「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」 作:バクシサクランオー
感想、誤字脱字報告もありがとうございます。
U U U
ついにこの日がやってきた。
いや、ログインしてから一日どころか半日も経っていないけど。
でもゲーム内時間では数日経過したわけだし、その間ずっと一日千秋の思いだったわけだから実質数千年と言っても過言ではない。
「じゃあ、押すよ」
「いつでもオッケー!」
「離陸準備おーらい♪」
頼もしい返事の中、ぽちっと『ペースアップ』を選択する。
とたんに凄まじい速度で流れていく周囲の景色。山があり谷がありドラゴンがあり。ちゃんと時間があればこれらのイベントもちゃんと楽しめたのかなと思うと、少しだけ残念なような気がしなくもない。
そんな気がするだけだ。欠損した状態でエンタメを楽しめるわけがない。
どろどろに溶けて色のついた濁流と化していた周囲が少しずつ減速していき、ぴたりと風景のかたちに停止したとき、そこは
禍々しい彫刻がずらりと並ぶ廊下。呪文らしき文様が刻まれた大理石の床。紫に光る壁は何らかの魔法素材で出来ているのだろうか。燭台に灯った青い炎だけでは照らしきれない城内にうっすらと視界を確保している。
窓の外に広がるのは薄暗いを通り越してどす黒いと評すべき空、それを切り裂く赤い稲妻が雷鳴を伴って踊り狂う。
そして行く手に立ちふさがる荘厳な黒い扉。いったいどれだけの巨体が通ることを想定して作ったのか、扉というより城門と呼びたくなるサイズ感だった。シナリオが万全ならドラゴンとかも通ったのかもしれない。
「あれ、開くのかなあ?」
「ここまで来てカギを取りに行けってなったらテンポ悪すぎでしょ。せっかく『ペースアップ』まで使ってるんだからさ、本末転倒だよ。開くんじゃないかな」
「うーん、でもカギがついてなくてもさ。この大きさならウマ娘でも一人じゃ重そうだよねー。誰が開ける?」
「あっ、罠とか警戒した方がいいかなー?」
「たしかに『扉にはとりあえず探索』が定石と言えば定石か。でもダンジョンアタックとしては正解でも……魔王城に入る勇者が罠を警戒して探索しながら地道に進んでいくのってファンタジー的見栄えとしてはどうなんだろう。テンちゃんがやってくるかな?」
取り留めもなく相談しながら、私たちの動きはよどみない。
テイオーを先頭に私が続き、最後尾にマヤノが陣取る。
お前が前衛職なのだから先頭をいけという意見はもっともだが。三人パーティーゆえ各人が担うべき役割がカツカツで、結果的にこうなってしまうのだ。
端的な言い方をするのなら今のテイオーは肉壁だ。
踏んで開けるしかないタイプの罠を踏んで開けるのが今の彼女の役割。
だってこのパーティー、一番ダメージを出せるのが私なんだもん。
【すっぴん】でジョブ補正の無いテイオーはもちろん、マヤノもデバッファー寄りのリソース配分をした【ウィッチ】だからアタッカー性能は【バーサーカー】の私に一歩以上劣る。
そもそもRPGのゲームバランスとして、魔法使い職はその手札の多さから戦局を左右することに秀でるが、純粋なダメージ量では戦士職が随一というパターンが多い印象。ゲーム業界全体を俯瞰した際の真偽はさておき、この場においてその法則は真であった。
つまり戦闘が発生した際は私が万全に動けるかどうかが勝敗の分かれ目になる。
だから優先的に私のリソースが目減りしないよう、全体で立ち回る。
これは誰が優遇されているか、あるいは不遇かという話ではなく、ゲームに慣れたプレイヤーとしての観点だった。
パーティー全体のリソース管理として見たとき、現状テイオーのHPが一番削ってもいいリソースなのだ。
もっともあくまで優先度が最低というだけの話であって、削りすぎてテイオーが落ちたらそれはそれで困るのだが。
こういうゲームにおいてパーティーの人数はダイレクトに力だ。二人パーティーになったらいかに私とマヤノであってもリソース不足で全滅コース一直線の可能性が高い。
回復はアイテム頼り。蘇生アイテムは中盤から終盤にかけて登場するゲームバランスなのか、ここまでの冒険では入手できなかった。
私たちのパーティーが攻撃偏重なのは何も私たちの気性に依るものだけではなく、一度受け身に回ったらそのまま立て直しきれず崩れかねないというリスクの裏返しなのだ。
気質に依るところが大きいのも認める。
それに罠を踏んで解除する肉壁なんて露悪的な表現をしたが、実際に罠があったとしてもテイオーが引っかかるかは微妙なところだ。
だってテイオーだし。天才だし。
なんだかんだ言ってアイツは本物だ。要領の良さも勘の鋭さもずば抜けている。
そのぶん、かつては才能を鼻にかけた脇の甘さが目立つことも多かったが。最近は伸びきった鼻をへし折られる機会に恵まれたのかぐっと安定感が増してきた。
勘の鋭さでいえばマヤノはさらにその上を行くし、私だってすごく天才。いくら斥候系のジョブがいないとはいえだ。この三人のスペックをそっくりそのままゲーム内に持ち込んでなお無警戒にトラップを発動させてしまうとすればそれは、スキルがなければ探知不可というゲーム的処理が壁として立ち塞がったときくらいだろう。
それなら素直にあきらめるほかない。
あとゲーム的処理でいえば、急に背後にエネミーが
前衛と中衛の差なんてウマ娘の脚なら覆すのに0.1秒もかからない距離だ。同時にウマ娘であるからこそ、アタマ差だろうとハナ差だろうと距離があることの意味を知っている。
近接に特化した【バーサーカー】は近寄らないと始まらないし、魔法使い職であるマヤノに敵が届いてしまうのも避けたい。魔法の発動中は一定時間停止していないと効果にペナルティ修正が入り、最悪失敗するらしいので。
単純に呪文詠唱で魔法が発動するのならよかったんだけどねえ。それならウイニングライブで鳴らした中央のウマ娘、体を動かしながら口も動かすマルチタスクは慣れたもの。敵の攻撃を捌きながら呪文を完成させるのなんてマヤノならあくび交じりにだってこなすだろうに。システム的な制限はどうしようもない。
そんな大小さまざまな事情を、相談タイムを設けることなく示し合わせたように動ける二人との関係性がなんだか面映ゆかった。
「あ、これそういうふうに開くんだ」
何事もなく扉の前までたどり着き、テイオーがぽつりとこぼす。
ぺたっと手を触れた瞬間ズオッと垂直に持ち上がったらそういう感想にもなるよね。
いや、ある意味で合理的ではあるのだろうか。内開きにせよ外開きにせよ、この大きさの扉が開閉するのなら相応のサイズ感で弧を描くことになる。物理演算から生み出される運動エネルギーもそれにふさわしいものだろう。
扉に近く位置取りすぎて撥ねられて死亡、なんてギャグみたいなゲームオーバーは少なくともこれなら避けられる。
「こういう上下に開くおっきな扉って砦の城門くらいでだと思ってた」
「うっかり城内に設置しちゃった城門だったんじゃない?」
くだらない感想をマヤノと言いあいながらテイオーに続き扉をくぐると、その先は広々としたフロアが待ち構えていた。
連想するのは闘技場。私たちウマ娘の身体能力で思いっきり動き回っても手狭だとは感じさせない石造りの円形。
そしてその中心に、ある意味で予想通りの人物の姿がある。
「フッフッフ……待っていたぞ、ヤマトの諸君」
「ボクたちってヤマトの所属だったの?」
「マヤしらなーい。『ペースアップ』で省略しちゃったイベントのどこかにあったのかもね」
「アッ、スミマセン。ただのネタなのでそこは軽くスルーしていただけると……」
テンちゃんがいたのなら元ネタの解説でもしてくれたのだろうか。
せっかくの決めポーズで待ち構えていたところから一転、申し訳なさそうに身を縮める少女の名はアグネスデジタル。
彼女がテンちゃんサイドで立ちふさがってくるだろうとは予想していたから戸惑いはない。
何故まだ再会しただけなのに敵対関係と認識しているのかって? だって格好があからさまなんだもん。
闇落ちした勇者モチーフの上から下まで黒ずくめ。普段のデジタルはイエローやピンクのパステルカラー系統の服を着ていることが多いからなんか新鮮。似合っているけどね。
彼女はアクティブなオタクなのでロールプレイだってお手の物だろうが、同時に善良かつ二重の意味で『推しに弱い』のでこのままだとグダグダと流されていきそうだ。
そういうわけで私が仕切り直すことにする。
「ごめんね。あらためて、どうぞ」
「あっ、ではお言葉に甘えまして。ごほん……魔王軍が四天王、【ダークブレイバー】アグネスデジタルここに見参! 魔王様のもとへ向かいたければあたしを倒していってください!」
よしよし、ちゃんと必要最低限の情報は出せたね。
下手に場を盛り上げようとすればさっきの二の舞になると踏んで、与えられた役割を全うすることを優先したと見た。
「四天王? 四人いるの?」
「あ、いえ。今回は打ち切り巻きルートなので四天王は最弱と最強さえいればそれで事足りるそうです」
「うわー、リシュちゃんピタリ賞」
マヤノが感心してくれる。ちょっとうれしい。
しかし、きっと台本を用意された口上なのだろうけど、さ。
テンちゃんのもとに行きたければ自分を倒していけ、と。
先にも述べた通り、デジタルたちが敵として立ち塞がるのは想定の範疇なのだ。当然、その対策もしっかり用意してある。
「ねえねえ、おデジー」
マヤノが甘えた声を出す。両手を組んで上目遣い。くねくねと痒さをごまかすように軽く身体を揺らす。
これ以上ないおねだりのポーズ。私がやれば返ってくる反応はウザいか怖いかのどちらかだろうが、マヤノはあざといと可愛らしいの境界線上に見事なバランスで立っていた。
「戦うなんて言わないで一緒にいかなーい? それが無理ならせめて素通りさせてくれないかなぁ?」
語尾にハートマークが浮かんでいそうなあからさまに媚びた声色。どう考えても罠だ。ハニートラップや色仕掛けと言うにはいまだあどけなさが目立つが、そういうたぐいのアレだ。
ただしこのような己の可愛らしさを武器にした仕掛けは、異性や年齢差があるならいざ知らず、同年代の同性相手に効果は薄いもの。これで引っかかるのはよほどのバカだろう。
「ひゅっ」
息をのむ音。
残念ながらデジタルはそのよほどのバカだった。その中でも天元突破した大バカだ。
具体的にはオタ活が高じて
愛するウマ娘ちゃんから送られた秋波に彼女が抗えるはずもなかった。
「ね? おねが~い」
「あばばばばばば」
コツは、『お願いを聞いてくれたら○○してあげるよ』などと報酬を示さないことだ。
一方的なおねだり。そうでなければいけない。
彼女はある意味ではこの上なく己の欲望に忠実だが、別に誘惑に弱いわけではない。
むしろアグネスデジタルというウマ娘は身の程をわきまえすぎるほどにわきまえたオタクである。
今は
つまりデジタルとのガチ戦闘が始まってしまう。それはきっと遊びならば楽しいのだろうが、今の私にとって美味しい話ではない。
背後から音もなく忍び寄った私の腕がデジタルの細い首に絡みつく。
「隙だらけ」
「ひょ――」
(首の骨が折れる音)
「わぁ……」
えげつない。
きっとそんな旨の言葉を飲み込み、テイオーがうそ寒さをごまかすように肩をすくめた。
現実世界ならあの体勢で首に手が掛かった時点で即座に詰みなんだけどね。ここはゲームの世界で、デジタルは三人パーティーを一人で相手取ることができるようボス補正が入っていたから。関節技も圧倒的なステータス格差の前には力業で外される可能性がある。
だからこそマヤノの魅了で思考を茹で上がらせ、私が密着することで正気に戻さないまま削りきったわけだ。
膨大なHPを削りきるまでだいぶ時間がかかってしまった。別にそんなつもりはなかったのだけど、外からだとまるで嬲っているようにも見えたかもしれない。
ま、時間はかかったが形勢逆転は一度もなかった。事前の作戦が完璧にハマった完勝と言える。
「苦しまなかったはずだよ」
「そりゃあゲームだし。何よりデジタルの顔が最初から最後までヘブン状態だったのはボクだって見てたけどさぁ」
【バーサーカー】の利点はここだろう。
モンクなど徒手格闘に特化したジョブに比べると素手を凶器に変える多彩なスキルを有さず、剣士など一つの武器に特化したまっとうな前衛職と比べるとその磨きぬいた単一に見劣りする。
ただ何でもできる。武器が砕ける勢いで殴りつけ、破片が流れ落ちる手でそのまま掴みかかり、そのどちらにもジョブ補正が乗る。武器も手も脚も尻尾も、その場に応じて何でも使う私の気質に実に合致した職業。
あらためて、選んで正解だった。
「じゃあ、先に進もうか」
フロアを守るボスユニットを倒したことで次のフロアに続く階段が出てくる。実にオーソドックスな流れだ。
地響きと共に城壁の一部が動き、現れた階段を指して私は周りを促した。
アグネスデジタルは得難い友だ。
それでもテンちゃんと私を遮る障害となれば。そこに好敵手との戦闘として愉悦を覚えることもなく。ただ障害として片づけてしまえるのだなと。
自身のあり方を改めて思い知らされた感覚がある。
友人の首をへし折ったこと自体に後悔はみじんもない。けれど後悔を抱かぬ己を指して、当然のことだと胸を張る気にはなれぬ。それが酷薄や鈍感を通り越して醜悪なありさまであると感じる。
そんな割り切れない心地悪さが喉の奥に絡みつき、舌に滲んでいた。
「はーい」
「へいへい」
「はいなっ、お供いたします!」
全員から了承が得られたので私を先頭に突き進んでいく。
いまさら罠なんてあるまい。このボスラッシュの流れで最初のボスを打破した直後、道中の罠に引っかかってリタイアなんて萎えるにも程がある。ゲームマスターが正気ならそんなマスタリングは絶対にやらない。
テンちゃんの性格から考えてもそのあたりのお約束は大事にするし、警戒にリソースを割かず歩みを進めた。
「……ねえ、これツッコんだら負けなやつー?」
テイオーがなんとも微妙な顔をする。こら、人を指さしちゃいけません。先輩だぞ。
ちょっと頭に光るわっかを付けてシンプルな白いワンピースに着替えた三頭身のデジタルが宙に浮いているだけじゃないか。何かおかしなことでも?
「ねね、その身体ってどんなかんじー?」
「あー、けっこう素直に動かせますね。ちょっと遠近がつかみにくいところもありますが、違和感はあまりないです」
ほら、マヤノなんて既に適応して三頭身アバターの使用感をインタビューしてるじゃないか。
しかしあれだけ身体の縮尺が変わって動作の違和感がほとんど無いのか。サトノグループの変態性ここに極まれりといったところだ。無駄に洗練された無駄のない無駄な技術ってこういうのを言うのでは?
いや、このゲームがたまたまウマ娘ボディをそのまま持ち込めるタイプだっただけで、そうじゃないゲームの方が圧倒的多数のはず。ならばこれは将来性に満ちた技術の根幹だ。私が成人していればサトノの株とか買うべき技術革新だ。
いやいや、下手したらそれはインサイダーとやらに抵触するのでは? なまじ私が未成年だから契約書でもそのあたりの項目はざっくり流し読みしたきりなんだよな。思い出そうとすれば思い出せなくもないが……。
ダメだな。思考が逸れ始めている。
ゴールを目前にして気を抜くなんて他人事だと思っていたのに。普段はさりげなく、ときに露骨にいさめていた半身が脳内に足りていない。
テンちゃんを欠いた私はこんなにも脆くなるのか。隙だらけじゃあないか。他人から突かれる前に自分で踏んで転びそうな勢い。
一度だけ深呼吸。しょせんVR世界のかりそめにすぎないそれでも、生身のときと同じルーティーンをなぞることで『思考を切り替えた』と自分に言い聞かせることはできる。
次のフロアにいるのはミーク先輩だ。雑念だらけで勝てる相手ではない。
「デジタルはもうリタイアってことでいいんだよね?」
「はい、このアバターには攻撃力もHPもありません。他に干渉できない代わりに他からも干渉されないタイプの無害ゆえに無敵ってやつですね。純粋に見学用です」
念のため聞いてみたが想像通りだった。
デジタルもミーク先輩も、ボスユニットとして立ち塞がるNPCを担うのと同時にこのゲームを楽しむためログインしたプレイヤーだ。
ボスユニットとしての役割を果たしたからハイサヨナラはやらないだろうと踏んでいた。こういう三頭身アバターまで用意していたのは予想外だったけど。
「次のフロア以降では戦闘開始時、自動的に観客席へ転移するのでご心配なく!」
「ん、了解」
ゲームで味方NPCに稀にある『そこ邪魔! ああ当たり判定があれば殴り飛ばすのにぃ!?』って展開は心配しなくていいってことか。
デジタルのことだから推しに迷惑をかけるような行動はしないだろうという信頼はある。あるものの、彼女の尊み摂取時のトリップ症状は時として彼女の制御下を外れるからなあ。
階段を上り終えて次なるフロアに一歩足を踏み入れた瞬間、ズダンと音を立てて隔壁が下りる。退路は断たれたわけだ。
何も問題はない。もとより逃げる気など毛頭ない。そもそも撤退して再スタートを切るリソースなど残っていないということもある。
第二フロアは最初のフロアと比べよりいっそう闘技場めいた雰囲気があった。それを構成する最大の要素は外壁の上に設置された観客席だろう。転送されたデジタル以外観客の姿が見当たらないのは手抜きか、それとも何かの伏線なのか。
後者だとしても今の私たちにできることはないから開き直るほかないが。
「…………ふっふっふー……アグネスデジタルは、四天王でも最弱……」
「よくお似合いですよミーク先輩」
「……えへへ……そう? ありがとう……」
女性が新しい服を着ていたらとりあえず褒めておけってテンちゃんが言ってた。
それにまんざらお世辞というわけでもない。
デジタルのときもそうだったけど、ミーク先輩って白がイメージカラーなところあるから上から下まで黒装束って新鮮だな。すごくシックな感じ。
デジタルの場合、ハメ殺しのプランが成り立っていたので問答無用に、見ようによっては問答有用に速攻で仕留めたわけだが。
一定ラインを越えた
ゆえに会話をしながら一歩ずつ、物理的にも情報的にも間合いを詰めていく。この世界がゲームである以上、外見も立派なヒントだ。
炎属性のようないでたちをしておいて実際は水属性のようなイジワルも時として存在するが、それも外見から相手の内部データを推察できるというゲームのお約束あってのもの。
黒と赤という禍々しい色合いの、戦国武将のような派手で華やかな甲冑姿。
「……四天王最強【ダークジェネラル】ハッピーミーク見参、です……かかってこいやー」
名乗りと共にミーク先輩を取り囲むように発生する青い召喚エフェクト。
クラゲ、ウニ、ヒトデ、ウミガメ等々、現れたるはゲームキャラらしく可愛らしいデフォルメの入った海のお仲間たち。
なるほど。
ボスユニットの周りに取り巻きがいるタイプの
「状況開始ィ!」
「おー!」
「リシュこそ出遅れないでよねっ!」
私が前線で大暴れし、取りこぼした分をテイオーが蹴り潰し、後方からマヤノが魔法で戦局操作というこちらも正統派スタイルで応酬だ。
右手に青銅の長剣、左手に石斧を装備して突撃する。二刀流装備制限、その必要ステータスはジョブ補正と素の身体能力で最初からクリア済み。
敵によって有効な武器が変わってくる。効率的に処理していかないとこの数の差だ、あっという間に囲まれるだろう。
「いけー、ダーク・海のおともだち……!」
なんでもかんでも頭にダークとつけておけば闇落ちになると思いやがって。
ふわふわと浮かんでいるクラゲを剣で斬り裂く。足元にいるウニに石斧を振り落として叩き割る。クラゲは動きが遅いしウニはさらに動かないんだけど、視界が上下に分かれるのが何気にきつい。だから目だけで追うことは早々に放棄。
クラゲは積極的な攻撃モーションを見せない。ゆっくり弧を描く軌道で近寄ってくる。だらんと触手を垂らしていて、たぶんあれに触れたら麻痺する。回復リソースの限られる現状、試してみようとは思わないけど。
ウニは触れたら確実にダメージが入るだろうな。ゲームの敵なんだから針を飛ばしてきたりするか? 警戒はしておくべき。紙一重の間合いではなく安全マージンを確保して動くことを意識。
死角から噛みついてくるウツボ。優雅に泳いでいたと思ったら甲羅に籠って回転アタックを仕掛けてくるアクロバティックなウミガメ。わさわさと動き回り己の貝殻からイソギンチャクをフィールドに移植していくヤドカリ。回遊するマグロ。直線ですっ飛んでくるダツ。初見の相手への最適解など知っているはずもなく、途中からはほぼ勘任せに捌いていく。
捕らえられ、即席の刺突剣として振り回されるダツ。ウマ娘の脚力で蹴り飛ばされボウリングよろしく魚群をなぎ倒すウミガメ。多種多様で見ている分には華やかで楽しいだろうエネミー群に剣を振り、鉾で突いて銛を投げ、盾で弾き返す側面で殴る。斬撃、刺突、打撃。相手に合わせて武器を持ち替え捌いて、捌いて。
「すくらんぶーる! マンボウが出たっ! おっきいマンボウが出たよどうする!?」
「ゆったり遠方を泳ぎやがって。あからさまに『放置していたらひどいことになりますよ』ってタイプの強エネミーの動きじゃん」
「アイツってたしか数億単位のタマゴ産んだよね……」
「私が最優先で排除する! マンボウのキャライメージに沿っているならワンチャン投石一つで死ぬはずっ! だからその間はその他大勢を任せた!」
こちらの勝因は大きく二つ。
一つは事前に見込んだ通り、ミーク先輩のジョブ習熟がまだ十分ではなかったこと。
多種多様というのは対処する方も大変だが、指揮する方もとても大変だ。ミーク先輩とてあからさまな下手は打たなかったものの、こちらが最短効率で捌いていけばどうしても些細な動きにぎこちなさが目立った。
「よしっ、追い込んだ! いまっ!」
「テイオーちゃん合わせて! いっくよー!!」
「おーけーっ! ジョブスキル『才能開花』発動ッ!」
そしてもう一つはこちらが切り札を切ることを躊躇わなかったこと。リソースをケチって勝てる相手ではないことは最初からわかっていたから。
私は惜しみなくストレージ内の武器を放出しては使い潰したし、テイオーもゲーム内時間で一日に一度しか使えないジョブスキルをここで切った。魔王城攻略は実質三連戦みたいなものなので、これでラスボス戦のテイオーは素のスペックのみで魔王と戦わなければいけなくなったわけだ。
ただ、ゲーム内時間で一日に一回ということは。割り切ってしまえばここに至るまでに何度か試験運用ができるということでもある。【すっぴん】最大の強みである『才能開花』の性能、どんなジョブに変化できて、どんなことがどこまで可能なのか。
テイオーはそういうの、わりとぶっつけ本番で楽しむタイプなのだけど。私は事前にきっちり下調べしておきたいタイプで、マヤノはわりとどっちでもいいタイプ。
いやまあ、気持ちはまったくわからんでもないんだけどね。遊びの最中まで時間をかけて調べるなんてかったるいし、ぶっつけ本番で自身の才能に任せ即興に即興を重ね困難を乗り越えていくのは独特の興奮と愉悦を味わえる。理解は示さなくもないんだけどネ。
この三人で行動するときって私が一番発言力高くって、今の私の心情的に遊びじゃないから、押し通させてもらいました。
でも強権執行して正解だったと思っているよ。ここまで自由度が高いとは予想以上を超えて予想外。内部データの処理どうなってんだか。
「今からボクは三分間だけウィッチさ! かーらーのぉ!」
テイオーの衣装が変わっていく。中央トレセン学園の制服から、マヤノとのペアルックに。かわいい。
つまるところ、マヤノと同じ【ウィッチ】にジョブチェンジしたわけだ。ただでさえ人員が限られているのに役割を被せるのは無駄が多すぎるって? そうでもないんだな、これが。
テイオーとマヤノが同時に自身のストレージから護符を取り出す。
名称〈満ちる月のタリスマン〉。一定レベル以上のウィッチが作成できる、本来はまだ使えない魔法を限定的に使えるようになる使い捨て型のアイテムだ。ちなみにマヤノが今回ゲーム中に稼いだ所持金の大半がこれに費やされたくらいには高価だったりする。
「ウィンドストーム!」
「ファイアウェーブ!」
これができるかもしれない。あれはどうだろうか。画面越しにコントローラーを握る従来のゲームと異なり、自身の身体と感覚をそのままゲーム内に持ち込めるこの世界ではそんな思い付きをそのまま実行できる。
ジョブやスキルなどゲームらしい縛りは歴然として存在しているが、プロト・ウマネストのリアリティは異常なほど極まっており自由なところはとことん自由だ。
たとえばそれは、マヤノが作ったアイテムを煩雑なコマンドを介することなく、譲渡の意思と手渡しのアクションだけでテイオーの所持品にできたりとか。
『合体魔法 フレイムトルネード!!』
『炎を風で煽ればすごいことになるんじゃない?』みたいな安直なアイディアがそのまま実現できたり、とかね。
同じジョブの魔法使い職が上級以上の魔法を放つ際、相性が嚙み合えば発動する合体魔法。開発元はロマンってものをよくわかっているらしい。
今回の場合は火力の上昇もさることながら、『ファイアウェーブ』が持つバッドステータス《朦朧》と『ウィンドストーム』が持つバッドステータス《転倒》もそのまま追加効果として残っているんだよね。
牧羊犬よろしく敵軍は私がしっかり誘導してまとめておいた。そこにドンピシャのタイミングで範囲魔法を放ったのだ。
一網打尽。
「…………むぅ」
火炎を伴う旋風に包まれ、膝をついたミーク先輩が呻く。
いくら本来使えない高レベルの魔法を放ったからといって、ただ一発だけでボスを含む取り巻きを全滅させられるほどぬるいゲームバランスはしていない。
ただ致命傷であることに変わりなし。二重のバッドステータスで動きの鈍ったそれらはもはや本丸を守る役割を果たせないのだから。
それがお互いにわかっているからこそのリアクションだった。
チェックメイトだ。
「えい」
取り出したるは私の身長を超えんばかりの大剣。銘を〈ドラゴンバスター〉。私たちのゲーム進行度で店頭に並んでいた武器、レベルアップにより装備できるようになったBランクのラインナップ、その中でトップクラスの攻撃力と耐久値を持つ逸品だ。
その大きさと重量ゆえに取り回しにはやや難があるものの、そんなものは現実世界で鍛えに鍛えたウマ娘テンプレオリシュの素のスペックでどうにでもなる。
「えいえいえいえいえいえいえいえいえい」
唐竹、逆風、袈裟切り、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、右切り上げ、左切り上げ。刀剣を扱うための言葉は思い浮かぶ。でも正しい太刀筋など知らない。そもそも握り方すらこれでいいのかわからない。私は剣道なり剣術なりを幼少期から学べるような一般的中央トレセン学園のお嬢様ではないのだ。
ただし、この世界はいくらリアリティに溢れていようと根本的なところでゲームだ。つまりステータスが伴っていればそれなりの結果は出せる。
だいたい致命傷を負わせればあとは残心くらいでいい現実と違い、斬っても斬ってもHPを削りきらなければ元気に反撃してくるゲーム世界で剣術がどこまで役に立つかというと、うん。
動き続ける相手に、渾身の連撃を命中して刃がすり抜けること前提に叩き込み続けるワザなんてさ、現実の道場では教わらないだろう。
「クラッシュスラッシュ」
「……ぐふ」
取り巻きの片手間になんとか隙を見つけてちまちま攻撃してきたときとは比べ物にならない速度でボスのHPが削れていく。
さすがはボスというか、取り巻きより数段早くバッドステータスによる硬直が解けかけていたので、一度大ダメージを入れてノックバックを誘発。
その代償として武器が壊れた。さらば、私がこれまで得た報酬の四割をつぎ込んだ高級品。
まだボスの硬直は残っている。まだボスのHPも残っている。硬直が解けるまでに素手で削りきるのは、いかに私でも難しい。武器データの補正は伊達じゃないのだ。
硬直が解けて態勢を立て直したミーク先輩ともう一度やりあうのもリソース残量的に最終的な敗北が見えてくる。
だからもう一本〈ドラゴンバスター〉取り出した。使い捨てても心が痛まないのが店売りの大量生産品の利点。
懐には大ダメージだが。これで八割にさようなら。
誰が言ったかRPGは金で殴りつけるゲーム。
「あー……」
「えいや」
納得と諦観の混じったミーク先輩の顔のすぐ下に横薙ぎで巨大な刀身を叩き込む。もしもリアルと同じように刃の軌跡ですっぱり切れたのなら肩の上が真っ平になったことだろう。
HPを削りきったボスは派手なエフェクトと共に爆発四散した。
あとは魔王を残すのみだ。
まっててね。