シャーロットは始末したと言った。
マーケットでの煙幕は二人きりとなって相手を信用させるための罠だと言った。その事を、共和国側の諜報員は訝しみつつもその所作から違和感を持たれなかった。
これで今は自分が『アンジェ・ル・カレ』であり『プリンセス』なのだ。
「プリンセス・シャーロット。革命は必ず成功します」
「移民、貧困、格差…それがあなた達の理由なのですね……」
革命を指揮する者として、彼は淀み無き目をしていた。
それは今の王国が抱えている
アルビオン島の大半が共和国の手に落ち、アルビオン王国はこの本土の何百倍もの大きさの植民地を抱えていることで辛うじて存続できていた。
故に、自国防衛をする軍隊ですら人手の少なさから植民地で編成された部隊を展開する以外に兵力を補えず、労働力も全て植民地からの移民で成り立っていた。
何もかもが移民に頼り、強い王権主義が政治の場では支配している。最近の流行であるナショナリズム、民主主義の流行からまるで真反対の方向に全速で走っている今の王国。前時代的な専制君主制は王国を日々蝕みつつあった。
そしてシャーロットは分かっていた。今、このクーデターを成功させたところでまだまともな準備も根回しも終わっていないにも関わらず、クーデターを決行したところで王国本土にはまだ他に何個、陸軍師団がいると言うのだ。内務省管轄の治安部隊だっている。
ノルマンディー公がこのような暴挙を見た場合、逆に自分を反乱の首謀者として鎮圧行動に出るだろう。向こうのほうが横の繋がりも、縦の繋がりも自分以上に根強い。
「(止めないと…)」
どう足掻いたところでこのイングウェイの率いる決起部隊は勝ち目がないのだ。無駄な死をさせるわけにはいかない。
彼らの願いは私も共感する。しかしやり方がお粗末すぎた。
「…」
シャーロットはそこでチラリと隣に立つゼルダを一瞥する。
その雰囲気からも分かる通り、そのスパイはアンジェ達よりも熟練している様子だった。印象に残らない平凡な顔つき、足音もしない。
彼女の不気味なまでの微笑みは『アンジェ』と『シャーロット』が入れ替わった事に気が付いているのかどうかも確信が持てていない。それが何よりも自分の中で焦りを生む。
何れにせよ、自分は諜報員としての教育を受けていないので、その他のプロであるゼルダには看過されてしまうだろう。それまでがタイムリミットだ。いつ爆発するかわからない爆弾を前にしているような感覚だ。
同刻 ロンドンの壁
その時、その場所で一台の車両が飛び込むように入ってきた。
「止まれ止まれ。ここは今日は通行禁止だ」
そして封鎖された道路の前で警備兵が呼び止める。現在、戦勝祈願式典であるため、新王立寺院まで繋がる道は封鎖されていた。すると呼び止めた車から一人の少女が顔を覗かせた。
「すみません。急いでいたものですから」
そこでフードを取って彼女は姿を現す。
「式典に遅れてしまいそうなの。壁の通路を使わせていただけませんか?」
その人物は、国民であれば誰もが知るところである王女であったからだ。
「おお、そういう事情でしたか。今門を…」
「いや待て」
その姿を前に衛兵はバリケードを退かそうとすると、一歩後ろに立っていた別の兵士が止めさせる。
「プリンセスは既に王室寺院にお入りになったと聞いています」
「「「……」」」
その言葉に乗っていた三名全員が沈黙、顔を合わせる。
「突破して」
「了、解!」
そこで一旦バックをした車は、そのまま急加速して前進をするとバリケードを突破して走り出していく。運転していたのはドロシーだ。
また車に同乗しているのはベアトリスで、そんな二人と共にいるシャーロットは偽物と断定された。…つまりはアンジェの変装である。
「侵入者だ!」
「連絡だ!緊急、本部に…ノルマンディー公に!」
そして走り去った車を見て衛兵達は緊急で電話を回そうとする。
「緊急連絡!バリケード突破した車が一台…」
電話線を使って緊急連絡を行おうとした。
その瞬間、その電話線を盗聴していた数名が電話を確認すると、ハンドサインを送った。
「…」コクッ
そして合図の直後、電話線をカッターで切断した。
「おい!どうした!?聞こえているのか?!!」
その直後、連絡を受けていた側は驚愕して受話器に向かって怒鳴りつけた。
その情報はすぐに式典に参加していたノルマンディー公に届けられた。
「侵入者だと?」
「はい」
秘書のガゼルからの報告に耳を疑うことはなかった。インドから連れてきた優秀な副官は部下からの報告をそのまま報告する。
「直後に電話線を切られ、詳細は不明。車が一台関門を突破しました」
ロンドンの壁に誰かが侵入をしたことは確実だ。たがそれよりも問題があった。こうした喫緊の事態に対して、この国の防諜を司る男の判断は早かった。
「見付け次第処分しろ」
短く命令が下されると、ガゼルは頭を下げて命令を承諾した。
ロンドンの壁の内部は建造時に使用された道路や鉄道路線などがそのまま残され、使用されている。
「あっ!」
そこでベアトリスは後ろを見て複数のライトが接近してきたのを確認する。
「追ってきましたよ!」
複数の兵員輸送用のトラックや軍用列車が接近をして来た。その荷台には満載の兵士が銃や大砲を構えていた。
「撃て!」
そこでトラックの荷台や列車に連結された貨車から小銃や機関銃を持った兵士たちが引き金を引いてくる。暗いロンドンの壁内で複数の銃弾が飛び交い、数発は走行中の車の車体に命中する。
「頭を低くして!」
幸い諜報活動用に改造をされた車両であるため、小銃弾が貫通することはなかった。だが危険である事に変わりはないため、咄嗟にアンジェはベアトリスの頭を掴んで車体に隠す。
「どうする?!追ってくるぞ!」
そこで列車と車列を前にドロシーが言うと、
その時、アンジェは徐に何処を狙うべきなのかが、この銃弾が飛び交う中でとても落ち着いていたからであるのか視えた。
「…」
そしてその感覚に従うようにアンジェは拳銃の引き金をトラックに向けて発射すると、エンジンの安全弁を撃ち抜いてトラックは蒸気漏れを起こして停止する。
続いて少し銃口をずらして引き金を引くと、その銃弾は車の照明を弾き、床に落ちた照明のカバーをトラックのタイヤが踏んで弾くように上に飛んでから横転し、巻き込まれるようにもう一台がロンドンの壁の柱に激突して止まる。
「おぉ!」
「凄いじゃないか。いつの間にそんな技を?」
一連の撃退に二人は感嘆して見ていると、アンジェはいま見た景色に困惑していた。
「(今のは…)っ!!?」
その瞬間、アンジェは自分の心臓が張り裂けそうなほど強い鼓動に襲われた。その時、激痛が走ったような気がした。
「ア、アンジェさん?」
「…っ!伏せて!」
それが気のせいなのか、真実なのか、それはわからない。兎も角、今はとても耳鳴りが酷かった。
隣でその異変にベアトリスが聞いてくると、その前に列車からの攻撃がやってくる。
「チッ、軍用列車か…」
そこでドロシーは牽引している機関車を前に舌打ちをする。すると徐にアンジェは拳銃を両手で握って体を起こした。
「っ、アンジェ!」
「黙って」
ドロシーも応戦をしていたが、立ち上がったアンジェに驚いた。
そこで仁王立ちで彼女は列車を見つめると、その瞳の水晶体から謎の紋様が浮き出している事を他の誰も気が付かない。
「…」
そして横から攻撃が来る中で彼女は銃口をまっすぐ機関車に向けると、彼女は引き金を引いた。
ッ!
そして放たれた拳銃弾は機関車に命中をすると、真空ブレーキのチューブに穴を開けて、強制的に列車全体にブレーキがかけられ、火花を散らして列車はブレーキがかけられると、乗っていた兵士たちも一部は外に投げ出されながら地面に転がった。
「やる〜」
「凄いですね。いつの間にそんな技を?」
「…」
目を丸くしてドロシーとベアトリスは言うと、アンジェはそこで車に座り込む。その時の彼女の顔は苦悶に満ちた表情をしてこめかみに指先を押し当てていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「…平気よ」
「どうした?」
アンジェの反応にドロシーは違和感を覚えたが、ここでアクセルを止めるわけにはいかない。今、時間は自分たちの味方ではない。
メイフェア校で共和国軍部の企みである女王暗殺計画を阻止するために共和国政府の指示を受けて行動していたドロシーとベアトリス。その最中でメイフェア校に戻ってきたアンジェと合流して今はこうして新王立寺院まで急行していた。
「(チッ…まだ頭が痛い…)」
そこで彼女は脳に投影されるように
それは自分が銃を撃った時の景色と、そうでなかった時の景色、そもそも列車が来ていなかった光景。
一気に無数の光景が目の前に映し出され、脳が芯から煮えたぎってしまいそうな感覚だった。先ほどのトラックもそうだ。彼女は
「…マリアか」
「え?」
自身のこの違和感を前に真っ先に思い浮かんだ人を前に彼女は小さく舌打ちをしてしまい、その舌打ちにベアトリスは驚いて顔を上げてしまった。
軍用列車が強制停止を受けた時、その振動は少し離れた場所でも届いていた。
「…これは……」
新王立寺院にいたちせは僅かに天井から降り注いだ埃を見下ろして呟く。
それと同時に上で何かが起こっているのだと理解し、彼女は直感的に何が起こっているのかを察した。
「お願いが」
そして考えるよりも先に体が動き、彼女は堀川公の前に一歩出る。
「火急の儀にて、お側を離れるお許しを」
「…役目を投げ打つか?」
彼女の挙動、話し方、全てを見て堀川公はすぐに察したようにちせが今から何をしようとするのかを察する。
本来、堀川公の護衛として共に行動をするはずの彼女が、守るべき相手であるはずの堀川公から離れることは断じてあってはならない。
「何卒」
しかし彼女はそれでも頼み込んだ。
ーー友のために。