「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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世界最強襲来警報

 

 

U U U

 

 

「ほらリシュ、はやくはやくー」

「はいはい」

 

 〈パンスペルミア〉の部室にて、テイオーに急かされながらスマホをいじる。

 なにもスマホは一人一台あるのだから、わちゃわちゃと雁首揃えて一つの画面をのぞき込む必要など無いだろうに。

 そう思わなくもないが、今の私はこの得体のしれない一体感を心地よく感じるだけの感性を有しているので。

 まあ仕方がないかと肩を一つ竦めて作業を粛々と進めるのであった。

 

「ふっふっふ、どんな話が聞けるのかとても楽しみデスねー!」

 

 エルコンドルパサー先輩が腕組みしながら笑う。

 やはり何か思うところがあるのだろうか。私には想像することしかできないし、その想像だってたくましくするほどの熱量もない。

 

 世界最強。

 エル先輩がよく口にするこの四文字。はたしてこの言葉を聞いて、人はいったい誰を具体的に思い浮かべるだろうか。

 

 私? うん、私は……どうかな。

 現状、テンプレオリシュはこの国において最強のウマ娘の一角であるとは思う。ひとつの事実として『対格上の性質を持つ【領域】』は、シニア級に上がってから一度も使ったことがないし。

 私最強。レースの歴史をいろいろ塗り替えたし。あちこちでレコード更新したし。歴代でも最強候補に名前が上がるはず。うん。

 

《ただし、最強界隈ではあくまでその一角に過ぎないのだよ》

 

 最強界隈ってなにさ?

 

 海の向こうでもレースは国民的娯楽として愛されていて、そこでもまたチャンピオンはいるのだ。レースを運営する組織の数だけそのコミュニティにおける頂点は存在する。ある種当然の話ではある。

 そしてその最強たちが雌雄を決する場というのは、実のところあまり多くない。

 国が変われば環境も変わる。水質や食文化といった生活の根幹を成す部分から、レースという狭い範疇で見てもその些末なルールに至るまで。

 こちらでは反則になることがあちらでは戦術の一つとして成り立っていたり、逆にこちらでは前提となる認識があちらでは非常識だったり。

 有名なのはラビットに代表される集団戦を前提とした戦術の是非だろう。うちの国では業界追放モノのタブーであっても、海外レースを視野に入れるのであればしっかり対策しておかねばならない。

 テンちゃんが『アオハル杯は海外進出を見据えたプロジェクトの一環なのではないか』と推察した要因でもあるね。

 

 そういうギャップをいくつも乗り越えてわざわざ相手の土俵で最強に挑むには、相応の旨味が無ければやってられない。

 『乗り越える』と口で言えば簡単だが、要は向こうの環境に合わせて肉体改造を余儀なくされるということでもあるのだから。つまり水質や食文化といった根幹から違う場所に合わせて、だ。

 ホームグラウンドの強敵相手に自らハンデを背負って戦い、そしてその勝敗にかかわらず一度変化してしまった肉体は不可逆。放置しておけば元に戻るようなものではなく、帰還後は再度調整を行わねばならない。

 その調整が上手くいかず、最強だったあの頃に戻れなくなってしまう者も、まあ当然の話ではあるが一定数存在している。レースファンに聞けば一人ならず具体的な名前が挙がることだろう。

 

 とはいえ、なにも旨味というのは金銭的利益に限った話ではない。

 むしろ金銭的なものを含め、利益や報酬というものはいかに満足感を得られるかという一点が重要視されるものではなかろうか。

 

《金持ちが財布から何気なく抜き取った一万円札と、小さな子供が十円玉でパンパンにした貯金箱。後者の方が報酬として価値が高いと感じる人間は決して少なくないと思うんだよね》

 

 ああ、十円玉オンリーってところがミソだよね。大人がお釣りの小銭を適当に放り込んで満たしたんじゃない。きっと十円単位でもらえるお小遣いを一度も使わず丁寧に貯め続けたのだろうとわかる。そういうのって大事だよ。

 

 それと同じことがレースにも言える。

 ただ金を稼ぐだけなら、国内で適当なレースに勝てばいい。なんならこの国の賞金は世界で見ても上位だ。

 そうではない、何度宝くじに当たっても満たされないものを求めて。国内に専念していれば稼げたかもしれない富と栄誉を手放してまで欲しいものがあるから。そんな熱に駆られたウマ娘たちは海外を目指すのだ。

 

 さて、国は異なれどもレースはレース。

 それぞれに歴史があり、格式があり、伝統がある。

 そうなれば自然と、その価値も優劣のようなものが生じていく。比較があれば底辺も頂点も生まれ、これはその中の最高峰サイドのお話。

 これに勝っておけばとりあえず、世界一を名乗っても絵空事だと嗤われることはない。そんなレースが実は存在している。それは毎年フランスのパリ、ロンシャンレース場の芝2400で開催される。

 その名を『Prix de l'Arc de Triomphe』。日本語で『凱旋門賞』。

 日本が世界に追いついたという証明を求め、この国から多くの優駿が半世紀以上ものあいだ海を渡って挑戦を続け、そして一度も勝てなかった。

 それは怨念のこびりついた栄光の玉座。

 私には怨念も玉座の価値も、どちらの重みもいまひとつ理解しづらいものであるけれど。

 

 ヴェニュスパークというウマ娘がいる。

 日本の階級に換算すれば現在シニア一年目、つまり私たちと同じ世代。

 比較的デビューこそ遅かったものの、逆に言えば彼女の戦績で目に付く欠点はそのくらいだ。

 昨年はフランスのオークスにあたるディアヌ賞をレコード勝ち。その勢いのまま出るレースで軒並み快勝と圧勝を続け、デビューから無敗の五連勝目で凱旋門賞の栄誉を手中に収めた。

 つまりクラシック級でシニア級の面々を押しのけ世界の頂点に輝いたということになる。その功績があってか、彼女はその年のフランスの年度代表ウマ娘にも選ばれた。

 その勢いは年を跨いでも衰えるところを知らず、今年も凱旋門賞に出走した彼女は瑕疵なき戦績のままその勝ち星を一つ増やす。つまり凱旋門賞二連覇という歴史的快挙を成し遂げたわけだ。

 

《いやトレヴと違って負けとらんのかーい》

 

 ゆえに現時点で、世界最強と言えば彼女のことを指す。私ではなく。

 ひとまずはそう断言してしまっても構わないだろう。異論は各方面から噴出するかもしれないが。

 情熱に目を濁らせながら、口角泡を飛ばす勢いで。最強論争とはそういうものらしい。誰だって自分だけのヒーローがいて、それが脅かされたら理屈より感情が先立つのだ。

 

《師匠か? 師弟ぱわーが彼女を元ネタより強化したというのか!?》

 

 テンちゃんが何やら錯乱しているけど、たしかに彼女はかつてかのエルコンドルパサー先輩の挑戦を退けた凱旋門賞ウマ娘、モンジューさんの弟子としても知られている。

 ざっくり資料越しに読み取った印象だとテイオーとルドルフ会長の関係性に近いだろうか。憧れであり、目標であり、いずれ超えるべきライバル。まあ、テイオーがルドルフ会長に向ける感情がどこか甘えを含むものであるのに対し、彼女たちは師弟として明確な一線があるようにも感じるけど。

 実際にその場を見てみればまた印象が変わるかもしれないが、彼女が現在の実力に至った要因として師の存在が無関係とは思えなかった。

 

 そんなヴェニュスパークさんが、来日する。

 もちろん目的は観光などではない。芸能人じゃあるまいし、いくら実力者とはいえただ観光客やってる海外ウマ娘の一挙一動に注目するほど私は暇じゃない。

 だから襲来と言い換えてもいいかもしれない。

 

 『欧州王者ヴェニュスパーク、ジャパンカップに参戦!!』

 

 そのニュースにこちらもあちらもマスコミは大騒ぎだ。

 私も対岸の火事とはいかないので、こうしてスマホで配信を見ることに。

 

《こういう何気ないところで着実にSFがリアルになりつつあると実感するよなぁ》

 

 しみじみ述懐するテンちゃんと共に、再生ボタンをスタートするのであった。

 

 

 

 

 

 白を基調とした赤襟の勝負服。お洒落に編み込んだ明るく淡い色合いの鹿毛。

 欧州王者と聞いてイメージするほど背は高くない。もちろん私よりは高いけど、せいぜいミーク先輩と同じくらいだろうか。あちらでは体格に恵まれたウマ娘が日本以上に多いので、ともすれば小柄にも見える。

 しかし小柄であっても小さいとは感じない。何より印象的なのは身に纏うその空気。

 成すべきことを成し遂げてきた者の顔。周囲にとっては難事でも自らにとっては簡単な仕事を片付けてきたのではなく、己にとってもまさしく難業であったことに全力で立ち向かい達成してきた誇りが宿っている。

 自分を信じるに足る実績を積み上げてきた者の顔だ。彼女の表情はまさしく『自信』に満ち溢れていた。

 

『なぜこのタイミングでジャパンカップに挑戦されるのでしょうか? 既に欧州に敵はいないということでしょうか?』

 

 やや挑発的とも取れる番組内の質問に、画面の中のヴェニュスパークは不敵に笑って答えた。

 

『凱旋門賞を連覇して、今の私こそが世界最強なのだと、フランスに誇りを示すことができたと考えています。ですがこのジャパンカップへの挑戦は消去法の結果ではなく、新たなる世界を知るための選択です』

 

 勉強の甲斐あって、画面下に表示される字幕に頼らずとも何を言っているのかだいたいは理解できる。

 翻訳だとたとえ誤訳じゃなくとも細やかなニュアンスにズレが生じるからね。こうやってあちらの息遣いをそのまま理解できるのはありがたい。

 

『師匠に聞いたことがあります。『今年の凱旋門賞王者は二人いた』、そう讃えるにまるで躊躇を抱かぬ素晴らしい健闘を見せてくれたエルコンドルパサー。同じ年のジャパンカップで自らを打ち破ってくれたスペシャルウィーク。極東の優駿たち。全身の細胞が熱く脈動するような戦い。この世界の広さを』

 

 師匠が誰なのかヴェニスパークさんは明言しなかったし、司会が言及することもなかった。

 この番組を見る者にとって彼女の師がモンジューであることは言うまでもないことなのだろう。そういう何気ないしぐさが欧州の絶対的存在であることを物語っているようで、なんだか面白い。

 

『私もその世界が知りたい。そして師匠が果たせなかった凱旋門賞からジャパンカップの制覇をもって――師匠を超える。そのつもりです』

『なるほど……!』

 

 感じ入ったように司会が同意を示す。

 画面を通じて熱い風が吹き抜けていくようだ。覇気というには相手を圧する刺々しさに欠け、重圧というほどみっちり詰まった息苦しさは感じない。

 威風堂々。この四文字熟語がこれほど当て嵌まる相手も珍しい。

 

「テイオーが順当に成長したらこんな感じかな」

「どういう意味さー!?」

 

 べつに他意はなかった。

 天才として生まれ、天才として育ち、天才として愛されて。順当に偉業を成し遂げ、いま憧れを超えんとしている。その姿がこの後輩のあるべき未来と重なっただけだ。

 まあ中央のウマ娘はプライドが高いし、なかでもテイオーはひときわ誇り高い。脈絡なく下位互換扱いされた彼女が苦言を呈するのも、当然といえば当然のことだった。

 

『同時にいまいちど証明したいのです。凱旋門賞はこれまでも、これからも、世界最高峰のレースであるのだと』

『と言いますと?』

 

 画面の向こうでは当然のことながら、こちらの漫才もどきに関係なく話が進んでいる。騒ぎすぎて聞き逃したくないのはこの場の共通認識なので、さほど時を置かず騒ぎは沈静化した。

 それはそれとして後ろから指でチョコチョコちょっかいかけてくるけど。このたぐいの精密動作で私を上回れる者などそういない。ぴしぱしと指先で捌いてテイオー相手でも余裕の完封勝利である。

 

『近年ではレースの高速化が業界全体で進行しています。凱旋門賞の格が問われる時代が到来しようとしているのです』

 

 ヴェニュスパークさんは語る。

 世界のレースの主戦場がマイル~中距離に移行しつつあると。自然と求められるものもパワーやスタミナといったものから、スピードがひときわ重視されるようになっていく。

 翻って凱旋門賞はどうか。

 2400mという距離は強いウマ娘を決める古くからの芝の王道ではあるが、近年の国際基準たるSMILEでは長距離(Long)に区分されてしまう。

 日本の整備されたレース場に対し、より自然に近い環境で走らせるロンシャンレース場の構造。そもそも品種が野芝ではなくクッション性の高い洋芝という違い。雨が多く重バ場や不良バ場が頻発する開催時期。

 ロンシャン2400mというコースの特色。400m地点から向こう正面まで最大斜度2.4パーセントの上り坂が続き、第三コーナーから下りに。1000m地点から1600m付近までの600m進む間に10m下がる。つまり高低差10mのアップダウン。その後に待ち受けるのはパリロンシャン名物フォルスストレート約255m。そこを潜り抜けてようやく待ち受ける最終直線はしっかり533mあって、これは東京レース場とほぼ同じ距離。

 

『これまで凱旋門賞は常にフランスのウマ娘がその栄誉を勝ち取ってきました。それはとても誇らしく、素晴らしいことです』

 

 総じて、あらゆる要素にパワーとスタミナが必須となる。

 無論、だからといってスピードに乏しいというわけがない。凱旋門賞を勝つウマ娘はそこに圧倒的なスピード、最後の直線で競り勝つ根性、そして荒れた芝のコースを的確に見抜く賢さを兼ね備えているのだ。

 だからこそ“強いウマ娘”が勝つ、世界の芝レースの頂点であり続けたわけだが……。地中奥深くから芝の先端までよく整備されたレーンの中でスピードを競う日本のレースとは、もはや別の競技と言えるほど求められる能力が異なるのは一目瞭然。

 

『しかし『フランスの地で生まれ育ったウマ娘が強いから勝つ』のではなく『フランスの環境に特化したウマ娘でないと勝てないレースである』との見方が、今後は強まっていくやもしれません。そしてそれはある種の事実であると認めざるを得ません』

 

 すごいな。

 すべてがすべて彼女の口から語られたわけではない。述べられた内容に合わせてこちらが脳内で補完した情報も多数存在している。どうしたって私たちが考える際は日本主体になるからね。

 ただ、内容の骨子は間違いなく現在進行形でヴェニュスパークさんが語っているものだった。これが仮に敗者の口から語られていたのであれば僻み交じりの負け犬の遠吠えに聞こえただろうし、そうではない有識者や専門家の客観的見解であったとしても感情的な反発は避けられなかったと思う。

 凱旋門賞二連覇を果たした王者が堂々と語ることだから誰もが素直に聞き入る。その解決策も用意されているのだと、無意識かつ無邪気に信頼して続きを待てる。

 

《まー自称有識者や自称専門家ってろくなこと言わねえってイメージあるけどな。あいつらって何か免許持ってるわけでもないし》

 

 そりゃあ免許は本来違法となる行為を、一定の知識と技量を示した者にだけ許可するってものなのだから。レースやウマ娘を語ることが違法になるって前提がない限り、逆説的にそれらに関する免許なんて存在しないでしょ。

 免許こそなくても学位ならあるんじゃない? トレーナーライセンスほどしっかりしたものじゃなくてもさ。じゃないと実績もなしに、自分から専門家なんて名乗らないでしょ。

 

《だったらいいんだけどねー》

 

 何やら不安になるテンちゃんの相槌を挟みつつ、いよいよ番組は次なる佳境に入る。

 

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