「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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ふー、アイネスピックアップ中というのは守れなかったが、なんとかダービーに間に合わせることができたぞー
今回はNHKマイルカップまでだから短め。3話ほどの更新予定。

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体調気遣ってくれた人もありがとなす!


世代最速
降って湧いた暇を満喫する


 

 

U U U

 

 

 実のところ、私とスカーレットとの距離感というのは実に表現し難いものだ。

 腐れ縁と称しているのは何も思春期の気恥ずかしさだけが要因ではない。

 中央にいると感覚がマヒしそうになるが、あれでスカーレットという少女は地元では名門出身の才媛だ。

 

《そういうのがゴロゴロしているのが中央だからな。進学というのはやっぱり人生の視野が変わる転機だね。それで生きやすくなることもあれば、息がしにくくなることもあり》

 

 今の私はどちらなのやら。中央に来たことを後悔したことはないけど。

 

 さて、それが何を意味するのかというと、つまり中央では落ちこぼれ扱いされているような生徒でも地元ではスクールカーストの頂点だったのである。いわんや中央ですらトップに食い込んでいるような優駿をや。

 スカーレットは、それはもう地元では緋色の女王様だった。

 それを当人が望んでいたかは別として。成績優秀でスポーツ万能の優等生、しかも努力家で面倒見も悪くない。なにより美少女だ。

 これで下位に属するとなればスクールカースト頂点組によっていじめの対象に指定されたときくらいだろうが、あいにくスカーレットは名門の子女。

 

《もともとこの世界ではウマ娘の名門というのは強い影響力を持っている。親の顔色を窺って子供も右に倣えするものだ。約束された勝利と君臨だよねえ》

 

 まだ中等部二年という人生経験ヒヨコさんクラスの私ではあるが、大人が思っているほど子供の視野というのは狭くない。

 小学校だろうが何だろうが人間の集団である以上、組織内部のパワーバランスやそれがもたらす関係性というのはどこも大差ないようだ。勝ち目のない相手なら敵対しない。その配下に加わって少しでも甘い汁を啜ろうと有象無象たちが集ってくる。

 つまるところ、スカーレットには友達と言う名の取り巻きがたくさんいた。そしてスカーレットもあの性格だからちやほやされるのは嫌いじゃないし、頼られたら奮起してそれに応えようとする。その結果彼女を慕う人間はどんどん集まっていき、スカーレットの仲良しグループは学内でも最大規模を誇っていた。

 

 一方の私は一匹狼だった。

 ……ナリタブライアン先輩みたく自ら選んだ孤高ではなく、結果的にそうなったというだけのぼっちだけど。

 いやどうだろう。それを修正するべき欠点とも思わず、逆にこれさいわいと本来人付き合いに使うべきであろう時間を趣味の読書に費やしたり、将来のためトレーニングに励んだりしたあたり、自分の意志で選んだと言えないこともないのか。

 

《我が道を行きすぎる娘をあたたかく見守ってくれた両親には感謝の念に堪えないね》

 

 いやまったく返す言葉がない。

 

 さいわい、いじめのような事態は発生しなかったが。テンちゃんが小まめに種を啄んでいなければどうなっていたことやら。

 私はコミュ障ではあるが、コミュ障とセットになってることが多い自己否定は患ってはいない。殴られたら経緯はどうあれひとまずしっかり殴り返すタイプである。

 そしてこれは中央のウマ娘にもだいたい共通する性質ではあるが、やるからには徹底的。そうでなければ中央(こんなところ)に流れついたりはしない。

 テンちゃんに守られていたのはいったいどちらだったんだろうね。

 

 ともあれ、スカーレットの方から何かと絡んでくるから接点こそ多かったものの、彼女の仲良しグループの中に組み込まれていたかといえば否であろう。

 大仰な言葉を使ってしまえば、住んでいる世界が違ったのだ。

 

《いまの距離感が近いように感じるのはあれだ。県を跨いで進学や就職したときこれまで同じ町内でさえ興味が無かったのに、同じ県出身ってだけで親近感が湧くのと同じ理屈だな》

 

 中央に来て一年の月日が経過した。その間に私を取り巻く環境や周囲の評価は激動といってもいい変化を見せた気がするけど。

 それに伴い、私とスカーレットの関係も何か変わったのだろうか?

 私はいまだに彼女との関係性を示す言葉として『腐れ縁』以上の適切なものを見つけられていない。

 

 

U U U

 

 

 うーん、まいったな。時間がぽっかり空いてしまった。

 

《ごめんねえ。せっかくリシュが貴重な休日の枠を確保してくれていたっていうのにさ》

 

 今日はテンちゃんのオンラインセッションなるものが開催される予定の日であった。しかし当日になって参加者の一人に急用が入り、急遽取りやめになってしまったのだ。

 まあそれ自体は仕方のないことだと思う。

 

《遊びはあくまで遊び。無理をしてまでやるようになってしまったらそれはもはや義務やノルマだ。楽しくないし、気晴らしにもならない。リアル優先なのは大前提だから》

 

 たとえテンちゃんがとても楽しそうにノートパソコンの前にルールブックやサプリを並べていたとしても、それが無駄になって露骨にガッカリしていても、仕方のないことなのだ。

 何より本人が納得しているのが伝わってくるので、それを私がどうこう言うのは筋違いというものである。

 

 さて、どうしたものかな。

 平均的な中央所属のウマ娘なら自主トレを開始してしまうのかもしれないけども、あいにく私はいろんな面で平均から外れている。

 オーバーワークは逆効果だ。

 今日は調整のみに留め本格的なトレーニングをしない日と決めている。加えて、今の私は三冠路線の真っ最中。下手に予定を動かすと、この短期間でG1を複数こなす過酷なローテーションの全体像を見直す必要すら出てくる。

 

 うーん、図書館で何か本でも読もうかしらん。

 読書家として有名なロブロイ先輩ならおススメの本を教えてくれるだろう。彼女とは趣味が近いのか、推薦図書にいまのところハズレは無かった。

 丸一日読書に費やすのも悪くはない。悪くはない、のだが。

 

 でもなぁ。

 ちらりとカーテンの隙間から外をのぞけば呆れるほどの快晴。

 どちらかといえばインドア派な私であるが、外を走り回るのが嫌いならこの歳まで黙々とトレーニングを重ねたりはしない。

 こんないい風が吹いている日に室内にこもりっぱなしというのも、少しばかり勿体ない気がする。

 

 誰か誘って遊びにいこうかな?

 

《今日ならたしか、ダスカの休みと重なっていたはずだぞ》

 

 そうなの? そういう情報をどこから拾ってくるのやら。そういえばテンちゃんはスカーレットの担当でもあるゴルシTとコネクションがあったんだっけ。

 じゃあスカーレットでいいか。

 スマホを手に取りLANEを立ち上げ、スカーレットに今日これから一緒に遊ばないかとメッセージを送る。休みだからといって彼女に用事がないとは限らないが、断られたならそのときはそのときだ。

 

《時代だよなぁ。同じ寮にいるのにスマホを使うなんてさ》

 

 んーちょっと年寄り臭いよ?

 いま部屋にいるかもわからないのにわざわざ足を運ぶくらいなら、スマホで連絡取った方が確実で効率的じゃないか。ものぐさな私と違ってスカーレットは常にスマホを持ち歩いているし、何か通知が入ればこまめにチェックして返信しているわけだし。

 

《おおう……想定していたよりも刺さるもんだな》

 

 何故だかテンちゃんが脳内で胸を押さえ、ふぐうっとダメージを受けている。

 

 メッセージを送信してからしばし、この広い栗東寮の廊下と扉を突き抜けてなじみ深い怒声が聞こえた気がしたが、たぶん気のせいだろう。優等生サマが寮長に叱られるような大声を出すはずがないもの。

 もう少し文章を装飾すればよかったかな? まあいいかと呑気に既読がついた画面を眺めていると、数分も経ってからようやく了承の返事が来たのだった。

 

 

 

 

 

「アンタねぇ! こっちにも都合ってもんがあるんだから少しは考えなさいよ!」

 

 てきとーに指定した待ち合わせ場所に来たスカーレットは最初からフルスロットルだった。

 でも口では何だかんだと文句を言いながら、しっかりお洒落な私服で来てくれている。

 白の肩出しホルターネックにチェックのプリーツスカート。ファッション誌の一ページを占領していても違和感のない出で立ち。当人のスタイルも相まってとても中等部には見えない。

 私と並んでいるところを見た何人が同い年だと気づけるだろうか。

 

「ありがと、急に誘ったのに来てくれて」

「……そういうとこはしっかりしてるのよね」

 

 何を仰るのやら。

 私は両親にきっちりしつけられて育ったのだ。基本的には礼儀正しいぞ? ただ少しばかりコミュ障をこじらせているだけだ。

 

「だいたい、今のリシュに遊びにいく余裕なんてあるの? 皐月賞だってギリギリだったじゃない。あれ、あと一秒立て直すのが遅れていればマヤノに差し切られてたでしょ」

 

 少しだけテンションを落ちつけてスカーレットが言葉を紡ぐ。

 まったくの事実であり、反論の余地が無かった。

 あるいは私たちが私だけだったら負けていただろう。そのくらい鮮やかにマヤノにはめられた。

 マヤノがあの深さまで潜ってこれるとは予想外。いや、あのタイミングで的確に決めてきたのだから隠していたと見るべきだろう。そして私は気づけなかった。

 でも、もう既知だ。

 次に相まみえるのは菊花だろうか。同じ手が二度通用するとは思わないことだね。

 

「へえ、見てくれたんだ」

「とーぜんでしょ。今のクラシック級のウマ娘であれを見ていないやつがいるならただのバカよ」

 

 マヤノにしてやられたことに関して、悔しさがないとは言わない。

 テンちゃんの手を煩わせずに勝てるのが理想的だったのもまあ、否定はしない。

 でも予想外ではあっても、想定外ではない。

 私たちがいま走っているのはトゥインクル・シリーズなのだ。それも歴代稀に見る綺羅星のごとき優駿が集う世代。

 たしかに私は脚の負荷を鑑み全力を出さずに勝ってきたが、それは本気にならずとも勝てる戦場と思っていたわけではない。

 ふたりがかりの本気の走りでなければ勝てなかった?

 そんなの当たり前のことだろう。

 だからまあ、遊びにいく余裕なんてあるのかという問いに答えるのであれば。

 

「遊びに行く余裕を失くして手に入る“三冠”なら苦労は無いよねえ。毎年何人も三冠ウマ娘が生まれそうだ」

 

 むしろマツクニローテを走る私にとっては必要以上のトレーニングの方が悪影響である。

 しんどい思いをしなければ勝てないというのはある種の事実だが、よりしんどい思いをした方が勝てるというほど世界は均等でも平等でもない。

 なまじ努力の成果を知っているだけに中央のウマ娘は不安を誤魔化すためハードトレーニングに走りがちだ。そして身体を壊すところまでがセット。

 休むべきときに覚悟を決めてしっかり休むのも重要なアスリートのおしごとなのだ。まあ、私は特にこれといって覚悟を決めて遊んでいるわけではないけど。

 いまさらハードトレーニングで誤魔化さなきゃいけないような不安、私には無いもの。

 

「ふん、ちゃんと考えてるならいいわ」

 

 腕を組んで呆れた表情をつくり、流し目で鼻を鳴らすスカーレット。でもシニカルな私の言動にもしっかり付き合ってくれるんだよな。

 ちなみに彼女が私の皐月賞をしっかり研究しているように、私もスカーレットの桜花賞を見させてもらった。

 根性とスペックにものを言わせた先行策からのごり押し。一番にこだわりを持つ、いかにもスカーレットらしい勝ち方をしていた。見ていてちょっと笑った。

 

 さて、諫めるようなことを言っているがしっかりお洒落をして来てくれたわけだ。今日はこのまま同行してくれるつもりなのだろう。

 だったら誘った身としては少しくらい雑談で雰囲気をやわらかく、かつ盛り上げていく努力をするべきだろう。こういうときはとりあえず褒めておけって何かで読んだ。

 さいわいにも褒める項目には事欠かない相手だ。

 

「ところで華やかな服だね、スカーレット。よく似合ってる」

「ふふっ、当然でしょ! アンタの方は……まあ、悪くないんじゃない?」

 

 しごく微妙な視線と評価をいただいた。

 そんな私の今の服装。

 淡いグリーンのパーカーに紺色のジーンズ。靴にいたっては運動靴、髪は動きやすさだけを考えて髪用の輪ゴムでまとめているありさま。女子力を明後日の方向に全力で投げ捨てたスタイルと言われたら反論できない。

 反論はできないが言い訳が許されるのであれば、別にカワイイ服を持っていないわけではないのだ。マヤノやデジタルと一緒に買いに行った、それなりに値の張るいいものがちゃんとある。

 ただ今日は出かけるつもりがなかったから洗濯のローテとか、今日の気候に合わせたラインナップとか、そういうあれやこれやの要素が噛み合った結果こんな惨状になってしまったのだ。

 

《パーカーにジーンズは現代転生者のテンプレ装備みたいなもんさ。ぼくらの場合は素材がいいお陰で着飾らないお洒落みたいな品が漂っているよ》

 

 テンちゃんはそう言ってくれるけども。

 トゥインクル・シリーズの出走者がアイドル的な一面を持っていることが影響しているのか、中央のウマ娘はお洒落な子が多い。

 これが楽な格好であることには違いないが、着ていて楽しいかと言われると素直に頷きがたいところがある。

 スカーレットのおしゃれ具合を見ていると、もう少し頑張った方がよかったかなぁと後悔しなくもないのだった。

 

「それで、どこに行くか決めてるの?」

「とりあえずゲーセンかな」

 

 二週間前なら花見も候補だったのだが、今となってはもうこの周辺は旬を過ぎてしまっている。

 天気がいいから外に遊びにいくんじゃなかったのか、結局室内じゃないかなどと言ってはいけない。こういうのは部屋にこもらず外に出たという経緯が大切なのだ。

 結果ばかり追い求めていては大切なものを見失うというものだ。

 それにお互い車も持たない未成年。必然的に徒歩となる道中だけで、十分に本日の春を味わうことは可能だろう。

 

「時期的に新しいぱかプチが入荷されていると思うんだよね」

 

 目標設定と共有は大事だって何かの本で読んだ気がする。

 とりあえず本日のお目当てとしては、ウマ娘をモデルにした人気ぬいぐるみシリーズ『ぱかプチ』。

 トゥインクル・シリーズやドリームトロフィーリーグのヒロインたちが三頭身ほどにデフォルメされた手のひらサイズのそれらはクレーンゲームの景品としても有名であり、店舗で購入できないことも無いが景品の方がずっと種類が豊富。

 ぱかプチのモデルに選ばれるのはウマ娘にとって一種のステータスである。それが絶対の基準というわけではないが、目安としては重賞二勝でモデルに選出される。またオークス、日本ダービー、有記念を優勝したウマ娘は限定特別バージョンが発売されるのも通例だ。

 

()()()ではG1二勝が作られる基準だったけど……こっちでは国民的娯楽トゥインクル・シリーズという大前提がある以上、そこに出走するウマ娘は半ば国民的アイドルとしての側面を持つ。そのせいか基準がだいぶ緩めだねえ。まあ需要が桁違いだろうから供給もそれ相応になるわな》

 

 いったいどこの話をしているのやら。G1二勝なんて条件だとごくごく一部ウマ娘のぱかプチしか作成されないだろう。ファンの暴動が起きそうだ。

 まあ言うまでもないが、朝日杯FSを制した皐月賞ウマ娘である私たちのぱかプチも作成されている。レースの賞金ほどがばっと入ってくるわけではないけれど、グッズ展開の利権のあれやこれやで入ってくる収入もバカにならない。

 というか、実のところ最近収入が多すぎていまいち明細を見てもピンと来なくなってきた。桐生院トレーナーが税金の手続きをしてくれているのだが、その引かれる額を見てようやく『こんなに取られるのか』と現実味の片鱗を味わう始末だ。

 

《FXで有り金全部溶かすのってこういう感覚なのかもなぁ。収入も支出も目に見えないところで数字だけ巨大な額が動き過ぎて麻痺するというか》

 

 私たちはまだ真っ当な労働の対価としての数字だからいいけども、これが丁半博打じみた取引で得た金額だったとすればぞっとするね。人生狂いそう。

 

「あっそ、じゃあいきましょ。アタシたちに無駄にしていい時間なんて一秒たりとも存在してないんだから」

 

 そう言ってスカーレットはせかせかと先に歩き始めてしまった。

 うーむ、せっかちだなぁ。

 たしかに三冠路線にせよティアラ路線にせよ、無為に時間を浪費して成果を出せる戦場じゃないのは事実だけど。

 休日と定めた日に春の陽気の中をゆっくり歩くのは、別に無駄じゃないだろう?

 

「ほらなにぼーっとしてんの? おいてくわよ!」

「はいはい」

 

 まあ、スカーレットのそんなところは嫌いじゃないけどね。

 

 

 

 

 

 ゲームセンターイコール不良のたまり場みたいなイメージを抱いている人も一定数存在しているが、意外にも中央トレセン学園の生徒にとってゲームセンターはポピュラーな気晴らしの場として活動範囲に入っている。

 

《あるいはこのゲームセンター側の努力の成果かもね。若い女の子が気軽に入りやすい雰囲気を作ることに成功している。それこそ、ぱかプチのクレーンゲームとかいい客寄せパンダじゃないか》

 

 なるほど、言われてみれば。

 ぱかプチのクレーンゲームは外から目につきやすい位置に設置されている。あれを見てゲームセンターへの一歩を踏み込んだという子も多いのではなかろうか。

 またぱかプチのクレーンゲームは他の筐体に比べ明らかにアームの強度が強い。ぬいぐるみの配置のされ方も、上手い者なら複数まとめて取れるようなサービス精神溢れる具合になっている。

 実際、目当てのぱかプチが入荷されたのではないかとこうやってノコノコ足を運んだウマ娘もここにいるわけだしね。たとえぱかプチのクレーンゲームが赤字でも、その後に他のゲームでクレジットを回収できれば総合的に黒字というわけか。

 

「おー、あったあった。すごいねほら、ポップで強調されてるよ。『桜花賞ウマ娘スカーレット!!』だって」

「……アンタ、まさかそれが目的だなんて言わないでしょうね」

「え、そうだけど?」

 

 スカーレットの勝負服はこの前の桜花賞がお披露目だったのに、もうこうやって勝負服モデルの彼女がクレーンゲームの商品として並んでいる。

 仕事が早い。この世界に於いてスターウマ娘の需要がどれだけ高いのか窺い知れるというものだ。

 

「…………。それを言うのならアンタだって負けず劣らずじゃない。ねえ『ここまで無敗の皐月賞ウマ娘テンプレオリシュ』さん?」

「懐が潤う分にはありがたい話だよね。この調子でどんどん売れてほしいものだ」

 

 ただまあ、自分のぱかプチとかちょっと取扱いに困るのも事実だ。積極的に狙う気にはなれない。仮にうっかり取れてしまったとして、部屋に置いたらなんかナルシストっぽくない?

 ちなみに試供品として貰った分はぜんぶ実家に郵送した。両親は喜んでくれたし、親孝行にはなっただろう。

 

「アンタの感性と生きるテンポが独特なのは今に始まったことじゃないけど……」

 

 なんとも形容しがたい表情をして頭に手を当てているスカーレットを横目に、クレーンゲームにクレジットを投入。音楽が切り替わり操作可能になる。

 うん、よかった。ボタンを押しながらちょっぴり安堵。

 ちゃんと元気そうだ。

 テンちゃんがオークス直前でスカーレットは風邪をひくだのなんだの前に言っていたから、実は少しばかり心配していたんだ。

 クラスメイトだし合同で練習をすることもあるし、普段から顔を合わせていないわけじゃないが。気を張っていると自分でも体調不良を気づかないくらい押し込めることができるのがスカーレットという少女だ。

 私と相対しているときはなんだか気合い十二分な彼女だから、休日という環境下で、脱力不可避な奇行をとることで隙を作ってみたけど。よしよし、体調面に問題はないと見た。

 さすがの私も当人の目の前で本人モデルのぱかプチを狙うのが変だってことはわかるよ。そこまでコミュ障じゃない、うん。

 問題がないどころかかなり良好だ。疲労と回復のバランスが綺麗に噛み合っている。ゴルシTの手腕は噂に違わないものらしい。

 

 まあスカーレットのぱかプチが欲しかったのもまんざら嘘ではないけどね。

 昔馴染みがぬいぐるみを商品化されるほど立派になったのだ。なんとなく嬉しくなってひとつ手元に置いておきたくなるのはおかしいことではないはず。

 

 3クレジットまとめて投入すればアームが最大まで強化される仕様らしいが、別に三つもいらないのでワンコイン投入。

 私の身体コントロールの精度は同期の中でも群を抜いている。この点ではマヤノさえ私には及ばない。

 以前マヤノと二人でゲーセンに来た時はマヤノがゲームの採点プログラムを『わかっちゃった』して、それを基に組んだ理論的上限を私が実現するというタッグマッチで各種ゲームのスコアをカンストさせて遊んだものだ。

 あらゆるスコアランキングの頂点に君臨するアカウント名『TOP TEN』はこのゲームセンターにおいてちょっとした伝説である。

 ちなみに余談に余談を重ねるならば。つい先日ふと見たダンスゲーム筐体のスコアランキング、同率一位にテイオーのアカウント名『ワガハイ』が並んでいた。ダンスが得意とは話に聞いていたけどさぁ。私とマヤノ二人がかりのスコアに純粋な感性と才能だけで並ぶとか、これだから天才は……。

 

「およっ」

「あっ」

 

 クレーンの行先を視線で追っていた私とスカーレットの声が重なる。

 失敗したわけではない。私はたしかにスカーレットのぱかプチ(勝負服仕様)をアームの手中に収めた。

 ただ、そのぱかプチスカーレットとがっちり抱き合う形でおまけがひとつ付いてきただけだ。

 このクレーンゲームはたまにこういうことがある。ぬいぐるみを複数まとめて手に入れることができるサービス精神満点の配置。ただ、今回はどうしてよりによってそのラッキーを私が引いてしまったのかと思わないでもない。

 どすんと取り出し口に落ちたのは、腹立たしいほどの満面の笑みで抱き合っているスカーレットと私(勝負服仕様)だったのだから。

 いやー、今を時めく皐月賞ウマ娘と桜花賞ウマ娘が1クレジットで手に入るなんて本当にラッキーだなぁ。

 でも今じゃなかったかな、そのラッキー!

 

 どうしようかな、これ。

 

「スカーレット、あげる」

「はあ!? アタシにアンタのぱかプチ抱いて寝ろっていうのっ?」

「いや、枕元に置けとさえ言ってないけど」

 

 そうかー。スカーレットってぬいぐるみ抱っこして寝ているのかー。

 発育といいファッションセンスといい中等部離れしているくせに、そういうところは少女趣味なんだなあ。

 

「――あ、あのっ」

 

 第三者の気配。

 ちょっとスカーレットの声が大きすぎたかもしれない。騒音極まるゲーセンだろうと公共の場であることに違いなし。謝ろうかと声のした方に振り返ると、興奮した様子の男性がいた。

 

「テンプレオリシュさんとダイワスカーレットさんですよね。うわぁ、本物だぁ」

 

《おや、これは珍しい。ファンからの接触か》

 

 テンちゃんが脳内でゆっくりと身を起こす。

 皐月賞ウマ娘や桜花賞ウマ娘のファンが希少というわけではない。むしろ国民的娯楽の注目株だ。ライト層まで含めれば相当の数が見込めるだろう。

 ただ、私たちウマ娘は自分のことを競技者と定義しているものが多い。

 下手なアイドルなんぞよりよほど歌も踊りも上手くこなしている自信と自負があるが、芸能人とアスリートの区分はそこではない。要はどれだけプライベートを切り売りできるかという覚悟の差だ。

 もちろんアスリートにファンサービスが無縁というわけではない。ファンサービスまでいかずとも、周囲の目は多かれ少なかれ意識する必要が出てくる。

 

《なんならプロではない甲子園球児レベルでさえ監督からは立ち振る舞いに気を付けるように指導が入り、嘘かまことか電車の座席には座らないらしいぜ。『健康な球児が席を占領するとは何事か』と苦情の電話が入るのを避けるためにね。まあ立っていれば立っていたで『座りもせずに他の利用者を威圧している』と苦情を入れるやつは入れるらしいが》

 

 えぇ……甲子園ってそんなところなの?

 私たちトゥインクル・シリーズと違っていくら勝ってもお金が入るわけでもないだろうに。実に気の毒である。

 

《まったくだ。周囲の応援がなければ満足に練習できる環境は成り立たないとはたびたび思い知らされてきたが、応援していれば給金を支払う雇用主のように振る舞っていいわけではあるまいに。応援が給金とイコールであるのなら、暴言を吐くときは損害賠償を支払ってようやくフェアな理論だろう》

 

 相変わらず皮肉に切れ味があるテンちゃんである。

 怖いねぇ。本当に私が生きる世界と地続きなのかと疑いたくなる。

 

《いや、もしかすると()()()では違うかもしれないな。かなりやんわりふんわりしているし、全体的に民度が高い印象だし》

 

 なんじゃそりゃ。

 

 まあそれはともかくとして。

 自分のことをアイドルと定義しているウマ娘はいないわけではないが少数派だ。握手やサイン、スマイルゼロ円といったファンサービスはあくまで走るついでに必要な余興程度のもの。好きこのんでやることではない。

 そのことをトレセン学園周辺の人たちは理解してくれているので、私たちがいくら有名になっても普通の学生のように接してくれることが大半なのだ。

 目が合っても顔見知りでなければ会釈や挨拶くらい。芸能人を目にした一般人がそうするようにキャーキャー騒いだりはしない。もしもそんな扱いをされていればG1ウマ娘の日常にはボディガードが必要になるのではなかろうか。

 

 だからこそ、というべきか。

 年に二回、春と秋に行われるファン感謝祭では私たちは芸能人のように振る舞う。

 各ウマ娘を応援してくれている方々への感謝をというのは嘘ではないけど。普段は礼儀正しく私たちをただの学生扱いしてくださるトレセン学園周辺の方々が、一介のファンとして己が情熱のままに振る舞うことが許されるガス抜きイベントでもあるのだ。

 

 ひるがえって、目の前の男性はいったい何なんだろう。

 彼は先ほど『本物だ』と言った。つまり、私たちを目撃したのは初めてと推察できる。偶然このあたりに来ていた観光客とか? うーん、基本的にウマ娘のファンって民度が高いから、ウマ娘を観光しに来たのなら暗黙の了解も守るんだけどなぁ。

 

《ま、そこは推測したって仕方がないさ》

 

 私の身体が動く。左手の人差し指を唇に、ちょっと前かがみになって上目遣いで、仕上げにパチンとウィンク。

 

「大声はナシな。今はプライベートだから」

「はっ、はいぃ」

「いつも応援ありがとね」

 

 そう言って妖艶に笑うと、男性は感極まったかのようにペコペコ頭を下げながら立ち去った。

 うーむ、鮮やかだ。相手に付け込ませないプレッシャーを放ちながらも、同時に笑顔と感謝の言葉で悪感情を抱かないように魅了してみせた。やっぱりテンちゃんはこと表情筋と声帯の二点では、私よりずっと上手く私の身体を使えてる。

 言うまでも無いが、さっきの一連のやり取りはテンちゃんが行った。

 主導権の切り替えは常に言葉を介して行われるわけではない。要請も承認も、漠然とした意思疎通で十分可能なのだ。そうじゃないとレース中の切り替えなどできるはずもない。

 じゃあなんで普段はいちいち言葉でやりとりしているかといえば。その方が嬉しいからだ。それ以上に意味はない。

 愛されていると言葉にせずとも伝わっていても、『愛している』と言葉で伝えられたら幸せになれる。関係性ってそういうものだろう。

 

 それにしても、少し驚いたかな。

 たしかに私たち三人の中で一番うまく対処できたのはテンちゃんだろう。私は言わずと知れたコミュ障。スカーレットは優等生モードのときこそそつがないが、今日あの瞬間は普段は分厚く着こんでいる猫が完全に剥がれていた。ともすれば彼女の性根に起因したキツイ対応になり、無駄ないさかいの種となっていたかもしれない。

 でも、スカーレットがいるときにテンちゃんが出てきたのはすごく久しぶりだ。

 もしかするとまだスカーレットがスカーレットの名を持たなかったあのとき以来なのではなかろうか。

 やっぱりミホノブルボン先輩の一件でテンちゃんの優先順位が変わったのだと思わされる。

 

「…………リシュ?」

 

 さすが我が腐れ縁。敏感に差異を察知したか。

 

「ん、なあに?」

 

 でもあいにく、既に主導権は私に戻っている。

 ほんの数秒の見つめ合う時間が、何故かとても長く感じた。

 

「……騒ぎすぎて悪かったわ。対処ありがと」

「どういたしまして」

 

 突っ込んではこなかったか。

 聞いてきたら正直に答えたんだけどな。安堵したような、残念なような不思議な気持ちだ。

 デジタルとか、マヤノとか。私とテンちゃんの関係性を知る同期は少しずつ、でも着実に増えているのに。

 私だけの、テンちゃんだけのではない、『私たち』の友達が学園を起点に少しずつ生まれ始めているのに。

 付き合いだけは長いスカーレットがその輪の中に入っていないのは何だか落ち着かなくてそわそわする。

 でもいまさらねえ、自分から教えるのも何だかなぁ。

 格好がつかないというか、おさまりが悪いというか。

 何年も前からの知り合いとある日突然自己紹介から再出発するような、というかある意味それそのままか。

 

「じゃ、これで帰るのもなんだし。もう少し適当に遊んでいこうか」

 

 スカーレットにそう提案する。

 わざわざゲーセンまで足を運んでおいて、ほんの数分もしないうちに目的だけを果たして出るのはもったいない気がする。

 思いっきり客寄せパンダに捕まったカモの思考だが、まあしっかりぱかプチ二体という実利は得ているのだ。もう少しゲーセンに還元しても罰は当たるまい。

 アオハル杯のおかげでトレーニング関連の出費はかなり抑えられている。そして常日頃からトレーニングに時間を費やしている私たちなので、お小遣いは順調に貯まる傾向にある。こういう日くらい多少使っても十分に許容範疇だ。

 

「はあ? 荷物持ったまま回るっての? それならクレーンゲームは最後にすればよかったじゃない」

「いちおう今回の目的だったからね。最後にまわせば無くなる可能性も無きにしも非ずだったし、確実に果たしておきたかったんだよ」

 

《何だかんだ言って皐月賞ウマ娘と桜花賞ウマ娘。その人気はバカにできたものじゃないからねえ。

 終わりよければすべてよしと言うが、その逆もまた然り。最後のお楽しみに取っておいたお目当てが無くなっていれば、その日の楽しかった一日分の思い出にケチがついてしまう。最初からないとわかっていればまだあきらめもつくけど》

 

 今もこうして周囲を意識できるようになってみれば、遠巻きにこちらの様子を窺っている気配がちらほらある。

 それが私たちを見ているのかクレーンゲームの順番待ちをしているのかまではわからないけど、後者だとすればさっさと順番を譲るべきだろう。ひとつの筐体をいつまでも占領するのはマナー違反だ。

 

 スイカを押し込めそうなほどにパカッときれいなスマイルを浮かべた私のぱかプチを摘まみ、しばらく何とも言い難い表情で見つめていたスカーレットだったが、やがて肩を落とすほど大仰に嘆息した。

 

「はいはいわかったわよ。今日はアンタに付き合うって決めて来たんだから」

「それはありがと」

 

 

 

 

 

 こんなことを言っておきながら。

 うっかりゲーセンのスコアランキングトップに輝く『TOP TEN』の片割れが私だということがスカーレットにばれ、一番バカに火がついた彼女にひどい目に遭わされるのだが、それはまた別のお話。

 

 




LANEは誤字ではなく、ウマ娘世界でLINEに相当すると思しきメッセージアプリです(参考『今宵、リーニュ・ドロワットで』第7話)

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