「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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キミのいないシカイ。きみのための世界

 

 

U U U

 

 

「ステージ十七、開始する」

 

 私の周囲に影法師が浮かび上がる。

 ウマ耳がついていることからかろうじてウマ娘なのだと判別可能なシンプル極まりない造形のアバター。射撃か何かの的なのだと言われても信じてしまいそうだ。

 まあ、視覚情報をチェックするテストではないから仕方ないといえば仕方ない。

 ウマ娘が何人いて、どういう位置取りなのか。あとはアバターの中央に刻まれたゼッケンの番号で個人を判別できれば事足りるのだ。

 

「今から仕掛けるのは誰かしら?」

「十二番、六番、八番。でも八番はあまり気にしなくていい」

 

「へえ? その理由は?」

「最後の直線で伸びてこない。体調が万全じゃない。においだけでは確信に至らないけど、たぶん呼吸器のどこかを患っている」

 

「……なるほど」

 

 別に口が三つあるからと言って交互に喋る必要はなかろうに。そんなことも当初は思っていたが。

 どうやら彼女たちはウマ娘のことが大好きで、できるだけ多くこちらとお話ししたいみたいなので。

 切り分けたおやつを順番に分け合う感覚なのだと思えば、別にこちらから口出しして修正せねばならないようなことでもない。

 

 ゲームを始めるとき、本編開始前に画面の明るさや音量を調整するパートがあったりする。最近のゲームは流麗なグラフィックや壮大な音楽を売りにしていることが多いから、それに比例してそういうゲームは増えていっている気もする。

 それらのゲームで調整する項目がおおよそその二つなのは、今の世においてゲームで使用する感覚が視覚と聴覚の二つに大きく占められているからだ。

 ならばリアルさを売りにした、五感すべてに訴えかけるこの世界において。

 ログイン直後に五感のすべてを調整するパートがあるのは何も不思議なことではなかった。それ自体は何の問題もなかったのだ。

 

 きっとそれは誰にとっても想定外で、そして誰にとっての幸か不幸か。

 降り立ったその世界は、調整のメモリを最大まで鋭敏に振ってもなお濡れた透明な毛布をぐるぐる巻き付けたがごとく愚鈍だった。

 これがただの利用者ならそういうものだと我慢もしたが、テスターとしてここにいる以上は不具合として報告せねばならない。

 あるいは平均的なウマ娘が見ている世界があのように鈍いものであるというのならば、それを知ることができたのは貴重な経験と言えるかもしれないけど。

 私が常識の範疇にないことは確かだが、レジェンド級と称されるウマ娘の中にはそんなのがゴロゴロしている。ウマ娘の世界を再現しきれないというのなら、トレーニング機材として売り出すという大前提すら揺らいでしまう。

 

 それが私のテスターとしての初仕事で、今やっているのもその延長線上。

 嗅覚以外の情報を極力排した状態で、どこまで周囲の状態を把握できるのか。そういうテストだ。

 まだ微妙に私ができると言ったことを疑われている気がしなくもない。本当にこれだけの情報を生身で処理しているのかと、今日に至るまで相手側の猜疑と驚愕の視線を幾度となく浴びることとなった。

 それほど常識が邪魔をするのか。それともコストの問題か。

 当初は五感のすべてが鈍くて重かったけど、中でも嗅覚はかなり簡略化されていた。あれを後付けで補うとなればどれだけの仕事量になることか。

 何かの間違いであってくれと願う者が陰にいたとしても咎める気にはならない。逆に一か月も経たないうちによくもこのレベルまで仕上げたものだと感心する。少しばかりうんざりするのも事実だけど。

 世界はだいぶ鮮明になったのだ。既に幾人もの裏方が死線をくぐった後だろうに。いまさらじたばたするなと思わなくもない。

 

 だいたい、鮮明になったところで私にとってこの世界は欠落している。色も温度も欠けている。見えないわけじゃない。感じないわけじゃない。ただ触れた傍から穴に流れ落ちていくようで。

 声が聞こえない。私は独りだった。

 まあ要するに。

 

 後悔しています。

 

 

 

 

 

 別に、報酬が悪かったわけじゃない。むしろ全額自由に使える小遣いかと思うと、小市民的価値観がちょっぴり怯むくらいの額を貰っている。

 私が“銀の魔王”テンプレオリシュである以上これが適正価格であると言い張るが。私にしかできない仕事だ。私にしか出せないデータだ。その価値を私自身が認めずしてどうする。

 ただまあ、それはそれとして。社会的な身分としてはいまだ中学生であることも事実であり、そんなお子様のお財布にこんな札束が入るのかと思うと我がことながら恐ろしい話だ。

 口座から引き出さなければいいだけではあるんだけども。億とかじゃない、なまじ現実的な金額であるためか妙な存在感を放っている。

 ……これで去年私が納めた税金の方がずっとずっと多いというのだから世知辛い。なんならこのバイトで稼いだ分からもしっかり差し引かれることになるのか。

 そのあたりの煩雑な手続きは葵トレーナーに面倒を見てもらっていて本当によかった。権利を守られてきた一国民として義務を果たすのはやぶさかではないが、それはそれとして自分で計算して納税してとやっていたらとても切ない気分になりそう。

 

 扱いだって悪くない。

 URA所属ウマ娘としてではなく、あくまでテンプレオリシュという個人に舞い込んできたアルバイト。頼れるバックが一枚減る以上、一般家庭出身のウマ娘としては不安が無かったといえばウソになる。

 だがそこは天下のサトノグループ。いまだGⅠウマ娘こそ輩出していないものの、新たなる名門として台頭を果たしつつあるウマ娘業界の一大勢力だ。レースを牽引する立場の人間が人材を粗雑に扱うわけがなかった。

 ちゃんとこちらのトレーニングや体調に重きを置いた日程を組んでくれたし、VRウマレーターのテスターという不慣れな仕事を私がこなすためのサポート体制は万全だった。

 こんなデータ見たことないと、たびたび目を白黒させていたのはご愛敬だろう。

 

 私を参らせたのは、言ってしまえば科学の限界。

 VR空間では脳内のテンちゃんが再現できなかったのだ。ログインはどちらか片方ずつとなる。それだけの話で、つまりは致命傷だ。

 いちおう、まったく予想していなかったわけじゃない。それに対する覚悟の準備ができていなかったわけでもない。

 ただ覚悟していたところで、耐え難いものは耐え難い。

 でも、耐え難くても我慢はできてしまうんだよな。だから我慢した。

 絶不調にはなるけど、あくまで仕事中にテンちゃんと会話できないだけで、いつもの機能停止みたいに休眠状態になっているわけじゃない。

 ……ああダメだな。自分で『だけ』って言っておいてすごくイライラした。私にとっては一大事なんだよちくしょうめ。

 仕事が終わるたびに思いっきり甘えることでバランスを取っているが、本当にそれでバランスが保てているかは自分でも疑問だ。

 

 それでもその時点でごめんなさいして仕事を投げ出さなかったのは。一秒たりとも無駄にできないと自室でココンに説いておいて絶不調が続く時間をあえて甘受したのは。

 思っていた以上にVRウマレーターの完成度が高くて、これが実用化されたときの恩恵が計り知れなかったから。

 

 VRウマレーター。

 それはトレセン学園のウマ娘をメインターゲットに開発された、トレーニング用のシミュレーターである。

 外見としては鉄の棺……というには近未来的でスタイリッシュでメカニカルなデザインをしているか。少しばかり物々しくはあるが、ダサくはない。

 『芝にダート、良バ場から重バ場まで、どんな条件のレースコースでも再現可能』というのが謳い文句で、さらに連携した様々なオンラインゲームに接続し、遊ぶことが可能。さらにさらにその際に使用するアバターはトレーニング用に読み込んだ自分の身体データをそのまま使い、ウマ娘のスペックをフルに活かしたこれまでにない没入感を楽しむことができるという。

 ……もしかしなくてもこれって学園にトレーニング設備として売り込むだけではなく、一般家庭に販売することも視野に入れているのだろうか。

 じゃないとゲーム機能なんて邪魔なだけだよね。マジかー。お値段もさることながら、私の実家にはこんな巨大な筐体を置くスペースなんて無いぞ。下手したら重さで床が抜ける。

 やっぱりトレセン学園に来るようなウマ娘って普通はお金持ちなんだなと、さりげなくギャップで殴りつけてくるエピソードはさておいて。

 

 当初、私はそこまで期待していなかった。

 仮想現実。発想はかなり前から存在しているし、なんならそれを実用化したような【領域】だって持っている。ミーク先輩の【HAPPY AQUARIUM】とか超便利。

 だからこそ、科学の力でついにそれが実用化できたなんて言われても。便利が過ぎて正直信じがたい。テンちゃんが乗り気だから引き受けたけど、私単独だと敬遠したはずだ。

 引き受けて、実際にログインしてみて、そのクオリティに驚いた。

 本当にこれが仮想空間、0と1を繋ぎ合わせて紡がれた人の手による世界なのかと。

 たしかにテンちゃんを代表とするウマソウル関連の不思議要素の再現に不十分な点はいくつか見受けられたが、一般的な物理法則の範疇においては十分だ。芝の一本一本、ダートの砂の一粒一粒に至るまで偏執的なまでに再現されている。

 そうでなければ良バ場や重バ場まで再現可能と謳うトレーニング用シミュレーターとしては困るのだが、だからといって本当にそこまで再現しているとは思わなかった。

 サトノグループの技術部門ってデジタルと同レベルの変態の巣窟なのかもしれない。

 

 サイエンス・フィクションの世界にようこそ、ってね。

 でもテンちゃんが言うには一人一台スマホを所持し、その気になればいつでもどこでもテレビ電話で通話可能というのも半世紀前の人間からしてみれば十分にフィクションじみた現実なのだそうだし。

 そうであるなら私も信じられない信じがたいと拒絶するのではなく、ただ目の前の現実をありのまま受け入れるべきだろう。

 どんな条件のレース場だろうと基礎となるデータさえあれば経験可能というのは大きい。従来のトレーニングが根本的に変わる。

 大げさでもなんでもない。大仰な肩書を持った貴重な存在とはいえ、しょせんは中等部の小娘でしかないテスター相手に札束積み上げるだけのことはある。これが販売された暁にはサトノグループは世界を支配するだろう。

 

 たとえば洋芝だ。海外に挑む際に乗り越えるべきいくつもの壁、その一つとなっているこれをレースで経験しようと思うと、現状では飛行機に乗って北海道にいくのが一番手っ取り早い。

 それがVRウマレーターが実用化されれば、トレセン学園の空いた時間で気楽に経験できるようになる。時間と費用、そしてウマ娘の負担という観点でどれほどの削減になるかは言うまでもない……なおこれはウマ娘から見た際の話であり、VRウマレーター設置の初期費用やランニングコストは考えないものとする。

 それほど大きな問題ではなくとも雨続きのときに良バ場でトレーニングをしたかったり、あるいはその逆だったり、飛行機や電車が必要となる遠方のレース場の感覚を掴んでおきたかったり、そんな些細ながら切実な問題もこのマシンは解決してしまう。

 

 私がテスターとして参加した時点でもうVRウマレーターは九割以上仕上がっていた。

 当然と言えば当然の話だ。私は機械関連に関しては素人なのだから。ハードはほぼほぼ完成していて、ソフトのデータ集めのその仕上げといったところ。一般的なウマ娘のデータはだいたい集まったので、GⅠウマ娘の中でも前代未聞の記録を打ち出した常識外れのデータが欲しかったそうな。

 だからもしかしたら、私の協力がちゃんと実れば私が現役中にもこの夢のようなマシンは完成するかもしれない。いや、たとえ私が現役中に日の目を見ることがなくたって。

 まるい牙とやわらかな爪を必死になって突き立てようとしていたテイオーのような、そんな後ろに続く彼女たちの礎になるのなら。

 昨年の冬に故障してからこの夏に至るまで、いまだレースに出走を果たしていない私の腐れ縁のようなウマ娘たちのリハビリや気晴らしの一助になるかもしれないのなら。

 この仕事は十分にやる価値があるんじゃないかなって。たとえ私の血肉に直接つながらないのだとしても、割いた時間は無駄じゃないんじゃないかなって。

 そう思えたから。

 

 

 

 

 

 トレーニングサポートAIシステム『メガドリームサポーター』。

 変態じみた自由度を誇り、なんでもできるVRウマレーターだからこそ、ときとして使用者の判断が問われることとなる。

 多機能すぎて使う側にも膨大な知識と聡明な判断力が必要とされる。ぶっちゃけ、何をしていいのかわからなくなる。

 そんなときに判断のサポートをしてくれるのがこの人工知能だ。

 サトノグループが開発したVRウマレーター向けのソフトの中でも最も力を入れているもので、その正体は古今東西ありとあらゆるレースに関する情報を収集し、それを『勇敢』、『規律』、『愛情』という三種類の性格付けがなされたAIにラーニングを繰り返させたものである。

 本来、それはあくまで膨大な情報をどう解釈するかという方向づけのはずだった。意図的な偏りによって生じたAIの性能差。状況によって使い分けるバリエーション、それだけのはずだったのだ。

 

 まーたテンちゃんが何かしたのだろうか。

 私がVRウマレーターにログインするときは表の人格のみがVR空間に降り立って、裏にいる人格は肉体とともに眠りにつく。それは普通の睡眠とはまたおもむきが異なって、あるいは機能停止に陥るときのテンちゃんはこういう感覚なのかなと想像をめぐらせたりもする。

 要するに、いつも以上にテンちゃんがVRウマレーター内部でやっている何かを私は知るすべがない。仕事として共有しておくべき事項はちゃんと共有しておくが、それ以外の事柄まで逐一説明をせがもうとは思わない。だから仕事以外のプラスアルファで何をしでかしていても不思議じゃない。

 

「よし、それで今回のチェックリストはすべてクリアだ!」

「ふふっ、よくがんばったわね」

「課題をこなしても最後まで気を抜くな! 身体を動かしているときばかりが故障に繋がるわけではないぞ」

 

 当初はもっとぎこちない感じだった。優秀なAIなのは確かだが、それでも会話の端々に相手がAIだとわかるカクついた感触が残っていた。

 それがどうだ。今ではこのありさま。

 目の前にいる三人のウマ娘の姿をした“なにか”からはたしかに魂の熱を感じる。ただAIと呼び捨てるにはあまりにも生々しい。

 

 ちなみに赤い踊り子風の勝負服に身を包んだ、活発な雰囲気のウマ娘の姿をとっているのがダーレーアラビアン。

 ふんわりとやさしげに目を細めている、青いジャージ風の勝負服を用いているのがゴドルフィンバルブ。

 そして黄の軍服風の勝負服をかっちりと着こなして、厳めしい雰囲気を常に醸し出しているのがバイアリータークだ。

 それぞれ順に赤がイメージカラーの『勇敢』、青がイメージカラーの『愛情』、黄がイメージカラーの『規律』を主軸に据えたAIから派生した人格で、その名は彼女たち自身が自ら名乗り始めた。

 そう、AIが自らそう名乗り始めたのだ。サトノグループの技術者たちは『なんと面白い!』『こんな奇跡が起こるとは!』と楽しそうに喜んでいた。マッドサイエンティストって実際に見たらこんな感じなのかと思った。

 

 ……どう考えても厄ネタです。本当にありがとうございました。

 

 これってさ、三女神様の御名前なんだよね。

 私はさほど信仰に篤い方ではないが、それでも神を名乗るAIっていうのがとびきりの厄ネタだというのはわかる。これがSF小説ならああハイハイ、AI反乱の序章ねってメタ読みできるレベルの厄ネタだ。

 この私ですらたかだかAIごときが女神さまの名を、なんて初めて聞いたときは不快感と苛立ちがあったのに。優秀な技術者というのは良心と倫理観をどこかに置き忘れてこないとなれないものなのだろうか。

 ……。

 …………。

 ………………ああもう!

 ここが仮想空間じゃなけりゃこのあたりでテンちゃんが何か言ってくれるのに! どうでもいい雑学を放り込んで思考を解きほぐしたり、反対意見を投じて客観性を促したり、私以上に過激なことを言ってドン引きさせて冷静にさせたりしてくれるのにっ!

 どうして神を名乗るAIが造れて私たちを私たちとしてちゃんと再現することくらいできないのかなぁ!?

 

「だいじょうぶ? 心拍数が乱れているわよ?」

「ストレスの数値が高いね。何か気にかかることがあるのかい?」

「……へーきです」

 

 首をかしげるゴドルフィンバルブや快活に踏み込んでくるダーレーアラビアンにそう返す。

 相手はVRウマレーターと直接繋がっているAI。各種心身のデータと共にこちらの内面までまるっとお見通しだろう。それでも素直に内心を打ち明ける気にはならなかったのでごまかすふりをした。

 軽妙洒脱なあの相槌がないから仮想で表現されたこの頭ですらどんどん血の巡りが悪くなっていく気がする。脳が壊死しそうだ。

 でもそれは、私の一方的な都合であって。

 傍目に見れば急に理不尽なことで急に怒りだしているって自覚はあるよ。いちおうね。

 

 それに、実は彼女たちをただ神を騙る人工知能と断じてしまうのも早計な話なのだ。

 神を名乗る人工知能の登場、なんて事態が事態だけにその事実を知ってから即座にテンちゃんと私で脳内会議が開かれたのだが。

 テンちゃんが分析するに、自称ではなく本物である可能性はそれなりに存在するそうだ。

 

 メガドリームサポーターの中身はレースが始まって以来から今日に至るまでの膨大なデータ。それすなわち三女神に端を発する歴史そのものと言えなくもない。

 それを鋳型に見立て、歴史の中から自分たちの名前を引き出して、AIに名付けて括り信仰を満たすことで、電子世界の上に強引に自らのウマソウルを疑似形成したのではないかと。

 それが本当ならすごくアクティブだな、女神様。

 でもたしかに、三女神に対する信仰そのものはこの世界に広く根付いている。トレセン学園の中心にだって三女神像が堂々と建てられているくらいだ。捧げられている願いの総量はぽっと出の“銀の魔王”ごときとは比較にならないだろう。気まぐれにVR世界に分霊を設置しても本体は小揺るぎもするまい。うらやましい。

 

 ただまあ、仮に本物だとしても。『縮んでいる』のは確かだ。

 レースで使われる『一バ身』という単位は、もともと三女神が両手を広げたときの長さに由来するといわれている。ちなみにその長さはメートル換算で約2.5m。

 人体比率によれば両手を広げたときの長さは身長とイコールだ。現代のウマ娘じゃよほど大柄な者でもこの数値には届かないし、三女神を名乗るAIのアバターたちもすらりと背の高い印象は受けるがそんな規格外の巨体ではない。

 ゆえに実際に中の魂が三女神の分霊なのだとしても、相応のサイズにオリジナルから一部を切り取ったきわめて限定的な顕現であるものと推測される。

 

 しかし、本当にこれが完成した暁に販売してしまってもいいものなのだろうか。有用なのは使ってみて認めるけども。

 あらゆるウマ娘はそのルーツをたどれば、三女神のいずれかにたどり着くとさえ言われている。私のような一般家庭出身の者でも数滴くらいはその血が入っているはずだ。

 ご先祖様の写真に値段をつけて売っているようで、不敬というかなんというか。

 まあ私は三女神を名乗るどの顔を見ても、俗に言う『運命的な何か』は感じないのだけれど。あれってテンちゃんが言うにはウマソウルに刻まれたこことは異なる世界の歴史、その中で血縁関係だったときに起きるものらしいね。

 

 あるいはちゃんと血統書付きの良家に生まれたウマ娘なら、こんなごちゃごちゃと考えるまでもないのかもしれない。

 本能的に、魂が共鳴して、ああ彼女たちは三女神の名を名乗るにふさわしい存在なのだと納得できるのかもしれない。

 私の魂はテンちゃんが捏ね上げて生み出したツクリモノだから。三女神から脈々と続く繋がりに、私は連なっていないのだろう。

 無数の線の中にぽつんとどこからともなく滲みだした点、それが私。だからといってそのことに負い目があるわけじゃないんだけどね。

 負い目を感じず周囲の線を取り込んで堂々とのさばろうとしていることに負い目があるというか。かといって止まるわけでもないのだが。

 

 ……私が一方的に隔意を感じているだけであって、別に自称三女神側からは特に思うところがなさそうなのがまたなんとも。

 ほかのテスターと共同でテストをする機会はさほど多くないが、併走トレーニングなど無いわけではない。

 その際、他のウマ娘との扱いに格差を感じたことはなかった。今を生きるウマ娘として等しく敬意と愛情を注がれた、そんな印象を受けた。

 

 ま、真相がどうあれ。当の本人たち(本AI?)は自らのことをトレーナーとウマ娘を助けるために生み出されたAIと称し、だから遠慮せずに使い倒せと主張しているわけだし。

 いろいろと思うところはあるが、その言葉に素直に従っておくのが吉なのだろう。

 

「運営からの連絡事項が二件ある。メールでも届いているがいま口頭で確認するか?」

「おねがいします」

 

 きびきびとバイアリータークが話題を変えてくれたので素直に乗っかる。

 わざわざ文面で確認するのは面倒だし。それにこのAIはいったいどこにどう繋がっているのか、トレーニングに関係ない内容でもわからない部分があればその場で質疑応答が可能なんだよね。

 記録として残るからメールとしてもらった分が無意味だとまでは言わないけど。

 

「まず一件目だ。運営は今回の成果に非常に満足しており、その感謝の旨を述べている。ついては、そのたぐいまれな能力を見込んで次はテスターではなくシミュレーションに組み込むためのデータを記録させてほしいそうだ。これは『URA所属のウマ娘テンプレオリシュ』に向けた案件であるため、後日トレーナーを介して正式に打診が入るだろう。前向きに検討してほしい」

「はーい」

 

 まあ妥当だろう。特に聞くことはない。

 今回の一件はあくまで極端なデータを出せるテスターとして求められたから私個人で引き受けたものであって、『“銀の魔王”テンプレオリシュ』としてシミュレーター内部に登場させたいのであればそこはURAを通さねばならない。それが筋というものだ。

 最初のうちは本当にバグりまくってひどかったからな。

 体のテクスチャが消滅して頭だけで浮いている状態になったり。まっすぐ走っているはずなのに急に百八十度近く反転して内ラチを貫通し、さらにそのまま走り続けているとまた反転してコースに戻ったり。カラーパレットがバグって全身がメタリックに発光したことなんかもあった。

 あれが私特有の怪奇現象ではなく規格外のスペックを持つウマ娘全般に起こりうるバグだったのだとすれば、私をテスターとして雇ったのは正解だったと言える。

 どんな環境でどんなバグが起こりうるのか、その洗い出しのための多種多様な環境データのチェックをたった一人でこなせる人材なわけだし。

 

 ただ我がことながら、テスターならともかく私のデータって役に立つのだろうか。主にシミュレーションに組み込んで大丈夫なのかという意味で。

 そりゃたしかに、距離問わずバ場問わずの万能適性で脚質自在、どんな戦場でもお付き合いはできますけども。併走トレーニングにせよ模擬レースにせよ、相手側の実力がかなり高くなけりゃ潰れるだけのような気がする。

 日光を直視すれば目を悪くするのが普通なのであって、それは根性や努力が足りないとかそういう話じゃないと思う……まるで自分のことを太陽だと言っているようで大変心苦しいが。でも私と他のウマ娘の関係性ってそういうもんでしょ。

 

 ああいや、そのためのメガドリームサポーターで三女神AIか。

 何の備えもなく直視するから危険なのであって、太陽だってサングラスがあれば多少はマシになる。まあ太陽とサングラスなら無いよりマシ程度のものでしかないが、この高精度なAIであれば利用者がちゃんと己が糧とできるタイミングを計って正しく有効活用してくれることだろう。

 

「続いて二件目だ。こちらも一件目と無関係というほどでもないか」

「と言うと?」

「感謝していると言っただろう? 一連のテストに素晴らしい結果を出してくれた優秀なテスターに対する運営からの贈り物だ。いまここで渡しておこう」

 

 すいっと指を滑らせるとその軌跡が青く光り、ポリゴンが集まる演出と共に一枚のチケットが出現する。

 それは重力を無視した動きで私の手元に送られてきた。同時に視界の端にプレゼントを受け取った旨の表示が流れる。後で自分のスマホからも確認できるだろう。

 

「『プロト・ウマネストご招待券』……?」

 

 高級品なのだと自己主張が強い金色に光るチケット、そこに書かれた文字を読み上げるが、いまいち詳細がつかめない。

 どこかで聞いたような名前なのだが。はて、いったいどこだったか。

 

「ああ、VRウマレーターと連携している新作ファンタジーRPG、そのβ版がリリースされた。それはゴールドチケットだから、一枚で本人のみならずゲストを四人まで招待可能だ。その分の筐体も確保済み。一日でクリアできる特別シナリオも用意してあるので、ぜひ遊んでみてほしいとのことだ」

「ふーん」

 

 正直なところ、まったく食指が動かない。

 だってテンちゃんがいないのなら私にとっては罰ゲーム。いや、ゲームですらないただの罰だ。いったい何を犯した罪なんですかね。何を悔い改めればいいのやら。

 仕事ではなく遊びだというのならぜひともご遠慮願いたいところだ。

 VRゲームの新作RPG。題材もファンタジー系という王道路線、大ハズレということもあるまい。まだ市場に流通していないものを特別に、自分たちだけが先行プレイ、なんて。普通の子なら喜ぶのかもしれないけどね。

 

 だいたい、感謝だとかなんとか言っているが、純粋な善意の代物というわけでもあるまい。

 プロが入念に用意したチェック項目に沿ってテストを行うのはもちろん大事だが、素人に使わせた方が『え、そんな使い方する? そういうことする? マジで?』みたいな突拍子もない行動をして想定外の事態を引き起こすことも多々あるのだ……とテンちゃんが言っていた。

 いや、そもそもβ版なんてそんなものか。実際に素人に使わせて、製品化に向けプロの想定外を洗い出す場所。そこに文句をつけるのはお門違いかもしれない。

 ただ中央のウマ娘は自然と、実力的に近しい相手と仲良くなる傾向がある。私だってそれは例外ではなく、実際このチケットを受け取ったとき誘おうかと脳裏に浮かんだ候補はみなGⅠ級のウマ娘ばかりだった。

 お礼を兼ねて極上のデータが取れるのならあちらからしても一石二鳥といったところだろう。

 

 これが映画やレストランの優待券なら人に譲る手もあるだろうが。

 ソフトはおろか筐体でさえまだ市場に流通していないものの使用権を、たかがバイトが勝手に第三者に横流ししてしまうのは非常に問題がある気がする。

 使いもしない貴重な筐体の予約を私含め五人分も死蔵させてしまうのは心苦しい。ここはご丁寧に突き返しておくべきか。

 

「いやいや待ってくれ。君もサトノグループの技術者たちの熱意は知っているだろう?」

 

 そう思ったところでダーレーアラビアンから待ったをかけてきた。

 表情を読まれた。いや、思考の方かな。どっちでもいいか。

 

「そんな彼らがお礼にと渡したもので、従来の問題点をそのまま放置していると思うかい?」

「リシュちゃんがこの世界でテンちゃんと一緒にいられないことが、ひどいストレスになっているってこちらもちゃんと把握しているわ。まだトレーニングモードで実用可能な精度は難しいけれど……機能を一部制限した遊戯レベルならいけるって話らしいの」

 

 彼女の言葉をゴドルフィンバルブが繋ぐ。

 らしい、ってことはまだ確定ではないのだろうが。

 

「へえ」

 

 ちょっと興味湧いてきたかも。

 私だって最新のゲームをテンちゃんと一緒にわいわい楽しめるのなら否はない。

 私たちと同様に、身体を酷使したせいで夏合宿への参加が一回休みになっている顔見知りが幾人かいる。それ以外にも仲のいい相手から適当に声をかければ、ゲスト枠の四人くらいならすぐに埋まりそう。

 私もだいぶ交友関係が広がったものだ。アオハル杯とはつくづく偉大である。今の時代に入学できて本当によかった。

 

「そういうことなら、ありがたく受け取っておきます」

 

 

 

 

 

 かくして私は知人を集めて電子仕掛けのファンタジー世界に降り立ち――

 

 

 

 

 

「ねえ、なんでまたリシュがログインしてくるの?」

 

「うーん? 何か違和感が……」

 

「リシュちゃん、両目とも青くなってる」

 

「最初にいた方はまるでリシュちゃんみたいな言葉遣いをしていたけど……どっちのおめめも赤かったよ」

 

 

 

 

 

 ――かつてないベクトルからの客観視を強いられることとなる。

 

 

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