「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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刃を求めて牙を研ぐ

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 仲間との切磋琢磨が楽しい今日この頃です。

 マヤノが私の走法を不完全ながら模倣したことは、やや大げさな表現になるが私たちの意識に革新をもたらした。

 

《へぇ、てっきりぼくらにしか再現不可能なゆで理論だと思っていたけど……。一度スキルとして確立してしまえば習得が可能なのか? これはちょっと調べてみたいな》

 

 無意識の傲りを打ち砕いてもらったというか、好奇心がそそられたというか。

 中央に来てよかった。

 ひとまとめにすると、そんな言葉にしかならないけど。

 地方で走っているときに得られなかったものであることだけは確かだ。

 

 ひとまずテンちゃんがこの走法に名前が無いと話すときに不便だということで、スキル【灯篭流し】という名がつけられた。

 コースに足跡(ポイント)が浮かび上がる光景を、夜の川に流れる灯篭に見立てたんだとか。代案があるわけでもなかったし、呼称がなきゃ不便だというのにも同意だったのでそのまま流したが、センスがわりと恥ずかしいぞ。

 いちおう私、思春期の女の子だからね?

 

 まあ、マヤノのそれも完全に模倣できたわけではない。

 あくまで『ある程度形になった』だけだ。

 

「ううー、頭がくらくらするよー」

 

 およそ三秒。

 実用性を考えたとき、それが現状マヤノの模倣できる制限時間。

 

「つまんない数学の宿題を何時間もやり続けたときみたいー」

 

 人間の頭部は体重の一割程度だが、酸素の消費量は二割を超えると言われている。

 ウマ娘とヒトミミを一緒くたに考えることはできないが、要するに脳というのはそれほど大食いの器官なのだ。

 走ることに不慣れなウマ娘はそもそもレースの距離を完走できない。酸欠でひっくり返ってしまう。それが身体の設計上可能だということと、実行できるかというのは完全に別物であり、そしてウマ娘はレースでは短距離に分類される1200mだろうと最初から最後まで文字通りの全力疾走できる生物ではない。

 有酸素運動と無酸素運動のバランス。息をいれる、脚をためる、逆にスパートをかける。どれも覚えないとできない技術である(たまに例外(バケモノ)もいる)。レース中の呼吸は重要な要素であり、鼻血がヒトミミに比べずっと致命的な症状とされる所以である。走行中に酸欠で転倒したら洒落にならないからね。

 

 つまり、演算能力をフル活用する【灯篭流し】は取り込んだ酸素を大量に消費してしまう技術であり、考えなしに多用できるものではなかったのだ。

 とはいえ長距離レースでも三分程度で終わる世界。バ群をすり抜けたり、コーナーを理想的なコース取りで走り抜けたり、あるいは足音が消えることを利用して奇襲に用いたり。使いようによってはいくらでも役に立つだろう。

 だが、常時発動の私のそれと比べたらだいぶ劣化していると言える。

 

「どうしてリシュちゃんは平然とできるのー?」

「……慣れ、かな」

 

 それなりに仲良くなったとはいえ、さすがにまだマヤノに『生まれ持ったものが違うんだよ』なんてどや顔する気にはなれない。ちなみにスカーレット相手なら遠慮なくやっていた。

 

 

 

 

 

 マヤノが私たちの技術を模倣できるのなら、その逆もまた然り。そしてマヤノだけが特別ということもあるまい。

 あくまで毎日のトレーニングに支障が出ない自主練の範疇だが、お互いに技術やコツを教え合う時間が設けられた。

 

《スキルヒントってこんな感じだったのかなぁ》

 

 あれもこれもと手を出せば中途半端になることは目に見えていたので、基本的には【灯篭流し】の伝授がメインである。

 それはある意味、幼かったあの頃を直視せねばならない苦行要素を含むものでもあったが、それ以上にテンちゃん以外の誰かと共同作業をするというのはワクワクした。

 もっとも呑み込みが早いのはマヤノだ。テンちゃんもあれはコンディション切れ者入ってんなぁと戦慄するほどに『わかっちゃった』している。

 次いでミーク先輩、デジタル、そしてバクちゃん先輩という順番になる。だいたいイメージ通りだろう。

 

 私? 私はまあ、数回も見たらだいたいマネできるので。

 見ても真似できない【領域】をミーク先輩とバクちゃん先輩からいただきました。

 

 

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 さて、私のメイクデビューは六月前半を予定している。

 これは同期の中ではかなり早い方で、実際デジタルやマヤノはもう少し遅い。幼いころからしっかりと身体づくりをしてきた私たちの面目躍如といったところか。

 

 テンちゃんみたいな言い方になるけど、トレーナーガチャで桐生院トレーナーに当たったのはつくづく幸運だった。

 学園は広大で設備も充実しているが、それでも生徒数が二千弱にもなるとパイの奪い合い、リソースに限りが見えてくる。施設利用の優先順位は功績を出したトレーナー優先。去年のURAファイナルズで決勝戦入着という成果を出したミーク先輩には足を向けて寝られない。

 ミーク先輩とバクちゃん先輩という逸材を誇るチーム〈パンスペルミア〉は私、デジタル、マヤノというデビュー前の三人を抱えながらも、既にアオハル杯プレシーズン戦で中堅どころの位置付けに食い込もうとしている。第一回戦の結果次第ではいくらでもひっくり返るだろうが、現段階の評価に見合った部室と予算が提供されるのはありがたい。

 

《理子ちゃんが明確に『敵』として立ちはだかった影響で、今の学園ではアオハル杯の注目度も優先度もめちゃくちゃ高いんだよな。それ専用に予算が組まれることに誰も文句を言いやしない。今はまだ学園内部の動きだけど、ここは天下の中央トレセン学園。すぐに熱は周囲に伝播するだろう。あるいは想像以上に遠くまで。

 やっぱりこうして見ると、何かしらの筋書きが事前に存在していたように感じちゃうなー。誰が書いたシナリオなのかまでは知らんが》

 

 たしかに、ただ単にアオハル杯が復活しただけではここまで注目を浴びることはなかっただろう。ほそぼそと小規模に盛り上がり、またかつての歴史を繰り返して廃れていったのではないだろうか。

 だからといってテンちゃんみたく樫本代理を理子ちゃん呼ばわりするほどの親しみは感じないけどね。リトルココンもそうだが、第一印象のマイナスイメージは根深い。

 

 話を少し戻して桐生院トレーナー。

 彼女は名門桐生院の出身であるが、この意味を私たちはいまひとつ理解しきれていなかった。

 お嬢様なのだ。家が半端なくお金持ちなのだ。具体的にどういうことかというと……。

 

《トゥインクル・シリーズが国民的娯楽というこの世界における『トレーナーの名門』って肩書を舐めてたわ。様々なトレーニング施設を私有しているのな、桐生院って。葵ちゃんってサポカを使わずにミークを育成したんじゃないかなんて言われていたけど、それでもCとC+のフルコースまでステータスを伸ばせた要因のひとつか。トレーニングレベル5から育成スタートなのよな》

 

 そういうことである。後半は何言っているのかいまいち理解できなかったけど。

 本来は学園施設の順番待ちで外周くらいしか選択肢がない時間で、桐生院所属の施設に移動してもっと効果的なトレーニングを行うという選択肢が出てくる。流石に学園外への移動時間があるので毎日気軽にとはいかないが、それでも十分すぎるアドバンテージだろう。

 

《今思えばアプリ版で最初はレベル1のトレーニングしかできなかったのって、主人公が何の実績も持たない新人だったからなんだろうなぁ。URAファイナルズ編でトレーニング回数を重ねた施設が豪華になっていったのって、もしかしてやよいちゃんが私財を投入して将来有望なウマ娘のために施設を増築していたのか? それともただ単純に実力で周囲を押しのけ優先順位を勝ち取っていったのか……。

 うーむ、どっちにせよ今の自分が恵まれれば恵まれるほど浮き彫りになるアプリTの恐ろしさよ》

 

 余談だがミーク先輩の『最初の三年間』の際、あるときから桐生院トレーナーは桐生院家のやり方から離れ、ミーク先輩だけに合わせた独自の手法で育成したらしい。

 そのため一時期は桐生院本家との関係性が微妙になっていたこともあったのだが、今はしっかり成果を出せたことで認められ、和解に繋がったとか。

 

「……ぶい」

 

 ミーク先輩はぬぼーっとした無表情の中に得意げな笑みを浮かべブイサインをしていた。直撃を受けたデジタルは消し飛んだ。

 

「あの、リシュ。今度の種目別競技大会のことなのですが……」

 

 そんな桐生院トレーナーはいま、高校生でも十分に通用する童顔に物憂げな色を浮かべている。

 思春期の少女であるウマ娘を導くべき立場にいるトレーナーが表情に出やすいのは賛否両論あるだろうが、私個人はやる気が促進されるタイプだ。つまり相性がいいのだろう。

 

「どうしました、トレーナー?」

「リシュが登録していた芝2000mの第十グループなのですけど、その、出走表が発表されたのですが……」

《おっ、きたか?》

 

 テンちゃんが内心むくりと身体を起き上がらせる。

 

「ナリタブライアンさんが出走されるそうなんです」

《おっしゃきたー!!》

 

 脳内でガッツポーズするテンちゃん。あわよくば、程度の気持ちだったけど、またふんわり予言が当たるとはね。

 この調子で宝くじの当選番号とか当ててくれたら苦労しなくて済むのになあ。

 

《ごめん、それは無理》

「それに伴い辞退や申し込み先の変更が続出していまして。このままではG1クラスの選手ばかり集ったレースになりそうなんです」

 

 おっと、桐生院トレーナーが真面目な話をしているんだからこっちも真面目に聞かないと。

 

 種目別競技大会。

 それは年に二回、トレセン学園内で開催される一大レースイベント。

 最大の特徴はデビューの有無やチームの所属に関係なく生徒全員に参加資格があり、そしてエントリーした種目ごとに実績を考慮せず平等に編成されること。デビュー前のウマ娘がデビュー後のウマ娘と肩を並べて戦える貴重な機会であるとされている。

 すなわち巡り合わせによってはメイクデビュー前の小娘がG1ウマ娘と競争する展開もありうる。まさに今のように。

 井の中の蛙を大海に放り込んでやる先達の愛の鞭、自主的に参加できるだけのかわいがり、なんて斜に構えて見てしまう私も少しばかり性格がひねているのかもしれない。

 

「なので――」

 

 言い淀み、ためらい、きっと目に宿った力がそれらを振り払う。その一拍で桐生院トレーナーが何を言おうとしているのか察しがついたので、先手を取って言葉を割り込ませた。

 

「出ますよ、私は」

「っ!」

「だいじょうぶ。後悔しませんし、させませんよ」

 

 敗色濃厚な戦いにあえて挑む。

 言葉だけみれば美しい。称えられるべき勇気がそこにあるのかもしれない。

 だが経験の浅いジュニア級、正確にはまだデビューすら果たせていない未熟なウマ娘を送り出すのはトレーナーとしてどうだろうか。当事者にしかわからない事情をさておいて、箇条書きにした項目のみを俯瞰すればそれは勇敢ではなく無謀であると咎められるべき行いだろう。

 桐生院トレーナーは自身の務めを果たそうとしたに過ぎない。それも勝利が視野に入るレベルまで己が鍛え上げられないことを悔やみ、撤退こそが最善手だと判断し忠言の覚悟を決めた善人だ。

 ちょっと脳内が暴走しがちな傾向のあるこのひとなら最悪、これで喧嘩別れになり担当を切られてもーくらいまで覚悟していそうな気がしなくもない。

 

 でも実のところ、この状況は狙ったものだったりするのだ。

 半信半疑、どころか本当にナリタブライアン先輩と走れるなんて三割も期待していなかったけど。

 

《いやー。知識通りにいくとは限らないし、知識通りにいったとしてそこにぼくらが配属されるとも限らない。そこをしっかり当てていくとはさすがぼくら。いざというときの引きが強い》

 

「今のうちに知っておきたいんです。伝説と呼ばれるウマ娘たちの力を」

 

 そして手に入れておきたいのだ。

 

 以前にも述べた通り、ウマ娘は常識とか物理法則とかを少しばかり無視したところで生きている。ウマソウルに由来する不思議パワーがそれを可能としている。

 

 ではここで問題だ。

 もしその不思議パワーを極限まで高めると――いったい何が起きるのか。

 

 普段が世界に喧嘩を売っているのだとすれば、それは世界を一時的とはいえ殴り倒す暴挙。

 己の魂に根差したオンリーワンの技能であるところから【固有スキル】、あるいは身体をはみ出したウマソウルが世界を塗り潰すありさまから【領域】と呼ばれるもの。

 

 誰もが出来ることではない。

 天に愛された天才が地べたを這いずり回るような努力をして、ようやくたどり着くような場所。

 つまり中央ならいつ誰が使ってきてもおかしくないということだ。

 

《あくまでテレビ越しの観察結果だけど、シニア級のG1なら最低ひとりは使ってくると考えた方がいいな》

 

 【領域】発動時の摩訶不思議な光景は基本的に同じレースを走るウマ娘にしか見えないとされているけど、【領域】が発動した結果として起きるレースの変動は外部からでも観測可能だ。

 組みかけのパズルから足りないピースの形を逆算するように。突如として変わるウマ娘たちの顔色、それまでの展開からは明らかに不自然な加速等々、要素と要素を組み合わせれば画面の向こうで誰がどのような固有スキルを使ったのかだいたいは推測できる。

 

 さて、下手に謙遜しても嫌味になるだけなので単刀直入に言うと、私たちも既に【領域】に至ったウマ娘だ。

 『他者の領域に呑み込まれた時、それを切り取ってストックする』、簡単に言えばそんな感じ。それが私たちの固有スキル。

 テンちゃんはあまり好きじゃないみたいだけど、私はそんなに嫌いじゃない。独りではどうしようもない、テンプレオリシュというウマ娘の在り方をよく反映した固有スキルだと思っている。

 

 まあ、実のところそんなに使ったことはないのだけど。

 理由は大きくわけて二つ。

 

 第一に、そもそも【領域】に至った相手がいなければ私の固有スキルは無用の長物。

 そして【領域】に到達できるような才気の持ち主は、地元ではスカーレットを始めとして片手で数えられる程度しか出会わなかった。私の交流関係が狭かっただけかもしれないけど。

 そのスカーレットだって【領域】には無自覚に触れるくらいで、踏み込むまではいっていない。『一部を切り取ってストックする』という性質上、私が獲得できるコピー【領域】はどうしてもオリジナルのそれに比べ劣化する。未熟な【領域】未満をむりやりコピーしても労力に対し得られるものが見合わなさ過ぎるのだ。

 

 それが第二の理由にも繋がる。こっちの負担がそれなりに大きい。

 より正確に言うのならテンちゃんにかかる負荷が大きい。なにせ【領域】、限定的に世界を塗り潰すほどウマソウルをフル活用するのだ。ただ走るのとは比較にならないほど活動時間を消耗する。固有スキルを使えばその後に、テンちゃんが休眠状態になる時間がほぼ確実に発生すると言っていい。

 寂しいじゃないか。独りは嫌なのだ。孤独な時間に耐えてまで固有スキルの使用に踏み切るほど追い詰められたレースは、これまでついぞ経験しなかった。それだけの話である。

 

 ただ、これから先はそうもいかないだろう。

 ミーク先輩とバクちゃん先輩、チーム内で既に【領域】に至った優駿たちに教えを乞うた経験がそう告げる。彼女たちとのトレーニングの中で私はその【領域】に触れ、己の中に取り込んで、そうやって私は中央に来てようやく固有スキルの脅威と己の固有スキルの凶悪さを自覚したのだ。

 そして痛感した。三冠という伝説の世界、そこに至ろうとするのならこのままでは足りないと。

 武器がいる。伝説に比肩せんとするのなら肉体を互角に鍛え上げるのは前提条件。その上で魂のぶつけ合いになったとき彼女たちに見劣りしない、屈強な武器が必要だ。

 それは伝説そのひとから直接もらってくるのが、一番都合がいい。

 

「お願いします。私を出走させてください」

 

 だけどこれは私のわがまま。

 桐生院トレーナーにそんなことは関係ない。

 だからまっすぐ頭を下げた。

 

 スカウトが全然来なかった経験からちょっと自信が無くなりかけているけど、私はかなり優秀なウマ娘のはずだ。将来有望な才気あふれるウマ娘のはずなのだ。

 自分で言ってると自意識過剰みたいで恥ずかしくなってくるが、謙遜しているポーズで相手に持ち上げさせるのはもっとみっともないと思うのでぐっと堪える。

 

《ぼくらみたいな天才ウマ娘が無責任な周囲の期待通りの成果を出せなかったとき、トレーナーが無能だったんじゃないかなんてさらなる無責任な声が上がるのは、もはや人類に共通して備わっているおちゃめ機能みたいなもんだからな》

 

 そんなおちゃめ機能はいらないが、まあそういうことである。

 いくら種目別競技大会が一大レースイベントとはいえ、しょせんは学内の催し物。トゥインクル・シリーズの公式戦ではないここで勝ったところでトレーナーの評価は挙がりにくく、一方これで調子を崩しメイクデビューでコケようものなら評価に瑕がつくだろう。

 

「……わかりました。一緒に勝利を目指しましょう」

 

 なのに、桐生院トレーナーはそう首肯してくれた。

 勢いに押し流された即答ではない。しっかり考え、悩み、その上で五秒もしないうちに決断してくれたのだ。

 本当に私は良い担当トレーナーに巡り合えたものだ。

 

《ひゅーひゅー、桐生院カッコイー》

 

 テンちゃんも賞賛している。ウマ娘以外をテンちゃんが素直に褒めるのは何気に珍しいことかもしれない。

 まあ口約束とはいえ言質をとったのだ。はしゃぎたくなる気持ちもわかるよ相棒。

 

「ありがとうございます! では、わがままついでにもう一つお願いしたいのですけど」

《その人の好さに付け込んじゃおうねー》

 

「えっ。ええ?」

 

 大丈夫だいじょうぶ。損はさせないから、たぶん。

 投資されたぶんはしっかり利子をつけて返すつもり。

 

「完璧に仕上げて欲しいんです」

 

 トレーニングが自身に負荷をかけ能力の上限を伸ばすことを目的としているのなら、レースは自身の最高のパフォーマンスを発揮することを目的にしている。同じ走るという行為でも、その目的もそこに至るまでの流れも全然違う。

 野良レースがトレーナーにいい顔をされないのはトレーニングに悪影響が出やすいのもさることながら、『自身の最高までコンディションを整えて』というレースの鉄則の練習にはなりえないことが大きい。何も得られないってわけではないけどね。

 

 いくら種目別競技大会が一大イベントだからといって、トゥインクル・シリーズの公式戦より優先するなんてありえない。微調整は当然するだろうけど、普通は公式戦に向けたトレーニング優先のはずだ。

 その普通を、狙い撃つ。

 

《なにせ()()ナリタブライアンにその気になってもらわないといけないからなあ》

 

 私の固有スキルはあくまで他者の固有スキルに対するカウンターで発動する。どれだけ相手が立派な【領域】を有していたとしても、使ってくれなければ意味がない。

 

《カイチョーやエアグルーヴは使ってくれそうにないんだよね。舐めてるとか手加減とかじゃなくて、ただ単純に生徒会メンバーと一般生徒の差が圧倒的過ぎる。たかがイベントで【領域】まで使った日には一部の上澄みを除き公開処刑、いや虐殺ショーにしかならないよ。

 その点、ゲキマブやナリブは興が乗れば空気を読まずに使ってくれそうではあるからさ。ま、ゲキマブは行動が読めなかったので、現時点で一番可能性があったナリブを狙ったわけだけども》

 

 『最強』のクラシック三冠ウマ娘は誰か、と聞けばウマ娘ファンの間で大激論が起こるだろう。

 伝説の始まりセントライト。伝説を引き継いだ神話シンザン。禁忌破りの非常識な才能ミスターシービー。絶対にして永遠なる皇帝シンボリルドルフ。

 きっと誰もが子供のように目を輝かせ……というにはいささか濁っているかもしれないが、自分だけのヒロインをこれ見よがしに持ち上げて口角泡を飛ばすはずだ。

 だが、『最速』のクラシック三冠ウマ娘となればどうだろうか?

 

 皐月賞。タイム1.59.0。中山レース場芝2000mコースレコード更新。

 日本ダービー。タイム2.25.7。五バ身差の勝利。レコードとは微差。

 菊花賞。タイム3.04.6。七バ身差の衝撃。レースレコード更新。

 

《たとえ世界が変わっても、数学だけは変わらない。数字で構成されたデータを自己流に解釈することはできる。だが数字そのものを変えてしまえばそれはただの偽造だ。

 レコードが更新されたという事実は、そのレースにおいてその『馬』が史上最速だったという客観的な事実になる》

 

 ナリタブライアン先輩は現時点で、どの伝説よりも速くクラシック三冠を駆け抜けた“怪物”だ。

 

 その怪物相手に【領域】を使うに値すると思わせなければいけないのだ。正直、他に目をやる余裕がない。

 最悪、私たちはこの種目別競技大会に的を絞ったことでメイクデビューの調整の周期が狂い、未勝利戦を走ることになってもいいとさえ思っている。いや負ける気はまったくないが、それくらいの優先度でいこうとテンちゃんと二人で相談して決めた。

 

《それにしても……マヤはぼくらの同期なのにもうナリブはクラシック級走り終わってシニア一年目なのか。勝手に一年違いだと思っていたんだけどなあ。相変わらずこの世界線は時間軸がごちゃごちゃというか、原作知識が役に立たん。もはやウオッカとダスカが同期だったのは奇跡みたいなものだったのかもしれん。

 まあゴルシがシニア二年目なのに菊花賞レコードがいまだにナリブだったりするんだから今さらか。原作の時期的には危なそうなナリブが今も元気に走ってるんだからアプリ育成時空ばんざーいってとこにしておこう》

 

 テンちゃんが何に引っかかっているのかはわからないけど、怪我がないのはいいことだよね。

 

 勝負だ怪物、ちょっとひと齧りさせてもらおう。

 

 

 




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