「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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発想の転換だ。
たしかにキタサトと一緒にターボ師匠は来なかった。それは紛れもない事実。
しかーし、☆1追加のタイミングとしてアニバが最適なのは誰もが認めること。

大逃げが実装されたのにも関わらず、☆3という誰もが手の届くわけではないスズカさんにしか適応されていないのはあまりにも不自然では?
☆2にマチタンをひとりだけ追加して、☆1メンバーが据え置きなんてことがありうるのだろうか?

いや、ありえない!(反語表現)
つまりここでターボ師匠が実装されたら書き始めるといっていた続きを投稿すれば、因果律が反転して次のガチャでターボ師匠が☆1で来るはず!

…と、順調に錯乱したので皐月賞編、投稿開始です

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感想、誤字脱字報告もありがとうございます。


皐月の冠
足元確認、ヨシッ!


U U U

 

 

 年が明け、私はクラシック級になった。

 

 いまひとつ実感がわかないが、じきに今年度のジュニア級が後輩としてチームに入ってきたら嫌でも自覚させられることになるのだろうか。

 私が先輩かぁ。

 小学校の頃の年上のお兄さんお姉さんとはまた違った概念。なんだかドキドキするね。期待四割不安六割ってところだ。

 

《そこで期待が半分いかないあたり、ぼくらがコミュ障たるゆえんだよねー》

 

 そういえばチーム加入で思いだしたけど。

 年末にあったアオハル杯プレシーズン第一戦。スカーレットのアオハル杯チーム〈キャロッツ〉は案の定というか、最下位スタートだった。

 スカーレットはウオッカと二人でマイルを担当。中距離にゴールドシップ先輩、長距離にナリタブライアン先輩とレジェンド勢を配置。

 

《なんでURAファイナルズ長距離部門初代チャンピオンを長距離に配置しなかったんだろうな? 『まあゴルシだし』ですべて説明がついてしまうけど》

 

 相手チームは最下位争いをするような面子である。戦力過剰もいいところだ。

 順当にスカーレット、ゴールドシップ先輩、ナリタブライアン先輩の三人で三つの白星を挙げ、チームランキングを一気に上げていた。

 だが、残り二つのレースが明らかに数合わせのメンバーというか。

 短距離とダートを走っていた彼女たちは……こう言っては悪いが他に行き場が無かったから仕方なく〈キャロッツ〉に入ったというのがまるわかりの態度、実力であり。

 レース後の表情から察するにたぶんプレシーズン第二戦の頃にはいなくなっているだろう。

 

《それもまたアオハル杯さね。アプリTのチームからは離脱者が一人もいなかったけど、他のチームはころころメンバーが入れ替わっていたからなあ》

 

 だが捨てる神あれば拾う神あり、というやつだろうか。

 チーム〈キャロッツ〉と第一戦でしのぎを削った〈HOP CHEERS〉と〈にんじんぷりん〉がそれぞれ解散し、主要メンバーが〈キャロッツ〉に吸収されたのだった。

 勝負を通じて意気投合し、新たなチームが構成される。これもトゥインクル・シリーズにはないアオハル杯の醍醐味なのだろう。コミュ障を自覚する身としては解散や結成を繰り返すことができるその積極性が少しばかり羨ましい。

 

 〈HOP CHEERS〉からはタイキシャトル先輩。

 “最強マイラー”との呼び名も高い、活発でスタイル抜群のアメリカンな留学生。一見シンプル過ぎてチープにも思える二つ名だが。ここが中央であり、その上でなおその呼び名が通っていると考えるとどれだけの実力の持ち主かわかるというもの。

 ただ注意力散漫なのが玉に瑕と言われている。今回のアオハル杯も一緒に走るチームメイトのことを気にし過ぎてしまい、実力が発揮できなかったそうだ。ゆえの下位スタート。

 まあ〈キャロッツ〉のチーフトレーナーはあのゴルシTである。問題児を集中させるノウハウはお手の物だろう。次のプレシーズンでも彼女が同じ過ちを繰り返すことは望み薄と考えておくべきだ。

 

 〈にんじんぷりん〉からはハルウララ先輩。

 高知トレセン学園からの編入組であり、つまり普通に試験を潜り抜けてきた中央の生徒と比べてもさらに実力者……のはずなのだが、妙に足が遅い。

 適性はたぶん短距離のダートだと思うが、その短距離のダートでもめちゃくちゃ遅い。かといって中長距離に適性があるのかといえば、マイルの時点でスタミナが尽きてバテているように見える。テンちゃんが言うには愛嬌の一芸特化で編入試験を突破したらしい。そんなことってある?

 でもソースが曖昧なそのふんわり情報を信じたくなるほどに彼女は、学園の内外問わずファンが多い。

 デビュー時期的には私の同期のはずなのだが、たぶんファン数では勝負にならない。無論、私の方が圧倒的に劣っているという意味で。この調子でファンが増えていくのなら“アイドルウマ娘”と呼ばれたあのオグリキャップ先輩にさえ比肩する日がくるかもしれない。

 

《正月衣装の着物とかエグかったもんなあ。たぶんあげた側からすれば『おじいちゃんのお仕事すごいやろ? これ上手くできたからウララちゃんに着てほしいわー』みたいな軽いノリなんだろうけど》

 

 ハルウララ先輩のファン層は数だけではなく、その質もえげつない。スカーレット経由で年末に顔を合わせる機会があったのだが、そのとき彼女が着ていた着物はテンちゃんの言う通り実に凄かった。

 勝負服としての運用にも耐えうる造りをしている上に、着物の柄が全部職人の手描き。なんかいいものそうだなーとは感じていたが、思っていたより二桁ぐらいお値段が上である。

 当の本人は着物のおじちゃんがプレゼントしてくれたんだー、とニコニコしながら話していた。天然ってすごい。『着物のおじちゃん』ってことは集団でお金を出し合ってとかではなく、個人の贈り物なのだろう。彼女のファン層を調べれば他にも書道家のおじちゃんとか陶芸家のおじちゃんとかいそうである。気軽なプレゼントが冗談抜きで四桁万円超えそうだ。可愛いのはわかるが相手は女子中学生である。どうか自重していただきたい。

 そして勝負服としての申請が通ればアレを着てレースを走りたいそうだ。ちょっとお嬢さん、貴女の主戦場ってダートですよね? 土埃や泥が飛び散るダートを走るのですか? 職人手描きの柄が入った着物で? もはや怖い。

 結論、ハルウララ先輩もいろんな意味で侮りがたい存在である。人気と実力を兼ね備えたチーム〈キャロッツ〉はこれからぐんぐんとその実力を伸ばしていくことだろう。

 

 ちなみに私たちの〈パンスペルミア〉は十五位ときっちり中堅からスタートで、プレシーズン第一戦では三勝二敗の勝ち越しでランキング昇格。

 内訳は長距離のミーク先輩と短距離のバクちゃん先輩、そしてマイルを担当した私が白星。中距離のマヤノとダートのデジタルが黒星だった。とはいえ敗北した二人は当時ジュニア級という経験面身体能力面で大きなハンデを抱えながら、アタマ差の二着やハナハナ差で三着とどちらも惜敗といえる内容だったのでこれからに期待できる。

 この調子で勝ち進めていけば、プレシーズン第四戦あたりでうちのチームはランキング一位に到達できるだろう。

 

 

 

 

 

 朝日杯フューチュリティステークスも、なかなかに収穫の多いものだった。

 G1勝利という箔、そして賞金、それらの要素はもちろんある。だがそれ以上にG1という大舞台で全力を出せばどれほどの負荷が身体に蓄積するのか、データが実感と共に得られたのが大きい。

 やっぱりレコードタイムは身体に悪いよ、うん。しばらくはやらねえ。

 実のところホープフルステークスにも少しばかり興味があったのだが、アオハル杯プレシーズンの開催日程的に連戦になるからと、桐生院トレーナーと相談して朝日FSの方に的を絞っておいて正解だった。

 出走して負けたとは思わないが、身体にけっこうな負担をかけることになっただろう。

 

 結局ホープフルステークスはマヤノが取り、彼女もG1ウマ娘の仲間入りを果たした。

 念のため言っておくが、じゃあマヤノやそのトレーナーが故障上等の無茶なスケジュールで動いたのかというとそんなわけがない。今回のプレシーズンにおいて私とマヤノでは目的と役割が明確に違っていただけの話である。

 アオハル杯は学園主催の非公式レース。樫本代理の持ちかけた勝負のせいで勝たねばならないという意識が強いが、本来は勝っても負けても楽しいお祭り企画だ。

 プレシーズン第一戦における私以外のジュニア級ウマ娘たち、マヤノとデジタルの仕事は出走すること。そして怪我をしないこと。

 ただその二つだけ。勝ち星は私とミーク先輩とバクちゃん先輩の三人で拾う。そう計画して、実際にそうなった。

 

――むー。なんでリシュちゃんだけ? マヤも戦力扱いされたいなぁ

――差別じゃなくて区別だよ、これは。今はまだ私と、マヤノやデジタルの間では隔絶した実力差がある。わかっているでしょ?

 

――むむー、それはそうだけどぉ。つまんなーい……ううん、違う。くやしいんだ、これ

――あはは。この中じゃ私が一番チームの予算減らされたくない思いが強いからね。その分力を尽くすのも当然といえば当然だって

 

 そんなやり取りがあったとか、無かったとか。

 気兼ねなくシューズや蹄鉄を履き潰し、くたびれたタオルやジャージを新調できる環境を守るために。

 負けられない戦い、というほどプレッシャーは感じなかったけども。敗北してランキングが下がり、予算や設備がランクダウンするのは確かに痛い。

 痛いが、ウマ娘が傷つくことに比べたら重視するようなものではない。それが〈パンスペルミア〉トレーナー陣の共通見解だった。

 いまだレース経験の少ないジュニア級の娘たちに、少しでも多くレースの空気を触れさせる。それがマヤノとデジタルに課された今回の役割で、目的だったわけだ。以前のアオハル杯が正式競技を重視するあまり出走辞退の続出で廃れたと聞くが、まあこうして自分たちで走ってみて宜なるかなといったところである。

 

 そもそも、どうして今になってアオハル杯は復活したのだろうか。

 すごく今さらな疑問が脳裏をよぎる。

 噂によれば件のタイキシャトル先輩が商店街の方から話を聞き、興味を持って秋川理事長に復活を打診。ウマ娘愛極まる秋川理事長が二つ返事で復活を推奨したのだという。

 でもそれっておかしくないだろうか。ポケットマネーで開催するには少しばかりアオハル杯は大規模すぎるイベントのような気がする。

 

《まーURAファイナルズの広大な張替え用の芝を個人所有の大農園で賄ったお人だからね。財政的には不可能ではないのかもしれないけどねえ》

 

 ちらほらネットで噂は聞いたけどその話マジなの? いや、テンちゃんが言うのならマジなのかもしれない。

 

 それでも人数が増えれば増えるほど速度が低下するのが組織というものだ。学内イベントに近い非公式レース、かつ新設ではなく復活させるだけということを鑑みても、それでも三十前後のチームが三年がかりで順位を争う大掛かりな催しが打診からほんの数か月で開催までこぎつけるというのはあまりにペースが速い。実際、記録的ハイペースで実現したと言われているURAファイナルズですら発表から開催まで三年の月日を必要としたのだから。

 しかも、アオハル杯復活が決定してからすぐに主導者であるはずの秋川理事長は海外に長期出張となってしまっているのである。いったいその間、誰が陣頭指揮を執ったというのだろう。

 

《そりゃあ理子ちゃんでしょ。あのひと、いちおう理事長代理の肩書だしそのあたりの業務もまるっと代行したんじゃない?》

 

 いちおうってか大半の生徒にとっては理事長代理の肩書の方がイメージ強いと思うよ。あのひとのことをトレーナーと呼んでいるのはチーム〈ファースト〉くらいだ。

 

 まあそういう結論になる。

 開口一番に学園全体に喧嘩を吹っ掛け、アオハル杯の撤廃を明言した樫本代理がねぇ。いったい何を考えているのやら。いや、誰が考えたのやらというべきか。

 どうにも観測できる事象に一貫性がないというか、推理小説の事件パート序盤を読んでいるときのようなごちゃごちゃした感覚をおぼえる。全体像が水没していて、辛うじて見える氷山の一角から水面下の想像図を見当はずれに描いている漠然とした自覚というか。

 

《順番が逆なんじゃない?》

 

 どういうこと?

 

《つまり最初にやよいちゃんの海外出張があって、次に理子ちゃん召喚。最後にアオハル杯復活が来るんだよ。アオハル杯は結果じゃなく、目的のための手段なんだ》

 

 ……ごめん、まだわからない。

 

《つまりだね。やよいちゃんが海外に長期出張する要因になった『目的』のためにアオハル杯はずっと前から準備が進められていて、タイキの打診はあくまで全校生徒に告知するきっかけになったに過ぎないってことさ。ラビットって知ってる?》

 

 テンちゃんはそう言って語り始めた。

 もともとはドッグレースで犬に追わせる先導役のウサギのことだそうだが(先導役などと言われてもウサギにとっては大迷惑だろう)、転じて海外レースでペースをつくるため勝利を二の次に逃げで走る役割のウマ娘を指す。

 レースは個人競技、と言い切ってしまうとたぶんあちこちから異論が噴出する。レースはトレーナーと二人三脚だという者もいれば、チーフトレーナーやサブトレーナーを含むチーム全体で切磋琢磨していると主張する者もいるだろう。

 だがトゥインクル・シリーズにおいて、ウマ娘は自分だけが勝つためにレース当日を走る。それが当然というか、日本では自分以外の誰かを勝たせるために走るのは完全にアウトだ。それは紛れもない事実。

 しかし海外では同じチームのウマ娘たちがエースを勝たせるため、チームプレイを展開するのはさほど珍しい話ではないのだという。

 

《これまで海外に挑戦するウマ娘たちは不慣れな環境や強力なライバルに加え、たびたびチーム戦に個人で対処することを余儀なくされていたのさ。そう、これまではね》

 

 ああ、なるほど。ここまで言われたらさすがに私でもわかる。つまり、アオハル杯はチーム戦で海外レースに乗り込む計画のたたき台というわけか。

 自分にあまり関係が無いからと聞き流していた秋川理事長の長期海外出張、それこそが中枢だったとするのならいろいろと納得がいく。

 私はレースそのものに対するこだわりは薄いが、いちおう日本国民だ。だから国民的娯楽に位置づけられるレースは幼いころから両親と一緒にテレビで見てきた。ジャパンカップで海外勢にいいようにあしらわれる日本のウマ娘や、あのシンボリルドルフですら惨敗した凱旋門賞をずっと見てきたのだ。

 

《今さらながら凱旋門に挑戦したシンボリさん家の娘さんってルナちゃんじゃなくてシリウスちゃんじゃなかったっけ? いないウマ娘のエピソードって一部統合されてんの?》

 

 テンちゃんがいつも通り意味不明なことを言っているが、いま脳内でシナプス発火を味わうので忙しい。

 点と点が線で繋がる感覚。

 アオハル杯でやけに潤沢だった予算。秋川理事長のポケットマネーだけではなく、海外展開のためにURAからも資金の援助があったのかもしれない。

 最初にアオハル杯を見て、それを中心に考えていたから直後に海外出張に行った秋川理事長に違和感があった。でも秋川理事長が海外に行く目的を叶える手段として、前々からアオハル杯が候補に挙がっていたと考えればするりと道理が通る。『順番が逆』とは言い得て妙だ。

 じゃあ樫本代理の立ち位置は秋川理事長が海外で計画の大元を進行させている間、日本でチームメンバーを編成する現場指揮官といったところか。

 

《学園の長が選んだエリート集団と、それ以外のメンバーで選抜試験を行い、最終的なチームを選考する。少年漫画ではお約束の展開だよねえ。

 でも自分で言っておいてなんだけど、物的証拠の無い推理は説得力のある言いがかり以上のものにはならないからな? 鵜呑みにはするなよ》

 

 話を広げながらも挟み込まれるテンちゃんの忠告。

 主観だけで物事を進めるということをテンちゃんはひどく嫌う。思い込みで誰かを傷つけるやつはバカだと。私も同意見だ。

 ふむ、たしかに。点と点が線で繋がったように見えて、点と点が繋がるように線を引いているということもありえるかもしれない。

 状況証拠だけで造り上げた『真実』で嬉々として誰かを責めるのは推理小説の探偵の仕事であって、私の主義でも役割でもない。

 うむ、少し掛かり気味になっていたかもしれない。反省だ。

 

《それに妄想が正しかったとしても、それがすべてってわけでもないさ。大人って生き物はもはやひとつの思惑だけでは動けない難儀な生態をしているんだ。たとえURAの方針が直接的な行動原理だったとしても、ウマ娘たちに向けられたやよいちゃんの情熱や理子ちゃんの愛情が偽りになるわけじゃない》

 

 そんなもん? 純粋な愛や正義に夢見るお年頃としては、不純物交じりの感情を綺麗なものだと受け入れるのはやや抵抗があるのだけども。

 まあいっか。もしもアオハル杯の優勝商品として海外旅行をプレゼントされたときのために外国語の勉強は今のうちに進めておこうかという気にはなったが、それだけだ。

 URAのお偉方が何を考えていたとしても、私には結局あまり関係がない。

 久しぶりに得た膨大な暇な時間。思考があっちこっちにぷかぷか浮遊している。

 

 いまの私たちはいわば正月休み。

 桐生院トレーナーが本家に顔を出さねばならず、年末はアオハル杯を中心にいろいろと忙しなかったので三が日から遅れること少し。この三日は自主練すら禁止された完全な休養日となったのだった。

 

《こうやって何もせずにぼーっとするのも久しぶりだね。自室じゃないのが玉に瑕だけど》

 

 テンちゃんの言う通り、今の私はランキング昇格により豪華になった新しい部室にいる。暖房もばっちりであり、ぶっちゃけいつリトルココンが帰ってくるかわからない寮の自室よりも〈パンスペルミア〉の部室の方がずっとくつろげるのだ。

 

《家に居場所がない悲しいお父さんみたいになってんなー》

 

 悪ぅございましたねえ。いいんだよ。いざとなったら家にはちゃんと私の居場所があるんだから。

 

 きっと全世界の中でも熱意に溢れたウマ娘を集めた上澄みであるここ中央トレセン学園であるが、さすがに年末年始は帰郷する子が一定数存在している。たまに自主練と思しき足音や掛け声が聞こえてくるくらいで、普段と比べれば部屋の外はじつに静かなものだ。

 帰郷したウマ娘の中の何割かは学園に戻ってこないかもしれない。温かい実家で休んで、固まっていたものが解きほぐされて、そしてぷつりと切れてしまう。冷たい現実しか残せなかった中央に戻れなくなる。

 その原因に去年の私はどのくらい絡んでいるのだろうか。

 

《逃げられるのなら逃げればいいさ。こんなところ、真面目に考えればまともじゃあないんだから。まともに生きられるのならまともに生きればいい。

 ここしかない。それしかない。そういう生き方しかできない。そういう奴らが集まる場所だろ、中央ってところもさ》

 

 テンちゃんはこの面に関しては実にシビアだ。

 でもそんな態度に救われている私がいるのも事実。

 私にこの道しか無かったのかと問われたらちょっと即答できないけども、これ以外の道を進む私を想像できるかと問われてもやっぱり否と答えることしかできない。

 私は天才で、才能を最も活かせるのがここで、そしてそれを苦とは感じない。それだけは紛れもない事実なのだから。

 

 朝日FSのときの母に言ったことを前言撤回して私もいっそ二泊三日で地元に帰るというのもアリなのかもしれないが、望郷の念よりも長距離移動の面倒くささが勝った。学生の身だと交通費もバ鹿にならないしね。

 それに私がG1を勝利したことで、何やらマスコミやら身に覚えのない親戚やら友人やらが実家の周囲に湧いたという情報を新年のご挨拶を兼ねた電話で母から聞いたせいで、ますます帰る気が失せた。

 友人とは勝手なことを言ってくれる……スカーレット以外、誰もついてきてくれなかったじゃないか。

 

《あいつらにとってはぼくらの幼少期から積み上げた努力で勝ち取った賞金も、偶然年末のジャンボな宝くじに当たったのも、上手くいけば自分の懐に入るかもしれない金って意味では等価なんだろうね》

 

 まったく困ったものである。一般家庭にとってG1勝利とその賞金というのは荷が過ぎたものなのかもしれない。

 

《ま、その件に関しては桐生院が帰ってきたら相談するとしよう。持つべきものは名門のコネ。一掃とはいかないまでも、多少はマシにできるだろうさ》

 

 それだけで解決するかな?

 他に私にできることって何かないだろうか。

 

《じゃあ、あとは勝ち続けることだね。今はまだちょっと優秀な平民が運よく大金と名誉を手にしたと思われているから虫が湧くんだ。この世界において、レースは熱を持つ。

 近づいたら焼き尽くされる。そう覚悟させるほどの栄光を積み上げよう。よほどの馬鹿以外は迂闊に寄ってこなくなるさ》

 

 そんなもんか。じゃあそうしよう。

 それを念頭に置いてクラシック級の出走レースを決めていこう。

 桐生院トレーナーは私たち担当ウマ娘の意志を第一に計画を立ててくれる。ジュニア級のときは流石に丸投げが過ぎたと反省しているし、クラシック級からは賞金の高いG1がぐっと増えるから、今の段階で私たちの方でも見繕っておきたい。

 

《いっそ三冠路線とティアラ路線の両方走るか? 偉業という意味では空前絶後だぞ!》

 

 いや却下で。

 たしかに同日開催ではないから理論上はすべてのレースに出走することも可能なのだろうけどさぁ……。

 私が全勝するという圧倒的傲慢な前提の上に語らせてもらうが、仮にそのローテーションで故障や敗北を経験した場合、私は納得できるだろうか?

 たぶんできない。故障も敗北も経験したことがないし、そもそもどんな状況であればそれらを納得して受け入れられるんだと問われても返答に詰まるが。

 それでも想像の中でさえ『こんなクソローテでなければ』と、どうしても脳裏によぎる。絶対に後悔すると思うのだ。

 アスリートは現役であり続けるかぎり常に故障のリスクが付きまとう。常に理想の選択肢を選ぶことなどできようはずもないが、だからといってそんな世界でむやみに悔いが残るだろう選択を取りたくない。

 せめて想像の中でくらいは『いい競技者人生だった』と納得して幕引けるだけのレースで終わりたい。

 

 それに、走ろうとする側がクソローテだと感じるのなら。

 周囲は輪をかけてそう感じることだろう。つまり担当トレーナーやチームメイト、場合によっては私の家族すら巻き込んだ多大なバッシングが予想される。

 私がしっかり完走して結果を残せばまた世論は変わるかもしれない。いつの日か桐生院ローテだとかテンプレローテだとか名前を付けられて、この界隈に根付く日も来るのかもしれない。

 だがそれはあくまで私が走り終えた後の話。リアルタイムで走っている最中に向けられる無責任な悪評から自分や周囲を守ってくれる盾にはなりえない。

 あと、トリプルティアラを達成したとしても賞金は合計で三億ちょい。もちろんその全てが出走ウマ娘の懐に入るわけではないが、今は本題ではないのでさておく。

 市民の金銭感覚からすれば『ちょい』扱いした端数ですら膨大な金額ではある。金額ではあるが、有記念を取ればそれだけで三億だ。秋シニア三冠を達成すればレースの賞金とは別枠で二億の褒賞金だって出る。

 だったら脚に多大な負担をかけ無茶なローテで無理やり稼ぐよりも、その削れる現役時代の寿命でもう一年多く走り無理のないローテで連覇数を重ねた方が賢い選択と言えないだろうか。

 早急に金が必要な事情があるわけでもなし。クラシック級で()()()三億を余分に稼ぐために故障のリスクを跳ね上げ、周囲を巻き込んでバッシング受けるというのもなあ。ぶっちゃけリスクとリターンが釣り合わない。

 

 あるいは『クラシック三冠』や『トリプルティアラ』という称号そのものに深い思い入れがあればまた価値判断も異なるのだろうけど、あいにく私の感覚は名門の方々とは違う平民中学生のそれだ。

 この国に生まれ国民的娯楽としてレースを楽しんできた者としてまったく価値に共感できないとは言わないが、しょせんは『歴史に名が残るなんかすごい偉業』の域を出ない漠然とした称号でしかない。

 いや、逆に思い入れがある方がそんなアホみたいなローテはとらないか。三冠路線にせよティアラ路線にせよ、各々一生に一度の挑戦に抱く想いがあるだろうに。横からもののついでのように両立されたら腹が立つのではないだろうか。

 きっと私は根本的なところで名門のお嬢様たちの価値観を共有できない。だからこそ、いたずらにその思いを踏みにじるようなことは避けるよう心掛けるべきだ。自分の大切にしているものを蔑ろにされて、愉快に感じる人はごくごく少数派だろうから。

 

 自分の理解できないものを、自分の価値観で一方的に否定してはならない。

 

 値札がついているものなら弁償も出来ようが、値札が見えない以上どれだけの価値を相手が見込んでいるのか想像できない。ガラクタだと蹴り倒して割ったものが相手の祖父の形見で時価数億をくだらない人間国宝の作品だったとすれば、殺人事件にまで発展しても非があるのはこちらの方である。

 むしろその哲学はテンちゃんから影響を受けたものなんだけどな。私がそんなローテで走ろうなどと提案した日には断固として反対する側だろうに。

 

《あ、バレた? まあテンプレオリシュとしてはいちおうこのローテの提案はしておかないといけないと思ってね》

 

 なんじゃそりゃ。

 テンちゃんの行動パターンは生まれたときからの付き合いがあってなお時々謎である。理解できないから否定もしないけど。

 

《購買で青汁売ってる世界線ならワンチャンあったけど、ここはいたって健全なラインナップみたいだしね。よかったよかった》

 

 テンちゃんは青汁にいったい何を見ているんだ。

 




※史実で凱旋門に挑戦したのはシリウスさんの方ではというコメントをいただいたので、史実とは展開が異なると明示するやり取りを挟みました。
情報提供ありがとうございます。わざと変えていることも素でポカしていることもあり、皆さまのご助力によってなんとかこの作品は小説のていを成しております。

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