「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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サポートカードイベント:共に歩むということ

 

 

U U U

 

 

 大人というのはどういうものなのでしょう。

 

 幼いころは時間が経てば自然とそれになれるのだと思っていました。

 努力するのは、毎日勉学に励むのは『立派な』大人になるためで。

 大人という存在に到達すること自体は時の流れが勝手にやってくれるのだと、無邪気に信じていました。

 

 いま、私は大人と呼ばれる年齢になっています。

 中央のトレーナーという社会的地位も併せて、世間で言うところの『立派な大人』の末席に名を連ねていると言ってもいいのではないかと。

 

 でも子どものころ私が見上げていた大人に、今の私はなっているのでしょうか。

 とてもそうは思えないというのが率直な感想です。

 それでも今の私は中央のトレーナーライセンスを有する者。トレーナーの名門桐生院の娘。

 桐生院葵という大人の役割には私ひとりだけでなく、私が担当するウマ娘の生涯が乗せられているのです。

 

 だから自信が無いからと、経験が無いからと、言い訳して。

 失敗して、だから事前に言っておいたじゃないですか、これは仕方のないことだったんですと言い繕って。

 そんな醜態が許されるわけありません。

 

 必要ならば中央のエリートトレーナーという仮面を被りましょう。身の丈に合わぬ看板であっても背負って立ちましょう。

 等身大の弱くて自信の無い私では至らないのなら、強い私を偽ってでも担当の子に栄光を掴ませてみせる。

 

 ……そうやってやる気だけが空回りして、ミークと同期の彼には大変なご迷惑をおかけしたこともありました。

 

 幼いころに憧れたあの背中に今の自分が並んでいるとはやっぱり思えませんが、子供心に思っていたほどオトナというのはしっかりしたものではないようです。

 独りで至らないのなら、誰かに頼ってもいい。たとえそれが自分の担当であったとしても。いえ、共に歩む自分の担当だからこそ分かち合うべきものがある。

 今の私は素直にそう思うことができます。

 

 大人と言う存在は子供が思っているよりも隙だらけで適当で。

 

「……トレーナー。気づいていますか?」

「はい? どうしましたかミーク」

 

「…………リシュちゃん。二人いますよ」

「えっ」

 

 子供が思っているほど何もわかっていないわけではないのです。

 頼りになる相棒が隣にいる場合は、特に。

 

 ミークの無表情の中のあきれ顔とため息がとても心に痛かったです。

 

 

 

 

 

 二重人格。

 病名として言うのなら解離性同一性障害。

 小児期の極度のストレス、主に虐待やネグレクトが原因になると言われています。

 

『自分たちはトレーナーである以前に教育者であり、トレセン学園は教育機関である。である以上、自分たちは親御さんから大切なお子さんをお預かりしているひとりの大人なのだという大前提を忘れてはならない』

 

 これは私がお世話になった同期の彼、ゴールドシップの担当トレーナーの持論です。

 その持論に則り、彼は絶対に担当に無茶なトレーニングやローテーションを許しません。その上であの偉業を担当と二人三脚で成し遂げたのです。

 

 一部のトレーナーから蛇蝎のごとく彼が嫌われる所以です。

 中央は天才たちが故障寸前までトレーニングをして競い合う魔境。

 引退までに故障を経験しないウマ娘の方が少ないというのが、認めなければならないレース業界の不都合な現実。

 安全なトレーニングだけでは勝てない。健全な範疇に留まっていればただ置いていかれるのみ。担当を勝たせる為には、勝利の栄光を掴ませてあげたいなら、リスクを承知で限界の境界線まで追い込まねばならない。

 

 だから、故障させてしまっても仕方がないこと。この界隈では珍しくもない話。ウマ娘たち当人も望んでトレーニングをしている。

 そう蔓延しかけていた空気に、彼は態度と成果で『それはただの唾棄すべき怠慢であり、許されざる無能である』と突き付け続けているのですから。

 

 彼のように成れたらと光に目が眩む者もいれば、どうして自分は彼に成れなかったのだと闇に沈むことしかできない者もいる。

 彼が疎まれる理由は呆れてしまうほどに単純で、ゆえに桐生院を受け継ぐ私でも若輩の身では解きほぐしがたい根の深いものとなっています。

 

 彼に憧れ、彼に敬意を抱き、そして彼にいずれ追い付こうと心に誓った私からしてみれば、中等部の少女が虐待を受けている可能性は何を置いても解決しなければならない最優先事項でした。

 トレーナーとしてはあるまじきことかもしれませんが、たとえレースを二の次にしたとしても。ひとりの大人として。

 

 ただ、ことがことだけに慎重な対応が必要です。

 そして慎重な対応を続けるまでもなく、少しの間にリシュの『二重人格』と解離性同一性障害との差異をいくつも見つけることができました。

 

 解離性同一性障害とは大雑把に言ってしまえば『このストレスを受けているのは自分ではない』というのが発症の根底にあります。

 ゆえに自分ではない誰かを作り出し、記憶は人格ごとに途切れ、人格に異なる名前を与えます。記憶も名前も異なることで別人であることを強調するのです。

 

 リシュにはそれらの傾向がまったくありませんでした。

 記憶の断絶や混濁は見られず、リシュと呼んで拒絶反応が返ってきたこともありません。異なる彼女たちはどちらも等しくテンプレオリシュなのです。

 解離性同一性障害は別人であることを強調するあまり人格同士が険悪な関係性であることが往々にして存在しますが、リシュの場合は逆に極めて良好のように見受けられました。

 小児期の劣悪な環境で生じたものとは思えない、愛されて育った温厚な気配がそこにありました。

 

 となると、病気ではない可能性が浮上します。

 ウマソウル。

 いまだ解き明かされぬ神秘、その影響により特定条件下で人格が豹変するケースはごく少数ですが報告例があるのです。

 その場合、病気と断じて接するのは悪手極まりないでしょう。

 魂の形が二重人格の形をしているのに、それを病気だと、治さなければならない異常だと否定してしまうわけですから。

 そんな態度を取られたウマ娘は絶対にその者を許しません。彼女たちは基本的に温厚ですが、同時にとても誇り高いのです。

 自らの在り方を否定されたその日から、その者は彼女たちにとって不倶戴天の敵となるでしょう。

 

 家の力に溺れたくはありませんが、もしも最悪の事態であるならば一刻を争います。手段を選んでいられるほどの力を私は有さず、その事実を認める必要がありました。

 たださいわいにもそうやって桐生院の伝手も使って調べたところ、結果は白。

 

 リシュの両親は共にとても善良な人間であるという調査結果が返ってきました。

 それに彼女の担当になってから同性というアドバンテージを活かし、何度かリシュの裸体に触れたことがあります。データ収集の一環、より精細な数値を知るのなら服はノイズですから。そして得られたデータは彼女が健康であることを示し、虐待の痕跡はいっさいありませんでした。

 

 九割九分九厘の確率でウマソウルの特性としての二重人格。

 残りの一厘を埋める機会はすぐに来ました。

 年末に行われるジュニア級のG1、朝日杯FS。

 その応援席にリシュの両親の姿を発見できたのです。

 

 それはトレーナーとして成果を求めるのであれば最悪の行動だったかもしれません。

 しかしこの大舞台が目前に迫るからこそ、普段は隠し通せるものも顔を覗かせるでしょう。

 だから桐生院のコネを使って、本来関係者以外立ち入り禁止の控室まで彼らを誘導しました。

 初対面のはずの彼女の両親の顔を私が知っていたことについては、G1の緊張もあったのかリシュ本人にもご両親にも疑問に思われることはなかったみたいです。

 そうやって一堂に会したご家族の顔を見て、ようやく確信を抱くと共に安堵できました。

 

 リシュの『二重人格』はウマソウル由来の先天的なものです。

 だってあんなにもゆるやかな、親を前にした子供の顔をしているのですから。

 

 かくして懸念は晴れました。

 リシュの二重人格はウマソウル由来。

 だったら不安になる必要も、焦る必要もありません。ただ彼女の魂がそのような形をしているというだけなのですから。

 いずれ時が来れば彼女から話してくれるでしょう。

 

 ……そうやって待つことを選んで、はや五か月。

 桜は散り終わり、汗がにじむような日もたびたび訪れる季節になっていました。

 ミークのときはお互いにすれ違ってしまい、本当の意味でパートナーになれたのはクラシック級の冬の頃でしたから。

 ま、まだ慌てる必要はないでしょう。たぶん、きっと。

 

 

U U U

 

 

 NHKマイルカップ。

 世代最速を決める東京レース場。その控室に私はいました。

 ミークのときは連れてきてあげることができなかったクラシック級のG1。トレーナーとしてこの舞台に足を踏み入れるのは初めてです。

 

「リシュ、準備はできましたか?」

「……うーん、もう少し待ってください」

 

 目の前ではリシュがぼんやりと視線を宙に彷徨わせています。

 レース前の精神統一にはとても見えない、何なら緊張のあまり放心しているようにさえ見えますが、彼女の場合はこれがベストコンディション。

 比喩抜きでもう一人の自分と対話している状態です。

 

 『リシュ』と、『もうひとりのリシュ』。

 

 その存在に気づいてから真っ先に取り組んだ課題は二人の見分けをつけることでした。自分の担当の区別がつかないなんてトレーナー失格ですから。

 そしてさいわいにも明確な差異があったので、そう時間をかけずに判別は可能になりました。

 ちなみにそれは一人称や口調ではありません。

 どうも『もうひとりのリシュ』は必要とあれば自身を『リシュ』と誤認させることを想定し、あえて極端に差異を強調する言動をしている節があります。

 

 人間は左右非対称な生物です。

 心臓が左側にあるのは誰でも知っていることでしょう。そして内臓の配置が左右で異なるのですから、当然その外側も微妙に異なります。たとえば人間の顔を正中線で区切り、それぞれ鏡合わせにすれば似ている兄弟くらいには印象の異なる二つの顔が出来上がります。

 右利きと左利きもそう。利き手があるのは広く知られていることですが、実はこれは足にも存在します。森の中で迷ったときにぐるぐると同じ場所をさまよってしまうのは、利き足の方が蹴る力が強く、まっすぐ歩いているつもりでも目印が無くては緩やかに弧を描くように進んでしまうから。その結果円を描くように同じ場所を移動してしまうというわけですね。

 

 リシュは手も足も両利きでした。

 先天的にそうだったのか、それとも後天的に訓練してそうなったのかは定かでありません。ただ、この子の担当を始めたときに我流でトレーニングしていたにしてはあまりにもバランスよく鍛えられていたことに驚いたことは事実です。

 どんな子であっても多かれ少なかれどこか得意分野に偏ってしまうものなのですが。気のせいでなければ後に担当するトレーナーがどんなトレーニング方針を抱いていても差支えが無いよう、あえて基礎能力のみを重点的に伸ばしている節さえありました。

 特にウマ娘において利き足というのは重要です。それは左右によれる癖として表れることもあれば、右回り、左回りのレースの得意不得意という形で表れることもあります。強みであれ、弱みであれ、共通するのはトレセン学園に入学する歳まで放置され続けた癖を改善するのは多大なる時間と労力が必要になるということでした。そしてその労力の分、実力を高めるトレーニングのリソースは圧迫されます。

 リシュはあらゆる距離にもバ場にも、そしてコースにも適応します。しかしそれはただ単に生まれ持った素質のみで成しえるものではないというのが私のトレーナーとしての見解です。

 

 そんな左右どちらも巧みに使い分けるリシュでしたが、ひとつだけ左右で分かれるものがありました。

 目です。

 手や足と同様、目にも利き目が存在します。視力検査の際、左右で視力が異なるという方は多いのではないでしょうか。余談ですが私は両目とも3.0を超えています。

 二重人格は人格によって利き腕が異なることがあります。リシュの場合もまたそうでした。

 青い左目を軸に世界を捉えているのが、普段私たちが接している『リシュ』。そして赤い右目を軸に世界を捉えているのが『もうひとりのリシュ』です。

 今では顔を合わせて十秒も話せば、いまどちらと話しているのか判別可能になりました。

 

「…………お待たせしました。もうだいじょうぶです」

 

 いま話しているのはいつものリシュの方ですね。

 普段の九割以上は彼女の担当となります。

 気質は温厚でマイペース。人付き合いを苦手としていますが、人間嫌いというわけではないようです。

 実際に彼女は礼儀正しく先輩としてミークやバクシンオーさんを立て、デジタルやマヤノさんと交友関係を築き、チームの後輩の面倒もそれなりに見ています。

 まあ後輩に関しては具体的な行動を『もうひとりのリシュ』が起こし、その後始末をリシュが引き受けるという展開が多いみたいですけども。

 あといい子なのは間違いないのですが、マイペースが過ぎて傲慢に見られることも度々。

 それも含めて私の大切な担当です。

 

「再度確認しておきますよ。今日の結果がどうあれ、故障の兆候ありとこちらが判断したらダービーの出走は回避します。それを念頭に置いて走ってください」

 

 マツクニローテ。

 NHKマイルカップと日本ダービーを中二週で走る過酷なローテーション。将来有望を目されたウマ娘が幾人もこのローテで競技者としての未来を断たれており、私もリシュをこのローテで出走させると発表したときは少なからず批判と非難を受けました。

 まあ私の評判はそこまで重要な話ではありません。社会人の一員であり桐生院を背負っている以上どうでもいいなどと無責任なことは言えませんが、担当の健康状態とは比べるまでもないことです。

 

 単純に可能不可能を問えば、リシュなら十分可能でしょう。

 桐生院家の年始の集いから帰ってきて真っ先に知らされた『テンプレ連戦』のことはいまだに強く印象に残っています。

 いくら野良レースとはいえチーム〈ファースト〉相手に四連戦して全勝し、かつ故障も無しという規格外の実績。

 

 ウマ娘の故障理由は多岐にわたりますが、レースで故障する場合はライバルとの熱戦で限界以上を引き出してしまうことが原因であることが一番に挙げられるでしょう。

 限界を超えるというのはポジティブな意味で用いられる場面が往々にして存在しますが、身体のリミッターというのは何も三女神さまが意地悪で設けたものではありません。超えたら危険だからこそ、それ以下の出力しか出せないように生物の本能で制限されているのです。

 普段『限界を超える』という表現がポジティブな意味で活用されているのは、単純に多くの人間は本当の限界よりずっと手前に線を引いているだけの話。しかし中央で重賞に出走するようなウマ娘は違います。

 本当に超えたら危険な一線に肉迫している。ライバルたちがそこまでいっているから、自分も迫り、ときに超えないと勝てない。

 そんな彼女たちがいたずらに限界を超えないように見極め、必要とあれば制限することもトレーナーの重要な役割です。

 リシュが〈ファースト〉と四連戦して故障が無いのはそれすなわち、〈ファースト〉相手の四連戦であろうと限界に迫ることなく勝利できるだけの力量を彼女が有していることの証明でした。

 

 まったくの無傷というわけではなく筋肉に軽い炎症こそ発生していましたが、それもたった三日で治してしまいました。その三日間は伝え聞くオグリキャップさんもかくやという量の食事をとり、完治すればさっぱり元の食事量に戻したのも印象深い記憶です。

 食べた分を血肉に変える消化系の素質もさることながら。ふつうあれだけ食べられる子なら普段から量を食べたがるものなのですが。たとえばスペシャルウィークさんやメジロマックイーンさんは頻繁にごはんやスイーツを食べ過ぎてしまうため、担当の方々は日々の体重管理に苦心している様をよくお見掛けします。

 

 もしかするとリシュは欲求というものが他のウマ娘と比べ希薄なのかもしれません。

 もっと食べたいという欲が薄いから必要な分だけ食べ、必要が無くなったらやめることができる。

 サボりたいという欲に乏しいので必要な分だけ練習し、勝ちたいという衝動さえ希薄なので過剰なトレーニングを積むことも、レース中に掛かることも無い。

 二つの人格が相互の客観視を可能とし、過不足の無い最適な選択肢を常に選び続けることができる。

 桐生院の膨大な知識と経験を受け継いだ私をもってさえ規格外としか言いようのないテンプレオリシュというウマ娘は、そのように幼少期から徐々に構成されていったものなのではないでしょうか。

 一方で、いちど執着を抱いたものに対してはとことん執着する傾向も見受けられます。勝利への執念が薄いのにも拘わらず中央のレースで勝ち続けるだけの努力を重ねているのも、そのあたりの性質が関係しているのでしょう。

 

「はーい、わかってまーす」

 

 あ、この返事は『もうひとりのリシュ』の方ですね。

 『いつものリシュ』に比べ軽薄さが目立ち過激な言葉選びも多いですが、自身の言動を客観視する能力は『リシュ』よりも上です。その視点は俯瞰的と表現できるほど広く、たまに年上と話しているような錯覚を抱くことさえあります。

 それはリシュたちの中でも共通認識なのか、マスコミへの対応など言葉の綾で誤解を生みたくない場面では『もうひとりのリシュ』の方が会話を引き受ける場面が多いです。

 

「ぼくらがマツクニローテを走ると決めてから今日まで、批判を一身に受け止めてくださってありがとうございました」

「……? どうしました、いきなり」

 

 やや文脈にそぐわない言葉に首をかしげると、リシュはにやりと笑いました。

 

「世間の無責任な優しさと心配の押し付けは今日で終わらせてくるので」

 

 これ以上ないほどの勝利宣言。

 ええ、きっとそれは大言壮語ではないのでしょう。

 それでも、世の人々がリシュの力に熱狂し、心配を忘れてしまったとしても。

 自分だけは忘れてはいけないのがトレーナーという存在なのです。

 

 

 

 

 

 圧倒的。

 かつてテレビ越しに、ビデオの映像記録越しに、あるいはトレーナー白書の文字越しに垣間見えた伝説の数々。

 あれに血肉が伴ったのなら。神話の生々しい息遣いを肌で感じられたのなら。当時の人々はこんな気持ちだったのでしょうか。

 心づもりをしていてもなお、引き込まれそうになる奔流。

 

『ここまで先頭は十四番トモエナゲ。続いて九番ゴージャスパルフェ、十二番クスタウィ、七番テンプレオリシュここにいます』

 

 リシュの作戦は先行策。

 今回、彼女はひとつのテーマを持ってこのレースに臨んでいました。

 皐月賞でマヤノトップガンさんに『ちょっとびっくりさせられた』、その反省。

 

「ぶーぶー。リシュちゃんずるーい。マヤ、たっくさん練習したのに一回見るだけでシャキーンってできるようになっちゃうんだもん」

 

 ちなみにびっくりさせた当の本人は私の隣で一緒に観戦しています。

 

 これまで、リシュのレース展開は受動的なものでした。

 相手のペースに合わせた上でふわふわと流れに浸透し、最後の最後に上回る。

 しかしこのレースを見て彼女が受動的などと誰も言うことはできないでしょう。

 

『十四番トモエナゲ、苦しいか?』

『ひと息つけるタイミングがあればいいのですが、これは……』

 

 それは巨大な岩が転がっているようでした。

 先を走る子たちは岩に潰されないように必死に逃げ、後ろの子たちは繋がれた鎖で引きずられるようにペースを上げる。

 

『一番人気七番テンプレオリシュ、内で足をためています』

『周囲を確認しながら走っていますね。まだ本気ではないですよ』

 

 それは波打ち際で戯れているようでした。

 本能に任せた無意識と理性に基づいた意識の狭間を行き来する。足音が極端に少ない効率的な走法をあえて崩し、現れては消える足音に周囲は波にもまれる砂のように振り回される。

 

『かなり密集して走っていますね。まぎれはありそうでしょうか?』

『難しいですね。脚を残せている子がどれだけいるか』

 

 少しでも緩めたら置いていかれる。一度離されたらもう二度と追い付けない。

 強迫観念を浸透させる、レース展開を手中に収めた攻撃的な走り。

 どちらかといえば『もうひとりのリシュ』が得意としている逃げや追い込みのときのような走り方ですが、間違いなくいま走っているのはいつものリシュの方です。

 人並み外れたスピードとスタミナあっての戦法。

 しかし恐ろしいのは周囲をオーバーペースに陥れておきながら、このままの調子でいけば最終的なタイムは平均の範疇に収まりそうなところでしょう。

 レコードは健康に悪いと敬遠していたあの子のことです。自分だけ緩急巧みにちゃっかり息を入れていますね、これは。

 

『大ケヤキを越え第四コーナー。最後の直線で勝負が決まるぞ』

『六番リボンララバイ上がってきました。まだ差がありますが、ここから届くでしょうか?』

 

 東京レース場の最後の直線の長さは525.9m。これはURAレース場の中では上から二番目の長さであり、その特性上から東京レース場では後ろの脚質の子が有利とされることが多いです。バ場状態や出走する顔ぶれ次第でいくらでも有利不利は変動しますし、必要とあればひっくり返すのが我々トレーナーの仕事ですけども。

 ただ今回に限って言えば。

 リシュのいいように引きずり回された後ろの子たちの末脚はとても万全な状態とは言い難い状況。

 直線に入ってすぐ始まる高低差2mの上り坂。中山レース場や阪神レース場と比較すれば勾配が緩やかなそれも、今の彼女たちにとっては断崖絶壁に等しいものでしょう。

 バラバラと剥がれ落ちるよう距離を離される周囲と、するりとその中を当然の権利のように抜け出すたった一人。

 最後まで軽やかな足取りでその影はゴール板を駆け抜けました。

 

『決まったぁ! 一着でゴールしたのは七番テンプレオリシュ、クラシック世代の最速がここに決定です』

『鉄壁の一バ身はここでも健在、着差以上の圧倒的な強さを見せてくれました。もはや誰も彼女を心配できません。次のレースが今から楽しみですね』

 

 次のレース、すなわち東京優駿――日本ダービー。

 G1を中二週で連続出走というこのタイトなローテーションに向けられていた不安の声は、今日を境に下火となるでしょう。そう確信できるだけの強さと余裕をリシュは示しました。

 実況と解説を聞く通り、レース関係者はリシュが何をやっているのか気づき始めています。それは遠からずマスコミを経由して周知されることでしょう。

 

「ふーん、まあこんなもんじゃない? G1とはいえ三冠でもないレースで負けられたら興ざめだもんねー」

 

 どこか斜に構えた態度で宣うのはトウカイテイオーさん。

 初対面のときにリシュとトラブルがあったことは聞き及んでいますが、今の関係性は険悪ではないようです。見下すような言葉に反し、その声色には信頼が滲んでいるように感じました。少なくともその力量を認めてはいるのでしょう。

 ちなみに余談ですが、〈パンスペルミア〉の全員で応援に来たわけではありません。リシュのレースはその余波でも潰れる可能性があります。今日レース場に直接足を運んだウマ娘は各担当と相談し、リシュの奔流を己の糧にできると見込まれた数人のみです。

 

 幾人ものウマ娘の夢を踏みつぶし、それ以上に多くの人間に夢を見せる。

 

 ゴール板を二着以降で次々に駆け抜けていくウマ娘たちはマイル(1600m)どころか長距離(3200m)を走らされたように精根尽き果てた様子。

 その彼女たちの中でさえ、目が死んでいる心の折れた子もいれば、肩で息をしながら炎が目から消えていない子もいます。

 あれだけの強さを持っていながら慢心も満足もすることなく。貪欲に自分にできることをひとつでも多く求め続ける。それが伝わってくるから、膝を屈してしまうのはあまりにも勿体ないから、彼女の異質なまでの強さに反し完全に心が折り砕かれた子の割合は少ないのでしょう。

 勝ち続けたところで人気に恵まれないウマ娘も中には存在しますが、リシュは人気が出るタイプのウマ娘です。彼女の浮世離れした雰囲気と圧倒的な強さはカリスマとして機能します。何でもできる万能性は話題性としても十分です。

 

――いつかきっと追い付いてくるはずなので。

 

 そう語ったリシュの目はひどく印象的でした。

 努力というのはつらくて苦しくてなかなか成果が目に見えないものです。

 よほど高いモチベーションや強固な意志が無ければ続けられるものではない。ですが、リシュはそのどちらもレースには持ち合わせていないのに淡々と努力を積み重ねています。

 きっとそれは、リシュが確信してるから。

 常に彼女の目には自分を追いかけてくる誰かの姿が見えている。その相手が己に比肩しうると、その日は一日ごとに迫ってると。

 だから明確な意欲を保ち続けていられる。その相手が誰なのか、リシュは明言はしませんでしたが私はその相手に感謝しています。

 

 ……ふと不安に駆られそうになります。

 リシュはこのままいけば世代を代表する、いえレースの歴史に名を刻むウマ娘になるでしょう。しかし順調にいけばと謳われていた優駿が歯車ひとつ狂ったことで消えていく。それもこの世界によくあることなのです。

 彼女を導くに足るトレーナーであり続けることが、私にできるのでしょうか?

 私は桐生院の娘。ミークと共に歩んだ『最初の三年間』のおかげでウマ娘の育成はトレーナー白書のみと向き合っていてはいけないと知りました。しかしそれでも私の強みの根源は桐生院に代々受け継がれる秘伝の知識であることに変わりはありません。

 リシュは規格外に過ぎる。ウマ娘の枠にぎりぎり踏みとどまろうとして少しばかりはみ出ているような存在。これまでの経験が活かせないわけではありませんが、四十冊を超えるトレーナー白書であっても流用できる内容は一割あるかどうか。

 彼女にはもっとふさわしいトレーナーがいるのではないでしょうか。たとえば破天荒なウマ娘を三年間上手くなだめすかして誘導し、何の下地も無い新人トレーナーから宝塚記念連覇という偉業を成し遂げた彼のような。

 

「あ、みてみて葵ちゃん。リシュちゃんが手を振ってるよー!」

 

 マヤノさんの声に意識を引き戻されます。

 マヤノさんはトレーニング中ならチーフトレーナーさんと呼んでくれますが、今はなかばプライベートという認識のようです。名前で呼んでいただけるほど仲良くなれたのは純粋に嬉しいのですけど、リシュはいまだに『桐生院トレーナー』呼びなのですよね……。

 無駄に気落ちしながらターフへ視線を落とすと。たしかにそこではウィニングランをゆったりと流しながらこちらに視線を向け、指を揺らすように小さく手を振るリシュの姿がありました。

 かと思うとにやりと笑みを深めてピースサインに切り替わります。ふむ、リシュから『もうひとりのリシュ』に切り替わりましたか。

 走り終わった後に手を振ってもらえるくらいには信頼関係が構築できてるということでしょうか。二重人格のことはまだ告げられていませんが、態度でほのめかす程度なら許容範囲ということ、でしょうか?

 

「リシュちゃんはね。ぱたんって閉じちゃってるの」

 

 どきりとしました。

 声に惹かれ、何気なく目をやったマヤノさんの横顔がとても大人びて見えて。はやく大人になりたいとせいいっぱい背伸びしている普段のマヤノさんはむしろ幼さと微笑ましさが強調されていますが、今の彼女は静かな気品に満ちていました。

 

「自分の中だけでふわーって満たされちゃうから、外に出る必要が無いの。みんなが生きるために必要なことが、リシュちゃんにとっては自分の意思で選んでも選ばなくてもいいことなの。

 外はイガイガで冷たくてうににーってなることも多いから、リシュちゃんは閉じた扉をなかなか開こうとしないの」

 

 頻繁に挟まるオノマトペは子供っぽさの発露のようで、それでいて言語化の難しいマヤノさんだけが見えている世界を極力損なわないよう誠実に表現しているようにも感じます。

 

「今日少しだけ開いたのはね、葵ちゃんだったからなんだよ。今日のレースでわかりやすく目立つように強い勝ち方をしたのはね、ほんのちょっぴりだけど葵ちゃんのためでもあるんだよ」

 

 マヤノさんがわかっていることの全てを私が理解できたわけではないのでしょう、けど。

 その言葉は乾いたところに沁み込むように私の中に入ってきました。

 

「リシュちゃんの担当トレーナーは葵ちゃんなんだから、ちゃんと見ていてあげてね」

「……はい!」

 

 何度でも。

 彼女たちから教わりましょう。私が道を違えようとするたびに正してくれるこの環境に感謝しましょう。

 年上だとか、トレーナーだとか。年齢や肩書が学びの阻害となることは許されません。未熟者である私が彼女たちを教え導く立場にいることの申し訳なさはありますけども。その罪悪感と羞恥を誤魔化すために逆上するなど最も恥ずべき行為です。

 

「……トレーナーは十分がんばっています、よ?」

「み、ミーク?」

 

 ミークが腕を伸ばして私の頭を撫でてくれました。

 嫌なわけではないのですが、人目のある場所では恥ずかしいといいますか。ううん、でもやめてくださいと拒絶することではありませんし。

 人前で頭を撫でられたくらいで揺らいでしまうチーフトレーナーの権威なら、それはチーフトレーナーである私の力不足というものでしょう。かのオグリキャップさんやイナリワンさんと“永世三強”と並び称されるスーパークリークさんのトレーナーは『いいこいいこ』とまるで幼子のように担当に頭を撫でられる姿がよく見られたと言います。

 それでも彼らの偉業と権威に揺らぎはありません。先人たちを見習ってここは大人しくされるがままにしておきましょう。

 

「…………パルクールとか、できますし」

「あはは……パルクールはあまり関係ないような」

 

 相変わらずミークの感性は独特です。ただ、こちらを慕い思いやってくれているのはこの上なく理解できます。

 私は担当に恵まれています。

 そしていまの私の担当は三人いて、全員この場にいるのです。

 

「うひょおおおお。神話と呼ぶにはあまりに荒唐無稽! 伝説と呼ぶにはあまりに発展途上!

 そう、それは『むかしむかし(Long long)あるところに(time ago)』と冒頭に付け忘れたばかりに、現代で対峙することになった御伽噺(フェアリーテイル)!」

 

 恍惚とした表情で身悶えしているのは私の三人目の担当であるアグネスデジタル。

 本人もウマ娘でありながらウマ娘という存在そのものが大好きという少しばかり変わった子で、推しの子を間近で感じるためだけにレースに出走しています。

 そのため三冠路線にもティアラ路線にも興味が乏しく、今はハルウララさんがいるダートをメインに活躍中。

 ミークには一歩及ばないものの、その気になれば芝もダートも縦横無尽に駆け巡ることができる幅広い適性と実力を持つ子です。

 もしも私にトレーナーとしての実績が無ければ、このような好きなレースに出してあげることは難しかったかもしれません。しかしシニア級でミークが、そしてクラシック級ではリシュがそれぞれ活躍してくれているため、トレセン学園での実績は十分。

 さらにリシュは王道の三冠路線で目覚ましい成果を出しているので、彼女たちと衝突することのないダートをデジタルが主軸にしていることはさほど不自然に思われていないようです。

 

 私としてはリシュを優先してデジタルを後回しにする、なんてつもりは全くありません。

 しかし身近な同期がマヤノさんとリシュという才覚と感性が天元突破したウマ娘だったばかりに、デジタルは卑下でも謙遜でもなく自らのことを『どこにでもいる平凡なウマ娘』と称するようになってしまった少し困った子でもあります。

 

――思いついたんだけどさ。脳内に将棋盤を用意する目隠し将棋の要領なら走りながらでも知力トレーニングができるよね?

 

――おおー、リシュちゃんあったまいい! アイ・コピー! どこに指したのか口でいうときに肺活量も鍛えられて一石二鳥だね! マヤ、三面指しまでならできるよ。デジタルちゃんはいくついける?

 

――……すみません。あたし、ふつーのウマ娘なんで。

 

 思い返してみると多分に同情の余地はあるかもしれませんね。

 でもね、デジタル。

 すぐ隣で脳内多面指しをやりながら併走トレーニングしている二人がいるので自覚しにくいかもしれませんが。

 『推しのお誘いに応じることのできないオタクに何の存在価値がありましょうか? いえ、ありません!(反語表現)』と必死に食らいついて自分も一つまでなら併走しながら脳内に将棋盤を展開できるようになったのは十分に()()()寄りですからね?

 

「聖剣も精霊の加護も持たぬ、勇者ならぬ我々はただひれ伏すことしかできないのでしゅ!」

 

 幸せそうに身悶えしていますけど。

 私はリシュの同期の中に勇者となりうるウマ娘がいるのだとすれば、それはデジタルがもっとも可能性が高いと思っていますよ。

 強力な磁石の隣に置かれた鉄が磁力を帯び、自らも磁石となるように。

 マヤノさんとリシュの影響を最も受けているのは間違いなくデジタルです。

 

 ダート2000mG1 ジャパンダートダービー。

 このままいけば夏に一度リシュと当たりそうですしね。

 

 

 

 

 

 ちなみに余談ですが。

 

 デジタルが言った『神話と呼ぶには~御伽噺』の一連の言葉。

 あのとき観客席には不特定多数の人間がいて、今の世の中は一般人でも気軽に呟きを全世界に拡散できるもの。

 外連味の利いたキャッチコピーだと、ネット上ではそれなりに話題になったようです。

 

「まさか味方に背中から刺されるとはね……」

 

 羞恥にリシュはいじけて部室の隅で丸まってしまい、平謝りするデジタルの姿が後日見られました。

 




今回はこれで一区切り!
できれば水着が来る前に次のダービー編の投稿が開始できたらなぁ(願望

例によって一週間以内におまけを投稿予定です

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