これは、ちせが留学生としてメイフェア校に来た時の事。
メイフェア校の保健室で仕事をしていたマリアは常駐の医者としてこの日は仕事をしていると、保健室に来客があった。
「マリア様」
「ん?おぉ、クラウスか」
保健室にクラウスが現れ、マリアと面会する。
「マリア様、オッペンハイマー卿の容体が安定致しましたので、ご報告を……」
「そう…それは良かった……」
書類を確認し、報告を聞いたマリアは軽くため息を吐く。自宅で倒れた時はどうしたものかと思っていたが、ひとまずは安心だ。
「今は?」
「王立病院にて入院されております。一週間後には退院できます」
「そう……」
詳しい話を聞き終え、クラウスが学校を去ろうとした時。
「マリア先生!!」
一人の生徒が慌てた様子でやって来た。何事かと聞くと、その生徒は詳しい事情を話し。それを聞いたマリア達は呆れた様子で保健室から鞄を持ち出した。
「馬鹿者がぁっ!!」
メイフェア校内の森の中。右腕から血を流して倒れている男子生徒を見てマリアが怒鳴り散らしていた。
どうやら話を聞く限り、この男子生徒はちせとと決闘すると言って十ヤード離れた距離で銃の撃ち合いをしていたそうだ。シャーロット殿下が見ていたこともあり彼らは素直に答えると、まず最初にマリアは怒鳴り散らした。これだから貴族のボンボンは……。
「弾丸は?」
「か、貫通しました…」
「だったら止血で応急処置だ。弾丸は鉛製か?」
「い、いえ…鉄製です……」
そう言い、マリアの問いかけに恐る恐る答えると。マリアはその男子生徒の腕を縛り、他の生徒に言う。
「保健室に連れて行く。そこで消毒と縫合だ」
そう言うと、マリアはクラウスに言う。
「クラウス、先に行って準備して」
「はっ、畏まりました」
そう言い、クラウスは森の中で立っていた日本人少女に一瞬目を向けるとそのまま保健室に戻って行った。
その後、保健室で消毒と縫合を終え、マリアに説教されて泣きっ面の男子生徒を見送りながらマリアは呟く。
「此処でも東洋人差別は根強く残りそうね……」
「まぁ、仕方ありません。差別するのも、人を作り出す一つの感情でもありますから……」
そう言うと、クラウスはマリアに先ほどであった日本人少女の話を聞く。
「ん?ああ、ちせさんね。日本からの留学生という事でメイフェア校に来ているよ」
「日本からの留学生……ですか」
そう言い、クラウスは一瞬考え込むとマリアが察した様子でクラウスに聞く。
「懐かしく思った?」
「あ、いえ…ただ……」
「ただ?」
「少し…糠漬けの香りがした物ですから……」
そう言うと、クラウスは懐かしそうにするとマリアは少し微笑んで聞く。
「良かったら話してみれば?」
「……いえ、今はやめておきます。余計な詮索をされるのも嫌ですので…」
「あら、同郷のよしみで仲良くしてくれるかもよ?」
「それはむしろ怪しんでいる証拠では?」
そう言うとクラウスは保健室を出て行った。
その頃、アンジェ達は任務の為に同級生の一人の部屋から持ち出した盗聴器を運んでいると見慣れない人物を見かけた。
「(あの男は……?)」
すると、合流したシャーロットが見知った様子でアンジェに言う。
「あら、クラウスさんだわ。こんなところに珍しい……」
「クラウス……?」
「ええ、革命後にマリアの助手となった人よ」
「そう……」
アンジェは車に乗って去っていくクラウスを見ながら少しだけ目を細めていた。どこかで見た様な違和感を覚えながら……。
「先生!またね!」
「ええ、また怪我したら来いよ〜」
診察室でずっこけて擦り傷を負った少年の手当てが終わり、手を振って見送りながらマリアは後ろで立っていたクラウスに改めて聞いた。
「……死んだのか」
市内の病院の中、診察室でマリアは呟く。それはモルグにダニー・マクビーンの死体が運ばれたと言う情報であった。
「死体は脳をトマホークのような物で割られ、完全に顔が潰れていました」
「トマホーク…ねぇ…」
まぁ、当然だろうとは思っていたが……。
ダニー・マクビーンはノルマンディー公から仕事を受けて死体の中から暗号表を探す任務を受けていた。そして、暗号表を見つけた暁に代金として鉛玉ではなく斧を与えた。……と言ったところだろう。ミンチよりひでえ事しやがる。
「あの人が死んでも皆は気にしないでしょうしね……」
「事実、彼が死んだ事による騒動は起こっていません」
「それが、ウィル君の狙いでもあるでしょうしね……」
「それにこれです」
そう言うと、クラウスはまた別の紙を渡すと。マリアはやや驚いた表情を見せた。
「これは驚いた。ダニー・マクビーンがドロシーの父親とは……」
「しかし、父親は暴行を加え続け。ドロシー、本名デイジー・マクビーンは家出でロンドンを出たその日に革命が起こったそうでしょう」
「なるほど…碌でなしはやはり碌でなしか…嫁さんと子供に逃げられるとはね……」
「しかし、家族の縁は切れなかったようで。死体安置所で彼女はダニー・マクビーンに情報を渡していたようです」
「あぁ、DV家庭によくあるやつね…変に恩が出ちゃって切り離せないやつ……これ以上拗れなくて良かったわ……」
そう呟くと、クラウスはさらに追加で報告する。
「あぁ、そう言えば……共和国の情報部が私のことを調べていたようです」
「まぁ…ある程度想定はしていたけど。随分と遅かったわね」
「報告書もありますが……」
「要らないわ。どうせ、詳しい個人情報が書かれているだけだし。偽の個人情報を読んでもね……」
そう言うと、クラウスは想定していたのか紙はすでに処分した様子であった。
「じゃあ、そろそろ行かないと」
「ノルマンディー公の所ですか?」
「ええ…あんまり乗り気では無いけど……」
そう言い、ややげんなりするマリアにクラウスも同じ事を思う。
「ま、元々決まっていたことだから断れないんだけどさ……」
ノルマンディー公の診察はしなければならない。チーム白鳩にとって最も警戒すべき相手であるが、同時に国内や国外の安定を図る為には彼の手腕がなければ国はボロボロになるだろう。だから生かさず殺さずの状態が一番良いのだが……。
「政治だけでも戻して欲しい物だけれどね……」
「仕方ありません。内務卿の仕事は国内だけですから……これで軍事にも手を出したらもう止められません」
「外交にはちょっかいかけているがな」
「少なくとも彼に後任が出来るとも思えませんから、今は生きながらえてもらうしかありません」
何せ、この時代なのにあの歳で綺麗な背筋を保って二本足で立っている。余程のことがない限り死にそうになさそうだが……。
「そうね、彼ほど仕事ができる人もそうそう現れないものね。出来れば後任を育てて欲しい物だけれど……」
「無理でしょう、よほど教育を叩き込まれない限りは……」
「全く、頭が良すぎるのも面倒なものね……」
そう言うと、クラウスは次にとある資料を渡す。
「マリア様、こちらを」
「?」
すると、そこにはとある兵器の諸元表と思わしき物が載っていた。すると、クラウスは言う。
「現在、ベルリンとパリの両国が共同で開発していた大口径高射砲。その諸元表です」
そう言うと、マリアはやや驚いた様子で言う。
「あら、随分と早くできたのね……」
大陸側ではケイバーライトの産出量が微々たるものであるので、各列強はアルビオン王国や共和国の保有する空中戦艦に対抗する為、大口径の高射砲を開発していた。表向きは友好的な関係をしているものの、裏ではやはり飛行船よりも圧倒的な装甲を持つ空中艦隊の襲来に備えて高射砲の開発を急がせていた。
「一二八ミリ高射砲…思っていたよりも早くできたのね…」
少なくとも私が知っているよりも何十年も早く……
必要は発明の母とよく言ったものだが…今まで比較的仲の悪かった独国や仏国が、極秘だが手を組んでしまうほどの相手……。それすなわち脅威という事。アルビオンの諜報能力はピカイチだが、ノルマンディー公もこの事は把握しているだろうか……。
「……クラウス」
「はっ」
紙を返しながらマリアはクラウスに言う。
「この情報をアルビオンに流れないようにして頂戴。それか、報告を遅延させなさい」
「畏まりました」
そう言うと、クラウスは部屋を後にして行った。クラウスは既にノルマンディー公に目をつけられているが、彼女であれば問題ないだろう。
病院を出たクラウスはサングラスを掛けるとそのまま地下鉄の駅に向かう。片手に鞄を持って……。
「……」
一瞬だけ店のショーウィンドウ越しに後ろからついてくる人影を確認すると、ほんの小さくため息をつく。
「飽きない事で……」
まぁ、普通の人間が気づくはずも無いかと内心思いながらクラウスは地下鉄に乗り込んで移動する。
地下鉄に乗り込んだ後。クラウスはさらに移動を続け、国立科学博物館に移動する。
人混みで溢れる中を進み、クラウスは博物館に併設されているトイレに向かい、個室に入った。そして懐から一枚の赤い印刷がされた大の字のような紙を取り出した後。紙は何故か宙に浮いて行き、そのまま展示ブースに戻っていく。
少し立ってクラウスが外に出ると、そこに監視の目は無かった。
「やれやれ、やはり今の時代の人は
そう呟くと、クラウスは一人街の中に消えて行った。そんな中、クラウスは一つ呟く。
「あぁ、白米が食いたい……」
少なくとも、もうアルビオンの飯は食いたく無いと内心涙目で思っていた。