「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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頂点が一つではない世界

 

 

U U U

 

 

『だから、私が証明してみせます。世界でも有数の高速バ場である日本のレース場、国際GⅠ競走ジャパンカップに勝利することで。フランスのウマ娘だから凱旋門賞を制するのではなく、ただ純粋に強いウマ娘が凱旋門賞を勝利したのだと!』

『おお……!』

 

「高みが高みであり続けるのも楽ではない……ということですか」

 

 どよめきで満たされる画面内を見ながらアヤベがぼそりとつぶやく。

 ちなみにこの子は無駄に密集することなく自分のスマホから同じ番組を見ていた。往年のココンほど露骨になれ合いを嫌っているわけではないが、それでも騒がしいのは苦手としている。そんなクールな後輩なのだ。

 

「そうですね。伝統とは時の流れとの闘いです。たとえば舞の伝承にて、一代ごとに生じる型のズレがほんのわずか一センチだったとして。それを十代続けて許容してしまえば生じる差は十センチ、それはもはや別の型。ゆえに寸分の狂いもなく。そんな矜持と覚悟で受け継がれてきた伝統芸能を私は尊敬しております。

 ですが同時に、変化なきものは時代に取り残されるが摂理。ただ受け継いだ伝統の上に胡坐をかいていれば先細りし、やがて消えゆくだけです。伝統を背負い、その上で新たな境地に挑戦しなければ未来はない。そんな挑戦がアニメやゲームを題材に取り込んだ現代歌舞伎や、海外の文化と融合したオペラ歌舞伎を世に生み出したと言えるでしょう」

 

 そう考えると抹茶ラテも評価されるべき挑戦なのかもしれません~、などと頬に手を添えながら応じるグラス先輩。

 和の心を愛する大和撫子たる彼女らしい分析の仕方だ。

 グラス先輩やエル先輩はアメリカ出身のウマ娘であり、自分の意思で日本のトレセン学園を選びはるばるここまで来ている。

 日本でデビューしてここまで幾年も走ってきたのだ。既にここがホームグラウンドであり、『日本のウマ娘』と一括りにされても当人たちが違和感を覚えることはあるまい。

 だが日本のレースも欧州のレースも彼女たちにとっては等しく『選択肢として存在していた、数あるレース業界の一つ』だった。そういう意味では『国内のレース』『海外のレース』として見ている私たちとは見え方が根本的に違うのかもしれない。

 

「彼女は凱旋門賞という伝統を背負い、その上で未来へと繋ぐため海を渡ってこの国まで来るのです。その矜持と覚悟は生半可なものではないかと。リシュちゃん、手強い相手ですよ?」

「はい」

 

 かつて日本でも天皇賞(秋)が3200mから2000mに変更されたように。

 いずれロンシャンレース場で行われる世界最強を決める芝2400mも、時代に合わせてもっと短い距離になることもあるのかもしれない。整えられた芝に変わることもあるのかもしれない。

 だがそれは今の話ではない。だからその時が来るまで、伝統が時代に取り残された遺物だと揶揄されることがないように。

 新たなる戦績を刻むことで己が勝利したレースの価値を担保する。ヴェニュスパークさんが挑もうとしているのはそういう戦いだ。

 

『日本ではいま“魔王”と呼ばれるウマ娘がレース業界を蹂躙しているといいますが……』

 

 お、呼ばれた? 司会の声に意識が画面の中に戻る。

 ヴェニュスパークさんが頷いて口を開いた。

 

『“銀の魔王”テンプレオリシュさんですね。クラシックロードで無敗のクラシック三冠を達成し、いまだに無敗を誇る日本最強のウマ娘です』

『距離もバ場も問わず手当たり次第にレースに出走して勝ちまくり、状況によっては脚質も自在。日本レース業界のありとあらゆる記録を塗り替えているそうです。にわかには信じがたい戦績ですねえ』

 

「むぅ、リシュの扱いなんか雑じゃなーい?」

「ま、こんなもんでしょ」

 

 テイオーが唇を尖らせてくれているけど、海外のウマ娘の扱いなんてそんなものだ。

 何ならこっちだって似たようなものだと思う。ヴェニュスパークさんの名を知るレースファンはこの国にだって多い。彼女が凱旋門賞を連覇した欧州最強のウマ娘だと知っている。だが彼女の戦績を一つ一つ丁寧に羅列できる者となると、はたしてどれだけの数になるか。

 距離による減退は何も物理的なものに限った話じゃない。情報も興味も熱意でさえ、海を越えていくうちに摩耗するものだ。だからこそ海を越えてなお燃え盛る想いを軽視してはいけないわけで。

 

《付け加えるに、レースを取り扱う番組の司会者だからといってレースのことを熟知しているとは限らないのがマスコミというものだからねえ》

 

 よくも悪くも仕事なのだから、割り振られたら専門外だろうとこなすしかないということか。

 それを鑑みれば本当に『こんなもんだろう』という感想しか出てこない。腹が立つとか、もうそれ以前の話なのだ。

 

『無敗と無敗のぶつかり合い、じつに楽しみです。ジャパンカップはあちらのホームですが、ご自信のほどは?』

 

 放送終了時間が迫る中、期待と信頼をにおわせる司会の前振りに、番組の締めとしてヴェニュスパークさんは胸に手を当ててしっかりと応じてみせた。

 

『私が勝ちます。極東の魔王をこの手に打ち取り、勝利の栄光を私たちの手に!』

La victoire est à moi(調子に乗んな!)

 

 すかさず舌を出してびしりと中指を突き立てる。

 なお内心、ジェスチャーほどの攻撃性はない。ただテンちゃんがやりたかっただけのようだ。

 「おおー」とエル先輩あたりは感嘆の声を上げ、グラス先輩には「はしたないですよ」とゆるやかな笑顔で窘められる。ちょっとこわい。

 

「……それで、実際はどうなんですか? 欧州最強はあなたの目にはどう映りましたか」

 

 アヤベに敬語で話しかけられるのも慣れたものだ。というか、別に彼女は私だけに恭しいのではなく、後輩として先輩方にはまとめて敬語で接するくらいの社交性と常識は持ち合わせている。

 出会った当初こそ精神的余裕が無くピリピリと張りつめた言動が見受けられたものの、それが解きほぐされてしまえば奇人変人の巣窟である中央トレセン学園においてはかなりの常識人だった。周囲を振り回すのではなく、どちらかといえば周囲に振り回されるタイプ。

 

《ボケ属性じゃなくてツッコミだよね》

 

 端的なテンちゃんの一言である。残酷な事実だ。トレセン学園はボケ属性であふれているというのに。特に彼女の同世代はオペラオーやらドトウやら濃いのが多い。きっと苦労するだろう。

 テイオーを見てみろ。どこで折っても最終的にクソガキが顔を出す金太郎飴みたいなメンタルだぞ。

 

「なんだよー?」

「べつにぃ」

 

 そして勘が鋭い。中央で気兼ねなくブイブイいわせるにはこのくらいのスペックが必要だ。

 さておき。

 

「強いことは強いんだろうけど、そこまで怖くはないかな」

 

 マスコミを前にしているわけでもなし。飾り立てる必要がないので正直に答える。

 番組内でもヴェニュスパークさん自身言っていたように、欧州のレースとこの国のレースはまるで別物だ。ここにいるエル先輩なんか凱旋門賞のためにほぼ一年間まるまる国内のレースを捨て、その時間を欧州の環境に適応するために費やしている。

 そのエル先輩を凱旋門賞で打ち破ったモンジューさんだってそのあとすぐにジャパンカップに挑戦したわけだが、実のところ調整はあまり上手くいかなかったようなのだ。

 少しでもマークを外したい意図があったのかもしれないが『あと三日はかかる』と陣営がインタビューに答えた記録も残っている。

 真相はどうあれ一つの事実として、スペシャルウィーク先輩が勝利したジャパンカップにてモンジューさんは四着。日本総大将のエピソードで連想されるイメージとは異なり、欧州王者とギリギリの競り合いを制したワンツーフィニッシュというわけではなかったのである。

 

《まあその二着から四着までが海外勢だったから『日本総大将がジャパンカップの勝利を海外勢から守り通した』って評判になったんだけどね。それにその不調の中でもしっかり掲示板を外していないんだからモンジューだって十分すぎるほどバケモノだ》

 

 だね。

 とまあつまり、長距離移動と現地への適応はそれだけ大きなハンディキャップになる。ヴェニュスパークさんが現役真っ盛りの生ける伝説だとしてもこれは無視できるものではない。そして実力が同等ならハンデを背負っている方が不利になる。単純な理屈だ。

 ぶっちゃけ、この条件なら同じレジェンド級であるブライアン先輩の方が怖い。普通に怖い。あの人やべえよ。

 誤解しないでいただきたいのだが、ヴェニュスパークさんはとても強い。レースの歴史にその名を刻む優駿の一角となるだろう。

 それにモンジューさんの弟子なのだから、陣営だって長距離移動や環境の違いによって発生するリスクも承知の上だろう。その上でいけると踏んだから、今回こうやって挑戦に至ったはずなのだ。

 

「世界最強とも言われている相手ですけど、それでも?」

 

 だが、あえて言わせてもらおう。

 調子に乗るな。

 ヴェニュスパークさんは強い。強いが、上記のハンデを背負った上で今の日本の面々をぶち抜けるほど突出してはいない。私はそう判断した。

 歴史に名を刻む優駿というのなら、今ここにだってずらりと並んでいる。私が三年間駆け抜けた国だぞ? どれだけの切磋琢磨があったと思っている。取捨選択と弱肉強食の群雄割拠を墨汁みたいに煮詰めた結果がこの時代の下半期だ。私たちの世代だ。

 

「私のいない『世界』、でしょ?」

「っ! …………あなたを海外に送り出したいと無責任に騒いでいた人たちの気持ちが、いま少しだけわかった気がします」

 

 軽く息をのんだ後、アヤベはそう納得したようだった。

 いつかは私もその高みに……と、いちいち声に出すわけではないが。そんな熱がじんわりと瞳に灯ったように見える。

 この子は本当に安定した。どこから目線だと問われたら、人生の先達目線だと答えよう。

 初めて会ったのがクラシック級の聖蹄祭だったから、だいたい一年ちょいの付き合いか。本格的に関係性が定まったのはシニア級に入って同じ学園の生徒になってからだから実質的にはもう少し短いけど。

 トレセン学園入学当初の、自らを痛めつけるかのように過酷なトレーニングをがむしゃらに行っていた彼女はもういない。

 

《アヤベさんの根底理念ってよーするに『どけっ!!! 私はお姉ちゃんだぞ!!!』『全力でお姉ちゃんを遂行する!!』だからねー。自分の中に妹さんがいるとわかったのなら、己を傷つけるのは目的から見たらむしろ逆効果。そうやって順当に自分を大事にするようになれば、まあこういう方向に開花することもあるのかなって》

 

 何故だか脳内にヤバい形相をしたアヤベのイメージ画像が流れていった。ネットミームかなにかなのかな? はたしてお姉ちゃんとは遂行するものだっただろうか。

 

 正しい意味で自尊心というものを身に着けた。そういう気がする。

 自らの行いを正当に評価し、自らの価値に正しい自負と自信を抱く。破滅的な鋭さが消えた代わりに、そんな厚みができた。瞬間的な爆発力では従来と比べやや見劣りするものの、以前のままであるよりもずっと高くまでいけるだろう。

 

 それにしても、人生を語れるほど人間を生き続けたおぼえはないけれど。

 人とは変われば変わるものなのだぁと、そんなことをしみじみ考えてしまう。頑固に雁字搦めに何年も変わらぬ性分がふとしたことで氷解するのだ。

 さすがに料理漫画かなにかのように、一皿分のきっかけで数日のうちに激変するような安易なものでないけれど。

 少しずつ、着実に。俯瞰してみれば劇的に。いいお手本でも身近にあったのだろうか。わからないなぁ。

 

「ふっふっふ。エル、こう見えて欧州のレース事情にはちょっとばかり詳しいんデス」

 

 エル先輩が自信ありげに胸を張る。

 そりゃあ貴女ほど詳しいウマ娘なんてこの国にはそういないでしょうよ。凱旋門賞に勝つため一年近く現地で過ごしたお方だ。

 あくまで指導者ではなく競技者としての経験だろうが、裏を返せばレースを走る張本人として生きた情報を誰よりも蓄えているとも言える。

 

「リシュちゃんのためなら先輩として全力でサポートしマスよー!」

「それはありがたいですね。よろしくお願いします」

 

 無論、エル先輩の持っている情報が今の欧州レース業界に対応しているとは限らない。

 ここ数年でテンプレオリシュという外来種の影響により日本レース業界の環境が激変してしまったように。フランスでも同様のことが起こっていない保証はない。私と同じことができるウマ娘がそうそういるとは思えないが、一つの事実として現代の日本には該当者が一名いるのだから。

 ヴェニュスパークさんは間違いなく凱旋門賞の連覇を成し遂げた『最強』の称号に相応しいウマ娘。その『最強』を倒すため、欧州レース業界は少なからず彼女を中心に変貌を遂げたはずだった。

 ただ同時に、こちらのあずかり知らぬうちにノウハウが通用しないほどの根底から変化が生じたということもまずありえない。

 人数が多ければ多いほどフットワークが重くなるのが組織というもの。一つの国のレース業界が短期間に抜本的な改革などそうそうできることではないし、仮に起こっていたらその情報は海を渡ってこちらまで届いているだろう。現代は情報化社会なのである。

 

《総括すると、海外の強敵たちを迎え撃つために必須ではないけど絶対に欲しい助力。あちらから申し出てくれたのは僥倖だったね》

 

 そういうことだね。

 

 エル先輩は一度もモンジューさんのことを口にしなかったし、私も触れなかった。

 海を渡り欧州で費やした時間だけで一年。何十年と生きた大人のありふれた一年ではない、十代の少女であり現役アスリートの貴重な全盛期をつぎ込んだ一年間だ。

 それでも届かなかった凱旋門賞制覇という憧れ。手の届くところまでは来ていたのに、あと一歩のところでその手を打ち払った因縁の相手。

 その弟子がかつての宿敵の軌跡をなぞるように、かつての宿敵以上の肩書を持って日本にやってくる。思うところがないはずがない。

 

 ウマ娘は想いをその背に乗せて走る。想いの送り主はなにも観客席からとは限らない。家族であったり、友人であったり――そして同じレースを走るライバルであっても。

 想いを託し、託されて。かつて届かなかったところに届く。送り届ける。

 ただ、そうであっても同時に。

 やみくもに渡すわけではない。渡せる相手というのがある。託すに足る関係というものが存在する。

 人生を懸け、それでも届かなかった想いの欠片を託せるのはエル先輩にとって“黄金世代”と呼ばれた同期の彼女たちだけなのだろうなって。

 私だって受け取ろうとは思わない。私自身、“最初の三年間”も終わりが見え始めたから。同期という関係性の特別さはなんとなく実感している。

 仲のいい先輩後輩であっても。頼れるチームメイトであっても。やっぱり違う。違うんだ。

 

「そういえば、スペちゃんが出るかもしれませんよ」

 

 頬に添えていた手をゆるりと頤に当てる人差し指へと変えながらグラス先輩が言う。もぎ取った果実をとんと机の上に置くようなさりげなさで。

 あまりにも唐突。ただまあ、話の流れが流れだけに意味を受け取り損ねるようなこともない。

 

「ジャパンカップに?」

「はい~。リシュちゃんのこと、私たちが少しばかり楽しそうに話し過ぎたのかもしれません。『私も一緒に走ってみたいです!』ってあのまっすぐな目で、しばらく前から調整を始めていたようなので」

 

《ふわー、千客万来というか、なんというか……》

 

 テンちゃんがあきれ交じりに感嘆している。

 スペシャルウィーク先輩。黄金世代の“日本総大将”かぁ。

 黄金世代最強はエルコンドルパサーであるという見方がある一方で(異論は山ほどあるし、そのどれにも興味はない。相手が誰であっても私が勝つ)、黄金世代の中心はスペシャルウィークであるとの声がある。

 北海道からやってきた素朴な少女が、中央で様々なライバルたちとしのぎを削りながら努力と根性で成長していく。たしかにあの世代を一篇の物語として紡ぐのであれば、その中心に据えるにはぴったりの逸材だろう。

 

《のちに世界規模でブームを巻き起こす超巨大コンテンツ、その基礎となる伝説的ファーストエピソードとなりそうだねえ》

 

 テンちゃんも同意している、たぶん。

 

 欧州最強対日本最強。無敗と無敗のぶつかり合い。そんな私たちの話題とはまた別に、かつて師を退けた日本総大将と師の無念を受け継いだ現役世界最強の激突というシチュエーションが発生するわけだ。

 言うまでもなくブライアン先輩を始めとした日本の優駿たちが集うGⅠという魔境は大前提の据え置きで。ジャパンカップからはマヤノも参戦予定だったはず。

 

《マスコミが狂喜乱舞しそうなクラスの話題が渋滞を起こしているな。どうなんだこれ?》

 

 根拠不明のふんわり予言が来ることもなく。

 ただ事態が混迷しているまま温度だけが無秩序に上がっていく。そんな据わりの悪さを背中で感じていた。

 

 




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