「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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無人島につきまして(理論編)

 

 

U U U

 

 

 『無人島プロジェクト』。

 わりとそのままな名称のそれが、私の参加することになった最新式トレーニングである。厳密にはその先行テスト版らしいが。

 私は無人島に赴くことにした。次走の有記念まで一か月、そのうちの半分を費やして。

 

《しっかし、まさかアオハル杯の最中に無人島に行くことになるとは思わなかったなあ。シナリオいくつ跨いでいると思ってんだよ。

 でもさ、なまじアオハル魂爆発を制御下に置いているせいで、そっち方面はもう開拓し尽くしちゃってんだよねえ。少なくとも年内はもう爆発的な旨味を得ることなんてできないから。賭けるしかねーんだわ》

 

 こんな時期に賭けなんて、そんなことしている暇があるのか? という疑問はもっともだ。

 暇はない。暇じゃない。分刻みでスケジュール管理されている売れっ子アイドルほどではないが、心情的にはそのくらいギチギチに追い詰められている。

 

 だって、スカーレットに勝てる気がしないんだもの。

 

 こんなことは初めてだ。

 磨きぬいた究極の一で他のすべてを圧倒する。それがスカーレットの神髄だ。

 ジャパンカップでの最終直線、私は自分が一つの限界に到達した音を聞いた。これまで何だかんだ上昇率がゆるやかになりながらも伸び続けていた成長曲線が、ついに頭打ちになった音だった。

 無論、だからといってこれ以上強くなれないというわけではない。

 

《格ゲーで同キャラを選択すればチートでも使わない限りまったく同じスペックだけど。ミラーマッチだからって引き分けになる可能性の方が低いからな。要はどれだけ使いこなせるかってことだね》

 

 ただ、このまま有記念当日を迎えたとして。

 私と葵トレーナーでは、スカーレットとゴルシTのタッグを前に、勝利することはできないだろう。そう思えてしまった。

 敗北を直感しながら勝てるものなのか? 経験が無いからわからない。これまで『負けるかもしれない』と想いながら挑んだことはあっても、『これは負ける』と確信してしまったことがないから。

 敗北を覚悟しながら見栄と惰性で勝負に挑むなんてありえないし、仮にそれで何かがどうにかなってしまって『自棄になってぶんぶん振り回してたらなんか勝てちゃった……』となった日にはあまりにもやるせなさすぎる。

 

《あーうん、そうだネー》

 

 テンちゃんにとっては昨年の有記念がまさにそんな感じらしい。完全に読み負け、完璧に備えられていたのに、勝ってしまった。

 そのことに忸怩たるものをこっそり抱き続けているのを私は知っている。できることなら今年で清算したいものだが、はてさて。

 

 だからせめて勝敗が見えるくらいの何かは手に入れておきたい。あるいはその兆しだけでも掴みたい。

 必要だからといって、努力するからといって、常に求めたものが手に入るのであれば苦労はない。世の中そんな簡単なものじゃない。テンちゃんならぬ自分自身の皮肉気な声が心のどこかで聞こえるけど。

 これが足掻くということか。勝算の有無にかかわらず、やらずにはいられないのだ。

 スカーレットがこれまで流してきたものを大海原の荒波とするなら、私のこれは飛沫の一滴にすら満たないだろうけど。それでも一滴分は彼女の気持ちを共有できた気がする。それが嬉しい。

 まあ本人に聞かれた日には『わかったつもりになってんじゃないわよ』とどつかれるかもしれないが。

 そう、これは厭わしいことではない。私の推しが強くなった。彼女の積年の努力がついに報われた。それが私の破滅に繋がっているので恐れる理由にはなるが、同時に祝福すべき出来事であることは両立するのだ。

 

《ま、今回は無人島プロジェクトそのままじゃなくて、そのプロトタイプ。外枠のそのまた外側だけ使ったサバイバル体験みたいなものだけどさ》

 

 無人島に赴き、そこで自分たちで最強のトレーニング施設を建造し、大自然の中で本能のままにトレーニングを行う。それがこの計画のオリジナルとなる概要。

 本来は三年がかりで行う長期プロジェクトらしい。今の私にとって半月は短い時間ではないが、本来の工程に比べたら本当にさわり程度のものになってしまうか。

 それでもここに来ることを選んだのは、今の私に必要なものがここなら手に入ると思ったからだ。

 

「トレセン島にようこそっ! 責任者兼現場監督のタッカーブラインだァ!」

「テンプレオリシュです。よろしくお願いします」

 

 堂々たる姿勢で腹の底から豪快に自己紹介してくれたのが、今回私の無人島生活を監督してくれるタッカーブラインさん。

 眼鏡こそしているがざっくばらんな砂色の髪に、顔に傷跡まである風貌で、粗野一歩手前の活発な印象を受ける。年若い女性だというのに化粧でそれを隠すこともなく、まさに無人島を開拓する堂々たるリーダーといった立ち振る舞いだ。

 ただテンちゃんという筋金入りの嘘つき(キャラづくり)で半分ができている私から見ると、やや粗さの残る化けの皮である。

 やっぱり無人島プロジェクトという野性的なイメージに合わせて言動を調整しているのかしらん? 神経質な研究者よりは豪胆なリーダーの方が導かれる方も安心できるだろうし。

 

《本当に計算高い人間は周囲に計算高いなんて悟らせないものさ。普段から快活に振る舞っていれば相手に警戒心を抱かせにくいし、ミスした時も愛嬌で許されるからね。実に合理的。

 まあ、リシュに初見で擬態を見抜かれるように、彼女の本質は嘘つきではなくお人好しなんだろう。警戒する必要はないと思うから、ひとまず全面的に信頼していこう》

 

 りょーかい、っと。

 

 ちなみにこの計画、まだまだ実働には程遠い。

 この無人島で私が取り返しのつかない傷でも負えば、この企画の命運は彼女もろとも尽きることだろう。無人島まで用意されておいて何の成果も出せず潰れるなんて、本当に比喩抜きでいろいろと危ないことになりそうだ。主にかかった費用とかそのへん関連で。

 見知らぬ人間の命がいつの間にか私の脚にかかっている。もうこのくらいの高さまで上り詰めるとよくあることだ。いまさら怯むようなことじゃない。

 自分が死んだあとのことを考えるのは遺される大切な人たちの分だけでいい。深く知らない人間のものなんて相応でいいのだ。

 その上で賭けてみるがいい。これまで損はさせたことがないし、これからだってそのつもりはない。

 まあ、今回ばかりはかなーり敗色濃厚だけどもそれはそれ。みんなにも言われたし、怪我には細心の注意を払うこととしよう。

 

「それではいきなり本題から入ろう! お互いに時間は有限かつ貴重だからな」

「はい。よろしくお願いします」

 

「とはいえ、だ! 既に概要は頭に入れて来ているだろうが、誤解も思い込みも無人島(ここ)では脅し抜きで命に係わるぞ!! だから今回の計画(プログラム)を順に口頭で確認していく。これはぜったいに必要なプロセスだぁ!!」

 

 本来はそれこそ“最初の三年間”をまるごと使って島を開拓し、トレーニング施設を建設し、トレーニングを行うという計画なのだとか。

 それをたったの二週間で類似の成果を出そうというのだから、必要なのは『圧縮』だ。計画の本質を抜き出し、触れたら切れて血が流れるほど薄く削り込んでいく。三年を二週間に圧縮しようというのだから、その密度は推して知るべし。あとは妥協も重要。壊れたら元も子もない。

 最優先事項は無人島だからこそ行える『本能の解放』。裏を返せば、この二週間にかぎり現代科学に基づいたスポーツ的トレーニングの比重は軽くなっていくだろう。

 

「水も食料も住居も完備……だが、これらはあくまで非常事態の備え! 今回の計画では使わんっ! 水も食料も住居もすべて自らの手で確保して二週間を過ごす極限サバイバルッ! 自分で言っていて声が震えそうになるぞ、正気の沙汰ではないなあ!?」

 

 ケータリングに代表されるように、すごく乱暴に言ってしまえばアスリートというのは暇さえあれば食っているようなもんだ。腹が減るからというのもあるが、それ以上に必要に迫られて消化器官を酷使している。食べるのが苦手だからといって食べずに済むものではないのである。

 トレーニングというのは負荷をかける過程とそれが回復する過程のサイクルで構成されており、人体が回復するためにはエネルギーを摂取しなければならない。そして人間には光合成も霞を取り込んで核融合もできない以上、エネルギーの供給方法は経口摂取が主となる。

 

 それを踏まえての、無人島サバイバル。順風満帆に飢えないだけの食料が確保できたとしても、二週間後にはアスリートとしての私が飢餓状態に陥っているのはほぼ確定した未来だった。

 葵トレーナーが万全の態勢で回復食を用意してくれていなければ、そもそもやろうとすら思わない。そんな前提からして無茶苦茶な挑戦なのである。

 さらに言えば無人島でのサバイバルなど当然ながら私は初挑戦だし、下手なものを食べて腹を壊せばアウト。水に当たってもアウト。ケガしてもアウト。たとえ当日までに身体が完治したとしても、必要なトレーニングも調整も完了しているはずがない。虫刺されも被害が大きければアウトになるか。寄生虫も危ない。

 改めて聞いて、複数人の尊厳もしかしたら命だって懸かっているとは思えない計画内容だな。リスクが飽和して凝固して沈殿していそうな勢い。妥協とはいったい何だったのか。

 

「支給したウェアラブル機器は装備済みだな!」

「はい」

 

 まあ一応、本当に最低限だが保険はかけてあるが。

 それがこのスマートウォッチもどき。孤独と飢えにより己を追い詰めるという目的のみを純粋に追い求めるのであれば、外部との繋がりは断って然るべきである。

 だが、それはできない。やってはいけない。私はトレセン学園に所属するウマ娘としてこのトレセン島まで来ているのだから。最低限、付けておくべき首輪というものは存在している。装着箇所は右手首だけど。

 葵トレーナーの目から離れているように見えて、手は離されていないのだ。未成年で、学生で、URA所属で、担当契約をしていて。関係性が消えない以上、どうしても削ってはいけない部分というのは存在しているのだ。

 

「それは体温、心拍、発汗のデータなどをリアルタイムで測定している上に、GPSで現在地点もバッチリなシロモノだぁ! 何かあったときは島にいるスタッフが二十四時間体制で駆け付けるから、非常時には遠慮なく上のボタン二つを同時押ししてくれ!! 今のうちに正確に作動するかテストをしておこう。さあ、上の左右のボタンを同時押しだ! 何か不具合はあるかっ!?」

 

《あ、タッカーブラインだけじゃないのか》

 

 そりゃあそうでしょ。島一つまるごと使った大規模な計画。責任者はこの人だろうけど、単純な問題としてこの面積はウマ娘といえども人ひとりで管理しきれるようなものじゃない。

 島一つというだけで、金額で言えば推理小説の動機に十分な額が動いているはず。いまさらスタッフ数十人分の人件費くらい誤差の範疇……はさすがに言いすぎかもしれないが、それくらい用意できるから、用意する価値があると思ったから計画が始動したのではなかろうか。

 全員にいちいち顔合わせに来られても面倒なだけだからこの場にいないのはこちらとしてもありがたいが、だからといって無人島に文字通り私だけということはないだろう。

 

「こちらが見た感じでは問題ないようです。ちゃんと信号は届いていますか?」

「ああ! ちゃんと受信できているなっ! その機器はこのトレーニングを『トレーニング』たらしめる生命線だ。それが無ければ重大なレースを控えたスターウマ娘にただサバイバルさせることになってしまう! 防水防圧その他もろもろ各種考えられうる障害に対策はしているが、万が一破損してしまった場合はトレーニングを中止してここ本部まで来てくれ。予備がある!」

 

 まあその頑丈な機材が壊れるほどのアクシデントがあったのなら、トレーニングを続行できるかはわからないけどなッ! と無駄に大声でタッカーブラインさんは締めくくった。不安を振り払おうとしているように見えた。

 たしかに、器用に時計だけ壊れるなんてことはそうあるまい。普通は装備している方も相応のダメージを受けるものだ。

 

《ブルボンの特異体質とかだったらまたわかんないけどねー》

 

 なに? ミホノブルボン先輩って接触した電化製品をおシャカにする特異体質だったりするの?

 

 しかし、少しばかり気になることがある。このスマートウォッチを介して送信される各種データは私の健康状態を把握しておくためのものだろうが、同時に彼女の計画の資料作成の下敷きになるものでもあるはずだ。

 特に聞く必要のないことだが、聞いてはいけないことというほどでもない。さして手間でもないので、興味本位で一歩踏み込んでみることにした。

 

「あの、一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか?」

「ああ、もちろんだとも! どんな些細な疑問も今のうちに解消しておくといい!!」

 

「自分で言うのもなんですが。私のデータって外れ値もいいところでしょう? 役に立つのですか?」

 

 歴史に名を刻むようなウマ娘はみんな外れ値。そういう意見もあるかもしれない。

 ただ、それらは血を塗り重ね続けた果ての結晶。歴史の延長線上にある規格外だ。名門、名家と呼ばれるウマ娘たちが積み重ねてきたものが花開いた結果であることが多い。

 その一方で私は完全な突然変異。異なる世界のずる(チート)由来。育成プログラムの役に立つような、地に足の着いたデータが取れる気がしなかった。

 そんな役に立つか定かでないデータを取るために彼女は、この場に集まった彼女たちは少なくないリスクを背負ってはるばる無人島までやってきたのかと思うと、どうにもしっくりこない。

 

 あくまであちらの都合ではある、が。

 見当違いの方向に期待されているのならそれは応えられませんと、今のうちに諭しておいた方がお互いのためになる気がした。

 

「もちろんだっ、十二分に役に立つとも!!」

 

 そこで彼女はほんのわずかに動きを停滞させた。次に言うべき内容を探している、というよりは。

 内容はしっかり自分の中にあるが、それを本当に言うべきかどうか吟味しているような間に感じられた。

 

「……うむ、そうだな。あまり大きな声で言うべきことではないかもしれないが。これからの君には必要なことだろうから伝えておこう」

 

 結局、聞かせてくれるらしい。

 軽く相槌を打って続きを促す。

 

「…………簡潔に結論から述べてしまうと、今回取れる『テンプレオリシュのデータ』はスポンサーを対象とした資料作成に使われる予定となっています……」

 

 あーなるほど、納得。

 私がちゃんと成功すれば『あのテンプレオリシュが特訓で成果を出したトレーニングがこちら! 詳細なデータはこちらをご覧ください』と喧伝できるわけか。

 たしかにいい広告になるだろう。再現可能かという点に目を瞑れば。データも成果も一から十まで本物だ。偽造なんて一ミリも存在していない。

 

 にしても、この話題になったとたんに一オクターブ以上下がった音程。視線も下方向にさまよいがちで、語尾なんて消え入りそうになっている。

 こっちが素か。別に本音を話すからといって演技をやめてほしいと要求したつもりはないのだが、まあ不器用というか、誠実というか。

 

《判断に困るのならポジティブにとらえておけば?》

 

 そうだね。誠実なお人柄なのだろう。

 

「詐欺のようだと思われますか? ……無理もありません」

「いえ、嘘はついていないですし。このくらいの駆け引きなら私たちも勝負の場でよくやるので」

 

「……ありがとうございます。それで、話を続けますね」

 

 曰く、中学校の理科実験レベルなら条件を揃えれば確実に同じ結果が出る。それこそが科学の根底であり、魔法と見分けがつかないほど科学が発達しても魔法とは異なる点である、と。

 

《たしかに、魔法って前提を揃えても個々人の才覚に結果が左右されるイメージがあるなー》

 

 しかし大学の研究室クラスにもなると要素が複雑化し、そもそも大前提となる『条件を揃える』が困難になる。

 実験のたび結果に誤差が生じるのは当たり前。だから理論を証明するため、少しでも誤差を省いたデータを取るために、高い金を出して治験のアルバイトを募集したりする。

 

「プラセボ効果……一般的にはプラシーボ効果と言った方がなじみがあるでしょうか。とにかく思い込みが厄介で、自らの望む成果に意識が引っ張られて実験結果を誤認してしまうことが多いのです。……裏を返せば、引っ張られる程度に『理想的な数値』が誤差として出てくることが多いということでもあります……」

 

 嘘ではない。欺瞞でもない。ちゃんと実験をして、結果として数値が出ている。

 だからといって『正しい』とは限らない。

 

「誤差の出し方を知っていれば、それっぽい条件を整えて自らの望んだ数値を出すのは難しいことではありません……大学で研究成果として出しても単位はもらえないでしょう、が……素人(スポンサー)を納得させるだけの『科学的根拠』を仕上げるのは容易い……」

 

 こんなことを未成年に話すべきか迷ったが、それでも話した方がいいと判断した、と。そう彼女は言葉を続ける。

 

「……これから先、あなた方はスポンサー側に立つ可能性が、あるので」

「あー」

 

 納得した。

 いまやレース賞金のみならず、グッズを始めとした様々な利権絡みで見るたびに現実味のない増え方をしている我が口座。今はまだ学園が管理しているが、卒業後は当然のことながら私が自分で管理せねばならない。

 貯金の利子だけで生活ができそうな額。経済の観点からして、これだけの額をただ口座に入れておいて大丈夫か、なんて。私個人の貯金で世界の経済にたいした影響なんて与えられないだろうけど、お年頃の世間知らずな小娘がそんなことを心配してしまうくらいには結構な額が私のものになっている。

 どこかしらがスポンサーになってくれなどと言ってくる可能性は大いにあった。

 

《なんなら無償で寄付してくれなどと、恥知らずなことをどこかしらが言ってくる可能性すらあるな》

 

 そんときはせいぜい思い知らせてやるとしよう。金銭に必要以上の執着を抱くつもりはないけど、人様の努力を軽んじるような舐めたことぬかすやつは〆ておくのが世のため人のためというものだ。

 

 何なら向こう数十年、私たちの名が衰えない程度の功績は打ち立てたつもりだ。

 私が投資する個人に負担可能な金額以上に『テンプレオリシュが投資した』という事実はいい広告塔代わりになるかもしれない。

 

 現実味がないとはいえ、ひとつ残らず私が稼いだ金だ。

 どこかの誰かが粗末に扱うことを許す気は全くない。

 

「……トレーナーと担当ウマ娘の絆は一生モノです。あなた方のバックには、桐生院家がいるものと見做されています……よほどの愚者でもない限り、下手なちょっかいは出しません」

 

 ただ、不思議なことに世の中には思っている以上に愚か者が多いですし、そういうバカに限っていらん権限を持っていたりするのです……などと。ひどく遠い目をして彼女は語った。経験談なのかもしれなかった。

 葵トレーナーの庇護下にいる自覚はあったが。思っていたよりもう二~三回りくらい大きめに守られていたのかね。

 

「だから、ご自分で判断できる最低限の知識は持っていた方が無難、でしょう……」

「はい、ありがとうございます」

 

 少なくとも、今日一つ賢くなった。

 『科学的根拠』は作れる。偽装するまでもなく。神様を信じるように科学的根拠があるのだから大丈夫だと()()していると、神に裏切られるように科学に陥れられることもあるだろう。

 知識は信仰にしてはいけない。考えることをやめて楽をした瞬間、そこをつけ入る隙と見る悪党は山ほどいる。

 金銭がらみに限ったことじゃない、何にだって通じる教訓であった。

 

「どうか、たとえこのトレーニングが実らずとも。あなた方のより多き実りある未来の一助となればと願います……そのために私たちはいるのです」

 

 タッカーブラインさんは丁寧に一礼してみせて、顔を上げるとそこにあった表情はもう元の破天荒な冒険家を目指す、燃え盛る探究者のものだった。

 どこにでもいる、子供のために働く大人の顔だ。私の足元を支えてくれる数ある掛け替えのない人間がここにもまた一人いたというだけの話だ。

 

「では事前の要望があった通り、地図だけは渡しておくぞ! コンパスはウェアラブル機器が機能を内蔵しているからそっちを使ってくれ!! 先に述べた通り、その端末が壊れるようならその時点でこのトレーニングは中止だからな! 別途用意しておく必要がないんだ!!」

「はいっ」

 

 かくして私の無人島トレーニングが始まったのであった。

 

 

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