人間がウマ娘に負けるわけないだろ!いい加減にしろ!! 作:なちょす
それに加えて、前話の後書きで今後の予定とか書いていたと思いますが⋯⋯エキシビジョンレース、大幅カットさせて下さい。
ダイジェストというわけでは無いですが、1レース1話に詰め込めるほど自分の技量が高くないのと、それを無理してやってもただテンポが悪くなるだけになりそうだったので⋯⋯この作者ホンマ⋯はぁ〜つっかえ!
もし今後も後書きとかで予定を書くような事があったら間違いなく賢さGです。遠慮せず保健室にぶち込んで下さい。
「何っ!?地鶏全部食べていいのか!?」
「うん!おかわりも良いよ〜♪」
「うめ⋯うめ⋯⋯うめ⋯。」
「先輩これから死ぬんですか?」
「何て事言うんだお前。」
時刻は午後1時半。午前中の激務──主に後輩ちゃんのチームが開いていた、託児所という名の『性癖破壊教室』での激闘を終え、俺とボーノ、それから後輩ちゃんは今日の為に準備された特別レース会場の観客席で遅めの昼食である。
とは言っても、レジャーシートをひいただけの簡易な観客席なのだが⋯⋯あっ、因みにテイオーはというと、はちみーを奢った後ヨシエさんの元へ合流したので不在。飲み切ったクソデカ容器だけ俺に預けて行きやがった。野郎⋯⋯カワイイじゃねぇか。
午後2時からは俺達3チームのウマ娘が、会場を訪れたトレセン入学志望の子供達にあれこれレースに関してのことを教えてあげたり、交流したりする特別指導体験イベントが始まる。最後には勿論子供達だけのレースもあるとの事。
ウチのチームからはデジタルとカレン、マヤ。後輩ちゃんのチームからはクロフネとエアグルーヴにライス。モルは当然カフェとタキオンだ。因みにタキオンが割と乗り気だった事に驚いている。
いや、アレは何だかんだでおチビちゃんには優しいからな⋯⋯。『君にだけは言われたくないねぇ』と返された事にもこの際眼を瞑ろう。
まだ開始前ではあるが、会場はさながら運動会の昼休憩の如し家族連れで賑わいを見せていた。宣伝というのは凄まじいもので、前評判だけでも結構な人気だとヨシエさんからも聞いている。
「そういえば先輩、デジタルさんどこ行きました?」
「あそこでカレン達と話してるぞ。」
「どれすか。」
「居るだろ、おしゃぶり咥えた美少女が。」
ようやく気付いたのか、後輩ちゃんは『パネェ』と一言零して笑っていた。
彼女が気付かないのも無理はない⋯⋯なんたって今日の相棒は本気のオタ活モード。ツーサイドアップの髪は全て下ろして後ろでキュッと結び、眼鏡をかけたスーパー美少女デジたんなのだ。初めて見た時は俺も分かんなくて、気づいた時には危うく卒倒しかけたさ。ふふっ、流石ポテンシャル激高オタク。お前のような普通のウマ娘が居るか。
但し中身は変わっていないので、性癖破壊教室から今までずっとおしゃぶりを咥えている始末。
なに?俺これからアレを筆頭に子供達の前に立つの?めっちゃ緊張してきた⋯⋯おい相棒。頼むから親御さん達の前で
全く───んぁー!腕を襲う
「お兄ちゃん緊張してる?」
「カ°ッ、カレン⋯⋯。」
横を向けば妹。その登場の仕方止めろって!お前さん距離感近いんだから急に出てこられるとお兄ちゃんはビックリ、ポニーちゃんはビクビクしちゃうでしょ!?その距離の詰め方、他の子に教えるんじゃないぞ!
「緊張してるなら〜⋯⋯さっきフラッシュさんにおまじないを教わったから、お兄ちゃんにも教えてあげる♪」
うん、そうだね。君達ってば性癖破壊教室で意気投合してたもんね。それで男の子も女の子もお構い無しに猛威を奮ってたもんね。
絶対ヤベェだろ⋯⋯!
エイシンフラッシュと言えば男性トレーナー達から見ても『センシティブ勝負服部門』堂々の1位を掲げるウマ娘。ドイツの民族衣装を模した勝負服から見えるダイナミックなフラッシュはまさにデッカー!それが押しの強さストロングなカレンチャンと手を組もうものなら向かうところ敵無しなのは分かりきっている。まさにミラクルな相乗効果。
「自分に頑張れって言ってあげるんだって。こうして⋯⋯"toi,toi,toi"って。」
そう言いながらカレンは、人差し指で自分の胸元を3回ノックした。
だが俺は知っている⋯⋯これはブラフ。俺の視線を自分の胸元に持っていかせ、後になって『お兄ちゃん、カレンのどこを見てたのかな?♡』と弱みを握りながら迫ってくるに違いない。そのまま
確かにお前さんからしたらお兄ちゃんは手頃なtoy,toy,toyなのかもしれんが、ここで俺がその誘いにhoi,hoi,hoiと乗る事は断じて無い!そんな事をすれば明日には社会からpoi,poi,poiなのだ。わざわざそんな選択をすると思うか?いや、nai,nai,nai。
「先輩また何かアホな事考えてません?」
「至って真面目だぞ俺は。カレンのおかげで適度な緊張感を維持出来ている。」
「そすか。まぁ何でもいいですけど、今日は普通にしてて下さいね。小さい子相手だとすぐやらかしますし。」
「お前さん俺の事なんだと思ってんの?」
「男性観だけ壊していく通り魔的勘違い野郎。」
「さては俺の事嫌いだな貴様。心配しなくても、そんな事出来るほど器用じゃねえっつの。そもそも子供の段階でそんな年上に好意持つような子も居ないだろうに⋯⋯なぁカレン。」
「そうだね。」
そう言いながら我が妹は微笑んで耳絞ってるッ!!!!
えっ!?何で!?何でこのタイミングで怒りだしたの!?待て、落ち着け、カレンは笑顔のままじゃないか。俺の考えすぎという線もある。よーっく考えてもみろ。カレンはいつだって『も〜!カレン怒っちゃう!ぷぅ。』とか、あざとさ全開のクソカワムーブをしていた筈だ。その度にこっちも『も〜!ポニーちゃん掛かっちゃう!ヌッ。』となっていたし間違い無い。こんな事1度もあった事など無いだろう。
それだけ本気で不機嫌ってことですね、分かります。分かりたくねぇ。
「よ、よし!飯も食ったし、昼から皆で頑張ろー!なっ、カレン!!」
笑顔のままこちらを向いたカレンチャンからの返事はなかった。ヒヒン⋯⋯。
そうして迎えた特別イベント。
ゼッケンを付けてグループ分けされた幼女達がワラワラと各チームへと散らばっていく。やはり知名度と言うのは凄まじいもので、カワイイカレンチャンは勿論の事デジタルやマヤにも早速質問攻めの嵐である。
元々ウチのチームで新人ちゃん達の世話をしてくれているカレンとマヤだ。指導に関しては全くと言っていいほど問題無い。
子供達の扱いに長け、自身が最も大切にしている"カワイイ"の中にレースでの要点を伝えているカレン。
天才的な勘を持ち味に、子供達とフィーリングを合わせながら逐一こうした方がいいと教えてくれるマヤ。
そしてデジタルは⋯⋯言う事などあろうか。まず適性を見抜くし、クセを見つけるし、それぞれにあった練習量や内容を個別に教えている姿は、本気のオタ活モードも相まって最早トレーナーそのものである。
ヌッ。負けてはいられぬ。どれ⋯⋯俺もトレーナーらしく面倒を見てあげようじゃないか。
「カレン、調子はどうだ?」
「うん。皆すっごく良い子でカワイイ♪」
「ふふっ、そうか。何か手伝うよ。」
「大丈夫!お兄ちゃん、多分やり過ぎちゃうから!」
「えっ。あっ、うん⋯⋯マ、マヤ〜?何か手伝う事───。」
「トレーナーちゃんは休んでて良いよ!絶対やり過ぎるもん!」
「⋯⋯デジタル⋯。」
「取り敢えず観客席で全体を見てあげて下さい。気になる所を指摘して貰えれば大丈夫ですから。」
やんわりと遠ざけられるのが1番ツラいって分かってるのか相棒。何だよ皆してやり過ぎるって⋯⋯もっ、もしかして普段のトレーニングが厳しいって思われてる!?ロリ相手に過剰な練習させかねない無能トレって事か!?
皆の練習見直さなきゃ⋯⋯ヒヒン⋯⋯。
まぁ実際三十路のおっさんに教わるよりも可愛いウマ娘達に教わる方が楽しいし、感覚的にも分かりやすいかもしれないが⋯⋯いや、しかし⋯⋯こ、後輩ちゃんもモルモットも指導している。まぁ⋯⋯あの2人はビジュアルが完成されてるからな⋯⋯。
女の子目線で見てもカッコイイ系の部類に入る後輩ちゃんと、そもそもの地がイケメン因子で構成されているモルモット。
つまり入る隙も無く暇を持て余しているのは俺だけというわけだ。何だと!?
「なぁボーノ⋯俺、トレーナーだよなぁ⋯⋯。」
声を掛けるが返事は無い。成程、つまりそういう事らしい。泣きそう。
「大きいおねぇちゃんは料理をもってくるって言ってました。」
「そっか⋯⋯ん?」
初めて聞く声だ。どこかおっとりとしていて少し高めの⋯⋯まるで子供みたいな声。
チラリと横を向けば、そこに居たはずの女神ボーノはどこにも居らず、代わりに座っていたのはロリだった。何を言ってるか分からねーと思うが、ガチロリだった。
11番と書かれたゼッケンを付け、何故か練習に混ざるでも無く隣で豆菓子をポリポリ貪っている。
鹿毛で毛先がふわっとしたセミロング。後ろに真っ赤な大きなリボンを付け、左耳には水色と赤のストライプが入った小洒落た耳カバー。何より特筆すべきは、その整った顔立ちだろう。幼いながらもどこか大人びた印象を受ける美人寄りな眼───言うなれば。
「⋯⋯アーモンドアイ。」
「あーちゃんの名前をしってるんですか?」
「名前?あぁ、もしかして本当にその名前なのかい?」
「はい。でもみんなはあーちゃん、って言います。」
予めヨシエさんに渡されていたグループ表を見れば、確かにゼッケン11番にアーモンドアイと名前が書かれていた。ふむ、名は体を表すとはよく言ったものだ。ふふっ⋯⋯ウチのチーム担当やないかーい!!
いかん、これでは名実共に職務怠慢である。頑張ってくれているチームメンバーに申し訳ない。あっ、でも俺が面倒見たらやり過ぎって言われるんだ⋯⋯何とか合流させてあげられないだろうか⋯⋯。
「あーちゃんは良いのかな?練習。」
「いいのです。あーちゃんは変わり者らしいので。」
「ほう。」
「みんなは走るのが楽しいって言うけど⋯⋯あーちゃんには分かりません。あまり走りたくないのです。でも⋯⋯そう言うと、おとんもおかんも、ちょっと悲しい顔をします。学校のみんなも、そんなあーちゃんが変わり者だって。」
「成程。そのお父さんとお母さんは?」
「⋯⋯おしごと。明日は一緒にいるって言ってました。今日は貴重な経験だからと、おっかない顔のお姉ちゃんの所にずっといたのです。」
そう言うと、あーちゃんは再び黙々と豆菓子を口に放り続けた。
少し不思議な子ではあるが、走る事が嫌いなわけでは無いらしい。しかもあの性癖破壊教室の生き残りだと。ふむ⋯⋯要するに気分的な問題か。
やはり家族連れの中に1人だと少々居心地が悪いのかもしれん。子供はその辺かなりデリケートで繊細な筈だ。そして今彼女の相手が出来るのは暇を持て余している俺のみ。よ、ようし⋯⋯俺は本業のトレーナーだ、やれる。toi,toi,toi⋯⋯。
「よし。あーちゃん、俺と練習するか!」
「できません。おじちゃんはスタッフさんですけど、トレーナーさんじゃないので。」
「えっ。」
一瞬何故?と思ったが、賢い俺はすぐに理解した。今俺の腕には特別スタッフの腕章が付いているだけで、トレーナーバッジはジャケットに付けたまま。そして始まる前に、『暑いから良いや。』とジャケットをデジタルに預けてしまったのだ。
つまり⋯⋯今の俺は何を言ったところでフラれる特別スタッフのおじさん。それどころか『お、おじさんと友情トレーニングしよっか⋯⋯。』と声を掛けてしまった正真正銘の変態不審者さんである。
このガバッ!!あれ程バッジは手元に置いておけとヨシエさんとのやり取りで痛感したはずだろう!これじゃデジタルのが本当のトレーナーじゃないの!
正直俺よりトレーナーとしての適性は高いと思われます。凹む。
「それにウマ娘が走る気分じゃないって⋯⋯そんなのは、やっぱり変じゃないですか。」
「そうかなぁ⋯⋯わりと普通だと思うよ。」
「なんでですか?」
「トレセン学園の子達だって、何も毎日全力だったり、走る事に対してのめり込んでいるわけじゃないからさ。」
あーちゃんは言っていることが分からない、とでも言うように首を傾げた。
「参加したかったイベントに行けなくてソファーで延々しょげるのも居る。チョークを折った罪悪感で泣きながら練習出来なくなるのも居る。尊敬する人の冗談に気付けない己の不甲斐なさにやる気を下げるのも居る。そういう日々も大事にしながら、皆楽しくやったり必死に踏ん張ってるもんさ。」
「⋯⋯じゃあ⋯ちょっとだけなら、良いです。」
そこからはあーちゃんの気が変わらないようにボチボチと練習に取り組んだ。
軽く流してもらいつつ豆菓子を一緒に食い。
フォームの確認をしつつ豆菓子を一緒に食い。
指スマしながら豆菓子を食い。
なんなら『もっと食え』と口に豆菓子を突っ込まれ、戻ってきたボーノに入れてもらったお茶で一息⋯⋯あれ?何してたんだっけ?
『さぁ、楽しい練習時間も終わりが近づいてまいりました。これから子供達の模擬レースが始まります!皆様大きな声で声援をお願いしまーす!』
場内アナウンスと共に子供達がそれぞれの親御さん達の元へと帰っていった。ウチのチームメンバーや後輩ちゃん達、モルモット達も戻ってきたが⋯⋯人の顔見るなり、何とも言えない表情を浮かべている。何だその顔。揃いも揃って『あっ、やったな。』みたいな薄ら笑い浮かべやがって⋯⋯。
「先輩⋯⋯攫うのはマズイっすよ。」
「攫ってねぇよ。仕事してたっつの。なぁ、あーちゃん?」
「豆菓子食え。」
「え、うん。ありがと。見てろよお前、俺とあーちゃんのペアなら優勝間違い無しだぞ。」
「もっと食え。」
「え、うん。ありがと。」
「うまいですか?」
「おいしい。おいしい。」
「キッチリ餌付けされてるし⋯⋯その子のレース、確か1発目っすよね。」
何だレースって⋯⋯それよりもっと豆菓子⋯レース⋯⋯レースッ!?しまった!脳死で豆菓子を食い過ぎたッ!!
だ、大丈夫だろうか⋯⋯いや大丈夫じゃねぇな。ゴメンよあーちゃん、こんなおじさんの餌付けに時間を取らせてしまって⋯⋯うっ⋯やはり無能⋯⋯。
あーちゃんは何かを察してくれたのか、ポケットの中も含めて持っていた豆菓子を全部俺の手に渡してくれた。計20袋の大所帯である。
「⋯⋯やるからには、ちゃんと走ります。でも⋯⋯きっと、なにも変わりません。」
そう言って彼女はゲートへ向かった。横顔に、どこかで見た事のある僅かな恐れと悲しさを浮かべながら。
『子供達がスタート位置につきました。練習の成果が出せるように頑張ってください!』
「ヤベェ⋯緊張してお腹痛くなってきた⋯⋯どうしようデジタル⋯⋯。」
「括ってみてはどうでしょう。」
「上手いこと言ったつもりか?ありがとう。」
「どういたしまして。」
『位置について⋯よぉい⋯⋯スタート!!今一斉に飛び出しました!ハナを進むのは4番、続いて7番がそれを追走!全体やや縦長のレース展開になっています!』
子供達とはいえ流石ウマ娘、それも未来のトレセン候補生達だ。運動会みたいな空気感とは対照的に走りに関しての迫力はやはり凄まじい。800mという半端な距離ではあるが、あーちゃんはやや後方の位置取りをしつつ非常に良く周りを見れている。
如何せん距離が子供のレースに合わせて短い為、スプリンターの考え方も通用するかどうかが疑わしい。俺らや現役のウマ娘達から見れば短くとも、子供にとっては長く感じるかもしれん。俺だったらあのぐらいの歳で800mなんて距離は走れない。なんなら今だって絶対走れない。
『さぁ徐々に後続の子達も追い上げてきました!集団が見る見る内に縮まっていきます!ハナを取っている4番、このまま押し切れるのでしょうか!僅かに開いた真ん中、3番と9番が突っ込んでくる!先頭は3人の争いかー!?ここで遂に動いた11番、最内から一気に───えっ?』
会場の空気が変わった。
足跡がくっきり残るほど地面を強く踏みしめたあーちゃんは、その目付きを鋭いものに変えて一気に突き抜けた。
接戦───それが起こる間もなく、彼女は末脚を爆発させて先頭争いをしていた子達を置き去りにしていく。
2馬身、3馬身、止まることの知らないそれは、下手をすればデビュー前の現役ウマ娘達とだって競える程の走り。
遅れて湧き上がった歓声を聞いて、俺はようやく彼女が先頭でゴールしたのだと理解した。
圧倒的、という言葉が1番しっくりくるだろう。彼女の走りは、幼いながらもそう感じさせる物で⋯⋯それなのに、1着で走りきったあーちゃんは俯いていた。
そこでようやく分かったんだ。
あの子が言っていた、『走るのがあまり好きじゃない』という言葉。あれは───孤独からくるものだ。マルゼンスキーと同じ様に⋯⋯自分の走りが周りから遠く離れた場所にある事を知ってしまっている。自分が勝てば、努力した末に泣く子がいるという事実に気付いている。
だから、彼女は笑わない。
だから彼女は楽しめない。
自分が置き去りにした子達の声に耳を傾けて、力強く手を握り締め、黙って下を向くだけだった。
もしあの子が本格化を迎えたトレセン学園生だったら、きっと多くのトレーナーや周囲の環境は言うだろう。『勝者は誇る事が責任だ』と。『それが競った相手に対する敬意だ』と。だがあの子はまだ幼く、その中で1歩引いた大人びた考えも出来る子だ。言葉一つで簡単に気持ちは揺らぐし、恐らく彼女の今後にも関わってしまう。そんな子に今からどうこう強く言うのはあまりに容赦がない。
あの子に掛ける言葉はそうじゃない。
走った後に残るのは、勝ちか負けしかないと思っているから。
その次が⋯⋯或いはそのまた次が必ずやってくる事に気づけていないから。
なら───変わり者のトレーナーが教えてやらぁ。
デジタルの方を向けば、こちらが何か言う前に相棒は俺のジャケットを差し出してきた。
「⋯⋯お見通し?」
「と言うより、顔に出てますね。」
「うーん⋯⋯お前さんの前だと顔にも口にも出るな。じゃあちょっくら"推し活"してくるよ。」
「はい。あの子の夢を⋯⋯歴史を、始めさせてあげて下さい。」
デジタルからジャケットを受け取り、フェンスを乗り越えたその足で真っ直ぐあーちゃんの方へと向かった。正面でしゃがんで顔を覗けば、あーちゃんの目には僅かに涙が溜まっている。
「あーちゃん。」
「⋯⋯やっぱり、走るのはいやです。皆あんなに頑張ってたのに⋯楽しそうだったのに⋯⋯泣いてる。あーちゃんが勝っちゃったから、泣いてるんです⋯⋯。」
「そうだね。頑張って練習して、走って、それでも君に負けちゃって⋯⋯悔しいと思うよ。でも───本当にそれだけかい?」
「えっ⋯⋯?」
こちらを向いた彼女に、後ろだと指で促す。そこに居たのはたった今2着でゴールし、あーちゃんと同じ様に涙を浮かべた子だった。この子は確か後輩ちゃんが面倒を見ていたはずだ。なら⋯⋯きっと、大切な事を教わっているだろう。
1番難しくて大切な、"諦めない"という心を。
「あの⋯⋯つ、次はっ!次は負けないからっ!」
「次⋯⋯?」
「うん!次は私が勝つの!だ、だから⋯⋯おめでとう⋯!」
最後まで堪えきれなかったのか、その子は泣きながらあーちゃんの勝利を称えて戻っていった。
あーちゃんが本当に走るのが嫌だと言うのなら、俺の思ったようにはいかない。だがこの子にウマ娘としての本能があれば、
「⋯⋯わかりません。全然、あーちゃんにはわかりません。だって、勝ったのはあーちゃんで⋯あの子は泣いてて⋯⋯なのに───。」
「"勝ちたい"。」
振り返ったあーちゃんの眼はギラついていた。胸に手を当て、自分の中に生まれたであろう"熱"に戸惑いながらも、その顔に先程までの悲しさは微塵も見当たらない。泣きそうで、でもそれ以上に嬉しそうに笑っている。
「次も、その次も、何度でも。自分が勝ってやりたい⋯⋯違うかな?」
「おじちゃんは知ってるの?」
「知ってるさ。もう何人も見てきたからね。あーちゃん⋯⋯君は変わり者なんかじゃない。他の子よりもほんの少しだけ色んな事を感じられる、優しい子だ。さっきの子は、
「いぎょう⋯⋯?」
「皆がびっくりするくらい凄いことさ。」
「あーちゃんがすごいことしたら、おじちゃんは嬉しい?」
「ん?勿論。だっておじちゃんは、あーちゃんの最初のファンだからね。」
その言葉に耳をぴんと立てたあーちゃんは、しかし次の瞬間には僅かに気を落とした顔で下を向いてしまった。
「⋯⋯おじちゃんが、トレーナーだったら良かったのに。」
「おや。どうしてかな?」
「おかんが言ってた⋯⋯トレーナーとウマ娘は仲良しなほど一緒に強くなれるって。あーちゃん⋯⋯おじちゃんなら仲良しになれるのに⋯⋯。」
「そっか⋯⋯そう言えば、君にまだきちんと挨拶してなかったね。」
そう言って俺はジャケットを羽織った。
今度はちゃんと、胸についたバッジが見えるように。彼女だけに聞こえるように、こっそりと耳打ちをする。
「実は俺、トレーナーなんだ。1着おめでとう。あーちゃん。」
「⋯トレー、ナー⋯⋯?おじちゃんが⋯トレーナー⋯⋯?」
「あぁ。そヴッ!!」
眼をぱちくりさせた彼女は若干後退りをして───腹部への急襲、もとい重心低めの本気タックルを、惜しげも無ければおっさんへの配慮も無い勢いで見せつけるように飛び込んできた。
んァーッ!!三十路の身体が地面に叩きつけられていくぅ!!何でちょっと助走つけたんだこの子!?
あっ、あっ、そんなに頭を擦らんといて!少しばかりこそばゆい!最近お腹出てきたのがバレる!絵面がゾンビ映画で喰われてるそれなんよ!ちょっと待てぃッ!!
「すごい!すごい、すごい!!おじちゃんトレーナーだった!ただのスタッフって言ってたのに!おかんが言ってた通りだった!」
「ゲッホ⋯⋯おっ⋯お母さんは、なんて言ってた⋯⋯?」
「大人は嘘つき。」
「英才教育かよ。」
なんとか立ち上がるが、あーちゃんは完全にコアラ状態。俺の両腕ごとガッチリホールドして離れる気配も落ちることも無い。いかん、他の親御さんの前である。そうでなくとも勇者御一行の娘たちだったり後輩ちゃんだったり、未来の原石を見に来た他のトレーナー達も居るんだぞ。既に目立ちまくっている。こういう時は何もありませんでしたよという素振りでしれっと帰るのだ。
そそくさと観客席に戻れば、デジタルと後輩ちゃんが温かい目で迎えてくれた。
「トレーナーさん。」
「先輩。」
『やらかしましたね。』
「ハモんな。普通に"やりましたね"でいいだろうが。」
「やらかしてんすよ。現在進行形で。」
「いや予想はしてましたけど⋯⋯流石特効持ちと言いますか⋯⋯。」
「それだと俺が誑かしたみたいになんだよ。カレンと同じ様な事しただけで、何にもねぇっての。なぁカレン。」
「そうだね。」
そう言いながら我が妹は微笑んで耳絞ってるッ!!!!
だから何でだよ!今怒るとこ無かったじゃん!お兄ちゃんそんなにガバな判断してた!?今日の情緒どうしたの!?お兄ちゃん泣きそう!!ヒヒン⋯⋯。
「トレーナーのおじちゃん!おかんが言ってました!トレーナーから契約の話をされたら生涯契約と同じだと!」
「契約ってそんな終身保険みたいな話だった?そもそも俺契約の話したかな?」
「さっきあーちゃんの最初のファンって言いました。これはもうトレーナーのおじちゃんがあーちゃんと契約するという事と同じです。おかんが言ってたので。」
「英才教育が過ぎる⋯⋯ッ!」
あーちゃんはその後も降りてはくれず、結局そのまま子供達によるレースイベントは終わりを迎えた。
⋯⋯⋯⋯で。
「何攫ってきてるんですかロリコンが。」
「いや⋯⋯懐かれまして⋯⋯。」
所変わってエキシビジョンレースの会場。ヨシエさんからの辛辣な一言と視線が物凄く痛い。丸めたパンフレットを手に腕組みしながら立つ姿はまさに絵に書いたような上司か現場監督のそれである。
確かに三十路のおっさんが身体に幼女を装備した状態で現れればそういう反応にもなろう。不本意です。
一応離してみようと努力はしてみたし、なんならこっそり見に来てたあーちゃんのご両親に引っ張って貰ったりもしたのだが⋯⋯背骨の方が先に折れそうなパワーだったので諦めたのだ。人に懐くのが珍しいのでそのまま面倒を見て欲しいと親御さんからも了承(という名の妥協)は得ているし、その親御さん達も念の為関係者席に来て貰っている。
「初めまして。お名前はなんて言うのかな。」
「⋯⋯あーちゃんです。」
「おっほ、カワよ。」
「あーちゃん。この人は凄い人なんだよ。おじちゃんより偉いしね。」
「すごい⋯⋯?」
「そう、私凄いの。確実にトレセンで1番凄い。寧ろ私がトレセンと言っても過言では無いくらい凄いし美人。怖いもの無し、常識知らずの恥知らずの女王とは私の事。エッヘン!」
あれ程引っ付いて離れなかった彼女はようやく自分から降り、何故か両手をバッと広げてヨシエさんと相対した。これは⋯⋯まさしくミナミコアリクイの威嚇ッ!
「あーちゃんの方が凄いです⋯⋯たぶん。」
「え〜本当?でもでも、私ぐらい凄いと、このおじちゃんメロメロになっちゃうかもなぁ〜。」
「あ、それは無いです。」
「黙ってろ。」
「ヒヒン⋯⋯。」
「おじちゃんはあーちゃんのファンです!あと、トレーナーです!」
「そうなんだ。じゃあ私がこのおじちゃんのヒト娘になろうかなぁ。」
「あーっ!あーーーっ!!」
あっ、この人全部分かってやってる。子供相手に結構マジなからかい方してるよ。後輩ちゃん助けて⋯⋯眼逸らされた。モルモット、ヘルプ⋯⋯何光ってんだお前。巫山戯るなよドリームチーム⋯⋯ッ!協調性どこいったんだ!?
あーちゃんは悲鳴を上げながら懸命に俺からヨシエさんをひっぺがそうとしている。もうそろそろ止めた方がいいだろうか⋯⋯いや、止めよう。結構本気で泣きそうだもの。
「ヨシエさん⋯⋯あんまりやり過ぎると、その子マジで泣いちゃいますから⋯⋯。」
「こういう可愛い子が見せる泣きそうな顔って興奮しません?正直もう辛抱堪らんって感じでぇッ!?」
突然横から現れたグーパンが彼女の頭を直撃した。お手本のようなゲンコツ、余りに鈍い音⋯⋯痛そう⋯⋯(小並感)。
頭を抑えてしゃがみ込んだ彼女に変わって前に現れたのは、馴染みのベレー帽を被ったハゲ───もとい、先輩だった。
「そういうとこだぞお前⋯⋯子供相手に何やってんだ。よぉ、若坊主。」
「来てたんだ。久しぶり──横、横ォッ!!」
「あ?横──ぬぁッ!!」
瞳孔ガン開き、殺し屋の様に目の座ったヨシエさんが先輩の胸ぐらを掴み、頭目掛けて全力でパンフレットを振り抜いた。スパァンッ!という子気味良い音と共に、流石のこの人も響いたのかその場にしゃがみ込んでしまっている⋯⋯痛そう⋯⋯(小並感)。
「おぉ痛てぇ⋯⋯久しぶりだっつーのに随分なご挨拶じゃねぇか?一番弟子。」
「弟子になった、なんざ私の口から一言でも言った事あったか?そもそも先にご挨拶かましたのはオメーだろ殺すぞ。」
「悪かったって⋯⋯まぁそんなカッカすんなよ。」
「じゃあ貴様が殴ったとこ普通にジンジンするから撫でろ。私の気が変わらない内に。」
「しょうがねぇな⋯⋯。」
「気が変わった。触んな。ハゲが遺伝する。」
「クソ女め。相変わらず好き勝手しやがる⋯⋯おい若坊主。どこ行こうとしてんだ?」
ひぇ⋯⋯ッ!捕まった!!
漫才してる内にシレッと皆のとこ戻ろうとしたのにダメだった!クソっ、このハゲ⋯⋯ッ!
「だ、だって子供の前ですし⋯⋯2人とも手が早いんだから、あーちゃんにショッキングな映像見せられないでしょ⋯⋯。」
『1番手出すの早かったやつが何言ってんだロリコン野郎。』
「うぐっ⋯⋯!あ、あれは昔の事で⋯⋯!」
「お前にも散々いい蹴り貰ったからなぁ。」
「私も胸ぐら掴まれた事、死ぬまで忘れないですから。」
あわわわ⋯⋯!ま、間違いなく師弟!どうしてここに来て息ピッタリで矛先こっちに向けるんだチクショーッ!いや、元はと言えば年甲斐もなく思春期みたいなスレ方してた俺の責任なのだが。凹む。
「はぁ⋯⋯とにかくもう始まりますから、トレーナーさんも早く場所に行きますよ。」
「えっ?俺、あっちのチームじゃ⋯⋯?」
「いや、私の隣ですけど。」
「聞いてない⋯⋯。」
「じゃあ俺も───。」
「オメーは呼んでねぇからどっか行けよハゲ。あっちのチーム行ってればいいじゃん。」
「ちぇっ⋯⋯。」
チラリとターフの方を向けば、今回の為に特別に用意されたステージの上で勝負服を身にまとった4人のウマ娘が、互いの相手と向かい合っている。
短距離においては絶対王者の
不屈の覚悟で自分の道を走り続けた
戦場を選ばないと言われたマイル無敗の
その勇者よりも早く、国内外で無敗を達成した
まさしくドリームチーム同士の激戦が始まろうとしていた。
ところで横に転がってるクソでかいじゃがいもの抜け殻はなに⋯⋯??
ハゲ(おハゲさん) : 問題児2人の師匠にして、シンザン・マルゼン・シービーとかいう厨パのトレーナー。現役時代は弟子2人から殴られ蹴られの日々を過ごしていたものの、『面白けりゃ何でもいい』のスタンスで許してた器の広い(変わり者)トレーナー。ハゲたのって絶対2人のせいだと思うんですけど(名推理)。ロリコンの事を気にかけてはいたけど、実はそれ以上にヨシエさんとあれこれあったようで⋯⋯?
投稿頻度また落ちてんよ〜。人足りないのに仕事が佳境なお陰で楽しく残業と休日出勤中でございます。
ちゃんと生きてるし、ネタ自体も別に詰まってるワケじゃないから、独身兄貴たちはもう少しだけ待っててね⋯⋯今の仕事さえ捌ければ⋯⋯!