「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」 作:バクシサクランオー
感想、誤字脱字報告もありがとうございます。
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さて、では真面目に考えるか。三冠路線はほぼ確定として。
朝日FSやアオハル杯の疲労を抜くために休養は必要だ。だがそれを鑑みても、さすがに四月前半の皐月賞までレース無しは間隔が空き過ぎる。感覚を鈍らせないためにもどこかで一戦は挟みたい。
順当に皐月賞トライアルの弥生賞でいいだろうか?
朝日FSまで全勝している以上、さすがに今さら収得賞金が足りず抽選洩れになるとは思わない。だが三月前半という開催時期に、皐月賞と同じ中山レース場で距離も同じ2000mだ。レース勘を養うという意味では最適だろう。
でもなぁ。賞金が十分足りているのにわざわざトライアル競走に出て他の子の優先出走権の枠をひとつ奪うのはひどいことなのかしら? そのあたりのマナーというか常識というか、暗黙の了解みたいなものに私はひどく疎い自覚がある。これも桐生院トレーナーが帰ってきたら確認しなければいけない事柄だ。
それとは別の観点として。
三冠路線は芝の中長距離レースが対象となる。将来的に狙う予定である春秋シニア三冠も同様だ。
でも幼いころから短距離、マイル、ダートのシューズもそれなりの数を履き潰してきた私である。個人的にはそれらの費用にも見合うだけの成果を上げておきたい。
クラシック級で出走できる短距離のG1は秋以降のシニア混合レースしかないので、夏合宿での伸び具合を鑑みながらそのときに改めて考えるとして。
クラシック級のマイルG1で間近なものといえば、五月前半に開催されるNHKマイルカップが第一候補か。
同じマイルG1として名高い安田記念と違ってクラシック級のときしか出走できないから、今のうちに出ておかないともったいない。賞金もそこそこ高いし。
もとい、真面目な理由を述べれば無差別級とも言えるシニア混合と違ってクラシック級のみのレースは目ぼしい敵がまだまだ未熟。せっかく階級で分けてくれているのだ。私の狙いが強敵との戦いではなく勝利と賞金である以上、積極的に狙っていくべきだろう。
同様の理由で七月前半開催のジャパンダートダービーにも出ておきたい。あれもクラシック級のみを対象とした、大井レース場で開催されるダート中距離のG1だ。
《マツクニローテいっちゃうかー》
NHKマイルカップと日本ダービーの両方を制すると『変則二冠』と呼ばれる。
しかしこのローテーション、最初に考案したトレーナーにちなみマツクニローテと称されているのだが、とにかく故障が多い。何しろ考案したトレーナーの名前がこうして残るくらいだ。つまり悪名というやつであり、普通は誰もやろうとしない。
最大の問題点はレース間隔。
NHKマイルカップから日本ダービーまでの間はおよそ三週間、レース用語でいうところの中二週。調整のためのステップレースならいざ知らず、どちらも大本命のG1だ。それにひと月も空けず続けて出走するのはウマ娘のガラスの脚に深刻な負荷をかける。まだ身体が完成していないクラシック級ともなれば、なおさら。
実際、これまでこのローテで走ったウマ娘は将来を有望視されながらシニア級に上がる前に故障して引退してしまった者が多い。強さの証明であると同時に、今ではマツクニローテを走るということそのものが批判の対象になりうる。
さっきテンちゃんの言いだしたテンプレローテ(仮)を否定しておいてマツクニローテを走るというのは矛盾しているように聞こえるかもしれないが、批判を恐れないこととむやみやたらと敵を作ることは別物だろう。
自分が納得できるか。これは重要な要素だと思う。少なくとも己に傍若無人に振る舞った自覚があるとき、私は胸を張って批判に立ち向かうことは出来ない。
なお、これだけではアンフェアというか片手落ちのような気がするのでやや話は逸れるが詳しく解説しておくと、このローテを考案したトレーナーはウマ娘のレース後の人生を強く意識していたと言われている。
ウマ娘の競技者人生は短い。これはヒトミミにも言えることだが、アスリートと呼ばれる者で十年も現役の選手がいたとすれば、それは百戦錬磨のベテラン扱いされることだろう。走るために生まれてきたウマ娘でも、レース場で走らない時間の方がずっと長いのだ。
今絶好調だからといって一年後もそうとは限らない。『勝利より、たった三度の敗北を語りたくなるウマ娘』と称えられるルドルフ会長ですら、その三度の敗北には入着すらできない惨敗があったのだ。
ここまで無敗で特に苦戦もしていない私が言うのも何だが、勝ち続けるというのはそれだけ難しい。勝てば膨大な賞金が手に入るが、そもそも勝利の栄光を掴めるのもほんの一握り。だから勝てるうちに集中して勝っておく。そうやって強い実績を残す。
強い実績を残すことで、引退後に解説者や指導者として次に繋げる土壌を築く。無茶なローテの奥底にあるのはそんな哲学なのだという。
故障したところでそれは競技に差支えが出るというだけ。『だけ』扱いするにはウマ娘の精神的負荷は軽視しかねるものかもしれないが、それでも日常生活に支障が出ることは稀だ。先に述べた故障して引退したウマ娘たちが、それぞれ成功者と言ってもいいセカンドライフを手に入れたのも事実である。
まあファンからしてみれば推しの現役をできる限り長く見たいというのが当然の心理であり、そのトレーナーはそういうファンたちからクラッシャーの悪名で蛇蝎のごとく嫌われていたのだが。
引退後のことを大局的に考えながら今のレースを走るというのは私たちも念頭に置いておいた方がいい概念だろう。見習うかは別として。
桐生院トレーナーはいざとなればウマ娘のために泥をかぶってくれる人だ。だからこそ、泥にまみれさせるのならそれだけの根拠を用意しておきたい。具体的には私の方にマツクニローテで走っても故障しないという自信が欲しい。
朝日FSの感覚からして中二週あれば全力疾走することになってもダービーまでに疲労は完全に抜けると思う。だがサンプルが一件だけでは根拠に乏しいとも感じている。
《適当な相手を見繕って野良レースで連戦でもしてみるか? 自分の耐久力の限界を測る的な意味で》
うーん、それはなあ。
その『適当な相手を見繕う』のが私たちにとってはなかなかハードルが高い。
同期相手にやっても弱い者いじめというか嫌がらせの類にしかならないし、かといってウオッカみたく初対面に近い先輩相手にガンガン野良レースを仕掛けられるなら私の【領域】のストックはもう少し増えている。
ウオッカやスカーレット、デジタルにマヤノといった弱い者いじめにはならない面々の顏も思い浮かぶっちゃ浮かぶけども。
顔見知り過ぎて気が引けるというか、いまだ自身でも把握しきれていない私の耐久力試験に付き合わせるのは忍びない。
スカーレットあたりは潰れる寸前まで食らいついてくるのが容易に想像できてしまう。でもって、彼女が潰れる寸前になってもたぶんまだ私には余力が残っている。
気まずいじゃん? 嘔吐する彼女の背中をさすってやることくらいはできるが、さすがの私でもそれが優しさでないことくらいはわかるよ。
強い者だからっていじめていい道理はないのだ。
《ダスカは身体、あまり頑丈じゃないものなあ》
地元では比較対象が私しかいなかったのであまり参考にならなかったが、中央基準でスカーレットの身体の丈夫さは並といったところだろうか。病弱という意味ではなく、ハードなトレーニングに対する耐久力や回復力という意味合いで。
取り立てて貧弱なわけではないが、無理をしたら相応に故障する。頑健で有名なミホノブルボン先輩がスパルタ式トレーニングで距離適性を伸ばしたような無茶には向いていない。反面、精神的タフネスは私の知る限りトップクラスだからふとした拍子に限界を越えそうでわりと心配ではある。
《そういう意味ではゴルシTは適任だよね。特にオークスあたりは健康に気を付けてあげてってこの前メッセージ送っといたよ。風邪で出走回避なんて誰も望まない展開だものね。せっかくならトリプルティアラの彼女が見たい》
まーたテンちゃんが私の知らないところでコネクション広げてる。メッセージアプリの友達追加なんて全然気にしていなかったから気づかなかった。
基本的に私たちはどちらかが表に出ている間、もう片方は裏で俯瞰しているのだけど。たまにどっちかが寝ているときがある。そういうときは片割れが何をやっているのか知ることはできないのだ。
脳は共有しているはずなんだけどね。知識や記憶は人格ごとに管理されている。不思議なものである。もしかするとそれらは魂あたりに記録されているのかもしれない。
何気にネット上では『テンプレオリシュ』ではなくテンちゃん個人のコネクションが構築されている。二重人格者にとって現代はなかなか生きやすい時代だ。
さて、ゴルシTといえば担当のゴールドシップ先輩だ。
彼女は無事之名バを地で行くようなお人であり『最大の故障が肉離れ、次いで筋肉痛』などと笑い話のように言われているが、あれだけの戦績を誇りながらデビューから現在に至るまで選手生命に支障をきたすような故障を一度も経験していないのは間違いなく偉業だ。
あの恵まれた体格が示すように先天的なものは間違いなくあるのだろう。だが生まれ持った素質だけで成し遂げられるようなものでもない。
実際、ウオッカもスカーレットもチーム〈キャロッツ〉の面々も、去年一年に故障したという話は聞かない。勝利を得るためにはギリギリまで追い込むのが大前提と言われる中央で、ゴルシTはそのギリギリを見極めるのが抜群に上手いのだろう。
私が何か関与したわけでもない結果論ではあるが、彼がスカーレットの担当になってくれたのは本当に幸運だった。
まあそんなわけで、顔見知りの同期を巻き込むのは無しだ。せっかく職人の管理下にあるのに、わざわざ野良レースに巻き込んで故障させるのは心苦しいなどというものではない。
かといって、ある程度調子を把握できるデジタルとマヤノばかり頼るのは彼女たちの負担が大きすぎるだろう。
《やれやれ、どこかに粗雑に扱っても心が痛まない練習相手はいないものかなぁ》
テンちゃんがなかなか物騒なことを言った時、バーンと派手な音を立てて部室のドアが開かれる。
流れ込んでくる冷気と共に入ってきたのは、息を切らせたデジタルだった。
「同志ッ、助けてくださいっ!!」
デジタルはウマ娘という存在そのものをやけに神聖視しているくせに、それは自身の選民思想や特別意識には繋がらず、むしろ自己評価が妙に低い。
ウマ娘ちゃんに迷惑をかけることをタブー視しており、何か困ったことがあってもなかなか相談してくれず、抱え込んでしまうことが多い。
そんな彼女が切羽詰まった表情で助けを求めてきたのだ。よほどのことがあったと考えられる。
「わかった。案内して」
「……ふぇ?」
でも即答したときにそういう理屈はいっさい考えていなかった。
デジタルが助けを求めてきた。それだけで応じるに値すると私の脊髄は判断を下したようだ。異論はない。
「事情は移動しながら聞くよ」
友達ってそういうものだろう。
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予想通りというか、デジタルの持ち込んだ案件はウマ娘関連、それもデジタルに直接かかわりがないものだった。
《自分以外のウマ娘ちゃんが絡んだときこそデジたんは最も必死になるもんねぇ》
なんでもチーム〈ファースト〉がもめ事を起こしたらしい。いや、売られた喧嘩を買ったというニュアンスの方が正確か。
ちなみに改めて解説しておくと〈ファースト〉はアオハル杯開催から現在に至るまで常にランキング一位を独占しているチーム。あの樫本代理が自らの徹底管理体制を賭けて担当を務めているところである。
そこでは樫本代理の教育管理プログラムに基づいた指導が行われており、その成果で所属しているウマ娘たちはぐんぐんその実力を伸ばしているのだが。
学園の自由を尊ぶウマ娘たちからしてみれば、彼女たちは管理主義に魂を売り渡した裏切り者。言ってしまえば学園の自由を脅かす悪の尖兵と見なされているチームであり、トラブルの噂はたびたび聞こえてきた。
いくら中央のエリートといっても、しょせんは成人を迎えていない経験も知恵も足りない小娘である。感情的に嫌がらせに走ってしまう子もそれなりにいたみたいだ。
まあ、それでも根が善良なウマ娘揃いであるから陰湿ないじめの類は無かったらしいけど、それもあくまで他人事目線の話。被害を受けた側からすればまた違った感想があることだろう。
あとどうでもいいことだが、私のルームメイトであるリトルココンが所属しているチームでもある。というか実質樫本代理のワンマンだから名義だけではあるがチームリーダーだった気がする。トラブルが多いのは何も徹底管理主義だけが問題ではないかもしれない。
《あはは、嫌ってんなー》
テンちゃんが脳内で苦笑する。一年近く同室として付き合いがある相手ではあるけど、対応はずっとテンちゃんが行ってきた。
いちおう嫌いってわけじゃないつもり。ただ、初対面の精神的横面を張られた苦手意識を払拭する機会のないままここまで来てしまっただけの話だ。
関わり合いになりたくない無関心。それが一番近いだろう。いや、それを嫌いというのか。
《性格に難があるだけで、けっこういい子なんだけどねぇ》
テンちゃんはある意味デジタルと同じで、ウマ娘全般に関して採点が甘い節があるからあまりこういう評価は信頼できない。
《ひどーい》
話を戻して今回の件。
喧嘩を売ったチームの名は〈ブルームス〉。
そのチームリーダーであるライスシャワー先輩が、リトルココンのドリンクを地面にぶちまけたのだとか。まさに
だが世間一般的に抱かれている『黒い刺客』のイメージと、私の知っているライスシャワー先輩の印象にはだいぶ落差がある。
ルドルフ会長以来の偉業、無敗の三冠を達成しようとしていたミホノブルボン先輩を菊の花の舞台で差し切ったことからその物騒な異名で呼ばれるようになった彼女。
直接話したことこそ無いものの、私が見聞きするライスシャワー先輩はむしろ内向的で穏やかな気性の持ち主だ。ただ運とめぐり合わせが非常に悪く、さらに彼女の周囲にいればその不運に巻き込まれることがあり、それが敬遠や悪評に繋がっている節がある。
あと先輩にこう言っては何だが要領が悪いところもあると思う。よかれとやった善意の行動が運の悪さと噛み合って悲劇的な結末を迎えていることも多々ある気がする。
「ちがうんです! 誤解なんです。ライスさんに悪意はまったく無かったんですよ」
案の定、今回の一件もそうらしい。
目撃者デジタル曰く、どこからか学内の敷地に迷い込んできた黒猫がリトルココンのドリンクボトルにじゃれついていたらしい。それを見かけたライスシャワー先輩が猫の手の届かないところに移動させようとした結果、うっかり全部こぼしてしまったのだとか。
なるほどなーっていやいや、そうはならんやろ。
スポドリ入れる容器ってあれ吸うか手で握るかしないと出てこない構造じゃない? 猫がじゃれついたときに蓋が緩んだとか?
まあ私はデジタルの証言があるからわざとではないと信じられるが、被害者であるリトルココンはそうではなかった。
まあ無理もない。普通そんなことになるとは思わんよね。品の良い話ではないが自分に嫌なことがあったとき、そこに何者かの悪意の介在を疑ってしまうのも人心の機微としてよくある傾向である。
《うーん、あれってクラシック級十月前半のイベントじゃなかったっけ? あの時期に『直射日光に当たり続けたらドリンクが温くなっちゃうから』って移動させようとするよりかは納得できる動機と原因だけどさぁ……。
もはやこうなってくると時系列がどうのというより、既知のイベントがそれっぽく起こることの方が気持ち悪いよねぇ。
テンちゃんの機嫌が妙に急降下している。その作品はそれなりに面白かったが、私としてはまだ少し出会うのが早かった感がある。三年後あたりが一番楽しめそうだ。高等部に入ってからもう一度読み返したい。
ともあれ、ライスシャワー先輩とリトルココンの間でトラブルが勃発し、二人のチームメンバーも集い始めたタイミングでデジタルは私に助けを求めるためその場を去った。だから今どうなっているのかはわからないそうだ。
まあ予想できたからデジタルは助けを求めに走ったわけだし、私にも安易に想像はつく。リトルココンは笑顔で流せるほど懐が深いウマ娘ではないし、上手くトラブルを受け流せるほどライスシャワー先輩は小器用ではない。きっと遠からず一触即発の空気になったことだろう。
そしてデジタルは興味があるジャンルに関してはともかく、基本的には口下手なオタク気質。険悪な両者に割って入ってとりなすことができる性分ではない。私も似たようなものだが。
こういうことが得意なのはテンちゃんだ。
《お、代わるかー?》
うん、よろしく。
チーム〈ファースト〉が今の立ち位置になったのは、別に誰かの悪意があってのことではない。彼女たちには彼女たちなりの動機があり、理念があり、必要があってあの形になった。それは知っている。
知っているけど、学園で自由を愛する仲間たちと一年過ごした生徒としてはやっぱりね。どうしても彼女たちは管理主義を押し進める駒であり、そんな彼女たちに敵意や偏見の目を向けてしまうと思う。
そんな自分が嫌だ。あとリトルココンとあまり口を利きたくない。
《やれやれ。本当にこじらせちゃってんねー。ま、案はあるから後は任せておきな。へいへい、ぱーす》
テンちゃんがどんな展望を描いているのかわからないのでこのタイミングでコントロールを譲り渡す。活動制限があるとはいえ、準備時間は多いに越したことはないだろうから。
ふっと内側に引き込まれ世界が遠くなる。
主導権を得たテンちゃんは、何故かおもむろにスマートフォンを取り出してスイスイと何かを調べ始めた。
「ど、同志……?」
「んー、ちょっと待ってねー」
困惑するデジタルも何のその。どうも学園のポータルサイトに接続しているようだけど。視界は共有できてもテンちゃんの思考の全体像が分からない以上、何が目的で最終的にどこを目指しているのかはさっぱりだ。
私の口がにやりと悪役じみた笑みを浮かべる。
「おっしゃラッキー! さて、まずは寮のぼくらの部屋へ向かうぞー。そこで準備するのだ」
「へっ? だ、大丈夫なんですか急がなくても……」
困惑し立ち止まったデジタルに対し、テンちゃんは自信満々にひらひらと手を振ってみせる。
「へーきへーき。ぼくらウマ娘がもめ事にシロクロつける方法なんてひとつしかないだろ? アオハル杯のチーム同士で決着をつけようってなら、なおさらさ」
「れ、レースでしょうか?」
「ざっつらいと! ただ単にグラウンドの片隅で野良レースやるなら急がなきゃならなかったけど、どうも横やりが入らない状態で本格的に決着をつけるつもりみたいだ。学内レース場の使用申請が〈ファースト〉名義で入っていたよ」
ああ、なるほど。
テンちゃんの先ほどの行動に合点がいった。
生徒用アカウントにログインすればスマホから学園施設の使用状況は確認できる。学内レース場もその一つで、さっきのテンちゃんはそれを確認していたのだ。
この学園では呆れたことに広々としたグラウンドとは別枠で学内にレース場が存在している。
たしかに学外から人を呼んで開催されるレースイベントは少なくないし、そのたびにグラウンドを占領していれば二千人弱もいるウマ娘たちの練習に支障が出るという理屈は理解できなくもないが、それにしたって思いきり過ぎだろう。
一説によれば今の理事長が私財を投入して増設した設備の一つとも言われているが、真偽のほどは定かでない。お金持ちのお金の使い方ってときどき聞いてて頭くらくらしてくるから、あまり詳細を確かめたいとは思わないんだよね。
レース場の使用申請は流石に個人では許可が下りないが、現在チームランキング一位の〈ファースト〉なら可能なのだろう。ランキング下位の〈ブルームス〉を威圧する意味合いもあってやったのかもしれない、なんてことも考える。
《このあたりはぼくの知っている
しかし施設の利用申請もネット上で管理とは便利な時代になったものだ。でもそれなら混雑具合もリアルタイムでスマホから確認できるものね》
だったら確かに、時間に余裕があるかもしれない。
正月シーズンで過疎気味の今なら空いているコースは山ほどあるだろうが、仮にアオハル杯よろしく五つの部門のチーム戦で決着をつけるのなら複数回、コースを一定時間占領することになる。
管理主義の申し子であるチーム〈ファースト〉が不確定要素を排除するため学園に申請を出し、学内レース場の使用許可をしっかり取ってくるのは何も不自然な対応とは思わなかった。
「チーム〈ファースト〉はアップもせずに始めるやつらじゃない。各種手続きや移動も含めればあと十五分は時間的猶予があるはずさ」
「な、なるほどー」
我が身体ながら、こういうときのテンちゃんにはカリスマ性ってものがあると思う。言っていることが多少めちゃくちゃでも、根拠に乏しくても、雰囲気で押し通して納得させてしまう。
自信満々のギラギラした態度。私には無い魅力だ。
「ククク、いざというときの備えが日の目を見ることになりそうだな」
あのー、もしかしてそれって例のアレですかね?
テンちゃんがどういう方向性で事態を解決するつもりなのか、漠然と予想がつきつつあった。それに伴い、何を使うつもりなのかも。
『不審な行動をするときのために不審者ルックを用意しておくべきだよねー』というテンちゃんの一から十まで理解不能な理屈で用意された謎の動物を象った変な被り物。自前の勝負服を解析、流用した技術で被っても視界も呼吸も阻害されず、それどころか走行にさえ支障が出ないというDIYで作成されたにしては無駄にハイスペックなシロモノだ。
正直、私としては助かったのだがあのハンドメイドの被りモノがあの性能を誇るのに『許可が下りませんでした』とデザイナーさんが肩を落としていた眼帯が没を食らったのは不思議である。助かったけど。
《トゥインクル・シリーズが国民的娯楽という前提を踏まえた上での安全面だろ。子供が真似をするときに特に顔パーツは象徴的で真似をしやすい。『勝負服の眼帯』ならいくらでも視界を確保できるだろうが、子供がそこらの眼帯で目隠しして走ったら危険じゃん?》
あーなるほどねえ、納得。
現時点で試作二号まで出来ていたよねえ、アレ。実際に使う日がこようとは。被るのはテンちゃんとはいえ、複雑な気持ちである。
《一号よりも二号の方が高品質だからそっちをデジたんに渡すつもりだよ》
デジタルも巻き込まれるらしい。頑張ってくれたまえ。
「あの、何をなさるおつもりで?」
恐る恐る尋ねるデジタルに、テンちゃんはにんまりと笑みを深めてみせた。
「ちょっとばかしテンプレオリシュらしいことをね」
うわぁ。
『テンプレオリシュらしいこと』。
これを言ったときのテンちゃんはたいてい
……でもその気になればいつでも奪取できる身体のコントロールを委ねたままのあたり、私も実のところその『テンプレオリシュらしいこと』が嫌いではないのだろう。
それはきっと正しいことではないけど、別の側面から見れば間違いなく誰かが求めたもので。特等席から見るそれはひどく痛快だから。
《ふっふっふ、カモが
ああ、やっぱりそういう方向性になるのね。
そんなある種呑気に構えていた私に、おずおずとデジタルが問いかける。
「あのー、ときに――あなた様のことも同志とお呼びしてもよろしいのでしょうか?」
「……へえ」
想定外の重さを有した一撃。
思考が一瞬停止する。
でもテンちゃんは既に動き始めていた。
「そういえば、こうして直接デジたんと話すのは初めてだっけ」
「ひぇ」
プライベートスペースへ瞬時に踏み込み顎クイという、お前はどこの少女漫画の登場人物だと問いたくなる動きでテンちゃんがデジタルの動きを拘束。見栄えは悪いが、いやある意味で絵になっている気もするが、確かにウマ娘オタクでもれなく私のことも推しているデジタルの動きを封じるには最適な行動だろう。
いやいや本当に最適かこれ? ダメだショックで少しばかり混乱している。
《まさかデジたんが最初に指摘してくるとはねぇ。順当といえば順当か。ジュニア級の一年間、一番多くの時間を共にしたのが彼女かもしれないものね》
一方でテンちゃんの声色も態度も落ち着いたものだ。それに少し安心する。
「いつから気づいてた?」
「それはもう! 普段の同志が白い朝靄をゆったり纏う深緑の森だとするのならっ! 今の同志は煌々ときらめく灼熱の火砕流ッ!! どうして見紛うことがありえましょうか!?」
あ、いつものデジタルだわ。すっごく落ち着いた。
テンパリながらも跳ね上がる彼女のテンションと反比例するように平静を取り戻した私へ、テンちゃんがゆったりと確認を取る。
《このまま進めちゃっていいよね?》
うん、だいじょーぶ。
別に隠すようなことでもないからね。急に来られてびっくりしただけ。
「そっかー。デジたん相手に隠し通せると思っていたことの方が傲慢だったね。ごめんごめん。じゃあ改めて……。
はじめましてアグネスデジタル。ぼくの名前はテンプレオリシュ、親しみを込めてテンちゃんと呼ぶことを許可しよう。よろしくね、同志?」
「っ! はいいっ! よろしくお願いしましゅ同志テンちゃん!!」
感極まってびくびくと痙攣するデジタルのありさまは、以前に取材を受けたどこぞの記者を連想させる。去年に朝日FSをとってG1ウマ娘になってからというもの、徐々にメディアの露出が増えてきたんだよね。
仕事だからやるけど、あまり気乗りしない仕事だ。注目を集めるのは好きじゃないし、媚を売るのは性に合わない……うーん、ダメだな。やっぱりまだ思考がいまひとつ上の空だ。思った以上にテンちゃんの存在に気づかれたのは衝撃的だったらしい。
「ついでに聞くけど、デジたんから見て他に気づいていそうな子っている?」
でもテンちゃんはどこまでも飄々としている。
メンタルの耐久力は私の方が上、というのが私たちの共通見解。つまりテンちゃんはこの状況にまるでショックを受けていない?
いや、私が無駄に動揺しているだけか。自分でも何でこんなに困惑しているのかわからないもの。
「え、えーっとですねえ。マヤノさんは薄々気づかれているのではないかと」
「あーね」
その点に関しては私も同意だ。
初対面のときから薄々感づいている節があったし、指摘してくるならマヤノだと思っていた。でも何だかんだテンちゃんがみんなの前で表に出てくることってレアなんだよね。たいてい俯瞰した状態から裏であれやこれや口を挟むだけで事足りるもの。
その場にいないもうひとりの私にわざわざ言及して引っ張り出すほどマヤノも恐れ知らずではなかったというか。目の前のキラキラに興味を引かれがちな飽き性な一面のある彼女が、わざわざ目の前にいない相手を話題に出すほど暇じゃなかったというか。
「バクシンオーさんやミークさんはちょっとわからないです」
「マイペースだもんねぇあの二人」
その点にも同意する。
バクちゃん先輩もミーク先輩も、気づいていてもいなくてもどちらでも不自然ではない。感覚も反応も当人独特のものがあって、表面上の行動から逆算しにくいのだ。
「桐生院トレーナーは、その、えっと、あの人はちょっと天然なので……」
「あーうん、そうだね……」
担当されている者同士、意見が合ったのに何故か涙がこぼれそうだ。
桐生院トレーナーは本当にいい人だし、トレーナーとしての力量も高いのだが……。
努力家で真面目で才能があって家柄も言うこと無くて実力も伴っているのに、最後の一押しを詰め切れない甘さがある。
たぶん桐生院トレーナーはまだ気づいていない。でもそういうところも好きよ?
「ありがと、参考になったよ。詳しくはまた今度ね。いまは時間が差し迫っているし」
「あっ」
そうなのだ。思考を明後日の方向に飛ばしている場合ではない。本当にチーム〈ファースト〉と〈ブルームス〉の野良レースが終わってしまう。
「どどど、どうしましょう!?」
「へーきへーき、任せてよ。ね? ほら走るよ。アップだから軽く流す感じでね」
「はえ?」
テンちゃんはどこまでも楽しそうだった。
まあたしかに、話し込んでいた時間は三分も無いか。私たちの着替えと移動を含めたところで想定されるタイムリミットには余裕で間に合う。
案外あっさりコンソメ味といった具合か。
テンちゃんの存在はいつか誰かに露見するだろうとは思っていたが、想定していたほど劇的な味わいではなかった。
状況が状況とはいえ、差し迫った別件があればひょいと脇にどかされて後回しにされてしまう程度のものか。
ならば私も意識を切り替えよう。
チーム〈ファースト〉かぁ。
齧ったらどんな味がするのかな?
次回、???視点