ダァァァンッ!!
部屋に銃声が轟き、至る所に血が飛ぶ。部屋の壁やアンジェの顔にも生暖かい液体が掛かり、拳銃も赤く染まった。
「なっ……っ!?」
その事にアンジェは内心驚愕する。拳銃自殺をしたのかと兎に角驚きで脳が埋め尽くされていると、アンジェは違和感を感じた。
「……えっ?」
すると、マリアは口から軽く血を流しながら飄々と両手を広げながら答える。
「こう言う事よ。どう?驚いたかい?」
「えっ、でも貴方は……」
確かに心臓を自分で撃ち抜いた筈だ。それなのに何故……。
すると、マリアは血だらけになった服を触りながらやっちまったと面倒臭そうな顔をしながら言う。
「今見せた通り、私に拳銃を撃ち込んでも死なないわ」
そう言うと、マリアは空いた手にとある物を取り出した。それは、アンジェにとっては見知った物だった。
「ケイバーライト……?」
すると、マリアは頷く。既に口から血も流れておらず、心臓の傷も塞がっていた。
「そう、貴方達がケイバーライトと呼ぶこの物質を。貴方達は何も理解していない」
「は……?」
すると、マリアの片手に持ったケイバーライトの欠片が砕けながら彼女は言う。
「少しだけ、話しをしましょう。私の秘密と共に……
私が今まで付いてきた嘘を……」
そう言うと、アンジェは遠く意識が持っていかれるような感覚で、砕けたケイバーライトから発せられた光の奔流に飲み込まれて行った。
「……ここは…」
アンジェが次に目を覚ました時、そこは白い空間に包まれていた。ここが何処なのか、全く分からない。手に持っていたはずの拳銃も、ここには無かった。
「……」
警戒しながら進んでいると、不意に後ろから声をかけられる。
「ここよ」
咄嗟に振り向くと、そこにはマリアが飾られた椅子に座り、紅茶を飲んでいた。その姿はいつも見てきた白衣姿では無く、柄にも無くドレスを見に纏って……
外務卿のパーティーの時でさえドレスを着ていなかった為にその姿はやや新鮮であった。しかし、彼女から発せられるその気配にアンジェは警戒してしまう。
「そんなに警戒しなくても、ここでは貴方は何も出来ないわよ」
「ここは何処なの?」
まず真っ当な質問が飛ぶと、マリアは肩をすくめながら答える。
「そうね、言うならば……。魂のみが漂う精神世界……と言えばいいかしら?」
「?」
意味不明な回答に首を傾げているとマリアは手慣れた様子で右手を虚空に振るとそこから一本の杖のような物が現れ、それを支えにマリアは立ち上がるとアンジェに聞いた。
「貴方は、魔法って信じたことはあるかしら?」
「え…?」
突然の問いにアンジェは固まる。魔法だって?そんな物はあるはずが無い。たしかに子供の頃は本当にあるかもしれないと思ったことはあるが……。
すると、マリアは真剣な顔でアンジェを見ると半分納得の様子でややつまらなさそうに言う。
「やれやれ、可愛くない子…まぁ、仕方ないけど……」
まるで心を読んでいるかの如くそう言うと、マリアは杖を持ったままアンジェに近づくと軽く頭を下げながら口を開いた。
「改めて挨拶を、シャーロット殿下……私は、当代キテラ家当主にして、最後の魔女。アリス・キテラと申します」
「魔女……」
アンジェは一瞬思考がフリーズする。今彼女は魔女と言ったか?
「貴方…一体何を……」
「そのままの意味ですよ。
アンジェは何の冗談かと思った。しかし、彼女の目から見てる魔性にも似たその吸い込まれる様な眼差しにアンジェは警戒せざるを得なかった。
「まぁ、百聞は一見にしかずです。詳しいお話はまた向こうで……」
「何を言って……」
「目が覚めたら分かるわよ」
そう言うとまた、アンジェは光の奔流に包まれた。
「……」
目が覚める、反射的に飛び起きて身の回りを確認する。
顔に付いていたマリアの返り血は拭き取られ、服は装備が全て取られている以外は変化なし。そしてその装備は全てベットの横の台に置かれたままだった。
拳銃も弾丸も外されてはいるがそのままだ。仕込み用ナイフや自殺用の毒まで、何もかもが置かれたままだ。先ほど見た光景は夢なのかさっぱり不明だが、時間はほとんど経っていない。
今回の任務はアンジェ一人が気になった独断での行動で、なるべく早めに帰らなければドロシー達に気づかれてしまう可能性があった。
アンジェは拳銃に弾を入れると外の音を聞いた。外では走る音が時々聞こえ、何やら掃除をしている様だった。アンジェは扉を開けようとした時、扉に向こうから声が聞こえた。
『目は覚めたかい?』
「……」
『答えなくても良いさ、こっちはちと掃除で忙しいから待っててくれ』
「…聞きたい事が山程あるのだけれど……」
『後ではダメかい?』
「ドロシー達に怪しまれる」
『……そうかい』
するとマリアはクラウスに事付けをすると部屋の扉を開けた。彼女は着替えており、今は白い毛網のセーターを着ていた。二人は部屋にあった椅子に座り込むとまずマリアが口を開いた。
「それで、聞きたいことは?」
部屋に入った彼女はアンジェに問うと、そこからアンジェとマリアの問答が起こった。
「さっき、貴方が魔女って言っていたのは本当なの?」
「ええ、そうよ」
「さっき心臓を撃っても死ななかったのは?」
「私は不老不死の呪縛を掛けられた。魔法を使うことのできる最後の人物だから」
不老不死、今まで世界を征服した王者達が口を揃えて臨んだ野望。しかしその全ては身の破滅を呼んだ。そんなものが本当にあるとは……。
アンジェは内心夢物語ではないかと思いながらマリアに聞く。
「魔法というのは?」
「これを見せれば良い?」
そう言うと、マリアは指先から小さなライターの様な炎を出した。その明かりはアンジェを淡く照らした。明らかに人ができる手品でもないとアンジェは納得した。
「あのクラウスは貴方の正体を知っているの?」
「ええ…と言うか彼も似た様な生き物だし……」
「?」
「まぁ、それは追い追い話すわ」
そう言い、マリアはいくつかの問いかけに答えた後。アンジェは最後に聞いた。
「何で私にその話を?」
その問いに、マリアは答える。
「簡単な話よ、貴方はヴィッキーと同じく魔女の因子を受けた身だからよ」
「魔女の因子……?それにヴィッキーは……」
その事にアンジェは一瞬背中の氷塊を入れられた様な感覚になる。ヴィッキーと相性のつく人物で思い当たるのは一人しか思い浮かばなかった。すると、マリアは軽く微笑んで答えた。
「貴方もあの子も、私にとっては大切な子供よ。今は女王陛下なんて大層な役目を追っているけれど」
「……」
やはり……不老不死の彼女とはよく言うが、彼女がどれくらいの時を過ごしたのかは知らない。ただ言えるのは、今の女王陛下が子供……下手をすれば生まれた頃から彼女はこの国にいると言う事だった。
「どう言うつもりなの?」
「それは、『私に不老不死である事を明かす意味を知りたい』って事で良いの?」
「……」
だめだ、思っている事を全て見透かされている。長い時を生きたからこそ、人の思っている事など筒抜けという事なのか。するとマリアは続けて話す。
「ええ、そうね…本当は貴方が王位を継承する時に話す予定だったのだけれどね……」
そう言うとマリアは思い出す様に口にする。
「貴方が生まれて、育って……ヴィッキーはいずれ女王には貴方になって欲しいと言っていたわ」
「っ!?」
驚きの話にアンジェは固まる。しかし、マリアは止める事なく話し続けた。
「そこで、ヴィッキーは自分がそうである様に乳母として私を貴方の元に送り込み、そして魔女の因子を貴方に注ぐとこになった」
「その、魔女の因子とは?」
「簡単に言うと、通常の人よりも感覚が研ぎ澄まされたり、回復も早くなったり……私の血を受け取った者は皆、何かしらの特技を身につけたわ」
「注ぐって、どうやって……?」
「さっき言ったでしょう?女王陛下は私を乳母として送り込んだって……」
「っ!!まさか……」
するとマリアは驚くアンジェに軽く微笑みながら言う。
「知っている?お乳って素は血液からできているの。……だから、授乳は一種の吸血と同じ。それはつまり……」
「貴方の血を吸っているのと同じ……」
「そう言う事。そして、貴方はそこから魔女の因子を受け取って体の中に蓄積させて行ったの」
「……」
思わずアンジェは掌を見てしまう。今、自分の体の中にはマリアの不老不死の血が混ざっていると言う事だ。その事にアンジェは半ば呆然となってしまっていると、マリアは続ける。
「そして特技によってだけれど、魔女の因子を受け取った人間同士は近くに居るだけで感覚的にそこにいる事が分かる」
「……」
アンジェは何度か分からない冷たい感覚に襲われる。わざわざマリアがそんな事を言うと言うことは……
「ええ……少なくともヴィッキーは気付いていたわ。革命の後、診察中に私に聞いてきたもの」
「でも、混乱が起きていないと言うことは……」
マリアは頷いた。
「ええ、私から事情を全て話したわ。そして、貴方が帰ってくるまで身代わりとしてあの子を置いておくと……」
「……」
アンジェは内心焦燥に駆られていた。まさか女王陛下に自分たちの入れ替わりに気づかれて得たとは思わなかった。それではチェンジリング作戦の事も……。
「大丈夫よ、彼女は詳しくは知らないわ。そこは安心しなさい」
「そう……」
その事に一瞬アンジェは顔には出してないがホッとすると、マリアは言う。
「まぁ、ケイバーライト採掘場の式典で貴方を遠くから見た時は内心喜んでいたわ。ただ……」
「ただ?」
するとマリアは思い出す様に口にする。
「革命で、貴方の行方がわからなくなった時は焦ったものだわ。幾ら魔女の因子は次代に継承されないとは言え、何かの拍子で覚醒する事もあったから……」
「?」
するとその時、部屋にクラウスが入ってきた。
「マリア様、部屋の掃除が完了いたしました」
「おぉ、ちょうど良いところに……」
そう言うと、マリアはクラウスを手招きして呼びつけていた。
「そして下手に覚醒しないかを見ておきたいから貴方を何としても探し出して手の内で監視しておきたかったの」
そう言うと、マリアはチラリとクラウスを見ると彼は結っていた髪を下ろした。その顔を見て、アンジェは目をやや見開いてしまった。
「この顔に見覚え無い?」
「……」
見覚えあるも何も、目の前にいる男は私をスパイ育成所に勧誘した男だ。見間違えるはずがなかった。
「その時、共和国側で仕事していた彼に頼んで貴方を育成所に入れる形で保護をしたのよ」
マリアはそう言い、クラウスに目線を向けていた。