人間がウマ娘に負けるわけないだろ!いい加減にしろ!! 作:なちょす
いっぱい書いちゃったけど、結局は脳死でいいよ♡
あっ、ロブロイ貯金消えました。察して。
アグネスデジタルは優しいウマ娘だ。
自分の好きな事には全力で、好きな物には出来る限りの配慮と推し活をするウマ娘。他人の心を感じ取れる力が敏感と言うか、自分の事のように捉える節がある。
阪神JFで勝った時、アイツは俺に言った。『勝ち続けると約束する』、俺の親父に届く様に『走り続ける』⋯⋯それから、『ゴメンなさい』。
要するにアイツは、その為だけに走ってたんだ。俺が親父に認めてもらいたかった事を知ってたから。
『自分がもっと早く契約を結んでいれば。』
『もっと早くに決断していれば。』
そんな罪悪感から出た謝罪の言葉。だからアイツは走っている。勝ち続けている。なんて事ない顔して、ひた隠して、3年以上もそんなもの背負いながら1人で走っていた。俺が気付いてやれず、『デジタルなら大丈夫』と思っていたばかりに。アイツに⋯⋯『もうとっくに救われてる』とちゃんと話さなかったばかりに。
だから俺は、アグネスデジタルのトレーナーとしてやるべき事を⋯⋯背負わせてしまった気持ちを吐き出させなければならない。そして今度こそ、ちゃんと俺の言葉を届けなくてはならない。アイツの望みは、自分の好きなものを1番近くで見たいという、ただそれだけの筈だったんだから。
それから───。
「⋯⋯昨日の話、本当なんですね。」
「うん。初耳だったでしょ?あのハゲ、何にも言わないで出てったんだから参った参った。」
2日目の午後。エキシビジョンレースの会場⋯⋯PC作業の傍らあちこちへ業務連絡を出していたヨシエさんの手が空くタイミングを見計らい、そんな話をした。肩を竦め、"やれやれ"とでも言いたげに溜息をついた彼女は、改めてこちらへ向き直った。
「正直⋯⋯何が何だかサッパリですよ。デジタルの事もあの人の事も問題だらけ。自分が何も知らずにのうのうとやってきたって事だけは分かります。貴女は⋯⋯全部知ってたんですか?」
「知ってました。トレーナーさんの事だって最初から全部知ってます。知ってて黙ってました。言いたい事あると思うので、何でもどうぞ?」
言いたい事⋯⋯それなら山ほどある。山ほどあるが───。
「そうですか⋯⋯なら──全部任せていたみたいで、すみません⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯はい?いやいやいや、もっと有るでしょ。『何で黙ってた』とか、『また回りくどいやり方で』とか。」
「まぁ⋯⋯でもそれ以上に申し訳ないと言いますか。実際あの人が居なくなった時、俺はヘコんでました。担当だって本気で探すだけの気力も無かったですし、今は今でいっぱいいっぱい。だからその⋯⋯多分、ですけど。俺が"大丈夫"って分かるまで、言わないでいてくれたんですよね?潰れないようにと言うか、キャパオーバーにならないように。」
あっ、いかん。何かキョトンとしてる。よくよく考えてみれば、"えっ、俺の事守っててくれたんですね嬉しいなー!"と自惚れ精神MAXで発言している様なもの。何か急にクッソ恥ずかしくなってきた。待って待って、発言やり直したい。えっ、恥ずッ!恥っずッ!!
「⋯⋯変わり者って言われません?」
「実は良く言われます。イカつい顔した娘に。」
「はぁ⋯⋯身構えて損した。」
「ただその上で言わせてもらうなら⋯⋯今回の件、まだ手伝えません。俺はやる事を先にやります。ようやく分かったので───アグネスデジタルの担当として、アイツを最優先にしたい。俺のエゴで、昨日そう決めました⋯⋯だから───。」
こちらが言い切る前に、彼女は赤ペンを取り出して俺の手の甲に大きな花丸を書き出した。
「花丸あげちゃいます。トレーナーとして100点満点。貴方もデジタルちゃんも、もっとエゴで動いて良いんですよ。優しさは薬にもなるけれど、それ以上に劇薬なんですから。」
「ど、どうも。」
「あぁそうだ。ハゲから伝言ですけどね⋯⋯あのチキン野郎、やっぱりマルゼンちゃんのトレーナーにはなれないみたいです。どこまで言っても自分はシンザンのトレーナーだからと。」
「⋯⋯そうですか。」
「代わりに───お話は出来たみたいですよ。誰かさんのお陰でシービーちゃんとマルゼンちゃんの2人と話をして、皆それぞれの道を行こうとしてる。誰も彼もが目的地を決めてふっ切れ状態。そしてそんな状態の片割れを預かっちゃいましてね。」
満足気に笑った彼女がこちらを向く。それは今までの誰よりも純新無垢で、背筋がゾッとするものだった。ヤダ待って、ホントに怖い。
「初代『ポラリス』の一番弟子として───私と
「⋯⋯上等です。もうアレです⋯あの⋯⋯ポコパンですよ⋯⋯?」
「そこはもっと強気に出来ません?クソも締まらないんですけど。」
「ヒヒン⋯⋯すみません⋯⋯。」
心做しか、彼女の笑顔が柔らかい気がする。いや怖ぇけど。怖ぇけども。脚ガックガクだけれども。それでも今までの張り詰めた笑顔とは違う様にも感じた。
「ところで、何で今日はジャージに帽子スタイルなんですか?」
「だってこうしないとたづなちゃんに怒らう"ぇ"ッ"!!」
とても人間が出してはいけない声を上げながらヨシエさんが飛んできた。自分でも何言ってんのか分からねーけど飛んできた。ここは観客席⋯⋯しかも関係者しかいない特別席だから、他の人が巻き添えになることは無い。無いからこそ、間違いなく座席にぶち当たる事が目に見えている。
ならばこちらとて紳士的に受け止めねばなるまい⋯⋯死人が出る前にィッ!!
アドマイヤベガ直伝、『Shall we danceの構んぁーっ!三十路の身体が
「いったぁ⋯⋯何?何?」
「喧嘩しないって、言いました⋯⋯おじちゃんもお姉さんも!今日は喧嘩しないって言いました!!」
「あ、あーちゃん⋯⋯?してないしてない!今日は喧嘩してないから!ほら、おじちゃんこのお姉さんに花丸貰ったんだよ!」
「⋯⋯じゃあ⋯⋯何であーちゃんは突撃したのでしょう⋯⋯。」
「えっ⋯⋯ゴメン、分かんない。」
ヨシエさんの腰にダイレクトアタックした弾丸ことあーちゃんは、眼に涙を浮かべていた。どうやら俺達が真剣な顔で話をしてたのを喧嘩と勘違いしてしまったらしい。余程昨日見せた醜態が響いてしまっているようだ⋯⋯申し訳ない。
そして下腹部辺りにヨシエさんの豊満Styleが乗っかっている為非常に居心地も悪い。い、いかんぞこれはッ!!とてもいかんッ!!落ち着けポニーちゃん───えっ、何でお前今日はそんなに落ち着いてるの?やだ逆に怖い⋯⋯俺がロリコンみたいじゃん⋯⋯違うそうじゃない。
「ほ、ほら!2人とも超仲良し!友達!ですよねヨシエさん白目むいてるッ!!!!」
アーッ!!女王が泡吹き出したーッ!大丈夫かこれ!?死んでんじゃねぇの!?
「あ、あーちゃんは⋯⋯大罪を⋯⋯!」
「してないしてない!この人こう見えて元気だから!ねっ!?」
「be...born......mother......fucker......。*1」
「ほら!ちゃんと喋れるから元気、元気!!」
何言ってるかは分からねぇけど。多分大丈夫とか元気とかそういう事言ってるんだと思う。
じゃなくてッ!誰か助けて下さい!救護班ッ!レース始まっちゃうし死人が出ちゃうし救護班ーーーッ!
「───。」
「えっ───うぉっ。」
手を差し伸ばしてくれたのは、手足の生やしたクソデカい人参だった。胸の辺りにはご丁寧に『ベジタリアン筆頭』の名札もぶら下げている。それもうベジタリアンじゃねぇんだわ。ベジタブルなんだわ。
違う違う、誰か助けてって思ったけども。人を呼んで欲しかったの俺。お野菜に来られてもどうしようもねぇのよ。そしてめっちゃ声籠ってるから何言ってんのかまるで聞き取れねぇ。
人参はあーちゃんに何か言ったようで、申し訳なさそうにあーちゃんはペコリと謝罪していた。ヌッ、こっちを向くな人参。ヒト耳には聞き取れねぇって。あと圧が凄い。
「──⋯⋯───。」
「あぁ⋯⋯うん。あの、よろしくしても⋯⋯?」
「───。─────。」
大きく頷いた人参さんは、そのまま気絶した女王をプリンセス抱っこし、あーちゃんを腰に巻き付かせ、この場を後にした。
その背中に『
仕事選べよ会長ォーーーッ!!
『やぁ、お1人?精が出るねぇ。』
彼女は、突然僕の前に現れた。いつから居たのか分からない。気付かれないようにコソコソしていたのか、僕自身気付かないほど練習にのめり込んでいたのか。
"皇帝シンボリルドルフのお騒がせトレーナー"。ニコニコと笑いながら座り込んでいる彼女は、世間でも余りに有名な存在。
『何か⋯⋯御用ですか。』
『御用改めである。ウチ来なよ、オフサイドトラップちゃん。』
『⋯⋯お断りします。僕は僕の力で走りを取り戻さないといけない。もう一度レースに勝って、自分を証明しなきゃ───。』
『トレーナーも居ないのにどうすんのさ。我武者羅にやって身体ぶっ壊したい系?君のトレーナー、天皇賞が終わってから定年で辞めちゃったじゃん。勝ちたいんでしょ?ほれほれ、今なら超優良物件な皇帝のトレーナー様が空いてるぞ〜?♡』
茶化しているのだろうか。飄々とした───悪く言えば、あまりにも軽い勧誘。どんな自信があればそんな事が言えるんだろう。勝ちたいなら自分と手を組めだなんて、少なくとも
それに───もう、遅いのに。今更
『⋯⋯すみませんが、やはりお断りさせて頂きます。貴女は"皇帝"のトレーナーです。僕では無く、もっと他に探した方が良いですよ。でも⋯⋯ありがとうございます。』
これで良い。あとは練習に戻って───。
『"今更怪我人に何の用だ"、"軽々しく勧誘するだなんて言うな"、ぐらい言ってみたらどう?優しい言葉で嘘つかれるのが1番悲しいなぁ。』
『ッ!なん⋯⋯。』
『茶化してるわけでもふざけてるわけでも無いんだよね〜、コレが。"君が良い"。オフサイドトラップちゃん⋯⋯君の中の、ずっと深いところで燻ってるその火が欲しいんだ。』
『火なんて⋯⋯ありませんよ、そんなの。』
『無いならとっくに辞めてる。走る事も。頑張る事も。諦めない事も。だって無駄でしょ?そう思ってないから続けてるんだよね。』
今思えば、何で僕は逃げなかったのだろう。笑いながらゆっくりこちらを歩いてくる彼女に向き直り、ただ言葉を待っていただけだった。
『心の熾火を私が燃やしてあげる。下らない"ユメ"も"運命"も丸ごと燃え上がらせるような熱い火⋯⋯舞台も燃料も全部全部私が用意する。もう一度だけ言うよ、オフサイドトラップ。"
彼女の⋯⋯円 ヨシエトレーナーの言葉に、嘘偽りは無かった。その眼は、今の僕にとってはゾッとする程の恐ろしさと、同時に何故か優しさを感じた。だからだろうか───その悪魔の誘いに乗ってしまったのは。
『どうもありがとう。じゃ、今日から暫く走るのはダメね。』
『っ⋯⋯どうして⋯⋯。』
『1回だって怪我したら、元の走りに戻すのはキッツイんだよ。だから
『えっ、あ、いや⋯⋯。』
そうして半ば無理やり連れてこられたのが、学園内でもワケありウマ娘と噂されていた変わり者───アグネスタキオンの所だった。
彼女は僕の顔を見るなり満足気に笑いながら、"観察対象が増えた"と喜んでいた。被験者扱いされるのはあまりいい気分じゃなかったけれど⋯⋯自力で怪我から復帰した彼女ならばと思ったのも本当の事だ。
『そんなに怖い顔をしないでおくれよ。何も取って食おうとするワケじゃない。天皇賞の件は私も見ていたからよく知っているよ。優勝おめでとう。』
『⋯⋯良してくれ。あれは、スズカが───。』
『
言葉に詰まる僕を他所に、タキオンは⋯⋯それから僕をここへと連れてきた張本人は、ずっと笑っていた。
『"夢"はまだ終わってないよ。オフサイドトラップちゃん。』
『えっ⋯⋯?』
『終わってなんかない。もし
『自分だけの⋯⋯景色⋯⋯。』
『さぁ、夢の片割れ───立ち上がる時だよ。私達に"可能性"を見せて欲しいな。』
それから───僕とポラリスのリハビリの日々が始まった。
奇跡のウマ娘が、身体の使い方を細かに教えてくれた。
皆のお助け番長が、夜遅くまで練習に付き合ってくれた。
黄金世代の秘密兵器が、怪我の様子を逐一確認してくれた。
皇帝が、僕に道を指し示してくれた。
長い時間をかけて。『ポラリス』の隠し玉として。
僕には⋯⋯ヨシエさんが言う、"運命"とか"可能性"は分からない。けれど───。
───オフサイドちゃん。これが君の"悪魔"からの最後の言葉。もう、脚は大丈夫だよ。だから⋯⋯覚悟を決めて。
そんな日々があったから、僕は今日ここに居る。
"彼女"と同じこの場所で走り続けている。
『さぁエキシビジョン第3Rがスタートしました!先頭はやはりサイレンススズカ!今日も快調に大逃げのスタイル!!オフサイドトラップは5バ身ほど後ろで様子を伺います!』
コースは芝2000mの左回り。レース場としての細かな違いはあれど、それは奇しくもあの日の天皇賞と同じだった。
大欅を越えられなかったサイレンススズカ。人も、ウマ娘も、誰もが夢見たその走りを携えて。より洗練された大逃げを武器に彼女が前を行く。
「⋯⋯っ⋯⋯全然、速いな⋯⋯ッ!」
予めヨシエさんからも聞いていた。恐らく今のスズカは、トゥインクル・シリーズで走っていた時の比では無いと。
挫折を知っているから。
怪我の恐怖も、痛みも乗り越えたから。
そして何より、自分だけの景色を取り戻す───そのエゴが、前へと進ませているからだと。
僕は⋯⋯どうだ?脚の痛みは無い。けれど、恐怖が無いと言えば嘘になる。もし今日、この場で、再発したら。あの痛みがまた襲ってきたら。
背中に悪寒が走る。あれ程皆に手伝って貰った筈なのに、僕の心は本気を出すなと言っている。
レース前だってそうだ。スズカの前に立った時の会場の空気が、脚を震わせた。今更だって言うのは分かってる。あの目線が責め立てるものじゃなく、どうしたらいいのか分からないだけだって言う事も伝わっている。
ただ⋯⋯それでも分かってしまったんだ。僕に笑いかけてくれたスズカが、僕よりも遠い場所に居る事が。
きっと届かないかもしれない。
彼女の方が速いのかもしれない。
もしここで負けたら。
もし、『ポラリス』の看板に泥を塗ったら⋯⋯僕は⋯⋯ッ。
───君は真面目だねぇ。誰かの為に、なんて考えなくて良いよ。それが力になる子は間違いなくいるけれど、無理してそう思う必要は無いの。
笑いながら彼女はそう言っていた。
自分を僕だけの"悪魔"だと。軽口ばっかり叩いて、やたらと距離が近くて、何考えてるか分からなくて⋯⋯さっきだって、どうしてか白目むきながら人参衣装のルドルフさんに抱えられてて、何してんだろって思ってたけど。
───オフサイドちゃん。君の心には、もう火が宿ってる。後は燃え上がらせるだけ。炎になるまで風を送り続けるの。風は⋯⋯君の前に在るからね。
「風⋯⋯僕の前に在る⋯⋯風⋯ッ!」
怖気付くな。退くな。立ち止まるな。
前だ!前だっ!!前だッ!!!前を向き続けろ!走り続けろッ!お前はオフサイドトラップ、不撓不屈のウマ娘だろッ!!
風を捉えろ!夢を追いかけ続けろ!先頭を走るあの姿を、絶対に引き離すな!
───覚悟を決めて。スズカちゃんに勝ちたいなら。自分を証明したいなら。残り1000m、そこが君の分岐点。それより仕掛けが遅いと必ず逃げ切られる。早いとペースに飲み込まれるだけ。それさえ理解出来たなら、遠慮しないであの子の世界に踏み込んじゃいなよ。
"
サイレンススズカ⋯⋯きっと、君の方が僕よりも速いんだろう。
だけど───強いのは、僕だ。
今度はどこにも行かせないから。
もう一度走りたい。あの日の続きを───僕達の"夢"を。
僕は、君と夢を駆けるよ。
子供の頃から夢見てきた景色があった。
レースの度に見える景色があった。
先頭に立つと、決まって見える私だけの世界。私だけの"
どこまでも続く青い空。足元に青々と広がる大地。走って、走って、走り続けて⋯⋯熱く火照った身体を撫でていく、心地良い風。
誰も居ない、静かな場所。
私は───天皇賞でその景色を失った。怪我による途中離脱⋯⋯そういう"ユメ"を子供の頃に見ていて、本当にその通りになってしまった。思い出したのは病院で目が覚めた時。スペちゃんが横で泣いていて、トレーナーさんが青ざめた顔の中に安堵を浮かべてくれて⋯⋯けれど不思議な感じだったのを覚えている。
あぁ、私は、まだ走ってもいいんだって。
誰かにそう言われた気がしたから。背中を押された気がしたから。
今日、私の前に立った"彼女"は怯えていた。あの日の勝者である彼女も、怪我を乗り越えて立ち上がったと聞いていたけれど⋯⋯今にも壊れてしまいそうなほど弱っていて。それなのに───ずっとずっと、心は燃えていた。
だからかしら。
ようやく取り戻せたはずの目の前の景色が⋯⋯私だけの筈だった大切な物が、その色を変えても輝いて見えるのは。
青空は夕焼けに焼かれた様に赤く燃えていて。
足元に広がっていた芝は稲穂の様に金色の輝きを。
そして風は───
「スズカァぁあああッ!!!!」
『オフサイドが来た!残り1000を切ってオフサイドトラップが上がってくる!サイレンススズカへとその距離を縮めていきます!』
トレーナーさんが言っていた。オフサイドさんは、悲劇の天皇賞覇者と呼ばれ⋯⋯下手をすれば、心だって折れているかもしれない。けれどもし───何かが。或いは誰かが起因し、それすら乗り越えて私の前に立ったのなら。
先頭の景色は、私だけのものじゃなくなるかもしれないと。
「⋯⋯熱い。とても、熱いのに⋯⋯ふふっ。」
楽しい、だなんて思うのは⋯⋯後ろから迫る彼女がこのまま勝ってしまっても良いんじゃないかと思うのは、ウマ娘として間違っているのかしら。
あぁ、うん。やっぱりそうね───失礼だし、私だってようやく取り戻した場所だもの。
だから⋯⋯先頭の景色は、譲らないッ!!
『しかしここでサイレンススズカが再び突き放す!逃げて差す走りは今日も健在か!』
いいえ、まだ。まだ突き放せてなんかいない。彼女はまだ私の世界に居る。不撓不屈の追跡者は、どこまでも追ってきている。そんな走り、トゥインクル・シリーズでも見た事ない。
きっとヨシエさんが何かしたんだと思う。スタートしてすぐ、白目をむいたあの人が視界に入って思わず2度見しちゃったけれど⋯⋯そんな芸当が出来るのは、"皇帝"のトレーナーぐらい。だって普通のトレーナーは、ここまで来るのに沢山の時間と信頼関係が必要だと思うから。
それに何となく分かる。『不治の病』なんて言われている怪我を誰が面倒見たのか。
ねぇ⋯⋯タキオン。見ているのでしょう?あの日と同じように、どこかで愉快そうに。貴女が何を知りたがっていて私の元にもやって来たのかは分からないわ。ウマ娘の"次のステージ"というのも分からない。
けれど───ありがとう。こんな勝負をさせてくれて。
オフサイドさん。まだ、上がありますよね?
一緒に走りましょう。この
だって私達は───この先もずっと、ずっと⋯⋯走っていいんですから。
「先へ⋯先へ⋯⋯限界を超えたその先へッ!私はッ!」
「僕自身の証明の為と⋯⋯恩返しの為に⋯⋯僕はッ!」
『勝ちたいッ!!』
『オフサイドトラップがついに逃亡者を捉えた!しかし差し返すサイレンススズカ!残り200m、両者壮絶なマッチレースッ!!1歩たりとも譲らないッ!』
ギラつく眼差しが横に並ぶ。
身体を焼き焦がす執念の炎が燃え上がっている。
私の中にも宿ったそれは、彼女の"領域"。決して消えない不屈の炎。
誰にも何も言わせはしない。今私達はここに居る。ここで走り続けている。
あの日───有り得たかもしれない、私達の"可能性"。
こんなのじゃ足りない。引き離せない。まだまだ満足出来ない。
ふふっ、ねぇ⋯⋯
だから追いかけてきて。最後の最後の、最後まで。
「やぁああああああああぁぁぁッ!!」
「ッ、だぁあああああああああッ!!」
『先頭サイレンススズカ!先頭サイレンススズカ!しかしその差は僅か、ゴールは目前だ!外から届くかオフサイドが!オフサイドが!オフサイドが!僅かに差し切ってゴーーールッ!!先頭オフサイドトラップ!!異次元の逃亡者を、不撓不屈のウマ娘がついに捉えたァーッ!ゲェッホゲッホ、ウッ⋯⋯!!』
『ツヨシ、落ち着きなって⋯⋯。』
ゴール板の向こうで、彼女は震えていた。必死に呼吸を整わせ、立つ気力も無いのか、上を向きながら座り込んでいた。
ゴールしたというのに、余りにも静かな会場⋯⋯音の全てを置き去りにしてしまったんじゃないかと思うぐらいの静寂。
けれど───うん。分かる。分かるわ。だって、まだ熱が残っているもの。この会場全てに広がった熱が。
「スズ、カ⋯⋯。」
「⋯⋯はい。」
「僕は⋯勝った、のかな⋯⋯?」
「ふふっ、そうですね。それは───聞いてみたらどうでしょうか。」
「えっ───。」
『おぉぉおおおおおおッ!!!!』
「なんだあの2人、すっげーな!」
「スズカー!カッコよかったよー!」
「オフサイドもおめでとうー!最っ高にイカしてたぞーッ!!」
溜まりに溜まったその熱が、とうとう抑えきれずに溢れ出した。
"沈黙"は今───歓喜と祝福に変わる。
1人の勝者を称える、"栄"えある"光"景へと。
「これ⋯⋯。」
「次は勝ちます。必ず、私の方が速かったと言わせてみせますから───おめでとうございます。」
「スズカ⋯⋯あぁ、そうか⋯⋯ありがとう。僕は⋯⋯。」
ふらつく足取りで必死に立ち上がったこの人に肩を貸すと、彼女は自分の顔を抑えていた。
指の間から、大粒の涙が零れては落ちていく。
「長かった、なぁ⋯⋯っ。」
「⋯⋯手を振りませんか?きっと私達、あんまり話すのが得意では無いと思うので⋯⋯。」
「そうだね⋯⋯うん、そうだ。君の言う通りだよ。でもどうしよう⋯⋯何を伝えたらいいか分からないよ。伝えたい事があり過ぎてさ⋯⋯。」
「大丈夫です。きっと伝わっていますから。だから、私達が言うのは一つだけ───。」
私の表情で何かを悟ってくれたのか、オフサイドさんは笑った。泣きながら、とても眩しい笑顔で笑っていた。
2人で手を挙げれば、観客席の声が一層大きくなる。
私達はこれからも走り続ける。
だって、それが許されたんだから。
何度だって走り続ける。
どうかこの"願い"が、永遠に終わりませんように。
『ただいま───。』
サイレンススズカ(SZK) : 最速の機能美。ウチの作品では"ユメ"を越えられなかった世界線の1人で、迷走したウマドル率いる逃げシスのサイレンス担当。1度シリアスをやったウマ娘が、この作品でシリアスに返り咲く事などほとんどない(次回の話を見ながら)。今後もちょいちょい出てくる頭先頭民族で心戦闘民族なヤベー奴。スペちゃんと同じチームで、第3章に登場予定。
オフサイドトラップ(OST) : 不撓不屈の鬼。SZKと同じく"ユメ"を越えられなかった世界線の1人。面倒見がいいけれどSZKが絡むと引っ張られる為途端にポンコツ化する。僕っ子概念は作者の持病にもとてもよく効く。1度シリアスをやったウマ娘が(ry。チーム『ポラリス』の隠し玉兼、貴重な一般常識持ちツッコミ担当。第3章にて登場予定のオリウマ娘にクソほど苦労させられる苦労人。
次回が大幅カットされた話。長距離とダート詰め込んだ上に2人ほど濃ゆいのが出て来ます。先に謝らせて⋯⋯ファル子とぶるぶるボンボン好きな兄貴たち、笑って許して⋯⋯。