その日、ロンドンのとある宮殿で一人の女性が多くの給仕に囲まれて身支度を整えていた。
「本日の公務ですが…」
その側で執事が片手に紙を持って席に座るシャーロットに伝える。
「午前十より王室保健委員会による講演会に参加。女王陛下のお言葉を代弁していただき、その後に食事会への参加となります。午後四時より新たに開設される公園へ訪問を行い…」
分単位で刻まれた予定表を前に彼女は唖然となりながらやや疲れた表情を浮かべていた。
「そして殿下」
「?」
そこで髪を解き終え、支度を終えたシャーロットはそこで彼女の侍従長に任命されたウィンストンは少しジト目でシャーロットに言う。
「先に申しておきますが、この前のようにアンジェ様と変装を変える事はあってはなりません」
「あら、どうしてかしら?」
シャーロットは悪びれる様子もなく返すと、彼は呆れたため息を漏らしてしまう。
「殿下とアンジェ様との入れ替わりによって我々も混乱する上、王室の名誉にも関わる行為であるからです」
「可笑しいわね。どうしてバレたのかしら?」
そこで首を傾げるシャーロットはそこで勘づいた。
「…マリアね」
自分の入れ替わりをバラした相手に彼女は内心軽く舌打ちをした。
「殿下。アンジェ様とのご交流は我々も知るところではありますが、彼女は今は学生の身である事をお忘れなく」
「大丈夫よ、彼女の頭脳はマリアからもお墨付きを受けているわ」
「それはシャーロット殿下の為であることもお忘れなく」
ウィンストンはそう言い、呆れたようにシャーロットに言う。
「第一、アンジェ様との入れ替わりは王室の者の護衛体制に大きな問題となります。もし入れ替わりの際に殿下が暗殺をされた場合は…」
「それは無いでしょう?侍従長」
「…」
彼女が言った一言にウィンストンは一瞬黙ってしまう。
彼女の皇位継承権は第四位、普通に考えればこの国の国王になる事はまずあり得なかった。
「シャーロット殿下」
すると部屋に一人の少女がノックをした後に入ってくる。
彼女は片手に医療カバンを下げ、白い服に袖を通した異様な格好をした人物であった。
「本日の体調検査に参りました」
彼女は側にシャーロットと容姿が非常に似ている同じ身長の少女が付き添って部屋に入った。
「待っていたわ。マリア」
そしてシャーロットはウィンストンを見ると、彼はマリアを見た後に目を伏せて部屋から一時的に出る。
「アンジェ!」
「シャー…ロット殿下、お久しぶりでございます」
危うく愛称で呼びそうな所を抑えてアンジェはマリアの医者見習いとして付き添っていた。
「ついに医者見習いになったのね?」
「はい、此度はマリア女医の補佐を行わせていただきます」
「まぁ嬉しい」
シャーロットはそう言い、マリアに言われた通りに来ていたネグリジェを開けて胸を出すと、そこで彼女は聴診器を当てて心音を確認した後に水銀体温計を取り出してシャーロットに当てる。
「アンジェ」
「はいっ!」
そこでマリアはアンジェを呼ぶと、彼女は言う。
「定期検診の脈を測って、必要な診察を行いなさい」
「分かりました。先生」
そこで彼女はやや緊張しながらシャーロットの腕を捲って手首に手を当てる。
「失礼します…」
「えぇ」
彼女はそこで懐中時計を取り出すと、そこで彼女は身長に手首の脈を数える。
「八八…正常値の範囲内ですね」
脈を測った彼女はそう言い、片手に持った紙にペンを持って数字を記すと、そこでマリアは言う。
「アンジェ、今回の患者様は王室の王女であるぞ!」
「は、はいっ!」
マリアに叱られ、アンジェは体をビクリとさせるとその後も淡々と習った工程で診察を終えていく。
「これで最後となります」
そう言い、彼女は最後にあらかじめ自分で調合を施した漢方薬を入れた袋を手渡す。
「これは何かしら?」
「こ、こちらは滋養強壮の漢方薬となります」
「ほうほう…」
そこで彼女は解説を受ける。
「今週の御公務に合わせて私が調合いたしました」
「まぁ、アンジェが調合をしてくれたの?」
「はい…」
するとシャーロットは心底嬉しげに受け取った薬袋を見ながら言う。
「ありがとう、アンジェ!」
「い、いえ…」
そこで彼女は調合した漢方の服用頻度を伝えると、シャーロットは服を戻してアンジェは席を立った。
「では、お疲れ様でした」
「えぇ、アンジェもね」
シャーロットはアンジェを見ながら言うと、そこでマリアは言う。
「殿下、では今日のところは失礼いたします」
「えぇ、マリアもお疲れ様」
そう言うと、二人は部屋を出てそこでマリアは開口一番。
「アンジェ、診察手順を間違えたな」
「はい…」
「帰ったらカルテの記入と、診察のやり直しからだ」
「は、はい!」
アンジェはシャーロットを前に医師見習いとしての緊張と、親友を相手に気を許してしまっていた。
「次は気をつけます」
「阿呆、常に気をつけろ。相手が王室であろうと、民間の患者であろうと平等に医療を施すのが我々医師だと言うことを忘れるな」
「はい!」
アンジェはマリアに返すと、二人は宮殿を後にしていた。
マリアに拾われたアンジェは、王室主治医である彼女の元で王立医学学校に入学を果たし。開校以来最年少で見習い医師としてマリアの助手を務めていた。
王室の、それも女王陛下の主治医としても活躍しているマリアの元で学べるアンジェという存在に医学会では羨望と妬みの目を向けられていたが、彼女は薬学と外科手術で高い腕を持っていたのは事実であった。
拾われた後はアンジェ・シルバーと、アンジェの養子となって医師の勉学に励んでいた。
彼女の助手であるクラウスや医科大学の年上の同級生達に囲まれながらも彼女はシャーロットの主治医となるために努力を怠る事はなかった。
その後、アンジェは医師として大成し、無事にシャーロット殿下の主治医として配属が決定される。
身分など関係なく、腕さえあれば王室の主治医となれる宣伝として後に彼女は使われる事となった。
「…んぁ」
そこでマリアはふと目が覚めた。
「おはようございます」
そこでクラウスが話しかけてくると、彼女はそこで自分の屋敷の執務室で居眠りをしていたと言う事実に気がついた。
「あぁ、夢か…」
少々彼女は残念そうにしていると、クラウスは言う。
「その夢は大層幸せそうな夢ですね」
彼は言うと、マリアは少し笑みを浮かべた。
「あぁ…私が見たかった夢だよ」
彼女はそう言い、視線の先に映る巨大な高い壁を見つめていた。