「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」 作:バクシサクランオー
感想、誤字脱字報告もありがとうございます。
U U U
《そういやケガしないや無茶ローテで思い出したけど、ハルウララもついに有馬記念に出走するらしいな》
なんでそこでウララ?
たしかにあの子は比較的レース出走が多めなウマ娘ではあるけど、ダート畑と考えたらさほど外れ値というほどでもない。怪我をしたという話も聞かないが、脆くはないというだけで頑丈エピソードには少し足りないような。
まあいいか。
デビュー当初こそ『負けても笑顔で最後まで走りぬくド根性ウマ娘』として人気だった彼女。アオハル杯でチーム〈キャロッツ〉に所属して以降は順調にその才能が開花。レース業界上位三割の壁である一勝を果たし、クラシック級の頃には既に夏合宿に参加していた。
屈託のない笑顔と足の遅さで、言葉は悪いが負けっぷりのよさでウケていたのも今は昔。
レースを走るごとに成長を見せ、今年のダートGⅠフェブラリーステークスでは入着という好成績。先月のJBCスプリントで勝利、ついにGⅠウマ娘の称号を得た。
ミーク先輩やデジタルのようなダート芝の二刀流と違い(私は比較対象にならない。いろんな意味で)、ウララの戦績はダート短距離に偏っているから芝長距離に区分される有馬記念への出走への批判が皆無とはいかないだろうけど。
ただ、あのカリスマ的愛嬌だけを振りかざして枠をねじ込んだわけではない。そりゃあガチ勢を自認するようなファンからすれば面白くないだろう。大量の得票を見込めるライト層にはハルウララの名前と笑顔くらいしか知らない者だって決して珍しくはあるまい。
しかしライト層であろうと多少なりともレースのことを知る人間はそのタイトルの価値を知っている。すべての票が可愛いというだけで入れられるものでもない。
GⅠ勝利という分厚過ぎる壁を乗り越えた。それは一つの絶対的な成果だ。偏屈なファンならいざ知らず、レースに携わる人間はその壁の頑強さを侮ることはない。グランプリに出たいといって、その前にGⅠレースに勝利して見せた。最低限の面目は保っていると言ってもよいのではなかろうか。まあ、これは私が適性外に適応しようとする血を吐く苦しみを身をもって知らないからこその感覚なのかもしれないが。
彼女がずっと有馬記念に出たいと言ってきたのを私は知っているから。
先天的な適性に欠いた挑戦は批判されがちだが、ミホノブルボン先輩のような成果を出した前例だってある。URAが用意したルールに則った努力で叶えた夢でさえ感情的な反発で非難されるのは悲しいことだ。
最近ではなんだか顔つきも変わってきて、走ってワクワクするかけっこから勝つためのレースに彼女の意識も切り替わってきている気がする。空前絶後のレースの天才が、ついに勝つための努力を始めたのだ。
まあ、だからこそ気にする必要はないけど。
「ん、まあ遅刻しないよう注意しとくよ」
こう返したマヤノへの返答にも、必要以上の力みは籠っていなかったと思いたいところだ。
ミーク先輩がいて、バクちゃん先輩がいて、デジタルとマヤノがいる。ここに私たちを入れて、そして忘れてはいけないアオハル杯チームのチーフトレーナーを務める葵トレーナー。結局一人も欠けることなくここまで一緒に駆け抜けてきた〈パンスペルミア〉の初期メンバー。
公式チームほど濃い繋がりではなく、同期のライバルほどの熱量がある関係性というわけでもない。非公式チームだからこそのゆるい繋がりで、だからこそお祭り騒ぎがゆるやかに続くような独特の楽しさがあった。
私の“最初の三年間”のスタートラインが彼女達と共にあって、本当によかったと思う。
そのスタートラインからどんどん積み重ねていった。三年間の中で幾多のチームが消えていく中、〈パンスペルミア〉の名前が消えることなく決勝にコマを進める三チームの中に入ったのは純粋に誇っていいことだろう。
年を跨ぐごとにテイオーやアヤベといった後輩たちが増えていき、激戦の成果としてエル先輩やグラス先輩といった逸材が移籍してくることもあった。
後輩ちゃんたちみたいな定期的に入れ替わりながらつかず離れずのチームメイトとして活動しているファンクラブメンバーもいる。
「あっ、そういえば先輩は聞きました? アオハル杯の決勝戦のはなしー」
その話題を切り出したのも、そんな後輩の一人だった。
なんだかんだ縁のある、数いる後輩の中でもひときわ懐いてくれている気がするダート適性の後輩ちゃんである。
「ああ、アオハル杯決勝に参加するウマ娘にはURAファイナルズのシード権が与えられるってやつ?」
「はい。それっす……なのに自分が出てもいいんっすかね? あ、いや、出たくないってわけじゃなくって! でも、まだトレーナーと契約もできていない自分がみすみすシード枠を一つ潰すのはちょっーっと心苦しいっていうかー……」
なんだかそわそわと落ち着かない耳と尻尾を鼻で笑い、それに加えてテンちゃんはこれ見よがしに肩まですくめてみせた。
「いーんだよ。特典が湧いて出ようがあくまで現状は非公式レースなんだ。〈ファースト〉あたりは純戦闘仕様のメンバーで揃えるんだろうけど、こっちがそれに合わせてやる義理は無いさ。
そもそもあれって、ぼくらをアオハル杯決勝とURAファイナルズの両方に出走させるためURAのお偉方がひねり出した苦肉の策だろうし。既にこのぼくが思惑に乗ってやろうってんだ。その先で老人どもの顔色まで窺ってやる気はないね」
テンちゃんが勝手に答えたが、表現はともかく意図するところは〈パンスペルミア〉の総意でもあるので特に異論が出てくることはなかった。
さて、話題の中心に据えるのは久しぶりなのでおさらいしておこうか。
URAファイナルズは秋川理事長が新設した大型レースだ。
『あらゆる距離、あらゆるコースを用意する』というかつてない規模で行われるビッグタイトルで、さらには『URAに所属するすべてのウマ娘』という非常に幅広い層に参加資格が与えられる。
これにより従来は交わることのなかったトゥインクル・シリーズとドリームトロフィーリーグの選手たちが同じレースを走ることになり、そういう意味でも革新的で注目を集める祭典となった。
《まあ、あくまで投票枠が設けられるだけであって、実際に出走するにはファンから膨大な得票を受ける『スターウマ娘』になる必要があるけどね。それでも投票ページの長さは圧巻の迫力で、それだけでも一見の価値ありだ。どれだけのウマ娘がURAに所属しているのか一目瞭然。この上に自分がいるのだと思うと、少しは襟を正そうかという気にもなるだろう》
かもね。
要するにグランプリレースで行われるようなファン投票、それ
そんな夢の祭典を超越した夢幻の祭典。それがURAファイナルズなのである。
その常識外に大規模な催しであるためか開催は三年に一回という間隔というのも特色で、記念すべき第一回は私たちが中央に入学する前年に、そして二回目はこの年末から始まる。私たちの“最初の三年間”のクライマックスにぶち当たるかたちとなるわけだ。
《最強を選ぶっていうのに地方の子たちが参加できないのはデジたんみたいなファンには残念かもねー。フリオーソみたいな例外はまだいないみたいだし》
どちらさま?
URAファイナルズは文字通り、URAに所属しているウマ娘のためのレース。これまで完全に分断されていたトゥインクル・シリーズとドリームトロフィーリーグを繋ぐ新機軸のレースである一方で、NAUの管轄となる地方トレセンとは縁がない。
同じく日本のレース業界を運営している組織だし、交流だってしているが、名前が違うことからわかるようにURAとNAUは違う組織なのだ。
だから今のところ、地方トレセンに所属するウマ娘がこのレースに選出されることはない。なんなら出走までのルートが確立している分、ある意味では海外レースの方が近いくらいかもしれない。
《まあこの世界におけるURAファイナルズは次で二回目の開催となるまだまだ新しいレースだ。今回のアオハル杯決勝を予選の代用とする裁定みたいに、これからどんどん洗練されていくんじゃないかな》
先ほど後輩ちゃんが言っていたのもこの一環といえば一環。
ライト層のファンには誤解している者もいるが、中央トレセン学園の生徒が必ずしもURA所属のウマ娘というわけではない。
世間的にはそう括られることも多いし、それに応じて相応の振る舞いをすることもあるが。厳密な定義としては、トレーナーと契約しメイクデビューしてようやくURA所属のウマ娘。契約するトレーナーが見つからないまま学園を去る生徒だって一定数存在しているのである。
件の後輩ちゃんは私から見て十分に戦力に数えられる人材であり、将来性も鑑みてアオハル杯決勝のダート部門に出走することが内定している。
しかし、いまだトレーナーとの契約には至っていない。つまりURAファイナルズ選出の前提を満たしていないため、彼女の分のシード権はそのまま消失してしまう。それをもったいないというか、負い目のように感じてしまっているようだ。
くだらない。
言ってしまえば、今回のアオハル杯決勝の参加をもってURAファイナルズ予選の代わりとするこの裁定。私をアオハル杯決勝とURAファイナルズのどちらにも参加させなければならないURAのお偉方がひねり出した苦肉の策という気がしている。
単純な話だ。
つまりアオハル杯の決勝戦まで駒を進めた猛者たちが、URAファイナルズに参戦してくる可能性が上がる。URAファイナルズへの参戦を見送る理由が身体への負担ならば、そこまでされたら参加してみようかという気にもなるわけだ。私はなった。
まあ、結局のところは有馬記念でどうなるか次第ではあるけれども。
私の事情を差し引いてもそこまで悪くない試みなのではなかろうか。
誤解を恐れず言ってしまうと、アオハル杯は『弱い』。
各シーズンの終わりに開催される非公式レース。公式レースでは味わえないチーム戦を堪能できるお祭り企画であり、出した実績に合わせて学園からの支援も充実していく、が。
中央に所属するウマ娘たちにとって、それらはさして大きな魅力ではない。彼女たちはトゥインクル・シリーズで結果を出すためにこの道を選んだのだ。友達とただ青春したいだけなら、もっと穏健で賢明な進路はあった。
私からすれば学園から得られるサポートは非常に魅力的だったけども。一般論で見てしまうとその魅力的なサポートを得られるだけの実績を出すチームは、もっと言えば実績を出せるウマ娘たちは、そんなサポートが必要ないくらい実家が太いことが多い。
メジロやシンボリは言うに及ばず。そんな業界で雷名がとどろく名門でなくとも、『ちょっといいところ』程度でも独自のトレーニング施設を保有していることが往々にして存在している。
メジロやシンボリクラスになると専用のレース場とか普通に持っているくらいだ。何なら将来有望な子が生まれたからその子の適性に合わせて一つ二つ新設しようかなんて世界の住人なのだ、彼女たちは。
私だって葵トレーナーの桐生院家の力にはさんざん世話になった。
つまり学園のバックアップは有用ではあるが必要ではない。お金持ちにはそこまで魅力的に映らないのである。
そして折に触れて何度も言ってきたことではあるが、各シーズンの終わり際にはグランプリレースを始め重大な公式レースが控えている。非公式レースにまで脚を削っている余裕など無いのだ。
それがURAファイナルズのシード権選出として機能するというのであれば、アオハル杯とURAファイナルズの双方にメリットがある。
アオハル杯の方は単純にその価値が向上する。
決勝戦のメンバーに選ばれるということが、URAファイナルズという新進気鋭のビッグタイトルへの推薦状になるのだ。
免除されるのは予選だけで準決勝からは自力で勝ち抜かねばならないが、それは当然の話。玉石混淆の
URAファイナルズの方は、新規層の開拓といったところか。
新進気鋭と言えば聞こえはいいが、要はURAファイナルズとはいまだ開催実績が一度しかない歴史のないタイトル。その大規模かつ新機軸のレース方針で知名度も人気もかなり高いが、それでもやはり新しいものを敬遠する人間は一定数存在しているものだし、マーケティング的にはその敬遠する一定数を放置するのも美味しくない話である。
その点、アオハル杯は非公式レースながら歴史がある。遠い昔に廃れて忘れ去られかけていたくらいには無駄に歴史がある。公式チームが最低五人必要なのはアオハル杯のダート、短距離、マイル、中距離、長距離の五部門に対応していた名残なんじゃないかなんていう俗説が残っているくらいには。
まあそうじゃなくても単純にアオハル杯とURAファイナルズでは出走するウマ娘の色合いが異なる。そこに繋がりができるということは、双方のファンがもう片方のファンになりうるということだ。デジタルみたいな言葉を遣えば箱推し。うん、少し違うか?
ただ、現在のアオハル杯のゆるい空気は非公式レースならではのものだ。
利益が絡まないからこその適当さ加減。それが消えてしまうのは少しばかり惜しい気もするが、利益を生まないものはどのみち消える。歴史がそれを証明している。
だから、URAファイナルズの一環としてアオハル杯が組み込まれてこれからも続いていくのなら、それがこれまでとは異なる色を帯びていたとしても悪いものではないはずだ。
私の“最初の三年間”と共にあった、私たちの時間を彩ったものがあっさり消えてしまうのは、今の私には少しばかり寂しく感じるものだから。
まあ、少しばかり話がぐるぐると彷徨ったが。結局のところ、私たちの結論はテンちゃんの言っていたことに帰結する。
お偉方が考えることだ。彼らの仕事だ。私たちには関係ない。私たちウマ娘の仕事はレースをしっかり走りきることで、それに尽きる。応援してくれるファンへの対応だってそれに比べたら二の次だ。そこは揺らいではいけない根幹。
無論、こちらに便宜を図ってもらったのであればそれをちゃんと理解し、何かしらのリアクションを返して然るべきである。それは礼儀であり、道理というものであり、何より人が人の社会の中で生きていくために身に付けておくべき知恵だ。
受け取るばかりで何も返さない人間に、それでも施しを続けるほど人間という生き物はお人好しな生態ではないから。
ただ今回は完全にあちら側の都合であり、別に私はURAファイナルズにどうしても出たいというわけではない。
出たらメリットがあるから出る。受けるメリットのある話を提示されたから承諾する。そういう取引が成立しただけのこと。媚びる気はない。
「では、そろそろ行きますね」
そして、そろそろ出発するべきだろう。
ここではもうテンちゃんに任せずとも会話が弾んでしまう。だらだらとお喋りして時間が潰れるなんて自分には無関係だと思っていたのに。
「おや、出発なさいますか! 迅速な行動すなわちバクシンです。花丸を差し上げましょう、マルッ! いってらっしゃいませ!!」
最速かつ全力で肯定してくれたバクちゃん先輩を筆頭にばいばい、またねとあいさつを口々に表現は異なるものの共通の感情を込めた言葉を背中に受けながらその場を後にした。
さあ、ここからは私たちふたりの時間だ。
トレーニングである以上、たとえ無人島のサバイバル生活であったとしても最低限の管理下に置かれることは避けられないけども。