「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」 作:バクシサクランオー
なんとか三月中には間に合わせたぜ……。
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賽の河原に予約する覚悟
U U U
「リシュちゃん……私、スプリンターズSに出ます」
見送りにきてくれたミーク先輩は、雑談の最後にぽつりと付け加えた。コンビニでつけられるレジ袋の方がまだ、有料になった昨今存在感があるだろうというさりげなさだった。
「はあ」
尊敬すべき先輩に向けてはいでもいいえでもない失礼な返答だったかもしれないが、そこに至るまでの流れが流れだけに情状酌量の余地はあると思う。
「元祖、すまいる適性。先達として、ふさわしい背中を見せてあげます……どやあ……」
むふんと胸を張る姿は頼もしさと愛らしさが両立しているが、そこは重要ではなくて。
《あ、ちなみにこの場合SMILEってのは笑顔の英訳じゃなくて、
それも知ってるよ。いちおう競技者なもので。それも海外進出を期待されるレベルですので。国際基準くらいは頭に入っています。たしかに2400どころか2200から既に長距離扱いっていうのはこの国のレースに慣れた身としては違和感がぬぐえないけどさ。
なるほど、全距離適性などと堅苦しい言い方をするよりは『すまいる適性』の方が可愛らしくて響きがシャレている。私も次からはそう自己紹介するか。ってそうでもなくて。
「そのかわりと言ってはなんですけど。秋天とジャパンCはデジタルちゃんにお任せします……有馬はみんなでがんばりましょー」
「えっ、デジタルは秋シニア三冠来るんですか?」
初耳だ、と思ったら別にミーク先輩だけに話していたとかそういうわけでもないらしい。
「まだ自覚はしていない、みたいですけどね。あの子は特等席を譲ることなんて……できないでしょう」
ただその言葉には納得できた。
《ウマ娘カテゴリでは有馬記念は長距離で、デジタルって長距離適性は初期Gだけど。実はミラ子の育成イベントではシニア級の有馬記念に出てくるんだよね。実際着外だったとはいえ、アグネスデジタル号の方もラストランは『有馬』だったはずだし》
相変わらず、テンちゃんの言うことは稀によく電波色に染まっている。
秋シニア三冠は非常にタフな挑戦だ。これから実行しようとしている張本人が言うのもなんだけど。
距離の異なるGⅠを、現代の常識からすれば非常に短い間隔で戦い抜く。易しい敵など一人もいないのに、一度も負けてはいけない。
特に疲労が蓄積した中で迎える有馬記念はことさらデジタルにとっての鬼門だろう。彼女は長距離向けの体質ではないから。
たしかに有馬記念の2500mは中山レース場のおにぎり型とも表されるコースの特性と合わさって、息の入れ方を極めればマイラーでも勝てるとする説もあるけど。
無責任なネット上では実質マイルなどと揶揄されることもある。自分が走るわけじゃないから好き勝手言いやがって。
ただ、私はこの三年間、ずっとデジタルを傍で見てきた。彼女に何ができて、何ができないか。本人とトレーナーを除けば、その次くらいには知ってるつもり。
だから断言できる。彼女が本当に出走するかはさておき、来るなら十分な脅威となりうるだろう。
ああだけど、確実に言えることが一つあった。
「葵トレーナーには足を向けて寝られませんね」
「…………そうだねえ」
もとから足を向けて寝られるような相手ではないが。
下半期の間ずっと担当が共喰いを繰り返すのだから、単純な手腕以上に精神的な面で多くのものを求められるだろう。申し訳ない。
あと、面と向かって言うことではないので口にしなかったけれど。
私は本当にちゃんと、有馬記念まで完走することができるのかな?
覚悟はある。確信がない。
そんなわけで帰路である。電車を乗り継ぎ、スーツケースを引きずってえっちらおっちら。
《バニーを着てくれと土下座して頼まれたら嫌な顔して深々とため息つくけど、最終的に着てくれるウマ娘トップスリー。アドマイヤベガ、キングヘイロー、あと一人は?》
どうした急に?
《ん、なんか急に電波受信した》
テンちゃんがどこからともなく電波を受信するのはままあることだけど、たまーに本当に突拍子もないベクトルから謎の電波受信することあるよね……。
うーん、そこまで顔が広いわけじゃないけど。どうだろうなー。
頼んでくる相手にも依るけど、トレーナー相手なら土下座するまでもなくノリノリで着そうな子はけっこう多い気がする。
もちろんトレーナーとの信頼関係あってのことだが。
私の知り合いって肌があらわになり身体のラインが丸見えになる服を着ても、恥じるものなどどこにもないと胸を張るような、己の肌と身体に自信のあるウマ娘ばかりなのだ。
例外はデジタルくらいだな。彼女は見る側であって自分が見られる側という意識が薄い。いや、こう言うと語弊があるか。推しと同じ舞台に立っている以上、そこを汚してはならないという意識は人一倍ある。
ただデジタル自身、誰かに推される存在であるという発想が欠如しているだけで。
マヤノやテイオーなら彼女たちのトレーナーに頼まれた日には、恥ずかしがりながらも積極的な姿勢を見せるだろう。彼女たちの幼げな容姿と相まって実に犯罪臭がする。
スカーレットは己の肢体に強い自信があるので誰に頼まれたら着るかはともかく、着るとなったらピンと背筋を伸ばして胸を張ると思う。
ウオッカはどうだろう。バニー姿がカッケーとか言いくるめられたら着そうだ。バニーが似合うボディラインを作り上げるには相応の努力が必要なのだから、それを堂々と誇示できるバニー姿とは美でありカッコよさであるとかどうとか。たぶんテンちゃんならやれる。
《ダスカはノリノリで着るようなイメージが一部で蔓延しているよねー》
あれでスカーレットって気性に触れなきゃ常識的な価値観も持ち合わせているし、自分の趣味でチョイスするとは考えにくいけどね。普通に羞恥が先立つはずだ。
ウマ娘の
《うーん、こういうのって二人まではすっと出てくるんだけど三枠目がなかなか難しいよなあ。タイシンは断固拒否、その夜こっそりひとり鏡の前で着てみて『バッカじゃないの……』というタイプ。シチーはどうだろ? わりと惜しいけど『バッカじゃない!』とかギャーギャー文句言いながらそのまま即着てくれそうなんだよねー。嫌な顔してため息つく一拍が無くてさ。何ならモデルさんだし裸を他者に見られることへのハードルが低くてその場で着替えかねないイメージもあったり……》
まさか顔と名前くらいしか知らない先輩方も、こんなときに私の脳内で名誉毀損が行われているなど思いもしまい。私も思いたくなかったが。
それともテンちゃんなら顔見知りだったりするのかしらん。
しかし、キングヘイロー先輩のことは語れるほどその人となりを知っているわけではないが。
アドマイヤベガがそういうイメージというのはわからなくもない。あの子、中途半端に真面目さが残ってるんだよなあ。
基本的に理性的というか。視野狭窄のようでいて、自分だけの世界に浸りきれない程度に理知的。
出会った当初は精神的に余裕がなく、人付き合いを含め自らの目標の妨げとなるものを拒絶している節があったけど。
テンちゃんに言いくるめられたせいでその辺は改善したし、言葉には言葉で応じようとする程度には社交性が回復している。少なくとも急に歌ったり踊ったりでコミュニケーションを図ろうとするような一部のトレセン学園生徒のような突拍子さは持ち合わせていない。
受け入れ難いなら面と向かって拒絶するくらいには頑固で気が強いが、そうでないなら妥協点を探してしまう。押して押しまくれば押し倒せるというか、最終的には折れるタイプだ。テンちゃんに振り回されているのをみるとそう思う。
まあ、あれはある種の師弟関係という、逆らい難い上下関係が構築されているのを込みでの光景だろうけども。
件の後輩もこんなことで私たちのじゃれあいのネタになっているとは夢にも思うまい。
バカなことを話しているうちに見慣れた街並みは見知った通学路へと変わっていく。六年間幾度となく往復した道だ。もう目を閉じていたってたどり着ける気がする。
《帰郷すると、何もかもまるで変わっていなくて。あちこちでタイムマシンと評されるのも宜なるかな》
そうだねぇ。でもそんなこと言ってると私が小学校のころ信号待ちに使っていた道路沿いの空き地が、新設されたテニスラウンジの駐車場に変わっていたりする。
街は生き物。田舎と都会では代謝の速度が違うだけで、少しずつ細胞が入れ替わっているのは同じだ。
私の故郷と呼べるこの場所も少しずつ、私のいないうちに知らない街へと変わっているのだろう。
見慣れた顔、具体的には毎朝鏡で見る顔が駅前でこの上なく存在を主張していたのはスルーしておく。あんなポスターいつ作ったっけ? 似たような仕事受けすぎていちいち憶えてないや。
《そりゃあ、地元だもんね。応援してますアピールくらいはしてるよね》
スカーレットの存在は以前から目立っていたんだけどね。
トゥインクル・シリーズを引退したら私はここに戻ってくるのかな? なんとなく、ごく自然にここを帰る場所だと認識していた己に気づく。府中で生活してもう三年目になるのにね。
いずれ子は独り立ちするもの。いつか出ていくのだとすれば、トレセン学園やトゥインクル・シリーズを通じて多種多様な繋がりを得た東京に生活拠点を移すのも、手といえば手か。
でも、未成年のうちは両親と一緒にいたいかな。
もう息を止めていても到着できる距離。自宅はもう目の前だ。
扉に手をかけ、ひといき。躊躇する理由もないけど、何故だか開けるのに少し余分に力が必要だった。
「ただいまー」
もうずいぶんと帰っていない気がする。
実際は正月に帰省したので半年ちょっと。私の匂いが消えるのには十分すぎる期間。
それでもここに足を踏み入れると懐かしい匂いに包まれる。帰ってきたという実感がわく。
「おかえりー」
玄関まで迎えに来るようなこともなく、やわらかい平常の空気で母の背中は私を迎え入れてくれた。
「明日にはもう帰っちゃうんだっけ? 何時までいるの?」
「朝七時には出るつもりー」
「あら、じゃあ朝ごはん早めにしないと。お父さんも今日は早めに帰ってくるって」
今晩はハンバーグと唐揚げよーと言われたので、わーいと喜んでおいた。
子供みたいなラインナップだって? そりゃあ、子供ですから。
実際、ハンバーグと唐揚げは『子供の好きな食べ物』だから私の好物になったものだ。
今ほど欲求も衝動も充実していなかったころ、ウマ娘らしく食べるのは好きだったけど。好きな食べ物と言えるほどこだわりが無かった時代。
これを挙げておけば大丈夫、というラインナップだから。困らせずに済むから。悩まずに済むから。私はそれを自分の好物ということにした。
まあ、今となっては昔の話だ。ニンジンのぶっ刺さったハンバーグも山盛りの唐揚げも普通に好き。愛してる。
《知識ではずっと前から知っているけどさー。幾度となく食べたんだけどさー。いまだに段々重ねになった大判ハンバーグにグラッセされたニンジンまるごと突き刺さっているのを見るとちょっとばかし怯むんだよね》
そりゃあウマ娘の大好物としてアンケートがあればトップスリー常連に入るニンジンハンバーグだけど、ボリューム相応のカロリーがあるからね。
見慣れるほど頻繁に食卓に並ぶものではないかもしれない。
《ところで唐揚げレモン問題ってあれ無自覚な果実アレルギーが一定数いるらしいね。そりゃアレルギーなら大好きな食べ物が『食べられないもの』に変わるんだから戦争の火種にもなるわよね》
私はどっちも好きだけどね。レモンかけたやつも、そのままのやつも。
「お風呂わいてるから入ってきたら?」
「ありがと」
家族が自分のために世話を焼いてくれるってどうしてこんなに居心地がいいものかね。赤の他人に面倒を見られるんじゃこうはいかない。
母に言われるがままに服を脱ぎ棄て、湯船で移動の埃と疲労を落とし、半分パジャマ化しているゆるゆるの部屋着に着替えた私はすっかり実家のくつろぎモードと化していた。
「ふう……」
ふにゃふにゃリシュちゃんになって初めて自覚する。私がどれだけ外で気を張っていたのか。
だって寮の自室がアレでアレな感じだからね? それは相手にとっても同じことなんだろうけど。何なら相手の脳内にはもうひとりの自分がいない分、感じるプレッシャーは相手の方が割り増しなんだろうけども。
独り立ちとかなんとかさっき色々考えたばかりだけど、こんなんでいけるのか。将来親元から離れて然るべき年齢になったときに私はちゃんとやっていけるのかな。
帰る家があるから外で頑張れていただけだと気づいてしまったのに。
まあ、その私の家も私の知らぬ間に少しずつ様変わりしているようだけども。
「ねえ、私の本が自室の机の上に平積みされていたんだけど。書庫って今どうなってるの?」
「ふふ、自分の目で確かめてごらんなさい」
そう言われたときから嫌な予感はしていたんだ。
自分の小遣いで買ったものなんだから自室に置いておけってのはまあまあ正論だと思うし、今は金銭的に余裕があるから本棚を追加で購入するのもやぶさかではない。自室の広さ的に小さいものになるだろうから、サイズ相応にお財布にやさしかろうよ。
ただ、書庫(と言っても中央基準で言えば本棚が多いだけの小さな空き部屋みたいなもん。一般家庭の書庫なんてそんなもんだ)に私の本を置いておくスペースが無くなるのにどんな理由があるかというと、ね。
「……おおぅ」
思わず声が出た。
予想外だったわけじゃないけどさぁ。
所狭しとばかりに私のグッズが敷き詰められている。それもぎゅうぎゅうと乱雑に詰め込まれているのではなくきちんとケースとか買って見栄えよく陳列されている。
試供品が手に入るたび実家に郵送していたのは他ならぬ私自身ですけどもー。実際にこうして惨状を目の当たりにするとねー。
あ、嬉しくないわけじゃないよ? 羞恥心がグサグサ刺してくるだけ。
「いやぁ、お父さんとお母さんの部屋だけじゃ入りきらなくなっちゃってねー。どうしても残したい本だけ残してあとは全部売り払って、そのスペースを展示室にしたのよ」
「そうなんだー」
部屋が一つ埋まるレベルか……。いや、部屋一つでは収まりきっていない可能性もある。両親の部屋を見るのがちょっと怖い。
そういやぱかプチだけでも重賞二勝で作成の通常バージョンに始まり、日本ダービー勝利、クラシック三冠達成、有馬記念勝利、春シニア三冠達成、重賞・GⅠ連勝最多記録更新などなど、ことあるごとに新作が続々と発売されているんだよな。
種類も制服、ライブ衣装、勝負服など様々なバリエーションがある。私の場合は勝負服だけでジュニア級の朝日杯FSからスプリンターズSまで着用した一着目と、シニア級から使い始めた二着目に加え、菊花賞と有馬記念の二回だけ着用した一着目カスタムバージョンの三パターンあるわけだし。
《クラシック三冠達成とダスカとの有馬記念という印象的なレースで用いられていた影響か、最も少ない使用回数に反し†セフィロト・ソード†カスタムverの人気が一番高いらしいね》
その名前はちょっと忘れていたかったかな!
今となってはほとんど流し見で意識しないようになっているけど、たしか昨年のグッズ関連の明細は十二月あたりで数字が跳ね上がっていた思い出。
クリスマスプレゼントなのだろうか。本当に私でいいのだろうか。
ありがたいけどさ。
「お父さんも有給とれたらよかったんだけどねー」
「やめてよ恥ずかしい」
「娘より大事な仕事なんて無いでしょ?」
ああ、帰ってきてよかったな。
顔を合わせていないわけじゃないんだけど。声を聴いていないわけじゃないんだけど。
レースのたび、都合がつけば現地まで応援に来てくれるし。来れなくても電話はしてくれるし。他人事みたいに言ってるけど何なら都合がついたと聞けばこっちからチケット送ってるし。
聞く前には送らないのが思春期の娘なりのこだわり。だって有給でもなんでも使って無理やりきちゃいそうじゃん、うちの両親ならさ。
「何か困っていることはない? 身体はだいじょうぶ?」
「ん、へーき」
悩んだり困ったりしているわけではない。もう決めてしまったことだから。
話すとすればそれは相談ではなく報告であり、娘が死ぬかもしれませんなんて報告されても親としても困るだろう。
反対されたところで私はぜったいに意見を曲げる気が無いから関係が険悪になるだけだし、仮に応援してくれたとしてもそれはそれでこっちが反応に困る。
だから言わない。そう決めたのに、後ろめたさを感じるのは何故なのか。
「何かあったらちゃんと言うのよ?」
「うん」
まるで私の事情を漠然と察しているようなセリフだが、会うたびに似たようなことを言われているので別に泳がされているわけではないと思う。事情を察した上でこちらから切り出すように泳がされていると感じるのはただの被害妄想のはず。親というのはこういう存在なのだろう。
そう思うんだけど、モヤモヤする。
もしも負けたら、本当に死んだら、私はこの人たちを本当に悲しませるんだろうなって。
私は下半期、これ以降のレースの勝敗に命を懸けることにした。
と言っても、そもそも何をいまさらという話でもある。中央で勝負に命懸けてるウマ娘なんてそれこそ掃いて捨てるほどいるだろう。
私だってその範疇といえば範疇ではある。レースでは時速七十キロ近くの速度で密集して走る。中央にしろ地方にしろトレセン学園へ進路を定めるのなら多かれ少なかれ、誰だって一度はそのリスクを考慮するものではなかろうか。転倒だけでも下手すれば生涯その後遺症と付き合う羽目になりかねないし、後続を巻き込んで集団に踏まれたら心身に重大な疵を残すのは一人じゃ済まなくなる。
そのうえで『それでも』と感じるものがあるから中央の狭き門に挑むのだ。
《ミラ子みたいにてきとーにその場その場でいちばんよさげな選択肢に流れていたら気づけば中央まで流れ着いていたっていう
だから誰だよミラ子。
あー……なんと表すればいいのか。
自分でも実のところ整理しきれていないので、この衝動を言葉へ詰め込むことに苦労する。
認められない。
起点はそこだ。そこが根っこだ。
シニア春三冠を達成した時点で、私たちの寿命はある程度保証されているようなものだ。三十までは堅いと思う。五十までだっていける気がする。八十は難しいかな。どうだろう。
流れ込み続ける“願い”、いまだ満たされぬ器。どちらもなにぶん扱うのは初めてなもので、そのくせお手本などどこにも転がっていないわけで、失敗できない貴重品なのに恐ろしいことにぶっつけ本番でぶん回し続けるしかない。
だから正確なところを測れるわけではないけど、漠然と人生五十年の時代なら天寿をまっとうできるのではないかと感じる程度には、まあ功績が溜まってきたわけで。
でも足りていない。
これは臆病じゃなくて、確信。
安全マージンを見越してこんなことを言っているわけではない。根拠もなく漠然としているのに質量だけがともなっている。
私が寿命を迎える前にテンちゃんは消える。今のままだとそうなる。
十年かもしれない。一年かもしれない。もしかすると数日かそこら、下手するとたった一日の誤差かもしれない。
私にはそれが許せない。
認められない。間違っている。是正されなければならない。
私たちの幕引きは共通であるべきだ。そうでないのなら、既に確保した安穏と続く何十年だって賭けのチップにしよう。将来を今の一瞬に懸けよう。たとえ共倒れになったとしても、それ以外の選択肢が私にはありえない。
《うん、実に人間らしいんじゃないかな》
テンちゃんはそう分析する。
《色も匂いも知らない『将来』とやらのために、貴重な十代の時間と労力を膨大につぎ込む。近代的と言われている人間国家の定石だもんね。将来のための備えのはずなのに、耐えきれずに壊れてしまう子が数割ほど出てくるのはご愛敬》
そんな愛嬌はいらないが、否定も反対もされなかった。
境界線越しにじんわり伝わってくるのは諦観交じりの納得と、わずかばかりの安堵。
まあ否定できるはずもないのだ。目的のため己の存在を賭して走り続けるのはこれまでずっと私の半身がやってきたこと。今度は自分が背負われる側になったからと否定意見を述べるのはダブルスタンダードが過ぎるというものだろう。
でも反対されなくてよかったよ。こればかりは譲れる気がしないけど、それでも話し合いで折り合いがつくまでずっと悲しい気持ちになるから。
いまだかつてなく死を身近に感じる。覚悟という境界線の向こうではなく、地続きの歩いて行ける距離にある。
だから遺書を書くことにした。いまどきネットでなんでも調べられるから便利だ。
《えーっと、なになに。財産をリスト化して、どの財産をどこに遺贈するかきめてー、っと。書式のテンプレートも転がっているのか。すごいな現代のネット社会》
テンちゃんと二人で相談しながらひな形を作り上げていく。
いざ着手してみると、どうしてこれまでやってこなかったのか疑問すらおぼえる。心のどこかで自分は死なないと思っていたのだろうか。ちょっと恥ずかしい。
私の財産は既に数億に達している。相続税が余裕で生じる額。一般家庭には過ぎた額だ。推理小説なら十分動機として成立するだろう。
古今東西、金の魔力で狂った人間の話は枚挙にいとまがない。いや、私の両親が娘の遺産で骨肉の争いを繰り広げるような人間だと思っているわけじゃあないんだけど。
信頼と妄信は違う。『うちのひとにかぎってそんなこと』なんて、こちらもこすられ過ぎたキャッチフレーズだ。信じたうえで、備えておくに越したことはない。
トゥインクル・シリーズで積み重ねた時間と実績は私に普通ではありえない繋がりをくれた。その多くはURAや葵トレーナーを通じてのものではあるけれど。
次の誕生日でようやく十五歳になる小娘相手に真面目に取り合ってくれる弁護士を探すのは難しくても、“銀の魔王”テンプレオリシュの依頼なら大抵のことは引き受けてくれる熱狂的なファンでたまたま職業が弁護士という人間なら見つけられる。遺言執行者はなんとかなりそうだ。
さいわいというか、予算は潤沢だ。この前バイトでがっつり稼いだばかりだからね。弁護士の先生にちゃんと払ってもまだおつりが出る。
《単純に最大限を残そうと思うのなら贈与税がかからない範疇で生前贈与を行っておくのも一つの手だと思うけど……》
うーん、それはなぁ。
私だってそれをやったら泣かれるなり叱られるなり、まあネガティブな反応が返ってくるだろうというのは予想できる。
少なくとも喜ばれはしないだろう。それは理解できる。
私たちの代わりなんてこの世のどこにも存在しない。少なくとも両親にとっては。どれだけお金があってもその欠落を埋めることなんてできない。それが死というものなのだろう。
それに実のところ、納税にはそこまで抵抗が無いのだ。
国にもURAにもお世話になったし。過剰に持っていかれたらもちろん困るが、法の定めた範疇で持っていかれるのは構わない。手数料というにはやや額がくらりとくる大きさだが、残る額も相応だし。
このあたり、育った環境の影響だろうなという気がする。お金に困ったことが無いから。
幼少期はそりゃあ、母がパートを始めたりスカーレットとの経済格差を感じたりなんだかんだあったけれど。本当の意味で食うに困ったことはない。衣食住の何かが足りないと痛烈に身に染みた経験が一度として存在していない。
私が独りで勝手に焦って、勝手に傷ついていただけだ。親はちゃんと守ってくれていた。飢えも寒さも私を苛むことはなかった。
だからお金そのものに対する執着が乏しい。そりゃ納税は少ない方が助かるし、貯蓄はあるに越したことはないけど、減った後にも十分な額が残るのなら減ることを苦としない。
言葉を飾らずにぶっちゃけてしまえば、平和ボケしているのだ。
ただ、そう思っているのと同時に。
ペットロスの最も効果的な治療法って新しいペットを飼うことだよなー、とか。
両親は大学時代に知り合って卒業後に結婚、すぐに私が生まれたから。私たちの親世代では若い方で、晩婚化が進んでいる昨今では今から二人目をこさえてもそうそう浮くようなことはなさそうだよなー、とか。
そんなことを考えてしまうのも事実で。
《おいていく側特有の気楽さっていうかね。自分で自分の葬式あげなきゃならんのならもう少し真面目にもなるだろうが、結局自分の死んだあとのことなんて自分じゃどうしようもないんだから、なんか適当になっちゃうよなー》
テンちゃんがそう自己分析する。
何なら私がご存命でも妹とか弟とか、新たに作ってもらってもぜんぜん構わないんだけどね。
でもそれは姉としての立場の話であって、生まれてくる妹ないし弟からすればどうだろうか。姉がテンプレオリシュ。トゥインクル・シリーズに前例のない数々の記録を打ち立てた銀の魔王。まごうこと無き天才。
うーん。ちょっと嫌かもしれない。父も母も私たちと比べてできがどーたら言うような親ではないが、周囲は比べるだろう。何より自分自身が最も近くにある目安として比べてしまうはずだ。
普通の人間は自分の中にもう一つの人格を抱えていることなどありはしないのだから。
あれ? もしかしてこれ、私が戸籍上一人っ子なのって私が原因だったりする?
あー……深く考えるのはよしておこう。
ともあれだ。私がいなくなった後にもう一人作るとするなら、先立つものは絶対に必要である。
その資金に私の遺産が充てられるのであれば、それに越したことはない。
声を大にして言えることではないが、漠然とそう考えているのは紛れもなく事実なのであった。
とはいえ、無理は厳禁。それは変わらない。少しややこしいかもしれないが。
私の身体はテンちゃんの身体なのだ。滅びの美学に足を取られて必要もなく命を懸ける気はない。酩酊するにはちょっと私の性に合わない。
あと一歩踏み込んだら命が危ない気がするけど、ここで退けば負けるかもしれない。そういう状況になったとき、踏み込む選択肢をより強く意識することにした。
具体的に言ってしまえばそう御大層なことでもない、ただそれだけの話だ。
「ただいまー」
「おとーさんおかえりー」
「おう、リシュ。元気しとるか」
「元気だよー。もーげんきげんき」
たとえ丸一日ではなくとも、こうやってしっかり顔を合わせておきたかった。
もうこれで心残りは無い、と言ってしまえばウソになるけど。
死ぬ準備はできたかな。主に私個人の精神面ではさ。