「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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予約投稿の指定をうっかり「2021年」にしたせいで一時的にフライングするという事故はありましたが、改めて初投稿です(鋼の意志)
微妙に加筆修正しているので、昨日読んでしまった人は『こんなふうにしているのかー』と探してみてくださると幸いです。

お気に入り登録、評価、ここすき
感想、誤字脱字報告もありがとうございます。

ラストのみ三人称パート


最初の冠

U U U

 

 

 え、いや、なぜここに?

 嫌なわけじゃない。ぜんぜん嫌なわけじゃないけど、ちょっと困る。いまの私は対レース仕様で調整を進めていたのだ。いきなり参観日とかやめてほしい。使用する脳内の回路がバグりそうになる。

 そもそも控室って関係者以外立ち入り禁止では? 学園の生徒はわりと普通に入れるけど、あれは中央の制服や勝負服が身分証代わりになるからだ。親族はグレーゾーンのような気がする。

 

「観客席でお見掛けしまして、つい声をかけてしまったんです」

 

 視線を桐生院トレーナーに向けると、彼女はいたずらっぽく微笑んで唇に指をあてた。

 

「ジュニア級のレースでガチガチに緊張してしまう子はけっこういるんです。そんなときに、現地に応援に来てくれた親御さんに直接励ましていただくのもわりとよくあることなんですよ。警備の人も慣れたもので、担当トレーナーが同伴していればこっそり見ないふりしてくれます」

 

 見ないふりってやっぱり黒寄りなんじゃないか。

 

《そもそも、その『よくあること』も桐生院ではって注釈がつくかもね》

 

 あー。ありそうだね。トレーナーの名門桐生院だからこそ融通が利くってのはあるかもしれない。まあそのあたりを深く考えるのはやめておこうか。

 私からすれば立派な大人に見える桐生院トレーナーも、正確な年齢は聞いたことは無いが外見や経歴から察するに二十歳前半あたり。社会人という枠で見ればまだまだお嬢さん扱いされる立ち位置だろう。

 善良だがやや天然なところのあるこの人が好きこのんで実家の権力を振りかざすとも思えないので、もし仮に自分が特別扱いされていたと知れば傷ついてしまうかもしれない。それは本意ではない。

 

「ご家族で積もる話もあるでしょうから。パドックへの移動まではもう少しだけ時間があるので、どうぞごゆっくり」

 

 ごちゃごちゃと考えているうちに、時間になったら呼びに来ますね、と桐生院トレーナーは一礼して出て行ってしまった。

 

「あらら、気を使わせてしまったかしら」

「いいひとだな。リシュのトレーナー」

 

「……うん。すごくいいひと、だよ」

 

 こうなってしまえばずっと同じ時間を過ごしてきた親子だ。久々の再会ということで多少ぎこちなくとも、言葉は繋がっていく。

 

「少し見ない間に大きくなった?」

「ううん、身長は変わってない」

 

「あらまあ、じゃあ中身が成長したのね。ひとまわり立派になったように見えるわ」

「えへへ、ありがとー。身体の方ももう少し伸びてくれてもいいんだけどね」

 

 主に話すのは母ばかりで、父の方はどうにも慎重に言葉を選んでいるうちに母に先を越され呑み込んでしまうということを繰り返していた。

 別に父との仲が悪いつもりはないけど。ここ最近の父は『思春期の娘』というレッテルに必要以上に力んでいるように思える。会社の上司から悲惨な武勇伝をさんざん聞かされたらしい。

 しっかり奨学金は勝ち取ったとはいえ中央の安くない学費を払ってもらっている立場だし、いわばスポンサーに『パパくさーい』みたいな舐めた口叩く娘に育ったおぼえはないんだけどなあ。

 

「サイズが変わっていないのならまた今度、こっちの方で適当に服を見繕って送っておくわね。どうせあなた達のことだから家で買った服ずっと着まわしているんでしょう」

「ん、ありがとう」

 

 あはは、ばれてーら。

 オシャレに興味がないわけじゃないんだけど、学園生活は忙しくって。いまんとこ制服とジャージと室内着でことが済んじゃうからわざわざ新しい服買いに行こうっていう気力が湧かないんだよね。

 ウィンドウショッピングでもすれば一目ぼれの出会いとかもあったりするのかもだけど、服を買いに行く服を見繕うのが面倒くさい。

 ……自分で言ってて少し危機感が湧いてきたな。女子のはしくれとしてもう少し気を使った方がいいのかもしれない。今度の休日、マヤノあたりと出かけてみるか。二人じゃちょっと間が持たないかもしれないからデジタルも誘おう。

 

 というか身長だよ、身長。

 この一年の身体能力向上の仕方からしてもう私、本格化来てるよね? ウマ娘って本格化迎えたらいっきに身体が成長するんじゃなかったのか?

 私の成長曲線、入学直後あたりからぴくりとも動いてないんですが。

 

《これはあれかなー》

 

 知っているのかテンちゃん。

 

《うん、たぶんね。本格化にはいくつかパターンがあるって説は聞いたことある?》

 

 いいや初耳。なにそれ。

 

《一般的な『本格化』は思春期の一定段階になると身体が急成長を果たし、その後は緩やかに衰えていくというヒトミミのそれより変化が著しい成長期のことを指す。広く知られるウマ娘の神秘のひとつだけど……。

 ウマソウルとの同調率が極めて高い場合、神秘はより露骨に干渉する。一部のウマ娘は外見的な変化がまったく起こらずむしろ固定され、しかし能力だけは飛躍的に向上していく『最適化』とも呼ぶべき形で発現するのではないか。やよいちゃんも外見通りの年齢であることが暗示されるシーンがいくつかあるのに、三年間まったく成長しないのもこれが原因なんじゃないかって考察があってだな》

 

 えっ。じゃあ私、トゥインクル・シリーズを走る間ずっとこれなの?

 

《『最初の三年間』の間は覚悟しておいた方がいいかもねぇ。まあその場合は身体能力の衰退期に入れば先送りにされていた身体の成長がいっきに適応されるらしいし、成長期がもう終わったって考えるよりは未来に期待する方がマシじゃない?》

 

 ええ、そりゃあそうかもしれないけどさあ……。たしかにこの体格が理由でレースに不利を感じたこともないけどさぁ。

 スカーレットのような……とまで贅沢は言わないから、せめて身長百五十はほしい。あらゆるものが視界の上に設置されていて、平均身長が自分の体格と噛み合わないというのはプチ巨人の国に迷い込んだような不便さを常々感じるのだ。

 

 それに身体が成長していけば当然衣服のサイズも合わなくなるわけで、一張羅の勝負服だろうとその法則は容赦なく平等に適用されるわけで。

 そのときにそれなりの功績を残しておけば、新しい勝負服も貰えるかなーなんて、少しばかり地に足がついていない妄想もしていたのに。

 

《そんなにこのデザイン嫌だった? それならさすがに素直に謝るけど》

 

「勝負服いいわねぇ。私はレースの道には進まなかったし、そもそもそんな才能なんて無かったけれど、やっぱりウマ娘の憧れだったわ。

 少し風変りだけどカッコいいデザインね! リシュが考えたの?」

「え、いや。私じゃないよ」

 

 うーん、嫌というか。

 ふとした拍子に『あれ? これもしかしてカッコよくね?』と思ってしまいそうな自分が嫌というか。複雑な思春期のオトメゴコロなのだ。

 

「やっぱりテンちゃんのセンスなのね。でもあなた達によく似合っているわ」

「あー、ありがとう……」

 

 というか秋川理事長ってウマ娘だったの?

 

「テンちゃんも今起きているの? そちらとも話したいから代わってもらっていい?」

「あ、うん。わかった」

 

 気にならないわけではなかったが、そこまで優先度の高い話題でも無かったので大人しく主導権を譲り渡して奥に引っ込む。

 

「テンちゃんもひさしぶりー。元気してたー?」

「……あ、はい。どうも、元気です」

 

 普段は傲岸不遜で傍若無人なテンちゃんも、父と母の前では借りてきた猫のようにおとなしい。

 両親は私とテンちゃんの関係性を明確に把握している貴重な存在だ。

 

――ひとり分の養育費で可愛い娘を二人も育てられるなんてお得だねえママ

――そうねパパ!

 

 テンちゃんの存在を知った時の彼らのやり取りは今でも鮮明に憶えている。まだ私がパパママ呼びするくらいに幼いころの記憶だけど、たぶん一生忘れない。

 器がデカいのか、頭のネジが外れているのか、娘の私からしても判別がつかないけど。

 この人たちは私の自己肯定感の根っこを作ってくれた。たとえこの先私が何かやらかして、日本中からバッシングを受けるようなことになったとしても、この人たちは絶対に味方になってくれる。そう確信できる。

 この両親のもとに生まれていなければ。異常者の自覚のある私は、もう少し承認欲求と自己肯定感に苛まれる人生を送っていたかもしれない。

 注がれた愛情を金銭に置き換えるなんて無粋な行為だとは思うけど。でもお金はあるに越したことはないよね。明確に稼げる手段が見えているのならなおさら。

 

「お正月は帰ってこれそう?」

「ちょっと難しそうです。桐生院トレーナーは本家でご挨拶があるとかで三が日にトレーニング自体は無いんですが、今年の年末からアオハル杯のプレシーズンが始まるんですよ。

 初めての開催ということで不測の事態に対応できる安全マージンは確保しておきたいですし、チームメンバーともより密接に意思疎通を図っておきたいので」

 

 私ではなくテンちゃんの方に予定を尋ねるあたり、母の中でどっちに信頼性があるのかが窺える。いやまあ、私も異論はないが。

 私よりもテンちゃんの方がだいぶしっかりしている。普段のテンションの高さに隠れがちだがあれでいて理知的というか、物事を俯瞰する傾向がある。客観的に、多角的に。そういう思考の癖は私もかなり影響を受けている。

 あの妙なハイテンションはきっと『そういうふうに生きよう』とどこかのタイミングで決めて、そして以降それを真面目に守り続けているのだ。どちらかといえば私の方が適当で不真面目と言えるだろう。

 

「あらそう、予想はしていたけどやっぱり残念。アオハル杯ねえ、復活のお知らせは保護者にも回ってきたけど楽しい? 活躍できそう?」

「もちろん。ぼくらはエースですよ」

 

 ふふんと胸を張るテンちゃんに、ようやく父がきっかけをつかんで話しかけた。

 

「用意しておいてよかった。少し気が早いが、正月に帰ってこれないのなら今のうちに渡しておこう」

 

 そうやって差し出されたのはぽち袋。クリスマスもまだなのにお年玉とは、たしかに気が早すぎる。クリスマスプレゼントの方は何かしらが郵送されてくると期待してよさそうだ。

 

「今日の賞金に比べたらはした額だろうがな」

「まさか。本当にありがたいですよ」

 

 トゥインクル・シリーズのウマ娘が稼いだレースの賞金やグッズ販売の売り上げは、少なくとも引退するまでは自由に使えるわけじゃない。URAの管理する口座に振り込まれ、そこから引き出すにはかなり面倒な手続きを必要とするし、その手続きを踏んだところで一度に引き出せる金額の上限も存在している。

 金銭トラブルはヒトミミ、ウマ娘問わず平等に発生する人類の宿痾だ。中には実家が金持ち過ぎてレースの賞金程度では小動もしないとこもあるが、そうじゃないところだって多いのである。

 金の卵を産むうちは絞殺されても困るので、トゥインクル・シリーズを引退するまでURAはこうしたセーフティネットを何重にも張っている。ゆえに私の経済状況はそこらの中高生と大差なかったりするのだ。

 

「これがテンちゃんのぶん。こっちがリシュのぶんだ」

「ありがとうございます」

 

 きっちり両手で丁寧に受け取るテンちゃん。私も一瞬だけ運転を代わってもらい、お礼を言って受け取った。

 

「そろそろリシュのぶんだけでいいんですけどねえ」

「もう、そんなこと言って。あなたがリシュのために使うのは自由だけど、私たちは娘ふたりにきっちり等しく愛情を注ぐって決めているの」

 

 きまり悪そうにテンちゃんが頭をかき、渡したのは父なのに口を開く前に母のセリフに塗り潰される。哀れ。

 昔からずっとそうだ。誕生日プレゼントも、ケーキのネームプレートに書かれる名前も、おでかけのときに買ってもらう服も、絶対に二人分。

 さすがにランドセルとかの一つあれば十分な必需品だったり、ケーキとか胃袋の容量の限界があったりするものは一人前だったが、嗜好品であれば可能な限りふたりの嗜好に合わせてふたつ用意してくれた。

 有言実行。私たちは娘二人分の愛情をしっかり注がれて育ったのだ。

 

「すみません。そろそろ時間です」

 

 ノックの音。両親と別れ、迎えに来た桐生院トレーナーについてパドックに移動する。

 返したい。たとえ見返りを求めた行為ではなかったとしても。受け取ったあたたかいものを、あのひとたちに。

 

《おーおー入れ込んじゃってまあ》

 

 ごめんテンちゃん。抑えが利きそうにない。

 

《まーそのあたりはこっちで調整するとして。健康に悪い走り、いっちゃう?》

 

 いっちゃおう。

 

 

U U U

 

 

 トゥインクル・シリーズはこの国における国民的娯楽であり、ましてやそのG1レースともなれば観客席は人で埋め尽くされるのが常だ。

 だが今日の観客席にはぽっかりと不自然に空いているスペースがあった。まるで目に見えない力場が発生してそれに人混みが押し出されているようで、あながちそれは間違いではないかもしれない。

 

「おっ、空いてんじゃーん」

「……ふん」

 

 “黄金の不沈艦”ゴールドシップと“怪物”ナリタブライアン。

 G1ウマ娘、それも歴史に名を刻んだ宝塚連覇グランプリウマ娘と三冠ウマ娘がひとところに揃っているのだ。レース場に足を運ぶ熱心なファンにとってもはや近寄るのも恐れ多い神々しいプレッシャーを感じることだろう。

 

「いやー。空いてるっつーか、場所を開けてくれてるって感じじゃねーっすかね。やっぱ先輩方のオーラマジぱねぇっす」

「どうもすみません。ありがとうございます」

 

 道を譲ってくれた相手にぺこぺこと会釈するトレーナーの横でウオッカがぽりぽりと頬をかきながら苦笑する。そう言う彼女も先日の阪神ジュベナイルフィリーズで一着を取り、見事G1ウマ娘の称号を手に入れた身だ。

 チーム〈キャロッツ〉。この場に四名いるウマ娘のうち三名がG1ウマ娘という異常な集団であり、逆に一名の無冠のウマ娘の精神力をたたえるべき状況であった。実際、この時期ともなると彼女たち以外にもメンバーは加入しているのだが、他に行き場が無かったという態度があからさまな数合わせ同然のチームメイトであり、この場への同行は辞退している。

 

「わざわざトレーニングを休んでまでレースを見に行くなどと言い出したときには呑気なものだと思ったが……甲斐はあったかもしれんな」

 

 ぶっきらぼうにナリタブライアンが吐き捨てる。彼女の脳裏では先ほど見たパドックでの光景が繰り返し再生されていた。

 焼き付いていた。あてられた本能が飢えを囁いているが、それ以上にこれから始まるレースをこの目で見たいという衝動が強い。あるいは観客がレースに抱く好奇心とはこういうものなのかと、この歳になって新たな知見を得た新鮮ささえ感じている。

 

「うん、それだけの価値はあると思っているよ。きっとテンプレオリシュはこれから三年間、あるいはその先を含めてトゥインクル・シリーズの台風の目になるだろうからね。

 彼女にとってこれが初めてのG1だ。これまでのレースでは見せなかった新たな手札を晒してくれることもあるかもしれない。

 記録自体はあとから何度でも見ることができるけど、ことウマ娘という神秘のカタマリに関しては自分の目で見ないとわからないことも多いから」

 

 チーム〈キャロッツ〉のチーフトレーナーは苦笑を返した。別にブライアンの態度は気に食わないことがあったなどではなく、ただ単純に彼女の性分に由来するものだと知っているので、その笑みに焦りはない。

 

「でもよぉ、大丈夫なのか? まさかリシュがあんなに入れ込んじまうとはなあ。アイツにG1だから気負うって神経があったのはなんか意外だが」

 

 ウオッカの中でもパドックの様子が思い返される。

 初めてのG1ということで入れ込んでしまうウマ娘は珍しくない。もともとウマ娘はヒトに比べ繊細な精神の持ち主が多いと言われているし、それを踏まえても年頃の少女なのだ。未知の大観衆の前に立てば萎縮してしまうのはおかしいことではない。

 G1はタイトルそのものが持つ重圧も、観客の動員数も桁違い。せっかく出走できても実力を発揮できないまま沈んでしまうというのも往々にしてよくあることだった。

 

 パドックで見たリシュは見るからにギラギラしていた。

 それはそれで周囲にとってはプレッシャーだろうが、幾度か対戦したウオッカとしては違和感の方が先立つ。

 ふわふわとして掴みどころのない底知れなさ。それがウオッカの知るリシュの脅威だ。

 猛禽類じみた重圧という面では一緒のチームでトレーニングしているナリタブライアンに勝るウマ娘などそういるものではない。そして自分らしさを忘れたままで勝ち取れるほどG1という冠は易くもない。

 ライバルではあるが、同時に友人でもある。ひとの良い彼女は純粋にリシュのことを心配していた。

 

「……ウオッカ、アンタはダービーでリシュとぶつかるつもりなのよね?」

「あん?」

 

 水を向けられたこの中で唯一の無冠の少女、ダイワスカーレットは最前列に座り大きく息を吐いて目を閉じる。

 ふわふわと曖昧な霧のありさま。あれは、あるいはリシュの配慮なのかもしれない。彼女の剥き出しの全力に直接触れたのは長い付き合いの中でも数えるほどしか無く、その数が今日また更新されそうだ。

 

「よく見ておきなさい。下手すればアレを自分で迎え撃つことになるんだから」

 

 これから起きる惨劇に、心を備えるために。

 

「それってどういう……」

『クラシックへの登竜門。朝日杯フューチュリティステークス。すべての道がここから始まる』

 

 ウオッカが聞き返す前にゲートインが完了し、出走の準備が整った。いや、もしかすると聞き返せなかったのかもしれない。

 解説によればくだんのテンプレオリシュは四番人気。ここまで無敗の三連勝ということを鑑みれば、ここが勝者のみが集まるG1の舞台だということを差し引いてもやや評価が低い気がしなくもない。

 パドックで彼女が入れ込んでいると感じたのはウオッカだけではなかったようだ。だがそんなこと、今となっては些細な問題に思えた。

 

「なんだよ、これ」

 

 身体が震えている。袖をまくってみると鳥肌が立っている。

 

『今いっせいにスタート! 全員が好スタートを切る中、八番テンプレオリシュ先頭に躍り出ました。後ろをぐんぐんと突き放してリードを広げていきますが、どうでしょうこの展開?』

『掛かってしまっているかもしれません。どこかで息を入れるタイミングがあればいいのですが』

 

 解説と実況があまりにも空虚に聞こえた。

 どうして気づかないんだ。本当にわからないのか。苛立ちすら募りそうになる。

 

「ほう、大逃げか」

「いや。あれもしかして差しじゃねーか? 周囲を突き放し過ぎているだけでよぉ」

「差しと言っていいのか、それは?」

 

 シニア級のレジェンドたちは平然と会話している。ウオッカは依然として震えが止まらない。感情よりも先に身体が、そして魂が理解していた。

 

「なんだよ、あれは……本当にウマ娘なのか?」

 

 このレースはもう決まった。他の出走ウマ娘の表情もそれを物語っている。

 格が違うというより、もはや『核』が違うような。根本的に別の何かがいるような気さえした。

 

『後続との距離が縮まらない!? むしろ広がる一方、これは決まったか! 後ろは大きく開いたぞ』

 

「ウマ娘よ、アイツは。おんなじウマ娘」

 

『テンプレオリシュの優雅な一人旅、大差をつけて今ゴールイン!! 大楽勝だっ、この子に勝てるウマ娘はいるのか!? 来年のクラシックに巨大な台風が迫る!』

 

「同じウマ娘、勝てない道理はないわ」

 

 掲示板が輝きレコードが更新されたと実況が叫ぶ中。

 ダイワスカーレットは言い放つ。その目は瞬きひとつせず、自身の左腕を痣ができそうなほど強く右手で握りしめていた。

 同じ時代、同じ場所に生まれてしまった彼女の頭上にいまだ冠は無く。

 それでも少女は走り続ける。一番じゃないと気が済まないから。

 

 

 

 

 

 朝日杯フューチュリティステークス。

 彼女が勝てたのは同期が弱かっただけ、と宣うこれまでの識者の意見をレコードという物証で一蹴したそのレースを見た人々はのちにこう語る。

 あれはもはや蹂躙であった、と。

 

 そして年末に開催されたアオハル杯プレシーズン第一戦。

 お祭りイベントという派手な色彩に隠されているがそれは、ジュニア級のウマ娘がクラシック級やシニア級のウマ娘たちと同じ舞台で戦う過酷なチーム戦だ。

 そこにいたのは無差別級の戦場を軒並みひき潰して勝利した小柄な葦毛。赤と青の瞳に達成感はなく、ただ当然のようにゴール板を駆け抜けていた。

 

 この年、世界は彼女を知った。

 




これにてジュニア級はおわり!
一週間以内におまけを投稿した後、クラシック級の書き溜めに移行します。

基本的に自分は「その章で書きたいことを一通り書く」>「全体の展開を見つつ加筆修正」>「投稿」というステップを踏んでいるので、一回投稿し始めたらそのまま連日いけるのですが……。

掲示板形式は客観的視点や集合知の感覚を掴みたいので、感想欄を参考にしながら『なるほどなぁ。そう見えているのかー』と書かせていただいているのですよね。
なのでできあがりまでのんびりお待ちください。
昨日も同じことを言った気がしますが気のせいです!


お詫びの気持ちばかりの追加要素↓


[†セフィロト・ソード†]
テンプレオリシュの勝負服。
視界に入れただけで漆黒の歴史を抱きし者たちを苦しませる力を秘める。しかし同時に、装備者の未来にも苦しみをもたらす呪われた装備である。
このデザインの原案を考えた者は意図的にこれらの要素を求めたようだ。

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