ハジメが己の最弱ぶりを突きつけられ、謎の少女ルナから刀の錬成依頼を受けてから一週間が経った。
彼はあの日以来、自分に出来ることをやろうと決心し、錬成の精度を上げるための鍛錬をこなすだけでなく、実に様々なことに手を出した。
ある時はルナに教えを乞い、日本刀の構造や手入れの仕方、部位の名前を学んだ。
またある時はメルド団長に頭を下げ、ハイリヒ王国直属の筆頭錬成師『ウォルペン・スターク』の元へと赴いて多種多様な鉱石に触れながら、錬成の仕方や効率の良い魔力の流し方を学んだ。
さらには王立図書館にて”北大陸魔物大図鑑“などの分厚い本を開き、この世界の常識や知識を頭に叩き込んだ。いつか役に立つ時が来ると信じて。
それもこれも、全てルナのおかげである。
彼女が全て根回ししてくれたおかげで、ハジメは錬成師としての訓練に集中することができていたのだ。
そのおかげでハジメのステータスはゆっくりではあるが、確実に一歩ずつ進んでいた。
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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:2
天職:錬成師
筋力:15
体力:15
耐性:15
敏捷:15
魔力:25
魔耐:20
技能:錬成[+鉱物系鑑定][+鉱物融合][+鉱物分離][+精密錬成][+複製錬成][+遠隔錬成][+高速錬成][+錬成範囲拡大]・鑑定[+材質鑑定][+鉱物系鑑定][+鉱物系探査]・魔力効率化・言語理解
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このようにステータスは全体的に上がり、さらには数多くの派生技能を取得することができた。おかげで今では幅広く様々なものを錬成できるようになった。
(ウォルペンさんの説明もすごくわかりやすいし、何より実際の作業を間近で見られたからここまで来れたんだ)
しかし、それでもまだルナから依頼された日本刀を作れるには至っていない。それもこれも、ハジメの実力不足だ。
だからこそ、ハジメは努力する。自分を信頼して仕事を依頼してくれた彼女に応えるために。
「もっと、頑張らなきゃ」
そう言ってハジメが再び錬成の鍛錬を始めようとした時、背後から声をかけられた。
「もう、休憩もせずにまた鍛錬してるの? ぶっ倒れたら元も子もないわよ?」
「『優花』ちゃん………」
ハジメに声をかけてきたのは『
彼女は『投術師』という、投擲技術に特化した天職だ。そのためハジメが無茶をした時とかによく何処で仕入れたのか、白いチョークがハジメの眉間を捉える。おかげでハジメの額はそんじょそこらの人達のよりも固い。
「ほら、差し入れ持ってきたから休憩しなさい」
そう言って優花が色とりどりのサンドウィッチが入ったバスケットを差し出してくる。
それを見た途端、グゥと鳴るハジメの腹の虫。思い返せば朝食はパン一つとスープ一杯だけで、あとはずっと鍛錬ばっかりしていたので、腹の虫が鳴るのも無理はない。
「うん、ありがとう」
ハジメはお礼を言ってサンドウィッチを食べる。
うん、普通に美味しい。さすがは大衆食堂の娘だ。
ハジメが黙々と美味しそうにサンドウィッチを食べていると、いつの間にか隣に座っていた男子生徒がバスケットからサンドウィッチを一つ手に取った。
「おっ、美味そうなサンドウィッチじゃねぇか」
「こら『清水』! それはアンタのものじゃないわよ!」
優花が元々切長で鋭かった視線をさらに鋭くして怒るが、男子生徒はケラケラ笑ってるだけで気にも留めていない。
彼の名は『
彼もまたハジメと同じくマンガやゲームが好きなオタクだったが、それ故にハジメと同じく周囲から孤立し虐められていた。
しかし勇気を出してハジメに自分もオタクであることを打ち明けたら意気投合し、今ではハジメと志を共にしている。
そのおかげか、こうして園部とも友人になれたのだ。まあ毎回調子に乗ってはぶっ飛ばされているのだが。
ちなみに幸利はハジメと優花の恋の行方を生暖かく見守る恋のキューピッド役に徹している。
「……ハア、まあいいわ」
やがて諦めたようにため息を吐き、ハジメの隣に腰を下ろす優花。そして自らもサンドウィッチを口に運んだ。
しばらく三人で並んでサンドウィッチを食べていたが、不意に優花が口を開いた。
「……あの『ルナ』って子、なんていうか不思議な子だよね」
その言葉には負の感情が混ざっていない。純粋に不思議がっていた。
まあ彼女がそう思うのも無理はない。クラスメイトどころか同じ高校の生徒ではないのに天之河や雫とは知り合いであり、ハジメが周囲から目の敵にされているにもかかわらず、むしろその周囲を完膚なきまでに論破し、挙げ句の果てにはこうしてハジメが自分の力を磨くことに協力してくれている。赤の他人であるにもかかわらず。
すると幸利がサンドウィッチを頬張りながら口を開いた。
「ああ、それなんだがそのルナってやつ、八重樫と幼馴染みらしいぞ」
「そういえば白崎さんと中村さんも『彼女に助けられた』って言ってたっけ」
「何それ、初耳なんだけど」
優花がそう言ってくるが、ハジメと幸利も彼女達の会話がたまたま耳に入っただけなので半信半疑であった。しかしルナのあの反応を見る限り、それが真実であることは間違いない。
というより二大女神の二人から好意を向けられているにも関わらず堂々としていることがなんというか、素直にすごいと思えてしまう。
「………何者なんだろう、あの子」
ハジメはそうつぶやくが、その言葉に誰も返さない。
しばらく食事の手を止めて三人ともルナのことを考えていたのだが、結局答えなど出ることはなかった。
ただ一つ言えることは、彼女はハジメのことを信頼してくれている。周囲の声に惑わされず、自らの意志で接してくれている。
ならば、自分は持てうる力全てを使って彼女に応えるだけだ。そのためにはやはり錬成の腕を磨かなければ。
(絶対に、作ってみせる)
サンドウィッチを頬張ったハジメの瞳には、強い意志が宿っていた。
………
……
…
そんなルナはというと、現在訓練場となっている広場にて雫と恵里と対峙していた。三人ともその手には木製の剣が握られている。
ルナが暇そうにブラブラしていたら雫と恵里に「特訓を付けてほしい」と頼まれ、特に断る理由も無かったので引き受けたのだ。
その際に香織(「名前で呼んで」と迫られた)も参加したがっていたのだが、彼女の天職は『治癒師』というバリバリ後衛職であり、さらに木刀どころか竹刀も握ったことが無い完全未経験者だったので、『絶対に怪我じゃ済まないから』と断った。まあその際に何故か感激したかのような表情になったのだが。
閑話休題。
今から行う特訓は実戦形式だ。
言わせてもらっちゃ悪いが、他の生徒達が行なっている訓練ははっきり言って無意味だ。人を殺しに行くというのに授業のような感覚で訓練を行っても、その技術が身につくことはない。戦争にルールもヘッタクレも無いのだから。
その点、雫と恵里はそのことを理解していた。雫は剣術道場の娘として、恵里は闇に生きた剣士の養女として。
だからこそ彼女達はルナに特訓を申し入れた。生き残るための強さを得るために。
「いつでもどこからでもかかっておいで」
ルナは木製の剣を肩に担ぎながら二人に言う。対して二人は何も言わずにそれぞれ構える。雫は最も得意とする『八相の構え』、恵里はバージルが最も得意としていた居合の構えを取る。それに対しルナは木製の剣を肩に担いだままだ。
一瞬の静寂が走った後、最初に動いたのは雫だった。
雫は低く姿勢を構えると、こちらに向かって強く踏み込み間合いを一瞬で詰めてくる。そしてそのまま鋭い突きを放ってくるが、ルナは身体をわずかに横にずらすだけで雫の突きを避ける。
すると間髪入れずに今度は恵里がルナに接近し、居合の構えからルナに向かって鋭い一撃を放ってくる。その一撃をルナは避けるのではなく、木製の剣で恵里の木製の剣を弾く。それにより恵里が体勢を崩すが、恵里はすぐにルナとの間合いを空け離れる。そして左手をルナに向けると雷球を放ってきた。
「へえ」
それを見て感心の声を漏らすルナ。この程度の技、ルナにとってはできて当たり前の基本中の基本だ。それを技能に記載されているあの悪魔の力を借りているとはいえ難なく放つ恵里の腕は相当なものだ。まあルナには通用しないのだが。
ルナは木製の剣を軽く振るって放ってきた雷球をかき消す。しかしそれは陽動だったらしく、気がつけばルナの懐に雫が潜り込んでいた。ルナの懐に潜り込んだ雫はガラ空きとなっているルナの脇腹に向かって木製の剣を振るってくる。
間に合わないと判断したルナは避けるのではなく、木製の剣を逆手に持ち変えて雫の一撃を防ぐ。
「危ない危ない」
「何言ってるのよ、余裕で防いでるくせに」
ルナの言葉に雫が苦虫を噛み潰したような表情でそう返してくる雫。どうやら今の一撃で決めるつもりだったらしい。
しかしそう簡単に決められるほどルナは甘くない。何せルナと二人の実力は雲泥の差があるのだから。
「さあ、パーティーはまだ始まったばかり。もっと楽しみましょう?」
ルナはそう言って二人を挑発する。そして再び特訓を始める。
その光景を周囲は驚愕の表情で眺めていたが、その中には嫉妬の籠もった視線も混じっていた。
………
……
…
トータスに召喚されてから一週間が経過したある日。ハジメはかつてないほど集中していた。
この日、ハジメはついにルナからの依頼を果たそうとしていた。
ルナを介しての二人の要望は、中村からは刃長50cm弱の小太刀を、八重樫からは刃長75cm程度の太刀を依頼された。
ハジメが材料等を準備している中、ふとある日本刀が頭を過ぎる。
それはルナが日本刀の作成を依頼してきた時に見本として見せてくれた『閻魔刀』である。
ハジメは一度閻魔刀を複製してみようとしたのだが、尽く失敗してしまった。というのも訓練の際に新たに手に入れた技能【鑑定】を使っても、『エラー』しか出なかったのである。
ハジメ自身は自分が未熟であるが故にエラーしか出ないと考えていたが、実際はトータスどころかこの世の理から外れた存在であるため、いくら調べてもエラーしか出ないのである。まあその事実にハジメがたどり着くかどうかはわからないが。
そうこうしているうちに、準備は整った。あとは錬成するだけである。
(ウォルペンさんから教わった、錬成の確度を上げるのに一番手っ取り早い方法……それは『作りたい物の構造を頭の中にただひたすら叩き込むこと』と、『自分の力を信じること』! 前者はルナさんが自分の時間を削ってまで手伝ってくれたから大丈夫だ。あとは今までの鍛錬を信じ、結果を出せばいい……いくぞっ!!)
覚悟を決めると、右の手のひらを作業台に置かれた材料の上に翳し、左手で右腕を支えるように掴む。そして己が行使できる、唯一にしてたった一つの力持つ言葉を口にする。
「“錬成”ッ!」
その言葉と共にハジメの手のひらを発射口として淡い光となった魔力が材料を包み込む。
あとは己の力を信じ、頭の中にある設計図を形にするだけ。
「ハァァァァァァッ!!」
ただひたすらに集中し、ただひたすらに魔力を込めていく。
(結果を出せ! 自分がここまでやって来たことが決して無駄ではないと思うのなら、ここでそれを証明しろ! ここは到達点なんかじゃない、一種の通過点に過ぎないんだから!)
無能だと罵られていた自分を信じて依頼してくれた少女のこと、片手間でありながら自分のことを手伝ってくれた愛する彼女や唯一無二の親友のことを思い浮かべて、さらに魔力を込める。
そして次の瞬間、ハジメのいる作業場が淡い光で満ちた。余りの眩さに彼自身も思わず目を閉じてしまう。
やがて光が収まりハジメが次に目を開けると、作業台の上にあった物は……
二振りの刀と、二本の鞘であった。
「………!!」
ハジメは魔力切れにより震える手でその内の一振りを手に取る。
八重樫の要望通り、刃長75cm程度。
歪みなく、それでいて一切の曇り無い美しい輝き。
それでいて触れるもの全てを切り裂かんという鋭い斬れ味。
共に錬成した鞘にあてがえば、何の抵抗も無く滑るように中へと納まった。
そしてもう一振りも同じように鞘にあてがえば、先ほどと同じく中に納まる。
二振りの日本刀を作業台に静かに下ろし、震える己の手をまじまじと見つめてから握り拳を作って勢いよく天に向かって突き出すと、
「………やったーーーーーーーーー!!!!」
ハジメは雄叫びを上げた。
「やったやったやった!! 出来た!! 遂に出来たぞーーーーー!!」
嬉しさの余り、その場で小躍りしそうなほどに喜ぶハジメ。それもそうだ。何度も何度も失敗をと数多の研鑽を重ね、遂に今の自分の最高傑作ともいえるものを錬成できたのだ。喜ぶなという方が無理な話である。
「早くルナさんのところに持ってって!! それとウォルペンさんにも報告しないと!! やることは山積みだぞぅ!!」
初めての成功の喜びを噛み締めながら、ハジメはそれらを予め用意していた刀袋に仕舞い、両手で大切に抱え込む。そしてふらふらとした足取りながらもしっかりと前へ進み、遂に訓練場の隅に到着した。
太陽の光が眩しい。
日は既に高く昇っているようで、恐らく昼も近いのだろう。かなり長い時間錬成魔法を使っていたようだ。
あとはこれをルナに渡すだけだ。それで彼女の依頼を果たすことができる。
ハジメが今にも倒れそうな身体に鞭打ってさらに一歩踏み出そうとしたとき、足が
何が起きたのかわからず困惑しているハジメの前に、何者かが座り込む。さらに周りから下卑た笑い声も聞こえてきた。
「よぉ、南雲ぉ。勤勉な俺らが毎日毎日訓練に取り組んでる間よ、二週間もサボって何してたんだぁ?」
前に座り込んだのは檜山だった。転ばしたのは取り巻きのうちの誰かだろう。
「今更訓練しに来たのかぁ? ったくしょうがねぇ、なぁッ!!」
ハジメがあまり言うことを聞いてくれない腕を必死に地面について立ち上がろうとした瞬間、顎を衝撃が襲った。檜山に蹴り上げられたのだ。
「ぐぁっ……」
ハジメが力無く叫び声を上げながら尻餅をつく。
「おうおう、なんにもしてねぇから弱っちいなぁ?」
「ちょっ、檜山! いくら本当だからってそれは言い過ぎ! ギャハハハ!」
「ほんと、何で今更出て来たんだろうなぁ? 恥ずかしくねぇのぉ?」
「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから俺らで稽古つけてやんね?」
その言葉を聞いた瞬間、ハジメに悪寒が走る。
「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」
「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」
そう言ってニヤニヤと笑う四人組。
このままだと不味い。そう直感し逃げ出そうとするも、やはり足腰が震えて力が入らない。
「返事なしは肯定と見るぜぇ……じゃあ、先ずは一発目ェッ!」
「かはっ……!」
檜山が襟を掴んで無理矢理立たせると、ハジメの脇腹と鳩尾を強かに殴りつけ、最後に右脚で前に蹴り飛ばした。
「いいパスだぜ檜山ァ……オラよッ!!!」
何とか踏み止まるも、背後に回り込んでいた近藤に鞘が付けられたままのロングソードを背中に叩きつけられる。
ミシリ、と嫌な音を立てながら、堪らずうつ伏せに倒れ込むハジメ。
「ほら、なに寝てんだよ? 焦げるぞ~。ここに焼撃を望む───“火球”」
中野が火属性魔法〝火球〟を放つ。
避けようとするも魔力切れと背中の痛みにより動けなくなったハジメに火球が直撃してしまった。
「ぎゃああああっ?!」
あまりの熱さと激痛にゴロゴロと地面をのたうち回ってしまう。しかし四人組は虐める手を止めない。
「ここに風撃を望む───“風球”」
そこに斎藤の追撃がかかる。
倒れ込んだままでいるハジメの横っ腹目掛けて風の塊が直撃し、そのままごろごろと転がり壁にぶつかった。
魔力切れな上に四人組からの執拗な攻撃で与えられたダメージにより、ハジメの意識は薄れ始める。
それでも渡してはならないと日本刀を抱き寄せ、ギュッと目を瞑る。
そして四人組の悪意が満身創痍のハジメに襲い掛かろうとした時────
「────ねぇ、何やってんの?」
────空気が変わった。
重く、鋭く、苦しく、そして
意識を失う瞬間、ハジメの目に映ったのは悪魔も泣き出すような無表情のルナが立っていた。
………
……
…
それは全くの偶然であった。
雫と恵里の特訓に一区切りがついたルナは、様子を見に行こうとハジメの元へ向かっていた。
(はてさて、何処までできたかな?)
そんなことを思いながら歩いていると────
「ぎゃああああっ?!」
「!?」
────突然男子生徒の悲鳴が聞こえてきた。
それを聞いたルナはすぐに悲鳴が聞こえてきた方へ走り出す。
(今の声……南雲!)
嫌な予感がする。しかも今の悲鳴は只事ではない。
ルナが訓練場の一目のつかないところに入ると、目に映ったのは傷だらけになりながらも完成したであろう日本刀を守る南雲と、それを下卑た笑みを浮かべて見下ろす四人組がいた。
「ねぇ、何やってんの?」
ルナの口から今までに無いほど無感情の声が放たれる。それによりビクリと身体を震わせ、こちらを向く四人組。
ルナは無感情のまま四人組を通り過ぎ、南雲の元へ近づく。
「ル…ナ…さ………」
「大丈夫。今は休んでて」
ルナが優しく声をかけると安心したのか、南雲が気を失う。
「ちょっと! 何の騒ぎ……って南雲!?」
「おい、大丈夫か!?」
そこへ茶髪のセミロングの女子生徒とそばかすの男子生徒が南雲の元へ駆け寄ってくる。どうやら南雲の親友らしい。
「気を失ってるけど、怪我が酷い。すぐにカオリを呼んできて」
「わ、わかった!」
ルナの言葉にそばかすの男子生徒が頷き、香織を呼ぶためにその場から走り去る。茶髪のセミロングの女子生徒は今にも泣き出しそうな表情で南雲を抱きしめていた。
それを見たルナは立ち上がり、四人組の方を振り向く。その目には一切の感情が宿っておらず、左眼には溢れ出した魔力が青い炎となって灯っていた。
「もう一度聞く。何を、やってんの?」
「お、俺らは南雲に」
「訓練をしていたとでも? それは要らないはずだよ。彼は彼で出来ることをやっていた」
「ッ……」
「知らなかったとは言わせないよ。メルド団長から通達はあったはずだから」
その言葉にたじろぐ四人組。おそらく聞いていながら無視していたのだろう。
「……まあいいや」
ルナは右手を差し出し、閻魔刀を呼び出す。
「お前らが訓練つけてたってんなら、私もつけてやる」
「はっ……一人でやるつもりかよ? 行くぞお前ら。こっちは四人なんだ。いくらアイツが化け物でも数に利があるこっちに分があるはずだ」
「それもそうだな! ここに焼撃を望む───“火球”!」
「くたばれ! ここに風撃を望む───“風球”!」
そう言って二人が火球と風球を放ってくる。さらにもう一人が抜き身のロングソードを横構えにして迫ってきた。
いくら相手が雫と恵里を圧倒する化け物でも、四人の男子相手ではかなうはずもない。檜山達はそう思い油断していた。
それが大きな間違いであることに気がつかずに。
ルナは火球を消すことなく受け止める。それに驚愕する火球を放った男子生徒。それが命取りとなり、ルナが火球を男子生徒に向かって投げ飛ばす。その際に火球に自分の魔力を込めたため、見た目は同じでも威力は桁外れだ。当然そんなものを防ぐことなどできるはずもなく、火球は男子生徒の顔面に直撃し爆発する。
「ギャアアアアアアアア!?!?!?」
肉の焼け焦げる音と共に男子生徒が悲鳴を上げ、その場でのたうち回る。顔面には酷い火傷を負っていた。
しかしルナはその男子生徒を気にすることなく、火球の次に飛んできた風球を空いている左手を振り払って風球をかき消す。
「なあっ!?」
そのことに驚愕する風球を放った男子生徒。ルナはそいつに接近すると、鞘に納めたままの閻魔刀をガラ空きとなっている脇腹に向かって振るう。
鞘に納めている日本刀は立派な
閻魔刀を叩きつけた際にいくつかの肋骨が折れ、そのうちの一本が肺にでも刺さったのだろう、口から血を吐いて倒れる。
「クソォぉぉぉッ!」
瞬く間に二人を倒されたことに怒ったのだろう、三人目の男子生徒が我武者羅にロングソードを振るう。
だが素人が振るう剣など、雑魚悪魔にも劣る。ルナは軽々と避けて懐に潜り込むと、その股間を容赦無く蹴り上げる。ブチュッとナニかが潰れる音が聞こえてくると共に、口から泡を吹いて倒れる三人目の男子生徒。
残るはリーダー格であるゲス野郎だけだ。
「ひ、ひぃぃぃ!? な、なんなんだお前!? な、なんで、そんな………!?」
そのリーダー格であるゲス野郎はみっともなく悲鳴を漏らしながら腰を抜かしていた。
しかしそんなやつを見逃すほどルナは甘くなく、その脳天に向かって閻魔刀を振り下ろした。
「寝てろ」
「ぎゃっ………」
短い悲鳴と共に一瞬で意識を刈り取られる。
ルナによる一方的な蹂躙は呆気なく終わってしまった。
「こっちだ!!」
すると香織を呼びに行っていたそばかすの男子生徒が走って戻ってくる。その後ろには香織に加え雫と恵里、天之河にその腰巾着である『
「一体どうし……南雲君!?」
「カオリ、南雲の傷が酷い。悪いけど治してあげて」
「わ、わかった!」
ルナの言葉に香織が頷き、未だ気を失っている南雲と彼を抱きしめる女子生徒のそばに駆け寄り、治癒魔法を唱える。
「………それでルナ、何があったの?」
顔を顰めながらこの地獄絵図について尋ねてくる雫。それに対しルナは汚物でも見るような目で見下ろしながら口を開いた。
「このクソ野郎共が南雲に特訓と称してリンチしていた。だからぶちのめした」
ルナの言葉になるほど、と納得する雫と恵里。
一見すればルナが一方的に暴力を振るったように見えるだろうが、そばかすの男子生徒と茶髪のセミロングの女子生徒がその一部始終を目撃していたこと、南雲が気絶するほどの重傷を負っていることが裏付けとなっている。
しかし、そこに空気の読めない男が一人入ってくる。天之河だ。
「ふざけるな。こんな一方的に痛めつけておいて、そんな言い訳が通用すると思うのか。第一それが本当だとして、それは本当にリンチだったのか? ハジメは訓練も真面目にせず、図書館に入り浸っているそうじゃないか。それはいけない。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬にあてるよ。南雲も、もう少し真面目になった方がいい。もしかしたら檜山たちもそれを見かねてどうにかしようとしたのかもしれないんじゃないのか?」
余りのふざけた言葉に呆れを通り越して感心してしまう。
当然そんな言葉が理解を得られるわけもなく、恵里が天之河を睨みつけながら口を開いた。
「天之河君、それ本気で言ってるの? 南雲君は生産職で、後方支援が役目なんだよ? メルドさんもそう言ってたでしょ? それなのに戦闘を求めてるとかそれこそふざけてるんだけど」
「それでも、周囲は南雲はサボっているようにしか見えないだろう? だったら彼も俺達のように戦闘訓練に参加するべきだ」
「ちょっと! いい加減に────」
余りにも身勝手な言い分に雫が掴み掛かろうとした時、治癒魔法をかけてもらっていた南雲の意識が戻る。
「南雲さん、大丈夫?」
「あ…うん、僕は大丈夫……それよりも、ルナさんからの依頼、果たせたよ」
そう弱々しながらも瞳に強い光を宿した南雲が茶髪のセミロングの女子生徒に支えてもらいながら立ち上がり、ルナに二つの刀袋を渡してくる。
「……うん、確かに受け取った。ありがとう、報酬は後日渡すから、今は休んでて」
「うん」
そう返事して、支えてもらいながら自室へと戻っていく南雲。
「すみません、ルナさん。迷惑をかけてしまって……」
「気にしないで。それよりも君も南雲の側にいてあげて」
ルナがそう言うと、そばかすの男子生徒が頭を下げ、一瞬だけ天之河を睨みつけてから二人の後を追って走り去る。
三人の姿が見えなくなると、ルナは天之河に向き直った。
「さて、と。アンタは南雲がサボってるって言ってたっけ。これを見てもそう言えるの?」
そう言ってルナは刀袋から雫に渡される日本刀を取り出し、鞘から引き抜く。
その美しい刀身に天之河は目を見開き、雫達は見惚れていた。
「彼は其処に至るまで数多の研鑽を重ねた。自分が持ちうる全てを使って、彼は二人の武器を作った。それでもお前は彼の努力の結果を否定するのか?」
「ぅ……だが」
「光輝、さすがに俺でもわかるぞ。アイツはアイツなりに努力していた。それを否定するわけにはいかん。逆に檜山達の方が訓練をサボってた。それは皆も知っているぞ」
坂上の言葉に反論できないのか、押し黙る天之河。そんな天之河にため息を吐いてから、ルナの方を向いて頭を下げてきた。
「すまねえ、うちのバカ共が迷惑をかけた。こいつらは俺が責任を持ってメルド団長の元へ連れていく」
「……あなたはどうやらそいつと違って話がわかるみたいですね」
「さすがに他人の努力を見て否定するほど落ちぶれちゃいねえよ」
ルナの言葉にニカッと笑ってそう返してくる。見た目からして脳筋野郎と思っていたので、ルナの中で彼の印象は上方修正された。
「あ、おい龍太郎! 話はまだ……」
坂上は気絶している四人組を軽々と抱え上げ、メルド団長の元へと向かっていく。その後を天之河が慌てて追いかけていった。
二人の姿が見えなくなったところで、ルナは日本刀を鞘に納め、刀袋に仕舞う。そして雫と恵里に差し出した。
「彼はシズクとエリに応えた。今度は二人が応える番だよ」
「ええ、大切にするわ」
「もちろんだよ。これでボクは今度こそ護ってみせる」
それぞれ日本刀を受け取った雫と恵里は強い意志を込めてそう答える。彼の想いは間違いなく受け止められていた。
それを何処か羨ましそうに香織が見てきていたが、ルナはあえて見なかった振りをした。
その後、午後の訓練に戻った三人。
特筆すべきことといえば、日本刀を握った雫と恵里の本気と南雲が作った日本刀の斬れ味に団員だけでなくメルド団長までが驚愕していたこと、それでいて相変わらずルナが二人を圧倒し続けたことだろう。
そして今日の訓練の終了後、メルド団長からある事が生徒たちに伝えられた。
「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行くことになった。
必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都郊外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」