「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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ラストのみ三人称視点です


そしてよみがえる魔王

 

 

U U U

 

 

 階段から続く仰々しいレッドカーペット。その先に備え付けられた玉座は見事な彫刻が王の権威を示してはいるものの、全体的にトゲトゲしていて座り心地は悪そうだ。

 そんな『いかにも』や『お約束』をぎゅっと押し固めた空間の中心に彼女はちょこんと座っていた。

 

「やあいらっしゃい諸君。よく来たね、ついに来たね」

「きたよ、ようやく」

 

 星を結い上げたように輝く葦毛。

 意志と生命力に満ちてきらきらと輝く赤い双眸。

 着崩れのようなかたちで大胆に肩まで開いた和装は花魁のようで、これが魔王の衣装なのか。ミーク先輩といい今回は東洋風強めのデザインなのかな。

 露出した白い肌には、青あざのように鎖の文様が浮かんでいた。長年封印されていた魔王という設定を踏襲したものだろう。痛々しくも艶めかしい。

 

 ああ、私ってきれいだな。私ってかわいいな。

 鏡越しとも画面越しとも異なる、息遣いと熱を伴ったその対面はいまだかつて味わったことのない独特な甘美があった。

 

「長々とした口上もいちおう考えてはいたのだけれど、どうやら若干一名が我慢の限界のようだし……」

 

 そう言ってシュンと空間を切り裂いて現れたのは大きく歪曲した二振りの刀。あれをニホントウと呼んでもいいものだろうか。少なくとも用法は異なりそうだ。

 私の知る限り、二振りとも逆手に握って構える流派など存在しない。大小を打ち刀と脇差ではなく太刀と打ち刀で成立する二刀流にもとんと聞き覚えがない。

 しかしてここはゲームの世界。すっぱり斬るための刀を石造りの玉座に叩きつけるなんて、専門家が発狂しかねない扱い方をしたとしても。

 十分なステータスが備わっていれば砕け散るのは玉座の方だ。折れることも曲がることもない。刃は芸術品のような美しさを保ったまま。

 

「これで場所が空いた。さあ、始めようか!」

 

 もはや言葉もなく飛び掛かった。

 背後でマヤノとテイオーが何か言っている気もしたが、そちらに意識を割く余裕などない。

 大剣を抜き放って一撃、二撃。

 こちらのステータスよりあちらのステータスの方がよほど勝っているだろう。装備だって同様。しょせんは店売りのBランク品に過ぎない〈ドラゴンバスター〉とラスボスの装備ではどれほどの格差があることか。

 でも当たるなら問題ないし、当たらなければどうということはない。

 ずっと一緒だったのだ。生まれたときからの半身なのだ。いつどうやって何が来るのか、それこそ生まれる前から知っている。

 避ける先に攻撃を置いておけばいいのだ。攻撃が来る前に避け終わればいいのだ。

 神速の斬撃も地中から天を劈く光の刃も雨のように降り注ぐ赤いビームも私には当たらない。私の攻撃はぺちぺちと当たり続ける。

 

「うわ……すご……」

「まるでRTAみたいな動きだねー」

 

 目で追う必要はない。耳で拾う必要もない。私はそこにあることを知っている。

 何度も当て続けるうちに大剣の耐久値が限界に到達したので『クラッシュスラッシュ』で使い切り、ストレージから次の得物を取り出す。〈ドラゴンバスター〉が私の手持ちの中で一番性能のいい武器だったことは間違いなく事実なので、ここからはぐっと効率が下がることを覚悟せねばならない。

 

「えぇ……いま頭が脚より下にあるのに剣振り切ったよ。どういう姿勢なのさ。リシュってモーションアシスト完全にオフにしてるんだっけ?」

「うん、身体が不自然に動かされる感覚が好きじゃないみたい」

 

「でもスキルはガンガン使ってない?」

「そうだねー。今も空中制御の補助に活用してるみたいだし」

 

 いまさらな話ではあるが。

 いちおうこのゲームには武器を装備した際にその扱いを補助する機能がついている。何となく、漠然と、身体が誘導されるのだ。それに合わせて動けば素人でもきちんと刃を立てて剣を振ることができる。もう遊びに費やしていい技術じゃないだろコレ。

 そんな御大層なシロモノを私はオプションから全OFFにしているけどね。もともとは心得のある子が逆に動きを妨げられないよう用意されたオプション選択だったみたいだけど、私は経験も無いのに補助を外している。

 だって、たとえそれがゲーム側のアシストだったとしても。自分の身体を自分以外に動かされるのは御免被るのだもの。

 

 アクティブスキルで身体が動くのはまた別の話だ。あれは動きの軸に転用できる。

 たとえば今回のメインウェポンとなっている『クラッシュスラッシュ』。これも武器を選ばない性質上ゆえかだいぶ判定がファジーだが、それでもスキルを発動させるためには準備モーションが必要であり、発動させたら攻撃アクションに体が引っ張られる。

 ただそれは個人的な認識的として、アクティブスキルは『技』なのだ。技であるから、いわゆる型に嵌められるのも当然。そんな認識。

 それにきちんと発動させてしまえば筋力に依らない推進力を得られるので、重力や慣性といった物理演算にお手軽に反旗を翻すことができる。発動途中に敵の攻撃が当たればキャンセルされるから絶対じゃないけどね。

 

「うわっとと、もうここまで削られたのか」

 

 塵も積もれば山となる。

 手を変え品を変えじわじわ削り続けていたボスのHPが半分を切ったとき、テンちゃんが大きく飛び上がった。

 画面越しでやるゲームならさしずめムービーシーンといったところか。その肢体は跳躍というにはあまりにも重力から解き放たれた動きでゆったりとフロアの中心に移動する。

 バシャア! 膨大な液体を叩きつけるような音とともに広がる漆黒の翼。背中が大きく露出した(出ているのは背中だけではないが)あの衣装は翼が生えたときに干渉しないようにする意図もあったらしい。

 さらにフロアの各地から規則的な間隔で円柱が出現した。バチバチと紫の雷を帯電させると、テンちゃんの身体に注入されていく。

 

「身体もあったまってきたかな? ここからが本番さ」

 

 第二形態だ。

 漆黒の両翼を羽ばたかせ、天井まで広いコロシアム型のフロアを有効に使って縦横無尽に飛び回る。攻撃パターンも変化し、飛ぶ斬撃や召喚した剣群の襲来などが多くなった。

 ただ本人だけ見ていては避けづらい行動も、円柱群からのエネルギー供給の規則性を割り出せば対応は十分に可能。立ち並ぶ柱のせいで視界は悪くなったが、同時にその柱を障害物として活用することで広範囲攻撃を凌ぐこともできるようになった。

 

「よし、リシュちゃん離れた! マヤたちもいくよー!」

「ったく、チームワークうんぬん偉そうに言っておきながらさあ」

 

 このゲームにはフレンドリーファイアがある。ゆえに先ほどまで軽く頭を動かせば髪が絡み頬と頬が触れ合うような至近距離で戦っていた私たちに、誤射の危険性からどうすることもできず見学に徹していたマヤノとテイオーも動きだした。

 たしかにチームとしての観点からすれば先ほどまでの私は失格だった。むしろ何かしなければ、せっかくのゲームなのだから何かしたいと、誤射を承知で介入する手も二人にはあったのだから感謝せねばならないだろう。

 しなければならないと思う反面、不思議とそういう気持ちはまったく湧いてこないが。

 

「そらそら、いつまでも飛んだままと思うなよー?」

「あぶなっ!?」

 

 制空権を確保しているのだからそのまま遠距離攻撃に徹されればこちらは打つ手がないが、そこはゲーム。ときおり飛び込むように二刀を使った直接攻撃を仕掛けてくる。

 隕石よろしく地面に激突し、そこから飛び散る衝撃波を紙一重で避けたテイオーが悲鳴を上げていた。

 そのタイミングで上手くカウンターを当てて少しずつHPを削っていくのが用意された攻略法といったところか。

 

「……」

 

 円柱の一つを軽く蹴ってみる。ビリビリとあからさまに物騒なエネルギーを纏っているが、感電するようなことはない。脚ごたえ的に石造りの見た目相応の頑強さ。破壊することを前提にしたギミックではない。

 次に間隔を目測で測り、吟味する。

 うん、十分にいけそうだ。

 

「うおっとお、そう来たか。想定していなかったわけじゃないけどさぁ」

 

 蹴って、飛び上がった。

 石畳を砕いても刃こぼれ一つない妖刀と錆の浮いた青銅の長剣が互いを喰らわんと噛み合い、火花を散らす。

 これだけ柱が乱立していれば十分に足場にして空中戦が行える。滞空中はどうしても地上に比べ小回りが利かないが、そこはアクティブスキルの強制姿勢制御でなんとかだましだましやっていこう。

 

 魔法が飛び、斬撃が飛び、私が跳ぶ。たまに使い切った武器の破片が舞う。総力戦だ。

 マヤノは状況に応じて的確な魔法を後方から放ってくれるし、ミーク先輩との一戦でスキルを使い果たしてしまったテイオーとてただ棒立ちしているわけではない。

 

「はいマヤノッ、かいふくっ!」

「ありがとっ」

 

 〈ポーションバルーン〉というアイテムがある。水風船の中身がポーションになったようなアイテムで、中身のポーションは別売り。事前にポーションと組み合わせておくことで『ポーションを投擲して使うことができるようになる』という、ただそれだけの消耗品だ。

 それが宙を乱舞していた。私たちのパーティーには回復役がいない。それをテイオーがポーションで疑似的に補ってしまおうという作戦だ。

 通常のヒーラー職に比べコスパは格段に悪いものの、HP回復用の〈グリーンポーション〉やMP回復用の〈ブルーポーション〉、攻撃力を一時的に上昇させる〈レッドポーション〉などなど、逆に金さえあれば多種多様な手札を用意できる。パーティーのリソースをこの一戦で使い切る覚悟があれば互角以上の立ち回りが期待できた。

 もちろん、この乱戦模様の中で的確なコントロールを維持するテイオーのセンスを前提とした作戦であるのは言うまでもないが。

 

 血を吐きながら続ける悲しいマラソンはたいてい、いずれかが斃れることでゴールとなる。

 己のリソースを吐き切ってしまうのが先か、敵の命運が尽きるのが先か。そんなありふれた総力戦の一つもここに決着を迎えつつあった。

 武器庫と化していた私のアイテムストレージ、重量過多により行動ペナルティが発生しないギリギリまで武器を詰め込んでいたそれが、ついに底をついたのだ。

 

「……ふぅ」

 

 最後の一振りであった真鍮製のライトメイスが手の中で破片になるのを感じながら、拳を握る。

 武器がなくとも鍛え上げたウマ娘は全身が凶器みたいなものだ。GⅠ級ともなれば脱輪したトラックを単独で押し戻すことができるし、その中でも力自慢ともなれば横転したトラックを単独で元に戻せる。車を押すときはタオルを噛ませましょう。手形が残るおそれがあります。

 

「クラッシュスラッシュ」

 

 空中なので踏ん張れない。背筋を中心に、全身のバネとスキルのゲーム的補正で無理やり威力を確保する。

 生まれて初めてだな。渾身の力を込めて何かを殴るのは。

 ウマ娘って咄嗟に手じゃなくて脚の方が出るし。ヒトミミとの大きな違いの一つだ。

 脚は機動力確保のために残しておく。腕だって姿勢制御に使っているが、無いなら無いで頭を使えば(重心移動的な意味で)なんとかなる。

 

 私が本当に躊躇なく生き物を殴ったらたぶん相手は放送用語で言うところの『全身を強く打って~』という状態になるだろうし、反動で殴った私の腕も壊れるだろう。

 ゲームの中だからできることだ。半身と共有しておらず、両親に愛を注がれた血肉を伴わない、この0と1で織り成された冷たいデータのカタマリだから。大事にする必要がない。どれだけ壊れたって構わない。

 

 殴った右腕が砕け散る。

 ただ、そこは安心のR12表現。R15にすら届かないそれは部位欠損を明確に描写することを許さず、肘から先が半透明になった上にノイズのようにポリゴンが走る状態となった。

 血流が止まったようにじんと痺れて感覚もないが、動かすことはできる。動かしたところで当たり判定もなく物体をすり抜けてしまうけれど。

 

 こうなってしまったら治療院など専門の施設で高い代金を支払って治療しないと再び腕を使うことはできない。つまりこの戦いはこの先、右手が使用不可になったということだ。

 即座に左腕も使用不可にする。

 

「クラッシュスラッシュ」

「おわあ!?」

 

 さすがに予想外だったのか直撃を受け、そのまま墜落した。攻撃アクションではないせいか落下ダメージでさらに追加でHPが削れる。

 でも残ってしまった。もう一、二回追加で蹴りを当ててもまだ削りきれそうにない。最大HPゲージから見ると僅かなものだが、現状ではあまりにも分厚いHPバーが無言で存在を主張している。

 受け身を取りそこなったなら起きればいいだけとばかりに、うずくまっていた銀の魔王はひょっこり立ち上がった。

 

「あー……少しばかり足りなかった、かな?」

 

 そのとき表情を彩った感情はいったい何だったのだろう。

 安堵、憐憫、失望、納得、諦観、すべて該当するような気もするし、どれを当てはめても正答たりえない気もする。

 期待していたのだろう。ここで私が勝利してくれると。

 悟ってしまったのだろう。もう私のストレージはからっぽだ。RPGは金で殴り倒すゲーム。裏を返せばからっぽの財布で逆転を起こすのは至難の業。

 

 嗚呼、()()()()()()()()()()

 私はキミが望むのならどんなことだってできるんだ。

 期待を裏切るようなマネもやれる。心を引きちぎられ傷口が即座に化膿していくような痛みにだって耐えられる。我を凌駕せよと望むのであればどんな手を使ってでもそれを叶えよう。

 私の手札が尽きたと判断した。そう認識した瞬間、どうしても一呼吸の分、ふっと力が抜ける。

 その隙が欲しかった。

 

 知っていた。

 精神的飢餓状態の私がテンちゃんを前にしたら正気を失うであろうこと。

 わかっていた。

 生まれついての(さが)に呑まれたところで、もはやそれに徹することはできない。私にそこまでの純度は残っていない。

 徐々に正気を取り戻す。視界にマヤノやテイオーといった仲間たちが入るようになってくる。

 それを念頭に置いて作戦を練ってきたのだ。

 手を動かす。正座を長時間続けた脚のように感覚が無くなっていても動かすことはできる。物を掴めない半透明な幽霊に等しい掌でも、ハンドサインは送れる。

 

「……っ!」

 

 即座にマヤノが無言で自らのストレージから大太刀を抜き放ち全力で投擲。飛来する武器の銘は〈銀狼〉。森で出会ったレアエネミーからドロップしたシロモノだ。まるで狼の牙を彷彿とさせる乱れ刃を宿した優美な刀身の雰囲気に反し、武器の格としては頂点に届かぬBランク。

 まあ私が装備可能なBランクでなかったら、即座に売り払われてパーティー資金と化していたところだ。しかし希少エネミー(レア)希少ドロップ(レア)が重なっているだけあってその性能は極めて高い。

 ばぐりとその柄に噛みついた。

 ないすこんとろーる。声に出さずマヤノの手腕を褒める。

 

 投げ渡しても双方に同意があればアイテムの譲渡が可能ということは、その気になれば他者のアイテムストレージを自身の予備として使えるということだ。もちろん投げる方にも受け取る方にも相応の技量が前提となるが、私たちなら実質ノーリスク。

 〈ドラゴンバスター〉を二つもぶち込んだ私のアイテムストレージにあれ以上の重量級大型武器を入れる余裕がなかったんだよね。無理に詰め込んだら今度は使い潰し前提の低ランク武器の数々を入れる隙間が無くなって、戦闘継続能力が乏しくなってしまう。

 テイオーも同様。中衛としてポーションをばらまき回復や支援を担っていた彼女はあるいは私以上にアイテムストレージの管理がシビアだったかもしれない。

 後衛で一歩引いた立ち回りを意識していたとはいえ、それでもマヤノが抱え落ちしていたら意味のない備えだった。伏せておいたカードがちゃんと切り札になってよかった。

 まこと頭のおかしい自由度である。まさか口に銜えても装備した扱いになるとは。事前のテストで判明したときはあきれてしまった。武器を複数装備する際の条件をきっちり満たせば三刀流も夢じゃない。

 

「え」

 

 意識の休止符にこちらの音符を挟み込んでやると、間隙はそのまま硬直に変わる。レースでは幾度となく使っているテクニックだ。

 その一瞬で私は武装を整えて力強く踏み込んでいる。いくらテンちゃんとはいえ意識に巻き付いた鎖は簡単にほどけるものではない。

 だって私なのだ。クラシック級の有記念でスカーレットに後れを取ったときと同様。自分が何をされたらどうなるのかは経験と共に把握済みである。

 

「クラッシュスラッシュ」

 

 脚、脚、斬の三連撃。

 たぶん、〈ドラゴンバスター〉とかもそうだけど。

 本来は耐久値が減るたびに武器屋でメンテナンスして、相棒として使い続けるタイプの良武器なんだろうな。こうやって一撃で使い潰す消耗品じゃなくて。

 ボスのHPと共に消え去る咥内の感触を噛み締めつつそう思った。

 

 

『グランドクエスト【魔王を討伐せよ!】をクリアしました』

 

 

 そうか、終わったのか。

 レースを走り終えたときのような虚脱感。ただレースのときのような熱はないので、ただただ気持ち悪い疲労と脱力が私を襲う。

 頭が重い。すごく眠い。

 

「リシュ、おつかれさま」

「テンちゃん……」

 

 デジタルやミーク先輩同様、天使の装いをしたテンちゃんがそこにいた。

 ただラスボス特権なのか三頭身アバターではなく等身大。服装も髪型も目の色も何もかも違うが、それでも私と同じ姿がそこにある。

 魔王アバターから継続して背中に生えている漆黒の翼がチャームポイント。

 

「どうだった?」

 

 あまりにも漠然とした質問。

 今の私たちは以心伝心ではない。思考は鈍く回転し、自然とその返答も曖昧模糊を言葉の枠に当てはめたようなものになる。

 

「……あんまり褒められたものではなかった、かな」

 

 今回の私はホストとしての役割をまったく果たせていなかった。

 私が誘ったのに。一緒に遊ぼうと、共に楽しもうと努力する姿勢すら怠った。

 浅い関係ならこれでおしまいになってもおかしくない。その程度で断たれる関係なら私も頓着しないだろうが、それはそれ。

 信頼と甘えは似て非なるものだ。今回誘った面々には後日、何らかのかたちで埋め合わせをしておくべきだろう。

 

「そっか、がんばったね。おいでー」

 

 気づけばゲームクリアの影響か、使い潰した四肢が復活している。その言葉に逆らう理由もその意志も皆無だった。

 ふらふらと吸い寄せられるままに近寄り、こつんと胸に抱かれる。そのままぎゅっと頭を抱えるように抱きしめられた。

 

「えらいえらい。がんばったねえ」

 

 ゆっくりと頭を撫でられる。

 これでも、妄想したことが無かったわけではないのだ。

 もしも私たちが双子だったら、抱きしめてもらうことができたのだろうか。

 こうやって向き合って、相手の体温を感じて、吐息が髪に降りかかるのを感じながら、目を閉じる日もあったのだろうか。

 憧れが無かったと言えばウソになる。

 そんな儚き夢が叶ったいま、素直な感想を述べるのであれば。

 

 ……きもちわるいな、これ。

 

 背中を締め付ける腕の力、耳に伝わる鼓動、触れ合う身体のぬくもり、すべての要素が私たちが別の存在であることを無粋に主張する。

 違和感がひどい。正中線に沿って切り分けられて、分かれた身体がそれぞれ好き勝手に動き出してもここまでの嫌悪を抱くことがあるまい。

 夢は夢のままにしておいた方がいいこともある。知識としては知っていたが。

 双子などに産まれるものではないな。

 

 はやくひとりになりたい。

 

 それと相反するような感想ではあるが、私の頭をゆっくりと撫でてくれるやさしい体温の持ち主がテンちゃんであるという事実も変わらないわけで。

 子守歌のようなその声色に包まれているうちに、私の意識はほどけて溶けていった。

 

 

U U U

 

 

 すうすうと安らかな寝息を立て始めたリシュがエフェクトに包まれシュンと消えるまで、その場にいる全員が沈黙を保っていた。

 

「……ログアウトしたの?」

「うん、意識レベルが一定ラインを下回ると自動でね。いわゆる寝落ち対策。意識のないアバターを好き勝手されるような薄い本展開はありませんことよ」

 

「それってだいじょうぶなのー?」

「んー、VRウマレーターってじつはまだ魂の掌握に成功したわけじゃないんだよね。ぼくの現状だってこちらの肉体依存、頭を過剰に活性化させて二人分の処理を行うことに成功しただけだから。ほら、思い返してみればその影響でリシュだって微妙に精彩を欠く動きしていただろ?」

「あれで!?」

 

 テイオーが思わず口をはさむも、そのツッコミでは銀髪をそよがせることも赤い瞳を揺らすこともできなかった。

 一仕事終えた疲労をじんわり滲ませつつ、彼女は最初に問いかけたマヤノへと言葉を続ける。

 

「だから精神だけゲーム空間に置き去りにされるなんてSF的展開もありませんことよ。安心した?」

「うん。なっとくしたー」

 

 アドマイヤベガという少女がいる。

 今年トゥインクル・シリーズにデビューしたジュニア級のウマ娘であり、目の前の彼女の勧誘により〈パンスペルミア〉に所属することになった後輩だ。

 四月の模擬レースで見たときに比べるとだいぶ穏やかになったものの、今でも垣間見えるどこか危うく痛々しい空気。ストイックに己を追い込む背景。

 詳しい事情を直接聞いたことはない。ただの好奇心でずけずけと、土足で踏み込んでいい領域ではないことはなんとなくわかっている。

 ただ、現状でVRウマレーターが本当に魂を認識可能な機械だったのであれば。

 組織への義理と理屈を優先していたリシュと違い、目の前の彼女なら四人分の招待席の一つないし二つを()()()()()のために使っていたのではないか、と思っていたから。

 不透明だった部分がまた一つクリアになり、すっきりしたマヤノだった。

 

「【領域】も現状じゃあ再現に至っていないのがトレーニングシミュレーターとしては画竜点睛を欠くところだ。まあ、三女神の構築に成功している時点で解決は時間の問題だと思うけど。あー、ねむ」

 

 ログアウトしたらたっぷりブドウ糖とってぐっすり寝ないとねー、なんてほえほえ笑っている。

 軽妙洒脱のようで、どこか調子を外したようなやり取り。

 いつものテンちゃんだ。

 そう判断したマヤノの隣ではぁーっと肺をからっぽにするようなため息をつくのはテイオー。

 しょせんこの世界のすべてが仮想に過ぎないとしても、表現の源となる感情は本物である。

 

「なんだったのさアレ……すごい怖かったんだけど」

「リシュちゃんすごい勢いで人間ハズレていったもんねー」

 

 ゲーム開始時から兆候はあったが、特にテンちゃんと戦い始めてからは露骨だった。

 大切な仲間である事実は何も変わらないが、それと恐怖を感じることは実は何も矛盾しない。友達だろうがチームメイトだろうが怖いものは怖いのだ。

 抑え込む赤を欠いた青はみるみるうちに溢れ出し空間を染め上げ、異質な空気を周囲にまき散らす。戦闘後半など碌に目もやらないで雨あられと降り注ぐ弾幕のような攻撃を完全に捌ききっていた。

 乱数調整の方がまだ血の通った人の所業。動きがどうとか、表情がどうとか、理解のとっかかりをそれっぽく羅列することはできるが本質的にそこではない。

 リシュが人間離れした動きを見せるのは今回が初めてではないが、違うのだ。人間という生物とはどこか決定的に。

 無理やり枠に当てはめて、それでもはみ出た部分が致命的。

 

「後ろから支援しているだけでもかなり怖かったんだけどさー、よくもまあミークやデジタルは前に立ち塞がることができたよね」

 

「ん……リシュちゃんは最初から……わりとあんな子だった、ので」

「いやぁ、推しのご尊顔に見惚れていただけでして。そのようなお褒めにあずかるようなことは何も」

 

「べつに褒めてるわけじゃないんだけどぉ? もー、なんだよボクだけがビビってるみたいじゃんかー」

 

 冗談半分、ごまかしきれない本気の悔しさ半分にテイオーが頬を膨らませるが、これは別に彼女がことさら軟弱というわけではあるまい。

 チームがチームとなるために何度もぶつかり合い研磨して角が取れ、ようやくチームとして一つに纏まるまで一緒にいた先輩がミークであり、同期がマヤノとデジタルであり。

 チームが形になってから参戦した後輩がテイオーだ。どうしても付き合いの角度には差異が生じる。テイオーもテイオーで出会い頭に派手な衝突をかましたが、それでもリシュにとって庇護するべき後輩であり続けたというのは大きい。

 

 言ってしまえば自他ともに認めるコミュ障だったリシュを、曲がりなりにもトゥインクル・シリーズという社会に馴染ませたのが〈パンスペルミア〉初期メンバーなのだ。相応の経験は積んでいるというもの。

 その経験の差こそが補いきれないテイオーの未熟さなのだと切り捨ててしまうのは、いささか酷というものだろう。

 

 ……また、それと同じ理屈を用いるのであれば。

 幼少期からの壮絶なぶつかり合いを経て、リシュの精神を人類社会に馴染ませたのがダイワスカーレットというウマ娘になる。

 いま現在のどれほど過酷な負荷を受けてもなお折れない精神力を得るまで、いかなる壮絶な経験があったのかは推して知るべし。

 

「いやー、みんなには迷惑をかけたねー、めんごめんご」

「ねえ、テンちゃん」

 

「んー?」

 

 軽く薄く見える謝罪。それは誠意に欠ける、というより。

 たとえ迷惑だったとしてもやりきると最初から決めているのに、ただ許してもらうためだけにかたちだけ謝罪するのもどうなんだという生真面目さと、それでも捨てきれない申し訳なさの拗れた表現だということはわかっていた。

 だから腹なんか立たないし、そんなことよりも聞いておきたいことがあったのだ。

 

「これってさ、テストだったんでしょ? リシュちゃんがひとりでもちゃんとできるかどうかの」

 

 意外なようでいて、至極当然なことだが。

 今日このときに至るまで、テンちゃんはリシュの絶不調をじっくり観察する機会がなかった。

 リシュの絶不調とはテンちゃんの機能停止に端を発するものであるがゆえに。

 

 絶不調のリシュがどんなものであるか、把握できていなかったわけではあるまい。

 自分とテイオーを傍に置いたのはそのためのフォロー要員であるとマヤノは分析している。想定の範疇ではあったはずだ。

 ただ、実際に目の当たりにしたとき受け入れられるかはまた別の話で。

 

「……マヤノはなんでもわかっちゃうんだねえ」

「なんでもじゃないよ。わかっちゃうことだけー」

 

 ネタっぽいやりとりだが、マヤノ的にはわりと真面目な内容だ。

 彼女の『わかっちゃった』は能動的に使える能力ではない。人並外れた勘のよさで兆候を捉え、天才の呼び名に恥じぬ潤沢な才気でいっきに理解まで及んでいるだけで、当人が意識してやっているわけではない。自分の知りたいことを検索できる便利機能ではないのだ。

 兆候を捉えられなければそのまま取りこぼすし、経験で全体像を把握しているわけでもないから理解したと思った事象が実はまだ道半ばだったりすることもある。なのに本人的には『もう理解した』と思っているものだから、それ以上取り組むどころか興味すら失せている。

 

 そうやって己は失敗してきたのだと思い知らされる機会がトレセン学園に入ってから何度もあった。

 だから今は『わかった』ところくらいは取りこぼさずにいたいと、言葉を重ねるのだ。

 

「どう思ったー?」

「…………」

 

 十秒、二十秒、一分が過ぎてもマヤノは返答を急かさなかった。

 その言葉が“テンプレオリシュ”という看板を掲げ今日まで生きてきた彼ないし彼女にとって、ひどく重いものだということをちゃんとわかっていたから。

 知ってか知らずか周囲のみんなもじっと黙って待ってくれたことに、マヤノは心の中でとっても感謝した。

 

「……おとなしく死んでいる場合じゃ、なさそうかな」

 

 ゆっくりと、重い岩に棒を差し込んで梃子(てこ)の原理でようやく動かすように。

 吐き出された答えをマヤノはにへっと笑って受け止める。

 

 わかっていた。

 生きている者同士でならば生存競争でも、片方が死者なら道理の通らぬ悪霊の所業。そうやって自らを戒めている彼ないし彼女にとってその一線は自分のためだけにはどうやったって越えられないもの。

 自分以外の誰かのためでなければならなかったのだ。死者の心を持つテンプレオリシュの半身に、生への執着を抱かせるにはそれが必要だった。

 

 頭でわかったつもりになっても実際に目の当たりにしてみればまた感じ方が変わるものだ。マヤノだっていやというほど知っている。思い知らされている。

 そんな誰にでも起こりうることが、また一つ誰かの身に降りかかっただけ。

 リシュを野放しにしてはきけんがあぶないという、どうしようもない事実をテンちゃんはようやく理解したのだ。

 

「えへへー、そっかー」

 

 マヤノは何かをとくべつ歪めて無理やりこの結論を導き出したわけではない。ただこうなればいいなとは、ずっと思っていた。

 どれほど大きな岩であっても、いやそれが大きければ大きいほど一度動き出してしまえば勢いづいて止まらないものだ。壊死していれば何も感じないところも、血が通っていれば痛みも痒さも快楽も何もかも感じるようになる。

 どうしてもこれまで搦めとることのできなかった“銀の魔王”の半分にようやく手が届く。使える策がいっきに増える!

 

「よかったぁ」

 

 それはそれとして。

 大切なこの友人との関係がもっともっと、ずっとずっとずーっと続いてほしいと思っているのもマヤノのいつわりなき本心だった。

 




これにて今回は一区切り!予告通り今回のレースパートはないんだ。悪いな!

例によって一週間以内におまけを投稿後、書き溜めに移行します
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