「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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感想、誤字脱字報告もありがとうございます。

前回は思った以上に握手できる読者様がいて千手観音は言い過ぎでも阿修羅では手が足りないありさまで芝でした。
さほどプレイヤー人口の多い遊びではないはずなのですけどね。やはり読者層って作者と似通うのかしら?


未来を見据えて

 

 

U U U

 

 

 うーん? ダメだな、まだ今一つ攻撃性を捨てきれていないぞ。

 

 さっきも『テンちゃんは経済的に自立もしていない子供にたかるような真似はしないよ』なんて言いそうになったし。

 うん、それはダメだろう。年下の懐事情を心配するのとはまったく別の話だ。小さい子同士のプレゼント交換を全否定する暴言である。

 というか、私たち中央のウマ娘もレースの賞金があるとはいえ社会的立場はまだまだ子供。平均的な同年代と比較すれば自治と自律に富んではいても自立しているとは言い難く、先輩方を含め広域に突き刺さるブーメランである。冷静な頭から湧いてくる言葉のチョイスとは思えない。

 吐いた言葉は戻らない。傷つけるのは一瞬で済むが、傷を癒すのには長い時間が必要となる。

 こんなことで誰かを傷つけたことを悔やむのも愚かというもの。慎重を心がけながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「子供なんだから子供のできるベストでいいでしょ。テンちゃんはそれで喜んでくれると思うよ」

「はあ? ガキ扱いするな」

 

「若く見られて腹が立つうちは心が幼いのさ」

「ちっ、うるせえ」

 

 すねたようにそっぽを向いた少年は、目を合わせないまま次を聞いてきた。

 怒りか羞恥か、その頬はリンゴのように赤く染まっている。

 

「……だったら。何がいいと思う? リシュの欲しいもの言ってみろよ」

「私の欲しいもの聞いてどうするのさ」

 

「顔だけは似ているんだから、何かの参考にはなるだろ?」

「私とテンちゃんじゃけっこう嗜好が違うし、参考にならないと思うんだけどなあ」

 

「いいから! はやく言えって」

 

 なんか強引だな。

 まあ別に、わざわざ反発するほどのことでも無いか。

 

「美味しいものなら何でも嬉しいかな。シリアルバーとかいくらあっても困らないし」

「食ったら無くなるじゃねえか!?」

 

「それの何が悪いの?」

 

 趣味に合わないものをもらっても捨てられないゴミになるだけだ。

 だったら食べれば無くなってしまうものがいい。たとえ嗜好に合わずとも食べてしまえばそれで終わるし、美味い不味いの感想で盛り上がることもできるだろう。

 そうやって思い出も楽しい気持ちも、一緒にいれば次々と追加されていくのだ。わざわざ古いものを記念碑と共に残しておかねばならないほど、まだ私たちは年を取っていない。

 そんな私の小難しい理屈を、小さな子供でもわかるようにかみ砕いて説明してやった。

 

「食べれば血肉になってトレーニングに活かされ、それは勝利の糧となるんだから、そう悪いものでもないと思うけど」

「…………」

 

 少年はむすっとしかめっ面をしたまましばらく沈黙していた。

 理屈はある程度理解できても共感には至らず、むしろ感情的には反発している。だがその反発のまま即座に反論するほど考えなしではない、というところか。

 思ったより理知的だ。少し評価を上方修正する。

 沈黙を破った彼はますますふてくされた表情で吐き捨てるように言った。

 

「わかったよ。それで考えてみる。用意できたらついでに、情報提供料としてリシュにも分けてやるよ」

「ふーん」

 

「いいか? あくまでついでだからな! 勘違いするなよ!」

「はいはい」

 

 勘違いって何をだよ。

 こちらはふと暴言が口を突いて出ないよう注意を払うのに忙しいんだけど。青少年の心を守ってやらねば。傷つけようとしているのも私だけど。

 

《なるほどねえ。こっちが本命だったか》

 

 テンちゃんはコイツが何考えているのかわかるの?

 

《ぼくが子供たちにとって『親しみ溢れるテンねえちゃん』だとすれば、リシュは『あいつのいいところを知ってるのは俺だけだよな』ってポジションだってことだよ》

 

 なんじゃそりゃ。

 

「お、リシュはっけーん!」

 

 鼓膜を貫通し頭蓋の内部で反響するような特徴的な声が響く。

 うげ、クソガキが増えやがった。

 

《その反応はひどくない? いちおう相手は旧家のご令嬢だぞ。ま、クソガキなのは否定しないけども》

 

 どうでもいい疑問を脇に置き、新たな闖入者に精神を備える。

 声の主はぴょーんと身軽に少年を飛び越えると、ホップステップジャンプとばかりに私が腰かけていたジャングルジムのてっぺんに軽やかに着地した。見事な身体能力だ。あと距離の詰め方がエグイね。

 

「なにしてるのー?」

「……見ての通り近所の子供と雑談中だよ、テイオー」

 

 トウカイテイオー。

 眉目秀麗な者が多いウマ娘の中でもひときわ華がある娘である。

 前髪にひとすじ流れる白い流星はかのシンボリルドルフ会長とおそろいであり、実際に血縁があるとか同門だとか。噂は小耳に挟んだがあまり興味がなかったので詳細は知らない。

 ただ、ルドルフ会長の方からも目をかけられているというか、公平無私な生徒会長な彼女には珍しく甘い一面を見せることが多いそうだ。おねだりされ生徒会の業務を差し置いてカラオケに同行した等の話を聞く。

 

 テイオーは今年度新しく私たちのアオハル杯チーム〈パンスペルミア〉に加入してきた新入生の一人だ。

 他の試験を潜り抜けてきたメンバー、リボンやジュエルなどの中央に多くの功績を残してきた名門の子たちの中でもその才覚は群を抜いている。

 

「あ、ごめん。気づかなかったや!」

 

 ただそのせいか、無邪気に傲慢というか。

 いや、大言壮語こそ多いが言うだけのことはやっているし、実力に見合うだけの努力家だし、傲慢という言葉から連想されるイメージにはあまり合致しない子なのだけども。

 身体測定のたび身長に一喜一憂しているお年頃の男の子を物理的に飛び越えた挙句、こんなことを面と向かって言い放っちゃう子ではあるのだ。興味がないものは視界に入っても認識しないというか。

 彼女からは努力の境界線の向こう側にいる者特有のオーラが溢れている。いわゆる天才というやつ。私やマヤノの同類だな。それぞれタイプは違うけど。

 

「……おいリシュ、何なんだよコイツ」

「さあ、何なんだろうねー」

 

 少年が気圧されつつも不機嫌そうに問いかけてくるけど、実のところ私もテイオーのことがよくわからない。

 愛称で呼び合う程度には近しい相手。だが親しいかと言われたら首をかしげたくなる。むしろもっと険悪で然るべき相手のはずなのだ。

 

 今年チームに参入してきた子たちは自分で言うのも何だが単純に事実として私のファンが多いわけだが、テイオーはそうではない。

 彼女はシンボリルドルフ会長の熱心なファンであることを公言しており、デジタルのような箱推しはしていない。彼女の偶像(アイドル)はただ一人、無敗の三冠を成し遂げた永遠の皇帝だけだ。

 

「えー、ひどーい! ボクはきみのチームのかわいい後輩だろ?」

「たしかに同じチームの後輩だね。顔がいいのも否定はしない」

 

《グッドルッキングホースだもんね》

 

 そんな彼女がなぜルドルフ会長所縁のところではなくわざわざうちに入部してきたかというと、この〈パンスペルミア〉の所属ウマ娘こそがルドルフ会長以来の無敗のクラシック三冠を成し遂げるのではないかと世間から期待の声が上がりつつあるからだったりする。

 

――どこのチームにいこうとボクが勝っちゃうのは変わらないしー? カイチョーと同じチームで走れたらサイコーだったんだけど、カイチョーはもうドリームトロフィーリーグの方に行っちゃってるしー。だったらボクの前に無敗の三冠を成し遂げるかもしれないっていうウマ娘を間近で拝んでおこうかなーって。

 

 試験をあっさりとパスした彼女は大胆不敵にもそう言い放っていた。

 テイオーの態度はともかくとして。

 

 現在、クラシック路線ではここまで無敗のG1ウマ娘の私とマヤノがツートップと目されている。

 残りのジュニア級G1である阪神JFを制したウオッカはつい先日ティアラ路線第一戦の桜花賞に出走した上、そこで惜しくもスカーレットに及ばなかったため評価を落とした。

 

 ジュニア級で皐月賞と同じ中山レース場2000mのG1ホープフルステークスを取り、クラシック級に入ってからもまるで自分に何ができるか試すかのように七色の脚質を見せる新進気鋭の優駿マヤノトップガン。

 ときに最初から最後まで先頭を譲らぬ逃げ、ときに最後の直線で一気にまくって上がってくる追い込み。そんな派手な勝ち方が多い彼女の方が世間一般での人気と評価は高い。

 

 私は弥生賞では教科書通りの好位抜け出しで、過不足の無い一バ身の勝利を飾った。なんか気が付いたら勝っていると言われるタイプの勝ち方であり、その前の朝日FSで大衆にもわかりやすい大差勝ちをしていた分なんだか余計にガッカリされた感がある。

 いや無理だからね。年がら年中あんな走り方していたらクラシック級終わる前に脚ぶっ壊れるから。私の全力に耐えきれるほどまだ私の身体は成長しきってない。

 

 アオハル杯のチームは公式のそれに比べ参加も脱退も容易である。キャパシティを超過しかけたせいで入部試験が開催された前回が例外的だっただけだ。

 だから『ちょっと気になる相手を間近で見るために同じチームに所属する』というのはアオハル杯の適切な活用法と言えるだろう。

 

 そんな経緯で〈パンスペルミア〉に入部したテイオーだったわけだが。

 テンちゃんは出会い頭にぶちかました。

 

――その走法、変えた方がいいね。ダービーまでは無敗を貫けるだろうけど、菊花を走る前に壊れるよ。

 

 はっきり言って、これはありえないくらいのタブーである。

 私がウマ娘ではなくトレーナーなら何らかの処分が学園から下ってもおかしくないほどの明確なルール違反だ。

 ウマ娘の走法は物理学や生物学から半ば逸脱している。たとえばハルウララ先輩がそうだが、俗に女走りと呼ばれるような、脇をほとんど開けず上半身を捻って走る走行フォームがそのウマ娘にとってウマソウルから導き出された最適解だったりするのだ。

 そしてウマ娘も自分のことを客観視もすれば、年相応の見栄や羞恥心もある。傍目には無様に見えるフォームが自身にとっての最適解だったりすると、そのことに強いコンプレックスを抱いてしまう。その点、まったく気にした様子の無いウララ先輩はたくましい。

 

 だから生半可な覚悟で相手の走り方にケチをつけてはいけない。自身がどのようなウマソウルを宿すかはウマ娘が決められることでも、そして嫌だからといって変えられることでもないのだから。

 それを許されるのは当の本人と、そのトレーナーだけ。それは私たちウマ娘にとって暗黙の了解であった。

 

 だからきっとこれは、テンちゃんが変わった点のひとつだ。

 

 ミホノブルボン先輩と話して、決定的に変わった優先順位。その発露なのだろう。

 テンちゃんは自身がタブーを犯したことを私に謝らなかった。つまりそれは謝罪しなければならない過ちではないということだ。何度同じ状況になっても同じ選択を繰り返す。そういう決意のもとに放たれた言葉であるということだ。

 たとえ罪悪感はあっても、許されるためだけに謝るようなことはしない。

 テンちゃんはそういうところがある。器用なのか不器用なのかよくわからない我が半身だ。

 

 私は別にトウカイテイオーとやらがどうなろうと構わなかったので、テンちゃんの意志を尊重した。結局のところ、どこまでいっても私はどこか歪んでいるのだろう。

 自分の中だけで関係性が完結できてしまう。だから周囲からの評価を気にせず選択できる。もちろん社会の中で生きていく以上は不都合が生じない程度に評判を気にしているわけだが、いざというときのフットワークの軽さが違う。

 両親にたっぷりと愛情を注がれていなければ、視界に頻繁に紅のツインテールがちらついていなければ、私はもっともっと浮世離れしたウマ娘になっていたかもしれない。

 

 テイオーステップと称されるトウカイテイオー独自の走法はまるで溢れるような光を放っており、それが彼女のウマソウルに合致していることは傍目にも明らかだった。

 そこにケチをつけたのだ。まあ当然の帰結として私たちとテイオーの関係は険悪な空気から始まったし、その非は全面的に私たちの方にあった。

 

 でもたしかに、テイオーステップは『勝つ』という意味では極上の逸品だったが『勝ち続ける』という面では欠陥品だ。

 天稟の柔軟性から繰り出されるのびのびとした大きなストライド。他の誰にも真似できない彼女だけの走法。

 だがもともとストライド走法というのはピッチ走法に比べ、足への衝撃を始めとした身体への負担が大きくなるとされている。

 彼女の特長たる柔軟性もこの面ではマイナスに作用した。

 普通、身体が柔らかいというのはよい意味で捉えられる。実際アスリートにとって欠点とは言えまい。少なくとも身体が硬いことで発生する怪我を負うことはない。

 だが普通より柔らかいというのは、本来の可動域を超えた部分で動作が可能ということだ。骨格的に本来想定しなかった方向から負荷が加えられるということだ。

 テイオーの豊かな脚力から生み出されるストライド走法の莫大な衝撃が、骨格の最適解とは異なる方向から与えられ続ける。

 

 まあ足の骨が折れるだろう。

 

 全力で走るのが一回や二回ならともかく、トゥインクル・シリーズでライバルたちと切磋琢磨を続ければ『最初の三年間』は走りきれまい。テンちゃんが言った通り、きっとダービー前後で限界が来る。

 それがテイオーの走法を模倣し、自分の身体で確かめてみた私の結論。

 だがこれはテンちゃんの発言を基に蒐集する情報を取捨選択し、さらに自身の走法とテイオーの走法をその身で比較するという規格外な手法で導き出したものだ。

 仮に日本有数に有能なトレーナーが集まるトレセン学園であったとしても、現在進行形で輝いているテイオーから破滅の予兆を見いだせというのはなかなかハードルの高い要求だろう。

 

《たとえそうだとしても、怪我をさせた時点で指導者としては三流以下さ》

 

 いやはや。テンちゃんは手厳しいね。

 万人が認める正しい理屈だからといって、実現困難な理想論ではないという保証はどこにも無いのに。

 

 念のため言っておくと、別にストライド走法そのものが故障に繋がる危険行為というわけではない。

 ストライド走法の遣い手で有名なウマ娘と言えば他にゴールドシップ先輩が挙げられるが、彼女はトゥインクル・シリーズでも指折りの健康優良児だ。

 ただ彼女の場合もともと見るからに頑丈な体格の持ち主ではあるし、力を抜くときはしっかり抜いている。たまにそれで惨敗することもあるがさておき。

 どんなレースでもきらきらと全力で疾走し、ぐんぐんと後方との距離を開いてゴールする小柄なテイオーとはいろいろと前提が異なるのだ。

 

「今日はトレーニング休み? それともサボり?」

「やすみ。イメージトレーニングはさっきまでしていたけど、今日は身体を動かさない日」

「だったら一緒にカラオケいかなーい?」

 

 まあそんなわけで出合い頭にいろいろとゴタゴタがあったわけだが。

 今のテイオーはまるで人に懐いた子犬のように私を見かけると近寄ってくる。

 いや、なんで?

 何が彼女の琴線に触れたというのだろう。あれか? ただ立証のために模倣しただけでは何となく時間と労力がもったいない気がして、改善案の実物をテイオーとそのトレーナーに披露したやつか?

 

 別にそこまで無茶苦茶なことをやったわけじゃない。他者の走法を模写するというのはジュニア級の頃から試みていたことだ。

 バクちゃん先輩。あの人は間違いなくトゥインクル・シリーズの歴史に名を残す天才ではあるが、こと勉学という方面で言えばおつむの出来は残念としか言いようがない。

 圧倒的スプリンターにも関わらず中長距離のG1を目指すあの人の熱意と自信は本物で、応援したいと心から思っている。しかし、どれだけ控えるとか息を入れるとか理屈を説いても十分に伝わらなかった。

 だからいっそ『これが長距離を走るときのバクちゃん先輩です』と見せてしまえと思い密かに練習を重ねてきたのだが、これがなかなか形にならない。格上であるバクちゃん先輩の走法をトレースしきれるだけの実力がまだ私に無いというのもあるだろうけど。

 練習とレースを外から見ただけじゃあ最後のピースが足りていない感じがするんだよなぁ。いつかトゥインクル・シリーズで対決する日が来た時、そこからが本番になる予感が漠然とある。

 ……勝負は今年のスプリンターズステークスかな。

 

 ともかく、テイオーは別に距離適性の壁を打破したいわけでもなかったし、ぶっちゃけジュニア級の彼女はクラシック級の私にとって格下だった。

 別に完全にテイオーステップを封印しなければならないわけでもない。必要な時に必要なだけ。私が無自覚にやっていた多段変速ギアを組み合わせて、それっぽく仕上げればいいだけの話だ。

 いくら同じチームの後輩とはいえ付き合いの浅い相手。べつにどうなっても構わなかったので、逆に気負わず力を抜いて作業に打ち込めたという側面もある。

 まあだから、テイオーからしてみれば最悪の初対面から三日で改善案を形にしてきたように見えたのかもしれないけど、実際は他者の走法を模倣する一年近い練習期間プラス三日の成果だ。

 種も仕掛けもある手品。ド派手な幻想に見えても現実なんてそんなものである。マヤノだって興が乗れば似たようなことができるだろう。

 

「おっと、どこいくの?」

「あ、えと」

 

 おずおずと後ずさりしてフェードアウトしようとしていた少年の背中をむんずと掴む。

 気持ちはわからんでもない。テイオーには他者に道を譲らせる覇気のようなものがある。今は本人の未熟さゆえに、小突き回したくなるような『小生意気さ』の域を出ていないけど。

 きっとその未熟さも、少年視点では年齢差のフィルターで見えていない。すでに至った私たちからしてみれば中等部はまだまだ幼さすら残る子供だが、下から見上げれば十分に大人の壁の向こう側の存在に見えるはずだ。

 私がうっかり彼と接触するまではイメトレしていたと漏らしたことも引け目に感じさせる一因になっているかもしれない。

 

「あ、えーと……オレ、邪魔っぽいから」

「でも先にいたのはそっちだ。後から来た方を何の理由もなく優先するのは不義理」

「その子も一緒でいいよ? ボクおごっちゃうからさ」

 

 ナチュラルにお嬢様発言をするテイオー。

 さすが一杯四桁に達するはちみーなるドリンクを常飲しているだけある。経済感覚が私とは根本的に異なるのだろう。

 ただまあ、だからといって同意するかといえば話は別だ。

 

「中等部のおねーさまがたに男ひとりで拉致られちゃあ、この子も肩身が狭いでしょ」

「べ、べつにびびってなんかいねーし!」

「はいはい」

 

 威嚇するハムスターのような少年に手を振ってなだめる。

 考える。テイオーは距離が近いが、別に親しいわけではない。二人っきりでカラオケにいくような友達ではない。

 

「何か聞きたいことがあるのならここで聞くよ?」

「……」

 

 つまり何か別に目的があるのではないかとあたりを付けると、案の定テイオーは一瞬黙った。周囲に聞かれたくない話をする場としてもカラオケボックスは最適だからね。

 

「じゃあ聞くけどさぁ――」

 

 意外だ。半分くらいは『なら今日はいいや』と帰らせるために言ったのに。

 そこまでして今聞きたいことなのかと、少しだけ心構えしつつ脳内で候補となりうる情報を羅列していく。

 

「次の皐月賞。勝率はどのくらい?」

「九割九分」

 

 即答である。悩むまでも無い。

 なんだそんなことかと拍子抜けする。ノーヒントだろうとノータイムだ。

 

「本当に? 世間の評価はマヤノの方が高いよ?」

「マヤノはたしかに天才で実力者だけど。まだ私の方が強いよ」

 

《一パーセント、負けるんだぞ?》

 

 そうだね。百回に一回しか勝てないとしても、その一回を常に本番で引いてくるウマ娘はいる。

 レースは一発勝負。偶然も事故も不運もいくらでも起こる。そしてまぐれだろうが何だろうが、一着で駆け抜けた者がそのレースの勝者だ。冠をかぶる権利を得る。

 だが、それでもだ。

 レースに絶対はないが、順当はある。事故やまぐれ()()で覆せるような試合運びをする気など毛頭ない。

 

 いまだマヤノは私に及ばない。余程のことがない限り私が勝つ。

 

《それフラグじゃね?》

 

 そうかな? そうかも。

 

 思い出す。

 そういえばテイオーとテンちゃんは賭けをしていたのだっけ。

 ウマ娘らしくレースの結果で。といっても直接対決したところで勝敗はわかりきっていて賭けにならないから『私たちが無敗のクラシック三冠を成し遂げられるか』という内容となっている。

 私たちが無敗でクラシック三冠を成し遂げることができればテイオーは走行フォームを矯正する。

 逆に目標半ばで破れるようなことがあれば私たちは自身の発言の非を認め、彼女に謝罪する。

 

 いささか懸かっているものを鑑みるに、テイオーの方がリスクが高い気がする。まあそれだけ誇りを傷つけられたのだろうと思えば、テンちゃんのやったこととはいえ私も少しばかり申し訳ない気持ちが湧かなくもないか。

 ウマソウルの導き出した走法は自身の魂の発露だ。あからさまに否定されては傷つくのが道理だろう。

 

 ただそれはそれとして、フォームを矯正する気があるなら早めにやった方がいいとも思う。

 私たちの出した改善案は必要な時に必要なだけ加速すると言えば聞こえはいいが、言ってしまえば『必要のないときは力を抜いて遅くなる走法』だ。

 人間が太るような食生活をしているときは快楽を感じ、痩せるときには苦痛を伴うように。ウマ娘という生物は速くなることに本能的な快楽があり、逆に遅くなることには生理的嫌悪を抱く。

 もともとフォームの矯正は年単位でかかったりするのだ。いくらテイオーが自他ともに認める天才とはいえ、本能に逆らった新フォームをものにするのはかなり苦戦するはず。

 そしてテイオーは間違いなく歴史に名を残す優駿の一人だが、あいにく昨今の世代はそういう伝説の種がひとつやふたつではない。

 

 メジロマックイーン。

 学年的には私たちと同じの、あの名門メジロ家の秘蔵っ子。

 その潜在能力の高さは入学前の段階から既に天皇賞の盾に届きうるステイヤーともっぱらの評判だったのだが、入学直後に骨膜炎を発症し残念ながらデビューは一年遅れることとなった。つまりトゥインクル・シリーズにおいてはテイオーの同期となる。

 いやまあ、『遅れる』というと語弊があるというか。入学直後の年にそのままデビューした私たちの方がペースとしてはおかしいのだから。メジロマックイーンさんは全然足踏みなんてしていない。入学二年目でトレーナーがついてデビューできるのなら十分この学園では早い方だろう。

 

《サクラバクシンオーとライスシャワーとミホノブルボンが同期で、ああここは史実通りの92世代メンバーが固まってるんですねーと安心していたらこれだよ。

 後輩がトウカイテイオーとメジロマックイーンで、しかも二人は同期? そのくせナイスネイチャあたりはちゃっかり92世代より上の学年で先輩だし。本当にこの世界線の時系列はスパゲティだなあ。まあゴルシが先輩って時点で今さらではあるが》

 

 テンちゃんが何やらブツブツと嘆いてるが放置の方向で。

 メジロマックイーンさんは紛れもなくテイオーに匹敵する天才。万全でないテイオーが無敗の三冠を貫ける相手ではない。

 今の走行フォームのまま走っても、テンちゃんの忠告を受け入れても、結局のところはどちらも変わらぬ茨の道。覚悟も努力も大前提。時間はいくらあっても足りるものではない。

 仮にも私は彼女の先輩だ。自身がコミュ障であることは承知の上だが、少しくらいは彼女の未来を憂慮してアドバイスのひとつでも送ってやった方がいいのかもしれない。そう思いながら口を開いた。

 

「どうせ私が勝っちゃうんだから、今のうちからフォームの矯正始めておけば?」

 

 あれ? なんか違う?

 

 賭けの結果だろうが何だろうがウマ娘の命たる走法を矯正してもいいと思い始めているのなら、それはもう必要性を認めて心が半ば動いている証拠。

 プライドが邪魔しているのかもしれないけど、甘えを残したまま勝ち進むことができる世代じゃない。私の勝敗なんて気にしないで早めに動けば?

 

 そういう内容をテイオーが受け取りやすいように、彼女の口調に合わせて伝えたかっただけなんだけどな。

 料理下手な人が自分の下手さを自覚するのはいいんだけど、それを工夫で補おうとして壮絶な創作料理が完成するみたいなことになってない?

 

 まあいっか。言い直すのも面倒だ。

 これで終わらせてしまうから、いつまでたっても私はコミュ障のままなのだろう。

 

 唖然とするテイオーを前に、私はただ空を仰ぐのだった。

 

 

 




次回、マヤノ視点

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