「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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お ま た せ


オッドアイの定義
無人島にいこう(まだいかない)


 

 

U U U

 

 

『件名:パリはいいところですよ!

From:ヴェニュスパーク

To:テンプレオリシュ

 

この時期になるとパリも冬が深まり、マフラーやニット帽がほしくなります。空気が乾燥するのでリップクリームやハンドクリームも用意した方がいいでしょう。秋の気候が残っており、天気がころころと変わる日もあるので折り畳み傘があると安心です。

今日は十二月にしては珍しく雪が降りましたが、すぐに溶けてしまいました。冬のパリを歩くのであれば手袋とブーツも必需品です。一年を通じてパリは素晴らしい街ですが、個人的にはやっぱり十月あたりが一番好きかもしれません。

来年はぜひとも遊びに来てみませんか?

実は観光名所と呼ばれるところはそこまで詳しくありませんが、その分地元の人間しか知らないような穴場を案内できますよ? 私のお気に入りのパン屋を紹介したいです。おばさんの焼いてくれたバゲットは絶品です。

どうせなら夏あたりから訪れてみてはいかがでしょう? 日本の夏に比べパリの夏は湿度が低いので過ごしやすいと聞きました。もっと前から来ていただいても大歓迎です。

師匠やリガントーナさんも会ってみたいと言っていました。私もあなたと一緒にこの地で走ってみたいです。

 

記念は画面越しにリアルタイムで応援します。

あなたの勝利を確信しています。』

 

 

 

 

 

『件名:Re:パリはいいところですよ!

From:テンプレオリシュ

To:ヴェニュスパーク

 

メールありがとう。

来年の予定は今のところ未定です。年末の結果次第で大きく変動するでしょうから。

いちおう、トレーナーやURAとも相談して来年の海外進出もありうる未来の一つとして見ています。もしもフランスに向かうことになれば、そのときは友人たちと一緒に向かうこともあるかもしれません。

大勢でお邪魔することになっても笑顔で迎えてくれると嬉しいです。

 

ここだけの話、年末のレースはこのままだと厳しいと感じてしまう相手もいます。私のライバルは本当に強いのです。

ただ、私としてもこのまま負けるつもりはありません。

これから半月ほどバカンスと特訓を兼ねて無人島にいくつもりです。電子機器の類もいっさい断つので、その間は連絡をいただいても返答できないことをご了承ください。』

 

 

 

 

 

 カチャカチャカチャカチャ、ターンッ!

 どこまでもわざとらしく、仰々しく。テンちゃんがエンターキーを押してメールを送信する。

 己が海外にメールを送る日が来ようとは。なんだか不思議な気持ちである。

 

《ヴェニュスパークとメル友になったからね! いや、メル友というのはもう死語か? いっそペンフレンドと言ってみた方が一周回ってお洒落かもしれないな》

 

 あちらから送ってくるときは日本語で。こちらから送るときはフランス語で。どちらがそう言いだしたわけでもないのだが、いつの間にかそういうことになっていた。

 お互いにネイティブでは使わぬぎこちない言い回しながら、何だかんだ意思疎通には差支えなく文章のやり取りをしている。

 私はどうにも筆不精というか、LANEは数日間未読放置などもやらかしてしまうのだが。毎日顔を合わせるでもない、海を跨いだ距離にいる相手にそれはまずいと感じる程度の常識は持ち合わせているつもりなので、今のところ(私にしては)驚異的なスパンで返信することができている。

 ヴェニュスパーク……本人はパークでいいと言っていたが、さすがにその早さで距離を詰めるのは私にはちょっと難しい。同年代に敬称をつけられるのはむず痒いと言われたし、たしかに海外ではそんなもんかもしれないと思ったのでそこは合わせたが。

 愛称はまだ無理だ。なんとなくだけど、すごくいやだ。

 

 

 

 

 

 荷物をまとめ、まずは〈パンスペルミア〉の部室に赴く。

 二週間も空けるわけだからね。LANEの連絡だけじゃなくて、ちゃんと顔を見て挨拶しておきたかった。私も私なりにチームの一員としての自覚が出てきたわけである。

 

《皮肉なもんだな。仲間との絆がテーマであるはずのアオハル杯で、あえて周囲とのつながりを断ち切って無人島に赴くことになるとは》

 

 言わないでよー。私だって思うところが無いわけじゃないんだから。

 でも、このままじゃスカーレットには勝てないから。

 そもそも、前走のジャパンカップで私はだいぶ使い切ってしまったのだ。リソース的なやつを。余力と言い換えてもいい。

 故障こそしていないが有記念の余力も残さず全力疾走してしまった負荷は身体にしっかり蓄積している。

 普通にやっていれば身体からダメージを抜いて、そこから調整だ。現状に上乗せする暇もなくあっという間に有記念当日が来てしまう。

 普通にやっていてはダメなのだ。

 そして普通とは、往々にして凡愚ではなく定石や安定を意味するものだ。

 他に確実で有効な方法があるのならそれが次の『普通』に取って代わる。そうなっていないということは、理論的な帰結として安定した効果が望めない手法。そういうことだ。

 

 具体的に今回の場合は、無人島で休養とスキルアップを並行して行う予定。

 それができれば苦労はしない。でもやらなきゃ届かないし、自棄になって現実逃避しているわけでもない。少なくとも自分ではそのつもり。

 勝ち目がなければ賭けにすらならない。だからこれは賭けの範疇だ。

 

 足りていないと思っていた。まだまだ至らないのだと疑ってなかった。

 そこに一石を投じたのがマヤノ。

 レースというのは不思議な場所だ。大切な友達と、殺すべき敵が両立する。私の場合はそこに『食べていい餌』も付け加えておくか。

 魂が肌の境界線から滲み出して相手と繋がって、見えるはずのないものが見えて聞こえるはずのないものが聞こえてくる。

 刹那の取捨選択の中に、言葉になる前の膨大な感情が生のまま情報として圧縮されていく。ウマ娘はレースで伝えられるものがある。レースでなければ伝えられないことがある。

 伝わってきた。マヤノの見えている世界。

 

 マヤノには私とは異なる計算結果が見えていた。

 一緒に走りたいと、私が負けた後の道をしっかり見据えていた。

 私は自分が負けた後の世界など想像できていなかった。負けないと思っていたわけじゃなくて、負けたらそこで死ぬも同然だと考えていたから。

 綱渡りするときに高所から転落する可能性は考えても、転落した後の潰れた死体を具体的にどう処理するのかまで考えて渡り始めることはそう無いだろう。それと同じだ。敗北は結末であって、選択肢ではなかった。

 負けたら負けたで即死するわけでもないのだろうから、そこから何をどうするか改めて考えざるをえなかったのだろうけど……まあ今はさておこう。話が逸れる。

 

 マヤノからは勝利に向けた熱意や渇望が感じられたが、殺意が感じられなかった。むしろ温かくて、やさしくて。ちょっぴり泣いちゃいそうになりながらそれでも手を差し伸べているようなぬくもりを感じた。

 マヤノの目には敗北した私とその先に歩む道がはっきりと映っていた。

 それはマヤノ側の誤謬なのだろうか? 私の事情を把握しきれていない彼女の瑕疵なのだろうか。本当に?

 

 それとも私の計算ミスか。

 ある程度は慣れたつもりだけど、それでも()()なってまだ一年と少し。不慣れな感情のゆらぎに引っ張りまわされている自覚はある。

 もともと生来の気質として、挑戦にはワクワクよりも不安や気怠さを覚える方だ。経験したことのないものには必要以上にリスクを見込んでしまう。

 テンちゃんを喪うかもしれない、色彩が鮮明になった人生、幕引きとなる恐怖。それが目算を歪ませていたのだとしたら。

 もしかしてもう、足りているんじゃないか? 今の私に足りていないのはもっと別のものなのでは?

 

 わからない。確証がない。

 だからどうにか確かめる必要がある。

 

 群れの中に答えが無いのなら、群れから離れる。単純な理屈。

 人生という広い観点からすると先輩後輩、同期のみんなから学べるものはまだまだたくさんあるだろう。むしろ十分学んだと胸を張って言える日が来るのか怪しいものだ。

 ただ、レースという極めて狭い観点からすると。アオハル杯のチームメイトと合同トレーニングを行っていても今の私に必要なものは得られない。

 

《探し求める答えが常に自分の中にあるのなら人生それほど簡単なこともない。そうね、ぼくだってそう思うよ。でも、絶対にどこか別の場所にあるはずだと他所に視線を彷徨わせるのだって同じかそれ以上に現実逃避。目を向ける方向が問題なのではなく、目を向けるべきところに向けないのが問題。そういうことだろう》

 

 誰に聞こえるわけでもないのに言い訳じみた独白を連ねて、テンちゃんは肩をすくめた。

 さて、どんなに頭の中でごちゃごちゃ考えていても歩みを止めなければ目的地に着くわけで。

 部室の前で丹念にストレッチしていた集団が私に気づき、作業を中断して真っ先に飛び出してきたのはもちろんこの人、バクちゃん先輩である。

 

「おや! おやおやおや! リシュさんではありませんか!! 二週間も無人島に向かう前に我々に顔を見せにきてくださったのですね? うむうむ、感心感心」

「ノーヒントで全問正解です」

 

 先陣を切った学級委員長に続いてぱらぱらとみんなも続いてくる。アオハル杯は公式チームとは違い、それぞれ別のトレーナーに担当されているウマ娘たちのゆるい横のつながり。その時々で集まりはバラバラなのだが、今日は主要メンバーが一通り集まっていた。

 無論アオハル杯に割り当てられた予算や設備はとても有用だから利用できるのなら基本的に部室に来るのだが。デビュー済みのウマ娘はどうしても活動の主軸にレースが来るから、合わないときはとことん予定が合わないんだよね。

 実際、私もこれから離れるわけだし。

 

「私も同行できれば何よりだったのですが。この学級委員長、ここで皆さんの先頭に立つという重大な使命がございますので! あいにく無人島にはご同行できませんっ!」

「ええ、わかっていますよ」

 

 そもそも年末のこの段階である。師走という言葉の通り、身分を問わず誰もが全力で走り回る時期。ラストスパートをかけて然るべき季節。ここに至るまでにゴールまでの道筋はだいたい決まっているものだ。

 いきなりルート変更して無人島までぶっ飛ぶ方が明らかにおかしいのである。

 

「ですがっ! 新規開拓は本当に素晴らしいッ!! その無人島プロジェクトが結実した暁には、今以上に自らの可能性を花開かせるウマ娘が増えることでしょう! 道なき道を切り開くその姿勢は皆のお手本たる学級委員長そのものです」

「……ありがとうございます」

 

 バクちゃん先輩的には最高評価の誉め言葉なのだろう。

 

「リシュさん、やはりあなたも学級委員長になってみませんか!?」

「それは遠慮しておきます」

 

 だからこうやってバクちゃん先輩に肯定されたのは思っていた以上に嬉しかった。

 別にバクちゃん先輩にこちらを励まそうとか、フォローしようとかそういった気遣いがあるわけではない。だからこそ本人と同じようにその言葉はまっすぐ、最短で率直に届く。

 

「…………がんばって、ね」

「あたしたちはあたしたちで特訓しておきます。リシュさんたちに、有記念に出る皆さんに見劣りしないように!」

 

 ミーク先輩とデジタルも声をかけてくれる。

 今回はこの二人とも、そして葵トレーナーとも別行動だ。彼女たちはアオハル杯のチームと共にトレーニングを行う。

 私たちは一人でいい。今回は一人がいい……などと言うと、なんだか出会った頃のアヤベを思い出すが。

 そのアヤベも今は集団の中だ。テイオーと並んでこちらを見ている。

 

「……体には気を付けてください」

「そーそー、怪我なんかして出走回避とかほんとーにやめてよね。有記念を逃したらもうリシュと戦える機会なんてほぼ無くなっちゃうんだからさ」

 

 私の“最初の三年間”は泣いても笑っても次の有記念で最後だ。これは戦績に関係なく、ただ単純にデビューから換算した時間的な話。

 その後にもアオハル杯やらURAファイナルズは控えているものの、それらはトゥインクル・シリーズではないので“最初の三年間”には含まれない。

 ただ、このままいけばドリームトロフィーリーグからの招待状が来て、私に事実上のトゥインクル・シリーズ終了宣告が告げられるであろうことはおおよその共通認識。何なら次走の有記念の出走を回避しても移籍勧告は避けられないだろう。

 このままいけばの話ではあるし、私がそれに素直に従うかというとまた別の話でもあるが。

 

 ドリームトロフィーリーグは同じURA管轄でこそあるものの、トゥインクル・シリーズとはその毛色が大きく異なる。

 夢が現実を壊さないよう隔離する檻。夢と夢が競い合う夢幻の祭典。だが同時にその性質は興行に大きく寄っており、ここでの勝敗はトゥインクル・シリーズと完全に分けて数えられる。ここで何勝したところで、トゥインクル・シリーズでの偉業のように語られることもない。

 

 そんな性質ゆえか、トゥインクル・シリーズの中で決着を付けなければ意味がないと考えているウマ娘は多かった。

 ドリームトロフィーリーグ移籍後ではダメなのだ。あそこで行われるのは勝負であっても、得られるのは今の勝利と同じものではない。

 招待状を受け取りながらも自らの因縁を清算するため、あえてトゥインクル・シリーズに留まることを選択するウマ娘も一人ではないと聞く。

 まあ隔離組の場合、選択の余地は無いのだけれど。テイオーの発言はそのあたりのもろもろの事情をざっくりと包括したものだった。

 

「努力はするけど保証はしかねるかな」

 

 洗練され、管理されたトレーニングをやりたいのなら学園に残ればいい。日常的にここで生活しているから感覚がマヒしているが、中央は本当にレースに懸けるウマ娘に向けた一流の環境が整っている。

 それでは足りない。未発達でも、不安定でも、危険を加味しても。本能を刺激するかつてないトレーニング体験。それを求めて、それを信じて、私は旅立つのだから。

 安寧の中に本能など無い。裏を返せば本能を刺激するのだから、相応にリスクはあるのだろう。仮に実用化した暁には何人の生徒が不可逆の傷を負うのか、今から他人事なりに心配ではある。

 

「えー、なんだよそれー」

 

「健康第一デスよー! 有記念の後にはアオハル杯とURAファイナルズも控えていますからネー!」

「私とエルは今年度の有記念は見送ることにいたしましたからね~。この年末はアオハル杯の決勝と、URAファイナルズの方に専念させていただきます~」

 

 頬を膨らませるテイオーの後ろでエル先輩が天に向かってこぶしを突き上げ、グラス先輩が頬に手を添える。

 昨年たっぷり楽しんだから今年は後続に譲ろう――などという殊勝な理由ではあるまい。特にグラス先輩はエル先輩に厳しく、それ以上に自分に厳しいお人だ。

 だから自分が納得できない走りは絶対にしない。

 エル先輩もグラス先輩も、肉体的にはピークを過ぎている。それを磨き上げて、研ぎ澄まして、全盛期レベルにまで仕上げてレースを走っているだけで。時期的にはドリームトロフィーリーグに移籍してもおかしくない段階なのだ。

 

 それだけ聞くと研ぎ澄ませば全盛期の力を発揮できるように思えるが、どんな名剣名刀の類でも研ぎ続ければいずれ痩せ細るもの。自分が納得する走りができる機会はおのずと限られていく。

 有記念では納得できないとこのお二方は判断したのだろう。綺羅星の如く実力者たち、連綿と続いてきた冬のグランプリレースが持つ格式。そんな表層的なステータスではごまかしきれない。周囲を納得させることはできても、惰性と成り行きで残り回数を消費することを誰よりも自分が許さない。

 プライドの塊。実力者とはそういうものだ。いや、私はそうであってほしいと思っていて、実際にそういう人たちだから心置きなく尊敬できる。仲良くできる。

 

 そもそもの話。私が滅茶苦茶なローテで出走しているだけで、現代の基準だとこんな短い間隔でレースに出たりしない。それはウマ娘の実力どうこうというよりも、高速化が進み身体に高い負荷が掛かる現代のレース形態によるもの。

 実際にこの前、ウオッカも可能なら有記念に出走したかったのだが、秋天からエリザベス女王と続く激戦で蓄積したダメージを鑑みてトレーナーに止められたと言っていた。

 トレーナーに真摯に止められればちゃんと止まるのだ、あのアウトロー気取り。それは彼女がいい子ということであって、褒めこそすれ咎められる点など何処にもない。

 止まらない暴走超特急優等生がすぐ隣にいるからなんかおかしな風に見えるだけだ。

 

「……リシュちゃん、マヤも有で待ってるからね」

 

 マヤノがちょっぴり上目遣いで念押ししてきた。そんなに無人島で怪我しそうに思われているのだろうか。勘の鋭い彼女に言われると自分のことながら少し心配になる。

 注意はするけど、それでも怪我するときは怪我するのだからそれはもうどうしようもない。

 

《まあこの場合の『どうしようもない』はサボりの意思表示じゃなくて、力の及ぶ限りできることはやったんだからその上でそうなったのなら納得するしかないっていう諦観交じりの自負なんだけどね》

 

 当たり前だ。私だってこの期に及んで故障なんてつまらん理由で、この冬を終わらせるのは御免被る。

 死ぬ気でがんばるし、死んでも怪我しない。そのくらいの意気込みでこれからの二週間に臨むつもりだった。

 

 

 

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