「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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もう新しい育成シナリオってマジ? 初育成でUCまでいったから、慣れたらUBいける、のかなぁ?
当トレセンのスタサポはいまだにクリークママがトップだからレンタル枠が友人サポで占拠されるといやーなかなか厳しいっす。残りの無料80連にお祈りしておこう……

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秋三冠が迫る

 

 

U U U

 

 

「はい。筋肉も骨も関節も問題ありません。この調子でいけば天皇賞(秋)には万全の状態で臨めるでしょう」

 

 湯舟から上り、葵トレーナーに触診をしてもらう。

 脚のみならず腕や背中、首なども。走行とは全身運動なのだ。どこが壊れても影響がでる。

 

「そういう割にあまり嬉しそうじゃないね?」

 

 テンちゃんがずぱっと単刀直入に聞いた。

 葵トレーナーはもはやトゥインクル・シリーズにおけるかけがえのないパートナーではあるが、ここまで無遠慮に踏み込むのは私にはまだ無理だ。

 感心する。している場合じゃないかもしれないが。

 

「……そう見えましたか?」

「即座に否定しない時点で内心が透けて見えてるぜぇ葵ちゃん」

 

 すごい踏み込むじゃん。そんな急を要する案件なのだろうか。

 それとも風呂上がりで気分がのぼせていて、深く考えるのが気だるくって安直にずかずか突き進んでいるのだろうか。

 なんとなく後者の可能性が高い気がする。

 

「…………秋シニア三冠はこれまで誰も達成したことのない偉業です。GⅠという修羅場を現代の常識にそぐわぬ短い間隔で幾度も走らせる、ウマ娘にかかる負担がきわめて大きい難業と言うことができるでしょう」

 

 ゆっくり一呼吸いれるほどの沈黙の後、葵トレーナーはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 

《ああそっか。ロブロイはまだいないし、オペラオーは後輩だからこの世界ではまだ誰も達成できていないのか》

 

 テンちゃんが脳内でぽんと手を打ち納得していた。

 オペラオーって、たしか〈キャロッツ〉に所属しているジュニア級の子だよね。アドマイヤベガと同期の。

 あの世代の中では頭一つ抜けたポテンシャルだとは感じていたけど、秋シニア三冠を達成するまで伸びるの? 同期もなかなか粒ぞろいだし、三冠を順当に分け合うくらいの力関係になるかなーと思っていた。

 

《クラシックあたりまでは、たしかにね。でも覚醒後は秋どころか春と合わせて年間無敗のグランドスラムを達成する世紀末覇王さ。ドトウと合わせてワンツーフィニッシュ固定があまりに続きすぎたせいで競馬人気が低迷したってオチまで付く。まあこっちのレースと違って()()()は公営ギャンブルだからなー。一着と二着が常に同じっていうのは色々とうん、まーあんまり美味しくない。その()()に引導を渡したデジタルがいま隣にいるっていうんだから改めてこの世界はごちゃごちゃし過ぎだよ》

 

 うん、よくわかんないということがわかった。

 ドトウってたしかテンちゃんが気にかけていたあの子だよね。キャスケット帽をあげた。

 

《あ、おぼえてたんだ?》

 

 そりゃあね。さすがに私物を渡した相手を無理に忘れようとは思わないよ。なんだかんだ、今でも気まぐれに面倒を見ているみたいだし。

 

 ちなみに『競バ』とはレースを示す古い呼称だ。『バ』の漢字は今では普段使いされない古い文字であり、せいぜい現代で目にする機会はレース場に行けば『○○競場』の表記を確認できるくらいか。

 たぶんこの『競馬』は私の知るレースとは似て非なるもの。表面上の行為は似通っていても根本的に別物なんだろうなという雰囲気が、テンちゃんの取り留めのない言葉の羅列からも如実に伝わってくる。

 だったらいいや。詳細は知らなくていい。葵トレーナーが話していることの方が優先。さっくり興味の行先を切り替える。

 

「レースの後、うずくまるあなたを見て心臓が冷えました。これから先、あなた方をさらに過酷な戦場に送り出すことを思うと……」

 

 たしかにスプリンターズSの直後は気力も体力も使い果たしてもう立てないくらいだった。あそこまで消耗したのはあれが初めてだろう。最後じゃない可能性は高いけど。

 テンちゃんもバテバテで周囲への対応もおざなり。あれでちゃんとインタビューからライブまで一通りこなせたのは軽く奇跡だ。

 

《んーそうとも言い切れないかな。インタビューはともかく、ライブの方はたぶん過剰に吸収した信仰の発散を兼ねているから。やる余裕があったというより、やらない方が逆にぼくらにとっては健康に悪い。実際、踊った後はもう一度ぶっ倒れたけど踊っている最中は身体がちゃんと動いただろ?》

 

 葵トレーナーからのドクターストップもかからなかったしね。トレーナーにやるなと言われてなお断行するほど私はライブにこだわりは無いし、葵トレーナーだって健康上に何らかの問題があれば絶対に止めただろう。

 レースの後からライブ開始までの時間に丹念に調べて、何も見つけられなかったから。感情的なもの以外で理由を見出せなかったから。中央に属するトレーナーとウマ娘として、私たちはライブをこなしたのだった。

 

「葵トレーナー。秋シニア三冠は私の夢や、憧れなのではありません。目標なんです」

 

《未達成だとそこで冒険が終わってしまうタイプのね》

 

 葵トレーナーとまっすぐ目を合わせる。不安に曇る彼女の瞳は日本人らしい黒だが、光の加減では青みがかって見えることもある。

 このあたりはウマ娘とのかかわりが深いトレーナー名門出身の影響だったりするのかなーと思っていたり。まあ私の両目ほど鮮やかな色合いではないけど。中央のトレーナーが不思議な体色をしているのはままあることだ。

 

《仮にトレーナーの身体が発光していても『おー、ひかってらぁ』で済むくらいには魔境だよなあ》

 

 や、それはさすがに救急車なり消防車なりが呼ばれるんでない?

 

《そういやこの世界線、まだモルモット君を見かけていないな。まあいたらいたでスカーレット陣営の戦力強化につながる可能性が高いから、そういう意味じゃ理由はどうあれ結果オーライなのか?》

 

 モルモットがトレーナーはいくら中央といえどさすがに無いんじゃないかな。入学当初のわりと誰でもよかった当時の私だってげっ歯類に面倒を見てもらうのには躊躇が勝ったと思う。

 

 指導者はもっと確固たるべきと考える者もいるだろう。導くべき相手の前で不安を吐露するなど言語道断だと。

 弱みを見せないのは指導者の仕事の一環。指導する側が不安だと指導される側はさらに不安になってしまう。だからその不安は己が内でのみ対処するべき。一理あるとは思う。

 でも一理しかない。常に目の前のウマ娘には当てはまるとは限らない。

 

《ウマ娘が相手の場合『俺の言うことが絶対正しい。俺の言うことを聞けば成果を出せる。だから俺の言うことを聞け』で素直に従う子って、あんまりいない気がするんだよねえ》

 

 特にGⅠを獲るようなウマ娘ともなれば実力と同じくらい気位も高く、癖が強い者が大半だ。スカーレットを見ればわかるだろう。あれほどの具体例もそうない。

 彼女たちがトレーナーに求めるのは絶対的な支配者であることよりも、共に運命を背負って歩んでくれる相棒であることだと思う。無論、育成手腕が一定以上のレベルを越えていることが大前提だが。

 

「だからやります」

「……はい、わかっています。わかってはいたんです。すみません、もう迷いません」

 

「いいえ、存分に迷ってください。私たちにはそれが必要です」

 

 たとえ迷ったところでトレーナーとしての技量が、その積み重ねた叡智が鈍ることはないと信じているから。

 私はもう迷わないから。迷うことができないから。腕がもげようが目が抉られようが止まることはないだろう。

 だから代わりに、迷ってくれる人が必要なのだ。それは身近であるに越したことはないし、同期のウマ娘だと勝敗や利害が絡むので相手としては不適格。できないとは言わないが、どうしても不純物が混ざる。

 

「ずっと心配しながら支えてください。それを裏切らないよう、こちらもがんばるので」

 

 葵トレーナーはぎゅっと一瞬だけ歯を食いしばった。吐き出しそうになったものをかみ殺したのか。はたまた形のない何かをかみ砕いて飲み込んだのか。

 私にわかるのは彼女がまた一つ乗り越えて、凛々しい笑みを浮かべたという結果だけ。

 

「随分と、難易度の高いことを要求しますね?」

「私のトレーナーはそれができる人ですから」

「私のウマ娘にそう信じられたら、応えないわけにはいきませんね」

 

 うんうんと後ろの方でミーク先輩が腕を組んで頷いている。わしが育てたと言わんばかりの態度。その対象が葵トレーナーなのか私なのかはわからんが、どっちであっても異論はない。

 無言で聞いていたデジタルも顔からいろいろ垂れ流しながら昇天しかけているが、まだ早い。お前とは今のうちにもう少し話しておきたいことがある。

 

「ミーク先輩はいまから有記念を見据えて調整していくんですよね?」

「……はい。クリスマスにまたレース場で会いましょう……ぶい」

 

 短距離から長距離への調整。シニア四年目でさすがに肉体的なピークは過ぎている(はずの)ミーク先輩ではあるが、九月の今からなら十二月末の有記念までの期間で十分に間に合うだろう。

 葵トレーナーと二人なら成し遂げられる。そう確信させるものがあのコンビにはある。ま、これは後輩の欲目が入っている自覚もあるが。

 

《肉体的には衰えているはずなんだが、ステータス的にはまだ伸びている感じなんだよなぁ。そろそろ一部のステはSS+超え始めてないか? しっかし、改めて短距離GⅠの次走が長距離GⅠとか聞いてて頭おかしくなりそうやね》

 

 クラシック三冠の半ばにそれをやって、現在進行形でミーク先輩と同じレースに出走し、なおかつ間に中距離GⅠを二レース挟もうとしている私たちに言う権利はないと思う。

 

「で、デジタルは私と一緒に来てくれると……」

「ひゃう!? あ、ハイッ! お供させていただきましゅ!」

 

 数秒間反応がないので指でつつくとビクンと跳ねて答えてくれた。

 いちおうこれでも学年的には一つ年上の先輩なんだけどね。余分な敬意は捨て去って久しい。彼女は同期で、同志だから。

 一緒に湯につかったときに見た彼女の身体を思い出す。しっかりと練り上げられたしなやかな肢体。

 本来彼女が持ちえない長距離適性、有記念の中山レース場2500mを見据えた調整を施しつつ、なおかつその過程で天皇賞(秋)とジャパンカップでの激闘にも耐えうるように分厚く、さらにそれらGⅠの舞台で一着を目指せるよう研ぎ澄まされたもの。

 そんな相反する要素がレース開催の日時に合わせ、形を変えながら当日にばっちり噛み合うよう準備された未完成の芸術品。適性を超えた目的地を目指すウマ娘の身体とはかくあるべきだ。

 

《担当二人が秋シニア三冠そのすべてを懸けて共食いを繰り返すんだから、桐生院の技術的な面はもちろん精神的な面で求められるものは如何ばかりかねぇ》

 

 そう言われると思うところが無いわけじゃないけれど。担当の意思を尊重し全力で支えてくれるその姿勢に、後ろ足で砂をかけるようなマネはしないつもり。

 

 かつて有記念を目指しているのだと言っていたウララの脚が記憶に残っている。初詣を一緒にしたあのときの彼女に一年弱の時間と努力を上乗せしても、やっぱり芝の中山2500で成果を出せるようになるとは思えない。

 彼女は本当に来るつもりなのだろうか? あえて止めやしないが、あまり歓迎する気にもならないかな。

 

「ウオッカも来ると表明していましたよね? マヤノは秋天は来なくって、ジャパンカップから参戦予定……」

《ビターグラッセも秋シニア三冠に挑戦する意気込みはあるみたいだけど、過酷な連戦トラウマ持ちの理子ちゃんとなかなか折り合いがつかないみたいだ。年末にアオハル杯決勝があることを考えると秋天とJC走って有はお休みってあたりが順当なラインになるかねー?》

 

 どうしても私の注目は同期の有力株に偏ってしまう。だって彼女たちはあまりにも輝いているから。葵トレーナーやテンちゃんが情報収集を怠っているわけではないが、人間である限り見落としや取りこぼしを失くすことはできない。

 人より一度に多くのことができる自覚があるが、どうやったって処理能力に限界は存在する。出走するウマ娘たち全員にまったく等しく注意を払うのは、このレベルにおいてそれは何もせずただ心身を浪費するのとほぼ同義だ。

 リアルタイムで刻一刻と取捨選択を繰り返し、適宜再分配を行うのは大前提。それを踏まえて事前に判断材料が増えるに越したことはなかった。

 

「そして“怪物”が復活する、と」

 

 視線を施設備え付けのマガジンラックに向ける。そこは当たり前のようにレース関連雑誌で占領されていて、その中には少なからず同じウマ娘の顔、および同一テーマが用いられていた。

 曰く『ナリタブライアン、天皇賞(秋)に参戦!!』とのこと。

 ちなみに同等かそれ以上の数、別の表紙を飾っているのはいつも鏡を見る時に見る顔だってことは、今は重要ではないのでさておく。

 

 ブライアン先輩はひと際強くぎらっぎらに煌めいていて、目が焼かれそうになる。

 これ、完全に私に狙いを定めているよね。ここでの謙遜は謙遜ではなく嫌味だと思うので素直に認めておく。

 そうとも、今の私の首にはそれだけの価値があるのさ。だったらせいぜい欲しがるウマ娘たちがガッカリしないよう、きれいに磨いてきらびやかに飾り付けておかなければ。

 そうでなければ、せっかくのレースの価値が下がってしまう。願いやら信仰やらなんやらを求めているのが今の私なのに、自らその質を低下させてしまうのは本末転倒というものだ。

 

「デジタルの注目株のウマ娘は他にいる? ウマ娘オタクとしてのあなたの意見が聞きたい」

 

 逆に言えば、競技者としての見解まではいらない。そこまで受け取ってしまえば貰いすぎというものだ。過剰に受けた分を何らかの形で返す必要が出てくる。

 

《ただ同志として。イチオシの愛を聞きたいってだけ。そう言っておけばぼくらが見落としているダークホースの情報を無理なく拾えるってわけだね》

 

 大義名分に類するものではあるが、建前は大事だ。そこをおろそかにしてしまうと時と場合によっては戦争になる。外面だって本質の一部。外見は中身の延長線上。

 お互いに今日まで走ってきたプロ。そのあたり貸し借りの感覚は曖昧ながら蔑ろにしてはならないものであることは共通認識……であるはずなのだが。デジタルはウマ娘と話していると頻繁に頭に血が上るのでいまひとつ信頼ならない。

 ついうっかり情報を引き出し過ぎないよう、こちらが注意するべきだろう。

 

「あ、はい! メジロマックイーンさんは外せないと思いますっ!!」

 

 案の定、脳を介しているとは思えない速度と勢いで返答が来た。聞こえた名前はやや予想外だったが、だからこそデジタルに聞いた甲斐があったとも言える。

 

「ふむ」

《メジロマックイーンかぁ。秋天の方に来るとは意外だったな。菊花賞じゃないんだ》

 

 脳裏を流れるテンちゃんのつぶやきに私も同意。

 メジロマックイーンさん。学年で言えば私と同学年で、トゥインクル・シリーズの括りではテイオーと同期のクラシック級。

 シンボリ家と並ぶウマ娘の名門、メジロ家の名を冠したウマ娘。入学前からステイヤーとしての素質を高く評価されていた人で、同じ葦毛ということもあり私も少し意識していた。

 ただ、同じクラスに配属されたことはないし、アオハル杯でぶつかったことも共闘したこともない。接点らしい接点もなくここまで来てしまった感がある。

 

 私の最も身近なシンボリ家がテイオーなのでその同格と目されるメジロ家もあんなちゃらんぽらんな印象を抱きそうになるが、それは大きな間違い。

 洗練された丁重な物腰。常に己を律し、メジロのウマ娘として日々の鍛錬を怠らない。骨膜炎を発症し、私たちよりデビューが一年遅れるもその姿勢に陰り無し。

 貴族的な世界に生きる名門ウマ娘の代表格。かといって高貴な生まれを鼻にかけるような、それこそ物語の悪役貴族のような厭味ったらしさはなく、学友との雑談中に冗談も言えば野球観戦だってする。特に野球観戦では大声で応援する姿がたびたび目撃されているそうだ。

 名門の気品と風格を自然体で身に纏った真のお嬢様。強いて欠点らしい欠点を挙げるのであれば、彼女は甘味に目が無いらしく、さらに食べれば体重に反映されやすい体質のようで、体重管理に苦労している姿をたまに見かけることくらいだろうか。

 あと何故かゴールドシップ先輩にやけに懐かれており、暇があればちょっかいをかけに行く光景もたびたび目撃されている。どういう接点なのかは謎だが、なんか仲がよさそうだ。

 テイオーはなにかとメジロマックイーンさんをライバル視している節があるけど、良家のお嬢様の格としては天と地ほども差がある。いったいどこで差がついてしまったのか。

 

《んーたぶん、個人がどうのっていうより今のシンボリ家が特異なんだと思うぞ。お嬢の言動から逆算するにウマ娘の名門名家は『家のために』という帰属意識が強い。メジロ家だって『メジロのウマ娘として』という旨の言葉を口にする子が大半だ。

 一方でシンボリを冠したウマ娘に『シンボリ家として』と日常的に口にする子は現状でぱっと思いつかない。やっぱりスピードシンボリあたりの影響なのかな? 国中の期待を一身に背負った海外挑戦、からの惨敗。当時のレベル差を痛烈に実感したことで『家として貢献する』よりも、『とにかく自国のレベルアップを目指す』方に意識の方針転換があったのかも。

 それにシンボリの最高傑作であるシンボリルドルフが『すべてのウマ娘に幸福を』という方針を打ち出したこととも無関係とは思えないね。彼女はまだ当主ではないが、既に大いなる支配者だ。

 家に帰属するのではなく、優れた血と才能と環境を受け継いだウマ娘として全体のために成果を上げる。結果的にそういう気風が今のシンボリには流れているんじゃないかな? だからテイオーが特別ちゃらんぽらんってことではないと思うよ》

 

 ふぅん。わりとどーでもいいや。

 聞いておいてなんだけど、テイオーはどこまでいってもテイオーであってマックイーンさんに勝っていようが負けていようが私にとってはあまり重要ではないのだ。

 

「骨膜炎によりデビューの遅れたマックイーンさんですが、その一年の遅れをものともせず見事昨年のホープフルSを獲得。GⅠウマ娘の称号を手に入れます。その後は重賞に出走することなく、メジロ家のウマ娘として天皇賞の楯を見据えじっくり力を蓄える方針でいました。……しかしそんな彼女に転機が訪れます。そう、それは昨年の菊花賞、今から一年近く前の話です」

 

 デジタルが熱く語ってくれている。いったいどこでそんな情報を入手してくるのだろう。謎だ。

 ウマ娘オタクが情報を持ち寄る掲示板とかあるのかな? でも掲示板を含めネットの情報って真偽を判別できるだけのその分野の基礎教養があって、初めて役に立つ気がするんだよね。

 だからああいうところを私は覗いたことがない。エゴサは毒にしかならないってテンちゃんも言ってるし。興味が皆無とまでは言わんが、半身の忠告を無視してやりたいほどのものでもない。

 だってウマ娘を話題にしている場所で、私の話題が出ないはずがないからね。“銀の魔王”ですから。

 

「新たなクラシック三冠ウマ娘が歴史に刻まれる最中、観客席で交わされたライバルとのひそかな誓い……! テイオーさんは翌年の宝塚記念を制し、そしてマックイーンさんは天皇賞(秋)を制する! そうやって“銀の魔王”テンプレオリシュをトゥインクル・シリーズに留めるのだとっ!」

「テイオーは負けたけどね」

 

 ついまぜっかえしてしまったが、なるほど。ステイヤーとして有名だったメジロマックイーンさんがなぜ長距離GⅠの菊花賞ではなく中距離の秋天に狙いを定めたのか納得できた。

 テイオーとの約束だったのだな。

 律儀というか、なんというか。

 

《ふみゅ。テイオーは強力なライバルを言葉巧みにクラシックロードの終着点から遠ざけた、と見ることもできるねぇ》

 

 ん、たしかにアイツは小賢しいところもあるけれど。それはないかな。証拠はないけど断言できる。

 テイオーはプライドが高い。特にダンスとレースにかけては天まで届けとばかりに聳え立っている。当の本人でもどうしようもないくらいに。

 だから不戦勝など、テイオー自身が認めないだろう。

 

《だねー。ほんとうに真摯なプライドは真摯な行動に繋がる。一番じゃないと納得できないどこかの誰かさんみたいに、ね。彼女のスペックなら大抵の競技で一着になれるだろうし、ぼくらのいない場所で満足できていればよかったのさ。そうじゃなかったからこうやって今日に至るわけなんだけど》

 

 テイオーが自らの勝利を誇るのは、その勝利を正攻法で手に入れたときだけだろう。

 時として軽い態度に見えるのは、軽く流して見えるほどに走りを始めとした所作の基礎基本がしっかり固められているが故。レースは彼女の憧れたるシンボリルドルフの蹄跡をなぞり、いつかはそれさえも超えるための筋道なのだから。

 そこに真剣でない時間などひとかけらも存在しちゃいない。

 私もメジロマックイーンさんを欠いた菊花賞ならテイオーが制する可能性は高いと思っているけどね。今年もまた新たなクラシック三冠ウマ娘が誕生するのかもしれない。

 まあなったらなったで、アイツは無敗の三冠を成し遂げられなかったことに唇をとがらせるのだろうけど。そこは甘受するしかないだろう。敗北した過去は変えられないのだから。

 

「ええ、ええ! テイオーさんとの約束は果たされることがありませんでした。だからこそっ! 今は亡き友との約束を背負い、過酷な戦場に身を投じるそこに拙者、義を見もうしたっ! メジロ家のウマ娘としてご自身の中でのいくつもの葛藤があったことや、折衝が必要であったことは容易に想像できます。それを乗り越えてレースに出走するというのに、見逃すことができましょうや!? いや、できるはずなどございません!!(反語表現)」

「ちなみに『今は亡き』は『友』じゃなくて『約束』の方にかかってるんだよね?」

 

 わかりきったことではあるがこのままだと勢いに任せてテイオーが亡き者にされそうだったので一応は注釈を入れておく。

 

「はいっ! 特等席からじっくり舐めるように一部始終拝見させていただきますともっ!!」

「たしかに観客席の最前列よりもずっと近くで見れるね。その分、俯瞰には向かない視点だけども」

 

 ステイヤーとしての素質が真っ先に評価対象になるメジロマックイーンさんではあるが、何もステイヤーが中距離に出走するからといって好成績を出せないわけではない。むしろ長距離にしか出ない長距離専門のウマ娘なんてまずいないと言ってよい。

 個人差はあるが、長距離を走れるのなら中距離だってある程度好走できるものだ。短距離特化みたいな子はまあ、いないこともないけど。

 

《本来はバクシンオーだってその短距離特化の戦績のはずなんだよなぁ。この世界の学級委員長は春天走ってたけど。

 ついでにいえばマイルに進出できなかったのは適性の欠如というより、当時マイルはマイルでスペシャリストがいた影響が強い気もするけど。その代わり、彼女は彼女で短距離の牙城を切り崩せなかったが……》

 

 ただ、今回はさすがに相手が悪いと思う。

 私を筆頭とする豪華メンバーに、成長途中のクラシック級小娘が、最も真価を発揮できる距離でもない戦場に参入。はたしてどこまで戦い抜けるやら。

 ジュニア級がジュニア級のみでレースを行い、クラシック級にもクラシックロードが用意されているのはなにも伊達や酔狂ではない。シニア級は魔境。一年足らずとはいえ住人の私が言うんだから間違いないよ。

 そりゃあ昨年の私のように突出した才能の持ち主ならその伏魔殿の中でもなお輝く戦績を打ち出すことも可能ではあるが。繰り返し言うが、相手が悪い。

 この秋シーズンは下手したら史上最強の空前絶後。私という魔王を討ち果たすため歴史に名を刻む天才どもが凡人には不可能な密度で努力を詰め込み、血眼になって殺到している。

 今年でなければ、相手が私たちじゃなければ通用したかもしれない。いや、メジロのウマ娘だ。きっと通用するレベルまで仕上げてきただろう。

 ……次のレースだって勝負には絡んでくる、か。デジタルはウマ娘ちゃん箱推し勢でどんな相手でも良いところを見つけるのが得意な善良な少女ではあるが、嘘はつかない。

 脳内データの脅威度ランク、その中からメジロマックイーンの項目に付箋をつけておく。要注意、っと。

 ただ、それはそれとして。多少思うことはあるわけで。

 

「ねえデジタル。最推しは私じゃないの?」

「こひゅ……!?」

 

《こーら、箱推し勢に単推しや最推しを要求しない。デジタルの性格的にイエスでもノーでも、どう答えてもしばらく引きずるぞ?》

 

 ああ、言われてみればそうか。

 デジタルが嬉々として語るのがなんだか気に食わなくていじわるを言ってしまったが、いじわる程度で軽く言っていいことじゃなかったな。

 

「ごめんね。なんでもない」

「…………」

 

《へんじがない。ただのしかばねのようだ》

 

 だから悪かったってば。

 

 




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