「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

112 / 133
お気に入り登録、評価、ここすき
感想、誤字脱字報告もありがとうございます。


秋が始まる

 

 

U U U

 

 

 夏合宿が終わり月を跨いで、九月。

 暦の上では秋になったことを認められない夏が居座り、毎年恒例行事の残暑を主張している。夏休みが終わる物悲しさなどトレセン学園に入学してからは一度も味わっていない。

 まあ物悲しさと言えば、新学期に入り一新された席順。どれだけ工夫を凝らしたところで、純粋に教室からその総数が減っていることをごまかしきれない方面で感じなくもないけど。

 そのことに慣れてしまったのは、ほんの数日で抱いた感情を問題なく押し流せるようになってしまったのは、別に私が薄情だから……という理由ではないと思いたいところだ。

 そんな新学期が回り始めて幾日もしないうちのこと。

 

「えっとぉ、サイン、ください」

 

 こういうことを学校で言われる機会は多くないが、無いわけでもない。

 特に長いわけでもない昼休み。私の教室を訪れた先輩に手早く本題を切り出せと促したところ、そう言って両手を合わせてきた。そのまま手提げカバンから色紙とペンを取り出してくる。

 

《まあ放課後になったらさっさとトレーニングに向かうだろうからね。朝だって早朝の自主練に使う子はトレセン学園じゃ珍しいことでもないし。確実に捉まえるのならこのタイミングというのはわかるよ》

 

 貴重な休み時間が相手の都合で削れてしまうのは、愉快なことではないけれどね。

 ただ、それを自覚しているのか。教室に押し掛けるや否やつらつらと取り留めもない世間話で会話の糸口を探そうとしていた先輩は、じろりと目を直視してやると心底気まずそうに眼をそらした。

 ちなみに、普通の学校なら先輩や後輩がわざわざ他の学年の教室に足を運んだら多かれ少なかれ目立つものらしいが。

 “本格化”の影響でトゥインクル・シリーズ同期の年齢が安定しないトレセン学園では日常風景だ。クラスメイトからの視線は些細なものである。

 

「いいけど――」

「いいの!?」

 

 なんで今? と問う前に驚かれた。自分から頼んでおいて。第一声で了承されることがそんなに意外だったのだろうか。

 そりゃあ、道行く人にいきなりファンサービスを要求されたら断ることが多いけど。同じトレセン学園の仲間だ。

 サインなんて一秒あれば数枚書けるのだ。面倒ではあるが、労力としてはたいしたものではない。面倒ではあるが。

 

「あっ、ごめんなさい」

 

 言葉を遮ってしまったことに対する謝罪。気弱気な面持ち。ぱっつんと揃った前髪。ウマ娘は私含め先天的に派手な配色になることも多いのであくまで漠然としたイメージでしかないが、短くまとめられた癖のない黒髪はどこか真面目でおとなしそうな印象を受ける。

 入学直後にのぼせ上った後輩が有名人にサインをねだるというのならともかく、時期的にも相対した雰囲気的にも積極的にこんな行動を起こす相手には思えなかった。

 

 ちなみに、先輩に敬語を使わないことに対し思うところが無いわけじゃないけど。こういう先輩は敬語を使われる方に拒絶反応を見せることが多い。わたしおぼえた。学習済み。

 相手に嫌な思いをさせてまで、あえて敬語を使い続けるほど頑固ではないつもり。少なくとも今の私はそう考えている。

 年齢では上でも、トゥインクル・シリーズでは同期。そしてレースで私以上の成果を出しているウマ娘って、もはや歴史上から探した方が手っ取り早いくらい。世代とかそういう枠じゃない。

 そんな相手に形だけとはいえ敬意を払われるのは抵抗があるものらしい。私には縁のない感覚だけど、きっと共感する機会が無いからこそ尊重しよう。

 価値のわからないものに勝手に値札をつけるのはひどい暴力だから。

 

「……私さ、引退するつもりなんだよね」

 

 遮られた言葉を改めて問いかけると、先輩はそう語り始めた。身の上話を最初から最後まで聞いている時間も興味もないので、そこはある程度簡略にまとめてもらうとして。

 

「この時期に?」

「あははー、ちょっと機を逃しちゃった感があるのは自覚あるよー。でも私、もう高二なんだ。大学、いいところに進学したいのならそろそろ勉強始めないと」

 

「受験勉強するなら高二の夏休みが終わっちゃってる時点で出遅れている感があるけどねぇ」

「あいたたたた」

 

 テンちゃんが茶々を入れつつ話を捌いていく。

 急所に刺さったのを大げさなジェスチャーで表現しているあちらさんはいま私たちのどちらが話しているかなんて、区別はついていないだろうけど。

 

「だいたいさ、ここまで走っていればトレーナーがどこか入れてくれるんじゃない? 推薦枠のひとつやふたつ」

「受験生になるまでトレセン学園に居座れば用意してもらえるかもだけど、そのためにあと一年居座り続けるにはちょっといろいろ足りていないのです……。

 それに、トレセン学園経由の推薦もらって大学に入ったらその先もレース関連に進まなきゃ不義理になりそうじゃありません? 今はまだ、レース以外の道に進む! って硬い決意があるわけじゃないけど、レース以外の選択肢も心置きなく選べるようにはしておきたいんだよね」

 

 そのあたりの事情はいつか大学に進学してみたい私としても興味のある内容だったが、興味深いだけにそちらに脱線するとそのまま昼休みが終わりかねない。

 時間に余裕がある身の上ではないので適当なところで切り上げて次に進める。彼女が近いうちに中央から去るつもりらしいということさえ理解していれば十分だろう。

 

「あ、うん。それでね、どうしてこんな時期になっちゃったかって話なんだけど……」

 

 曰く、ここ最近成果がまるで出せていない。トレーナーはまだいけると応援してくれているが、その応援を血肉にできていない。中央のトレーナーという貴重なリソースを食いつぶしているようで心苦しい。

 そのあたりのネガティブな自分語りはテンポが悪くなりそうだったので即座にばっさりカットさせてもらった。もう昼食は終わっているとはいえ、私は限りある休み時間をのんびりしたいのだ。

 

「容赦が無え……。でね、引退そのものは結構前から頭にあったんだけど、最後に一花咲かせたいといいますか、これで終わりって納得できるような成果がほしくて……でも届かなくて」

 

 当人なりにいろいろ頑張ってみたが結果には結びつかず、夏休みが終わり新学期になってしまって、ようやく『自力で何とかする』という選択肢に諦めをつけることができたのだという。

 故郷に逃げ帰る際の手土産に、せめてスターウマ娘のサイン色紙があれば最低限の体裁は保てると。それでいいのか。そんなんでいいのか。

 というか――

 

「重賞経験者が何の成果も出せなかったってことはないのでは?」

 

 URAのGⅠ最多勝利更新中の私が言うのもなんだが。重賞に出走するだけで中央のウマ娘として上澄みに当たる。

 そういう意味で、目の前の彼女は十分に上層の一角だった。

 びくん、と先輩の身体が跳ねる。まるで深々と針を刺してしまったみたいに。

 その強張った手に握りっぱなしにしていた色紙とペンをするりと抜き取ると、ペンのキャップを開けてきゅっきゅと記入し始めた。

 

「……おぼえてくれてたの?」

「忘れる理由が無いから」

 

 公式レースを一緒に走った相手は忘れないと決めている。わざわざ特定個人を記憶から消去するのも面倒だ。

 弥生賞。七枠十五番トゥージュール、十四番人気。脚質は逃げ。序盤はなかなか先頭を取れず、先行勢に押しやられるよう外目に位置取る。そのロスが祟って終盤はスタミナを使い果たして沈み、結果は九着。

 記憶している内容を一つ一つ口頭で羅列していくにつれ、見えない手で抑え込まれるようにトゥージュール先輩の頭は俯いていった。

 

「…………あの、いまからひどいことを言います」

「うん?」

 

「すごく恥知らずなこと、言います、ので……耳塞いでくれてると、うれしいです」

「ふぅん」

 

 トゥージュール先輩はすっかり下を向いてしまって、いまや私の目線の少し上に彼女のつむじがある。教室に向こうが押し掛けてきたという都合上、私は座っていてあちらは立ったままだから。

 彼女の視線は自身の上履きのつま先にくぎ付けだ。そこに己の望む答えが書いてあるはずもないのに。

 

「せめて嫌なやつであってよ」

 

 絞り出すような小声だった。

 か細くて消え入りそうで、だからこそ本音だとわかった。

 

「バカみたいじゃないですか。才能で負けて、運で負けて、レースにかける姿勢で、努力ですら負けて……。こんなの勝とうとしていた私がバカみたいじゃないですか」

 

 右側にリボンをつけた耳が力なく揺れる。

 もしかしたら断られることを前提にしていたのかもしれないな、と思った。

 

「気持ちだけが急いて、想いだけが募って、勝ちたいって、何も伴っていない感情だけがあって。何もかも負けているのに、それだけ抱えて、足りていない努力でたくさんの月日を無為に潰して……。挙句の果てに人間性でも劣っているなんて私がバカで、あまりにもみじめじゃないですか」

 

 サインをくれと頼み込んで、にべもなく断られて、ああやっぱり駄目だったと。こんなお願いも聞いてくれないなんてあいつは嫌な奴だったと。

 それで何かが生じるわけではないけど、何かしら切り替えることはできるかもしれない。

 まあそんな事情、私には知ったことではないのだけども。

 テンちゃんが大仰に肩をすくめながら口を開く。彼女自身が野ざらしにして風化しかけの健闘を、いまさらながら讃えるために。

 

「いやいや、ちっとも無為なんかじゃないとも。きみが学園で過ごしたこの時間は結実して、このテンプレオリシュが入るゲートの一枠を埋めた。その事実だけで他のどんなことより価値があるよ。違うかい?」

 

 ま、表現の仕方はひどくシニカルなテンちゃん流だったけど。

 

 タイムオーバーというルールがある。

 ざっくり説明してしまえば『一着のウマ娘のタイムより一定時間以上遅れてゴールした場合、調整不足としてペナルティを負う』というもの。

 具体的な時間は芝やダートや距離など条件により差があるものの、平地のレースならおおよそ五秒未満。だが、その日常生活では誤差のような時間によって生じるペナルティは一か月単位のレース出走停止だったり、出走奨励金が得られなくなったり、かなり重めに設定されている。

 

《よーするにハルウララ金策禁止ってわけだね。勝ち負けに関係なく出走するだけで(マニー)が得られるなら、悪質なトレーナーはとにかく担当をレースに出させる。悲しいことに歴史が証明しちゃっているのさ。だから大負けするような実力の伴わないレースに出せばお金は手に入りませんし、出走停止のペナルティも受けますよーってこと》

 

 建前としてはあくまで、レースは勝つために出るものだから。レースで過度な負け方をするウマ娘は一定期間レースから離れて十分なトレーニングをして態勢を立て直しなさいってことになってるけどね。

 もっとも、現在の重賞には基本的に適用されないので私たちにはあまり関係がない。

 だがここで要となるのは、レースを構成するルールの中に明確に『一着よりタイム差が付くと重大なペナルティを背負うものがある』ということだ。

 考えてもみてほしい。これは重賞だからタイムオーバーが発生しないや、ラッキー、なんて思えるだろうか。

 そんなわけがない。実際に行使されないだけ。永遠に続く執行猶予のように、ウマ娘の心には己がタイムオーバー制度に引っかかる負け方をした事実が残り続けるだろう。

 強いウマ娘が避けられるのは何も感情だけの話ではないのだ。勇気だけの問題ではないのだ。

 それでも彼女たちは、目の前の彼女は来てくれた。それは私たちにとって間違いなく追い風の一つだった。

 

「……数合わせを演じたことで満足しろ、って?」

「他の誰でもないきみの配役だ。あの日あの場所できみだけが担った枠だ」

 

 レースは既定の人数が揃わなければ開催できない。

 たった一人の勝者を決めるためのものではあるが、敗者を用意できなければそもそも勝者も存在しえないのだ。おてて繋いでみんな一等賞からは程遠い世界なのである。

 私がGⅠばかり狙う遠因の一つ。GⅠほど伝統と格式あるタイトルなら、名門名家と呼ばれるところのウマ娘たちが意地でも人数不足による不成立なんて発生させないだろうから。

 ……穿った見方をすればその価値を理解しきれているわけでもない伝統や格式を人質にGⅠを成立させている、と言えなくもないか。

 

「ほら」

「……っ!」

 

 差し出されたそれを見てトゥージュール先輩が息を詰まらせる。

 いつの間にか上を向いていた顔。そこに突き付けられるはもう何百何千と書いたか記憶する気も起きない数あるサイン色紙の一枚。

 そのサインの余白に『トゥージュールさんへ。私はあなたに八バ身差で勝利しました』と書き足したのはテンちゃんのセンス。正直、けっこうな嫌味なんじゃないかと思うんだが。

 だからといって反対するほどのことでもない。ただのサービスだ。料金が生じるようなクオリティを求められても困る。

 

「ぼくらはちゃんと憶えているよ」

 

 もはや言葉もなく。トゥージュール先輩は熱いものに触れるみたいに恐る恐る色紙に指を伸ばすと、間違っても落とさぬようぎゅっと胸に抱いた。

 

「どうして……ここまで……?」

「あなたが動いたから応えただけ。誰にだって同じことをするわけじゃない」

 

 べつに私たちは誰構わず手を差し伸べるような博愛主義者ではない。たとえそれが己のせいで夢破れ道を断たれた相手であったとしても、だ。

 

《そもそも他人を蹴落とすことが前提とすら言える競技の世界。博愛主義なんて掲げていたら潰れてしまうってもんさ。……いや、ルナちゃんが近いといえばそれに近い存在か。でもあれはシンボリルドルフだから潰れていないのであって、学園の適当な相手をくじ引きで選んで同等の重責を乗っけてやればまず間違いなくぺしゃんこになると思うんだよね》

 

 ただ、視界に入っていないわけではない。義務はないが義理のひとかけらくらいはある。

 一緒に公式レースを走った相手に『引退するから手土産に私のサインが欲しい』と求められれば、二つ返事で応じることくらいはアリの範疇だった。

 

 テンちゃんやデジタルはウマ娘箱推し勢だが、それぞれ自分なりのラインをちゃんと持っている。博愛のように相手を支える干渉の仕方はしない。

 自分で決めた一線を越えたらとたんに干渉をやめてしまうのでテンちゃんはいっそ気まぐれにさえ見える。本当に気まぐれで適当なことも多いけど。

 

「何なら踏み砕いた蹄鉄やトレーニング中に破裂したシューズなんかもおまけでつけちゃうぞ! 今日の朝練で生産されたばかりのとれたてほやほやだよー」

 

 いや、それ回収の日がまだ先だから部屋の隅に置いておくべきってだけのゴミじゃん。そんなんでいいのか。

 

「えっいいの!?」

 

 そんなんでいいんだ?

 

「それ単品じゃゴミ扱いされるだろうけど、サイン入り色紙とセットでネットオークションに流せばそれなりの値が付くでしょ」

 

 ああなるほど、という私の納得は「やらないよ、そんなこと!?」という悲鳴交じりの声に否定されたのだった。

 

「……ふぅー。でも実際に、売りに出せば数万はくだらないと思う。いくらこちらから強請(ねだ)ったからってタダでそんなの受け取れないよ」

 

 善意に値札をつけたいわけじゃないけど、何か払わせてほしい。

 トゥージュール先輩はそう宣ったのだった。ずいぶんとしっかりした人だ。

 たしかにトレセン学園はお嬢様学校の気質があるが、しょせん学園は入れ物に過ぎない。中に詰められるのは十代の少女たちであることに変わりなく、不良もギャルもパーリーピーポーも一定数存在している。だからこれは学園というより彼女自身の気質だろう。

 

《その代わりピンキリのピンの方は本当に天井知らずで、もはや貴族的ですらあるけどねー》

 

 家名を背負い、家に殉じる、なんて。

 個々人の意思や自由が尊重されている昨今の世情では流行らないだろうなと思う。

 でも彼女たちは意思や自由を押し殺されて家名の犠牲になっているわけではない。家と己は表裏一体。流れる血は分かちがたく。彼女たちにとって家とは己のことであり、代々受け継がれた責務を背負い使命を果たすことこそが自己実現なのだ。

 それすらも幼少期からの洗脳の結果に過ぎない、と言われてしまえばそれまでだけれど。正論を突かれて黙るという意味ではなく、ああ相互理解は不可能なんだなと諦観の境地に至るという意味で。

 一般家庭出身の私が名家を語るのもなんだけどさ。外から見て同じ空気を吸っているだけで感じるものはあるのだ。少なくとも自分しか見えてないのが一周回って自分すらろくに見えていないような人間が自己満足に浸るために軽々しくあげつらってほしくないなって。

 だいたい、私たちの身近にいるウマ娘でいちばんよさげな血が流れているのってあのテイオーだから。シンボリ家に連なるお嬢様だからあれでも。

 いいところに生まれたからって皆が皆、家に殉じる貴族的な生き方を強要されるわけではない。少なくとも現代では。あれはその生きた証明だろう。

 

「あ、そういえば。テンプレオリシュさんってもうすぐ誕生日だったよね。誕プレ贈らせてもらってもいいかな?」

「それはいらない」

「思った以上にキッパリ拒絶されたよ!?」

 

 ん、だって日本語って『いい』とか肯定なのか否定なのか曖昧な表現多いし。

 テンちゃんはそれを利用して相手を詐術にかけるけど、私はそこまで言葉を振り回すことに魅力を感じないし。

 

「あなただけじゃなくてみんな断ってるから」

 

 ひどい目にあったのだ。それはもう。

 ウマ娘の誕生日は一月から六月にかけての半年間に集中している。オーストラリアのような南半球になればまた話は異なるらしいが、北半球でトレセン学園に来るような優駿だとほぼ例外なくそうだと言ってよい。

 

《だから実は仕込む時期によってある程度産み分けが可能だったりするんだよね。あくまで『ウマ娘じゃない子供』を選択できるだけであって、狙ってウマ娘をこさえるのは難しいけど》

 

 仕込むとか言うな。生々しい。

 

 ともあれ、誕生日が一定期間に集中するということは、だ。トレセン学園における誕生日イベントの密度が通常の倍になるということになる。

 それでもウマ娘の経済状況によっては全然気にせず高額なプレゼントを贈り合うのだが、そうじゃない子だって多い。私はもちろん後者。

 実家が資産家でも学生のうちは金銭感覚を養うために小遣いの範疇でやりくりしている子は意外と多いので、実のところ後者が少数派ということもない。

 

《金持ちの金銭感覚を養うため学生のうちから真っ黒なカードを普段使いしている子も、もちろんいるけどね。ダイヤちゃんみたいな》

 

 年頃の女の子は何かと物入り。たかが誕生日イベントの開催密度が倍と侮ることなかれ。一回の誕生日に八百円をかけていれば倍で千六百円だ。

 なので小遣いの中でほそぼそと生活している子たちの間では、いつしか暗黙の了解のようなものができていた。だってやってもらった分はちゃんとお返ししないといけないから。お祝いしてもらうのは嬉しいけど誕生日ラッシュで破産しないために、一つ一つの予算は控えめに。

 そんなところにひょっこり湧いて出たのが九月生まれの私だ。誕生日ラッシュから少し外れた九月十五日生まれ。とびきり贅沢するわけじゃない。贔屓するわけじゃない。ただ、ほんのちょっぴり奮発してもお財布の残りHPは安全圏というだけで。

 ならやっちまうか! と思い切りのよいお嬢様がこの学園には多いのだ。そういうノリの良さ、フットワークの軽さが成功の秘訣なのかもしれない。

 

《ま、挑戦しなければ失敗すらできない。伸ばした手の数だけ何かを掴める回数は増えるだろうからねえ》

 

 小学校の頃の私は人付き合いが希薄で、友達に誕生日を祝われるという経験が少なかったことが災いした。

 トレセン学園に入ってからも誕生日を祝い祝われするくらいに交友関係が深くなったのはアオハル杯の影響が大きいし。入学当初からガンガン友達作りするほど私はコミュ強じゃないから。苦手意識がある分、意識して頑張ってはいたけどね?

 

 そもそも相手の誕生日を知ってる友達って当時の私の感覚ではかなり仲のいい相手なのだが、この学園ってデビュー済みのウマ娘はトゥインクル・シリーズのサイトにプロフィールが載ってるんだよね。

 誕生日どころか身長からスリーサイズまでばっちりである。何故か体重はふんわりしているが。

 

《スリーサイズの方はだいぶサバ読んでる子が多そうだけどね。あきらかに申告されたサイズよりデカい子が何人か……あえて誰とは言わんけど》

 

 申告した後に成長したけど更新してないってパターンもあるんじゃない? スカーレットあたりとかさ。

 

 ともあれ、だ。みんなの『予算に余裕があるしちょっと奮発』が重なった結果、そのお返し費用で私のお財布は大打撃を受けたのだった。小学校のころからコツコツ貯めていなければ致命傷だったかもしれない。

 その影響もあって二年目からは「お祝いメッセージ以上のものはいらない。お気持ちだけでじゅうぶん」と周囲に念押ししている。

 クラシック級になってからは知名度が高まったことでファンからも届くようになったしね。そのおかげで、あんまり高価なものはお礼の手紙と共に送り返す仕事が生まれた。

 お祝いしてもらえるのは本当に嬉しいのだけれど。去年といい今年といい、スプリンターズSという山場が迫る中で誕生日まで捌くには気持ちに余裕が足りない。プレゼントの仕分けも葵トレーナーにほぼ任せっきりで、私はお手紙の最後に直筆で自分の名前を書いたくらいだし。

 

「で、でもこれはお世話になったことへの恩返しも兼ねているわけだし……そこからお返しのお返しってエンドレスに続くとキリがないから受け取りっぱなしでいいし。ダメかな?」

「ダメ」

 

「取り付く島もない!?」

「ああだこうだと理由を付けて、例外をつくるのが面倒だから」

 

 一つ例外を作れば『だったら自分も』と、不特定多数が後に続こうとするものだ。

 同級生や先輩方はまだ抑えが利くだろうけど、問題は後輩たち。テイオーあたりは雑に扱っているが、あれはアイツが私のペースで振り回して壁に叩きつけても壊れない天才だからだ。一般的な後輩はうっかり潰してしまわないよう相応の距離がある。

 その距離感がやみくもな憧憬やら見当はずれの崇拝やらを醸成するのにちょうどいいスペースになっているらしく、下手に口実を与えたらガッツリ貢がれかねない。自分で言ってて何言ってんだコイツと思わなくもないが、実は私ってファンクラブがいるくらいには人気者なのだ。

 

《チーム〈パンスペルミア〉の大多数って実はエース陣、レギュラーメンバーのファンだもんね。おかげで人手が欲しいときは助かっているけどー》

 

 いまさらテンちゃんが集めた人材を使って何をしようと気にならなくなってきた。何か問題が起きそうになったら教えてネ。

 いまの財政状況ならあるいは、プレゼント爆撃を受けたところで致命傷には至らないかもしれないが。一度根付いた苦手意識というのはなかなか消え難い。

 そもそも、私って他者に誕生日プレゼントを贈ることにちょっぴり苦手意識があるんだよね。プチトラウマというかさ。

 

 昼休み終了の予鈴が鳴る。

 時間が有限というのはデメリットとして語られることも多いが、こういうときはメリットだ。やるやらないの無為な水掛け論を省略できる。

 

「時間ですね。次の授業に遅刻する前にどうぞ、お帰りください」

 

 それだけじゃあさすがに硬くて冷たい印象を与えるかと声を形にしてから気づいたので、続きを考えながら口を動かす。

 

「私だって恩を売り買いするつもりはありません。借りだと思うのであればいずれ、機会があるときに返してくだされば結構。あるとき払いの催促ナシってやつですね」

 

 これで砕けたか? どうだろう。自信がない。でもこれ以上のものを即興でひねり出せる気もしない。だからそのままお出しするしかなかった。

 

「……この恩はかならず、いつか返すから」

 

 ぎゅっと手を握られた。そのまま駆け足の背中を見送るかたちとなる。

 自分の手を見る。じんと痺れるような熱が残っている気がした。

 いや、気のせいではなく実際に残っている。

 こんな受け取り方は初めてだな。自分で言うのもなんだが、“捧げられた”ときってけっこう凄惨な光景になっていたから。

 これは私の何が、どう成長した成果なのだろうか。

 

《ふむ……。名称【ピンクのgladius】。最終直線に入ったとき前方にいれば速度上昇、スタミナの最大値と現在値との差が大きいほどに効果増量ね。

 一見、スタミナが多ければ多いほど効果の上がり幅が期待できる堅実な能力に見えるけど。速度が上がれば上がるほどスタミナ消費も増える。そうやってスタミナを消費すれば消費するほどますます速度が上がる。

 燃え尽きる前にゴールが来るか、ゴールにたどり着く前に燃え尽きるか。二つに一つの妥協を許さない固有スキルだな。おとなしそうな顔してなかなかロックな性能してんじゃん》

 

 そりゃあ、おとなしい子はトレセン学園にだってたくさんいるだろうけど。おとなしい()()の子が中央に来るわけがないし、仮に来たとしても今日まで残ることができるわけないもの。

 

 もしもこれが商談ならこの【領域】一つで十分に元は取れているが。あっちはそれでは納得しないだろうし、こちらだってこれ以上は貰いすぎなどと言うつもりはない。

 貰った分をお返ししたいだけで、受け取ったものに値段をつけてその対価を払いたいわけではないのだ。

 きっと、万一にそなえ両親に遺産を遺そうとしている私と同じように、ね。

 

 

 

 

 

 さて、後日談というか。

 数日後のできごとをいくつか。

 

 まず一つ。

 誕生日プレゼント、とは関係ないという体裁で。分厚い封筒が私宛に届いた。

 相手はテレビCMで名前を聞いたことあるようなリゾートスパ。中身は年間パスで、これ一枚で最高ランクの設備を年中無料で利用できるらしい。

 はて、私は株主になった覚えはないがどんな経緯でこんな優待券が……と同封されていた手紙を読み進めていったところ、なんでも中央のウマ娘を対象にした無作為なテスターに選ばれたのだとか何とか。一流アスリートの心身に蓄積した深刻な負荷だってほぐしきってしまうような、金払いのいい層を新たなターゲットにしたコースを検討中とか。

 対価はアンケートに答えるだけらしいが、実際にサトノグループでテスターを経験した身から言わせてもらえればアンケート内容はザルもいいところだった。本当にこの内容で対価として設定されたものであれば、もっと微に入り細を穿つチェックリストになっていて然るべきである。これでは街頭アンケートと大差ない。

 普通なら詐欺を疑う状況。あまりに美味しすぎる。いらないなら破棄してもらって構わない、断りの連絡も不要と、渡した物の価値に対して縛りも緩すぎることだし。

 ただ、テンちゃんの言葉に従ってさらに調べを進めていったところ、どうにも詐欺ではないっぽい。

 

《ここまでされたんなら素直に騙されておく方が(いき)ってもんじゃない?》

 

 効率よく努力すれば凡人も天才に勝てると言ったところで、天才が同じ質と量の努力をすれば凡人には勝ち目がない。そして得てして天才と呼ばれる者は凡人と呼ばれる者たちよりも圧倒的に努力を欠かさないものだ。

 そうやってより才能に劣る者が淘汰されていき、同レベルの上澄みばかりが残ったのなら、あと差が付くのはどれだけ高水準の努力できる環境を用意できるかだ。つまり親の経済力の差が子供の実力差となるパターンが往々にして存在している。

 そして名門、名家と呼ばれるところは才能のある者が成果を出し、その成果で得た地位と金銭をもって環境を整え、そこにまた才能のある者が集うといった循環を繰り返してきた組織である。

 中央とはそういうところで生まれ育った子たちが門を叩く場なのだ。

 

《まあつまり、不良もギャルもパーリーピーポーもいるにはいるが。石を投げればけっこうな確率で社長令嬢クラスに当たるのがトレセン学園というところの側面なんだよね》

 

 中央も桐生院家も言うまでもなく超一流の設備を用意しているが、やはりトレーニングに重点してリソースが割かれている。

 明確にリラクゼーション施設として作られたリゾートスパと比べると心身を回復させるという一点ではやや見劣りするものであり、そして心身の回復はこれからの秋シーズンを鑑みるに少しでも充実させておきたい。

 ……これはありがたく頂戴しておくとしよう。

 

 そしてもう一つ。

 ついにスプリンターズSの枠順が決定し、公開されたのだが。

 一枠一番、タイキシャトル。

 一枠二番、サクラバクシンオー。

 私は四枠七番。ついでに言うと天気予報はしばらく快晴が続き、当日はバクちゃん先輩が最も力を発揮できる良バ場になりそうとのこと。

 幸運なんかじゃない、間違いなく自分がこの時代の最速最強なのだと胸を張れるよう舞台を整えておいたよー、と親指を立てる運命の女神を幻視する。

 

 こちらもぜひとも指を立てて返したいところだ。

 やはり中指だろうか。親指を天に向けた後ぐるりと百八十度回転させるのも捨てがたい。

 これは、死んだか? 準備しておいてよかった。遺書とか戸籍とかその他もろもろ。

 

《うーん、致命傷ではあるが即死ではないかな》

 

 テンちゃんはこんなときさえ投げやり気味に冷静だ。

 

《そして致命傷も即死さえしなければ、適切な処置をすれば癒える傷だ。ひとまず生き延びることに全力を尽くそう》

 

 それで死なずに済む相手? 半身の生温い俯瞰がありがたいやら腹立たしいやら。

 一緒にパニックになってほしいわけではないけれども、モヤモヤするものはある。

 

《んー……。この世界におけるサクラバクシンオーは『サクラバクシンオー号』ではなく、『学級委員長サクラバクシンオー』である。その一点につけ込む隙はある、といいなぁ》

 

 あまり頼りにならない分析を挟みつつ。

 

《とにかく全力だ。魂を燃やし尽くす勢いで全力でいこう》

 

 秋ローテの開幕は、秋シニア三冠完走などとは程遠い地点からのスタートとなりそうだった。

 

 




次回、???視点
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。