「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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最後かもしれない夏

 

 

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 さて、ようやく今年も夏合宿に本格参戦である。

 

 昨年と違い八月からの参加と相成ったが、それでも上半期の激戦の数々を思えば十分に早い範疇だろう。実際、今年の宝塚記念に出走したメンバーの中にはいまだ休養を余儀なくされている者もいる。

 

《身体能力はともかく回復速度なんて人間の任意でそうそう鍛えられる部分じゃないからね。生まれ持ったものの勝利なのだ。むふー》

 

 もちろん、十分な休息および栄養補給あってのことだ。

 食卓の上にずらり、を通り越して『ずしり』とばかりに積み上げられた料理の数々を見てこれで一人前かぁと少しばかり怯みながらたくさん食べた甲斐があった。

 なんだかんだぜんぶ食べきれてしまうし、最後の一口を呑み下すときにはやや物足りない気すらしたのが我ながら恐ろしい。

 さすがにそのまま欲望に流されることはなかったが。下半期では上半期以上に繊細なバランスでローテが成り立っている。

 余計に増えたり削ったりしている余裕はない。こんなことで躓くのもバカらしい。

 

 無論、そんな量を食べ続けたのは独断ではない。

 合宿中であるにも拘わらず葵トレーナーが必要な栄養を計算し、ときに合宿所の厨房を借りて手ずから作ってくれたものである。

 ウマ娘はヒトミミほど顕著に食育の効果が出ないが、あくまで比較的という話であって効果が無いわけではない。栄養バランスを厳守した食事を続けるより、トッピングマシマシラーメンを友達とわいわいはしゃぎながら食べさせた方が良い結果が出たりするだけだ。

 

《そりゃ糖も脂肪も塩分も常人より必要なのは確かなんだけどさー。改めて聞くと頭おかしくなりそうだよねー、このアスリートたちの生態》

 

 まあ栄養バランスの不思議はさておき、ウマ娘でも多すぎたり少なすぎたりというのはけっこうダイレクトに響いてくる。一般的な女の子が青ざめるくらい急激に増えたり、羨ましがるくらいごっそり減ったりする。

 減った分が余分な脂肪とは限らないのであまり羨ましがられても困るだけだが。

 

 まあ本格参戦と銘打ったが、今日のところはレクリエーションに近いかもしれない。少なくともガッツリ走ったり泳いだりといったトレーニングではない。

 題して『ドキッ! ビーチで水鉄砲バトルロイヤル~あの夏の思い出仕立て~』。

 考案したのはもちろんゴルシT。何故レストランのメニュー風なのだろう。あの夏の思い出とはいったい。この意味不明さ加減が彼の代名詞たる担当を飽きさせずトレーニングさせる秘訣なのだろうか。

 

《『その時、ふと閃いた!』ってプレイヤーは効果だけ見えるけど、実際はいつもこんなことやっていたんかねえ……》

 

 しかし命名こそゴールドシップ風味であるものの、内容はけっこう真面目。

 これの一つ前のトレーニングで塹壕掘り、もといあちこちの砂を掘って溝と土壁を作成したのだが(この時点で何かおかしい気がしなくもない)。

 戦場となる砂浜の広さや一試合あたりの参加人数を考えると、遮蔽物の数が圧倒的に足りていない。むしろ取り合いでそこが激戦区になりかねない配分。

 

《アオハル杯で成果を出している三チームが合同で借りたのは伊達じゃないということだな。確保できたスペースのひろびろ加減に便宜を図ってもらっている実感というか、チームに所属している恩恵をひしひしと感じますことよ》

 

 基本的に遮蔽物の少ない砂浜の上で、機動力を頼りにやり合うという理解でよさそうだね。

 塹壕戦が目的ではないということだろう。

 

《うん、こんな炎天下で長時間塹壕になんか籠ったら撃たれる前に熱中症でしねるもんね》

 

 相手は文明の利器たる飛び道具。身を守るためには常に周囲に気を配りつつ脚を使う必要がある。きめ細やかで、乱暴な踏み込みだと力が分散してしまう砂の上で、だ。

 加えて水鉄砲はあれで水がたっぷり入っているから意外と重量があり、考えなしに振り回しているとあっさりバテてしまうだろう。

 

 二丁銃を好むウマ娘が一定数いるため水鉄砲の所持数に制限はないが、ホルスターのような便利な装備はないので欲張れば普通にかさばる。もちろんそれは機動力の低下に繋がる。

 装填も問題だ。今回の弾はどんな水でもいいわけではなくて、環境に問題がないという特殊な塗料が用意されている。弾切れになった場合はこれが入ったカートリッジを給水ポイントまで取りに行かねばならない。

 カートリッジのみの携帯はルール違反ではないものの、つるりとしたフォルムは持ち運びやすいとは言い難く、やっぱり中身は液体なのでそれなりに重い。水鉄砲本体ほどではないが嵩張りもする。どのタイミングで給水に向かうか、ここでも読みと駆け引きが発生するだろう。

 

《しかし、海岸で大量にばらまいても環境にいっさい問題ないと断言できる塗料も何気にすごい気がするぞ。これもサトノか?》

 

 どこが作ったものかは聞いていないけど、さすがのサトノもそこまで手広くはやっていないんじゃないかな? 知らんけど。

 

 また、題された通りバトルロイヤル形式ではあるが一時共闘はルールで禁止されていない。そのあたりは本番のレースと似たようなものか。

 道中で息を合わせることはあっても勝者は最後に一人のみであり、そこに遠慮も譲り合いもありえない。それを忘れなければ問題ない。背中を撃つのも撃たれるのも順当な結果だ。

 むしろテンちゃんは状況が許せば嬉々として背中を撃ちそう。裏切りによって実利を得たいわけではなく、背中を撃つという展開に価値を見出しているタイプだから。

 ま、私はチームを組むよりチームを組む理由になる方だろうが。

 連合軍を迎え撃つことを念頭に置いて動くべきだろう。私だって私以外の立場なら私を集中砲火するもの。

 

 くじ引きで決まった配置に移動する。

 装備は片手で取り廻せるハンドガンタイプの水鉄砲を七丁ほど。

 こいつマジか……みたいな顔をされたが、ちゃんとルールは守っているし、他の人が一通り選んでから残りをかっさらったのだから文句を言われる筋合いはない。

 想定通りなら二丁ではとても足りないのだ。

 

《両手いっぱいに水鉄砲を抱えて、ガチャガチャ騒音を立てながら移動する姿がおもちゃ屋で欲張りすぎた子供じみた滑稽さであったことは否定しないけどね》

 

 配置につき、周囲を確認。

 戦場は広いようで狭い。平地なら三キロを三分で走破できるのが中央のウマ娘だ。

 塹壕だって直立していれば全身を遮るようなものでなく、人為的に用意された障害物を除けばここは見晴らしのいいビーチ。

 

《誰がどこにいるのか索敵から始まるサバゲーとはまるで別物と考えた方がいいなこれは。どのみち短期決戦になりそうだ》

 

 まあねえ。だってアオハル杯三チーム分いるわけですから。

 一チームあたりレギュラー陣だけでも一部門あたり三人の、短距離、マイル、中距離、長距離、ダートの五部門あるわけだからそれだけで計十五人。

 夏合宿への参加資格を有しているウマ娘となると学園全体ではぐっと数が減るが、それでもここにいるのはアオハル杯ランキングトップスリー。決勝に臨む資格を得たチームだ。レギュラーだけではなく控えメンバーもそれなりの割合で夏合宿に参加している。

 一試合あたりの回転率を上げないと、夏合宿に参加したメンバー全員がトレーニングに参加できないという事情は看過しえないものであった。

 

《勝負服に銃のモチーフが入っている身としては負けられないね!》

 

 関係あるかな、それ?

 

 遠くでホイッスルが鳴る。

 戦いの幕が上がる。

 

「オラァッ!」

 

 いや、オラァってあーた……。

 ひさしぶりの、舞い散る雪が炎天下の日差しに変わるくらい本当に久方ぶりの合同トレーニングなのにさ。感慨も何もあったものじゃないね。

 でもあなたのそういうところ、私は好きよ?

 

 塹壕を一息に飛び越え、誰よりも先に飛び込んできたスカーレットを迎え撃つ。

 交錯は一瞬。決着は明瞭。

 私が戦闘態勢に移行するのがあと一秒でも遅れていれば結果は変わっていただろう。でも既に私は態勢を整えていたから。

 なんとなく、彼女なら来るだろうとわかっていたのかもしれない。

 

 銃が宙を舞う。

 四丁はジャグリングよろしく上空に、三丁は新体操のボールよろしく私の身体を這うように。

 ぴんと伸ばした右手で手のひらに転がり込んできた水鉄砲に指を絡ませ、撃つ。

 実銃のように弾丸と弾丸が音を立てて激突することはないが、光線(レーザー)のように透過するわけでもない。

 

《レーザー同士は光だから互いに透過するけど、ビーム同士なら粒子の衝突になるから理論上マンガやアニメみたいな相殺は可能。これ豆な》

 

 水鉄砲から放たれた塗料入りの水流は互いに衝突し、その運動エネルギーを相殺させた。

 次いで左手でも銃を捉えて一撃。二発分の運動エネルギーによりスカーレットの攻撃は逸れ、完全に私を捉え損ねる。

 そのころには最初に使用した水鉄砲を既に放り出している。投擲の体捌きをそのまま三丁目を捉える動作に繋げ、ノールックで狙い撃つ。三発、四発。円環の動きは止まらない。

 いくらウマ娘の脚でも空中を蹴るには及ばない。

 

「チィッ!」

 

 奇襲による攻撃力を重視し、地に足のついていないスカーレットは躱しきれなかった。新たに彩を追加しずしゃりと砂浜に着地する。

 まずは一つ。あとその舌打ち怖いって。

 

「うわっ、マジか」

「アリかよあんなの!?」

 

 派手な空中戦は遠方からも確認できたようで周囲が恐れおののく。

 ただ、だからといってしり込みするのかと言えば。中央で夏合宿にまで来るようなやつらがそんな大人しいはずもなく。

 そもそも彼女たちは私が()()()()()()()()()()と知っている。

 ジュニア級のころデジタルと一緒にやっていた早朝ランニング兼ゴミ拾い。あれから特にやめる理由もなく、お互いに飽きたなどといってすっぽかすような性格でもなく、実は現在に至るまでずるずると続いていたのだが。

 続けていれば意外と人というのは増えるもので、チームの後輩あたりから顔を見せるようになり、今ではけっこうな人数が参加するようになっていた。

 人数が増えた影響で、頻度は週一になったけど。

 中央のジャージを着たウマ娘が集団で走っていれば目立つ。悪目立ちという意味ではなく。テンちゃん曰く、近所の名門進学校の制服を着た学生がいるとふっと目に留まる感覚と同じようなものらしい。

 そんな私たちが拾っているのが広まればその分、わざわざそこでゴミを不法投棄しようという人間は減っていくものだ。割れ窓理論のバリエーション。

 そうやってゴミの量が減れば、そもそもゴミ拾いが毎朝必要ということもなくなるわけだった。

 

《ま、そもそもぼくらもおデジもこの時期にトレーニング的な目的意識の曖昧な活動に参加する余裕ってあんまないからねえ》

 

 シビアなローテで走るシニア級の現状だと、自主練の内容もしっかり葵トレーナーに監修されていてですね。

 メニューの一つ一つが次の目標を見据えて特化しているわけですよ。

 始めた当時からあまり効率的ではないと自覚しながらやっていた朝練だ。だからぶっちゃけ、今となっては私の参加率はそこまで高くないのだけれど。

 後輩ちゃんたちは毎週一回、日曜の朝にちゃんと走り続けている。

 自分の始めたものが伝統として受け継がれていくというのはこう、感慨じみたものが湧いてくるものだ。

 

 少し話がズレたが要するに。

 〈パンスペルミア〉のメンバーなら私が走りながらゴミを拾ってデジタルの背負った籠にシュートできることを知っているわけだ。

 

《七丁銃のお手玉くらいでいまさら驚かないってことさね。そらきた》

 

「えーい、戦力の逐次投入は愚策。みんな続けー!」

「こうなりゃヤケだ。タマとったらー!」

 

「やったるどー」

「いてこましたらー」

 

「シニア級の先輩方はリストとアンクルを付けているんだ。今ならアタシだって……!」

「それフラグじゃね?」

 

 さすがは年頃の女子の集団。とてもノリがいい。

 水鉄砲(チャカ)を手に次から次へと後続(おかわり)がくる。

 こうなることがわかりきっていたから七丁も必要だったんだよね。二刀流じゃあ追いつかない。

 ……いまさらながら人間の腕が二本しかない以上、三丁以上を使うウマ娘が出てくるのは想定外だった気もするけど。ルールに抵触していないので問題はないよね。

 

《ルールに抵触していないからOKって意識はあまりよくないぞー。たしかに中学二年生あたりのお年頃は良識だとか倫理道徳だとか、そういった社会規範を過剰に軽視する傾向が生じるものだけど。人類だって生物であり、生物が生き続けるってことの意味をよく考えなきゃ。

 要するにあれらは人間という生物が、社会という環境の中でより生存率を上げるため、時代により変遷を繰り返しながら脈々と受け継がれてきた生存戦略の一種なんだってことさ。忘れちゃダメだよ。法律はあくまで国家というコミュニティを維持するため、破ったら罰則が生じるっていうルールの一種でしかないんだから》

 

 脳内でテンちゃんが注意喚起する。

 ああー、最近欠けていた時間が長かったから。

 こんな小言でもすごく落ち着く。あと今の私は中二じゃなくて中三ね。

 

《生存戦略だからより狡猾な相手には裏目に出ることもあるし、世の中の真理ってわけじゃないからそれさえ守っていれば万事OKみたいな話でもない。ただ有用な定石であることは事実さ。いちいち疑うよりスムーズで楽だ。

 それにルールの穴を突くのはやっていて楽しいだろうし、傍目に見て痛快だろうが……『ああコイツ言葉遊びで裏切るやつか』ってレッテルに値するだけのメリットをちゃんと得られるかははなはだ疑問だね。少なくとも、一度そのレッテルが貼られてしまうと。この人が言うのだから真偽はともかく正でいいっていう最強カードが使用不可になってしまう》

 

 さすが、たった一つ吐いた嘘を信頼で圧縮して真実に変えてしまった人が言うと説得力が違う。

 じゃあこれってまずかったかな?

 

《んー、これに関してはそうでもないんじゃない? 完全な想定外だったとも思えないし》

 

 そうなの?

 

《うん。競技化した水鉄砲のルールってたいてい『水鉄砲から手を離してはいけない』の一文が盛り込まれるんだけどね。今回に関しては無かった。その一方でそれ以外の反則はわりときっちり網羅していたからただの抜け漏れとも思えない。

 やっぱりウマ娘のトレーニングだから水鉄砲を手放して全力で走るような状況や、あるいはぼくらみたいなアクロバティックな立ち回りをある程度想定していたんじゃないかなって》

 

 ふーん、競技水鉄砲なんてものもあるんだ。世界は広いね。

 

《まー、ルールを制定したゴルシTだってここまでの光景を予想していたかはわからんけどねぇ》

 

 撃っては躱し、ごろんと転がり足の指でグリップを掴んでまた撃って。

 色とりどりの水しぶきが飛び交う中、飛沫の一滴もかからず水鉄砲をくるくる弄びながら撃墜スコアを重ねていく私の姿は我ながら極めてふざけた存在だったと思う。

 ただこのアクロバティック七丁流が効率的か、というと実はそうでもない。いや、実はも何も見たまんまか。どちらかと言えば派手な動きで幻惑する方がメインだ。

 何なら直接攻撃はルール違反なので、宙に投じた水鉄砲に全力でヘディングを決められたらそれだけで私が反則負けになる。

 さいわい、そんな決着を選ぶ相手はいなかったけど。ウマ娘はプライドが高いから。勝つことだけではなく、勝ち方にもこだわりたい者ばかりなのだ。

 

 あと見栄え。これ重要。

 派手にパフォーマンス決めるとテンション上がるんだ。周囲の方が。

 非効率極まりないド派手な立ち回りを見せつけることで相手を乗せる。これによりじりじりと時間をかけて体力と気力を削るような炎天下の消耗戦を避けることができる。

 さすがにこれだけの実力者揃いの環境で、多数相手に消耗戦で押し切れるとは思わない。

 トレーニングではあるが、同時に娯楽要素の強いレクリエーションじみたものだから有効な一手だな。

 こちらの思惑を承知の上で相手も乗ってきてくれる。手を抜くわけでも、やる気がないわけでもない。そっちの方が面白いから。

 

「ふっふっふ……こんなド派手な空中殺法を見せつけられたら、黙って見ているわけにはいかないデスね」

 

 そんな楽しそうなノリ大好き筆頭勢のエル先輩が腕組みして現れる。ゆっくりと歩み寄ってくるその様は撃てばあっさり(あた)りそうにも見えたが。

 私はお約束を理解できる賢くていい子なのでそんな無粋で危険なマネはしなかった。眠れる獅子を突いて起こすようなマネをわざわざ好き好んでする必要はないだろう。

 

「いいでしょう。どちらが真にこの大空の支配者か。勝負デース!!」

 

 夏の大空を“怪鳥”が舞う。

 

「グワー!?」

 

 そして堕ちた。

 

 ……だからさ。いくらウマ娘でも空中移動は難易度高いんだって。できないとは言わないけど、地上と比べればその機動力は雲泥の差だ。

 ゲームのように空中でどこからともなく推進力を得られるのならともかく。重心移動と空気抵抗だけではどうしても限界がある。私だって軌道を先読みされた上で銃撃を置かれたら三回目を避けきる自信はない。

 そういう意味では二回までしっかり避けたエル先輩は間違いなく身体能力、反射神経、センス、そのすべてに富んだ空中殺法の申し子ではあった。

 

「み、みごと……エルのしかばねを越えていけデス……ガクリ」

 

 それと、気性の問題もあるかもしれない。

 エル先輩は普段からプロレスのマスクを愛用しているルチャリブレ愛好家。彼女があまりにもマスクを常用しているのでいちど気になって調べてみたのだが、これはただ単にエル先輩の奇行というわけではなく覆面レスラーは人前でマスクを外さないのがお約束らしい。

 伝説的な覆面レスラーともなればマスクをしたまま葬儀に参加したというエピソードもあるのだとか。参列者ではなく、自らが弔われる側で。すごい世界だ。

 しかしよくよく考えてみればエル先輩はリングではなくターフに生きることを選んだウマ娘なので、やっぱり中央のウマ娘らしい奇行の一種だったかも。

 

 ともあれ、プロレスとは骨を断たせて肉を切る世界だといつかテンちゃんが語っていたことがある。

 受け方で魅せることが魂にしみついているのなら薄皮一枚かすっただけでアウトなこの競技は相性が悪かろう。

 そんなことを考えながら大きく頭を振った。

 

《意外! それは髪の毛!!》

 

 ぶわりと潮風で広がった銀髪が空中で銃のトリガーに絡みつく。

 開始時よりはだいぶ軽くなった、それでもずしりとした重みを頭皮に感じながら慣性を利用して引き金を絞る。

 振り回され、一見でたらめな方向にかかる虹の橋。もちろん狙い通り。

 

「あぐっ!?」

 

 想定外の角度から放たれた一撃は、周囲に同調せず塹壕の中でじりじりと隙を窺っていたココンを見事に捉えるのであった。

 空気を読まないアンタなら絶対にそう来ると思っていたよ。

 

「ざんねん、そこは死角じゃないんだ」

 

 視覚的に死角って程度で対応できなくなるのなら、バケモノ揃いの戦場で一バ身差をキープなんてできないんだよ。

 最近は崩れることも多いけど、それはそれ。

 私から本当に隠れたければ最低でも呼吸と心臓は止めてもらわねば。

 

「…………ふん」

 

 何を言っても負け犬の遠吠えにしかならないと判断したのか、カラフルな色合いになった頭を背けてココンは鼻を鳴らすだけだった。

 試合終了のホイッスルが鳴る。

 勝者、私。

 

 勝因?

 テンちゃんが言うところのネームドが少なかったこと、と……。

 最初にスカーレットとの決着がついたことかな。

 彼女の性分的にそうなる可能性は低いけど、ココンみたいにこちらが消耗した後に満を持して対峙していれば負けていた気がする。

 

 

 

 

 

「だいぶ戻ってきたね。もう次走は決まってるんじゃない?」

 

 一試合終われば私たちが走り回ったことで荒れた戦場を最低限みんなで整えて、次の試合。

 目の前の水鉄砲バトルロイヤルでは各々がその機動力を活かし、ウマ娘らしくビーチを縦横無尽に走り回っている。全戦力が私に一点集中した結果として超短期決戦になってしまった前回と違って、こう言ってはなんだがまっとうな展開で進んでいた。

 一戦終えた私たちは塗料を洗い流し水着の上にジャージを着た後、昨年もお世話になったタープテントの下で待機。休憩と微妙に違うのは見るのもトレーニングのうちだから。

 昨年の尻尾オニだと一戦ごとに十分間の反省会があったが、今回それはない。まああれがレクリエーション色の強いトレーニングだとしたら、これはトレーニング風味のレクリエーションという差はあるが。

 最大の違いはやはり今回の私たちの夏合宿が〈ファースト〉〈キャロッツ〉〈パンスペルミア〉の三チーム合同で行われているということだろう。テンポよく回していかないと人数を捌ききれないのだ。

 反省は各自、自分で時間を使ってということになる。

 自由度が増せばその分、責任も増す。

 中央という環境では何をいまさらという話でもあるが。ただ面倒が一つ減ったと世間一般的な中高生らしく気楽に構えてもいられない。

 

「……だったら何よ?」

 

 それでも私は口を開く。

 おしゃべりは禁止されていない。口に出して状況を分析し、隣人とそれを共有するのは立派な実力向上に繋がるトレーニングだ。

 他人に迷惑をかけるのは論外だが。自主性が強い分、他人の足を引っ張るなどそれこそ周囲から白眼視されるだろう。

 

 別におしゃべりすることがストレス解消になるような摩訶不思議な精神構造をしているつもりはない。

 ただ、いま確認しておきたかった。それだけ。

 もちろん私だって、彼女だって、お互いに目は繰り広げられるバトルロイヤルしっかり追っていて。少しばかり口を動かしていたところで邪魔になりはしないという状況あってのことだけど。

 衝動を抑えきれずに動いてしまった。それは認める。

 

「教えてよ」

「エリ女」

 

「へえ、復帰戦がGⅠとか自信満々だね」

「ふん。予想していたくせに、白々しい」

 

 まあね。予想していなかったと言えばウソになる。

 スカーレットの回復具合とゴルシTの手腕、二人の意思疎通のベクトルを考慮するとそのあたりが当面の矢印の先になるかな、と。

 ただ本題はそこじゃない。

 

「チケットちょーだい」

 

 さて、以前に語ったことがあっただろうか。アオハル杯ランキング一位まで上り詰めたが、チームランクはS評価据え置きだったためアオハル杯方面での待遇改善は発生しなかった――と。

 それは裏を返せば、アオハル杯決勝進出の上位三チームになったことで『アオハル杯方面以外』での恩恵は多かれ少なかれあったということでもある。

 これがその一つ。自身が出走するレースの観戦チケットを手配しやすくなった。もとよりゲートの枠を勝ち取ったウマ娘なら親や知人に応援に来てほしい等の理由でいくらか融通してもらうことは可能だったが、これは用意できる数が比ではない。

 利権と金銭が絡むので、他の生徒の前じゃあまり大きな声では言えないけれど。なんとその枠は最大でアオハル杯チーム人数登録上限いっぱい。つまりその気になれば同じチームのメンバー全員で優雅に観戦できちゃうのだ。

 

《もとより国民的エンターテイメントの地位を確保しているレースだけど、その中でもスターウマ娘と呼ばれる者が絡むチケットは予約受付開始から一分と経たずに完売するのがざらだからなあ。この世界は転売ヤーがほとんどいないみたいだから純粋にそれだけ人気ってこと。そう考えると二年にわたるプレシーズンを勝ち抜いてきた勝者にふさわしい特権と言えるだろうねー》

 

 だからこんなふうに、その特権を有する者同士なら遠慮なくおねだりすることもできるのだ。

 

「高くつくわよ」

「言い値で買うから好きなだけふっかけなよ」

「……ふん」

 

 エリザベス女王杯。十一月前半のGⅠレース。昨年スカーレットが制したクラシック・シニア混合レースであり、今年も出走するのなら連覇を狙うかたちとなる。

 私は秋シニア三冠の一角たる十月後半の天皇賞(秋)を終え、来る十一月後半のジャパンカップに向けて調整している頃合い。

 無論、そこまで生き延びることができていたら、の話ではあるが。

 

「余裕ね」

「余裕じゃなくて、必要。スカーレットの復帰戦を見る以上に優先度の高いことなんて無いから」

 

 スプリンターズSから続く秋ローテの真っただ中。仮に順調に駒を進めていたとしても時間の余裕などあるはずもない。それをわざわざ京都レース場まで足を運ぶと言っているのだ。余裕ぶっている、などと揶揄されても仕方のないことではあった。

 ただ、私的にはこれは余裕のあらわれなどではない。むしろその逆。

 

 スカーレットが頑張っていたのは知っている。頑張っているなどという言葉では軽すぎるほどに。

 どれほどつらくて苦しい道のりだっただろうか。こうやって見通しが立つまでトレーナーと二人三脚でどれだけの苦難を乗り越えてきたのだろうか。たいした怪我をしたことのない私では新聞や雑誌越しに垣間見る現実と同レベルの想像しかできない。

 ただ、スカーレットがどれほど苦しんだところで。スカーレットが一番苦しかったという事実に疑いようがなくとも。

 私が苦しくなかったわけではないのだ。

 私以外の誰かが私以上につらく苦しい思いをしていたところで、それで私の痛みが軽減されるわけではないのだ。

 ずっと不安だった。ほんとうに帰ってきてくれるのかと。自分(テンちゃん)以外の誰にも相談できず苦しかった。ずっと腹の底に溜まり続けて胸まで圧迫していた。

 

 くるしかった。だから――

 

「安心させてよ」

「……代金は追って伝えるわ。実物を渡すときにね」

「ん」

 

 よし、契約成立。

 お互いに計画こそあれどしょせんは順調を前提にした空手形。そこに白紙の小切手まで飛び交うクラクラするような取引がここに結ばれた。

 

「アンタはまずはあれを乗り越えなきゃいけないんでしょ」

 

 ついとスカーレットが頤で指し示すのは佳境に入った水鉄砲合戦。

 

「ハーッハッハッハッハ! バクシンバクシーン!!」

 

《詳細を何一つ語らなくても、たったワンフレーズで何がどうなっているのかだいたい察せられるのってすごいよね》

 

 まったくだ。

 強くなっている。上手くなっている。

 そういえばあの人、デビュー戦はダートだったんだっけ? それを差し引いてもあの足さばき。下手に力んでもあっさりそれを分散してしまうビーチのきめ細やかな砂の上を、良バ場の芝のように軽やかに駆けていく。

 速くなっている。昨年より、存在感が一回りおおきくなっている。

 

「勝てるの? スプリンターズSで。()()サクラバクシンオーに」

「さあ。勝つ気はあるよ」

 

 勝てるとは言わないけど。勝つと断言したらそれはそれで薄っぺらいというかウソっぽいというか、覚悟とかとは何か違うものになる気がする。

 私がいまだかつてなく死を身近に感じる直接的要因。

 バクちゃん先輩は長距離もこなすスタミナを十全に活かし砂浜を縦横無尽に蹂躙した後、呵々大笑しているところをマヤノに隙を突かれてあっさり敗退していた。

 

《いや、この流れで負けるんかい》

 

 マヤノ相手なら仕方ない。

 

 




エアメサイアのキャラストでデビュー前のウマ娘でも夏合宿には参加可能なことが判明していましたね。
じゃあなんで育成中のジュニア級ウマ娘は参加できないんだ……?
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