「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」 作:バクシサクランオー
( ゚д゚) >先人の積み上げた功績の余波<
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感想、誤字脱字報告もありがとうございます。
予想以上の反応につられ、続きを投稿です。
U U U
多重人格を取り扱った作品ではよく『どっちが本体か』で人格同士が争ったりするけど、私たちの場合はそんなことは一度もあったことがない。
私がメイン、テンちゃんがサブ。
それがお互いの共通認識。理由は単純明快で、テンちゃんの表に出てこられる時間には制限があるからだ。
一日あたり最長で六時間弱。それがテンちゃんの活動限界。それ以上動こうとしても睡魔がどうにも堪えきれなくなり、その後反動で十八時間は奥に引っ込んで眠り続けることになる。そうなると起きるまでの間、私たちは私だけになってしまうのでかなり寂しい。裏で俯瞰しながらなんやかんやと口を挟むだけならずっと一緒にいられるからね。
また、肉体の優先権も常に私が握っているといってよい。
テンちゃんが身体を動かすには私から支配権を譲り受ける必要がある。何なら無理やり支配権を押し付けることもできて、小さい頃はよくわがままをやったものだ。苦手なシイタケを代わりに食べてもらったりとか。
とはいえあまりいい気分ではないだろうから、物事の道理が理解できるようになってからは基本的に両者の合意のもと運転を代わるよう心掛けている。
わずらわしくないのだろうか、と気になったこともあったけど。
《べつにー? 『この子の身体をー、人生をー、乗っ取ってしまったんだー』みたく罪悪感に葛藤する意識高い系オリ主になるのを考えたら、一周目を健全に生きる子のおまけ扱いの方が二周目やってる亡霊モドキとしてはよほど健全でしょ》
相変わらず言っていることはよくわからないが、テンちゃんは現状に満足しているようだった。
そもそも『
今日はうっかり二度寝しかけ、寝ぼけながらテンちゃんに主導権を譲り渡してそのままぐうぐうと奥に引っ込んでしまっていた。
意識が再覚醒したのはなんと二時間目の授業が終わったあと。なんとも贅沢な話だ。肉体は共通だから身体的にはともかく、精神的にはかなりリフレッシュできた。
それにしても珍しい。普段は朝練や授業を代わりに引き受けてくれることなど滅多に無いのに。いつもならリシュの人生なんだからリシュがやらないといけないことだよ、なんて言って脳内で叩き起こされる。
《今日で三週間目だからね。個人的には新生活っていうのは三の倍数でトラブルが発生すると思っている。すなわち三日目、三週間目、三か月目、そして三年目だ。
慣れてきたことによる油断だったり、疲労やストレスの蓄積だったり、時間経過による環境の変化だったりと理由はさまざまだけど。まあ新生活がんばっちゃってるリシュに対するささやかな応援だよ》
ん、ありがと。
相棒の親切に身体の芯がふっとほぐれた気がする。
そう、今日はトレセン学園生活三週間目。
チームの入団テストやら選抜レースやらの言葉がちらほら耳に入り始め、ウマ娘もトレーナーもどこか落ち着きがない。
トゥインクル・シリーズにおいて『最初の三年間』はとても重要とされている。そこで成果を残せるか否かでその後の人生ははっきり明暗が分かれる。その明暗を分ける第一歩がチームへの所属ないしトレーナーとの契約だ。
《チームに所属しないとレースに出られなかったアニメ版と違い、トレーナーとの専属契約が可能なアプリ寄りの世界なんだよな。チームとして活動した方が予算とか設備の優先権とか学園からのサポートは手厚いみたいだけど。
どのチームに所属したいだとか、どのトレーナーが好みだとか、リシュは何か希望ある?》
生活に慣れるだけで手一杯だったコミュ障に無茶振りをしないでほしい。
気の早い子は今からどのチームに入りたいだとか、どのトレーナーが有望そうだとか、品定めを始めているのは知っている。
でも中央トレセン学園の生徒の中には高等部になってからメイクデビューを果たす先輩だっているのだ。まだ慌てるような時間じゃない……。
《いや、あれは本格化っていうウマ娘不思議要素の影響であって、本人が意図的にデビューを遅らせているケースは少数派だと思うぞ》
真実だからって遠慮なくぶつけていいわけじゃないと思う。
そういうテンちゃんは希望あるの?
《うーん、デビューはしたいからトレーナーは欲しいよなー》
最低ラインだね。
《あと理想を言えばお金もほしい》
それも同意する。
シューズも蹄鉄も消耗品だ。ある程度は学園が賄ってくれるけど、自主練で履き潰した分は自腹になる。
仕送りはある。でもウマ娘の繊細な足を保護するためのシューズ。品質に妥協は難しく、自然とお値段も相応になってくる。女の子のはしくれとしてはヨレヨレになったトレーニングウェアやスポーツタオルなどもくたびれるたびに買い替えたい。
塵も積もれば山となる。うちの家は貧乏というほどではないが、名門と呼ばれる方々が土地やら何やらを転がして湯水のように資産を汲み上げるのに比べると裕福でもない。
レースの賞金みたく自分の懐に入れられなくていいから、日々の練習に使える予算はできるだけ多く欲しい。
趣味として走るのではなくトゥインクル・シリーズ出場を志したときから覚悟はしている。私は両親から与えられた分を投資とし、その分をちゃんと還元してみせるのだと。
一般家庭出身の身からしてみれば、そのくらいの金額をこれまでつぎ込んでもらったのだ。結果は出さなくてはならない。
中央トレセン学園は文武両道を掲げていて、勉強だけでも毎日五時間の授業があるのにそこにレースのトレーニングとウイニングライブのための歌とダンスの練習が加わる。
アルバイトには少しばかり興味があるが、とてもじゃないが実現に移すには時間と体力が足りない。仮に誘惑に負けて手を出してしまえば、自主練に割くリソースの減少がそのままレースの結果に反映されるだろう。小銭を稼ぐために将来の大金を失うことになる。
《短期バイトくらいならいざ知らず、継続的にバイトしている描写があったのはアイネスフウジンくらいか? あとゴルシ焼きそば》
ゴルシ焼きそばはなぁ……。クラシック二冠で宝塚記念連覇のグランプリウマ娘がまさかアルバイトしなきゃいけないほど貧乏ってことはないよね?
《明らかに趣味だろ》
だよねぇ。URAファイナルズ長距離レース初代チャンピオン様は破天荒でおられる。
さて、話を戻してチーム所属の件だが。
《大人数のチームに入ってぼくらがやっていける気がしない》
うん、そうだね。コミュニケーション能力の低さはお互いに自覚するところだよね。コミュ障の方向性はやや異なるけど。
私の場合は単純に、他者と関係性を構築するのが億劫。テンちゃんの場合は相互理解に対する興味が薄弱。そんな感じだ。
《ざっくりまとめると、専属契約あるいは担当五人未満のチームを結成していない優秀なトレーナーとねんごろになってー。
ある程度関係性を構築し終わった後にアオハル杯が勃発してー。追加メンバーでチームを発足。後輩に先輩権限でデカい顔しながらレースで結果を出して、資金も潤沢でウハウハな三年間を送りたいよねー》
うーんこのぜいたく。素敵だ。
それにしてもアオハル杯ねえ。本当に来るの?
《来ないかもね。しょせんは数多ある世界の可能性のひとつだ》
えー。
「ちょっとリシュ。なにぼんやりしてるの」
そんな実にくだらない会話をテンちゃんとしていると、背後から名前を呼ばれた。
浅く狭い私の交友関係の中で愛称を呼んでくる相手など、現状ひとりしか存在しない。地方から上京して来たばかりだから仕方がないのだ。
「あー、スカーレット」
「つぎ教室移動よ? このままじゃ遅刻するわよ。まさか学期早々サボるつもりじゃないでしょうね」
水色のファーシュシュでまとめられたボリュームたっぷりの赤いツインテール。勝気な釣り目にちらりと覗く八重歯。去年までランドセルを背負っていたとは思えない恵体。頭の中央で輝くティアラはトレセン学園の合格祝いでママからもらったのだと自慢していた。
これで性格はプライドの高いツンデレで誇りに見合うだけの努力をしていて普段は勝気な性分を隠して優等生を演じているという、ヒロイン属性てんこ盛りの我が腐れ縁。
ダイワスカーレットがそこにいた。
「うん、トレセン学園の制服がよく似合っている」
《小学六年生のときの登下校の光景は目に毒過ぎて軽く犯罪だったからな》
「はあ? もう朝も終わるってのにまだ寝ぼけてんの。ほら、さっさと移動するわよ」
面倒見がいい、というよりは腐れ縁の知人がバ鹿だと思われるのが我慢ならないのだろう。スカーレットに腕を引っ張られながら廊下を歩く。
「……ねえ、アンタはどこのチームに所属するか決めた?」
スカーレットもその話か。しかし『希望』じゃなくて『所属』とくるあたり、自分が選ぶ側だという強い自負が感じられて彼女らしいと思う。
特にまだ決めていないと正直に答えると、彼女は不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
「さっさと決めなさいよね。トレーナーが見つからなくて今年度にデビューできないなんてことになったら承知しないから」
わりとありえそうな未来だから困る。でも一年くらいなら誤差じゃない? 力を蓄えるって感じでさ。教官の共通メニューも、そう悪いものじゃなかったし。
そんな怠惰な内心を悟られたのか、スカーレットはピッとひとさし指を立てるお得意のポーズをとった。
「いい? アタシは足踏みするつもりはないわ。今年中にデビューして、ここで本当の一番になってみせる。そのときにアンタがいないなんて、ありえない」
地元じゃ一度も負けなかったからなぁ、私。
スカーレットは私のいないレースでしか勝てなかった。それはプライドが高く、相応に実力があり、見合うだけの努力をしてきた彼女には許せないことだったらしい。
運動会のちびっこレースで初めて彼女をちぎった日から事あるごとに勝負を仕掛けられ、レースに関しては今もなお連勝記録を更新中である。
勉強とか生活態度とかなら優等生の仮面を強固に被り続けているスカーレットの圧勝なんだけどね。それじゃあ満足できないらしい。
「わかった? 絶対に今年中にデビューしなさいよ。アンタなら適当に新米トレーナーつかまえて専属契約結んだのでも結果は出せるでしょ。
アンタから勝ち取ったティアラじゃないと被る意味なんてないのよ」
そう言い残してスカーレットは見えてきた教室へ一足先に飛び込んでしまった。
うーん、これはツンデレ。私が適当なトレーナーを選んでもG1に出走できるだけの実力をつけられるという信頼が透けて見えますね。
ティアラ路線――桜花賞、オークス、そして秋華賞。クラシック級のウマ娘しか出場できない生涯に一度きりのG1レース。
いつクラシック級になるかはウマ娘の年齢や学年じゃなくていつジュニア級になったか、すなわちメイクデビューを果たした年代に依存する。同じ時期にクラシック級を走るため、スカーレットは発破をかけにきたのだろう。
でも私、ティアラ路線じゃなくて皐月賞、日本ダービー、菊花賞の三冠路線にいくつもりなんだけどなぁ。そっちのが賞金高いし。
それから一週間後、校内放送でアオハル杯の復活が秋川理事長の口から告知された。
ついでに秋川理事長が近々数年間アメリカへ長期出張となり、理事長業務を十全に熟すことが困難となるため、URA幹部職員が理事長代理として召喚される旨も同時に知らされた。
テンちゃんのふんわり予言も案外バ鹿にできないらしい。
嵐の予感にざわつく級友たちを見ながら、私はのんきにそう思うのだった。
U U U
アオハル杯。
それはトゥインクル・シリーズと並行して行われるもう一つのドラマ。
短距離・マイル・中距離・長距離・ダートの五つの部門で競い合うチーム対抗戦。
一説によれば中央トレセン学園においてチームはメンバーが五人以上でなければ発足できないと定められているのは、かつてアオハル杯を前提としていたころの名残だとか。
開催は六月後半と十二月後半の半年に一度。
三年かけてのべ四回行われるプレシーズンでチームランキングを決定し、最後の本選で勝利したチームが優勝となる。
URAが運営しているトゥインクル・シリーズとは異なりトレセン学園主催の非公式のレースであり、アオハル杯の結果そのものはウマ娘の成績に直結しない。これで構成されたチームもトゥインクル・シリーズを走れる正式なものではない。
ゆえにかつてはトゥインクル・シリーズを重視したウマ娘たちの出場辞退が相次ぎ、廃れてしまったのだとか。
《今の理事長がやよいちゃんじゃなけりゃ復活なんてしなかっただろうね》
しかし私としては何も問題はない。だってトレセン学園から予算が降りるから。
アオハル杯で功績を残せば残すほど部室などの設備が豪華になっていく描写があるってテンちゃんが言ってた。描写って何の描写なんだろう。
それにしても先日着任した樫本理子理事長代理はとんでもないひとだった。
着任の挨拶の時点で現状の中央トレセン学園を『緩い』と切り捨て完全否定。次いで秋川理事長が復活させると明言したアオハル杯を近々撤廃させると宣言。
最後に徹底管理主義をベースとした教育方針『管理教育プログラム』を掲げ、集会は静まり返りお通夜のような雰囲気になってしまっていた。
《いやまあ、言っていることに理はなくもないんだ。アプリ版をやり込んだトレーナーなら担当の寝不足とサボり癖はガチで管理したいと思うやつが大多数だろうしー。
つかヒトミミのアスリート業界なら食事も睡眠もトレーニングの一環だからむしろ理子ちゃんの主張の方が正統派まであるよね》
テンちゃんはやけに肯定的だったけど、新入生の私でも秋川理事長とのあまりの方針の違いに不安を抱いたのだ。従来の在校生は言うまでもないだろう。秋川理事長肝いりの人事のはずだったんだけどなぁ。
《ほらさ、やっぱり理子ちゃんが理子ちゃんってだけで初期絆ゲージが50はアップしちゃうんだよね。いや、ぼくの知っている愛玩系理事長代理の世界線とは別物だってことは頭では理解しているよ?
イベントの時系列とかアプリ版のそれとは現状でもかなり違うし。チーム〈ファースト〉以外がアオハル杯を優勝すれば教育管理プログラムを撤廃するって条件提示はジュニア級九月後半に発生したイベントのはずだけど、かなり前倒しになってんなあ》
相変わらずテンちゃんの言うことはときどき謎である。
ともあれ、テンちゃんの言った通りの流れになった。
樫本理事長代理がぶちかましてから連日のように続く在校生たちの抗議運動に対し、理事長代理はひとつの提案をしたのだ。
そこまで言うのならアオハル杯撤廃は延期。その代わり、アオハル杯で自分の担当したチームが優勝すれば徹底管理の有用性を認め、従うようにと。
まるで漫画かアニメのイベントだが、実のところウマ娘に対する説得としてはなかなかに有効だ。
ウマ娘は本能的に勝負を持ちかけられたときの沸点が低く、一方で勝敗の結果を重要視する。それがアスリート、競技者と呼ばれる者たちならなおさらその傾向が強い。
これで理事長代理の担当チームが優勝すれば、ここに集まっているのは全国でも選りすぐりの勝敗にこだわりを持つウマ娘たち。粛々とプログラムを受け入れるだろう。
顔合わせ早々全校生徒へ喧嘩をふっかけた樫本理事長代理にはドン引きしたけど、少なくともウマ娘のことを何も知らないお偉いさんってわけではないらしい。
《実質的に三年の猶予を設けたのも上手いよなー。これから三年間、理子ちゃんが担当するチーム〈ファースト〉は注目され続けるだろう。今は反発が優先して批判的な目で見られがちだろうけど、三年もあれば徐々にその手法と成果を冷静な目で見ざるを得なくなってくる。
そうすればトレーナーの中にもウマ娘の中にも、その手法が自分には合っているのではないかと取り入れる層が一定数出てくるはずだ。理子ちゃんはこの段階で既に教育管理プログラムの布教に成功していると言える。
一度学園全体を徹底管理主義下に置くと宣言しておいて、生徒の抗議に応じるという形式でその範囲を一チームに狭めることで、学園に教育管理プログラムの存在を呑み込ませた。ドア・イン・ザ・フェイスってやつ。ありふれた手だけど有効だねー》
なるほど、そういう考え方もあるのか。
たしかに理事長代理の最初の宣言を文字通りではなく、教育管理プログラムを布教することでウマ娘の故障や怪我を少しでも少なくするための布石と捉えるのであれば、秋川理事長の推薦含めいろいろ納得できるところではある。
でも、私たちはヒトミミじゃなくてウマ娘だ。
かかってこいよ空気抵抗と言わんばかりの勝負服を着た方が動きやすい体操服のときよりも明確な数値で表れるほどスペックが向上するように、常識と物理法則がときどき息をしていない存在だ。
徹底管理した方が成果を出せるのなら、とっくの昔に中央トレセン学園の自由な校風は淘汰されていたのではないだろうか。
ゆるく楽しい青春を送りたいだけなら、もっと賢い選択肢が私たちにはあったのだから。
誰もが成果を出しにここに来ている。
ウマ娘も、トレーナーもだ。管理主義の裏に垣間見える故障させたくない、夢を諦めさせたくないという樫本理事長代理の方針はたいへん結構だが、それでは成果に繋がらないと本能的に感じるウマ娘が多数派だったからこそ総好かんを食らったのだと私は思う。
《そうじゃない子だっているのさ。チームがひとつできるくらいにはねー》
今日の分の自主練を終え寮の自室に戻ると、そこでは既に帰っていたリトルココンが目を閉じてイヤホンで音楽を聴いていた。
《ウマ娘用のイヤホンって何度見ても違和感が拭えないんだよなぁ》
そう? 私はテンちゃんが何に違和感を覚えているのかがよくわからないんだけど。
ともかく、いつも通り主導権をテンちゃんに譲り渡す。途端に口が勝手に動いた。
「ただいまー」
「……おかえり」
なんと驚くべきことに、リトルココンとはこうして声を掛ければ反応が返ってくる程度の関係になっていた。相変わらず目を閉じたままではあるけど。
無視されるたびリアクションがあるまでテンちゃんが煽り続けた成果だろう。我ながら、あれは聞いていてけっこう腹が立つからなぁ。
「樫本理事長代理のチームに勧誘されたんだって?」
なにそれ初耳。
でもすっと目を開き、エメラルドグリーンの瞳から硬質な視線を飛ばしてくるリトルココンの反応からして事実なのだろう。
「……耳が早いね」
「きみと違って友達が多いからね!」
堂々と嘘をつくな嘘を。ここで私の友達なんてスカーレットくらい……あれ、スカーレットって友達……?
私が気づいてはいけない事実に気づきかけている間にも話は進んでいく。
「それで? 文句でも言いに来たわけ?」
「そんなわけないじゃないかあ。大切なルームメイトが頑張っているのにー」
樫本理事長代理の真意がどうあれ、現在のあの人は学園の自由を脅かす侵略者だ。
つまり理事長代理が担当を務めるアオハル杯のチーム〈ファースト〉はここしばらく悪の尖兵扱いされるだろう。それなのに何故彼女たちはチーム〈ファースト〉に所属しようと思ったのか。
私にはさっぱりだったが、テンちゃんは違ったようだ。
「今のままじゃあ先が無いと思ったんだろう? 道なき道を進むとき、愚かだと笑うのは簡単だけど……誰かが切り開かなきゃそもそも道なんて存在しないのさ。だから挑戦する友人の背中を押すくらい、ぼくだってやるよ」
「……アンタと友人になった覚えはないけど」
「えー、ひどーい」
テンちゃんはケラケラ笑った。
リトルココンが中等部なのか高等部なのか、それすら知らなかったことに今ようやく私は気づく。なにせ本格化という不思議要素のせいでこの年頃のウマ娘はとにかく外見から年齢を推察しにくい。クラスメイトでないことだけは確かだが。
最初に会った時に同じように荷ほどきしていたからてっきり同級生だと思い込んでいたけど、実のところ新学期になって部屋を移動してきただけだったのかもしれない。隣人とのトラブルで隔離。大いにありうると思う私はひどいのだろうか。
樫本理事長代理はガチガチのデータ至上主義ってイメージがある。
つまり、最低でも一年分はリトルココンの活動記録がこの学園にはあったんじゃなかろうか。少なくとも新しく入ってきた新入生たち、ノーデータのウマ娘にあの人が声をかけるとは思えない。
そしてその活動記録の中のリトルココンは結果が出せず、くすぶっていたのだろう。
「ま、これから大変だろうけど応援してるよ。友達ではなくても仲良しではあるつもりだからね。学園中が敵に回っても、ぼくはきみの味方だ。困ったときは頼ってくれていいぜぇ」
「…………ふん、勝手にすれば?」
「でもなれ合いはしないからな! ライバルであることは違いないんだし!」
「あっそ」
誰もが成果を出すためにここに来ている。
誰もが必死だ。妥協を許せばそれがそのまま周囲との差になり、あっという間に置いていかれる。
だからこそ、今のままでは成果が出ないと見た彼女たちは樫本理事長代理の手を取った。
たとえ学園中から白い目で見られ、陰口をたたかれ、後ろ指を指される三年間を送ることになったとしても。それでも手を伸ばさずにはいられなかった。それほどまでに追い詰められていた。
そしてそんなウマ娘が一チームできるくらいに存在していた事実に、学園の闇を早くも垣間見てしまった気になる。
そういう場所だと、頭ではわかっていたはずなんだけどなぁ。知らぬ間にキラキラした世界に目がくらんでいたらしい。
ごろんとベッドに身を横たえる。
自然と向いた視線の先でリトルココンは変わらず目を閉じて音楽を聴取していたが、その身に纏う空気は少しだけ和らいでいるように感じられた。
少なくとも樫本理事長代理の教育管理プログラムは彼女たちのようなウマ娘の福音たりうるのかもしれない。そう思ってしまった以上、頭ごなしにその存在を否定する気は無くなっていた。
間違いなく変人奇人のたぐいだし、性格がいいとは言い難いと身内からしても思うけど。視野の広さではいまだテンちゃんに敵わないようだ。
《人生経験の差ってやつさ》
なにさ、一心同体ならぬ異心同体なんだから同い年のくせに。
名前をつけるのなら敗北感。
でもあまり居心地は悪くないそれを抱いて、今日の私は眠りについた。
当作品には独自解釈および独自設定が多く含まれます。
原作との混同にご注意ください。