「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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サポートカードイベント:UMA覆面ってなんだよ…!?

 

 

U U U

 

 

 最初から人が嫌いだったわけじゃない。

 

 昔は友達がいた。

 誰かと一緒の時間を過ごすことは楽しかった憶えがある。

 ただ、少しばかり理解しがたいものがあった。

 どうして自分のやりたくないことを周囲に合わせるためにしなくてはならないのだろう。やりたいやつらだけでやっていればいいのに、何故かアタシを巻き込もうとする。

 誘うときは顔に善意を貼り付けておいて、興味が無いと断ると今度は被害者面だ。

 

――どうしてみんなに合わせようとしないの?

 

 お揃いが愉快だと思っているやつらが勝手にお揃いにしているんでしょ。なんで愉快でも何でもないアタシまで右に倣えと強要するんだか。

 同じ時間を過ごす快楽よりも、煩わしさの方が少しずつ大きくなっていって。

 

 一度不和が起きるとあとはもうダメだった。

 

 仲良しよりも敵であることの方が多くなって、それでも融通を利かせなきゃいけない意味がわからなくて、アタシは『みんな』の中に馴染めないウマ娘で。

 

 あるとき、理解することを諦めて離れてみた。

 そうしたら、喪失感と共にふっと身体が軽くなった。

 

 なんだ、ぜんぜんいけるじゃん。

 

 そうやって距離を置いて、どんどん遠ざけて、自分の自然体であり続けて。

 気づけば周囲には誰もいなかった。友達の作り方というものを忘れていた。そしてそれを困ったことだとは感じなかった。

 去年のあの日、栗東寮のあの部屋に流れつくまで。対人関係というものはアタシにとって縁のないものになっていたんだ。

 

――ココンちゃーん

 

 煩わしい。

 何がおかしいんだか、毎日楽しくてたまらないとばかりにへらへら笑って。

 こっちが返事をするまでしつこく話しかけてくるし、嫌味のひとつでも吐こうものなら三倍それっぽく理論武装した屁理屈が返ってくる。

 

 ……でも、よくよく思い返してみれば。

 コイツはアタシが間違っているとも、変わるべきだともこれまで一度も言ったことが無いんだよな。腹立たしいアイツの言葉の中に、アタシへの否定はひとかけらも含まれていなかった。煽りはするし、バカにもしてくるが。

 だからって気に食わないって理由だけでアイツのことを否定するのは流石に子供じみている気がして、拒絶しきれずにいる。

 アイツは学内行事やトゥインクル・シリーズで派手な業績を残しているらしいけど、噂話をする相手もいないアタシはよく知らない。興味もないことだ。学年も違えば世代も違う相手のことをいちいち気にしてはいられない。トゥインクル・シリーズやアオハル杯で当たるとなったときに改めて調べればいい。

 

 テンプレオリシュというウマ娘との関係性は、今日に至るまでそういうものだった。

 

 

 

 

 

 チーム〈ファースト〉は自主練を行わない。

 周囲にはそう思われている。それは間違っちゃいないけど、正確でも無い。

 厳密には無計画な追加トレーニングを行うことがないだけだ。樫本トレーナーは理事長代理を兼任しているため大変多忙であり、常にアタシたちの傍についていられるわけじゃない。

 アタシたちだけでトレーニングしなきゃいけない時間はどうしても存在していて、そういうときのための自主練メニューはちゃんと存在している。後でその日の成果をもとに、細かい基準に基づいた報告レポートを作成して提出しなきゃならないけど、それはそれで自身のトレーニングに対する理解と知識が深まるからチームからは好評だったりする。

 

「正月からしばらくの間は帰省することを前提にメニューを作成しています」

 

 案の定、師走というだけあってこの時期は忙しいらしい。年末年始の〈ファースト〉は自主練の回数が多くなった。

 

「身体を休めるのも大切なトレーニングの一環です。いたずらにハードワークを重ねるのは怯懦と焦燥から目を逸らすためだけの悪行と知りなさい」

 

 口では厳しいことを言っているけど、樫本トレーナーは忙しい時間の間を縫ってひとりひとりに合わせたメニューを組んでくれた。使わないに越したことがないと言いながらも、じっとしていられないアタシたちのために。

 怪我のリスクを極限まで抑えた調整用のメニューを用意してくれたのだ。さらに提出したレポートや日誌はしっかり採点して返してくれるのだから、放置されているという感覚はまったく無かった。いつ寝ているのか心配にはなったけど。

 

「トゥインクル・シリーズの後にもあなた方の人生は続いていきます。いま煩わしいからと対人関係を疎かにするのは個人の自由ですが、走り込むだけが将来への投資ではありません。親戚付き合いを断る前に、その事実を吟味するように」

 

 あの人はただ、ウマ娘に幸せになってほしいだけなのだろう。

 それがわかるから、たとえ目の届くところにあの人がいなくてもトレーニングに熱が入る。チーム間の会話がなくてもアタシたちはこれでいい。昨日の自分を、樫本トレーナーのくれたデータと共に今日超えていく。無機質な数字と文字の羅列は、冬の寒さ程度じゃ消せないぬくもりがあった。

 

 ただ、樫本トレーナーの助言に従ってチームの大半が帰省して、残りも樫本トレーナーのいないところで自主練をする機会が多くなると。

 ヒマなやつらにとって絶好の機会に思えたのか、些細な嫌がらせが増えた。相手の人数が少なくて、大人の目が届かない。ああ実に好機だろう。稚拙で原始的で動物的なロジックだ。

 今回のドリンクをぶちまけられた一件もその一環なのだろうと思っていた。違いは現行犯で押さえられたか否かという一点のみ。

 

 ああ、ムカつく。

 

「ただの勝負じゃ面白くないよな? だから負けた方は一生グラウンド使用禁止ってことにしよう!」

 

 無駄に爽やかな口調で小学生みたいな罰ゲームを言い出したビターグラッセも、それで緊張して青ざめてる〈ブルームス〉のやつらも。

 グラウンドが使えなくなったらトレーニングに差支えが出るなんてもんじゃない。理事長代理を務めている樫本トレーナーがそんなこと許すわけないじゃん。あの人は学園全体のウマ娘のことを常に考えているんだから。

 それなのに真に受けるってことは、『樫本代理はそんな理不尽を容認しかねない』ってこいつらは考えているわけで。そんな浅くて狭い偏見で嫌がらせを仕掛けてきたのかと思うと本当にイライラする。

 どれだけ尽くされているのかも知らないで。あの人がどれだけ身を粉にして学園のために働いていると思っているんだ。

 

「いいんじゃない? 面白そうだ」

 

 だからあえて口の端を吊り上げてシニカルに笑い、乗ってやる。

 ビターグラッセがやっているのは要するに盤外戦術だ。一見『ど根性!』が口癖の熱血バカと思われがちだが、案外普通に頭が回るし視野も広い。

 実際ヒートアップしかけた両チームをうまい具合に仲裁し、アオハル杯形式のチーム戦で決着をつけることを提案したのはコイツだし、学内レース場の使用申請などの手続きもコイツが一手に担っていた。

 ただ、何事にもバカみたいに全力(ガチ)って評価も間違っちゃいない。レース前にハッタリをかまして相手チームにプレッシャーかけるなんて、ふつーこんな野良レースじゃやんないでしょ。

 『自分のチームの空気を良くする』ってのは多かれ少なかれどこも考えていることだろうけど、初手で『相手のチームの空気を悪くしよう』とするあたりまともじゃない。つまりアタシと同じ、まともな場所じゃやっていけなかったウマ娘。チーム〈ファースト〉に所属する者の平均的な在り方だ。

 

「そ、そんな。ブルボンさんはまだリハビリ中なのに……」

 

 だからムカつく。この程度のことで青ざめることができる目の前のこいつらが。

 こいつらはきっと和気あいあいと走ってきたんだろう。担当トレーナーに守ってもらってきたんだろう。

 目につくだけでも、昨年無敗のクラシック二冠を達成しながらも三冠目の菊花賞で敗北を喫し、その後怪我が発覚して無期限の活動休止に至ったミホノブルボン。

 そしてそんなミホノブルボンに菊花賞で勝利し無敗の三冠を阻んだ“黒の刺客”ライスシャワーと、噂に疎いアタシでさえ知っている有名どころがいる。

 何で因縁があるはずのこの二人が同じチームに所属しているのかは知らないし興味もない。故障などで長期休養中のウマ娘がリハビリを兼ねてアオハル杯に、半年スパンで開催される非公式レースに出走するというのもわりと聞く話なので、ミホノブルボンがここにいることに疑問も無い。

 

「問題ありませんライスさん。オペレーション『友人の汚名返上』を開始します」

 

 計画に無い野良レースは樫本トレーナーにいい顔はされないだろう。

 でも、ドリンクをぶちまけるなんてここ最近では随一の露骨な嫌がらせを笑って無かったことにできるほどアタシは人間が出来ちゃいない。それに周囲にもトラブルを知られてしまった以上、ここで退いて『〈ファースト〉は嫌がらせされても尻尾巻いて逃げるチームだ』なんて思われても癪だ。

 何らかの形で白黒つける必要はあった……マスコミにさんざん騒がれたG1ウマ娘相手に勝利する未来展望、ほの暗い愉悦を覚えなかったかと言われたら否定はしないけど。

 

 正月シーズンということでお互いにメンバーは不揃い。いや、帰省もせず自主練しているメンバーでチーム戦ができることの方がおかしいか。それでも一対一を五部門するのが関の山だ。

 つまり誰がどの部門でやり合うことになるのか、全員じっくり観察してもお釣りがくる。

 学園の一部のトレーナーのように一目でウマ娘の能力を把握できる観察眼を持っているわけじゃない。それでもトレーニングに対する造詣が深まった今、相対して感じるプレッシャーからだいたいの実力は予想できるようになった。

 樫本トレーナーにスカウトされてからの一年間、アタシの実力は大きく伸びた。他のメンバーもそうだ。相手側の実力者であるミホノブルボンは中距離でビターグラッセが迎え撃って、長距離ではアタシがライスシャワーとやり合うとして――全勝できるな、これ。

 いっそレースで一勝でもすればそちらの勝ちでいいと、さらにプレッシャーの追い打ちでもしてやろうかと口を開きかけたときだった。

 

『まてい!!』

 

 やけに聞き覚えのある声が観客席から響く。

 声に引き寄せられるように周囲の視線が集中したその先には……不審者がいた。それも二人。日曜の朝に変身とかするタイプのヒーローみたいなポーズをビシリと決めている。

 いや本当に何なんだあの被り物。何の動物を模しているんだ? 牛に似ているが違う。鹿にも似ているが違う。いっそキリンにも似ている気もするがやっぱり違う。面長で鬣があって目が死んでいる。耳の形状はウマ娘のそれに近い。

 あれを被っているというだけでお近づきになりたくないのに、何故だか妙な既視感があった。

 

「お呼びとあれば即参上! UMA覆面一号!」

 

 いや誰も呼んでないから。すぐに帰れ。仮面じゃなくて覆面ってもはや不審者であることを隠す気ないだろ。あと声に聞き覚えがあり過ぎる。具体的にはこの一年くらい寮の自室でずっと話しかけられたような。

 ダメだ。短い一言の中にツッコミどころがあり過ぎるって。早く何とかしないと。

 

「ウマ娘ちゃんのためならたとえ火の中水の中、芝の中ダートの中縦横無尽に駆け回ってみせましょう! 推しの為ならこの命惜しくはありません、UMA覆面二号!!」

 

 しかも一人じゃないときた。推しとやらも覆面の不審者にそこまでの熱意で迫ってこられたらドン引きだろう。やめておいてやりなよ迷惑だから。

 

「とうっ!」

 

 不審者一号は観客席から身を投げ出すと、くるくると無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで軽やかに空中を回転。

 

「スーパーヒーロー着地ッ!」

 

 そのまま片膝をつく実に脚に悪そうな姿勢で着地した。どういう力学が働いたのか猫みたいに音はしなかったから、たぶんノーダメなんだろうけど。

 ちなみに不審者二号はちゃんと階段を使って降りてきた。せめて登場パターンは合わせなよ。

 ぐっだぐだに弛緩した空気の中、降りてきた二号と改めて並び立った一号はびしりと指を突き立てて宣言する。

 

「この勝負、ぼくが預かった!」

「……なにやってんの、テン?」

 

 『親しみを込めてテンちゃんと呼ぶ権利をやろう』なんて言われたが親しみなんて感じていないし、コイツは呼び捨てで十分だ。

 この状況でコイツと知り合いと思われるのは非常に遺憾だけども、このままこの調子で話を進められる方が辛うじてマイナスがデカいと判断した。

 

「テン? 誰のことですか? ぼくはあなたの数少ない友人にしてルームメイトの美少女ではなく、通りすがりの正義の味方UMA覆面一号ですよ?」

「へぇ、リトルココンの友達だったのか! よかった、見るからに交友関係に乏しいから実は少し心配していたんだ!」

 

 ボケにボケを重ねるなビターグラッセェ! 〈ブルームス〉のやつらが『え、あの子友達いないんだ?』『ああ、やっぱりね……』みたいな顔してるだろうがっ!

 くっそ、やっぱり話しかけるんじゃなかったと後悔してももう遅い。アタシが対応する流れになってしまっている。だったらこれ以上場の空気を掻き回される前にとっとと追い返してしまわないと。

 

「何しに来たって言ってんの。邪魔するなら帰ってくれない? っていうか普通に邪魔だから帰れ」

「いやーさぁ」

 

 アタシはあまり意識してやってるわけじゃないけど、アタシの言葉はきつく皮肉気に聞こえるらしい。そしてそれを直そうともしなかった。

 でも今回はわりと意識して冷たく言ってやったのに、テン相手だとまるでそよ風ほどの影響も与えられた感じはしない。当たり前のような顔をしてアイツはライスシャワーのプライベートスペースにすたすた踏み込むと、自然な動きでその肩を組んで頬をぷにぷにと突いた。

 

「ふええ!?」

「見てよこの白い顔。半紙かってレベルじゃないですか。新年だけに皆さんこれから書初めでも始めるつもりですかぁ?」

 

 腹立たしいが、認めざるを得ないことがある。

 テンの話し方はなかなかに上手い。

 良く通る声質に興味を惹く抑揚のつけ方、目障りなくらい大仰な身振り手振りを交えたパフォーマンス。相互理解を度外視しているのでコミュニケーション能力という点では及第点すら怪しいが、煽動家としては満点だろう。

 五分前ならそれがどうした、覚悟も無く喧嘩を売ってきたのかと鼻で笑っただろうが。テンのせいで空気が一度ぐだぐだになった結果、リセットされていた。そうなると怒りや苛立ちが消えたわけではなくとも、少しばかり冷静な感性も戻ってくる。

 顔面蒼白でうつむいている小柄な少女は“黒の刺客”といった不吉で仰々しい存在ではなく、ただ理不尽を前に怯えて萎縮しているように見えた。熱狂が醒めた後の生温い苦みが舌に滲む。

 

「ライスシャワーはもともと即興で力を発揮できるタイプじゃない。明確な目標を定め、それに向かって心身を研ぎ澄まし、薄く脆く鋭い刃でいっきに刈り取るヒットマンスタイルが彼女の本領だ」

 

 テンの声がそれを後押しする。盤上をゆっくり詰められていくような居心地の悪さがあったが、それを明確に言語化することができない。流暢な言葉が次から次へと耳に流れ込んできて思考の構築を阻害する。

 

「きみたちも弱い者いじめがしたいわけじゃないんだろ? ましてやマスコミに取り上げられた有名人をボコボコにして悦に浸りたいなんて低俗な感情に駆られたわけじゃないはずだ。

 もめ事を解決したい。感情を納得させたい。それの手段としてレースを選ぶのはウマ娘としてごく当たり前のこと。でもこのまま本領を発揮できないライスシャワーを相手にしたら勝っても負けても後味が悪くなりそうだ。

 困ったねー? どうしようねー?」

 

 何故だか覆面越しでもテンが顔を横に引き裂くような満面の笑みをにやにや浮かべているのがわかった。

 

「そんな君たちの助けを求める声なき声に応じて駆けつけたのが正義の味方、UMA覆面ってわけさ!

 この決闘、ぼくが〈ブルームス〉の代理人になろう。それで〈ファースト〉が抱くはずだった弱い者いじめをする居心地の悪さはフライ・アウェイだ」

「…………いやいや、おかしいでしょ」

 

 そうだ、いろいろとおかしい。

 でも何がおかしいのか具体的に指摘できない。そのせいで押し切られそうな危うさが場に漂っている。

 

「だいたい決闘に代理人なんてありえないって」

「それは違います!」

 

 ここまで大人しかった不審者二号が突然声を上げた。何故だか『論破ッ!』の文字が右から左に勢いよく流れて行った気がする。

 

「現代で決闘といえば『名誉のための決闘』が連想されがちですが、実はそれは十六世紀以降に厳格な規則を基に発達した『私闘としての決闘』に分類されます。一方で十五世紀までに廃れたものですが中世ヨーロッパでは『決闘裁判』と呼ばれる『判決の為の決闘』が正式な制度として存在していました。なにせ裁判ですので被告側や告訴した側が女性、病人、老人のこともあります。その場合は代理人を立てることが認められていたのです。

 日本においても仇討ちや果し合いで用いられた『助太刀』という言葉が現代まで残っているように、役割や義理人情によって第三者が助力や代理を務める概念は何もヨーロッパに限った話ではありません。また大会や試合の称号で用いられる『チャンピオン』の語源もこの『決闘代理人』にあると言われています。もっともこちらは部族間の紛争解決の際に行われていた野原で行われる代表同士の一騎打ちがルーツであり、ラテン語で平原や野原を意味する"campus"が語源となるのですが……」

 

 テンの話術が奔放の裏に巧みな計算がある噴水だとすれば、こちらは勢いですべてを押し流す濁流か。決闘に代理人を立てるのが無理筋ではないと主張しているのはわかったから、もう少しまともに息継ぎしたらどうなんだ。必死過ぎるって。

 

「うん、いいんじゃないかな?」

「ビターグラッセ!?」

 

「君だってこの期に及んで無理にライスシャワーを走らせようとは思っていないだろう、リトルココン?」

「それは……」

 

 その通りだ。そういう空気ではなくなってしまっている。仮にこのまま〈ブルームス〉に勝ったところで、アタシ含め〈ファースト〉のメンバーが勝利の愉悦や達成感を抱くことは難しい。

 だからって、このままテンの口車に乗るのは癪だ。そんな感情論の自覚があるだけに言葉に詰まるアタシの前で、無駄に爽やかにビターグラッセが話を続ける。

 

「そこのUMA覆面とやらがライスシャワーの代役で走る。それくらい認めてやっても構わないじゃないか」

「そ、そんなの悪いよ! ライス、ちゃんと走るから。もともとはライスがこぼしちゃったのが原因なのに、人任せなんてダメだよぉ」

 

 とっさに舌打ちを抑える。

 このタイミングでそれを言うのかライスシャワー。そんな真っ白な顔で震えながら言われてしまった以上、当人の言葉に反しそれが決定打だった。明確に彼女は『可哀想で善良な被害者』の枠に収まり、このまま走らせたらアタシたちが悪役になる。周囲からどう見えるかというのではなく、アタシたち自身がそう思ってしまう。

 打算ではなく純粋に言葉通りの意志があるのだとすればずいぶん間が悪い。ぽたり、と脳裏に滲む一滴。あるいは本当にライスシャワーは運と要領が悪かっただけで、悪意をもってドリンクをぶちまけたわけではないのかもしれない。

 

「え、違うよぉ? ライスシャワーの代役じゃなくて〈ブルームス〉の代理人さ、ぼくは。正義の味方UMA覆面と〈ブルームス〉が二対一で〈ファースト〉に相対するなんて今度はこっちが戦力過剰でアンフェアになるじゃないか」

「は?」

 

 煽るような、というか煽り以外の何物でもない口調で訂正したテンに意識が逸れた。

 

「じゃあ君のチームがこれから来るのかい? あまり待たされても困るのだけど」

 

 ビターグラッセの言葉にあの変な被り物をした不審者が群れている光景をつい想像してしまう。眩暈がする、学園の恥だ。もはや通報することさえ億劫で全力で見なかったことにしたくなるだろう。

 

「いやいや。目の前にいるのがUMA覆面のすべてで、それで充分さ。

 何を隠そうぼくはあらゆる距離適性があってね。ついでに言えば芝もダートも同じように好走できるのさ。つまり、アオハル杯のどの部門でも走ることができる。つまり――」

 

 ぼくが五部門ぜんぶ相手するから、全力でかかってきたまえ。

 

「……へぇ」

「あははっ、ここまで真っ向から喧嘩を売られると逆に爽快だ!」

 

 下火になっていた脳内の炎に再び薪がくべられた。

 アタシたちごとき一人で十分ってか? 腹を抱えて笑っているビターグラッセは言うに及ばず、〈ファースト〉全員の怒りのボルテージが急上昇している。挑発という意味ではこの上なく成功だった。

 

「いやいやいや同志、さすがにそれは無いですって!? 助けを求めておいて見ているだけって逆に酷ですよ! あたしも走りますっ」

「そう? じゃあ二号にはダートをお願いしようかな。

 あ、そうだ。きみたち〈ファースト〉もたった二人を相手に何のハンデも無しで走るのは気が引けるだろう。だから走る順番はこっちで決めさせてもらおうかな。中距離から始まってマイル、間にダートを挟んで短距離、最後に長距離なんてどうだい?」

 

 自分から言い出したくせに何て言い草だ。支離滅裂もいいところでまともに会話する気も失せる。

 

「好きにしたら? 時間の無駄になりそうな気もするけどね」

「ひぇっ、お、おこってるー」

 

 二号は不審者の被り物こそしているが真っ当にビビっていた。

 挑発に乗るのはバカのやることだ。でも競技者としてここまでコケにされて喧嘩を買わないウマ娘はバカですらない。

 コイツはいまアタシが、アタシたちが走ってきた時間を……樫本トレーナーが積み上げた一年間を無礼(なめ)た。少なくともアタシはそう感じた。

 

「ああ確かに。ずるずると負け続けている相手と走っても得られるものは何もないだろう。きみの心配はもっともだ。わかった、ならばこうしようじゃないか!

 二号はともかく、連戦する一号のぼくが一回でも負けた時点でそっちチームの勝ちでいいよ。それなら時間の無駄にはならないでしょー」

 

 こっちの脳内を覗いたわけでもないだろうが、まるでテンが乱入するまえにアタシが言おうとしていたことの意趣返しのように感じられて苛立ちがさらに募る。

 露骨な舌打ち。もちろんその程度では、アイツは痛痒すら感じないだろう。

 肩を落とすように大仰な仕草でため息をつく。それでイライラが消えるわけでもないが、ひと息入れてクールダウンしたというポーズにはなる。そうやって自分が冷静になったことにした。

 

「はいはいわかったわかった、もういいよそれで。ビターグラッセ、どう?」

「うん、準備万端さ! いつでも始められるよ」

 

 もうさっさと走って終わらせてしまおう。中距離スタートなら担当はビターグラッセ、〈ファースト〉全体の中でも指折りの実力者だ。あれだけビッグマウスを叩いておいて無様に負けるテンの姿を見れば、少しは溜飲も下がるだろう。

 

「お待ちください」

 

 またもや水が差される。声の主はミホノブルボンだった。

 いや、本来はこっちが主体であるべきか。もとは〈ファースト〉と〈ブルームス〉のもめ事だったのだから。差した水で全体を塗り潰したテンがおかしいのだ。

 

「ごめんね待たないよ。これは自分たちで解決すべき問題だと思った? 自力で乗り越えなければならない困難だと? 悪いけどぼくはそう思わないな。

 対人トラブルなんてどっちの理不尽な主張がまかり通るかってもんさ。まともに向き合うだけ損だよ。〈ファースト〉は振り上げたこぶしの落としどころを求めていた。だからそれを用意した。これはもうそういう話。ライスシャワーの不幸とか名誉とか、さして重要なことじゃないのさ。

 どうしても納得できないのならこれが終わったあとに改めてやってくれたまえ。もしかしたら速攻で終わるかもしれないだろ?」

 

 立て板に水とばかりにつらつらと並べ立てられる言葉。

 サイボーグとも揶揄される栗毛のウマ娘はそれを無表情でじっと聞いていた。

 

「……やはり、貴女は。ステータス『想起』を獲得。

 納得はできませんが、了解しました。ミホノブルボン、待機モードに移行します」

 

 何を考えていたのかは窺い知れないし興味もない。ただテンが説得したから楽ができたな。感想はそんなもんだった。

 おそらくは〈ブルームス〉で一番発言力があったのだろうミホノブルボンが黙ったことで、その周囲も戸惑いながら観客席に移動し観戦の姿勢に入る。

 

「じゃ、いってくるぜぃ二号。体は冷やさないようにねー」

「は、はい。一号、ご武運を……」

 

 テンとビターグラッセ、二人が粛々とゲートイン。ウマ娘によってはクラシック級に入ってもまだゲート難を発症している者もいるが、さすがにアイツはそこまで低次元ではなかったようだ。

 そう思ったところで、ゲート入りしたテンが急に大声を上げる。

 

「ああ! 始める前にもう一つ。たしか罰ゲームがあったんだっけ? 『負けたチームは一生グラウンド使用禁止』って。面白いじゃん。倍プッシュだ」

「うん?」

 

 怪訝そうに首をかしげるビターグラッセから遠く離れた観客席にも、テンの声はよく通った。

 

「ポーカーで言うところの上乗せ(レイズ)ってやつさ。そっちがやったのならこっちにも権利があるはずだろ? 条件追加だ。

 さらに『相手チームの言うことを何でも一つ聞かなきゃいけない』、なんてどうかな? でも全裸で逆立ちしてグラウンド一周なんて命令したら近隣住民から通報されて学園に迷惑かかっちゃうだろうから、公序良俗および法に違反しない範疇でさ。

 乗る? 降りる? 逃げるなら今のうちだぜ? コール・オア・ドロップ?」

 

 ……ああ、こいつは本気なんだ。

 揉め事を仲裁するためのおふざけやごまかしじゃなくて、本当にアタシたちに全勝する気でいる。

 

 全員の視線がビターグラッセに向いた。同調圧力なんて大嫌いだったはずなのに、そのときアタシたちチーム〈ファースト〉の意見は同じだろうと無責任にもそう感じた。

 ビターグラッセは受け取り損ねなかった。

 

「コールだ!!」

 

 大気をビリビリと揺るがす一喝。

 

「ああ、でもこれが終わったらちゃんとチームの前で再確認しよう!」

「りょーかーい」

 

 そして意外と冷静だ。テンも理不尽に吹っ掛けたように見せかけて、流れで押し切るんじゃなしに話し合いを受け入れるのか。正しいと言えば両者ともに正しい対応なんだけど、外から見ていた側からすれば何とも肩の力が抜けるやり取りだった。

 妙に空気の圧が弛んだところで、耳に馴染んだ金属が擦れる音と共にゲートが開く。緊張感が薄れたせいで出遅れが発生するなんてことが無かったのは不幸中の幸いか。

 かくしてレースが始まった。

 

 

 

 

 

 すべてが終わり、熱の抜けた頭で振り返ってみれば。

 

 アイツがチーム〈ファースト〉を一人で相手取ると言った時、アタシは舐められたと思っていた。

 アオハル杯では一回目のプレシーズンを終えてなお首位に君臨し続け、トゥインクル・シリーズでも次々と目に見えた成果を出し始めている〈ファースト〉。

 一年前のアタシたちとは比較にならないほど実力が伸びた。自信と自負を抱くだけの成果を出した。

 アオハル杯ランキング一位。今のアタシたちは明確な事実として最強のチーム。でもその事実に傲りが生じなかったと、胸を張って言えただろうか。

 最強という言葉が、どれほどこの中央において脆く儚いものなのか。規格外はふとした拍子に現れ、当たり前のように常識を破壊していく。知っていたはずなのに。

 どうしてアタシは考えなかったのだろう。アイツが本当に『チーム〈ファースト〉を単騎で相手取れるバケモノ』という可能性を。

 

 舐めていたのは、アタシたちの方だった。

 

 

 




次回も引き続きココンちゃん視点
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