「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」 作:バクシサクランオー
感想、誤字脱字報告もありがとうございます。
U U U
だいぶ慣れてきたかな。
拾った石でゴブリンを殴り倒しながらそう思う。
武器としての正式名称〈ストーン〉はFランクの武器らしく攻撃力は低めかつリーチも素手と大差ないが、低ランクにしては耐久値が高めで――何より河原などのスポットから一定確率で
遠慮なく使いつぶせる。間合いの詰め方さえ覚えればバーサーカーの強みを万全に活かせる実に私好みの武器だった。
「ほいっと」
「GUGYAAAAA!?」
相手はもはやファンタジー系RPGではお目にかかれない方が珍しいくらいの雑魚代表。子供程度の知能と身体能力と体格しか持たないという緑肌の醜いモンスターだ。
その原典は妖精で、緑の肌なのは妖精のイメージから。小柄なのは坑道に響く謎の足音をゴブリンと呼んでいたという逸話から、坑道に適応した体格なのではないか――とテンちゃんがいつだったか考察していたことがある。
現実的に考えたら人間の子供と同程度ってめっちゃ怖いけどね。
だって考えてもみてほしい。
何かの仕事であまり治安のよろしくない海外にいくことになったとして。うっかり現地の子供に財布を掏られたとする。咄嗟に追いかけて、子供が逃げていった先は薄暗い裏路地。
しょせん相手は子供だからと、何の備えもせずに飛び込めるだろうか? 勢いのまま飛び込んでしまえばそうかもしれない。でも息切れと共に一歩踏みとどまって思考の余地が生じれば。仮に追いかけた先に本当に子供しかいなかったとしても、リスクの高さを考える方が自然ではなかろうか。
集団で待ち伏せされて硬いもので頭を殴られたらそれで詰みだ。子供が知恵と工夫を凝らせば大人だって殺せる。それがゴブリンという皮をかぶっただけでたいしたことない脅威に感じるようになるのだから、イメージというのはなんとも不思議なものだ。
それにモンスターが跋扈するこのファンタジーな世界において、貧弱な能力と粗末な武器だけで生き延びているというのはそれだけで立派なサバイバー。一定の敬意は払うべきではなかろうか。
そしてさらに、ファンタジーとリアルをもう一度裏返せば。
ゴブリンの群れに対処できるということは、害意を持って襲い来る人間の子供たちを処理できるということにもなる。
「えい、えい」
「GYOEEEEE!?」
「GYAAAAZU!?」
そんな私のとりとめのない感慨をわきに置いて、殴り倒されるゴブリンたちは実に定番を外さない雑魚エネミーだった。思考ルーチンはバカだしステータスは低い、モーションも単純で読みやすいという三点揃った初心者向けモンスターのお手本。
どうやってこのありさまで生存競争を生き抜いてきたのだろう。いや、こうやって私に狩られているのだから今まさに淘汰されているのか。
ふと思う。
海外出張なんてしたことないのに先の仕事のたとえ。まるでテンちゃんみたいなことを考えているな、と自己評価。
実に無駄なことだ。ちゃんとあるべきところにいてくれたら、このようなまがい物で脳内を満たす必要など無いのに。
だが脳内リソースのロスであっても現在の精神安定には必要なことなのだろう。この雑念は改善しない方針でひとまず続行しよう。
私が相手にしているのはゴブリンファイターというちょっと上等な武装をしたゴブリンの上位種だが、それでもこんな雑念だらけで処理できてしまう程度に弱い。
VRゲームになったことで画面が消滅し、その立体感には慣れが必要だったが……慣れたらこんなものだ。よい意味でリアリティを排してゲームらしさを徹底しているのも慣れの一助となっているだろう。
こまめに水浴びしているわけでもあるまいに悪臭や過度な汚れもない。殴りつけたときの手ごたえも同様。命を肉に変えるときのものではなく、バットでボールの芯を捉えたような心地よい反動が腕に残る。
「GOBUBUBU!」
「GOBUUUU!」
動きが変わった。
ふつうのゴブリンは周囲のことなんてろくに把握しないまま最後の一匹まで玉砕していったが、こいつらは群れの半数を壊滅させられたところで悲鳴を上げて逃亡を開始した。
腐ってもそこは上位種ということだろうか。敵わないと見たら撤退する程度には上等な思考ルーチンを積んでいるらしい。
まあ無駄なんだけどね。
「えーい、サンダーレイン!」
『GUGYAAAAAA!?』
掛け声とともに小規模な雷の雨が降り注ぎ、その黄色いジグザグに当たってしまったゴブリンたちはびりびりと硬直する。
ウィッチの魔法『サンダーレイン』。術者から見て前方横一列に小さな雷を降らせることができる、低レベル帯の貴重な範囲魔法だ。
威力は控えめだがそこは妨害系に秀でたウィッチ。相手の動きを鈍らせる追加効果があり、魔法抵抗を完全にぶち抜けば一定時間硬直させることだって可能。
効果範囲も低レベルで覚えられるものだけあってそこまで広くないのだが、術者は感覚派の天才の極致マヤノトップガンである。タイミングは完璧、ゴブリンたちは揃ってきれいにその動きを止めていた。
魔法職であるゴブリンシャーマンがいればまた結果は違ったかもしれないけどね。私が後衛から優先して狩った結果、ここには既に守るべきものを守れなかった無能な戦士しか残っていないからね。
討ち漏らしなんて出したらクエストの評価が下がってしまう。もらえる報酬も減るだろう。結論、こいつらを生かしておく理由がない。
手を開くと先ほどの一撃で耐久値を使い切ってしまった石が砕けてぱらぱらと下に落ちる。バーサーカーの『壊力』は武器の威力を上昇させる代わりに耐久値の消費を増加させるパッシブスキルだ。おかげで武器を使い潰すのが早いのなんのって。
加えて『クラッシュスラッシュ』というアクティブスキルも習得しているからね。これは装備している武器の耐久値をゼロにする代わりに(低レベル帯で習得するにしては)破格の威力を誇る業だ。もう少しで壊れるというタイミングで使うのが正解だろう。
歩み寄りながらアイテムストレージを開き、即座に新たな石を選択して装備。『略奪の心得』というパッシブスキルもここまでのレベルアップで覚えたため、ストレージの容量が増えているのが救いといえば救い。
総評すれば【バーサーカー】というジョブはとりあえず大量の武器をアイテムストレージに詰め込んでおき、それを使い潰しながら敵をすり潰すデザインの職業と見ていい。
おかげで私のアイテムストレージは拾った石やちょうどいい木の枝、手ごろな形状の骨などでパンパンだ。店売りの武器だけでは絶対に足りないので、武器として使えそうなアイテムを見つけたら片っ端から補充する必要がある。
豪快な脳筋のように見えてその実、丹念な前準備が勝敗を分けるジョブだろう。お財布としっかり相談しながら立ち回らねばならない。
しかしバーサーカーに略奪に関するエピソードなんてあったかな。野蛮というイメージ繋がりでバイキングあたりとごっちゃになってないか?
「えい、えい」
断末魔の叫び声をBGMに、動けないゴブリンたちの後頭部へ両手で持った石を叩き込んでいく。
部位によってクリティカル判定とかあってダメージ効率が大きく変わるからね。
誰が言ったかRPGはリソースで殴り倒すゲーム。意識するのは節約。ケチれるところはケチっていかないと。
「白昼堂々の凶行だねー」
「ファンタジーでやることじゃないよねー」
なまじ凶器が石だけにえげつなさが際立っているのは認めるけどさー。
お二人さんもきっちり
骨を砕き、血が飛び散る。現実ならそんな凄惨な光景になったことだろう。
でも実は私って今年の誕生日をまだ迎えていないので、R18相当のグロテスクな描写はおろかR15相当の残酷な描写すら制限されちゃうのだ。
ダメージエフェクトはR12の健全描写。損傷はポリゴンで表現され、ダメージ量に比例して綺麗な光が舞い散る。少しだけ残念。グロが趣味というわけではないが、これほど細部まで作りこまれているのなら一匹くらいゴブリンを解体してみたかったかも。
こういう何気ないところで自分がバイトの申請にさえ保護者の許可が必要な年齢のお子様だってことを思い知るよね。
もっとも、VRウマレーターにおいて血肉を伴った生々しい描写が技術的に不可能というわけではない。
メガドリームサポーター監修下のトレーニングモードにおいては怪我の状態はほぼそのまま再現される。無論、トラウマにならないよう痛みなどは一定以上がカットされる仕様だが。
唐突に訪れる不幸は相手の年齢を考慮してくれないから。
年齢を理由に表現を規制して、それで幼い子が絶対に血も痛みも知らずに済むのならそれが最上だろう。でもそうではない。そうではないのだ。
忘れてはならない。トゥインクル・シリーズを走る以上いつだってどこかに命の危険はある。
転倒のショックでぐらぐらと揺れる視界の中で、見慣れた脚の皮がぱっくり割れて肉と脂肪と骨の集合体となりはて、開放された断面から鮮やかな赤が脈動に合わせ噴き出ている状況に陥ったとき。
事前に経験していれば、正しい応急処置を知っていれば、命を救えるかもしれない。助けられる命があるかもしれない。
そう判断されたから。メガドリームサポーターの管理下という限定された状況においてだが、年齢制限なしにそのトレーニングは用意されている。
私には法律に関して詳しいことはわからないが、きっと一筋縄ではいかない問題だっただろうに。ウマ娘ファーストと言えばやや聞こえは悪いが、この世界は本当にウマ娘を最優先に回っている節があると思う。
まあ、サトノとかメジロとかシンボリとか世の権力者にウマ娘関係者が多いってのも無関係ではないだろうけど。
『クエスト【森の脅威を排除せよⅡ】をクリアしました』
そんなことを考えているうちに最後の一匹がポリゴンとなって爆散し、受注したクエストがクリアされた旨が視界端のログに流れるのであった。
「あーあ、失敗だったかなー?」
帰りしな、目立った活躍ができなかったテイオーがぼやく。
殴る蹴るの単純な暴力だけでウマ娘は十分にファンタジー世界でも通用する全身凶器なのだが、同格以上のウマ娘と並んでしまえばそこはジョブ補正の分だけ露骨に活躍の差が生じてしまう。
まあテイオーのぼやきはそれだけが理由ではないみたいだけど。
「PvPがあるならもうちょっとまじめにジョブ選んでたよ……」
「だねー」
「そりゃそうだ」
対エネミーは要約してしまえばパズル。求められる前提を揃えた上で、リアルタイムで提示される条件に適切に当てはめていく。
クリアされるために用意された障害ゆえに、最適解を選び続けることができればクリアできる。逆に言えばそれらの条件を満たしたにも拘わらずクリアできないのであれば、それはクソゲーの烙印を押されて然るべき作品となるだろう。
対する対人はカードゲームに近いか。自身の切り札を最大効率で相手に叩きつけ、逆に相手の切り札は無駄打ちさせるか抱え落ちさせるのが理想。
己が勝利を求めて熱意と悪意を注ぎ込んだその手札の対処に定石はあっても、正しい攻略法など存在しない。読みと駆け引きが勝敗を分けるキーポイントであり、すなわちそれは読みと駆け引きに幅を持たせるため、一定以上の手札の厚さが必要とされるということになる。
【すっぴん】を選んでしまったテイオーはジョブで得られたはずの各種スキルや補正分だけ手札がごっそり減っているようなものだ。
もともとの想定として本来私たちは五人パーティーになる予定で、なおかつテイオー以外でセルフ縛りプレイを選ぶような酔狂なウマ娘はいないというのもジョブ選択時の判断材料だったことだろうし。
ハードモードは承知の上だったとしても、まさかここまで難易度ルナティックになるのはさすがに想定外のはず。
たしかに愚痴の一つもこぼしたくなる。
ただまあ、テンちゃんが
遊びという名目で皆を集めたのだ。情報を出し渋って、理不尽に狩るような真似はしない。自分はそんな性格ではないという信頼がある。
魔王サイドとの戦闘は対人戦よりもエネミー戦闘に近い立ち回りになる。そんな予感がしていた。
ま、私が持つテンちゃんへの圧倒的信頼に基づいた推測だ。根拠が他にあるわけでもないから口には出さないけどね。
「ジョブチェンジに繋がりそうなクエストを探してみる? レトロゲーならいざ知らず最近のRPGで、ジョブ採用しておいて最後まで転職不可ってことはまず無いと思うし」
「いーや、今回は最後までこれでいくもんね。ジョブチェンジしたらなんだか負けたみたいで悔しいじゃん!」
いい根性だ。
現実的な側面としても転職した場合、1レベルから育てなおしというパターンが多いし。時間というリソースが貴重な今回の冒険では、いまの職業に経験値を集中させないと最終決戦に間に合わないというオチになりかねないからね。
気炎を吐くテイオーの選択を尊重しよう。
「ねーねー。さっきのクエストでマニーに余裕できたし、せっかくだからごはん食べてみよーよ!」
「おっ、いいね。ボクはドラゴンステーキが食べてみたいな!」
「このレベル帯でいける店じゃドラゴンステーキはまだ無いんじゃない?」
マヤノの提案で飲食店に向かうことにした。
所持金に余裕ができたとはいえ高級レストランに行けるほどの稼ぎではないから、選ぶのは町の大衆食堂といった規模のところになる。
とはいえ、相変わらず狂気的なまでに作り込まれたこの世界だ。メニューはもちろんのこと、ねじれた角を持つ店員さんや鉱物じみた肌の他の利用者など、店内の何もかもがファンタジーRPGの雰囲気マシマシで物足りなさはまったく感じなかった。
超ハイクオリティなコンセプトカフェでもここまでのものは難しかろう。そう考えるとVRウマレーターが市場に流通したあかつきにはパイの奪い合いで潰れる分野が一つや二つではない気もしたが、私が心配することでもなさそうなので思考から放り投げる。
私は自分たちが恩恵を受けられたらそれでいいのだ。
「へいお待ち!」
「わーい」
「ありがとうございます」
「おいしそー」
プロト・ウマネストにおいて食事は食べたものに応じたバフがつくタイプのアクションであり、必須行動ではない。空腹によるペナルティは発生しないのだ。だからその気になれば飲まず食わずでいつまでも働き続けることができる。セルフブラック労働環境だ。
もっと本格的にこのゲームをやり込むのならNPCメイドの料理よりも熟練プレイヤーの料理の方が効果が高かったり、高難易度だと食事バフを前提にしたゲームバランスになっていたりするのかもしれないが。
一日で終わる簡易シナリオの今回は関係ないだろう。いまこうやって料理店に来ている理由も食事バフを入れることで以降の冒険を円滑に進めるためというよりは、プロト・ウマネストの料理への興味関心の割合が高い。
『いっただっきまーす』
重なる三人の声。ゲーム内であろうと食事前の挨拶がきちんと一致する様は、なんだかんだ育ちのよさが滲んでいる気がする。
中央トレセン学園って実はお嬢様学校だよね。私は庶民だけどさ。
今回のメニューはパワーに補正が入る〈グリーンボアの香草焼き〉とスピードに補正が入る〈ダブルホーンラビットのハンバーグ〉、その二品でちょっと予算が尽きたのでドリンクは控えめに〈出涸らし薬草のハーブティー〉だ。賢さがちょっぴり上がる。
スタミナ補正とか根性補正とか、防御に関するステータスへのバフはない。前のめり加減が注文からも見て取れる。
いやさ、この世界に持ち込めたウマ娘スペックだけである程度やれるから、ジョブ関係なくスピードとパワーを積むだけで十分に戦えちゃうんだよね。
「あーん……ん?」
「んー、んん?」
満面の笑みで頬張ったマヤノとテイオーの顔が怪訝なものに変わり、それがなんとも悲しそうなしかめ面になるまでそう時間はかからなかった。
「……あじが……うすい……?」
「においも全然しないんだけど……なにこれ? バグ?」
どうやら二人ともチケットに添付されていたVRウマレーターの説明書をちゃんと読まなかったらしい。
まああんな冗長で難解な文章の羅列、熟読するような学生なんてそういないよね。私だってテンちゃんに諭されなければしっかり目を通そうとは思わない。
「バグじゃないよ。遊戯用として使用されるときは味覚と嗅覚に制限がかかってるの」
ゲームと現実の区別がつかなくなる――なんて、私たちが生まれる遥か前から言われていることだ。
私はやらかす奴は何がどうであってもやらかすものだと思っているが、VRウマレーターの精度が高すぎて現実と混同しかねないという意見には肯定せざるをえない。それほどの作り込みなのだ。
だからVRウマレーターではゲームを起動している際は五感のうち味覚と嗅覚に大幅な制限をかけ、現実に酷似しているがどうあがいても現実ではないというラインを設けることを現状の対策として打ち出している。
それでいて普段はストレスにならない程度に五感欠損の違和感が抑えられているのだから、ほんとうにサトノの技術者たちは変態としか言いようがない。
ちなみに味覚や嗅覚の再現が困難というわけではない。実際、メガドリームサポーターを介してトレーニング用として用いる際はどちらも百パーセント再現されている。サポートAIたちがセーフティとして機能するという判断らしい。
必須級の視覚、触覚、聴覚に比べたら走っている最中に味や匂いをいちいち意識しているか、というと微妙な話だが。極端な話、歯を食いしばりすぎて奥歯が砕けるのが恒常化していましたが、仕様上痛みと味覚が十割カットされていたため気づきませんでしたなんてことが起きてはシャレにならない。
必須ではないからと言って削ってしまっていいものではないのだ。まあそんな『あった方がいい』くらいの重要度で膨大な味覚データと嗅覚データを用意させられるシステムエンジニアさんたちは可哀そうだなと思うけど。
個人的にも味覚情報は自身のコンディションを測るバロメーターとして活用しているし、嗅覚情報も周囲のコンディションを測る一助としているので(体臭や口臭って、体調とか感情とかに影響されて意外と変わる)あった方が助かるのだ。
『えー!?』
それはそれとして。目の前の二人にとってその事実は非難轟々、不満たらたらに値するものだったようだ。
気持ちはよくわかる。ウマ娘というのはどうも、ヒトミミより食に対する関心が強い者が多いようなので。あくまで傾向があるというだけの話であって個人差はもちろんあるが、マヤノもテイオーも多数派に属する子たちだ。私もどちらかといえばそちら寄りである。
なまじ目の前の食卓に並ぶ料理が美味しそうなのがもの悲しさに拍車をかける。夢の中でごちそうを齧っているようなものだ。味も匂いも碌にしない。何なら歯ごたえやのどごしも曖昧模糊としたものだった。
嚙み過ぎて味のしなくなったガムを改めて口に入れてしまったような虚しさが募る。これは現実でない。何よりも痛烈に理解できてしまう。
だからこそゲームとリアルを混同しないセーフティとして有用ということなのだろうが。
「反対はんたーい! おーぼーだよ、ゲームの中でもマヤはおいしいものが食べたいですっ!」
「そうだそうだー。マックイーンなんて泣くよ! ほら泣くよ、うぇーんって普段のご令嬢然とした装いを放り出して絶対泣くよ!?」
おいこらテイオー、こんなことできみのライバルの名誉を棄損するな。
あの人の食欲は食全般というよりもスイーツ系統に特化しているだろ。だから必要性を説かれればメジロのご令嬢らしく、ちゃんと受け入れて……。
いや、このゲームにもスイーツはある。ここのような大衆食堂クラスでは難しいが、高級レストランにいけば当たり前のようにデザートが付いてくるのは既に把握している。なにせそのデザートの材料を集めるクエストを受注したことがあるからな。高級レストランが依頼元だけあって割のいい依頼であった。
想像する。あの紫がかった葦毛のご令嬢が、家の誇りを背負い生きているメジロの最高傑作との声もあるウマ娘が。
常日頃から自らを縛り付けている自省をこのときばかりはと少しだけ緩め、きらきらと輝く目でデザートをスプーンで掬い、口に含んで、目が死ぬ。
……ちょっとだけ可哀そうかな。
「…………わかった。テスター経由で運営に要望を上げておくね。マヤノたちにも後で任意のアンケートがあると思うから、そっちでも言っておいてくれたら」
「アイ・コピー!」
「もっちろん! 必要なら数だって用意するからさっ!」
ずいぶんと気合の入った肯定が返ってきた。
というかテイオー、たしかにきみってシンボリ家に連なるいいとこのお嬢様だけどさ。普段はぜんぜんそんなコネクションにおわせること無いじゃん。
それをよりによってここで出すの? 私が思っていた以上に食事というのはウマ娘にとって譲れない一線なのだなあ。
私には至らない発想で、私には届かない衝動だった。
欲がないわけじゃない。昨年のスプリンターズS以来鮮明になった私の世界は存分に私を振り回している。
ただ、どうにもまだまだ未熟らしいと感じることが往々にして存在しているのも事実だった。
理屈を説明されて、必要性を納得できたら、そこまでなんだよね。
嚙み過ぎたガムのごとき悲しみのカタマリを口の中に放り込む。いい子に育ってきた身としてはいかなる理由があってもお出しされた料理を残すのは良心が咎めるので。
それでも! ヤダヤダヤダヤダーと駄々をこねるエネルギッシュさは私にはない。
あ、なんだ。よく見たら『完食する』なんてアイコンが視界の端に浮いているじゃないか。
そりゃそうか。マニーを支払ってこんなものを食べなきゃならないなんて、多少のバフ効果では収支が合わない罰ゲームだ。
あくまで現実感を満たし過ぎないために味と匂いを削ったのであって、わざわざこんな経験を強制したいわけではないのだ。当然スキップ機能の一つでも付けておくか。
口の中のものを飲み下す。
砂を噛んでいる方が歯ごたえがあって、ミネラルを摂取できる分食べ応えもありそうだな。まあテンちゃんがいないときの食事なんてこんなものだ。いつも大差ない。愉快でないというだけで不快というほどのものでもないのだ。
テンちゃんはいまごろ何をしているんだろう。はやく合流したいな。
そう思いながら完食ボタンを押して目の前のバフアイテムを処理するのであった。