないのか』と侮蔑の籠もった視線を向けている始末である。大根役者もいいところだ。
(ハァ、めんどくさ)
もうこの場から立ち去ってさっさとエヒトをぶっ殺しにでも行こうか、と物騒なことを考え出した時、突然天之河が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。
天之河は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」
ギュッと握り拳を作りそう宣言する天之河。無駄に歯がキラリと光る。
側から見ればカッコつけてるように見えるが、タチの悪いことにこいつの行動は一つ一つにカリスマ性がついてきてしまう。
今回も例に漏れず、絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。天之河を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」
「龍太郎……」
「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」
「雫……」
「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」
「香織……」
さらに雫をはじめとした取り巻きと思われる三人が賛同する。さらに触発されたかのように生徒達が次々と賛同していく。教師がなんとか止めようとしているが、聞く耳持たずだ。
「………アホらし」
そんな滑稽なやりとりを見せられたものだから、ルナは冷たくそう言い放つ。
その一言で熱くなっていた場は一気に静かになった。
「………何がアホらしいんだい、ルナ?」
静寂を破ったのは、こちらを睨みつけるように見てくる天之河だった。
その反応に周囲が「天之河君と知り合い……?」「さっき八重樫さんも名前呼んでたし……」と騒つくが、ルナは周囲を気にすることなく口を開く。
「だってそうでしょ? この世界の戦争はそこのジイさん達の問題であって、解決するのもそいつら次第。私達は無関係もいいところよ」
「知ったことじゃないって……ここの人たちを見捨てるつもりかお前は!?」
「ええ。だって関係無いもの」
天之河の言葉に顔色一つ変えることなくそう言い放つルナ。
そしてルナは絶句している周囲に言い放った。
「さて、アンタらは何を言われたのかちゃんと理解してるの? こう言われたんだよ? 『魔人族という人間を皆殺しにしてこい』って。そしてアンタらはそれを喜んで受け入れた訳だ」
その言葉に生徒達は遂に理解したのか、顔を青ざめさせる。どうやらはっきり言われるまで理解できていなかったらしい。
しかしルナは容赦無く続ける。
「命を奪うということがどういうことなのかすら理解できていないのに世界を救う? 平和ボケも大概にしなさい。そんなんじゃその魔物とやらも殺せるわけがない」
「だけど俺たちは力を持っている。ならば彼らを救うためにその力を使うべきだろう」
「力を持っている? 笑わせないでくれる? その理屈じゃガキが拳銃を持っただけで一流の殺し屋になるって言ってるようなもんなんだけど。そういうやつに限ってその力に振り回され、自分が死ぬか、今そばにいるものを殺すんだよ」
「そ、そんなことはしない!」
「しないじゃない。そうなると言っているんだよ。これはアニメでもマンガでもゲームでもない。間違うことなき現実だよ。その手で他人の命を奪うか、それとも命を奪われるか。それが理解できないなら参加しない方が賢い選択だよ」
ルナがそう締めると先ほどまでの空気はどこへやら、事態の深刻さを理解できたらしく皆押し黙っていた。
しかし、天之河の『皆大丈夫だ! そんな事になったりしない! 俺達なら必ずできる!』などという根拠の無い言葉によって焚き付けられ、この下らない戦争に参加することとなってしまったのだった。