ありふれない魔剣士の少女は世界最凶   作:ユリゼン

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第五話 語らい

 【オルクス大迷宮】

 

 それは全百階層からなると言われている大迷宮である。トータスに存在する七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

 

 にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質な『魔石』を体内に抱えているからだ。

 

 魔石とは魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。

 

 要するに魔石を使う方が魔力の通りがよく効率的ということだ。

 その他にも日常生活用の魔法具などには魔石が原動力として使われる。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

 

 ちなみに良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。

 固有魔法とは、詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。魔物が油断ならない最大の理由だ。

 

 

 そんなわけで、ルナ達はメルド団長率いる騎士団員複数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】へと訪れていた。

 新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まるとのことらしい。

 

 

 「…………」

 

 そんなルナはトータスに来てから最高と言っていいほど不機嫌であった。その理由は単純明快、南雲にリンチを仕掛けたクソ野郎四人組がここにいることだ。

 メルドに問い詰めてみたところ、『勇者の仲間がそんなことをするはずがない』、『魔人族との戦争に勝つために貴重な戦力を削るわけにはいかない』と教会や王国が罰さなかったとのことらしい。

 

 さらに本来ここへ来るべきではない非戦闘職の南雲がここにいることも拍車にかけていた。メルド曰く、『上の命令で作戦の変更を認めることはできない』とのことだ。

 

 あまりにも身勝手な理由にルナはクソ野郎四人組だけでなく王国や教会も滅ぼそうと殴り込みに行こうとしたのだが、雫と香織と恵里の三人に説得され、渋々大人しくなった。

 ちなみに南雲には報酬として乱獲してきた大量の魔石を渡しておいた。あまりの量に南雲は卒倒しそうになったのはここだけの話である。

 

 

 そして現在、外灯の温かな光が優しく中庭を照らし出す中、木と木のぶつかり合う乾いた音が辺りに響いていた。

 ルナと雫と恵里の木製の剣がぶつかり合う音である。

 

 雫と恵里がルナに向かって木製の剣を振るうが、ルナはそれを簡単に受け止めたり弾いたりしていく。

 そんな光景がかれこれ数分は続いているが、息切れ一つせず汗もかかずに涼しい表情をしているルナに対し、雫は汗を絶え間なく流し、息も上がりつつあった。

 

 「ちょっとは、本気……ッ……出しなさいよっ!」

 「私はいつだって本気だよ。余裕はあるけど」

 「だったらもっと………っ!?」

 

 雫が最後まで言い切る前にルナは雫に向かって踏み込み、木製の剣を横薙ぎに振るう。

 突然の行動に雫は反応できず、木製の剣が手から離れカランと地面に転がる。

 

 「この程度の攻撃も防げないか。もう終わりにしようか」

 「ぜーッ……はーッ……まだ……まだよ……もう、一本……」

 

 既に息が切れているにも関わらず、もう一戦しようとする雫。

 そんな雫に恵里が声をかけた。

 

 「雫ちゃん、もうこれくらいにしよう。これ以上やると明日に響いちゃうから」

 「だいじょ…ぶ、よ……まだまだ、やれる……!」

 

 しかし雫は強がりを見せる。

 それを見かねたルナはため息を吐いてから口を開いた。

 

 「初めての遠征が不安なのはわかるけど、だからって無理をしていい理由にはならない」

 「……っ! わ、私は、不安なんか」

 「バレバレだからね?」

 

 雫の言葉を一刀両断するルナ。

 それもそうだろう。これから相手にするのは王国の郊外にいた雑魚とは比べ物にならず、下手をすれば命を落とす可能性だってある。

 さらに言えば雫は天之川に次ぐクラス内の主砲であるが故に、自らの不安が全体に伝播してしまえば、戦線が崩壊するかもしれない。故に常に気を張らねばならないこともあるだろう。

 

 「だからといって、心を殺してまでやらなければならないことじゃない。そうやって我慢してたら、いつかシズクの心が壊れる。そうなってからじゃ遅い」

 「う……うぅ……」

 

 図星だったのだろう、雫はよろよろと力なく近くのベンチに座り込むと、心の内を吐き出し始めた。

 

 「そうよ、私の心は不安でいっぱい……。正直逃げ出したい気分よ……。当然でしょう……? この前までなにかを殺したことなんか無かったのに…いくら殺意を持って向かってくる魔物だからって……私は、言われるがままに、この手で……うぅ……それなのに……今度は、迷宮に潜って、もっと強い魔物と戦う、だなんて……もう、やだ……う、うぅぅぅぅ……」

 

 ベンチに座ったまま、顔を覆って蹲る雫。

 そうなるのも仕方がない。彼女はルナと違って平和な世界で生きてきた。それがいきなり戦争に参加させられ、望んでもないのに魔物を殺させられ、さらにはいつ死んでもおかしくない場所に放り込まれるのだ。それがストレスになるのも頷ける。

 

 ルナは困ったように頭を掻いてから、意を決したかのように雫の前に立ち、雫の頭を優しく胸に抱き寄せた。

 

 「こういう時どうすればいいのか、私にはよくわからないけど……まあでも、今この場には私達以外誰もいないから、思う存分吐き出しちゃえばいいと思うから」

 「ひぅ、うぐ、うぅう……うぁあぁぁぁぁぁ……」

 

 ルナの不器用な優しさが届いたのか、雫がルナの胸に顔を埋めて泣き始める。そんな雫をルナは頭を撫で続け、恵里は優しく見守った。

 

 

………

……

 

 

 しばらく泣き続けたために落ち着いたのか、雫が恥ずかしそうに口を開いた。

 

 「………ごめんね、恥ずかしいところを見せちゃった」

 「ううん、大丈夫だよ。泣きたい時に泣けなきゃ、心が壊れちゃうから」

 

 雫の言葉に恵里が微笑みながらそう返す。

 彼女はかつて実の母親から虐げられ、血の繋がらない父親から純潔を奪われようとしていた。もしルナが彼女を助け出していなければ、今頃恵里の心は壊れきっていただろう。いや、ある意味もう壊れてしまっているのかもしれない。恵里はルナや義父であるバージル達一部の人物にしか心を開いていないのだから。

 

 (じゃあ、私は?)

 

 では、ルナの心はどうか?

 そんなのはわかりきっている。

 

 ルナの心はとうの昔に壊れている。あの日、()に母親を殺されてからルナの魂には憎悪の炎が灯っている。()を殺さない限り憎悪の炎が消えることは無いだろう。

 例え復讐を果たせたとしても、ルナが涙を流すことはない。ルナの涙はもう枯れてしまったのだから。

 

 「さあ、今日はもう遅い。部屋に戻って寝なきゃ明日に響く」

 「うん、そうだね」

 「また明日」

 

 そう言ってルナ達は割り当てられた部屋へと戻っていった。

 

 

………

……

 

 

 雫の最後の特訓を終え部屋に戻ってきたルナ。

 

 椅子に座って窓の外の風景を眺めていると────

 

 「ルナちゃん、起きてる? 白崎です。ちょっと、いいかな?」

 

 ────ノックと共に香織の声が聞こえてくる。

 ルナが椅子から立ち上がり扉を開けると、そこには純白のネグリジェに薄いカーディガンを羽織った姿の香織が立っていた。

 

 「カオリ? 何か用?」

 「ううん。その、少しルナちゃんと話したくて……やっぱり迷惑だったかな?」

 「いや、迷惑じゃないけど。ここで立ち話もアレだし、中に入ったら?」

 

 ルナはそう言って香織を部屋の中に招き入れる。

 

 「うん!」

 

 ルナの招き入れに嬉しそうな表情をする香織。刺激的な姿の上にこんな表情をされたら男子なら誤解して最悪襲いかかってしまうだろうが、残念ながらルナにはそんな気はないので間違っても事故が起こることはない。香織もそれを理解しているから抵抗することなく入ったのだろう。

 

 そんな香織は窓際に設置されているテーブルセットに座る。それを見たルナは流れるようにお茶の準備をする。といっても水差しにティーパックを淹れるだけのなんちゃって紅茶だが、まあ味に問題は無いだろう。

 

 ルナは自分と香織の分の紅茶を用意すると、香織の前に座る。

 

 「それで、何か用? まあ大方明日のことなんだろうけど」

 

 紅茶を一口飲んだルナは香織にそう言う。その言葉に香織は「うん」と頷き、先ほどまでの笑顔が嘘のように思い詰めた表情になる。

 

 「明日の迷宮だけど……ルナちゃんには町で待っていて欲しいの。教官達やクラスの皆は私が必ず説得する。だから! お願い!」

 

 突然そう言い放ってくる香織。突然の言葉にルナは首を傾げることしかできない。

 

 「それはアレ? 私は足手まといだからってこと?」

 「違うの! 足手まといだとかそういうことじゃないの! むしろルナちゃんがすごく強いことはよく知ってる!」

 

 ルナの言葉に香織があわてて弁明してくる。そうなるとますますわからない。

 足手まといというわけでもないのに、なぜそこまでしてルナを町で待たせようとするのか?

 すると香織が深呼吸してからポツリポツリと語り始めた。

 

 「………あのね、何だか、すごく嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど……夢を見て……ルナちゃんが真っ暗なところをずっと歩いていたんだけど、目の前に三つの赤い光の球が浮いてて、ルナちゃんはその三つの赤い光の球に向かって歩いていって、それで最後は………」

 「最後は?」

 「………消えてしまうの………」

 

 俯いたままそう言い放つ香織。それを聞いたルナも押し黙る。

 

 所詮は夢だ、と言いたいところなのだが、残念ながら全てが嘘とは言い切れない。何せ三つの赤い光の球というのは間違いなく()のことだ。香織の夢に出てきたということは、何らかの形で奴が関わっていることを意味しているのかもしれない。

 

 それを除いたとしても、メルド達がルナだけを町に残していくことを許すことなどしないだろう。非戦闘職の南雲までもがここに連れてこられているのが良い例だ。

 まあ仮に町に残ることが許されたとしても、ルナ自身は勝手に一人で行動するのだが。

 

 「その気持ちは嬉しいけど、残念ながらそのお願いは聞けないかな」

 「どうして……?」

 「理由なんて無いさ。ただ、カオリやシズクやエリが困ってるのにそれを見て見ぬふりできるほど私は器用な人間じゃない」

 

 ルナがそう言い放つと香織は目を丸くするが、少しすると小さく微笑む。

 

 「優しいね、ルナちゃんは」

 「優しくないよ。気に入らないやつはぶっ飛ばすし、クソ野郎が相手ならカオリのクラスメイトであっても私は躊躇わずに殺す」

 「……うん、そうだね。ルナちゃんはそういう人だもんね。だから私や雫ちゃんや恵里ちゃんを助けてくれた」

 

 ルナの言葉に香織が微笑みながらそう返してくる。

 今までの行動にルナは『誰かを助けよう』なんて思ったことはない。ただ相手が気に入らなかったからぶちのめした。その結果、香織や雫、恵里が救われることとなった。ただそれだけのことである。

 

 「……でも、やっぱり不安なの。『夢だ』ってわかってるのに、『本当のことだったら……』って思っちゃって………ルナちゃんがまたいなくなっちゃうのがすごく嫌で………」

 

 そう言っていくうちに泣きそうな表情になる香織。

 それを見たルナはため息を吐いてから口を開いた。

 

 「……だったら、そばにいればいい」

 「え………?」

 「不安だったら私のそばにいればいい。私がいなくなりそうになったら、腕を掴めばいい。そうすれば私を引き戻すことができる。それなら私は何処にも行かないでしょう?」

 

 その言葉に香織はぽかんとするが少しすると嬉しそうに顔を綻ばせ、

 

 「うん!」

 

 そう、頷いた。

 

 その後少し雑談した後、香織は大人しく自分の部屋へと戻っていった。

 再び一人となったルナは椅子に腰掛ける。

 

 「………どの口が言うんだか」

 

 自嘲気味にそうつぶやく。

 奴が関わっていると言うのなら、ルナは全てを放り出して奴の元へと向かうだろう。

 

 奴への復讐こそがルナの全てなのだから。

 

 「ほんと、めんどくさい女………」

 

 そうつぶやいたルナは静かに瞳を閉じて眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、香織がルナの部屋を出て自室に戻っていくその背中を無言で見つめる者がいたことを誰も知らない。

 

 その者の表情が()()()()()()()()()()知る者はいない。

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