「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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無人島につきまして(実践編)

 

 

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 貰った地図は地形や高低差のみならず、動植物の分布や食べられる野草のメモまで内包されたお得セットだった。本当に漂流したときにこれが手元にあれば、サバイバルの難易度は大きく下がることだろう。

 トレーニング的観点で見れば負荷が減るということでもある。ここまでしてくれと注文は出していないが、これはある意味で当然というか必須というか……。

 本当に漂流したのならいざ知らず、ここは無人島ではあっても前人未到の未開の地ではない。既に誰かの所有物であって、日本の法律が適用される場所なのである。つまりどういう意味かおわかりいただけるだろうか。

 開拓していい場所には印をつけてもらっている。

 切り倒してもいい木。砕いてもいい岩。採取してもいい植物。無人島の大自然の中にあっても社会の制約からは逃れられないのだ。せちがらいことだ。

 

《現代社会じゃ山に山菜を採りに行くとか簡単に言ってもなぁ。地権者の許可が無けりゃ森林窃盗だからねえ》

 

 とりあえず石を割る。割った石をぶつけあわせて、打製石器のできあがり。

 このあたりの石は適度に脆いので、ウマ娘ならものを吟味すれば素手で彫刻とかできそうだけど。それでも道具の有無で加工の幅は広がる。刃物というのはそれだけで強い。

 必需品として身に付けているハイテクな装備とローテクな第一歩の落差に風邪をひきそう。どうせならナイフの一本でも持ち込んでおけばよかったか。金属のありがたみを噛み締めながら木の皮を剥いで加工し、よろずのことに使いけり。

 

《生水は危険だから、水を煮沸するための鍋は重要。薄い木の皮でも中に水が入っていれば焦げるだけで燃えたりしないぞ。紙コップとかも同じ理屈で使えるから、覚えておくとキャンプとかで便利かも! あ、木の皮から結果的に煮出した成分が揮発するまで飲んじゃダメだよ》

 

 本当にどこから仕入れてきたのか、生存能力に溢れたテンちゃんのアドバイスに従いながら着々とこの島における生活環境を整えていく。

 火も重要だ。料理などに使うのはもちろんのこと、蟲対策に寝床となる場所や身に付ける加工品は一度煙で燻しておきたい。

 ウマ娘は雑に頑丈だから木の棒を掌でくるくるする、いわゆるきりもみ式でも『あちち』くらいで着火できるのだろうが。ヒトミミにはお勧めしない。火が点くということは、それに準ずる摩擦熱がくるくる中の掌にも発生するということなのだから。素人ならマメだらけになって手の皮がベロンベロンになってしまうだろう。

 自然下において手が使えなくなるというのはあまりにもリスクが高い。だから弓切り式と呼ばれる一工夫加えた方法で着火するのが推奨される。

 ざっくり言ってしまえばくるくる回す棒を直接手で挟むのではなく、その名称の通り弓の弦にあたる部分を絡ませ、弓本体を左右に動かすことで摩擦を発生させるやり方だ。と言っても弓そのものではなくそういう構造を構築できれば何でもいいので、機能に割り切ってしまえば竹とんぼの亜種みたいな見かけのセットになることもある。

 ……そのあたりの知識は私も事前に調べてきていたのだが、いざ実践の場でなんとなくできそうな気がしたからぱしゅっと木の棒を弾くとそのままネジの様に高速で回転して火が点いてしまった。なんとなく悲しかった。

 

《うん、選択次第ではクラシック級の鬼婦人にできるんだから今のぼくらにできないはずがないよねえ》

 

 ウマ娘は毒にも雑な耐性があるので、量を考慮しなければヒトミミよりも食料調達が容易だ。ヒトミミには食えないものも気合と根性でばりばりかみ砕いて消化できる。食用とされないものはたいてい味も触感も相応だが。

 量が足りないことは初めからわかりきっていたことなので、こちらはアスリート的餓死を防げる程度を目標と割り切ってしまう。

 

 それにしても、今は十二月のはずなのだが。

 間違いなくこのトレーニングが終われば私は有記念に出走するはずで。気候によっては雪も降る季節のはずなのだが。

 枯れてないなあ、山。生い茂っちゃってるなあ、草木。サバイバルの真っ最中としてはありがたい話ではあるけれども。

 トレセン島ってどこにあるんだろう? 私、パスポートを使ったおぼえが無いんだけど(必要になってからでは遅いので、既に作ってはいる)。何ならここに来るまでにさほど時間はかかっていない。さすがに毎週とまでは言わないが、半月に一回程度ならちょっと遠いところにあるが他にはない効果的なトレーニングができる施設として通える程度の所要時間だった。この距離感ならあの計画も成り立つだろうと納得したものだ。

 南国だなぁ、景色。植生が冷帯や暖帯のそれじゃない。亜熱帯とか、もしかしたら熱帯とかのそれだ。海の色が私の知っている日本海じゃない。これこそがマリンブルーだと言わんばかりの横に広がる鮮やかな青色。あの狭く青黒い潮じゃない。

 

《まあ、この世界って一皮めくればファンタジーが我が物顔で跋扈してるし。東京近辺に緯度も経度も無視して南国風の気候の無人島があることもあるんじゃない?》

 

 テンちゃんはもう『そういうものだ』と理解を放棄しているようだ。いや、一周回って理解していると言っていいのか。鵜呑みも理解と受容の一つの形ではあるだろう。

 まあ私も本気で座標を割り出そうと思えばやってやれなくもないだろうし、それを本気でやろうって気にならないあたり本気で気になっているわけではないのだ。

 ただ目の前にあるものをあるがままに受け入れる。多くの人間はそのように毎日を生きている。私だってその点では特別ではない。

 

 だから、うん、目の前にのっそり現れた()()に対してもテンちゃんはそこまで驚いていないようだった。

 いちおう驚いてはいるのだけど、もうそういうこともあるよねーと諦めているというか、受け入れているというか。

 

《日本にいるのってツキノワグマとヒグマの二種類だけじゃなかったっけ? なんかデカくね? 二メートルどころのサイズ感じゃなくね?》

 

 のっそりと茂みをかき分けて巨大な影が出てくる。

 頭の中で有名な童謡が鳴り響く。森の中じゃないけど出会っちゃった。クマさんと。巨大な獣が近づいてくる気配には気づいていたけど、まさかクマとはねえ。

 

《ちなみに代表的なクマは八種類に分類されるが、そのうちの一角を占めるのがご存じジャイアントパンダだったりするぞ。パンダが竹を主食としたクマというのはそれなりに有名な雑学だけど、そうやって改めて分類として見るとなんかびっくりするよね》

 

 最大のホッキョクグマでたしか三メートルじゃなかったっけ。目測、目の前のクマさんはそれを超えている気がする。サイズ感は軽く怪獣だ。

 数字だけじゃ感覚がつかみにくいというのなら、学校の校舎を思い浮かべてみればいい。あの一階あたりの床から天井までの高さが三メートル。たしか法律で基準が決まっているので、どの学校でもだいたい同じ高さのはず。

 コイツは立ち上がったら校舎の天井に頭をぶつけるだろう。毛皮の色もなんか赤いというか、赤銅色というか。新種? 少なくとも私の知る範疇のクマさんには該当しない。

 そしてクマの言葉はわからないし表情を解読できるほど馴染みもないけど、なんだか『コイツ食えるのかな』って目で見られている気がする。

 

 それはこちらも同じことだった。

 

 気配に気づきながら逃げなかったのは、これから不特定多数が過ごすはずの無人島でどんな動物がいるのか確認しておきたいというのもあったけど。

 狩っていい状況が整えば狩ってしまおうと思ったから。貴重な動物性たんぱく質。

 狩猟には免許がいる。そして猟銃は言わずもがな、わな猟、網猟のウマ娘特別免許なんて私は持ち合わせていない。

 

《本来猟銃は二十歳以上、わな猟や網猟でも十八歳以上が受験資格の対象となるはずなんだが……。ウマ娘特別免許っていったい何なんだろうな? いや、この世界に生を受けて十五年、その存在はちゃんと知ってるけどさあ。どういう経緯で生まれたんだアレ……何のためのものなんだ……?》

 

 野生動物を専用の備えもなしに捕獲するのは至難の業だ。

 私はできないとは言わないけど、普通のヒトミミには無理だと思う。そして私だって必死にやれば可能というだけで、労力に見合う成果が得られる自信はない。

 本当に無人島に遭難したのならいざ知らず、今回はトレーニング。法を犯してまでお肉を求めるのは気が引けた。

 

《狩猟免許って罠を使ったり猟銃を使ったりといった狩猟を対象としていて、じつは素手の狩りは自由猟法といって法の規制対象外なんだよね》

 

 鳥獣保護法だって襲われたときの正当防衛までは否定するまいよ。

 いちおう、鳥獣保護法で保護されているのは文字通りに鳥や獣なのでお魚はその対象外。だから動物性たんぱく質だけにこだわるのなら、釣り具なんて無くても水中で思いっきり手を打ち鳴らせばその衝撃でプカプカ浮かんできそうな気もするけど……。

 

《あ、ガチンコ漁は禁止だぞ。法律で禁じられているっていうのもあるけどそれ以前に。禁止されるのは廻りまわって自分たちの首を絞めるから禁止されるんだよ。

 ああいう広範囲へ一定の影響を及ぼすものは弱い個体、つまり食べられるサイズでもない稚魚から死んでいく。稚魚っていうのは弱さを数で補う戦略で生き延びているのに、それが一網打尽にされちゃうわけだ。そこに生息する魚類を根絶しかねないリスクがある。

 本当に食うに困っているのならそこの生態系より自分の命を優先するのもやむなしだけど、そうじゃないのなら避けたい生存戦略だね》

 

 ん、言われるまでもない。私はルールを守るのだ。

 やるとしたらこちらも掴み取りだな。いずれ試そう。

 

 さて、クマは毛皮と脂肪と筋肉の幾重にも折り重なった天然の鎧の持ち主であり、ライフル銃でも致命傷を与えるのは難しいらしい。

 だがその一方で頭蓋骨の強度は人間と大差ないとも聞く。つまり私なら殴っても蹴っても砕けるということだ。

 狙うなら頭か。二足歩行で立ち上がった状態ならともかく、四足歩行の現状なら手も脚も余裕で届く。

 

 ほんとうにそうか? 本当に今の私ではあの胴体をぶち抜くことはできないのだろうか。

 ドクリ、ドクリと脈拍が戦闘を念頭に置いた速度で安定する。

 血液が循環する。脳と両目に集まっていく。今の私の双眸はみるみるうちに真紅に充血していっていることだろう。

 前回のレースで掴んだ集中の極意。意外にもテンちゃんの命名式が発生していないので、いまのところこの状態に名前は付いていない。

 病院で精密検査を受けたときは『あ、それ任意で再現可能なんですね……』と、最終的にすべてを諦めたような納得の仕方をされてしまった。

 

《不随意筋は言い訳。さようなら生物学。これまでお世話になりました》

 

 見かけこそ派手だが、特にこれといって特別なことができるようになるわけではない。普段からできることがより()()できるようになるだけ。

 毛皮の質。筋肉の配置。骨の位置。脂肪の厚み。それらの情報を読み解く。自らのリーチ。靴越しに感じる足場の状態。軽く握る指の動き。算出される速度から、想定される威力まで。

 軽く吸って、ゆっくり吐き出す。結論、今の私ならあの腹をぶち破ってモツを引き抜ける。二足歩行になって両手を広げる正中線を剥き出しにするような威嚇でもしてくれたら、確実に。

 下手な銃弾の殺傷力を自らの素手が越えられるという計算結果になんとも形容しがたい感慨が湧くが、これから始まる命のやり取りには不要なものなので今は捨て置くことにした。

 

 食用だから腹を破るのはまずいか。内容物が零れて可食部が大きく損なわれる可能性がある。

 やはり狙うなら頭か。そのあとは血抜きして、モツを抜いて、全体を急速に冷やすために川に沈めて。このときのために事前に頭に入れておいた解体手順が脳裏をよぎる。

 血液は現代社会で感染源として忌避されるが、新鮮な血液は『雑菌が繁殖していない』という意味で無菌かつ栄養豊富だったはず。時間経過であっという間に雑菌が繁殖してしまう足の早い食材、何とかして捨てずに活用したいものだ。

 

 ただ、これこそ文字通りに捕らぬ狸の皮算用というもの。勝敗の結果ではこちらがお肉になる可能性だって十分にある。

 漫画やドラマで刺されれば死ぬ、撃たれたら死ぬと繰り返し仕込まれているせいで、現代人は刃物や銃で急所をやられるとあっさりお亡くなりになってしまうらしい。

 野生動物はそうではない。急所に致命傷を受けてなお、命が尽きるその寸前まで動く。走る。何ならその質量は命が尽きてなお慣性によって重量兵器と化す。突進に合わせて頭をぶち抜いたところで、それで相手が即死したところで、位置取りを間違えればこちらも死ぬ。

 現代っ子らしくゲーム的にたとえるのなら『HPゲージがゼロになるまで動き続けてこちらを殺しにかかるエネミー』がリアルで、『HPゲージを削りきれば攻撃モーションの途中でも消滅してドロップ品になる』がフィクションといったところか。

 同じ死ぬのなら相打ちじゃなくて、どうせなら相手のお肉になりたいところだが、はてさて――

 

 では始めようか、と身体を沈めたところでクマさんは踵を返して逃げ出した。

 猛ダッシュだった。

 

《野生動物が……それも大型の肉食獣が、あんな背中を向けて一目散に逃げることってあるんだな……もっとジリジリと隙を見せないように立ち回るものかと……》

 

 テンちゃんも呆然としているようだ。

 命のやり取りが遠ざかっていくのと同時に、ゆっくりと脈拍も元に戻っていく。そうやって油断したときが一番危険だと知識では知っているので、聴覚を始めとしたセンサー類は十二分に活動を続けているけども。

 

 ……正当防衛の大義名分を失ってしまった以上、追いかけてまで仕留めようとは思わないけど。

 あれだけの量のお肉があれば何日食つなぐことができただろうか。海が近くにあるから保存食を作るのも可能だったろうに。

 あーあ。逃がしたと思うと、今からひもじい気がしてしまうな。

 

 

 

 

 

 その後、運営に連絡した。

 さっそく緊急連絡手段を使うのは気が引けたが、これが非常事態じゃなきゃ何が非常事態というもの。クマ出没。

 仮に私たちだけなら何食わぬ顔でトレーニングを続けてもよかったのだが、何も知らないスタッフがクマさんのごはんになってしまうのは気の毒すぎる。

 

《トレーニング中止になるかと思ったけど……続行できてよかったね?》

 

 ただ、その後スタッフの尽力により発見されたクマさんはよほど怖い目に遭ったのか。ウマ娘を見るとひどく怯え、逃げ切れないと見るや服従の姿勢を見せたとのことだった。

 そのため駆除ではなく、現地協力者としてこれからの無人島トレーニングに活かせないかプログラムを調整中らしい。

 

《クマが出没したのにトレーニング続行が許されるとか、久々に価値観方面でファンタジー&メルヘン味を感じたよね。いや、まだ『前』の価値観引きずってんのかって話だけど……。でもたしかにアプリのイベントでクマさんが登場したとして、生徒が避難してクマが駆除されるよりはクマさんとの仲良しエピソードが生まれる方がウマ娘ワールドらしいっちゃらしいわ》

 

 クマ肉はなくなってしまったけど、水辺で迂闊に近寄ってきた魚を素手で捕まえることができた。毒が無いことはちゃんと知っている種だ。ミーク先輩との三年間は無駄ではなかった。あとは適当に食べられる野草をいくつか採ってきて。

 火を起こして、飲み水を用意して、今晩の寝所も確保して。煮て、焼いて、よく噛めばとりあえず食える。トラブルもあったがひとまずこの夜は乗り越えられそうだ。波乱万丈な一日目も、もうすぐ終わりだ。

 

 ちなみに余談だが、集めた山の幸の中にキノコはない。あれはダメだ。好きとか嫌いとかじゃなくてダメだ。毒草だってこの世にはたくさんあるけど、キノコは危険性が比じゃない。

 素人どころか専門家でも間違う判別の困難具合。品種によってはウマ娘の毒耐性を貫通するものも多く、何なら食べるところか触るだけでアウトというものもある。

 

《自然がやさしいなんて自然をよく知らない人間の幻想さ。あいつらの殺意の高さは適当な図鑑を眺めるだけですぐにわかるっていうのに》

 

 そこまでリスクを冒して食べたところで、ろくなカロリーにならない。サバイバルには極めて不向きな食材なのだ。食卓に彩りが欲しければ、もっと別の手段をとった方がいい。

 

《そう考えるとこんにゃくってすごいよな。あんなに手間暇かけて毒のある芋を食用にしたのに、結局カロリーにはならないんだから。よくもまあそんな調理法が現代まで伝承されたなって感じ。初めにやった奴は何を考えてたんだろう?》

 

 それ言うなら人類で初めて小麦からパンをつくったやつもだいぶ頭おかしいと思うよ。直接煮るでも焼くでもなく、一度粉にしてから練り上げて焼くなんてさ。

 

「……ふう」

 

 思わずため息が漏れる。

 正直な話、自分でも少しだけ心配していたのだ。周囲との繋がりを断って無人島なんか行ったら、そのまま野生化してしまうんじゃないかって。犬かきで海に出て海流をつかまえて、いずこともつかない本当の意味で自然の中に消えてしまうのではないかと。

 でも違った。むしろ無人島という隔離されたところに来たからこそ、私の中に人間社会が染み付いていることがたびたび強調されたように思う。

 古代の哲学者曰く、人間は社会的動物だという。しがらみも関係性も規律も規範も、物理的に距離が離れた程度では私の中から無くならなかった。

 

 私は人間だ。

 もうかみさまには成れない。

 

《でも実際、獣害が起きたらどうするんだろうな? 能天気で無責任な首脳部ばかりなのか? ……いや、違うか。『成せば成る』『やればできる』って意識および、不思議パワーの成功体験がウマ娘を中心に社会の中で醸成されてきたんだ。『できなかったらどうするんだ』『起きてはいけないことが起きたら』とリスクを強調するヒトミミ思考がこっちにも無いわけじゃあないけど、身も蓋もない話こちらの世界の権力者ってウマ娘およびその関係者が多いから、そちらの声の方が全体に大きく響いているわけだな》

 

 ねえ、テンちゃん。だいじょうぶ?

 

《えっ。なにが?》

 

 なにがというか、なんか、ぜんぶ?

 頭の中で脈絡のないことを垂れ流されるのはいつものことだけどさぁ。なんというか、上滑りしているというか、集中しきれていないというか。

 サバイバルの最中だっていうのに身が入らないくらいの何かがあるんじゃないの?

 

《あー……》

 

 しばらく頭の中で唸ったあと、うん、とテンちゃんは言った。

 それは肯定のようであり、ただの相槌のようでもあり、はたまた何かに区切りをつけるために打ち込んだ楔のようでもあった。

 

《実はね、怖いんだ》

 

 そう言った。

 聞いて、やっと気づいた。命名式はやらなかったのではなく、()()()()()()のだ。

 今のテンちゃんはキャラづくりすらおぼつかないほどに擦り切れていた。

 

《いまさら命が惜しくなった。踏みにじるのであれば踏みにじられる覚悟を決めておくのが筋ってもんなのに、相手の命を奪おうってんならもう天秤のもう片方に自分の命を載せておくのが道理ってもんなのに、怖くなった。このやさしくて美しい世界をもっと生きてみたくなっちゃった》

 

 生き返るとは、そういうことだった。

 死んでいるうちは感じなかったことを感じるようになる。嬉しいことも悲しいことも、苦しみも痛みもつらさも恐怖も、この世界にあるものをぜんぶ。

 私の望んだ『ぶち生き返す』とはそういうことだ。私の半身が暗闇の中で膝を抱えて震えているのは私の目標が果たされたからだ。

 

《どうしよう》

 

 文明から遠ざかって、着飾るものがなくなったからか。これまで噛み締めてはなさなかったものを、おずおずと吐き出している。

 まるで叱られることにおびえながら罪を告白する小さな子供のように。目が合わない。下を向いたままちらちらと上目遣いでこちらを窺っているイメージ。

 

「ねえ、テンちゃん」

 

《……うん》

 

「あれの名前は【真紅開眼(スカーレット・アイズ)】にしようか」

 

《…………うんん?》

 

 こうなることを私は予想できていなかったのかな。

 わからない。今の自分が何を考えて何を感じているのか自分でわからない。アタマの中が得体のしれないものでいっぱいになってしまっている、けど。

 きっと今の私の顔は笑っている。

 

「だいじょうぶ、大丈夫だよ」

 

 私が守るから。どうすればいいか、わかったから。何を懸けて、何を捨てればいいのか今わかったから。

 そっと震える自分を抱きしめる。焚火のはぜる音と熱い光、少し離れて周囲を覆う闇と、白く浸されたような満天の星空。

 私たちしかいないこの世界で、必要だった最後のピースを見つけた気がした。

 

 




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