新王立寺院で行われている戦勝祈願式典。女王も参加するこの式典には、多くの西洋諸国の大国の要人が参列していた。
無論、その中には王国の王侯貴族の姿もある。その中には当然公爵家も参加しており、ノルマンディー公も参列を予定していた。
「陛下、気象観測台より連絡です」
新王立寺院の中の待機所。そこで従者の一人が報告を入れにきた。
「王国で雨が降るかもしれません」
「…どんな予報かしら?」
女王はそこでその報告に耳を傾けた。女王が室内の式典にも関わらず天候を気にするのかと報告に上がった侍従は首を傾げていた。
「はっ、曇り後雨。時々雷の予報です」
「…分かりました」
女王は服装やこの後の式典で読み上げる諸々の演説文の下読みをしていた。
「他の者は、私が呼ぶまで一時退室を」
「畏まりました」
そこで侍従達は彼女の名に従って部屋を後にすると、その後に部屋の窓の外を見て話しかける。
「…出てきてもいいわよ?」
彼女は言うと、ロンドンの曇天の空模様から音もなく青白い光を纏った一人の人物が出てきて窓をノックした。
しかし女王は動こうとしないので、その女性はため息混じりに指を弾くと、窓の閂は勝手に開けられた。
「全く、老婆を顎でつかうとは…」
「ふふふ、これでも最近は膝が悪いのよ?」
女王は笑って答えると、彼女の容体は重々承知していたのでマリアは少しだけ眉を顰めた。
「死が怖くないの?」
「まあ、これだけ長いこと生きているとね、見送る側の方が多くなってしまうものだわ」
女王はそう話し、次に届けられた電文を見ると窓を閉めるマリアを見る。
「事前に聞いているわ。私はどうすればいいと思う?」
「…女王陛下の思われるままに振る回ればよろしいかと」
「そうね、そうさせてもらうわ」
女王は数回頷くと、その後に新王立寺院を見る。
「それで、この後の予定は?」
「部下を引き連れて新王立寺院で待機。一応、クラウスも知り合いを呼んでいる所」
「じゃあ、私は無事に家に帰れると言うわけね」
「そう言うことね」
今までの長い付き合いである二人は互いに微笑みあってから女王が言う。
「意外だったわ。まさかあの子に明かすなんて」
「もう隠す必要もないかなってね。まあ、彼女はこの体を知って激昂していたけれども」
「そりゃあそうだわ。私も女王に即位した時、同じことを思ったわ」
「ふふっ、それは失礼したわね」
マリア・シルバーこと、アリス・キテラはそこで女王が待機している部屋で窓辺に立って少し懐かしんでいた。
「アルビオンに逃げてから長い時が経ったものね…」
「その時はまだ田舎の国でしょう?」
「当然。キリスト教と喧嘩をしてくれたかつての国王には感謝しかないわね」
彼女はそう話すと、次に女王を見て言う。
「貴女は平静を装って式典に参加してくれれば良いわ」
「…ええ、分かったわ」
女王は頷くと、そこで代々アルビオン王国の王室に伝わってきた乳母を見上げる。
何世紀もの間、このアルビオン王国。ひいてはアルビオン島の他、世界中を旅し、その先々で彼女は歴史の影に名を残してきているに違いない。
その過程で彼女が仕入れてきた世界中の物語を彼女は聞かされて育っていた。無論、そうした物語は女王の幼少期にとって『世界』を知る唯一の機会だった。
「悲しいわね…」
そこで彼女は今いる新王立寺院から確認できるロンドンの壁を見る。
「元々は共和国に渡った空中艦隊からロンドンを防衛するための擁壁…。維持費だけで国家予算の数%は消し飛んでしまう金食い虫ね」
彼女はそう言い、ここまでぶっちゃけると言うことは、すでに彼女は盗み聞き対策の魔法を放っているのだろう。生憎、自分はこの乳母に育てられたにも関わらず魔法を見ることができなかった。
「その数%を使って駆逐艦か哨戒艇を建造すれば良いものを…」
「王侯貴族は恐れているのよ。民主革命をね」
なにせ王室の関係者まで殺害されてしまったのだ。一〇年前のあの革命で、何もかも変わってしまった。
「でもエドワードじゃないのね」
「あの子は確かに優秀。これからのアルビオンはどうしても斜陽になってしまうから、あの子に国は託すわ」
「…じゃあどうしてシャーロットに私を派遣したの?」
「そうね…私の直感に従ったところだわ」
そんな彼女にマリアはため息をついた。
「…呆れた。それだけで私を王位継承権第四位の所に送ったの?」
「ふふふ、でも彼女は良い子に育った。…違う?」
「ええ、全くもってね」
軽くフッと笑うと、マリアは女王に言う。
「今、欧州では最優先でアルビオン包囲網が構築されようとしている」
「ええ…この国は強くなりすぎた…」
そう言い、女王は眼下に広がる発展したロンドンの景色を見る。
自分が子供の頃…マリアが乳母として派遣されてきたころよりもずっと高い大厦高楼が立ち並ぶ光景。
「ドイツ・フランス・共和国・スペインが共同声明を組んで、この前北海で合同演習を行った…」
「全く、ナポレオンの時の反省をしていないのかね。この国は」
そう言って呆れる彼女に女王は苦笑する。
「もうあの頃の軍人は皆墓場か、いても言葉も話せないくらいのご老体よ?」
女王はそう言い、目の前の女性を見上げる。彼女は勿論、フランスのあの恐ろしい
「また今度、ワーテルローの話が聞きたいわ」
「ええ、勿論。良き友であったウェリントンも喜ぶでしょうね」
彼女はそう言うと、改めて女王は彼女という歴史がとてつもなく壮大に感じ取れる。
彼女のゆったりとした口調やその妖艶な微笑みもまた、多くのこの国の有力者を虜にし、秘密を守り、国を繁栄させて来た。
陰の支配者、と言って差し支えないだろう。事実彼女は王国と共和国を行き来できるルートをダース単位で用意できた。
市井には彼女の放った伏兵が多数暮らし、彼女の私兵として優秀な頭脳は余す所なく回収していた。
「…始まったようね」
その時、マリアは何かに勘づいた様子で少し顔を上げた。その瞬間、女王はその意味を誤解しなかった。
「あの子が来るのかしら?」
「ええ、始まったみたいよ」
マリアはそう話すと、部屋のドアがノックされた。
『陛下、間も無く式典です』
侍従が扉の向こうで言うと、女王はそこで視線を元に戻すとすでに姿の見えなくなっていたマリアに相変わらずだと笑う。
「ええ、式典に移動する準備を」
彼女はそう言うと、多くの侍従達が部屋に入ってきて彼女を式典会場に移動させた。
そして新王立寺院の尖塔の上。あえてこの時代に最新の産業機関である鋼鉄や硝子をふんだんに使用したゴシック様式で建てられた建物の上でマリアは黒い王国軍将兵の軍服を纏っていたクラウスと合流する。
「ふむ…やらかそうとしているのはイングウェイと言う男の率いる陸軍部隊か…」
「前に調べさせた部隊です」
「へぇ、また軽い気持ちで革命をやろうだなんて…詰めが甘い事よ」
そこで報告を受け取った彼女は、手に出した炎でその報告書を燃やし尽くす。
「そんなの、ウィルが気がついているに決まっているでしょうに」
「では内務卿は敢えて女王陛下暗殺を遂行させると?」
「有り得なくはないわね。老い先短し、まだ彼女は正式に後継者を決めていないことも彼に拍車をかけているわね」
マリアは言うと、少し警戒した様子でクラウスは懸念を示す。
「…実質的な支配者ですか?」
「いや、彼は求めているのはあくまでも王国の安定した知性。諜報員街になりつつあるロンドンの平穏を守るのが彼の仕事よ」
そう言いながら彼女は立ち上がると、そこでクラウスは言う。
「
「よし、事態に備えて部隊はすぐに目標を連れ出せるように」
「了解」
そこでクラウスは特性コルダイト火薬の
「やれやれ、共和国も軍部との争いに巻き込まれるとはね」
「共和国の中にも王国との融和派と対立派で揉めているのは重々承知していますので」
クラウスはそう話し、共和国で諜報員の育成機関にて教官を務め上げた頃を振り返る。現在も籍は残されており、共和国の諜報機関では王国の一般市民からのヒューミント任務についていると記録されていた。
彼女もまた多くの顔を持つ者だ。
「で、貴女はどうする?」
「…」
そこで聞かれてクラウスは沈黙する。
「今回は好きに暴れて良いわよ?」
「…了解しました」
彼女はニッと獲物を見つけたような鋭い笑みを見せると、直後に彼は纏っていた軍服を外すとその下から漆黒の着物を覗かせる。
「今日は大漁日です」
「ええ、大隊を率いてやりなさい。天子」
「了解。ご主人様」
そこで彼女は
その頃、新王立寺院の一室。
「プリンセスが我々の決起に参画したとあれば、結束も強まります。本日は新王室寺院で戦勝祈願の式典が行われます」
その空間で彼女は説明を受けていた。
「式典には主立った王族や諸侯の方々が参列されます」
一人の男から淡々と説明されるその計画に、少女は息を呑みそうになる。
「勿論女王もです」
その男は赤色の、映えある由緒正しい
「我々は恐れ多くも女王陛下を討つ所存であります。あなたには、新しい女王になっていただきたいのです」
その男、イングウェイに説明を聞いた後にシャーロットは汗をかきそうになる。
「我々は式典の開始を待ち、寺院の天井を落とします」
イングウェイの説明を、一人の女が一日引いて見ていた。狐のような目元は、まるで自分の全てを見通しているかのような不気味さがあった。
「寺院建設に関わる労働者には我々の同志が大勢おります。
植民地支配されこの国の労働力の大半を占めながら、最低限の権利しか認められていない。彼等の怒りは必然なのです」
そう彼は演説を行うと、シャーロットに計画の概要を説明し終えた。その声は怒りの様子も多分に含まれており、明らかな私怨も混ざっていた。
「そう、ですか…」
シャーロットも思わずそんな搾り出したような感想しか答えることができなかった。
そこでシャーロットを見ていた彼女の名は『ゼルダ』新たに護衛としてドロシーの後任として派遣されてきた諜報員であった。