「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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今回はハルウララ視点です。

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サポートカードイベント:春風は仰ぎ見る

 

 

U U U

 

 

 “さいきょー”って、どんな感じなんだろー?

 スプリンターズSのパドックでわたしはそう考えてみる。

 

『一枠二番、サクラバクシンオー。一番人気です』

『絶好調ですねえ。昨年の敗北を経てなお、この面々の中でもなお、彼女こそが短距離最強なのだというファンからの信頼は揺らぎませんサクラバクシンオー。王座を奪還できるか注目です』

 

 普段のバクちゃんがぎゅーん! って感じなら、今日のバクちゃんはぎゅわわわーん!! って感じ! おひさまに照らされてきらきらしてるっ。

 バクちゃんは、短距離で“さいきょー”? うん、たしかに今のバクちゃんはとっても速そう。にんじんたくさん食べてきたのかな? 一緒に走ったら一緒にびゅんびゅーんって風を感じられてとってもワクワクしそう。

 私も走れたらよかったのにな。でもその分、今日は応援をいっぱいいっぱい全力でやっちゃうぞー!

 

『四枠七番、テンプレオリシュ。二番人気です』

『二番人気となりましたが実力は負けていませんよ。今年も短距離を制し、全距離GⅠ連覇という前代未聞の偉業を成し遂げるのでしょうか』

 

 リシュちゃんがこのレースに出走しているもう一人の“さいきょー”。あれ? テンちゃんがいるからもうふたりになるのかな? うむむ、そうなるとさいきょーはふたりじゃなくてさんにん? うむむむむ???

 こっちはどんな“さいきょー”? 時代? 世界? 史上? よくわからないけど、なんかもうとにかくすごいんだって!

 今日のリシュちゃんはちょっとかたくて、おもたい感じ……がするかも? 緊張してるのかな? てのひらにウマって書いて飲み込めばいいって聞いたことあるよ!

 それを聞いて、わたしがためしてみたときはなかなかうまく飲み込めなかったけど。よくよく考えてみたら最初から緊張してなかったもんねっ! だから飲み込めなかったのかも。

 でもお薬を飲むのも苦手だし、わたしがただ何かを飲み込むのが苦手なだけかもしれないねー?

 

 いつも一番を目指してがんばって走ってるけど、わたしはさいきょーなんて言われたことないや。“最弱のウマ娘”って言われたことならあるけど。

 

『七枠十三番キングヘイロー、十一番人気です』

『ちょっと厳しいメンバーですが健闘を期待したいですね』

 

 あ、キングちゃんの番だ!

 

「この方の名前はー!?」

『キング!!』

 

「誰よりも強い?」

『勝者!』

 

「その未来は?」

『輝かしく! 誰もが憧れるウマ娘~!』

 

『キーング! キーング! キングキングキングキングッ!!』

 

 今日スプリンターズSに出走するのはわたしのルームメイトで、一流ウマ娘のキングちゃん!

 ファンのみんなが声を合わせて応援するやつ、“キングコール”はオリジナル版も、デジタルちゃんが作ったっていうアレンジ版もむずかしくって、なかなか覚えられなくて、タイミングも合わなくって。

 でもウララちゃんは自分のタイミングで好きなように応援するのが一番だよーって言ってもらえたから、全力でおなかの底から声を出してわたしも応援するんだ!

 

「キングちゃ~ん! が~んばれ~!!」

 

 パドックの上のキングちゃんはつんと澄ましたお顔で、でも不敵に笑って声援に応えてくれた。

 バクちゃんもリシュちゃんも強いけど、きっとキングちゃんが勝つよ。

 だってあんなにがんばっていたんだもん!

 

「えっ、キングヘイローってまだ出るの?」

「ピークは過ぎているだろうし、何より相手が悪すぎるだろ。サクラバクシンオーやテンプレオリシュに勝てるとは思えないんだがなあ」

 

 そんな声が聞こえてびっくりしちゃった。思わずそっちを見ちゃう。

 コールを先導していたキングちゃんの友達もぎゅっと耳を後ろに絞ってそちらに向き直った。

 

「静聴!」

 

 ぴしゃん、と手を打ち鳴らしたみたいに。

 キングちゃんの言葉が響いて一瞬みんなの動きが止まった。

 

「私の走りを見てどう思おうと何を感じようと、それは見た側の勝手だわ。他者がどうこう言えることじゃない。

 でも、それはこちらも同じこと。私が私らしくあることを、他の何者にも咎めさせやしない。どれほど言葉で飾ろうと、走りの前では虚飾になり下がる。それがレースだもの」

 

 一流の走りを見せてあげる。とくと御覧なさい。

 そう言い放って胸を張るキングちゃんはとってもカッコよくて。

 そういえばむかし、キングちゃんに似たようなことを言われたことがある。うーん、いつだっけ? どんなときに言われたんだっけ?

 

 えーっと、たしかトレーナーにスカウトされた後だったよね。

 うーん、いつだったっけ? さいしょから思い出してみよー。

 

 

U U U

 

 

 はじめて会ったときのトレーナーはねー、アタマが金色のキラキラでお袖がぶかぶかのスーツ着てた! あまーい香水のにおいもしてたっけ。

 

「きみの走る姿に感銘を受けた。ぜひとも一緒にトゥインクル・シリーズを走らないかい?」

 

 今度こそ勝つぞーって走って、でも負けちゃって、でも次こそ勝てる気がするからもっとがんばるぞーって走ってたわたしをスカウトしてくれたの。

 すっごくうれしくって、うん! ってすぐに頷いちゃった。

 

「本当にあの人で大丈夫なの……?」

 

 キングちゃんはなんだか心配してたけど。なにか変だったのかなー?

 わたしが一着になりたい! って言ったら任せておけ! きみを絶対に勝たせてみせる! ってすぐに頷いてくれたのに。白い歯がきらーんって光っていたのに。

 一着ってどんな気持ちなんだろう? ただ走るだけでもこんなに楽しくてワクワクするのに、みんなより先にゴール板を駆け抜けたらもっともーっとすごいのかな? すごすぎてひっくり返っちゃうかも!

 

 じつはよくわからないままやってたトレーニングを、トレーナーにちゃんと見てもらいながらやるようになって。

 

「……これまでずっとそれで走ってきたのか?」

「うん!」

 

「…………よし、まずはフォームの矯正からだな」

「はーい!」

 

 わたしはどんどん速くなっていった、気がする! だって毎日たくさんがんばったんだもん。にんじんもいっぱい食べたし!

 トレーナーの言うとおりにやってたらね。これまで模擬レースでずーっと十人中十着だったのが、九着とか八着とかを取れるようになったんだ。すごいよね!

 もっとたくさんのレースを走りたいな。次こそ一着になれる気がするもん。楽しみで耳と尻尾がそわそわしちゃう。よーし、がんばるぞー、おー!

 

「お前は、本当にそれでいいのか?」

「トレーナー? どうしたのー?」

 

「……いや、なんでもない。次のメニューだが」

 

 でもね。よーくよーく思い出してみたらね。

 このころからもう、トレーナーはなにかちがうと思っていたのかな? お顔がどよーんってしていたときが、あったような気がするんだよね。

 

 

 

 

 

 高知から移籍してきて、すぐにせんばつレースに出て、すぐにスカウトされてー。

 たくさんたくさんいろんなことがあったのに、もっともーっと中央トレセン学園にはいろんなことが起こるみたい。

 アオハル杯っていうのが始まったんだ。えへへ、ワクワクするね!

 説明会があったんだけどよくわからなくってー。うむむー、ふにゃーんってなってるうちに気が付いたら終わっていたんだ。でもね、お友達に聞いたらすぐに教えてもらったよ。

 チームをつくってみんなで三年間かけて走るんだって! わー、すごく楽しそう!!

 その子とおんなじチームになろうねーって約束して、でもトレーナーがくれたメニューでへとへとになっちゃって。つづきはまた明日ー。

 次の日起きたらそのことはつい忘れちゃってて、また別のお友達とおんなじチームになろうねーってお話しして、その日もまたトレーニングでへとへとになっちゃって――

 

「ウララはアオハル杯に参加するのか? もうすぐ締め切りだぞ」

「ええー!?」

 

 トレーナーに聞かれて気づいたらカレンダーが九月になっちゃってた!

 どうしよー、タイムスリップしちゃったの!? と思ったけど。よくよく思い出してみたら昨日の晩ごはんも三時のおやつも思い出せて、その前の日もその前の日も何を食べたのかちゃんと思い出せるから、毎日がびゅんびゅんすごい早さで過ぎて行っちゃっただけみたい。

 夏休みのおわりにトレーナーと宿題をかたづけた思い出もある気がするもん! キングちゃんも手伝ってくれたよ!

 

「はぁー。どうせいろんなヤツと同じチーム組もーって約束して、約束だけして実行に移す前に忘れてたんだろ?」

「えー、すっごーい! トレーナーって“えすぱー”なの?」

 

「言ってる場合か。約束は守らなきゃダメだろ。ほら、誰と同じチームになる約束をしたのか死ぬ気で思い出せ。あちらさんが既に他のチームに所属しているんならともかく、律儀に待ってくれているのなら応えなきゃならん」

「はわわわ……」

 

 トレーナーと一緒にふたりでうんうん頭をひねって、それだけじゃ足りなくてふたりであちこち駆け回って、なんとか約束した子たちを見つけていった。

 もうチームに入っちゃった子もいたけど、まだチームが決まっていなかった子もたくさんいたよ。

 でもでもチームの人数制限をオーバーしちゃうほどじゃなくて、みんなでおんなじチームになれた。わーよかったー。

 

「このチームはウララちゃんが集めたようなものだから、ウララちゃんがチーム名決めていいよ」

「うんうん、異議ナーシ」

 

 いざチームになって、チームの名前を決めなきゃいけないってなったときに、みんなはそう言ってくれたんだ。やったー!

 でも……うーん、急に言われても思いつかないよー。

 

「チーム名は大事だが、それ以上に締め切りはだーいじだ。公式チームじゃないんだからぱっと思いついたのでいいぞー」

 

 そう言いながらアオハル杯チーム結成の書類を書き込んでいくトレーナーの頭は、いつの間にか頭のてっぺんが黒くなっていたんだ。まるでプリンみたいに。

 

「あ、プリンたべたい」

 

 チーム名は〈にんじんぷりん〉に決まった。

 

 

 

 

 

 メイクデビューでは六着だった。

 すごいすごい、トレーナーはやっぱりすごい! こんな上の順位はじめてっ!

 うう、からだの奥からカッカって熱いものがどんどん湧き出てる。ワクワクもドキドキもたくさんたくさん!

 それでね、デビューしたらね、これまでよりもっとたくさんレース場で走る機会が増えたんだ。いっぱいレースに出て、勝負を重ねて経験を詰むんだって、トレーナーが言ってた。

 うっらら~♪ わたし走るの大好き! デビューしてよかったー!

 たくさん走って、いちばん戦績がよかったのがメイクデビューだったけどね。七着とか八着とか。いっしょうけんめい走ったけど、メイクデビューの六着より上の順位になるのはむずかしかった。

 だけどね、ちゃんと最後まで走りきったんだよ。えらいでしょー?

 

「くそっ、やっぱり入着の壁は厚いか……!」

 

 レースの後、トレーナーは難しい顔をしていることも多かったけど。ちゃんと走ったよーって言いに行ったら眉毛を下げて笑って迎えてくれた。

 みんな速いねー。でも次こそ負けないぞー。

 もっともっと、いーっぱいにんじん食べて、たくさん走って、トレーナーが作ってくれたトレーニングメニューもこなして。

 次こそ一着になるんだー。次は一着になれる気がする! だってわたし、なんだか強くなってる気がするんだもん!

 

 年末はアオハル杯。

 みんなと一緒に走れて楽しかった! 負けちゃったけど。

 それでね、わたしたちのチームに勝った方のチーム〈キャロッツ〉に、移籍してみませんかってお話になったの。

 じつはアオハル杯ってずっとおんなじチームじゃなくて、そのときそのときでメンバーが自由に変わっていくものなんだって。へー、そうなんだ。教えてもらった!

 教えてくれたトレーナーはね、とっても乗り気にみえた。わたしは走れたら楽しいからどんなチームでもよかったんだ。みんなはどうする?

 

「んー、ウララちゃんはあっちのチームに行った方がいいんじゃないかな?」

「うんうん、ウララちゃんはもっと上にいく子だと思う」

「『ハルウララはワシが育てた』ってどや顔で自慢する準備は万端だよー」

 

 チームのみんなもそう言ってわたしを送り出してくれた。うん、がんばるね! あれ? でもみんなは一緒に来ないの? なんでだろー?

 

「ハーイ、ウララ。ワタシも今日からチームメイトです! よろしくお願いしマースっ!」

「わーいタイキちゃんだー!」

 

 新しいチーム〈キャロッツ〉ではおんなじ時期にアオハル杯チームに入ったタイキちゃんがぎゅーっとハグをしてくれてうれしかった!

 これからはゴルシちゃんやブライアンちゃん、ウオッカちゃんやスカーレットちゃんとも一緒だね!

 

「カンガルーだ、オマエはカンガルーになるのだ……!」

「わーい、ぴょんぴょん、あははははは!」

 

「鳴き声は『キャンキャンベラベラカンガルー!』だ!」

「はーい、きゃんきゃんべらべら~」

 

「……いや、あれってオーストラリアの首都を覚えるときの語呂合わせ的なアレだよな? カンガルーの鳴き声はそんなんじゃねーってちゃんとウララ先輩に教えた方がいいか?」

「別にいいんじゃない? ゴールドシップ先輩だって騙しきるつもりで言ってるわけじゃなさそうだし。それにこう言っちゃなんだけど、仮に間違って覚えたのを披露したところで恥をかくようなお人柄じゃなさそうだもの」

 

 ウオッカちゃんとスカーレットちゃんがごにょごにょお話ししている横で、ゴルシちゃんと一緒にカンガルーになった。カンガルーはウマ娘よりも速いんだって。わたしもカンガルーになったからびゅんびゅん速くなるよー。

 〈キャロッツ〉のみんなとやるトレーニングはこれまでやったことがない変わったものが多くって、あっという間に時間が過ぎちゃう。はわわ、もしかしてわたし時間を追い抜かすくらい脚が速くなっちゃったのかな?

 

「明らかに、動きにキレが増している……こんな、ことが……」

「戦慄と畏怖の視線を向けられているところ悪いんだけど、こちらもここまで即座に形になるとは思わなかったよ。コツを掴んだってところかな。コツを掴んで急激に形になるのは、組み上げるための基礎と材料が事前に揃っていたということだ。こっちは最後の一押しをしただけ」

 

「…………その『一押し』を掴むのにどれだけ苦労してるとおもってんだよ、天才が」

 

 トレーナーもおんなじチームのトレーナーたちとお勉強会してた。ぎゅーっとおでこにまでしわが寄ってむずかしい顔をしている。わかるー、お勉強ってたいへんだよねー。

 このころになるとトレーナーの服はお袖がぶかぶかじゃなくなってた。わたしもそうだよ。ウララはすぐに大きくなるからねって、少し大きめのお洋服買ってもらうことが多いんだ。

 トレーナーも成長期なんだ。おそろいだね!

 

「ほらウララちゃん、おじちゃんたちからのお年玉やでー。これな、おじちゃんたちみんなで作ったおべべ。この花の模様はおっちゃんが描いてな? ウララちゃんをイメージしたんや。よかったら着てな。その気になれば勝負服としても使える優れもんやでー」

「わーい、ありがとう!」

 

「ちょっと先生なにやってるんすか? 下手すればそれ贈与税とか発生するんじゃ……」

「えー? ただの老人どものハンドメイドやん。いまどき流行りのDIYってやつやん? お値段は材料費くらいやもーん」

 

「このクソじじい……!」

「はっはー、持つべきものは友達やでぼうず。昔の友達は大切にしておくもんや。歳とってから頼りになんで? 手に職持ってたり、法律に詳しかったりするやつらは特にな!」

 

 お正月は商店街のおじちゃんからもらった着物で初もうでに行った。勝負服になるなんてすごい! いつかこれを着てレースを走りたいなー。

 年が明けて“くらしっく”級になる前も、なってからも。商店街のおじちゃんやおばちゃんがたくさん応援してくれた。トレーナーと一緒にいっぱいいっぱいあちこちのレースを走ったけど、みんな何度もレース場まで応援にきてくれた。

 後援会? っていうのも結成して、わたしの応援をしてくれているんだって。なにそれすごい、わたしも後援会はいりたいなー。

 そう言ったら『ハルウララの後援会にハルウララが入ってどーすんだ』ってトレーナーにあきれられちゃった。なにがおかしかったんだろー?

 

「トレーナーっておじちゃんたちと知り合いだったの?」

「ああ、実家がちょっとな……」

 

 そのときは教えてくれなかったけど。

 春になってあたらしい新入生の子たちが入ってきて、“実家のこと”はちょっとだけわかったんだー。

 

「あ、ニーサンじゃないっすか。うっす、おひさしぶりっす」

「おー……んんんん!? え、お前あいつか? だいぶ雰囲気変わったな! 一瞬だれかわからんかったぞ」

 

「にひひ、イメチェンっすよイメチェン。いわゆる中学デビューってやつっす。そっちこそなんか地味っつーか、社会人っぽくなりましたねー。前はいい年こいてホスト崩れみたいなチャラついたカッコしてたのに」

「あのツラの裏でそんなこと思ってやがったのか……」

 

「拗らせていた反抗期がようやく終わったっすか?」

「言いたい放題言いやがるなコイツ……!」

 

 親戚の子がいたみたい! むかしのトレーナーのこと知ってるなんていいなー。今度おしえてもらおうかな?

 たしかにトレーナーは初めて会ったときよりだいぶ頭が黒くなってた。あまーい香水のにおいも最近はしないで、制汗剤のすっきりしたにおいがするようになってる。

 

「それにしても、そっちこそどうしてデビューした結果がそんなキャラになったんだ? ……まさか、オレの悪影響か?」

「ははっ、ニーサンごときが自分に影響を及ぼせる気でいるなんてマジウケる」

「オイ」

 

「寮で相部屋になった子に借りたマンガでちゃんと勉強したんすよ。中等部とはいえ中央に入学し、いまここにいる自分にふさわしいジブンであろうと」

「真面目と努力を明後日の方向に全力暴投してんじゃねーぞコラ。いちおうそれ人生の貴重品だからな?」

 

 トレーナーの実家は地元ではそれなりに有名で、ウマ娘の名家ともつながりがあるんだって。中央に来るトレーナーやウマ娘はそういう血のつながりや縁のつながりが稀によくあるものなんだって、あとで教えてもらった。

 

「ほら、あんま大きい声じゃ言えないが。トレーナーとウマ娘が()()()()関係になるってのはままあることだからな。名門同士、実は血縁関係ありますって珍しくないんだわ」

 

 うーん、あんまりよくわかんないけど……。

 中央に来ても前からの友達に会えるなんてステキだねー! って言ったら『そうかもな』って頭を撫でてもらったんだ。わーい。

 

 新しい年になってもやることはいっしょ! トレーナーと一緒にたくさんのレースを走るよ!

 ちょっぴり変わったのは順位がどんどん上になっていったこと! 六着だったのが五着になって、五着が四着になって、三着になって。

 二着を飛ばしてついに一着! わーいわーい、一着だ! はじめての一着だぁー!! 想像していたよりずっとずっとうれしい!

 もっと走りたいな。走るだけで楽しくてワクワクするけど。一着になったらもっともっと楽しくてワクワクする! だったらもっともっと一着をとったらずーっとずーっと楽しくってワクワクだー!!

 

「トレーナー! 一着だよ一着! ゴールした時、前に誰もいなかった! わたし一着になったんだよ!」

「ああ、おめでとうウララ」

 

 よくやったな。

 そう言ったトレーナーの顔は笑っていたのに、なんでだろう? どこか痛いのをがまんしているように思えちゃったのは。

 

「トレーナー? おなか痛いの? にんじん食べすぎちゃった?」

「……いや、大丈夫」

 

 これで夏合宿にいけるな、って頭を撫でてくれた。撫でられてうれしくなってきゃーってなっちゃって、それ以外のことが頭からぜーんぶ飛んでいっちゃった。

 忘れたことはいつか思い出せるけど。飛んでいったことたちはいつか帰ってくるのかな?

 夏合宿の前にフクちゃんとライスちゃんが仲間になって、チームはもっとにぎやかになった。

 

「今日の吉方は北北西と出ましたっ! ランニングはぜひそちらにいきましょう!」

「うん! いこーいこー! あ、ちょうちょだー」

「待ってくださいそっちは南東ですー!?」

 

「みんなで走るとたのしーねー!」

「……ウララちゃんはすごいね。私も負けないようにしないと。がんばれライス、がんばれ……おー!」

 

 夏合宿では〈パンスペルミア〉と合同でトレーニングして、リシュちゃんやマヤちゃんやデジタルちゃんと仲良くなった。

 

「ねーねー、さっきの“にんぽー”わたしにも教えてー!」

 

「忍法……?」

「ほら、さっきのあれじゃないかな? リシュちゃんがスカーレットちゃんにやってた。にんぽーすりぬけのじゅつー」

 

「ああ……。と言ってもなー。ただのフェイントと足さばきと体幹と筋力のごり押しの合わせ技なんだけど……」

「複数の要素が合わさっている時点で『ただの』で済ませていい技ではないと思われます……たしかにいずれも基礎に該当する技能ではありますが、リシュさんのものは総じて超絶技巧レベルまで磨き上げていますし」

 

 合同トレーニングで砂浜をかけっこしたけど、結局リシュちゃんのことは一度も捕まえられなかった。すごい! わたしもそんなふうになりたいな。

 マヤノちゃんとデジタルちゃんはリシュちゃんと同じ〈パンスペルミア〉チームだからなのか、よくリシュちゃんと一緒にいるところを見かける。

 スカーレットちゃんはあの二人は翻訳係よ、って乱暴な口調で吐き捨ててた。ほんやく? リシュちゃん日本語話しているけどなんで?

 

「うーん、どう説明したものか……ほら、ハルウララってたまに蝶を追いかけてるだろ?」

「うん。つい追いかけちゃうんだー!」

 

 トレーニング中でもうっかりそれを忘れちゃうんだよね! でもね、トレーナーの言うことをどうでもいいって思ってるわけじゃなくて。次こそ気をつけようってそのたびに思うんだよ。毎回忘れちゃうから毎回しっかり思うんだ!!

 

「それで、見失っちゃうことない? ずっと見ていたはずなのにさ」

「ああー! あるある! ちょうちょがふっと消えちゃうの。なんでわかるの!?」

 

「そういうもんなんだよ。それって実際は蝶が消失マジックしているわけじゃなくて、無意識に予測して目で追っている方向と実際に蝶の動く方向がズレることで起こる現象なんだ。フェイントも足さばきも体幹と筋力のごり押しも、結局はそれを人為的に引き起こすために必要な要素で……」

「うーん???」

 

 いっしょうけんめい聞いてたけど、あたまがぐるぐるーってしてきた。

 

「うん、つまりトレーナーの言うことを聞いて一生懸命努力していれば、いつかは蝶のまねごとができるようになるかもしれないってことだな!」

「おおーっ、わかった。わたしがんばるね!」

 

 ちょうちょだ、ちょうちょになるんだー!

 

「あれが俺たち世代の最強、か……」

 

 トレーナーがリシュちゃんの走りを見てちょっぴり怖い顔をしていたけど、どうしたのーって話しかけにいったら笑顔に戻ったよ。よかった!

 

 時間がびゅんびゅん過ぎていく。わたしの脚もびゅんびゅーんって速くなってく。

 おーぷん? じゅーしょー? よくわからないけど、みんなと一緒なら楽しーよ! トレーナーと一緒ならどこまでだっていけるよっ!

 暑かったのが涼しくなって、ちょっぴり肌寒い日が増えていく。寝ぼけてキングちゃんのふとんに潜り込んで怒られる朝も増えてきた。でもそのあとでちゃんとわたしの寝ぐせを直してくれるからキングちゃんやさしくて大好き!!

 

 その日は補習だったの。テストでぜんぶ答えたから花丸もらったんだけど、たくさん間違えちゃってたから。そのせいでトレーニングにいくのが遅くなっちゃった。

 みんなもう行っちゃったかなー。

 

「センパイ。例の件、考えてくれましたか?」

「先輩って、トレーナー歴ならそっちの方が上じゃないか」

 

 チームの部室に近づくとやっぱりみんなの気配はもうなかったけど、かわりに中からトレーナーの話し声が聞こえた。ゴルシちゃんのトレーナーさんと何かお話ししているみたい。

 ふっふっふ、こういうときは“にんぽー”とーめいの術! たいせつなお話はじゃましちゃいけないもんね! じゃましちゃわないように、まずは遠くから様子をうかがうんだよね? ちゃんと教えてもらったの覚えてるもんっ。

 だからこっそり近づいて、ドアに耳を当てる。こそこそー、何をお話ししているのかなー?

 

「ああそうっすよ。俺の方が先に中央入りはしましたよ、たしかにね。それでずーっとサブで粘り続けて、専属になったのはウララが初めてなんで専属トレーナー歴はそっちがセンパイっす」

「そう卑下するものでもないだろう。サブトレーナーで経験を積むのは定石だ。むしろ俺や桐生院トレーナーの方が常識破りの数段飛ばしだっただけの話さ。俺はゴルシに袋詰めにされてなきゃいきなり専属やろうなんて思わなかったし、桐生院トレーナーだってミークに出会わなければどこかのチームのサブに入っていた」

 

「経験なんて、そんな前向きな動機じゃないっすよ。先輩なら知ってるっしょ? うちは桐生院サンとこと同じ。まあトレーナーの名門ってやつなんすわ。敷かれたレールに反発するほどのやる気もなくって、まあ勉強もできた方なんで? 反発したところで他にやりたいことがあるってわけでもないんで、流されるままにしてたら中央のトレーナーライセンス手に入れてたってクチなんすわ」

 

 うーん、あんまり楽しいお話じゃなさそう?

 もっとわくわくする内容にならないかなー。昨日食べたにんじんパンが美味しかった! とか。とっても美味しかったからトレーナーにわけてあげようと思っていたんだけど、とっても美味しかったから気づいたらぜんぶ食べちゃってたんだよね。

 

「そんなだから他人の人生の片棒背負うような面倒なこともマジ勘弁って感じで。激務と評判の中央の雑務も実際にやってみたらわりとなんとかなったんで? 『お前もう経験は十分積んだろ。いい加減担当もて。人手不足なんじゃ』って上から最終通告が下るまでサブや教官を掛け持ちしてダラダラしていたって感じなんす」

「でもそれは相応の器があると判断されたが故なんじゃないかな。こいつはダメだってなったら万年雑用から抜け出せないだろ。縁故の力が強い業界であることは事実だけど、縁故だけで誰かのお子さんの未来を任せるほど腐りきった業界でもないはずだ。違うかい?」

 

「ははっ、だったらいいんすけどねぇ。俺がどうしてハルウララをスカウトしたか知ってますか?」

 

 トレーナーは笑う。

 笑っているのに怒っているみたいで、なんだか怖くて、とてもつらそうだった。

 

「一目でわかりましたよ。ああ、コイツだって。実力がぜんぜん伴わないのに愛嬌の一点突破で面接をパスしたウマ娘がいるって噂、一部じゃ評判でしたからね。

 何度負けてもヘラヘラ笑って手を振ってるコイツなら、勝たせることができなくても、三年間負け続けでも、ヘラヘラ笑ってお別れすることができるんじゃないかって……そう、思ったから……そう思ってたのに……」

 

 心臓がどきどきする。

 呼吸があらくなって、聞こえないよう口を手でおさえる。

 なんでこんなことしてるんだろ? 自分でもわからない。わからない、けど。

 ドアをどーん! って開けて中に入っていく気分には、どうしてもなれなかった。

 

「あんなに楽しそうに走っている子が勝てないことに、あれだけ一生懸命に努力している子が報われないことに、こっちの方が先に堪えられなくなるなんて、想像もしていなかった……!

 覚悟もなく手を伸ばした。勝たせてやるって口先だけで約束した。俺なんかがスカウトしていい子じゃなかったんだ!!」

 

 ありゃ?

 

 わたしはトレーナーといっしょに走れて、とても楽しかったのに。

 ……トレーナーはそうじゃなかった、のかな?

 

「でも君は勝たせた。その一勝の価値は、トレーナーとしても否定させるわけにはいかないね」

「ああ勝ちましたよ! おかげで夏合宿にも参加できましたよ! おかげでぐんぐん今もなおアイツの実力は伸びていますよ! でもねえっ!」

 

 ひゅうっと息を吸う音がここまで聞こえる。

 

「オレの腕じゃありません。自分が一番よくわかっています。中央にその人ありと言われたゴルシT、その手腕のおこぼれにあずかっただけだって!」

「それ以上言うならこちらも怒らざるを得ないよ?」

 

「ああどうぞ殴るならいくらでもぶん殴ってくださいよォ! その代わりウララのことは引き取ってくれますか!? オレが考えなしに出走させては負け続けさせたせいでいまだに『どれだけ負けても笑顔であきらめないド根性ウマ娘』『最弱だけど笑顔がステキなウマ娘』なんてマスコミは騒ぎ立てちゃいますが、アイツは中央の七割が越えられない未勝利の壁を越えた優駿です。このまま伸び続ければ重賞にだって届く。GⅠだって狙えるッ!」

「やれやれ。どうやらいまの君に必要なのは拳じゃなくて、一服の紅茶のようだね。ちょうどゴルシが面白い茶葉を入手してくれたんだ。一杯入れよう」

 

 金属の缶が空く音や、カチャカチャとスプーンがカップと当たる音がかすかに聞こえる。

 それを塗りつぶすみたいに、トレーナーの興奮した声がドアの隙間から漏れ出ていた。

 

「アイツの、ウララの何が不満なんですか!? たしかに戦績こそ先輩とこには見劣りしますが、ファンの規模は負けちゃいませんよ! グッズの利益でウハウハっすよ!!」

「利益って意味ならうちの三人娘で十分すぎるほど稼いでくれているからねえ。……それに、すべてがすべてそうってわけじゃないが。“最初の三年間”のさなかの移籍はトレーナーかウマ娘、どちらかに重大な落ち度があったと見做される風潮が中央にはある。

 君の言う通り、現状のハルウララは負け続けのウマ娘というイメージが強い。一方で君は名門トレーナーの若手。この状態で関係を解消した場合、どちらが瑕疵があったと周囲に思われるか、ちゃんと考えたかい?」

 

「……それ、は」

「まずはちゃんと“最初の三年間”を勤め上げるんだね。しっかり成果を出した後、お互いに次のステップに向けて新たなパートナーを探すのはままあることさ。そのために特別移籍というシステムが別途用意されているわけだし」

 

 いせき? 遺跡?

 ……移籍?

 

「…………それでもオレは、アイツをふさわしい場所に少しでもはやく立たせてやりたいんです」

 

 

 

 

 

 けっきょく、わたしはドアを開けることができなかった。

 ちょうちょを追っているみたいにふらふら~って、気づいたら部室の前を離れていた。

 あ、どうしよう。トレーニングさぼっちゃった?

 どうしよう、どうしよう……ほんとうにどうしよう。

 

「あれ、ウララちゃん? こんなところでどうしたの? 蝶……はさすがにこの時期にはいないよね?」

「いやどうだろう。めっちゃ気合入ったやつが冬に飛んでるの見たことある気がするよ。ほら、セイちゃんの鼻に留まってたやつ」

「なんか顔色暗くない? 体調悪い? 保健室いっしょに行く? もし悩みがあるなら聞くけど。なーんちゃって、ウララちゃんにそんな…………え、マジで?」

 

 ふらふらしてたらランニングしてた友達に出会って、悩みを聞くって言ってもらったのでお話ししてみたの。

 どうすればいいのかなって。

 わたし自身、よくわかっていなかったから相談された友達も何を相談されているのかよくわからなかったみたいだけど。

 

「えっと、つまり……。 トレーナーはどんなときに『この子と契約してよかったー!』って思うかってこと?」

「えーとえーと、うん……たぶん、そうだと、思う?」

「ウララちゃん自身が何を悩んでいるのか自覚できていないってのがハードル高いなぁ」

 

 何度も何度も聞き返されて、何度も何度も頭の中のぐるぐるを吐き出して、なんとか伝わったような気がする。

 ランニングの途中だったのに、みんな道端に腰かけてじっくり聞いて考えてくれた。

 

「そうだねー。やっぱりでっかいタイトル獲ったときじゃない? ダービーとかさ、一国の宰相になるよりもダービートレーナーになる方が難しいって言うじゃん?」

「宰相とトレーナーじゃぜんぜん大変さのベクトルが違うと思うんだけどねー」

「それな!」

 

「だーびー?」

「うわ、ウララちゃん知らないんだ。ありうるとは思っていたけど本人の口から聞くとやっぱり衝撃だなー」

「中央に来るような子で日本ダービーを知らない子がいるとはねえ」

 

 東京優駿、日本ダービー。

 なんだかとってもすごいレースなんだって。そのレースに勝つことだけを目標に、トゥインクル・シリーズに入ってくるウマ娘もいるくらい。

 わたしも見たことあるのかな? どのレースも楽しくってワクワクして、あんまり区別がつかないからわかんないや。

 でも、それだけすごいレースで一着になればトレーナーも喜んでくれるよね?

 

「わたしもダービー出たい!」

「いや、ウララちゃんのクラシックロードもう終わっちゃってるよ……」

「一生に一度、それもクラシック級の子しか登録できないレースだからねえ。だからこそ価値があるんだけど」

「がーん!」

 

 もう期限が過ぎちゃってた!

 わたしも知ってるよ。提出物は期限までに出さないとダメなんだって。忘れちゃったら怒られるし、怒られる期限すら過ぎちゃったらもう意味がないんだって。

 わたしは怒られる方の期限も過ぎちゃってたんだね。

 

「ウララちゃんが出られるとすれば有記念の方じゃない? 勝敗はともかくとしてさ」

「あー、有かぁ……。たしかにウララちゃんなら人気投票でワンチャンありそう。勝敗はさておき」

「現在のURAのレース分類じゃ芝の長距離だもんねぇ。ウララちゃんの適性とは真逆も真逆だよ……」

 

「ありまきねん?」

 

 有記念っていうのもすごいレースなんだって。

 ダービーとどっちがすごいんだろうって聞いたら空気がピリッとした、ような?

 

「ダービーの方が格式あるでしょ。レースはダービーに始まりダービーに終わるんだよ」

「いやー、八大競走の一角という点で格式は互角。その上で賞金は有記念の方が高いんだよ? 資本主義社会の中で賞金が高いってことの価値をちゃんと考えれば別の答えが出るんじゃない?」

 

「いやいや、それなら凱旋門よりドバイとかの方が格上ってことになっちゃうじゃん。レースを取り扱った創作物の中でダービーの名を冠した作品がいかに多いか考えてみなよ」

「いやいやいや、海外レースはまた別の話でしょ」

 

「いやいやいやいや」

「いやいやいやいやいや」

 

「ま、どっちもスゴイってことだよ」

 

 どちらもニコニコしているのにどんどんピリピリしていく二人の間に割って入って、別の友達がそうまとめてくれた。

 うーん、聞いちゃダメなことだったのかなー? むずかしい。

 

「有記念ならもうすぐだよ。今年中の出走はさすがに無理だろうけど、観客席なら行ってみたらどう?」

「ええー、いけるかなぁ? だって今年って無敗のクラシック三冠と無敗のトリプルティアラの激突だよ? チケット完売は確実、競争率すごいことになりそうじゃん。下手したら観客がレース場に収まりきらないよ」

「ウララちゃんのトレーナーってたしかあの名門の人でしょ。自分と担当分くらいなら席は融通できると思うな。頼んでみたら?」

 

 そう教えてもらったから、次の日にトレーナーに頼んでみたんだ。

 トレーニングをさぼっちゃったことは怒られたけど、うっかりトレーニングを忘れちゃうことは初めてじゃないから。

 わたしがあの日、部室に入れなかったって気づかれることはなかった。

 

「ウララがウララだってのはわかりきった事実だもんな。むしろオレが迎えに行くべきだったよな。ごめんなぁ」

 

 いつもなら頭を撫でられたらそのままふわふわになってぺかーってしあわせな気分になれるのに。なんでだろう。トレーナーに謝られて、あんまり心がぽかぽかしなかった。

 

 

 

 

 

 十二月二十五日のクリスマス。わたしはトレーナーに中山レース場まで連れて行ってもらえた。

 

『ここで先頭は入れ替わって十三番ダイワスカーレット……え? ダイワスカーレット!?』

『信じられません! いったいどこに余力を残していたというのか。なんという根性、凄まじい気迫だっ!』

 

 すごかった。すっごかった!!

 こんなにたくさんの人がレース場にいるのをはじめて見た!

 みんな声を張り上げて応援してた。すごくすごく応援してた!

 すごいすごいすっごい!! 冬なのにぜんぜん寒くない。胸の中がかーっと熱くなって、お腹がぽかぽかして、尻尾と耳がびーんってなった。

 

『残り五十メートル! ここで間からテンプレオリシュ!? 九番テンプレオリシュがバ群の中から飛び出したっ!!』

『まるで用意されていたかのように道が開きました。これが魔王の力とでもいうのか! 凄まじい差し脚。流れている時間が、住まう世界そのものが異なるような加速!?』

 

『熾烈なデッドヒート! 凄まじい叩き合いで二人が完全に抜け出した。ダイワスカーレットか、テンプレオリシュか、この勝負を制するのはどちらだ!?』

『がんばれダイワスカーレット! 初めての勝利が見えてきたっ、がんばれ!!』

 

『着順が確定いたしました。一着はテンプレオリシュ! 九番テンプレオリシュですっ。二着は十三番ダイワスカーレット。“紅の女王”、ついに初黒星となりました』

『御伽噺が伝説を超えた瞬間、“銀の魔王”テンプレオリシュこのグランプリでついにGⅠ八勝目! 現在進行形で紡がれる神話にこれからも目が離せません。それにしても三着までクラシック級の子で独占されるとは、新時代の到来を感じずにはいられませんね』

 

 スカーレットちゃんはすごかった。そんなスカーレットちゃんに勝ったリシュちゃんはもっとすごかった。

 これが“有記念”なの……?

 ワクワクする。いますぐ走り出したい!

 そう思っちゃうようなレースだった。友達が言い争いをしちゃうのも納得。とっても特別なレースなんだね。有記念だから特別なのかな?

 

「ねー、トレーナー!」

「……ん、どうした?」

 

 みんながゴールしてもまだ観客席がぐらぐら揺れ続けているみたい。ずっと熱いのがぐるぐる渦巻き続けて、大きな声を出さないとおしゃべりすらできない。

 だからわたしも負けないように、お腹の底から大きな声を出す。熱いのはわたしの中にもたっくさんあるんだもん!

 

「わたしも出たいな、有記念っ!」

「は? え、いや……ウララが何か特定のレースに出たいって言うのは初めて、か?」

 

 トレーナーは周りのみんなのざわざわなんて気にならないくらい集中して考え込んだ後、わかった、って頷いてくれた。やったー。

 

 このレースで一着になったらきっと、トレーナーもわたしをスカウトしてよかったって思ってくれるよね?

 




次回も引き続きハルウララ視点
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