「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」 作:バクシサクランオー
テンプレオリシュ登場!
U U U
「ウマソウルってうるさいよね」
「えっ」
「えっ」
これが私の普通が私以外の異常だと知った、私の
U U U
私の名前はテンプレオリシュ。
親しい相手からはリシュ、と呼ばれている。
一部を除きごく普通のどこにでもいる、一般家庭出身のウマ娘だ。
父親はサラリーマン。勤め先の企業の名前は知っているけど具体的にどんな仕事をしているのかはよく知らない、よくある距離感の親子関係。
母親はパートタイマー。私が小さい頃は専業主婦だったけど、昨今の不景気の波には勝てず私が小学校の頃に近所のスーパーのレジ打ちを始めた。ちなみにウマ娘だがレース出場経験はない。ごく普通の高校を卒業し、大学に進学し、そこで出会った父と結ばれたそうな。
兄弟はいない。少なくとも戸籍の上は一人っ子だ。
さて、ここからが少しだけ普通じゃないところ。
まず兄弟はいないと言ったが、実のところ兄だか姉だかよくわからないモノが私には存在している。
《こんな雑な放り込み方されるとは思わなかったんだよなー。まさかウマソウルに直接加工されるとはねえ。女神の甘言なんか乗るもんじゃないな。
ま、畜生道を経由したところで桜肉になるのがオチだっただろうし? だったらまっさらな状態からスタートってのもアリだろうさ。G1を勝利するようなウマソウルを宿したウマ娘転生ってのが王道なのは認めるが、
ときどきもうひとりの私はよくわからないことを言う。
私よりずっと物知りで、小器用に何でもできて、それでいて嫉妬や劣等感を抱かない程度には普通のことが普通にできない変なやつ。
小さいころからずっとそばにいて、一緒にいて。ウマ娘はそれが当たり前なんだと思っていた。
それが違うと知ったときから、私と世界の間には溝が生まれ、徐々に広がり続けている。……なんて言ったら、責任を押し付けるなと叱られるだろうか。
《リシュー、次の駅で降りんぞー》
「わかってるよ、テンちゃん」
思わず声に出してしまい、ぱっと口を塞いで咳払いのふり。
もうひとりの私の声は私にしか聞こえない。最近はハンズフリーの技術も発達してきて、誰もいない方へ話していても『電話しているのかな?』と思われて終わり。とはいえ、電車の中での通話はマナー違反である。
新生活の幕開けにらしくもなく浮かれているようだ。視線の先で私の全財産を詰め込んだキャリーバッグが存在を主張する。何しろこれから向かう先は全寮制。
そしてこれがもう一つの普通じゃないところ。
今年からめでたく中央トレセン学園の生徒と相成ります。ぴっかぴかの中等部一年生だ。
中央トレセン学園は中高一貫で総生徒数二千弱という数を誇るが、それでも私のような一般家庭のウマ娘が中央に合格するケースはかなり珍しい、らしい。
たいていはメジロなりシンボリなりの名門。そうじゃなかったとしても家系図を辿っていけばどこかでレースで結果を残した名のあるウマ娘にたどり着く。それほどこの業界は血統と実績が密接に関わっている。
一方の私はどこまでいっても無名の無名。平々凡々。完全な突然変異だ。
《そりゃあ、もはや語るのも恥ずかしい手垢だらけのテンプレを経てチート積んでますから》
この成果は当然だと脳内で胸を張るテンちゃん。姿が見えるわけではないが長い付き合いだ。気配はわかる。
だが中央の狭き門をくぐったところでそこがまた新たなるスタートライン。日本中から集められた選りすぐりの天才たちがしのぎを削り、その天才たちの中でもバケモノと落ちこぼれが生まれるという魔境がここだ。
トレーナーに見いだされなければデビューすら果たせない。レースに出るためにはトレーナーの名義が必須だからだ。
しかもこれは教育機関としてわりと致命的だと思うのだけど、在校生に対しトレーナーの数は圧倒的に劣っており、彼らは前評判のいい名門の子に集中するのが常だったりする。だからレースに出るためだけの名義貸しなんかも黙認されているらしい。
私ごときが成果を出せるのだろうか。重賞勝利どころかトレーナーの目に留まらずメイクデビューすら果たせず青春を棒に振ることになるんじゃなかろうか。八割の不安が顔を覗かせようとするのを、うすーく延ばした二割の期待で包んで見ないふり。
《就活……お祈りメール……うっあたまが》
もうひとりの私は謎の電波を受信し、脳内で崩れ落ちて役立たずになっていた。私よりメンタルが弱いのだ。こういうところがあるからテンちゃんと私は上手くやっていけている。
まあなんとかなるさ。
ウマ娘の本能として走ることは好きだし、勝負事は勝ちたい。でも名門のウマ娘たちがこだわるほどにレースというもの自体に執着はない気がする。
ただ私は天才だった。自分で言うのもなんだけど。いちおう地元では負けなしという実績もある。そういうやつばかりが集まっているんだろうけども。
トゥインクル・シリーズは国民的スポーツでありエンターテイメント。ぶっちゃけた話金が動く。成果さえ出せば二十歳にもならない小娘が卒業までに平均的サラリーマンの生涯年収をゆうに超える額を稼げる。
他に能がない、とまで断言できるほど長生きしていないけど。少なくともレースに関して私は否定しようのない『能』があった。だからここに来たんだ。
この数年間でがばっと生涯年収を稼いで、あとはハイパーインフレが起こらないことを祈りつつ悠々自適の余生を過ごす。それが私たちの目標だ。
《あとはネームドのウマ娘を生で見たいな。せっかくこの世界に転生して中央トレセン学園に入学までできたんだからさ! 幸運なことにどうやら学年はそれなりに被ってるみたいだし》
テンちゃんのテンションが高くなる。
テンちゃんの言うところのネームドがいかなる存在かはいまだによくわからないけど、過去に何度かテンちゃんのテンションが振り切れたことがあった。中央ではそういうことが多くなるのだとすれば、今から少しだけ憂鬱になる。人に会うこと自体、私はあまり好きじゃない。
そういえばあの子はどうなんだろう。
私のせいで万年シルバーコレクターとなり、一番に固執するようになった幼馴染。彼女もバッチリ中央に合格したのだと、わざわざ合格通知を見せに来た覚えがある。今年からも同級生だ。
あの子に対するテンちゃんの態度も、他のウマ娘と比べ明らかに違う。
《アレはちょっと……事故っていうか、解釈違いっていうか。推しは尊ぶものであって干渉するものじゃないんだよなぁ。未来の百合ップルの間に挟まるのはデジたんが助走つけて殴りかかってくる大罪ですので》
誰だよデジたん。
電車から降りてしまえば気軽なもので、私はテンちゃんとくだらない会話をしながらトレセン学園へと歩みを進めた。
U U U
入学案内のパンフレットで事前知識はあったけど同学年、下手すれば年下なのではないかと思うような外見の秋川やよい理事長を実際に目の当たりにして驚き。
生ける伝説、無敗の三冠にしてG1七冠ウマ娘シンボリルドルフ生徒会長を初めて生で見てその風格に身体が震えたり、威風堂々たる歓迎の挨拶に挟まれたダジャレの数々に別の意味で身体が震えたり。
何だかんだありつつもつつがなく入学式を終え、その後テンちゃんの求めに応じ学園をざっくり見て回り、今はこうして寮の自室という名の馴染みのない空間でひと息ついている。
私が配属されたのは栗東寮。
寮長のフジキセキさんは女性相手にこういう表現が的確なのかはわからないけど、第一印象は気障なプレイボーイという感じだった。初対面でポニーちゃん呼ばわりしてきた相手に対しこういう評価を下してしまうのは私が悪いわけじゃないと思う。
いや、向こうも向こうで悪い人ではなさそうなんだけどなぁ……個人的には苦手なタイプかもしれない。距離感とか雰囲気とか。
《やよいちゃんが理事長ってことはやっぱりアプリ時空か。しかも練習風景を見た感じ、メインストーリーじゃなくて育成ストーリー寄りっぽいな。チーム名は聞き覚えがあるのがちらほらあったけどメンバーが全然ちげーわ。
育成ストーリーってトレーナーのキャラ付けが育成ウマ娘ごとにわりと違うし、育成担当ごとのパラレルワールドっぽいんだよなー、タキオンのプランAとカフェ時空のプランBとか。これじゃあ転生者お得意の原作知識によるアドバンテージはあって無きがごとしか。まあ下手にアニメ時空だったりしてもあの世界に介入するのを自分で許せるかっていうと微妙なラインだし丁度いいか》
相変わらずわけのわからないことを脳内で垂れ流されるのにも慣れたものだ。
初日から模擬レースに自主的に参加しバチバチやっている子たちも少なくなかったが、トレーナーの主なスカウトの場である選抜レースだの、チームの入部テストだの、将来に繋がる重要な催しはまだやっていなかった。
日本中からウマ娘が集まるというこの学園の性質上、しばらくは地方から来た子たちの疲労を抜くことを優先しているようだ。
ウマ娘は調子が成果に反映されやすいと言われている。長距離移動で絶不調になった将来のG1ウマ娘を見逃すよりは、多少スタートが遅くなっても本来の力を見たいというのが学園およびトレーナーたちの方針なのだろう。
ちなみに、その初日からバチバチやってる新入生の中に見覚えのある赤いツインテールがあった。遠目に確認しただけだが、我が幼馴染は相変わらずのようだ。良家のお嬢様なのに根性があり過ぎる。
こういう姿勢が差になるんだよなぁ、『たゆまぬ努力が実を結ぶ』を体現している優等生があの子だと思いつつ。そんな彼女に勝ち続けてる自分が言っても嫌味にしかならないかとベッドの上で寝返りを打つ。
この寮は基本的に相部屋だ。そして私の部屋は例外ではない。
どんな人が相室になるのだろう。ドキドキしてなかなか荷ほどきに移れない。このドキドキは期待じゃなくて不安のドキドキだ。
プライベートスペースの線引きができるまで、荷ほどきする気が起きなかった。
そうしているうちにウマ娘の鋭敏な聴覚がこの部屋の前で立ち止まった足音を拾う。
部屋の番号を確認するかのようにしばし間が空き、ノックも無しにこれから同室となる相手が入ってきた。
挨拶は大事だと、息を吸って腹に力を入れて。
「こ、こんにちは! はじめまして、私は……」
「あ、いいからそういうの」
「えっ」
出鼻をくじかれた。
入ってきたのは金毛をショートボブにしたウマ娘。向かって左に青のメッシュが入っている。
出合い頭に精神的横面を張られたこともあるだろうが、釣り目気味のエメラルドグリーンの瞳はクールというより冷たくそっけない印象を抱かせた。
「よろしくお願いする気なんてないって言ってんの。アタシはここになれ合いに来たわけじゃないし、ここに来たウマ娘で栄光を掴めるのなんてほんの一握り。
いなくなるかもしれない相手の名前をわざわざ憶えて交友に意識と時間を割くなんて、無駄でしょ? だから部屋ではお互いに不干渉でいこう」
なんだコイツ。
ひとがなけなしのコミュニケーション能力を振り絞って最初の第一歩を踏み出そうとしたというのに。これから自室に戻るたびにコレとわくわく同居生活なんて軽く絶望なんだが。
《え、ちょ、リトルココン!? リトルココンじゃないかっ!
そりゃチーム〈ファースト〉でも学園の生徒である以上どっちかの寮には所属してるわな! ここはアオハル杯時空だったのか!!》
でもテンちゃんは意見が違うようだ。すごく興奮している。なんかべらべらと垂れ流し始めた。
《仮にURAファイナルズ編と同じ年代の平行世界と見た場合、あれほどのスペックを誇るリトルココンとビターグラッセは理子ちゃんの下でこそ花開いたのだと解釈できるけど、個人的にアオハル杯編の時系列はURAファイナルズ編の三年後あたりだと思っている。アオハル杯で出てくるURAファイナルズは新設された大型レースって雰囲気じゃないからな》
URAファイナルズ? 去年一緒にテレビでみたやつかな。
最も競争率の高い中距離レースの初代チャンピオンにルドルフ会長が輝いて、やっぱり皇帝は伊達じゃないんだと思い知らされた。
あと長距離レースで初代チャンピオンに輝いたゴールドシップってウマ娘がなんかいろいろとヤバかった。
《あと個人的にはミークの能力値も判断材料になる。何も成長していないって言われてるCとC+のフルコースだったけど、あれは『衰え始めた身体能力』を示しているんじゃないだろうか。
シニア級で何年も走りピークを過ぎて身体能力が低下してなお、URAファイナルズ決勝まで勝ち進む熟練の猛者。それがアオハル杯時空のミークなんだと思っている。
つまり今年か来年あたりやよいちゃんがドナドナされる可能性が微レ存……?》
あー、語ってるところ悪いんだけどさあ。もしもテンちゃんがコイツのこと大丈夫なら、運転代わってくれない? 私コレと同じ空気吸うのいやだ。
《おっけー》
脳内で快諾が響くのと同時に、ふっと世界が遠く曖昧になった。
まるで夢の中のような、主観が曖昧模糊とした感覚。主導権がテンちゃんに切り替わったことで身体はワクワクと興奮しているのに私の心情は冷めていて、その心と身体のちぐはぐさがますます現実味を失くす。
にやり、と私の頬が吊り上がった。
「ねえ、名前おしえてよ?」
「……はあ? 話、きいてなかったの?」
「聞いてたけどさぁ」
私とテンちゃんのコミュニケーション能力の低さは正直どっこいどっこいだと思う。
ただ、明確な違いとしてテンちゃんは相手を怒らせたり反発を買ったりすることを恐れない。豪胆というより、自分が敵意を向けられる事実に対し鈍感という感じだけど。
あと相手を煽ることに関してはめちゃくちゃ口が回る。
「ルームメイトの名前も憶えていないとなると、周囲からコミュニケーション能力に難ありの癖ウマと判断されちゃうだろ? そうなったら困るんだよねぇ。まだ学園生活も始まったばかりなのにさ。教官やトレーナーたちからの評価は進路に直結するんだ。わかる? なれ合いとかじゃなくて単純にデメリットなんだよ。
ま、キミが名前を記憶する必要もないほど至急すみやかに夢破れて故郷に逃げ帰る予定だっていうなら、無理にとは言わないけどねえ? ぼくだって記憶力の無駄遣いはしたくないしぃ」
ぴきっと相手のこめかみがひきつった気がした。
チッと舌打ちが部屋の空気を揺らす。私だったら相手に抱いている感情より前に反射的に萎縮して胃が痛くなるだろうけど、テンちゃんは相変わらず楽しそうにニヤニヤしていた。
「……リトルココン。これで満足?」
「テンプレオリシュだ。無理に憶えようとする必要はないぜぇココンちゃん。この学園の、いやこの世代の誰もが忘れられない名前になる予定だからね」
リトルココンは鼻を鳴らしただけで、後は何も言わずに荷ほどきを始めた。まあウマ娘の感情というのはわかりやすいものであり、耳と尻尾を見ればかなり不機嫌なのが見て取れる。
この部屋の険悪な空気に比べればテンちゃんの大言壮語なんて些細なものだった。いや嘘だけど。なに人の口で言っちゃってくれてやがるんですか。
午前中に見た皇帝の威風を思い出す。
あのルドルフ会長ですらG1は七勝しかできなかったのだ。もっともルドルフ会長は強すぎるあまりURAからの要請でドリームトロフィーリーグに早期移籍したという噂であり、トゥインクル・シリーズに留まり続けていればさらなる冠を被ることはほぼ確実だったと言われているがそれはともかく。
クラシック三冠、春秋シニア三冠、テンちゃんが掲げ、私が同意した。今の私たちの目標であるレースを全部取るだけでG1九勝だ。私にシンボリルドルフを越えることができるのだろうか。今さらながら不安になってくる。
いやいや、ぴかぴかの新入生が生ける伝説に比肩せんと考えている時点で誇大妄想か。
《アプリ版の育成ウマ娘は慣れてくるとみんなそれくらいやってるからよゆーよゆー》
どこまで本気でどこまでが冗談なのかときどき判断に困る。
さて、ウマ娘というのはストレスに弱い生き物である。
こんな部屋で過ごしていればストレスで身体をやられそうなので、少なくともしばらく寮での生活はテンちゃんにお願いしようかな。
《ぼくに? まー別にいいけどー》
相変わらずあっさり引き受けてくれた。
昔からそうだった。小さいころの注射しかり、夏休みのラジオ体操しかり、別に私がやってもやらなくても将来に影響無さそうな面倒ごとはテンちゃんが引き受けてくれる。
双子とかではよくある話で幼いころは自分こそがお姉ちゃんだと意気込んでいたが、いまやすっかり面倒見のいい兄だか姉だかに甘える妹の気分だ。
まあ宿題とかは手伝ってくれることはあっても代わりにやってくれることはそうそうない。ちゃんと線引きは存在している。
私にはこうしてテンちゃんがついてきてくれているけど、他の子は違うんだ。すごいなぁ。素直に尊敬する。
みんなは寂しくないのだろうか。自分の中に自分しかいない感覚が。私も何度か経験したけど、内側に話しかけても返事がないというのはとても寂しかった。
困った時に代わってくれる相手もいないのなら、みんなはどうやって困難に立ち向かい、そして解決するのだろう。
険悪な隣人とのファーストコンタクトにくじけそうになりながら、それでも身体はテンちゃんの上機嫌が反映されて好調そのもので。
快適な眠りに肉体が落ちたことで、私たちの意識は途切れた。
ウマソウルに転生してウマ娘に憑依し、憑依した子と二人三脚でトゥインクル・シリーズを走り抜く概念もっと増えろ。