ありふれない魔剣士の少女は世界最凶   作:ユリゼン

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第八話 お粗末な悪意と忍び寄る影

響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。轟音と共に崩れ落ちてゆく石橋。

 

 そして──── 瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆくルナと雫。

 

 その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできない香織は自分に絶望する。

 

 

 香織の頭の中には、昨夜の光景が繰り返し流れていた。

 

 月明かりの射す部屋の中で、ルナの入れたお世辞にも美味しいとは言えない紅茶モドキを飲みながら二人きりで話をした。再会してからあそこまでじっくり話をしたのは初めてだ。

 

 夢見が悪く不安に駆られて、いきなり訪ねた香織に随分と驚いていたルナ。それでも真剣に話を聞いてくれて、彼女なりの優しさに触れることができた。

 

 浮かれた気分で部屋に戻ったあと、今更のように自分が随分と大胆な格好をしていたことに気がつき、羞恥に身悶えると同時に、特に反応していなかったルナを思い出して自分には魅力がないのかと落ち込んだりした。一人百面相する香織だったが、同室の雫が微笑ましく見ていたのも黒歴史だろう。

 

 

 しかし一番重要なことは、あの夜に香織がルナと約束をしたことだ。

 “ルナを守る”という約束。ルナが香織の不安を和らげるために提案してくれた香織のための約束だ。奈落の底へ消えたルナを見つめながら、その時の記憶が何度も何度も脳裏を巡る。

 

 どこか遠くで聞こえていた悲鳴が実は自分のものだと気がついた香織は、気がつけば自らも奈落へと飛び降りようとしていた。

 

 「いや……いやっ! やだぁっ! 行っちゃやだぁ! ルナちゃん、私、私! ルナちゃんを守るって約束したのにぃ!」

 

 二人を助けに行こうと奈落へと飛び降りようとするが、天之河と坂上の二人によって抑えられる。

 

 「放してっ! 放してよ光輝くん! 私、助けに、助けに行かないと……! だからぁっ!」

 「よせ白崎! お前まで行っちまったら本末転倒だろ!」

 「駄目だ香織! 君を放すわけにはいかない! 君まで死んでしまう! ルナはもう無理だ! 落ち着くんだ!」

 「無理って何!? ルナちゃんは死んでない! 雫ちゃんだっていた! 今ならまだ! まだぁ!」

 「くぅぅっ……頼む香織! 君の気持ちも痛いほど分かる! だが駄目だ! 行かせるわけにはいかない!」

 

 そう言って落ち着かせようとするが、さらに取り乱す香織。

 その華奢な身体からは想像もできない力で二人を引き剥がそうとし、今なお奈落へと飛び降りようとする。それでも二人は懸命に香織を抑えていた。

 

 

 その三人の離れたところでは恵理が無表情でありながら、憎悪を宿した瞳で檜山を睨みつけていた。

 

 

 やがてメルド団長がやって来て暴れ続ける香織の首筋に手刀を落として気絶させると、冷徹に指示を出す。

 

 「……トラウムソルジャーとベヒモスが居なくなった今しかチャンスはない。もう一人たりとて失わない為にも、地上まで速やかに脱出する。香織は龍太郎が背負え。休憩はなしだ。反対意見は受け付けん。……行くぞ」

 「……光輝、これ以上ここにいても被害が増えるだけだ。今はここから脱出して、また二人を探しにこればいい。………それに皆お前が必要なんだ」

 「………ああ、そうだな。皆! 今は、生き残ることだけを考えるんだ! 撤退するぞ!」

 

 いつになく冷静な坂上の言葉に天之河がそう返し、皆を鼓舞する。それによりクラスメイト達はノロノロと、力なく動き出した。

 トラウムソルジャーの数は少ないものの、魔法陣は未だ健在の上、今も召喚を続けている。数が少ない今しかチャンスはないのだ。

 

 そうして三十階層以上を登り続け、メルド団長が偶然発見した経路の大幅な短縮が見込める魔法陣を起動して二十階層に辿り着き、そこから更に登り続けて正面門から出られたのは日が傾き始めた頃であった。

 

 疲れと仲間を失ったことへの喪失感から力なく広場に横たわる生徒が多い中、メルド団長が二十階層で発見した転移トラップと死亡者の報告をするべく受付に向かったタイミングで今まで沈黙していた恵理が動き出した。

 

 全身から紫電と青い魔力を撒き散らしながら

人混みを抜けて歩き続け、檜山の前で立ち止まる。そして徐に小太刀を抜くと、その鋒を喉元に突きつけた。

 周囲から悲鳴が上がったが、恵理は気にも留めない。

 

 「……ぇ? は? な、なに……」

 

 恵理から明確な殺意と異様な気配を感じ、冷や汗を流しながら反射的に手をあげる檜山。

 

 「え、恵理!? 急にどうしたの!?」

 

 恵理の数少ない友人である『谷口 鈴』が動揺したような声を上げるが、恵理は何も答えない。

 

 「な、なんだよ……中村。俺がお前に何かしたかよ……?」

 「何かしたか、だって……? よくも、よくもそんな口が利けたものだね……」

 

 そして恵理は憤怒と憎悪の籠った声で言い放った。

 

 

 「ルナちゃんにわざと魔法を当てて奈落に突き落としたくせに!!」

 

 

 恵理の告発にざわざわと騒ぎ出す生徒たち。

 当の本人である檜山は一瞬ギョッとするも、すぐに反論してきた。

 

 「んなっ……馬鹿言うんじゃねぇよ! あの魔法は俺じゃねえし、あれはそもそも魔法の制御ミスによる不慮の事故だ! そうだろう?!」

 「馬鹿言うなはこっちの台詞だッ! あの魔法は俺じゃない? 生憎だけど、後ろからお前が風属性から火属性の魔法に態々詠唱を変えて、それもご丁寧に並行詠唱までしてたところをボクは見てたよ! 『魔法の制御ミス』だって?! 不真面目なお前は座学に参加してなかったから知らないだろうけど、トータスの魔法は詠唱者が目標を変えない限り、標的から逸れることはまず無い!! これは他の人も知っているはずだ!!」

 「う……ぐ……」

 

 恵理の言葉に何も言い返せない檜山。

 それを見た恵理の気配がこの瞬間、人ならざるものへと変わった。

 

 

 「『グリフォン』」

 

 

 一言だけそう言った瞬間、紫電が弾けたかと思うと恵理の側に青い猛禽類のようなものが現れた。

 

 『ハッハー! 随分とご立腹じゃねえかエリちゃんよ! 愛しの姫騎士サマをこんなクソ野郎に殺されたのが憎くて憎くてたまらないって感じだナ!』

 

 青い猛禽類のようなものは花弁のような嘴を開いたかと思うと、場違いなまでに面白おかしく囃し立てる。

 異様なまでに巨大な鳥が人の言葉を話している光景にクラスメイト達が驚愕する。

 

 それもそうだろう。この鳥はこの世界の理から外れた存在。古の時代より人間を誑かし、堕落させ、そして闇へと堕としてきた存在、悪魔なのだから。

 

 その鳥魔の名は『グリフォン』。かつて魔界の帝王の忠臣にして、人間の片割れとなった青き剣士に連れ添った悪夢、そして恵理が契約している悪魔の一体だ。

 

 「うん、そうだよ。ボクはコイツが憎くて憎くて、殺したいくらいたまらない。それもただ殺すだけじゃダメだ。苦しんで苦しんで、苦しみ抜いても楽に死ねないように殺したい」

 

 恵理がそう言い放つと、グリフォンが再び嗤った。

 

 『イイネェ! このクソ野郎の死に様にピッタリだ!』

 

 そう言ってグリフォンは呆然と立ちすくむ檜山の前で羽ばたきながら、その花弁のような嘴を歪めた。

 

 『というわけでボウズ、悪いとは思っちゃおらんがオレ達のご主人様のために死んでくれや。モチロン、楽に殺したりはしねえよ』

 

 グリフォンがそう言った瞬間、恵理が檜山の右肩を尋常ではない力で押さえつけて強制的に膝を地に突けさせ、逆手に持った刀を檜山の左太腿に突き立てた。

 

 「ぎゃああああああ!? 痛ッ、痛い痛い痛いぃぃぃぃ!?」

 「何言ってるの。まだこんなもんじゃないよ」

 

 恵理がそう言った瞬間、恵理が持っている小太刀を介してグリフォンの紫電が檜山に流れ込む。

 

 「ぎゃあああああああああ!?!?!?!?!?」」

 

 激しい紫電と肉が焼け焦げるような臭い、そして檜山の断末魔の叫びにようやく正気に戻ったのか、天之河と坂上が恵理を止めにかかる。

 坂上が恵理の右腕を掴んで檜山の太腿から小太刀を抜き羽交い締めにし、その隙に天之河が瀕死となっている檜山を肩に乗せながら支え立たせる。

 それを見た恵理はさらに激昂する。

 

 「なんで!? なんで止めるの!? あいつが悪いんだよ!? あいつさえいなければボク達は下層に行かなかったし、ルナちゃんも雫ちゃんも奈落に落ちることなんて無かった!! 全部、全部あいつが悪いんだからぁ!!!」

 「うおおっ!?!?」

 

 香織以上の常人ならざる力に坂上は圧倒されそうになるも、それでもなんとか抑え込む。

 

 「……っ。ああ、わかる。その気持ちはわかるさ、中村。だが、お前までもがあの二人を諦めちまったら駄目だろう! 何より、お前に託されたその刀をあんなやつを殺すために使っちまったら、ルナや南雲の想いを裏切っちまうことになるだろ!!」

 「ッ!!……うう……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ああああああああ!」

 

 坂上の言葉に恵理は力無くて疼くまり、泣き叫ぶ。その姿に誰もが言葉をかけることができない。

 やがて騒ぎを聞きつけたメルド団長が駆けつけ、事の顛末を天之河、坂上、そして周囲の人物達から聞くと、ため息を吐いて檜山を医療施設へと運んでいった。

 

 

 この場に檜山を心配する者は、天之河と彼の取り巻き以外には誰もいなかった。

 

 

………

……

 

 

 オルクス大迷宮から這々の体で帰還してきてから数日、ホルアドにある街の医療施設では全身に包帯を巻かれた檜山がベッドに寝かされていた。

 痛々しい姿ではあるが今回の騒ぎの元凶である檜山を心配して見舞に来るのは天之河と取り巻きしかおらず、彼がいかに信用されていないのかが浮き彫りになっている。

 しかし檜山は特にそれを気にした様子もなく、布団を深く被ってブツブツと呟いていた。

 

 「やってやった……やってやったぞ……! これで邪魔者が消えた……! あいつが悪ぃんだ……! 白崎を泣かせるから! 俺は間違ってない……! これは白崎のためなんだ……ッ……ぐぅ、痛ぇ……! あのクソ女ぁ……足刺しやがって……! だがこれからどうする……? どうやってあの中に戻るか……そうだ、あのバカ勇者を使ってやろう……! あのバカなら情に訴えりゃあ直ぐにこっち側についてくれるだろ! そうなりゃ勝ったも同然……ヒヒ……!」

 「ふむ、見舞にと思ったのだが、この調子ならすぐに復帰できるものか」

 「ッ!? だ、誰だ!?」

 

 突然病室に聞き覚えのない声が響いたことに檜山はバッと起き上がる。その際に激痛が走るが、そんなことを気にしている余裕など無い。

 

 声のした方を向くと、そこには黒い衣服に身を包み、顔に気味の悪い刺青のようなものを入れたオッドアイの男性が聖書のようなものを片手に立っていた。

 

 「なに、私はしがないただの宣教師だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 「!? ……オ、オイ、あんた、今……」

 

 宣教師を名乗る謎の男の言葉に檜山の表情が凍りつく。

 この男は今何と言った? 『仲間を殺した勇者一行の裏切り者』と言ったのか? 何故この男がそのことを知っているんだ?

 

 「事実なのだろう? 己が欲望のために他人を害し、更には他者の罪を擦りつけるために適性の無い魔法を唱え恰も無関係を装う。早々出来るものではない。ましてや、平穏な世界からやってきた一学徒がな」

 「なんで知って……あ、あんたまさか、あの時騎士団員の中に?!」

 「先ほども言っただろう。私はしがないただの宣教師だと。私のようなものが迷宮に行けば、魔物の餌になるだけというもの。私はただ見ていてだけだよ」

 

 謎の男がそう言った瞬間、肩の上に目玉に無数の触手が生えた小さな魔物が姿を現した。

 

 「これには『認識阻害』の魔法がかけられていてね、偵察や潜入にはうってつけなのだよ。これが見たものは全て記録され、余すことなく私に伝えられるのだ。………もっとも、これは()()()からの賜り物の一つに過ぎないのだがね」

 「何なんだ……あんた一体何なんだよ?! 救国の使徒である俺を脅す気か?!」

 「正にその通りだ。君の命運は今や私の手中にある。この記録を王室や騎士団に伝えてしまえば、いくらあの勇者が庇ったところで、君は明日にでも豚箱行きだろうな」

 「ひっ……!?」

 「もっとも、私はこれを口外するつもりはない。ただし……私に協力すれば、の話だが」

 「な、何をさせる気だ……?」

 「何、難しいことをさせるつもりはない。私の言う通りに動いてくれればいいだけの話だ。迷宮内での調査を行なったり、素材を取ってきてもらったり、少しだけその身体を使わせてもらったり、その他諸々だな。その見返りに、君に最強の肉体を差し上げよう」

 

 謎の男からの提案に檜山はゴクリと生唾を呑み込む。

 悪くない、実に悪くない話だ。その話が本当ならば、もしかしたらあのクソ勇者をも超えることが出来るかもしれない。

 その心中を感じ取ったのか、謎の男が切り札を切った。

 

 「………ふむ、ならば成果が実った暁には()()()()()()()()()()()()()

 「なにっ!? 本当か!?」

 「本当だとも。白崎香織だけではない。君が望む女性を全て君に差し上げよう」

 

 その悪魔の甘言に、ついに檜山の心は傾いた。

 

 「……よし、のった。のったぞ! あんたに忠誠を誓おう!」

 「そうか。ではこれからよろしく頼むぞ」

 「で、あんたの名前は何て言うんだ?」

 「ああ、自己紹介がまだだったな。私の名は……『アーカム』」

 

 檜山の言葉に、かつて伝説の魔剣士の力を欲し、自ら悪魔へと身を堕とした愚か者(悪魔)がほくそ笑む。

 

 「では、早速協力してもらおう。何せ私達だけでは人手不足だからな。何処からか協力出来るものを見繕って頂きたい」

 「それなら俺の取り巻きがいる。この報酬をチラつかせれば喜んで食いつくだろうさ」

 

 こうして真夜中の密会が終わり、檜山は再び一人となる。

 

 

 檜山の脳裏には、いくら忘れたくても、否定したくても、絶対に消えない光景が張り付いている。

 それはあの女が奈落へと落ちていった時の香織の姿。

 どんな言葉よりも有り有りと、彼女の気持ちを物語っていた。

 今は疲れ果てて泥のように眠っているクラスメイト達も、落ち着けばあの女の死を実感し、香織の気持ちを悟ることだろう。

 

 香織はあの女に()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、憔悴する香織を見て、その原因に意識を向けるだろう。

 不注意な行動で自分達を危険に晒した檜山のことを。

 

 ここから先は上手く立ち回らなければ、自分の居場所を確保することが出来なくなる。何せ予想外に八重樫も共に奈落へと落ちていったのだ。それ故に檜山への不信感を募らせているものは少なくない。

 

 

 自分はもう一線を越えてしまったのだ。今更立ち止まることなどできはしない。

 『アーカム』と名乗ったあの男に従えば、香織を自分のモノにできるのだから。

 

 「ああ、やってやる。やってやるぞ。香織は俺のモンだ……!」

 

 再び布団を深く被ってブツブツと呟き出す檜山。

 今度は、誰の邪魔も入ることはなかった。

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