「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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引き続きハルウララ視点です


サポートカードイベント:魂に火をつけて

 

 

U U U

 

 

「ちょっとウララさん! 有記念を大目標に据えたって本当なのっ?」

「うん、わたし有記念に出るんだ」

 

 キングちゃんはわたしとおんなじ部屋で、どんなお話もしっかり聞いてくれるんだ。聞き上手って言うんでしょ?

 だからわたしもうれしくなって、いろいろお話ししちゃうの。今回もぜーんぶ話しちゃった。

 トレーナーがわたしと契約したのを、後悔してるみたいってこと。このままだとゴルシちゃんのトレーナーさんのところに移籍させられちゃうかもしれないってこと。

 有記念を見てすっごくドキドキワクワクしたこと。わたしも有記念に出ればトレーナーもわたしと契約してよかったって、思ってくれるんじゃないかなあって思ったこと。

 有記念に出たいってトレーナーに伝えたとき、わたしがどのレースがいいって言うのが初めてだったから、トレーナーが喜んでくれたってこと。

 

 きゅっと眉を吊り上げたり、ぎゅっと耳を絞ったり、かと思えば頭が痛いのをこらえるみたいに首を振りながらこめかみに指を添えて上を見上げたり。

 聞いている間のキングちゃんはなんだかにらめっこしているみたいにいろんな表情をしていた。

 

「…………はぁー」

 

 最後にはふかーくため息をついて、なにかに納得したみたいだった。何かあったのかな?

 

「目覚めの遅い子……いいえ、あるいはまだ目覚めかけている最中なのかしら。だったら外部からとやかく言うのは筋違いね」

 

 そう言ってから、キングちゃんはとても真剣な顔になった。

 

「いい、ウララさん。今はまだわからないかもしれない。でも憶えておいて。自分らしさと自分勝手の境界線を決めることができるのは、いつだって自分だけよ。外野に何をどれだけ言われたって関係ない」

「うん?」

 

「だから、振り返った時にあれは自分勝手だったと、後悔しない生き方を選ぶの。逆に言えばあれこそが自分らしさなのだと、これが自分のあり方なのだと胸を張る生き方ができたのであれば、何度地べたを這うことになってもゴールまでたどり着けるわ。この私が保証する」

「はーい!!」

 

 大事な話みたいだったからわたしも全力でお返事したよ!

 ちゃんとおぼえてた。

 だからスプリンターズSのパドックでキングちゃんが同じようなことを言ったとき、こうやって思い出せたもんっ。

 

「もう、この子ったら……。いいわ、後続を導くのも一流の務めよね。だったらとことん、このキングの手を貸してあげようじゃない。さ、ウララさん。案内してくださるかしら?」

「え? キングちゃんどこにいくのー?」

 

「あなたのトレーナーに会いに行くのよ。アオハル杯チームの移籍届を出しにね。ウララさんがいま所属しているチームは〈キャロッツ〉だったわよね? 喜びなさい、この一流ウマ娘をスカウトする権利をあげる!」

「わーい! キングちゃんと一緒だー!」

 

 キングちゃんは別のチームに入っていたんだけど、このときからおんなじチームになったんだー。

 このお話したときはもう夜だったから、実際に移籍届を出しに行ったのは次の日の朝だったけどね! 格好をつけたのに決まらなかったキングちゃんは赤い顔でぷるぷるしていてすっごく可愛かった!

 

 

 

 

 

 有記念に出るって決めてから、前よりもっとびゅんびゅん時間が流れていく。

 

「おっしゃウララ、次の目標はフェブラリーSいくぞっ! GⅠだ!!」

「わーい、あたらしいレースだー。がんばりまーすっ」

 

 “ふぇべらりーすてーくす”に“じーわん”かぁ。いっきに二つもレースへの出走が決まるなんてワクワクするね! よーし、特訓だー! 毎日たくさん走ってにんじんいっぱい食べるんだー。

 

「今の調子ならいける、そのはずだ。……チッ、GⅠ出走なんてそれだけで一生モノの名誉のはずだろ? だが有を見据えるならここは出走だけで大満足とか言ってられねーぞ。ファン数稼ぐために最低でも入着くらいはしとかねーと。……だが何をどう考えても勝算が思いつかねえ。来るか? 来るよな? 来ない理由がねえ。そこはおとなしく王道路線いっとけよテンプレオリシュ……! いや、有出るなら結局勝たないとダメな相手なのか。だったらせめてホームグラウンドでくらいは……」

 

 今年のお正月はマヤちゃんにさそわれて、一緒に初詣にいったよ!

 せっかくだからもらった着物を着ていきたくて、でもあれ? これどうやって着るんだっけ? うーんうーん、おかしいぞー。何回やってもパンツが見えちゃうなー?

 そうやって自室で困っていたらキングちゃんが「あなたのそれはワンピースじゃなくて、下が袴でしょう!?」って着替えるのを手伝ってくれて、キングちゃんも一緒に初詣にいくことになった。そうだった。走りやすいように下は袴スカートにしてもらったんだった!

 リシュちゃんもデジタルちゃんもいて楽しかったー!

 トレセン学園のウマ娘らしく、レースのこともいっぱい話した。リシュちゃんたちは今年たくさんのレースに出るつもりみたい。ふぇべらりー、じゃなかった。フェブラリーステークスにも出るんだって。

 わたしも負けないくらいいっぱいレースに出て、たくさん一着とりたいな。

 だからたくさん一着とります。そして有記念出ますって神様に宣言しておいた。

 

「あん? 魂にもうひとつの人格? なるほどなー、それがあの圧倒的な力の秘密……ってわかるかっ! そもそもどうやって対策とれっちゅーねん!」

 

 この後すぐ、テレビでリシュちゃんは実は二重人格で、自分の中にもうひとりの自分“テンちゃん”がいるってことを公表していたよ。

 見ていたトレーナーはなぜか怒って聞いたことないイントネーションになってた。

 うわー、わたしのなかにもハルとウララでふたりいたりしないかなー? おしゃべりしてみたいなー。そう思って夜お布団の中で試してみたけど、返事がある前に寝ちゃった。わたしの中にはわたししかいないみたい。ざんねん。

 

 

 

 

 

 フェブラリーステークスはすごかった。とってもすごかった!

 人がたくさんいたよ。有記念のときほどじゃなかったけど。わたし、あんなにたくさんの人がいるなかで走るのはじめて!

 

「GⅠだからな。あと……テンプレオリシュを見に来ている観客が多いんだろ、やっぱ」

 

 “じーわん”ってすごいなー。あとでわたしも見に行きたいな。そう言ったらGⅠはレースの等級だってトレーナーは教えてくれた。そうだったんだ! またひとつ賢くなったよー。

 リシュちゃんがいて、わたしには区別がつかないけどテンちゃんがいて、デジタルちゃんがいて、アキュートさんがいる。みんなと一緒に走れてうれしいな! リシュちゃんやテンちゃんと一緒にレースに出るのははじめてだからワクワクするね!

 これまで感じたことがないくらいたくさんの応援のなかで走ってるとおなかがぽかぽかして、胸がドキドキして、あたりが明るいまま真っ暗になって、なんだか世界がぎゅわわーんってなっちゃった。でもリシュちゃんやアキュートさんの声が聞こえたから怖くも寂しくもなかったよ!

 あれはいったいなんだったのかな? 気にはなったけど最後までしっかり走りました。えらいでしょ? 結果は五着! いつもよりずっとぎゅーんと速く走れた気がする! あのぎゅわわーんのおかげかな?

 

「そうか……。ウララは“領域”に到達できる優駿なんだな……」

 

 トレーナーに聞いたら“りょーいき”っていうんだって。なんだかカッコいい! 使えたら強いウマ娘ってことなんだ? よーし、たくさん使ってどんどん一着とっちゃうぞー! 今日は五着だったけど、次はきっと勝てる気がするんだー。

 でもね、でもね――

 

「笑えるわけねえだろうが! 一着じゃないとダメなんだよっ! 負けたのに悔しさも感じずヘラヘラ笑えるお前と一緒にするんじゃねえ!!」

「ごめんね。わたしたちもライブではちゃんと笑うからさ。いまはちょっと休ませて。じゃ、またあとで」

 

 ドラグーンスピアちゃん。地方から来てるウマ娘。その子のこと、怒らせちゃった。

 アキナケスちゃん。ドラグーンスピアちゃんの友達で、同じく地方から来てる子に謝られちゃった。

 たぶんね、悪かったのはわたしなんだよ。だって二人とも、何もないのに怒ったりする子じゃないもん。

 でもね、なにが悪かったのかやっぱりわからなくて。何が悪かったのかわかってないのに謝るのは、もっと悪いことのような気がして。

 うんうん考えてる間に二人ともどこかいっちゃった。わたしは謝ることができなかった。

 

 なにがダメだったんだろう?

 わたしはただ走るのが楽しくて、レースだともっともっと楽しくて、勝てたらものすっごく楽しいんだけど。みんなは違うのかな? レースって楽しいばかりじゃないのかな? みんなは楽しいから走ってるわけじゃないのかな?

 一着じゃないって、勝てなかったって、そんなに悪いことなのかな? わたし一着だったレースよりそうじゃなかったレースの方がずっと多いんだけど。

 だからトレーナーはわたしを移籍させちゃうの?

 わかんない。わかんないよ。

 

 うん、きっと、有記念だ。

 有記念はとくべつなレースだから。わたしでもきっとわかる。みんなとおんなじものを感じることができる気がする。

 出たいな。有記念。いまのままじゃ出られないんだっけ? どうやったら出られるようになるんだろう? もっとがんばらないと。わたしひとりでどうにもならないなら、みんなに手伝ってもらった方がいいのかな?

 

 そうやって、わたしはまた間違えた。

 

 

 

 

 

「なにを、やっておられるのですか?」

 

 トレーナーに怒られたことははじめてじゃない。

 怒鳴られたり叩かれたりしたことは一度もないけど、わたしがなにかやっちゃうたびに大声でツッコミは入れられてた。でも、これを見たらあれは怒っていたんじゃなくて、叱られていたんだなって思った。

 本気で怒ったトレーナーは初めて見た。本気で怒ったトレーナーはいつもみたいに騒がしくなくて、むしろとても静かだった。

 後援会のみんなとね、ビラ配りしていたの。そうやって知名度を上げていったらね、有にも出られるって教えてもらったから。

 やっちゃダメなことだったんだ。

 

「ふざけないでいただきたい。レースの格は差別ではなく区別です。出たいと思った者が全員必ず出走できるレースのどこに価値があります? ウマ娘の誰もが目標に向かって歯を食いしばって進んでいるのです。憧れのレースに出るため一つ一つ積み重ねているのです。ただ一人、横紙破りをしていい道理がどこにあります?」

 

 淡々と、静かに。でもすっごく怒ってるってわかる口調で。

 トレーナーが静かにしゃべって、商店街のみんなが集まっているのにみんなも静かだった。しんと静まり返っていた。

 

「人気投票はファンが己の推しを晴れの舞台で見るためのシステムであって、ウマ娘がファンを煽動して無理やり枠を勝ち取るためのものではありません。このバカげた集会を一刻も早く解散してください」

 

「すまんな坊、どうやら儂はクソ爺だったらしい」

「謝る必要なんてありませんよ」

 

 着物のおじいちゃんは謝ったけど……。

 

「テンプレオリシュが有に出たいと言って、彼女が出られないかもしれないと対策に奔走するファンがどこにいます? ダイワスカーレットが復帰戦を有に定めたとして、投票が足りないかもしれないと工作するファンがどこにいますか?

 推しを晴れの舞台で見たいと思うこと自体はファンとして何も間違ったことではありません。道理に反したマネをしなくては晴れの舞台に立てない推しが悪いのです。あなた方の行動は間違っていましたが、想いは何も間違いではありません」

 

 トレーナーにそう諭されて、もう一回「すまん……」と小さな声で謝ってた。おじいちゃんはうつむいて、とても小さくて、どこか縮んで見えた。

 

「ごめんなぁウララ。強くなろうな、もうこんなことがないくらい」

 

 みんなが解散してがらんとなった後、トレーナーはわたしを怒ったり叱ったりしなかった。ただ眉毛を下げて笑って、わたしの頭をゆっくり撫でてくれた。

 大きな声で怒られるより、なんでかな。ずっとつらかったよ。

 

 

 

 

 

 次の日、トレーナーの頭はとてもすずしいことになってた。

 

「はわわっ、トレーナー! 髪の毛がなくなっちゃってるよ!?」

「いい年した男に毛が無くなるとか言うんじゃねえ!? スポーツ刈りだ!!」

 

 大声でいつも通りのトレーナーで、おなかの奥がほっとした。

 

「まあ、あれだ。最近暑くなってきたからな。手入れも大変だしこの機に心機一転ってやつだな。担当がやっちゃいけないことやりかけたからそのケジメをつけたなんてことじゃないからな、誤解すんなよ!」

 

 そう言って、それ以来トレーナーはずっとすずしい頭のままだった。そのうち服もいつの間にかスーツじゃなくて、あずき色のジャージになってた。まるで体育の先生みたいなカッコ。はじめて会ったときとはまるで違う。あんなにオシャレに気を遣っていたのに。

 

「ったく、どうしてたかが身だしなみにあれだけ時間と金をつぎ込んでいられたのか今となってはさっぱりだな」

 

 皮肉っぽく口の端を歪めながらそう笑っていたけど、それってほんとうの気持ちだったのかな?

 ……わたしのせい?

 

 それからもいっぱい走った。中央にきたばっかりのころの、ジュニア級だったときほどじゃないけど。

 走る回数が減った分、一着をとれる回数が増えた。一着をとれたらとてもうれしい! ……だけど、そわそわする。なにかが、どこかにずっと当たっているみたいにそわそわしてる。

 なんだろう? なんだろう? どうすればいいのかわからない。そもそも『なに』を『どう』しなきゃいけないのか、それすらわたしにはわかっていない。

 トレーナーの言っていたとおり、暑くなってきて、夏合宿がはじまって、夏合宿が終わって、少しずつ涼しくなってきて。

 溜まっていく。積み重なっていく。薄くて透明だったからよくわからなかったものが、重なって分厚くなってその色がわかるようになってく気がして。

 でもその色がいったいどういう意味なのか、わたしは知らないんだ。

 

「もう、仕方がないわね。世話が焼けるんだから……」

 

 キングちゃんが笑う。しゃんと胸を張って腕を組んで、緑のメンコを付けて。

 

「ウマ娘が想いを伝えるのに最も適した媒体は言葉じゃないわ。次のスプリンターズS、ウララさんには観客席でキングを応援する権利をあげる」

 

 わたしに観客席のチケットをくれた。

 

 

 

 

 

『秋を彩る電撃戦、スプリンターズステークス! 十六人のウマ娘が挑みます』

 

 そうやって、わたしは今ここにいる。

 チケットの関係でパドックで一緒だったみんなとはいったんお別れ。

 

「キングさん、頑張ってください!」

「ひ、人がいっぱい……これ、迷子になったらぜったい帰ってこられない気がしますぅ。き、気を付けないとぉ……!」

 

「ああ運命の女神よ! なぜボクを一年早くこの世に生じさせず、我が肉体に刹那の閃光を宿さなかったのか。この舞台にボクが上がることなく時が過ぎ去ってしまうなんて世界の損失だと思わないのかい!?」

「ほーら、あんまりはしゃがない。専用の座席ってわけじゃないんだから」

 

 そのかわりにとなりにはトプロちゃんとドトウちゃん。反対側のとなりにオペちゃんと、チームの先輩として後輩を引率してるスカーレットちゃん。みんな〈キャロッツ〉で近い席なんてすごい偶然!

 って思っていたけど、アオハル杯経由でチケットを手配したから席が固まるのは当然のことなんだって。スカーレットちゃんに教えてもらった。うーん? つまりありがとうキングちゃんってことかな?

 

「は、は、はっくしょん!」

 

 くしゃみが出ちゃった。うう、今日はちょっぴり冷えるかも。晴れてるけど風がつめたいのかな?

 

「大丈夫? 飲み物、あったかいやつあるけど……ウララってコーヒー飲めたかしら?」

「うん、ありがとー!」

 

 スカーレットちゃんが買い物袋から人数分の缶コーヒーを出してくれた! わたしはカフェオレもらったよー! この前に飲んだときは夜遅くまでおめめがぱっちりになっちゃってキングちゃんに怒られたけど、今ならだいじょうぶな気がするんだっ!

 うーん、おいしー! でもかふぇいんの入った飲み物を飲んだらすぐに心臓がドキドキしちゃうんだよね。運動したわけでもないのに、ふしぎだなー。

 

 カフェオレは大好きだけどいっきに飲むのはできなくって、ちょっとずつ飲んでたわたしの前で、くいっと飲みほしたスカーレットちゃんはそのままきゅっと空き缶を潰しちゃった。

 縦に! 片手だけで! お煎餅みたいにぺっちゃんこになっちゃった!

 

「すっごーい!!」

 

「うわぁ、すごいです!」

「はわぁ……!」

「るーるる~♪」

 

 思わず拍手しちゃったもん。ドトウちゃんとトプロちゃんも合わせて拍手してくれて、オペちゃんは讃える歌を即興で歌ってくれた。

 

「あー、こんなのたいしたことないわよ」

 

 拍手されて初めて自分のやったことに気づいたみたいに、スカーレットちゃんは自分の手のひらの中でぺっちゃんこになった空き缶を見た後、ゴミ袋の中にそれをしまった。

 

「こんなのできたって、足が速くなるわけじゃないんだから。ほーら、はしゃがない。目の前のレースに集中する」

「はーい」

 

 注意されちゃったから視線を観客席の下に戻す。

 だけど、あれれ? なんだか、思ったより進んでなかった。

 

「あれ? ゲートインにだいぶかかってるみたいですね」

「わた、私だったらあんなの、なかなか入れないかもしれませぇん……」

 

 トプロちゃんが首をかしげて、ドトウちゃんがきゅっと首をすくめる。レースは楽しいけどゲートに入るのはちょっと嫌な感じがするもんね。

 今日は先に入っていたバクちゃんやリシュちゃんテンちゃんがもうずごごごごごっ って感じだから、なかなかあの狭い中に入ろうって気分にはなれないかも。

 

「スカーレット先輩、ひとつ無粋なことをお聞きしても構わないかね?」

 

 しゃらーんと身体をひねりながらオペちゃんがそう言った。

 

「なに?」

「この絢爛豪華な最速の祭典、我々はキング先輩の応援としてこの席に降り立ったわけだが……。貴女の目にはどのウマ娘が勝利の女神(ウィクトーリア)に近しく映っているのかな?」

 

「アイツが勝つわ。だってまだアタシに負けてないもの」

 

 スカーレットちゃんはさらっと言った。

 

「わあ……すごいです。なんだか、その、すごくすごいです!」

 

 トプロちゃんが目をキラキラさせる。

 

「なんて言えばいいのかわかりませんけど、そんなふうに言える関係ってとてもすごいと思います! 私もいつか、そんなふうに言えるライバルを見つけたいです!」

 

 わたしは……どうなんだろ?

 キングちゃんが勝つと思ってた。だってあんなにがんばってたんだもん。

 だけど、わたしはあんなふうにキングちゃんが勝つよって言えるかな? ううん、言えない気がする。

 その違いがなんだか、ここ最近ずっとどこかにひっかかっていた何と繋がってるような気がして。

 うーん、って考えてるうちにターフの上では最後の子がゲートに収まっていた。

 

『ゲートイン完了。出走の準備が整いました』

 

「あ、はじまるよ」

 

 しんと静まりかえる観客席。わたしもうっかりおしゃべりしてみんなの集中を邪魔しちゃわないよう、しーっと口の前に指でばってんをつくる。

 そこから先はあっという間だった。

 

『いま一斉にスタート! 絶好のスタートをきったのは二番サクラバクシンオー、素晴らしい速度で先頭に躍り出た。それに続くのは一番タイキシャトル』

『二番サクラバクシンオー、内枠の有利を最大限に活かすスタートダッシュでしたねっ!』

 

『激しい先行争い。二番タイキシャトルのすぐ後ろに五番ジュエルネフライト、十五番デュオペルテ現在五番手。外目を突きまして六番ホエロア、十三番キングヘイロー追走、少しペースがはやいか?』

『十三番キングヘイロー、彼女には鋭い差し足がありますからね。脚を使い過ぎないよう落ち着いてくれるといいのですが』

 

「なんだか、みんな前の方にいませんか……?」

 

 観客席から見るレースってごちゃごちゃしてて、むずかしいんだよね。バ群の中でいったい誰がどこにいるのかなんてわかんないよー。あ、先頭がバクちゃんだってことはわかったよー。

 でもトプロちゃんが言ったみたいに、今回は特にみんなが前に前に行こうとしている気がした。

 

「このレースの先頭はあのサクラバクシンオーだもの」

 

 スカーレットちゃんがそう応じる。視線はレースにぎらりとくぎ付けのままだけど、そのまま解説もしてくれた。

 

「もともと短距離は逃げ先行有利とされることが多いけど……。あのスピードを末脚で差し切ってやる、そう豪語できるウマ娘がどれだけいると思う? 距離が離されていればいるほど、それだけ最後の直線で()()バクシンオー先輩を速度で上回らないといけないのよ?」

「はーっはっはっは! 圧倒的な力は周囲のあり方に影響を及ぼさずにはいられないというわけだね! ボクも身につまされる思いさ。覇王としてボクが輝きすぎても、ここにいる皆はちゃんとボクに目を焼かれずついてきてくれたまえよ?」

 

 高笑いするオペちゃん。

 わたしも差しが適性脚質で、トレーナーからいろいろ教わったから今ではちょっぴりわかるんだ。

 自分のペースで走れないとどれだけ短い距離でもヘロヘロになっちゃう。しゅばーんって走りたいのにえっほ、えっほ、あと少しでゴール……って感じになっちゃう。

 だからどれだけみんなが速く見えても、最後にびゅーんって走りたいのなら最初のうちはうーんってがまんすることが大事。

 大事、なんだけど……。

 そうやっていっぱい距離を稼がれたら、みんなバクちゃんには追いつけないって思ったんだね。だからヘロヘロになるかもしれなくっても、さいごのさいごに追いつけるくらいスピードを出して走らなきゃいけなかった。

 それって、なんだかとてもすごいことじゃない?

 

「こ、後方脚質のウマ娘には厳しい戦いになりそうですぅ……。き、キング先輩は大丈夫なんでしょうかぁ……?」

「ここはGⅠよ? 後方脚質のウマ娘たちが対策もせずにここに挑んでいるわけがない。キング先輩もちゃんと想定したうえで仕上げてきているでしょうね。ただ――」

 

 想定通りに事が進んだからといって、勝てるとは限らないけどね。身体が追いつかないと。

 

 ドトウちゃんにそう言ったスカーレットちゃんは目の前のレースじゃなくて、どこか遠くを見ているみたいだった。冬の空気みたいな冷たい目。ちょっとこわい。

 

『一バ身離れて四番ハッピーミーク。その内に十一番イズカリ、少し離れて十四番グレイトハウス。十番アジサイゲッコウ最後方からのレースとなりました』

『これだけ密集しているとまぎれがありそうですね』

 

 実況と解説の放送が聞こえているけど、誰がどこにいるのかやっぱりわからない。みんな一生懸命、勝つために競り合ってるんだもん。目が追いつかないよー。

 トレーナーがここにいたら聞けたのかな? お仕事いそがしそうだから一緒に来れなかったんだー。迷子にならないかーって何度も心配されたっけ。

 みんなと一緒にきたから大丈夫だったよ! って帰ったら報告しないと。レース場に来るまで三回しかみんなを見失わなかったもんっ!

 でも、お話しているうちにレースなんて終わっちゃうから、やっぱりいてもよくわからないまま終わっちゃってたかもしれない。短距離って特にあっという間に終わっちゃうもんね。

 

「あれれ?」

 

 わからないって、思ってたんだ。

 でもわかる。リシュちゃん。どこにいるのかはっきり感じられる。今いるのは前の方の真ん中らへん。薄暗い中でぴかぴかしてる。

 ほかのみんなもちかりちかりと光って見えることがあるけど、光り方がぜんぜん違う。まるでリシュちゃんのところだけ花火大会が開かれてるみたい。

 そう思って目をこすってから、確かめるようによく見てみたら。バクちゃんの見え方もみんなとは違っていた。先頭にいるってだけじゃない。びっかー! ってすごく光ってる。

 たくさんいる中で、ごちゃごちゃしている中で、キングちゃんもミークちゃんもタイキちゃんも、どこにいるのか見失っちゃってるのに。

 二人の姿だけがくっきり浮かび上がってる。バクちゃんは桜色にびっかーっ! リシュちゃんはどんどんバリバリきらきら、次から次に色が変わってとてもきれい。でもその中にたしかに桜色が混ざっている。

 

「死んで――」

 

 声が聞こえた。リシュちゃんの声? それともテンちゃんの声?

 大観衆の中でもなんでだろう? よく聞こえる。おなかの底よりずっとずっと深いところから出てきた声って気がする。

 

『第四コーナーカーブ! 依然先頭は二番サクラバクシンオー。一番タイキシャトルここで抜け出した。後方からは十三番キングヘイロー、大外からいっきに上がっていく』

『二番サクラバクシンオー、このまま最後までいってしまうのか。すさまじいスピードだっ!』

 

「――たまるかぁっ!!」

 

 バクちゃんの桜色、リシュちゃんたちの桜色も入ったいろいろ合わさった色。押しのけ合って、押し付け合って、ぎゅーっと合わさって混ざってぶるるって震えて紫にかたまって。

 爆発した。

 

 極・アオハル魂爆発

 

 動きが、変わる。

 バクちゃんも、リシュちゃんたちも。

 どっちも同じように変わったから、よりヘロヘロだった方が助かった。なんだか、そういうふうに思えた。

 

『七番テンプレオリシュ内を突いて抜け出した! すごい脚だ!?』

『きたきたテンプレオリシュだテンプレオリシュだ! お前には道が見えているのかっ、お前にはソレが道に見えたのかっ!!』

 

『二番バクシンオー譲らないか、いや並んだ並んだっ、突き放せないっ、火花散らすデッドヒート! 激しい鍔迫り合い、制するのはどちらだ!? 完全に二人抜け出したまま、いま並んでゴールインッ!!』

『掲示板にはレコードの表示! 昨年の最速すら打ち破って今あらたにウマ娘の速度限界が更新されました。歴史を更新したのはどちらの王になるのか?』

 

 いつの間にかわたしたちの間には言葉も、解説も消えていた。

 観客席とレース場をぐるぐるざわざわ渦巻く歓声がうるさくて熱くって、それでようやく思い出したみたいに動き始めて。

 

「い、いまのって……?」

 

 震える指でトプロちゃんが指さす。ぶるぶる震えるその指の先はおおまかに観客席の下の方、レース場のどこかに向いてるってことしかわからなかったけど。

 トプロちゃんが聞きたいことは、なぜだかみんなわかった。だって、たぶんみんな気になったことなんだもん。

 

「あれは初めて見るわね」

 

 スカーレットちゃんが答える。目を閉じて首をぐるーっと回して、んーっと肩甲骨を持ち上げて肩をほぐしながら。

 

「また、新しいことができるようになったってことでしょ。これまで意図的に温存してきたとは思わない。ここ最近できるようになったことをぶっつけ本番でやらざるをえなかったか、そもそも意図的にできるようなことじゃないのか」

「前者はともかく、後者は? そんなことが?」

「ええ」

 

 オペちゃんの疑問にもスカーレットちゃんの態度は変わらない。

 ああ、まだ掲示板は確定していないのに。どっちが勝ったのか、スカーレットちゃんは確信しているんだ。

 言葉のやり取りとはぜんぜん関係ないところで、急にそうわかった。

 

「あなた達もリシュを目標にするつもりなら、覚えておきなさい。アイツは自分で自覚している以上にバケモンよ。自分で限界だと思っているところの、もう三段階くらい下に底がある。ええ、もうそれだけの話よ」

「ふわぁああ…………」

 

 ドトウちゃんがぽかんと口をあけて声を漏らす。わたしの口も同じようにあいていた。

 なにが『それだけの話』なんだろ? よくわかんないけど、すごい。すごくすごい。

 

「手加減ってのはね、実力差がある程度あって初めて成立するの。こっから先、もうアイツにそんな差はない。追い詰めてきたし、削ってきたからね。だからこれまでみたいなやさしいレースを期待しているなら、やめときなさい」

 

 そんなスカーレットちゃんの言葉がきっかけになったわけじゃないんだろうけど。

 

『確定しました! 一着は七番テンプレオリシュ! スプリンターズS連覇ですっ!!』

『もう幸運とは言わせない! 枠番、天候、あらゆる面で驀進王に不利を背負いながら運命に打ち勝った銀の魔王!! 今ここに史上最速の王冠を新たに戴冠し、GⅠ十四連勝を達成ッ!』

 

 結果が出て、歓声がもう一度爆発する。

 ああ、終わっちゃったんだ。あっという間だったな。

 

 歓声が降り注ぐターフの上で、リシュちゃんはうずくまっていて。もうもうと湯気が立ってて、まるでたき火みたいだなってちょっと思った。

 立ち続けることさえしんどいみたいだけど、周りの子が心配して近寄ると頭を下に向けたままゆっくり手を振って応えている。ものすっごくしんどくてつらいってだけで、怪我とかじゃないみたい。よかったぁ。

 他にも一歩も動けないーってへろへろに疲れている子がたくさんいる。

 レコードだもんね。これまでの誰よりも速く走ったんだもんね。わたしはまだレコードを出したことがないけど、きっと大変なんだよ。

 

 掲示板を改めて見る。三着がミークちゃんでびっくりした。

 すごい! ミークちゃんって終盤ににょっきり生えてくるんだもん。ワープ? ワープなの? ゴルシちゃんもワープするって聞くし、頼んだらわたしにも教えてくれないかな!?

 

 キングちゃんの番号は掲示板になかった。十二着だった。

 みんなと同じくらいへとへとに疲れていて、雨が降ったみたいに汗まみれで、蹴り上げられ飛び散った芝や土がそこに張り付いてぼろぼろで、それでも首を下げないでぐっと前を向いてた。

 

「はぁー、タイキシャトルですらぎりぎり入着。やっぱりキングは入着すらできなかったか。黄金世代の一角だったことはたしかだけど、世代交代はもう終わってんだよなあ」

「取り返しのつかないケガする前に一線は退いた方がいいんじゃないか? 面倒見のいい性分に加え、あれだけ苦労して上り詰めたんだ。寄り添えるし、その言葉に説得力もある。どんな立場を選ぶにせよ、後進を導くいい指導者になると思うんだがなぁ」

 

 どこからか歓声と感想にまぎれて、パドックでも聞いた二人組の声が聞こえた気がした。

 本当にそうなのかな?

 キングちゃんがこのレースに出走したのは失敗だった? “たいげんそうご”をはいて、結果が出せなくて、ダメダメだったのかな? ぶざまをさらしたのかな?

 

 わたしは違うんじゃないかと思う。

 ううん、わたしにとっては違ったよ。キングちゃんがこのレースを走るのを見れて、ほんとうによかったと思うよ。

 胸がどきどきする。昨年の有記念を見たときみたいに。身体中がカッカする。

 あれは有記念がとくべつだったからじゃないんだ。有記念は特別なレースだけど、わたしにとってとくべつに感じられたのは有記念だったからじゃないんだ。

 そうわかったから。

 

 まだまだ、わかんないことはたくさんある。

 キングちゃんの言ってたこと、スカーレットちゃんの言ってたこと。ほかのみんながレースに懸ける想い。理解しきれていないこと、たくさんだなって感じる。

 

 だけど、だけどね。

 このドキドキは、この熱は手放したくないって、そう強く思えたから。

 わたしね、やっぱり有記念を目指すよ。

 そう口にすることの怖さを教えてもらったから。

 

 わたしは“さいきょー”に挑む。

 冬の中山レース場2500mでリシュちゃんたちに勝って一着になるって、そう決めたんだ。

 




これにて今回は一区切り!
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