マリアがアンジェから相談を受けたその日の晩。メイフェア校で匿われていた亡命希望者であるエリックは窓の外に立つと、手に持った鳩を手放していた。そしてその様子を遠くからアンジェ達は見ているとその飛んで行った鳩を追いかけ始めていた。
数十分後。
コントロールの拠点で、電信員がLに翻訳された暗号文を渡す。
「…メイフェア校に保護した男が尻尾を出した。これより作戦はプランBに移行する」
メイフェア校の地下通路。車を止めた車庫に向かう道で、片手に鞄を持った男。エリックがアンジェに聞く。
「なあ、アンジェ。こんな時間にどこへ行くんだ?」
しかし、彼女は答える事なく。車庫の扉を開けると、そこには二台の車両が並んでおり。アンジェ、ドロシー、ベアトリス、ちせが待っていた。プリンセスとマリアはここでお留守番を命じられていた。
「予定変更よ。今から出発するわ」
「そんな!急すぎる!!エイミーはどうするんだ?!」
そう問うエリックにアンジェは涼しい顔で答える。
「心配いらないわ。早く乗って」
その声にエリックは内心冷や汗を掻きながらも、車に乗った。
出発した二台の車はそのまま学校の裏門から出て高架橋を渡ってロンドン市内に入って行く。その様子を眺めるプリンセスは何処か悲しげなな表情を浮かべていた。
その頃、エイミーの入院する病院を監視する車が一台あった。
「第二班より本部へ。状況に変化なし」
その車内で王国側の諜報員が電話機を片手に連絡を入れる。そう、エリックは鼻から共和国に亡命する気なんてなかった。彼がバックに付けていた本当の相手は共和国ではなく、王国。それもノルマンディー公だったのだ。彼らの目的は共和国への亡命ルートの解明であった。任務をこなせば褒賞を与えると言って。
「了解、現状を維持せよ」
「現れるでしょうか?」
すると指揮官の男がのニヤリと笑って答える。
「エリックには妹と共に行動しなければ亡命を拒むよう言ってある」
しかし、ノルマンディー公の方はエリックのアフターケアなんぞ考えておらず、研究所を追い出された後の事は知らなかった。
「くそっ、ニンジャめ……」
そう言い、片手に包帯を巻かれた……数日前エリックを追跡してちせに腕を折られた男がそう呟く。
「下っ端は殺して構わんが、一人は生かせ。ノルマンディー公の命令は亡命ルートの解明だ」
高架橋を渡るアンジェ達の車の内、ドロシー達を乗せた車が別の橋に移動する。
「エイミーを迎えに行ったのか?」
「いいえ。彼女は来ないわ」
エリックの問いにアンジェは端的に答えた。その事に、彼は驚く。
「っ!?騙したのか!?」
「それはお互い様でしょ」
そう言い、アンジェは片手にとある物を取り出す。それは、先ほどエリックが飛ばした鳩に取り付けられていた手紙を入れる容器であった。
「っ!?」
「あなたがエイミーを治す時に選んだ本当の相手は。ノルマンディー公、亡命は私たちを誘い出すための芝居だったのね」
アンジェの追求を聞き、エリックはゆっくりと蓋の空いた鞄の中に手をやっていた。
電話の呼び鈴が鳴り、一人が出る。
「はい、こちら本部……っ!?」
電話を聞いた諜報員は驚いた声を上げた。
「対象が消えました!増援を要請しています!」
「何だとっ!?」
すると、指揮官は強引に電話を取ると問いただした。
「どう言う事だ!?」
『え!?その…目を離した隙に……』
「馬鹿者がっ!!」
すると指揮官の行動は早かった。
「監視役を残して捜索に向かえ!!」
そう言い、本部から一斉に諜報員達が出ていき。曲がり角に移動した瞬間、その気配に銃を向けたが……
「撃つなぁっ!!……ひっ!?」
首筋に刀を当てられた男が悲鳴をあげ、それを盾にするようにちせが聞く。
「キンブルの部下だな?……お前らの主人に用がある。お目通し願おう……」
その問いに帰って来たのは鉛玉であった。
同じ事、コントロールの本部に軍人が乗り込んできた。
「一体何事だ!?」
その疑問にLが答え、7が変更内容を伝える。
「Aの報告を受けて作戦は変更されました」
「待ち伏せするノルマンディー公の部隊を強襲します」
それで全てを察した大佐は鼻を鳴らした。
「ふっ、公爵の猟犬もこれまでと言うわけか……」
そう言うと笑い声が響いていていた。
「なぜ最初から、妹と亡命する何で言わなかったのか。ずっと気になっていたの」
移動中、アンジェはエリックを追求する用に話す。
「でもエイミーを見て分かったの。彼女の足、あバレエ足だった。かなり練習を積んでいなきゃ、ああはならない出会った時、落とした鞄の中に入っていたのは、王立バレエ団の合格通知だったのね。それで線は繋がった。
あなたは妹を亡命させる気がないんだって……」
銃撃が続くロンドン一角のアパートの中、不意に転がった手榴弾のような物に一瞬目を奪われた。その瞬間、その中から閃光が走り。一時的な目眩しを受け、その隙にちせが接近して刀を振り回し。一気に四人を制圧する。
「ん?」
その異変に、キンブルは部下の一人を立たせて外の様子を見に行かせた。そして、扉を開けた瞬間。目の前に刀があり、思わず後ろに引いてしまう。
「貴様!?どうやって此処に……っ!?」
キンブルが銃を取り出そうとした瞬間、こめかみに銃口が当てられた。
「キンブル公安部長だな?」
そう言い、キンブルの拳銃を回収したドロシーが言う。
「ウチのボスが、あんたに聞きたいことがあるってさ」
そう言うとドロシーは受話器を持って言った。
「こっちは終わったぞ」
『分かりました』
帰って来た声にキンブルは困惑した。その声は先ほど会話をしていた部下の声だったからだ。
「ご苦労様です」
同じ頃、病院前の監視役の車の中で監視役を制圧したベアトリスは、声帯をいじって男の声に似せたまま通話を行っている事に気づき、元に戻した後にドロシーに言う。
「じゃあ、こっちも撤収しますね」
そう言うと、ベアトリスは電話を置いてそそくさ逃げて行った。
「ここが終点よ」
「っ!!」
車がロンドン郊外の公園に停車した途端。エリクは車から飛び降りて隠し持っていた銃を向けた。その手は震えていて、照準がまるきり収まっていなかった。
「弾は抜いてあるわ」
そう言い、アンジェは握っていた弾薬を見せ、エリックはそこで弾倉に弾が入っていない事に気づいた。そして車を降りて面と向かってアンジェに言われる。
「あなたはスパイに向いてない」
「は…ははは……」
もはや疲れ切った笑い声しか出ない。此処までの事をしておいて共和国が生かすはずがなかった。
「これで僕は共和国にも亡命することも、研究所に戻る事も出来ない」
無気力に拳銃をおろし、エリックは語る。
「あなたの妹も、一生あのまま」
アンジェは冷たく言うと、彼に一枚の紙を向ける。
「黒蜥蜴星では、殺す相手にはサインを貰う事になっているの」
その内容を見て、エリックは納得し、確信する。それは生命保険に必要な書類で、エリックの名を書く欄のみ空白だった。
恐らくはこの少女が施した優しさ。此処にサインをすれば、妹の治療費ができる。持っていた物を全て落とし、エリックはアンジェから紙を受け取る。
「流石は家族を殺された経験者だな」
「あれは貴方を油断させるための嘘」
そう言い、紙を受け取ったエリックは同時にペンも受け取り、名前を書きながらアンジェに聞く。
「じゃあ、君のオムレツが美味しかったのも……」
「嘘、買って来たの」
「星が、綺麗だったのも……」
「きっと嘘ね」
そう言い、エリックの後ろに回り始めたアンジェは答える。
「殺すのか?僕を」
そして、アンジェはエリックが落とした拳銃を手に持ちながら答える。
「いいえ」ダンッ!!
その瞬間、その拳銃をエリックに向けて発砲する。その一発目は肺に当たり、エリックはそのまま車に倒れる。
「いいえ」ダンッ!!
「いいえ」ダンッ!!
「いいえ」ダンッ!!
リボルバーを打ち切り、エリックの死亡は見るまでもない。アンジェはそこで、エリックの遺体を運ぼうとした時……。
ブオッ!!
公園に一瞬強い風が吹いた。その瞬間、アンジェは仰天する。
「っ!?」
そこにはまさに亡霊とも評すべきか、ペストの医師の仮面を被った男とも女とも取れぬ。身長は二メートル近くはありそうな不審な人物が現れた。
そしてその人物はエリックを隠すようにアンジェとの間の入る。
「ちっ」ダンダンッ!!
咄嗟にアンジェは自前の拳銃を取り出して発砲するが……。
「なっ!?」
確実に当たったと思われた弾丸は虚空に消えており、マントに風穴が空いただけで終わった。すると、その人物はアンジェにお返しと言わんばかりに持っていたのだろう拳銃をマントの中から発射し、アンジェは飛び退いた。
「……」
そして、距離が取れたのを確認したのか。その人物は
「っ!!」
逃すまいとアンジェもCボールを起動しようとしたが……。
ダダダダダダンッ!!
どこからともなく飛んで来た無数の銃撃に、アンジュは木陰に隠れざるを得なかった。飛んで来た方を眺めると、公園の端の柵の上にもう一つの影が君の悪いくらい綺麗にバランスを取って、片手に軽機関銃を構えていた。
「逃げられた……っ!!」
そう言い、人物……『願いの女神』の消えた方を見ながらアンジェは銃を構えるが。既にそこにエリックや願いの女神の姿はなかった。
よく見るとそこには置き手紙がされ、一言。
『悪い様にはしない』
と残されていた。
「っ!?」
目が覚めた時、エリックは不思議な光景を目にする。白い壁に、白い床、白いベットも置かれ。全てにおいて白い景色があった。
「此処は……」
思わずエリックは見回すと、横で寝ていたその姿を見て驚く。
「エイミー!?」
そこにはグッスリと寝ている様子の妹が横たわっていた。どう言う事だと困惑していると、部屋に置かれた鏡を見て困惑する。
「えっ……?」
鏡の前には自分は違う姿をした誰かがいた。手を動かして顔を触ると鏡の相手も動いた。
「ぼ、僕なのか……?」
混乱しているエリックの背後に突如誰かが現れた。
「っ!?」
「おっと、動くな」
恐らくは病院着を着ているエリックに銃口が当てられ、エリックは混乱しながらその人物に聞く。
「此処は一体…僕は、死んだはずじゃあ……」
すると、その声的に男性と思われるその人物は答える。
「……ああ、確かに貴様は
「じゃあ、なんで僕は此処に……?まさか……」
此処は死後の世界かと思うと、今度は別の人物が現れて答える。
「それは違うね。此処は死後の世界じゃない」
そう言い、鏡に映るように現れたその姿に思わず息を呑む。
その女性と思わしき声はペストの医師の仮面に全身黒い布で覆われた如何にも怪しい姿をしていたからだ。するとその少女はエリックに言う。
「私が貴方を
「っ!?」
その瞬間、エリックは驚く。よく研究所で聞いていた噂だ。死者を甦らせることのできる医者と言われている……願いの女神。まさか、こんな姿だったとは……。
すると、願いの女神はエリックに聞く。
「君は非常に優秀な研究をしていたようだね……。エリック・アンダーソン、どうかね?君の研究成果全てを私に提供する代わりに、今目の前にいる妹のケイバーライト障害を治すと言うのは?」
「っ!?そんなことが……」
出来るかもしれない。だって視界に映るこの女性は人をこんな風に蘇らせることすらできるのだから……。
「その代わり、君はその顔のまま一生を過ごす事になる。そして君の研究成果は私が戴く。……どうかね?」
「それは……」
答えはそんなの、答えは決まっている。
「なるべく死体処理をしたく無いからいい返事を期待するよ」