人間がウマ娘に負けるわけないだろ!いい加減にしろ!!   作:なちょす

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SSR花魁カレンチャン、未所持からの完凸ッ!オマケにカレンチャンの本能スピードが実装されたので、作者のウマ娘は実質終了しました。デジたん⋯⋯本能スピード来るとは思ってなかったよ⋯⋯カレンチャンの耳カバーになりたい⋯⋯(切実)

高松宮記念が終わりましたね。この結果読めた兄貴たちおるん⋯⋯?各馬と関係者の皆様方は本当にお疲れ様ですよ⋯⋯。

あっ、この前総合7位になってました!独身兄貴たち、ありがとナス!!しゅき♡賢さシャカと根性リャイアンとジンギスカンキャラメル、どれが良い⋯⋯?(財布を開きながら)


決戦 : 驀進王

「ライスさん、ちょっとそこキープで。今肩にレアなのが居ますから。」

「どんな子なの⋯⋯?お姉さま。」

「ほら。ギンシャリボーイ。」

「何してんの君ら。」

 

 

 高松宮記念。

 電撃6ハロンの戦いと言われるスプリンター達にとって大切な春のG1。カレンもここで競った事があるし、俺とデジタルを導いてくれた心の師匠───一流のウマ娘"キングヘイロー"が、自身の生き様を世間に見せつけた大舞台でもある。あの日の偉大な後ろ姿と涙の高笑いを、勇者御一行はいつまでも崇拝しております。

 

 スプリンターズSに負けないほど大勢の観客が集まった中で、後輩ちゃん達はそんなやり取りをしていた。

 

 

「何って知らないんですか?"Jコレ"。」

「知らんよ。何の略だし。」

「JAPAN WORLD CUP Collectionってアプリですけど。あっ、折角なんでライスさんにギンシャリの名前付けて貰いましょうか。」

「じゃ、じゃあ⋯⋯うんと⋯⋯⋯⋯ブルボンさん!」

「ブルボンを何だと思ってるんだ。」

 

 

 慣れた手つきで後輩ちゃんが名前を入力し、ここにミホノブルボン(Jコレのすがた)が爆誕した。これは⋯⋯どうだ。いや、ブルボンなら喜ぶかもしれない。なんなら頭の中のブルボンは真顔でピースしてるまである。

 

 その様子を見ていると、反対側から若者2人の会話が耳に入った。

 

 

「サクラバクシンオー⋯⋯去年ニシノフラワーに勝ってから今日まで無敗。対戦相手のカレンチャンとは、『カワイイダービー♪』を含めて今日が3度目の戦いになる。」

「どうした急に。」

「高松宮記念は向正面スタートから緩やかに上り坂。コーナーから直線に入るまでは下り坂になる。長い最終直線⋯⋯純粋な末脚勝負になれば、"スパートを2度掛ける"と言われているサクラバクシンオーにカレンチャンがどこまでついて行けるかが、勝敗の分かれ目だろう。」

「ですが、今日のカレンさんは絶好調です。レースに絶対が無いと言われている以上、アタシはカレンさんの走りを最後まで信じ続けます。」

『ふふっ⋯⋯それな。』

 

 

 若者2人と目が合った。あっ、どうもすみません⋯⋯ウチの子が⋯⋯。

 デジタル。どうしてくれるんだこの空気。子供同士が友達なのにママ友間は初めましてみたいな気まずい空気だぞ。

 

 

「デジタル⋯⋯どちら様?」

「界隈では有名なお2人ですよ!なんでもトレセン学園に居るウマ娘ちゃん2人が小さい頃から知り合いの最古参様らしいです!」

「あっ、そうなの。」

 

 

 礼儀正しくペコリとお辞儀されてしまった。あっ、今後ともウチの愛バをお願いします⋯⋯ふふっ、可愛いでしょ?この子。ド変態なんです。

 

 まっ、まぁ⋯⋯それはさておき。どうやらバクシンオーの異常は、分かる人には分かる程度に現れているらしい。観客席の声だけでなく、前評判でも『人が変わったような強さ』だの『スプリントの王』だのと話題に困らない現状だ。今彼らが言ったように、"スパートを2度掛ける"と言うのもあながち間違いではない。それほどまでに、今の王様は異常なのである。

 

 そんな王様に挑むは、勇者御一行が誇るエーススプリンターにしてサキュバス───もとい、お兄ちゃんの貞操を喰らわんとするカワイイカレンチャン。バクシンオーに勝ったら『ちっちゃなお願いを教えてあげる♡』と言われてしまった。実質うまぴょい。なんかアレな作品のタイトルみたいだな。

 

 トレーナーとしてはカレンに勝って欲しい。

 大人としては教え子とうまぴょいするのは気が引ける。腰も引ける。

 つまりは感情が板挟みである。絶対にお兄ちゃんが逃げられない約束の取り付け方しよってからにあの妹は。

 

 

「盛り上がってますね。」

「だな。ここまでバクシンオーが勝ち続けてるなら、皆期待もするだろう。」

「まぁ⋯⋯賛否両論はありますけど。」

 

 

 隣で携帯を見ながら後輩ちゃんがそんな事をボヤいた。

 連続勝利を期待する声。たった1人で重賞を荒らし続けている事への懸念。それを黙認し続けるトレーナーへの意見。SNSでもチラホラとそんな議論が飛び交っている程には世間様も賑わっているらしい。

 1番キツイのは、分かった上で何も出来ないと感じているバクシンオーのトレーナーだと言うのに。

 

 

「それにしても悪いな。こんな風にライスと応援しに来てくれるなんてさ。」

「良いですよ、別に。一応アタシらも面倒見たんで。」

「カレンちゃん⋯⋯大丈夫、かな⋯⋯。」

「大丈夫だよ。なんたってう───。」

「う?」

「ウマ娘だからな。」

「えっ?う、うん⋯⋯うん?」

 

 

 あっぶねぇ、うまぴょいって言うところだった。ライスはお淑やかではあるが、ブルボンよりも中身お姉さんな部分を感じるから伝わってしまうかもしれない。見ておきなさいライス。あれがうまぴょいに全てを捧げた覚悟ガンギマリ乙女の姿だぞ。そしてここに居るのがすっぴんわっしょいを約束されたお兄ちゃんである。

 

 しかしやはりと言ってはなんだが⋯⋯ことある事に隣や後ろに出没していたブルボンが来ていないのは何とも言えん。そ、そんなにこの間の件について怒っているのだろうか⋯⋯いや怒るよなぁ⋯⋯。

 

 

「後輩ちゃん⋯⋯ブルボンさんは⋯⋯。」

「何ですかその敬語。ライスさんの肩に居るじゃないすか。」

「ギンシャリじゃねぇよ。」

「冗談です。あの子なら、"カレンさんは負けないから大丈夫"って言ってましたね。今日は学園で練習するそうです。」

「そっ、そう⋯⋯じゃあ後輩ちゃんの担当は?俺もデジタルもまだ知らないんだけど、来てない?」

「あー⋯⋯本人は来る気満々でしたよ。お前デートすんのかってぐらいバッチリおめかしまでして気張ってました。ただ⋯⋯。」

「ただ⋯⋯?」

 

 

 後輩ちゃんは1度俺の方を見た後、再び携帯に視線を落としながら言った。

 

 

「勇者御一行とレース見るって言ったら、泡吹いてぶっ倒れましたね。」

「冗談言うのはこの口か?」

マジっす(までぃっふ)。」

「そんなデジタルの亜種が何人もいてたまるか。」

「トレーナーさん、アタシ泡までは吹いたことないですけど⋯⋯どうします?」

「伺いを立てるんじゃない。どうするも何もNoだよ。」

 

 

 相変わらず腕の中(定位置)で耳をぴょこぴょこさせおってからにこの美少女が⋯⋯ お前今でもたまに白目剥いてんのに泡まで吹いて気絶したら、いよいよただの失神だぞ。結局お前の不満が何なのかも、今許して貰えてるのかもこっちは分からないんだ。あまり変なボケ方するんじゃあないよ。

 

ほら(ほあ)。』と、俺に頬をつねられながらも後輩ちゃんが携帯で見せてきた写真には確かに布団で寝ているウマ娘だろう少女が居た。辛うじて髪は見え⋯⋯どうだコレ。芦毛か?そもそもなんで顔に新聞紙掛けられてるんだよ。扱い雑っ。

 

 

「気付いたら来るんじゃないすか。知らんけど。」

「随分お前さんにしては⋯⋯その⋯⋯。」

「良いですよ。雑にしてんのは分かってるんで。他人のパソコンから学生時代の写真引っ張り出してきて勝手に壁紙にする子なんすよ。それ見てこっちの反応楽しむんです。あの野郎。」

「口わっる。」

「まぁ⋯⋯仲良くやってますから。目標も一致してますし。」

「ふぅん⋯⋯まっ、後輩ちゃんが言うなら間違いないんだろう。目標が何なのかは分からないけどさ。」

 

 

 彼女は、再び俺を一瞥した。

 

 

「そんな事より始まりますよ。」

「おぅ⋯⋯いつになっても、"頑張れ"ってしか言ってやれないのは辛いもんだよな。キツイのは分かりきってんのに。」

「それでも言わなきゃっすよ。トレーナー(アタシら)に出来る事は、それが本当に最後なんですから。」

「⋯⋯そうだなぁ⋯。」

 

 

 デジタルが、少しだけ強く俺の手を握った。

 

 ウマ娘達がゲートに入り、観客は息を潜める。

 電撃6ハロンの戦い⋯⋯サクラバクシンオー対カレンチャンの決戦が始まった。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

『カレン、大事な話がある。』

 

 

 レース前の控え室で、お兄ちゃんは真剣な顔をして言った。

 

 

『スプリンターズSの後、デジタルと2人で話をしたんだ。"領域に踏み込んだサクラバクシンオー"について。』

『うん。』

『そもそも"領域"なんてデタラメなもんは、誰でも踏み込めるわけじゃない。だから前例が少ないんだが⋯⋯少なくとも、俺達は大まかに2通りのパターンがあると思ってる。1つはデジタルやシンボリルドルフのパターン。他のウマ娘にプレッシャーと恐怖心を抱かせて、限界以上の末脚で何もかも差し切る方法だ。』

『じゃあバクシンオーさんは⋯⋯もう1つの方だね。』

 

 

 お兄ちゃんはゆっくり頷く。

 

 

『そのもう1つって言うのは、そもそも周りなんか何も見ちゃいないってパターン。』

『えっ?でも⋯⋯。』

『あぁそうだ。スプリンターズSの時、カレンは誘い出されたって思ったんだよな?けど⋯⋯実際は、そう思わされたんだ(・・・・・・・・・)。アイツは何も見ちゃいない。自分のしたい事、自分のレースを、自分だけの世界で最善最短を突き進んでいるだけだ。あの時引っ張られるなと言ったのは、バクシンオーの出方を見すぎるなと言う意味なんだよ。"領域"を完全には物にしていないバクシンオーと競うには、それが何よりも大切な事だと思ってる。』

『バクシンオーさんが物に出来てない⋯⋯あれで、かな?』

『あれで、だよ。信じられないかもしれないけどな。あのパターンを完全に物にしたウマ娘を見てきたから、俺には分かるよ。だからアイツは⋯⋯。

『⋯⋯お兄ちゃん?』

 

 

 お兄ちゃんは目を伏せた。

 何を考えているのかは分からない。どうしてそんなに辛そうなのか分からない。口を開いたお兄ちゃんの声は、少し───ほんの少しだけ、震えていた。

 

 

『───無敗の怪物、"マルゼンスキー"。』

 

 

 生涯戦績無敗。

 誰よりも早くて、誰よりも強いウマ娘。トレセン学園の中でも、あの人の事を知らない人は居なかった。

 

 シンボリルドルフ(絶対なる皇帝)が影を踏めなかった。

 ミスターシービー(常識破りの走り)でも追いつけなかった。

 メジロラモーヌ(魔性の青鹿毛)ですらも、ただ見蕩れていた。

 

 

『そんな芸当に近付いているという事は、もう相手は普通じゃない。それでも⋯⋯俺は信じてるよ、カレン。』

『⋯⋯うん。』

『もう一度言う。バクシンオーに意識を向けるんじゃない。自分の道を見失わない事を重要視してくれ。俺に夢を一緒に見させて欲しい。そうしたら、お前さんは誰よりも強く駆け抜けられる。"絶対"に大丈夫だ。頑張れ、カレンチャン!!』

『⋯⋯分かった。行ってくるね、お兄ちゃん!』

 

 

 

 

 第3コーナー手前。上り坂はそんなに急なものじゃないから、場所取りさえ間違えなかったら余計な体力を消耗させなくても良いはず。カレンは空いてる内側にポジション取り。バクシンオーさんはカレンの1馬身前、少し外側。この間は逃げてたバクシンオーさんだけれど、今日は前目に出るみたい。確かに逃げより先行策をとった時の方が、この人の勝ち方としては安定していた気もするけど⋯⋯それが意味するのは、この間とは違うって事なんだ。

 

 本気で来てる。

 

 まだ何も始まってない、何もされてないのに、身体が奥の方からビリビリする。バクシンオーさんに近づけば近づくほど、自分の考えがこの人に筒抜けなんじゃないかって思っちゃう。

 スプリンターズSで走った時よりずっと強い。今相手をしてるのは⋯⋯。

 

 ダメ。ダメだよ、カレン。意識はあくまでも自分に向けてなくちゃ。あの人は自分のレースをしているだけ。それならカレンも自分のレースに集中するの。

 

 

『さぁ第3コーナー回って先頭はナビゲートライト!続いてアーリースプラウトが2番手につき、1番人気サクラバクシンオー外から僅かに進出か!それに続いてカレンチャンも徐々に上がってくる!』

 

 

 最高時速60kmかそれ以上のウマ娘。外側を走れば走るほどかなりの遠心力が掛かってくる筈なのに、この人は無抵抗っていう感じで走り続けている。誰も居ない道を突き進んでいる。

 

 どうしよう⋯⋯予想以上に、この人の速度が落ちない⋯⋯ッ。本番になるまでどんな展開になるか分からないって思ってはいたけれど、ここまでだなんて正直キツい、かも。

 

 

『ここで2番手入れ替わりますバクシンオー、サクラバクシンオー外からぐーんと上がってくる!1馬身後方カレンチャンも追いかけるが苦しいか!?さぁ最終直線!サクラバクシンオーがここでスパート!速度を上げていきます!!』

 

 

 スパート⋯⋯?

 

 違う。これがスパートなんて、そんなわけない⋯⋯まだ桜の花弁は舞っていない。

 分かってきたよ。お兄ちゃんが言ってた、自分のしたい事を最善最短でやるって意味。

 

 

『サクラバクシンオーがまだ速度を落とさない!先頭が入れ替わってサクラバクシンオーの独壇場!』

 

 

 この人はただ避けただけ(・・・・・・・)なんだ。自分の通り道に他の子が居たから。そうして目の前に誰も居なくなったら───王様は、ようやく誰も彼もを引き連れて凱旋する。

 

 まだ先がある。

 

 桜の花弁は見えない。けれど、今のバクシンオーさんは前より全然速い。なら⋯⋯カレンの知らない、正真正銘最後のスパートがある。

 

 怖い⋯⋯止められる気がしない。抜ける気がしない。追いつける姿が想像出来ない。

 

 どこで仕掛けるべき⋯⋯?スプリンターズSの事を考えると、きっと0.2秒でも遅れればもう取り返せない。どれだけこの人に迫ったところで、ゴール板を抜けるその一瞬に抜け出す事なんて出来ないっ。

 

 一瞬のチャンスを逃したら⋯⋯!

 

 

「うっ、ぐぅ⋯⋯ッ!」

「⋯⋯⋯⋯。」

 

 

 追いつけない⋯⋯届かない⋯⋯!ここじゃ、ない⋯⋯!バクシンオーさんならどこで仕掛けるか考えなくちゃ⋯⋯っ、ダメ!!またバクシンオーさんに引っ張られてる!カレンはカレンの道を⋯⋯でも⋯⋯っ、これ以上は⋯⋯!!

 

 

 

 

 

 

 ─力を抜いて。

 

 

「えっ⋯⋯?」

 

 

 ──指を伸ばして、重心を下げる。気持ちを足に乗せるの。

 

 

 あの子の声。

 身体が勝手に動いていく。1度もやった事のないそれはあの子の⋯⋯心の底から楽しそうに走っていた、カレンの王様(ユメ)の走り方。

 

 

 ──聴いて。あの人の息遣いを。足音を。心を。

 

 

 先を行くバクシンオーさんの目元に舞う花弁。けれどスパートはまだ。何もかも足りないあれは⋯⋯見せかけ(ブラフ)。我慢して。粘って。最後の最後まで。

 

 

 ───駆け巡る血潮を。滾り続ける貴女の本能を。スピードに全部全部乗せて。追い風は、いつだって貴女の為に吹いているから。

 

 

 ⋯⋯うん。ここからなんだ。

 呼吸を整えて、溜め込んだ脚を爆発させる⋯⋯バクシンオーさんのスパートに合わせて⋯⋯ッ!

 

 

「今ぁッ!」

───今ァッ!

 

「っ。」

 

 

『なんとここでサクラバクシンオーとカレンチャンの同時スパート!200mを切って残り僅かになりましたカレンチャン!サクラバクシンオーも逃げる逃げるッ!差を詰めさせない!』

 

 

 まだ⋯⋯まだっ、届かない⋯⋯!!

 こんなに全力を出しても、あの子と一緒でも追いつけない!

 こんなに力を振り絞っても、まだバクシンオーさんはカレンを見てくれない!

 

 あっはは⋯⋯やっぱり⋯凄いな。こんなに差があるなんて、思ってなかった。最初から、カレンだけじゃどう頑張っても勝てないって分かるよ。

 驀進──ただどこまでも、前に進み続ける王様。けれどその先にあるのが、"私を忘れないで"なんていう言葉なら。

 

 認めない。カレンは、そんなの絶対に認めない。

 

 

「カレンちゃーん!!」

「カレンさんッ!!そこっす!ぶち抜けッ!!」

「あと少しですからぁッ!踏ん張って下さいぃぃッ!!」

 

 

 ライスお姉ちゃんに後輩さん。

 デジタルちゃん。

 それから。

 

 

「夢中にさせてやれェッ!カレンッ!!」

 

 

 お兄ちゃん。

 兄さん。

 カナロアちゃん。

 皆一緒に居てくれる。ずっとカレンのことを応援してくれている。

 

 

 

 

 ねぇ、王様⋯⋯1人で走るのは、苦しいですから。

 ───孤独にユメを追い求めるのは、辛いから。

 

 一緒に走りませんか。

 ───この自由な世界(ターフ)を。

 

 今日、ここにいる全員に⋯⋯とびっきりカワイイカレン達を見てもらいましょう。

 誰もが夢見たレースを。

 カレン達が"ユメ"見たレースを、見せてあげましょう?

 

 カレン()はここに居ます(居る)

 

 だから王様⋯⋯いい加減に⋯⋯ッ!

 

 

 

カレン()見てッ(見ろッ)バクシンオーさん(驀進王)!!」

 

 

 

 一瞬だった。

 穏やかな眼で、あの人がこっちを向いた。終わりを決めた怖い眼じゃない⋯⋯きっと、ほんの少しだけ残ったバクシンオーさんの意思なんだ。

 

 声は聴こえなかった。けれど、確かに口が動いたの。桜吹雪が舞う中で。

 

 

 ───共に。

 

 

 走っているのに、そんな事知らないって言うみたいに⋯⋯あの人は息をめいっぱい吸い込んで───来たっ!!

 

 

 

「バックシィィィィィィィンッ!!!!」

「まだまだまだまだァッ!!!!」

 

 

 

 研ぎ澄まされた感覚が色んな声を拾う。湧き上がるお客さんの声。必死に叫んでくれるお兄ちゃん達の声。笑うバクシンオーさんの声。釣られたカレンの声。激しさを秘めたあの子の声。

 自分自身が熱くなっているのを感じる。心臓が破けそうなぐらい速く脈打ってる。

 

 限界⋯⋯ううん、そんなの必要ない。全部全部出し切る。倒れても良い。今だけはこの熱に抗わない。歯を食いしばって。脚を前に出して。腕をもっと振って。もっと、もっと振り続けて!

 この場に居る誰よりも強く、駆け抜けたい。1番先で笑いたい。立っていたい。ゴール板を抜ける一瞬で良いの。この人よりも先へ。

 閃光───その輝きよりもはやく、早く、速くッ!!

 

 

 

『カレンチャンの猛追!恐ろしい脚で上がってくる!!サクラバクシンオー逃げ切れるか苦しいか!?横並びで今、ゴーーールッ!!僅かにカレンチャン先頭!1着はカレンチャンですッ!!』

 

 

 

 ───観客席の大歓声が遠く聴こえる。何もかも出し切ったんだもん⋯⋯もう、倒れてしまいたかった。けれどそれ以上に、隣に居た王様は精神も体力もすり減らしていた。速度を落として、ふらつくその身体を何とか支えて、一緒に座りこむ。虚ろな目は、それでもカレンに合わせようとしてくれていた。

 

 

「⋯⋯⋯⋯私は⋯負けた、ん⋯ですよね⋯⋯。」

「はい⋯⋯カレン達の勝ちです。」

「そう⋯ですか⋯⋯。」

 

 

 それ以上何も言わずに、バクシンオーさんはただ俯いた。顔を両手で覆って、不規則に頬を伝う雫が溢れて芝を濡らしていく。

 

 それは───何の雫⋯⋯なんだろう。

 

 悔しさ。重圧。自由。意思。何もかもひっくるめて、バクシンオーさんの身体から"ユメ"が流れ落ちていくようにも見えた。きっとこのまま、王様も居なくなってしまうのかもしれない。そうすれば⋯⋯皆大好きなバクシンオーさんもきっと戻ってくると思う───けど。

 

 

「サクラバクシンオーさん。」

 

 

 何もしないなんて、カワイクない。カレンらしくないよ。だってカレンの夢は、"宇宙一カワイイ私"だもん。カレンのカワイさに夢中になって、見てくれて、幸せになってくれなきゃダメ。何もかも諦めちゃって居なくなるなんて⋯⋯そんなのはカレンが許しませんっ。

 

 

「今は⋯⋯ゆっくり休みませんか?お休み⋯⋯そう、少しだけ眠っちゃうんです。また今度、貴方が本気で走れるその日まで。」

「⋯⋯⋯その日は、来るんでしょうか⋯。」

「約束します。いつか⋯⋯いつか必ず、貴方に会いに行く子がいますから。カレンなんかとは比べ物にならないほど速い子が。だからその未来までは───バクシンオーさんを、戻してあげて下さい。見守ってあげて下さい。」

「⋯⋯私は。」

 

 

 ふと、カレン達に被さるように影が伸びた。後ろを向くと、そこに居たのはバクシンオーさんのトレーナーさん。震える手で、今にも泣きそうな顔で⋯⋯そうして、力強くバクシンオーさんを抱きしめた。

 

 

「バカチン。」

「トレーナーさん⋯⋯?」

「バカチン⋯⋯バカチン!こんなになるまで1人で突っ走って!バクシンするなら私も一緒だって言ったでしょ!?夢を見てるのは貴方1人じゃないの!怪我したら⋯⋯貴方が戻って来なかったら、元も子も無いのに⋯⋯!」

「⋯⋯何故でしょうか。こうしてもらうのも、何だか久しぶりな感じがします。」

「久しぶりなんだよ⋯⋯お帰りなさい。カッコよかったよ、バクシンオー。」

 

 

 うん。きっともう大丈夫。確証は無いけれど、"絶対"大丈夫だって⋯⋯分かる。あの子の声も聴こえない。全部終わったんだ⋯⋯と、思う。

 

 

「カレーン!!」

 

 

 お兄ちゃんが呼んでる。観客席で、沢山の人が見てくれている。今日のカレン、カワイかったかな?夢を見てくれたかな⋯⋯?

 戻らなきゃ。

 

 

「あれっ⋯⋯?」

 

 

 目眩がする。真っ直ぐ歩けない。

 戻らなきゃ。

 頭がボーっとして⋯⋯手が震えて⋯⋯。

 戻らなきゃ。

 戻らなきゃ。

 もどらなきゃ。

 

 1歩踏み出した足は力なんて入らなくて、もう倒れるので精一杯だった。

 

 ⋯⋯痛いかな。怪我⋯⋯しちゃうかな。

 そしたら⋯⋯お兄ちゃんは、泣いちゃうかな⋯⋯。

 

 

 でも、いつまで経っても衝撃は無かった。痛みも無かった。

 ボンヤリする頭でゆっくり目を開けば、優しい顔がカレンを見下ろしている。霞む視界の中でも、確かにその人は力強く笑っている。

 

 

「確かに⋯⋯約束しました。」

「バクシンオー⋯さん⋯⋯?」

「新時代の王と、今この場にいる新しいスプリンターの覇者に(はなむけ)の言葉を───楽しかったですよ。いつか、ターフの上でお会いしましょうね。」

 

 

 大好きな春の温もりの中で、カレンはゆっくり瞼をとじた。

 ⋯⋯お休みなさい⋯⋯私の王様。

 

 

 

 

 

 ───お休みなさい。カレンチャン。




次回、1章最終R──『Look at Curren.』ロリコン編で締めるぞぉ⋯⋯。

第1章は以下の楽曲に影響を受けております。
・本能スピード
・BLOW my GALE
・ニブンノイチ───BACK-ON
・3年目の浮気───ヒロシ&キーボー
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