戦争参加の意思を示したルナ達はその後、この世界の知識を蓄え、戦闘技術を磨くために自分達が召喚された聖教教会総本山である【神山】を下り、その麓に位置する【ハイリヒ王国】に滞在することとなった。
王国は聖教教会と密接な関係があり、聖教教会の崇める神──創世神エヒトの眷属である『シャルム・バーン』なる人物が建国した最も伝統ある国ということだ。国の背後に教会があるのだからその繋がりの強さが分かるだろう。
そんな胡散臭さ満々の王国へ行くべく、ルナ達は聖教教会の正面門に来ていた。
聖教教会前の正門は凱旋門もかくやという荘厳で悪趣味な門であり、これだったらまだ魔界と人間界を繋げる地獄門の方がマシといえる。
そんな正門を潜ると、そこには雲海が辺り一面に広がっていた。しかし高山特有の息苦しさが微塵も感じられないことから、おそらく魔法か何かで生活環境を整えているのだろう。
そんな雄大な景色に高校生達が見惚れていると、どこか自慢げなイシュタルが皆を促して先へ進む。
進んだ先には柵に囲まれた円形の大きな白い台座があり、中央には巨大な魔法陣が刻まれていた。見た感じ何かの仕掛けを起動させるものだろう。
「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん───〝天道〟」
イシュタルがそう唱えると、足元の魔法陣が光り輝き、まるでロープウェイのように滑らかに台座が動き出し、地上へ向けて斜めに下っていく。
いかにもなファンタジックな光景に興奮したのか、高校生達はキャッキャキャッキャとはしゃいでいる。これから殺し合いをするというのに、随分とお気楽なもんだ。
そんなガキ共から離れた場所で、ルナはホットパンツのポケットからタバコを取り出し、一本口に咥え指を鳴らし魔力で火をつける。
生前の父さんは『タバコは臭いから嫌いだ』と言っていたが、ルナは全くと言っていいほど気にならず、母が死んで以降無意識に吸うようになった。今では未成年でありながら立派なヘビースモーカーだ。ちなみに銘柄は無く、自分で調合したオリジナル物である。
そんなわけで離れたところで一人タバコを吸っていると、教師と思わしき小柄な女性が叱りつけてきた。
「こら! あなた未成年でしょう! 未成年での喫煙は禁止されていますよ!」
「生憎ながら、まともな教育を受けたことが無いものでしてね」
「………どうしてですか?」
「簡単なことですよ。ガキの頃に母が亡くなった。父は私が物心がつく前かついた後か、よく覚えていません。それからは独りで生きてきた、よくある話です」
「………ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまって」
ルナがなんともないといった感じで話すと、何故か女性が謝ってくる。その反応にルナはプッと吹き出してしまった。
「お優しいんですね。こんな見ず知らずの怪しい小娘に謝るなんて」
「当たり前でしょう。子供を心配しない大人が何処にいますか」
ルナの言葉に女性が真剣な表情でそう返してくる。そのことにルナはキョトンとするルナ。今まで生き抜くために他人を傷つけることも厭わず、身近な人達以外心配されるどころか疎ましく思われていたのだから、初めて会う見ず知らずの女性からそう言われるとは思ってもいなかった。
「お優しいんですね、本当に」
フッと息を吐いてそうつぶやくと、ルナはタバコの火をブーツの底で消す。ここはこの女性の顔を立てることにしよう。
「私は高校で教室をしている、『
「畑山先生ですか。私のことはルナと呼んでください」
「ルナさんですね。もし何かあったら遠慮なく先生に何でも相談してください。例え生徒じゃなくても、私はあなたの味方ですから」
そう言って畑山先生は皆の元へと戻っていく。
まさか身近な人間以外でそこまで言ってくれるとは。世の中どんな人間がいるのかわかったもんじゃない。しかし悪い気はしない。
せめて彼女は生きて帰れるようにしよう。ルナは密かにそう誓った。
………
……
…
しばらく雲海の中を進んでいると、雲海を抜け地上が見えてきた。
眼下には大きな国が見える。山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射状に広がる城下町。ハイリヒ王国の王都だ。
台座は王宮と空中回廊で繋がっている高い塔の屋上に続いているらしい。
実に素晴らしい演出だ。雲海を抜け天より降りたる”神の使徒“という構図そのままである。
実に滑稽で愚かしい。この世に”神“なんてものはいないというのに。
しばらくして王宮につくと、ルナ達はまっすぐに玉座の間へと案内された。
教会に負けないくらい煌びやかな内装の廊下を歩く。道中、騎士のような装備を身につけた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けて来る。ルナ達が何者か、ある程度知っているようだ。
美しい意匠が施された巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両端で直立不動の姿勢をとっていた兵士二人がイシュタルと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たずに扉を開け放った。
イシュタルはそれが当然というように悠々と扉を通り、光輝等一部の者を除いた生徒達も恐る恐るといった様相で扉を潜ると、真っ直ぐに延びたレッドカーペットと、その中央には豪奢な椅子───玉座があり、その前でイシュタルと同じくらいの覇気と威厳を纏った初老の男が立ち上がって待っていた。
その隣には王妃と思われる女性、その更に隣には十歳前後の金髪碧眼の美少年、十四、五歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えている。
更にレッドカーペットの左側には甲冑や軍服らしき衣装を纏った者達が、右側には文官らしき者達がざっと三十人以上並んで跪いていた。
玉座の手前に着くとイシュタルはルナ達をそこに止め置き、自分は国王の隣へと進む。
そこでおもむろに手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、
やれやれ、と首を左右に振るルナ。
そこからはただの自己紹介だ。国王の名を『エリヒド・S・B・ハイリヒ』といい、王妃を『ルルアリア』というらしい。
金髪美少年は『ランデル王子』、王女は『リリアーナ』という。
後は騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。ちなみに途中、美少年の目が黒髪の美少女に吸い寄せられるようにチラチラ見ていたが、まあどうでもいい話である。というより助けを求めるようにこちらを見てくるのはやめてほしい。
その後、王宮にて歓迎の晩餐会が開かれ、ピンク色のソースがかけられたステーキや虹色の飲み物が振る舞われた。
その際、ランデル王子がしきりに黒髪の美少女へ話しかけている様を男子生徒がやきもきしながら見ているといったことがあったが、些細なことである。
その光景を地味目な男子生徒が何かを期待するような眼差しで見ていた。
ちなみにルナは興味を示すことなく、ご馳走を堪能していた。食べ物に罪は無い。
その後は生徒一行の衣・食・住は王国が責任持って保証するという旨と、訓練における教官達の紹介もなされた。教官達は現役の騎士や宮廷魔術師たちの中から選出されたようだ。
いずれ来る戦争に備え、親睦を深めておけということだろう。
そして現在、ルナは割り当てられた部屋の天蓋付きベッドで横になって寛いでいた。
「………あー、退屈。なんかおもしろいことはないの、リベリオン、閻魔刀?」
ルナは壁に立てかけられている愛剣達に語りかける。しかし物言わぬ愛剣達は鈍く輝くだけで言葉も発さない。
「……当たり前か」
『相当退屈しているようだな、幼き主よ』
自嘲気味に呟くと、部屋に無機質な声が響く。しかしそれに驚くことなく、ルナはめんどくさそうに口を開いた。
「……ねえ、勝手に喋らないでって言わなかった? 『バルログ』」
ルナは声の主にそう返す。
声の主の名は『バルログ』、かつて魔界の大半を手中に収めた『混沌の覇王』の右腕にして、炎獄の主であった強大な悪魔である。
だが、『聖と魔の溶け合う島』にてルナの父と対決し敗北、その際に更なる力といつかの再戦を望み自ら悪魔の力を具現化した武器『魔具』となって父の手中に収まった。
そして父が姿を消してからはルナの保護者代わりとしてそばにいてくれる、見た目と雰囲気によらず意外と優しい悪魔である。
『オレも退屈しているのだ。察しろ』
「はいはい、そうでしたね」
『しかし、エヒトか。まさかまたその名前を聞くことになるとはな』
「知ってるの?」
バルログの言葉に興味を示すルナ。バルログがエヒトのことを知っているとは予想外だ。
『かつて魔界にいた頃にアルゴサクスから聞いた。『魔帝に手を出した異界の愚か者がいた』とな』
「うーわ、それはアホとしか言えないね」
バルログの言葉に小馬鹿にしたようにそうつぶやくルナ。
魔界の帝王に手を出そうとか、本物のバカか愚か者としか言いようがない。そうなるとエヒトはそのどちらか、もしくはその両方なのだろう。
『まあ暇潰しには打って付けだろう。エヒトと戦り合う時はオレやあの『犬っころ』を呼ぶがいい。思う存分暴れ回るとしよう』
そう言ったきりバルログの声が聞こえなくなる。勝手に喋って勝手に黙るとは、自由な悪魔だ。
ルナがため息を吐いて眠りにつこうとした時────
────コンコン────
『……ルナ、まだ起きてる?』
────扉をノックする音と共に少女の声が扉の向こうから聞こえてくる。
ルナはベッドから起き上がると、机の上に置いてあったエボニーを手に取り、ゆっくりと扉を開ける。
すると扉の向こうには雫と先ほど視線を送ってきていた少女二人の、計三人が立っていた。
「シズク? 一体どうしたの?」
「その…少し話がしたくて……邪魔だった、かしら……?」
申し訳なさそうに声が尻すぼみになっていく雫。後ろ二人も申し訳なさそうな表情になるのだから、何故かルナに罪悪感が湧き起こってくる。
ため息を一つ吐いたルナは三人を部屋の中に招き入れることにした。
「何も無いけど、入りたかったら勝手に入って」
ルナがそう言うと三人は言われた通り部屋の中に入ってくる。
そそて扉を閉じた途端、女子生徒二人が突然ルナに抱きついてきた。
「わっ!?」
二人の突然の行動に反応できず、驚いてしまうルナ。殺気が篭っていれば自然と身体が動いていただろうが、抱きついてきた二人には殺気どころか悪意の類すら抱いていない。そのためルナは反応することができなかったのだ。
突然のことにルナが固まっていると、二人の少女が小さな嗚咽を漏らしていることに気がつく。
「ようやく…ようやく会えた………!」
「よかった……本当によかった……!」
二人の少女は嗚咽を漏らしながら何度もそうつぶやく。
何故初めて会うはずの自分に対してそう言ってくるのかわからないが、いくらルナであってもここで突き離すほど血も涙も無い悪魔ではないので、しばらくの間そのままにさせておくことにした。雫も二人に対して何も言おうとしない。
しばらく嗚咽を漏らしていた二人だが、やがて落ち着いたのかルナから離れる。
それを見てルナは口を開いた。
「……それで、あなた達は一体誰ですか? 生憎ながら私には見覚えが無いのですけど」
「え、えっと、そうだよね。もうずっと前のことだもんね………」
ルナの言葉に黒髪の美少女の方が落ち込んだようにそう返してくるが、すぐに気を取り直して自己紹介してくる。
「私は『
「えっと、ボクは『
「白崎に中村ね。私はルナ、そう呼べばいい」
お互いに簡単な自己紹介を済ませる。そして本題に入るように白崎が口を開いた。
「……えっとね、実は私達前にルナさんに助けられたことがあるの」
「……ほんと?」
「うん。といっても、ボクも白崎さんも別々に助けられたんだけど」
ルナの疑問の声に中村がそう返してくる。
しかし、ルナには身に覚えがない。確かに人間に襲い掛かろうとした悪魔をぶちのめす上で結果的にその人間を助けたことになったのはいくらでもあるが、そんなものいちいち覚えていないのでルナには身に覚えがないのだ。
ルナが首を傾げていると、雫が助け舟を出してきた。
「ルナ、私も聞いただけなんだけど、香織はヤンキーに絡まれてるところを助けられて、中村さんは……その…
「あ? ……あー」
雫にそう言われ記憶を遡ってみると、確かにそんなことがあったような、無かったような気がする。
しかしどちらも雫と違って忘れていたのは、ルナにとって大したことではなかったということだろう。
「お礼を言いに来たっていうのなら、別に気にしなくていいよ。多分その時の私は虫の居所が悪かったんだと思うから」
「ううん、それでもお礼が言いたいの」
ルナはなんともないといった感じでそう言うが、白崎が首を横に振る。
「あの時…私、すごく怖くて……でもあなたが助けてくれた時、すごく嬉しかったの。でもあなたはすぐに何処かに行っちゃってお礼が言えなくて、それだけが気がかりで………」
「私も、あの時アイツらから助けてくれなかったら、今頃どうなってたかわからなかった。もしかしたらこの世界全てを憎んでたかもしれない。だからあの地獄から助けてくれたあなたは、ボクにとってのヒーローなの」
「「だから、助けてくれて本当にありがとう」」
そう言って二人が同時に頭を下げてお礼を言ってくる。
その光景にルナは口をパクパクさせて狼狽えていた。恨まれたり、憎まれたり等の負の感情を向けられることには慣れ切っているルナだが、こういった正の感情を向けられることには未だに慣れていない。なのでこの場合どうすればいいのかわからなかった。
「あ、えっと、本当に気にしなくていいから、だから、頭を上げて」
戸惑いながらも二人にそう声をかけるルナ。今はこう言うのがルナの限界であった。
しかし、二人の言葉を聞いていくうちに当時の記憶が蘇ってくる。
あれはどちらも小学生の頃だっただろうか。その時は確か雫が
その時にまだ同じ小学生だった白崎をヤンキー数人が取り囲んでいびっていたので、それを見て一瞬でキレたルナはヤンキー全員をボコボコにして病院送りにした。
そして極め付けだったのは、当時の自宅へ帰る途中一軒の家から少女の悲鳴が聞こえてきたので、反射的にその家の窓を蹴破って中に入ったら、柄の悪そうな男が少女に襲い掛かっており、
それを見たルナの溜まりに溜まっていた怒りがついに爆発し、その男の顔面を原型を止めないほど殴りまくり、気がつけば男を半殺しにしてしまっていた。
その後直感的にマズイと判断したルナは茫然自失としている少女をその魔の巣から連れ出し、自宅にて一時的に保護し、事態に気がついた母が
その時の少女達とまさかこうして再会するとは。運命とは随分と数奇なものである。
(でも、悪い気はしないんだよね)
そう思うルナ。嫌われ者であることは自覚しているが、こうして好意を向けられるのも存外に悪くない。常に気怠そうな無表情の顔も、僅かに綻んでいる。
「────さて、思い出話もいいけど、明日から訓練が始まる。だからそろそろ部屋に戻った方がいいよ」
「そうね、そうした方が良さそうね」
ルナの言葉に雫が同意し、未だに離れようとしない二人を促す。二人は渋々ながらもルナの側から離れる。
そして部屋から出ようとした時、雫が口を開いた。
「……ルナ、最後に聞かせて。どうして私達の前から何も言わずにいなくなっちゃったの?」
「………悪いけど、それは言えない」
雫の言葉にそう返すルナ。
これはルナだけの問題だ。ここよりも危険なことに三人を巻き込むわけにはいかない。
「……そう、わかったわ」
幸か不幸か、雫はそれ以上聞いてくることなく、二人と共に部屋から出ていく。
三人の姿が見えなくなったところでルナは安堵の息を吐く。そしてルナはベッドに横になると、そのまま眠りについたのだった。