人間がウマ娘に負けるわけないだろ!いい加減にしろ!! 作:なちょす
前者:マルゼンスキー・サクラバクシンオー・サイレンススズカetc...
後者:ミスターシービー・シンボリルドルフ・アグネスデジタルetc...
それらが限界を超えた走力を可能にする事は考えられるが、負荷、発生条件に関しては未だ未定。上記のウマ娘は要観察対象とし、円トレーナーと共に経過観察の予定。いや⋯⋯彼女ならば、或いは既に"可能性"という結論に気付いているか?ふむ、観察対象に加えてみても面白いのかもしれない。
───アグネスタキオンのReport『偶発性と必然性要因から来るウマ娘の限界走力』より一部抜粋。
昔の詩人が言いました。
『あの人が私を愛してから、自分が自分にとってどれほど価値あるものになっただろう。*1』
愛とは──献身。アタシが今迄幾度と無く、自分の
愛とは──無償。見返りを求めない善意が行き着く、1つの答え。
愛とは──信頼。あの人がアタシを信頼してくれて、アタシはどれ程変われたのだろう。
自分に自信を⋯⋯そう考えれば確かに自信はついたのかもしれない。何をするにも奥手で、自分が関わってしまってはきっとひたむきに頑張る彼女達の迷惑になると。そう信じて疑わなかった自分が、今はチームの一員で。まだ、不安になる事はあるけれど───その度にあの人から言われる言葉があって。
『大丈夫。』
『お前さんなら出来る。』
『最後まで一緒に。』
その言葉が、脚を前へと進ませる。
その言葉だけで、幾百、幾千の戦場を駆け抜けられる。
アタシは⋯⋯変われたのかな。あの人のやりたかった事も、夢も叶えられなかったのに。
アタシの自分勝手な気持ちの為に、あの人の時間を奪ってしまったのに。
『タイキシャトルが先頭、コーナーから最後の直線に入ります!後方アグネスデジタルとはおよそ3バ身、いよいよ厳しいかアグネスデジタルッ!!』
勝ったり、負けたり。レースの中で、何度もウマ娘ちゃん達の声を聴いた。想いを受け止めてきた。必ず次の場所へと連れて行くからと、何度も反芻してきた自分の気持ち。
なら⋯⋯あの人は?今のあの人の気持ちに、アタシは何かを返せたんだろうか。あの人は、今も変わらずに昔の事を覚えているのだろうか⋯分からない⋯⋯分からないけれど。
あの人が願っている。頑張れと思ってくれている。
勝ってこいと、託されている。
それなら───この脚は止められない。止めちゃいけないんだ。
2人で勝つと決めた
だって、今のアタシに出来る事なんてそれしか無いから。"約束する"と言ったあの日から、勝つと誓ったんだ。必ず届けるって決めたんだ。
何処だろうと関係ない。相手が誰であっても構わない。
雨。
走るんだ。泥濘む地面を踏みしめて。
走るんだ。視界を全て奪う
"約束"を果たす為に。あの人の夢を必ず届ける為に。
アタシは⋯⋯
「───
レース前の控え室。あーちゃんを後輩ちゃんへ預けてきた俺は、デジタルと共に出走前の最終ミーティングに来ていた。
相も変わらずカラフルな勝負服⋯⋯だが、それを見るのも随分と久しぶりな感じがする。何だかんだで長いことG1級のレースは出ていなかったし、新人ちゃん達の面倒を見てもらったり、あれこれトレーナー業の手伝いもして貰ってたからな⋯⋯担当ウマ娘に仕事手伝って貰う時点で無能では?凹む。
栗毛(と言ってもほぼピンクだが)の尻尾に手櫛を通せば、指の間をサラリとした感触が流れていく。もう幾度となくやってきた願掛けのような物なのだが、不思議と新鮮な気分である。
「緊張してるか?デジタル。」
「まぁ⋯そうですね⋯⋯。」
「流石に相手がタイキじゃあそうもなるか。」
「あっ、そっちじゃなくて。」
「じゃあどっちよ。」
「えっ!?⋯⋯何でもないです⋯⋯。」
「ふ〜ん⋯⋯。」
何だと言うんだ相棒。怖いからその妙なリアクションやめ───えぇい尻尾を振るんじゃあないよ!やりにくい!そんなに下手くそか、俺の手櫛は⋯⋯凹む。
どこか強ばっているようにも見える相棒だが、まぁタイキ相手に緊張しているわけじゃないのなら心配はしなくて良いのかもしれないが⋯⋯。
「なぁデジタル。俺はさ⋯⋯正直、今回ばかりは分が悪いって思ってるよ。元々の段階で相手は間違い無くお前と互角かそれ以上。ましてや今回は1400mに、ヨシエさんっていう規格外のトレーナー付きだ。」
「ですね。アタシはどちらかと言えば、1600から中・長距離向きですし⋯⋯恐らくトップスピードや加速の力強さ、この距離に対しての走り方は短距離に寄ったタイキさんの方が強いです。アタシが本気で走る事も、多分お見通しかと。」
「あぁ。そしてどっちもマイルは無敗⋯⋯今日、初めての黒星をどちらかが付けることになる。公式戦じゃないとは言えな。」
だが予想していなかったワケじゃない。並大抵のマイラーなら負ける事は無いだろうから、必然的にデジタルと競う相手は限られてくる。もしかしたら"マイルの皇帝"辺りが飛び出してくるとも思ったが、そこは杞憂だった。
それでもさっきのキングのレースがあるし、油断出来ないのは間違いないんだが⋯⋯。
───いつ、壊れますかね?
⋯⋯あぁ、クソッ、何でこのタイミングで思い出す。惑わされるな。俺はデジタルを信じている。なんたって相棒だろう。でも⋯⋯。
「デジタル、調子は大丈夫か?脚に違和感とか、変な感じとかは無いよな?」
「はい。無いですけど⋯⋯どうしました?」
「いや、良いんだ。ちょっとトレーナーらしく気になっただけさ。」
何ですそれ、とデジタルは笑った。いつもと何も変わらない、出会った頃と同じ様な笑み。そしてその眼には、並々ならぬ覚悟の火が宿っている。
そうだ⋯⋯大丈夫。コイツがやるって言うなら、俺は俺の相棒を信じるだけだ。
「デジタル。相手は間違い無く世界クラスだ。香港カップの時と同じように、最初は少しばかり前目に付けても良い。お前の末脚だって、タイキの脚に負けちゃいない。やる事は⋯⋯分かってるな?」
「勿論ですとも!全身全霊で相手をさせて貰いますから。そして───。」
「あぁ───
「はいっ!」
そうしてデジタルをステージの上へと送り届け、俺はあーちゃんを引き取るべく関係者席に迎えに行った⋯⋯のだが。
深く、深く項垂れて⋯⋯もう、何かいたたまれない⋯⋯。
「⋯⋯後輩ちゃん。この10分ばかしの出来事の説明をしちゃあくれないかい。」
「そっすね⋯⋯あーちゃんさんにちょっかいかけすぎたって事で、結構マジなトーンでルドルフさんとウチのエアグルーヴさんが説教したとこです。親御さんへの謝罪付きで。」
「あぁ⋯うん⋯⋯でしょうね⋯⋯。」
「まぁ親御さんは大爆笑してましたけどね。元々感情をあまり出さない娘が、今日一日で泣いて笑って恋して大忙しだっつって。成長万歳三唱してましたよ。」
「親の鑑か───エッ!?あーちゃん恋したの!?」
「うーわっ⋯⋯出た出た、通り魔が。」
「なに?この。」
「トレーナー君、少し良いだろうか。」
ふと呼ばれたほうに顔を向ければ、そこに居たのはたった今話に上がっていた皇帝様だった。
えっ?俺も一緒になって怒られるの?ち、違うよな⋯⋯?いや、確かにずっと横に居ながら止められなかったし、あーちゃんとの距離感は少々思う所があるけど⋯で、でもデジタルとはそんくらいだし⋯⋯んっ?これだといつも怒られる距離感って事じゃないか?じゃあ違うわ。
ルナちゃん、笑って⋯⋯笑って⋯⋯。
「君にも迷惑を掛けてしまったね。」
「あぁいや⋯それは良いんだけどさ⋯⋯あの人にはなんて?」
「1日口を聞かない、とね。」
「1日でああなるの!?いや⋯⋯想像したら多分俺もなるわ⋯⋯。」
「ふふっ、聖蹄祭やファン感謝祭で彼女が羽目を外すのは、今に始まった事じゃない。例年通りなら全日程が終わった後に、私や彼女の大勢のファン達の眼の届く範囲で盛大に外してもらっていたんだが⋯⋯流石に今回は予想外だったよ。」
そこでルドルフは、ようやく困った様に笑った。
「悪い人では無いんだ。ただ⋯言動と行動が少々特異と言うべきか⋯⋯うん⋯⋯。」
「大丈夫、ちゃんと伝わってるから⋯⋯お疲れ様。」
「⋯⋯でもね、トレーナー君。彼女のおかげで守られている存在も確かにある。守ろうとして守りきれなかったものもだ。彼女が今の立場を外れないからこそ私やテイオー達も走り続けられるし、何より───私の夢には彼女が必要だ。彼女の夢にも、私が居なければならない。私達は、私達を貫かなければならないんだよ。」
「⋯⋯何の話?」
「彼女の事、宜しく頼むよ。お弟子さん。」
そう言って、トレセン学園が誇る皇帝様は戻って行った。
いや聞けよッ!んもーッ、何で皆こっちが分かってる程で喋るのぉッ!?俺はそんなに要領良くもなけりゃ勘だって冴え渡ってねぇんだよチクショーッ!!せめて何に対しての話題だったかぐらいは教えてくれたって良いじゃないッ!
しかし宜しくされてしまったからには、あそこで無に帰している美人さんをどうにかしなければならないワケで⋯⋯うぅむ⋯。
「あっ、後輩ちゃん。あーちゃんは?」
「横。」
「え?ヴッ!!」
んぁーッ!三十路の身体が観客席に叩きつけられていくゥッ!普通に痛てぇッ!!俺は怪我しても良いけどあーちゃんはダメェッ!!三十路秘伝奥義、"固くなる"ッ!!違うポニーちゃん"硬くなる"じゃねぇんだバカヤロウ。お前それはいよいよだからな?
「おかえりなさいました。」
「た⋯⋯ただいま帰りました⋯危ないから、ここでアタックは止めようね⋯⋯。」
「うぃ。」
「よしよし⋯⋯あの、ヨシエさん⋯⋯?」
「⋯⋯ルドルフに嫌われた今⋯生きる理由など何処にも無く⋯⋯私はただ無に帰る⋯⋯お家にも帰る⋯⋯婚姻届も破棄せざるを得ない⋯⋯。」
声ちっさッ!今婚姻届って言ったか!?
ヌゥ⋯⋯かなりのメンタルブレイクをされているのは眼に見えて分かりきっている。童貞に傷心中の女性の相手なんぞ出来る気がしねぇ。
待ってくれシンボリルドルフ。何をどう宜しくされれば良いんだ。助けてくれ。この際ハゲでも良い、何か教えてくれ⋯⋯。
「あー⋯⋯えっと⋯ヨシエさん、ルドルフに愛されてますよねー⋯⋯。ちゃんと怒ってくれて、それでもヨシエさんが必要だって言ってくれてるんですから。ねっ?」
「⋯⋯遠い過去のお話⋯もう、ヨシエは必要不可⋯⋯お話⋯お話、してくれないって⋯⋯ヨシエ、涙不可避⋯⋯。」
「言語機能どうしちゃったんですか⋯⋯?」
オロオロした哀れな三十路を他所に、引っ付いていたあーちゃんはなんと自ら離れて、半ば強引とも言える形でヨシエさんの膝の上に陣取った。
「はじめから、皆で仲良く見ればよかったのです。お姉さんは隠し事してる人の顔です。わざわざ1人にならなくてもいいじゃないですか。」
「あーちゃん⋯⋯怒ってない?」
「あーちゃんは過去を気にしないのです。できる女なので。」
「君は優しいね⋯⋯ふふっ⋯本当に⋯⋯顔が良い。クッソ元気でたわ。よーしよしヨシエ⋯髪サラサラ⋯お耳かわよ⋯⋯。」
「むむっ⋯⋯やぶさかではありません。」
あーちゃん⋯⋯なんて健気で優しい子⋯!おじちゃんその成長ぶりに涙が出そう。でもほんの僅かな寂しさもあるんだ⋯⋯。
なんだと?これでは俺が四六時中近くにロリを置いていないと落ち着かない変態野郎ではないか。違う、そうじゃない。
だがヨシエさんの元気が出たならそれで良いさ。皆で見よう、そうしよう。ふふっ⋯⋯隣にスっとお座り。
そして俺の隣にカレンがスっとお座り♡なんで?
「デジタルちゃんの応援頑張ろっか♪」
「そうだな。」
そうだな──じゃねぇよッ!!
えっ!?何で何の打ち合わせもなしに現れたの!?お兄ちゃん確かに寂しいとは思ってたけど規格外ってあるだろ!?それは流石に洒落にならねぇッ!ルドルフが意味も無く1往復して戻って来るんだぞ!?お前さんがsit downするとポニーちゃんはstand upするの!漢字で表すなら凹凸なの!!ストレートに最低である。するなよ愚息。もぐぞ。
『これより1400m右回り、エキシビジョンレースマイル部門を開催します!お互いにマイル無敗でトゥインクル・シリーズを駆け抜けたアグネスデジタルさんとタイキシャトルさん!世界をも相手に戦った最強のマイラー同士が火花を散らしますッ!』
ツヨシのアナウンスが流れ、ステージの上ではデジタルとタイキが向かい合っていた。先程のキングとバクシンオーのようにバチバチし過ぎていないのは、2人の性格故か⋯⋯。
デジタルは確かに『領域』なんてものに踏み込んだ。相手がそうなっているとは今の所聞いた事は無いが、ヨシエさんの事なのでそうとも言いきれないのが辛いところ。ヌッ。
「どうしました?さっきからチラチラと。」
「えぁっ、や、何でもないです⋯⋯。」
「言っておきますけど、タイキちゃんに関しては特に何か指示出したりはしてないですよ。強いて言うなら毎週末にBBQしてました。」
「何故⋯⋯?」
「その方が強いからです。以上。」
畜生、また適当に流された⋯⋯凹む。
『両者の準備が整いました!本日ラストを締めくくる夢のレースが今───スタートですッ!さぁやはり先行飛び出したのはタイキシャトル、その2バ身後ろにアグネスデジタルがつきます!』
『この距離だったらタイキに分があるから、デジタルがどこで仕掛けるのかがポイントだね。』
あぁ、そうだろさ。だから相棒は最初っから本気だ。
スタート直後に何かを感じ取ったのか、タイキシャトルは僅かにデジタルの方へと顔を向けて引き攣った笑顔を浮かべた。
おっかねぇだろう?普段温厚で可愛くて謙虚で可愛くて控え目でクソ可愛い、率先して前に出たがらない勇者様から繰り出される飛びっきりのプレッシャー。アイツの『領域』は、脚が重くなる程度には強烈だぞ。
「お兄ちゃん⋯デジタルちゃん⋯⋯大丈夫?」
「あぁ勿論。ちょっとの有利・不利に振り回される程、相棒は脆くないさ。」
「そうじゃないの⋯そうじゃ、なくて⋯⋯。」
「カレン?」
心配そうな顔で、カレンはターフの上を見つめていた。
「ウマ娘の子達って色んなタイプがいますよね。不屈の闘志で何度も立ち上がる子、純粋に強い相手と競いたい子、自分の世界をどこまでも進みたい子に、誰かの夢を背負って走る子⋯⋯でも私は、1番強いのって何もかも楽しんじゃうような子だって思うんですよ。」
「楽しむ⋯⋯ですか?」
「逆境もプレッシャーも、1度きりで今しかないレースを楽しむ為のスパイス。自分の気持ちを高めてくれる大事な要因なんです。それを全部力に変換出来ちゃうような子を相手に打ち勝つには、自分も楽しむしか無い。純粋な力比べに根比べ。支配者様はその辺満点なので、こっちがあれこれ言う必要は有りません。じゃあ───勇者様は、どうですかね?」
『アグネスデジタルはまだ後方で抑えたまま、展開は未だ変化ありません。タイキシャトルが出方を伺っているようにも思えますが、どうでしょうテイオーちゃん。』
『⋯⋯あっ、うん。タイキが珍しくプレッシャー掛けられてるようにも見えるけど⋯今回は、デジタルの方が何か⋯⋯うん。』
『テイオーちゃん?あっと、ここでアグネスデジタルが僅かに前方へ進出!タイキシャトルにジリジリと迫っていく!』
デジタルがどうか?アイツがレースを楽しまなかった時なんて1度だってあるものか。大のウマ娘好きなオタクでオタク達の味方なんだから。
そうだ行け⋯行けっ⋯⋯そこまで上がれればお前の勝ち確パターンだッ!もう充分に差し切れる!外ぶん回して直線に入れれば、タイキの脚でも簡単には───簡単、には⋯⋯何だ?
『しかし縮まらない縮まらない!タイキシャトルがここでラストスパート、アグネスデジタルとの差を再び広げていくッ!およそ2バ身、3バ身と距離を伸ばしていきます!!』
「なんで、アイツ⋯⋯伸びない⋯⋯?」
展開によって仕方なく伸びないワケじゃないだろう?お前がその判断を付けられないはずが無い。絶対に無い。
いくらタイキシャトルがレースで起きる全てを楽しめる様な強者だろうと、ヨシエさんのサポートがあったとしても───お前の限界はまだじゃないか。お前のスパートはそんなものじゃない⋯⋯のに。
「あの状態のアグネスデジタルが勝てるわけないでしょバァカ。さっさと負けちゃえば良いんですよ。」
「は?」
「何もかも投げ捨てて、負けて、抱え込んだ大事な物もボロボロにされて。そうすれば無駄に苦しまなくて済むのに。手だって伸ばして貰えるのに。強がりが優しさなんてそんなバカげた事⋯⋯あるわけないのにさ。」
「⋯⋯好き勝手言いやがって。」
「え〜何?またスレちゃったのかなぁ?ダッサ。」
「チッ⋯⋯いちいち回りくどい言い方なんかしないで、さっさと教えてくれりゃ良いだろうが面倒くせぇな。」
「あっそ。じゃあ今度からぜーんぶ正直に話してあげる。それでアンタらがどうなろうと私には知った事じゃないし。精々みっともなく共倒れでも何でもすれば?」
言葉の一つ一つが癪に障る。
そう言えば昔っからこういう人だったわ。あぁそうだ、こんな事平気でベラベラ喋るような女だったもんな。だから俺もいけすかねぇって反抗してたんだクソが。
「結局変わってねぇのな。自分だけが物事知り尽くしてるって言い草じゃねぇか。そのクセ茶化して遠回しばっかりだ。
「ここで勝つ方が異常なんだっつーの。アグネスデジタルがおかしくなってる原因の半分はアンタのせい。
「あぁっ?」
「はぁ?」
「はい、そこまで。」
一触即発の中、俺達の間に割り込むようにして後輩ちゃんが座った。
「間をね、失礼しますよーすみませんね⋯⋯あーちゃんさんもカレンさんも、そんなに心配そうにしなくても大丈夫です。昔から、"喧嘩するほど仲睦まじい奴らは犬も食わねぇぞべらぼうめぃ"って言いますから。だから───ちょっと耳、抑えてて下さいね。」
「⋯⋯うぃ。」
「は、は〜い⋯⋯。」
「どーも。さてさて、尊敬してる先輩方⋯⋯今レース中。何なら子供と教え子の前。見られてないとは言え他のお客さんや親御さんも居るんですよこれが。OK?」
『⋯⋯OK。』
「ですよね。流石に分かってますよね。ははっ、分かってんのにコレとかウケる───舐め腐ってんすか?場所も弁えずにまた同じ様な事してみろ。纏めてシバき倒すぞバカ共が。2度とこんな事言わせんな?」
『⋯⋯ごめんなさい。』
一気に憤りの心が冷めていった。
淡々と話してはいるが、後輩ちゃんの目元には僅かに青筋が見える。1年ちょっとの付き合いの中で初めて見る表情だが、一目見ればそれが本気で怒っていると理解出来る。
カッとなって言い過ぎたかもしれない⋯⋯いや絶対言い過ぎたわ。正論過ぎて最早何も言えん。相棒のレースで何やってんだ俺は⋯⋯ヨシエさんに、カレンやあーちゃん、後輩ちゃんにも後で謝らなければ⋯⋯そしてデジタルにも。
「とかいうジョークですよジョーク。でも反省してる割には良く聞こえなかったっすね。」
『ごめんなさい⋯すみませんでした⋯⋯。』
「状況察してたおハゲさんに感謝して下さい。じゃっ、アタシ戻るんで。皆仲良し、トレセンサイコー。そういう事で頼みます。」
『タイキシャトルが先頭、コーナーから最後の直線に入ります!後方アグネスデジタルとはおよそ3バ身、いよいよ厳しいかアグネスデジタルッ!!』
⋯⋯後輩ちゃんのお陰で冷静を取り戻した頭で現状の再確認だ。
デジタルは変わらずタイキの後ろで走り続けている。アイツの『領域』は、本来相手に極度のプレッシャーを与え続ける事。それは最初から最後の直線に入るまでそうだ。ジリジリ詰まった状況で相手が早めに出るか遅めに出るか、集中しきったアイツだから相手の事が分かる。ウマ娘が誰よりも好きなデジタルだからこそ、相手の出方を先読みして立ち向かえるんだ。
だが、タイキシャトルは笑っている。結局
体格差はそのままパワー──加速度に直結する。ただでさえギリギリの状態のデジタルがここで伸びてこれないなら⋯この先は⋯⋯。
「デジタル⋯⋯ッ。」
『雨。』
カレンとあーちゃんが同時に口にした。釣られて上を見上げるが、雨どころか空には雲ひとつ無い。西へと傾き始めた優しい日差しがターフを照らしているだけだ。
そうして視界をもう1度ターフの上に向ければ──戦場を選べない勇者は、マイルの支配者を完全に捉えていた。
『残り200mを切ってタイキシャトル先頭のまま!マイルの支配者が──ッ!飛んできた!飛んできた!!飛んできた!!!アグネスデジタル外を回っての猛追!ここで差し切ってゴーーールッ!!ゴール手前でなんという末脚!なんという勝負強さ!真の勇者は戦場を選ばないッ!!』
『うおぉおおおおおおっ!!』
「⋯⋯勝っ、た?」
勝った。デジタルが、あの位置から差し切って⋯⋯嬉しいはずなのに、まるで納得していない自分が居る。
大きく肩を上下させながら、デジタルは上を見上げ、必死に呼吸を整えようとしていたからだ。相手が
信頼の為の道具。
勇者は戦場を選べない。
ヨシエさんはそう言っていた。デジタルに何かが起きているのは確かだろうが、俺にそれが何なのかは理解出来なかった。
「さっきは⋯⋯言い過ぎました。ゴメンなさい。でも、言った事は本当です。そして私が全部を話した所で、結局何の解決にもならない。最後はトレーナーさんが向き合ってあげなくちゃダメなんです。」
「⋯⋯俺は、そんなに察しが良い方じゃないです⋯⋯分からないんですよ。貴女の事だってそうだ⋯なんで⋯⋯そんな辛そうな顔、してるんですか⋯⋯。」
「⋯⋯私の事なんて良いんですよ。人並みな感想だけれど⋯⋯デジタルちゃんは凄く良い子。優しくて、気を使えて、強くて。だから───。」
「シンザンの様にはさせないで、ですか?」
ヨシエさんの表情が変わった。それは今まで1度たりとも見せることの無かった驚愕と、古傷を抉られた様な渋い顔だった。
そしてその傷を抉ったのは───。
「お取り込み中すみません。風の噂で聞いたものですが、少々興味がありまして。貴女は勇者御一行───いえ、デジタルさんとシンザンさんを重ねている節がある。これは決して皮肉でもなんでもないですが、他人の意志に惑わされずに自分の考えを押し付けると言うのは、皇帝のトレーナーらしく実に傲慢で素晴らしいと思いますよ。」
「⋯⋯何の話してるのかなぁ、モルくん。」
「貴女に聞きたい事が有るんですよね。"今回も"、でしたが⋯⋯人前でやりたい放題しているそのわざとらしい
「演技⋯⋯?」
モルはこちらに目を向けて、ニコリと微笑んだ。
「
「買いすぎ。私そんなに大層な人間じゃないから。」
「妥当な評価です。貴女は大層な人間だ。だから時代は貴女と皇帝を選んだんです。神馬と呼ばれたシンザンに引導を渡したその走りと心持ち、僕にもご教授頂けますか?」
「⋯⋯そう。聞きたいんだ。へぇ。」
一瞬何かを考える素振りを見せたヨシエさんは徐に携帯を取り出して操作する素振りを見せたが、直ぐに自分の懐へと仕舞い、あーちゃんを膝から下ろした。モルの顔を覗き込んでいじらしく笑った彼女は言う。
「良いよ。お話しよっか。生徒会室で君の知りたい事も教えてあげる。どうせウマ娘の"可能性"だの"運命"だのって話をしたいんでしょ?物好きだねぇ、君も。あぁ───アグネスタキオン。電話越しに盗み聞きなんて趣味の悪い事しないで、貴女も直接おいで。」
『⋯⋯⋯⋯ふゥん、成程。やはり隠し事が通用しないというのは、本当の話らしいねェ。』
「あっはは!まぁ、2人共歓迎するよ。気分はクソだけど。」
そうして2人は会場を後にした。
俺は⋯⋯いや、俺もデジタルに顔を見せに行かないと。一旦控え室に戻っただろうし、トレーナーの仕事ぐらいはちゃんとしなきゃ⋯⋯。
「あーちゃん、カレン⋯⋯今日は嫌な空気にしてごめんな。もういい大人なのに。」
「ううん、カレンは平気。お兄ちゃん、あんな風に怒る事あるんだね。」
「恥ずかしながら⋯⋯昔はあぁだったんだ。」
「おじちゃん!あーちゃん、おつかい頼まれました!あのお姉さんに!」
「おつかい⋯⋯?」
「んっ!20ぷんごに、これしてって!」
あーちゃんが自信満々で見せてきたのは1枚のメモ帳だった。
そこには綺麗な文字で言葉が書かれていた。
───"ミュートで参加。勇ましき者達に真実を。"
ヨシエさんが残したものらしい⋯⋯が、さっぱり意味が分からん。そしていつこれを書いていたのかも分からん。
もしもの仮説を立てるなら⋯⋯モルが自分の所へ来ることが分かっていた。いや、モルの言う通り、彼女の行動の全てが演技で、アイツを呼ぶ為のブラフだったとしたら?だがアイツだけならまだしも俺に何の関係があるのか⋯⋯えぇい分からん分からんッ!第一そんな事本気でやってみろ。それこそ未来予知だって出来る怪物じゃねぇか。
「ありがとう、あーちゃん。今日はもうお終いだからお父さんお母さんのところに戻りな。明日は家族で楽しんで。」
「⋯⋯おじちゃん、またあのお姉さんと喧嘩する?」
「⋯⋯しないよ。君にも約束する。皆仲良し、トレセンサイコー。」
「うん⋯⋯。」
あーちゃんはいつも通りコアラ状態で張り付いてきたが、親御さんの元に帰るまで、その顔はヨシエさんの後ろ姿を見つめ続けていた。
そうして聖蹄祭の初日が終わり、控え室に繋がる地下バ道。俺は控え室に居るであろう相棒の元へと向かっていた。
レースの結果は⋯⋯上々、なのだろう。マイルの支配者相手にあんな走りをすることが出来たのだから。だが、明らかにデジタルの様子は今までと違っていた。最初っから本気で走っていた筈のアイツの『領域』は伸び切れず、寧ろカレン達が"雨"を見た後に力が爆発していた。それは今までに無い傾向でもある。
アグネスデジタルにとって極度の集中状態───『領域』に踏み込む為の条件が変わったという事だろうか?変わるだなんて話聞いた事が無い。それこそ前代未聞だ。
アイツはレース前、脚や調子は大丈夫って言ってたし、何か嘘をついていたとも思えない。考えられる事があるとするのなら今までの疲労⋯⋯いや⋯
控え室の前に着いた時、中から鈍い音がした。
ガンッ、と。
もし着替えてたりでもしたら非常に気まずいかもしれないが⋯⋯寒気が止まらない。嫌な予感を抱えながら、扉を開ける。
「あー⋯⋯デジ───ッ、おいッ!デジタル!デジタルッ!!」
部屋の中に居たのは──勝負服姿のまま、ロッカーへもたれ掛かるように座り込んだ相棒の姿だった。
次回、『閑話 : 真偽、決意、可能性』
聖蹄祭初日終了後の、トレーナー達による短い話が3つ入ってます。後輩ちゃん目線、モル目線で初めて書くぞ書くぞ〜?
あっ、この作品はコメディーです。いやコメディーですって。生コメディー。人間的に色々足りない等身大な⋯⋯や、やめて!タグ詐欺とか言って石投げないで!投げるならジュエルにして!有償ジュエルにしてぇッ!!!!(ロブロイ貯金を崩したホモ)