「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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バッチリ水着に合わせて投稿していきましょー!
ダービー編、開幕です
みなさん、ちゃんと水着への備えはできていますか?
当方はダメです(収穫の品、玉座×1)

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あと評価の必要コメント数を0に変更してみました。
10と0のときにはコメントが必要になりますが、どちらもハーメルンで10個しか付けられない特別な評価ですし、せっかくなのでいろいろ聞いてみたいのです。


優駿の宴
巫女の歌に思いをはせて


 

 

U U U

 

 ウイニングライブの練習というのはなかなかに大変だ。

 

 たとえばクラシック三冠に勝利した者だけがその歌唱を許される『winning the soul』。

 これはそのうたい文句の通り、皐月賞、日本ダービー、菊花賞のクラシック三冠で勝利したときにしか歌われない。

 生涯で最大三回しか使わない歌とダンスとパフォーマンスなのである。あくまでウイニングライブという括りの話で、どこか別の機会にファンサービスの一環で行う可能性は十分にあるが。

 だからこその価値、というものがあるというのは重々承知している。でもやっぱり練習中のふとした拍子にこれだけ練習してクオリティを確保して、実際に使う機会が最大三回とは……コスパ悪すぎやしないかという思いが湧いて出てしまうのも事実。

 

《でも無駄な努力じゃないってのは、デジたんを見ていたらわかるだろう?》

 

 まあたしかに。

 デジタルが『ライトは公式のものがおススメです! 市販のライトでは大きすぎたり、眩しすぎたりする恐れがありますっ』とそれはもう熱心に語っていたのを思い出す。

 ライブ関連グッズといえば円盤くらいしか思いつかない私が認識している以上に、ライブというのは大きな収入源ではあるのだろう。

 さらにデジタルはライブの映像を見ずとも、最初のコーラスを聞いただけで何年のどのレースのウイニングライブなのか言い当てることができた。

 ウイニングライブはその性質上、ボーカルがどのパートを歌っているのかで三着までの順位を知ることができる。そこにステージ環境で発生する音の反響や声から察せられる疲労具合などライブごと大小の差異を組み合わせれば、たとえ同じ顔触れが歌っていたとしても判別することなどウマ娘オタクにとっては容易な作業なのだろう。

 

《デジたんは間違いなく上位ではあるが、それでも頂点(トップ)ではない。恐ろしいことに》

 

 不特定多数からそれだけ推されるというのはウマ娘冥利に尽きる、のかな?

 私がいなければ私以外の誰かが推されていただけかもしれない。この時代のこの世界においてアイドルというのはあくまで数ある娯楽でしかない。この資本主義社会の中で無数に消費される代用可能な商品のひとつ。

 それでも、私がいなければこの世に生まれなかったものがある。今の私にしか世界に刻めない爪痕がある。全力で汗と涙とよだれとたまに鼻水も垂れ流しているデジタルを見ていると、不思議とそう思えるのだ。

 

《自分の趣味ではなくても、デジタルのために歌って踊るのは悪くない。そんな感じ?》

 

 そうね。そんな感じ。

 

 ウイニングライブのデータはレースの疲労がある中での一発撮りにも拘わらず、それだけ多くの人間に繰り返し長く愛好される。

 地方では音源はラジカセ、踊るのもスポットライトの一つもないお立ち台という学芸会の延長線上のようなところも少なくないらしいが。

 中央のウイニングライブは経済的な意味でもファンの心情的な意味でも、トゥインクル・シリーズにとって重要な役割を担っている。URA所属のウマ娘としては責任重大、手は抜けない。

 

 そんな緊張感と義務感に背中を押されながら練習を重ねていた、ある日のことだ。

 自他ともに認めるダンス巧者、テイオーのキレッキレのステップを見ていたときにふと思った。

 

 どうして中央のウマ娘はウイニングライブをこなせるのだろう?

 

 いや、別に何かに文句をいいたいわけじゃなくて単純な疑問。

 歌とダンスのレッスンはしっかり学園の時間割に組み込まれている。

 学園の施設にはダンススタジオだってある。

 学園も私たちも、リソースを費やしていないわけではないの、だが……。

 

 それでも中央トレセン学園に通うウマ娘の第一はレースだ。

 

 それは揺るがない。

 あくまで噂の範疇だが、うっかりウイニングライブの練習を疎かにしてメイクデビューのライブでやらかすウマ娘が数年に一人はいるらしい。

 そんなことをやらかした日には担当トレーナーともども学園から厳しく叱責されるし、ときには明確なペナルティを受けることもある。やらかした本人からすれば一生モノの恥になるだろう。

 

《デジたん曰く、あくまでファン目線では『デビューの時期に稀に見られる、微笑ましい風物詩』らしいけどねー》

 

 まあ本人の悔悟と見る者の感想のギャップはさておき、重要なのは『失念してしまう程度にウイニングライブは優先順位が低い』ということだ。

 円盤やその他グッズの売り上げ、経済効果という面で言えばもしかするとレース以上にURAにとって重要かもしれないウイニングライブであるが、生徒たちからすればその程度の重要度でしかないのだ。

 責任はある。それでもレースに比べると一段落ちる熱意しか抱けない。

 中には自分をアイドルと定義して歌とダンスに命を懸けてるような者もいるけど、あくまで例外的存在だろう。

 

《オメー三兆人のファンを誇るファルコさん舐めんじゃねーぞ》

 

 いやいや、人類が地上に誕生してから累計で総数を数えても三兆には届かないから。

 三兆とかそれこそSFのように地球外に人類が蔓延する世界観で、銀河を股に掛けた超アイドルとかじゃなきゃ無理だって。

 

 ともあれ、私たちはそこらのアイドルと遜色のないクオリティのライブをお届けしている。その自信はある。

 たしかに、得意不得意に個人差は存在する。実際なかなか上達できずテイオーにダンスのアドバイスを求めに来た生徒を一度ならず見たことがある。

 

 でもそんな彼女たちも努力すれば最終的にはできるようになるのだ。

 

 プロとアマチュアの間には努力だけでは越えられない渓谷があって、私たちのウイニングライブはその渓谷の向こう側に届いているように思える。

 世のアイドルたちはファンにあのクオリティのパフォーマンスを届けるためにどれだけ血がにじむような努力を重ねてきたのだろうか。どれだけの時間を費やしてきたのだろうか。

 もしも逆の立場だったのなら。

 アイドル業務の傍らにちょちょいとレースのトレーニングを行い、トゥインクル・シリーズに所属する私たちと遜色がないくらい走れるようになれたとすれば、私はちょっと面白くないと思う。

 

《まあウマ娘はそういう生き物だからねぇ》

 

 困った時のテンちゃん知恵袋である。

 何でも知っているわけではないが、改めて時間をかけて調べるほどではない知的好奇心を適度に満たしてくれる。

 仮に知らなければテンちゃんでも知らないのだと、それはそれで諦めがつくというもの。

 

《順番が逆なんだよ。ウマ娘がみんなアイドルとして天賦の才能を有しているというより。眉目秀麗で歌と舞のたぐいまれな素質を有しているからこそ、ウマソウルの器たりうるんだ》

 

 今回はわりとあっさりと答えを得ることができた。

 

 ふむ、つまり……。

 ウマ娘とは独立した種族ではなく、ホモサピエンスの雌に発現する先天的な特異体質ということ?

 その発現条件がウマソウルを宿すことで。

 ウマソウルを宿す条件が一定ラインを越えた偶像(アイドル)としての素質であると。

 巫女やシャーマンみたいなものと考えたらわかりやすいかもしれない。眉目秀麗で美声であればそれだけで発言力は高まるだろう。

 歌も舞も古来より神々に奉納されてきたものだ。条件としてそれらの才能が求められるというのは、それなりに納得できる理論だった。

 巫女やシャーマンが一時的に神や精霊をその身に降ろして奇跡を起こすのだとすれば。

 ウマソウルを生涯に渡って宿す常時発動型の奇跡がウマ娘なのではなかろうか。

 

《今の言葉だけでよくわかったなぁ》

 

 テンちゃんの声色が素直に感心の色を帯びる。照れるなぁ、もっと褒めろ。

 

 まあ下地が無かったわけではない。

 ふんわりやんわりしたこの世界とはいえ、ウマ娘とはなんぞやと知的好奇心を抱く人間は一定数存在する。

 彼らの研究成果はネットの海を漁ればいくらでも転がっているし、自分探しの旅に出たくなるお年頃であれば一回は漁ってみたことはあると思う。

 それらの拾い集めていたパーツがさっきの一言で急激に組み上がって明確な形を成しただけのことだ。

 

《あくまでぼくの経験から導き出した推論に過ぎないけどね。ただまあ、この世界線においてはおおむね外れてはいないんじゃないかな》

 

 この情報を発表すれば業界には激震が走るかもしれない。

 ……いや、そんなことはないか。

 ウマ娘とヒトの付き合いは古代から続き、相応に研究は続けられている。似たような仮説は既に提言されたものがいくらでも転がっているだろう。

 ただ確証に至る根拠が無かっただけの話で、そして『テンちゃんの証言』というだけではその根拠になりえない。

 

 私にとってはテンちゃんの言葉というだけで確かな情報源(ソース)だが、違う人間の方がずっと多いということは子供の私でも理解できる。

 『人語を解するウマソウルの言葉』というのは耳を傾けるに値する付加価値かもしれないが、今度はテンちゃんがウマソウルだということを証明する方法がない。

 そもそも私がテンちゃんとひとつの肉体に共存した二重人格なのか、車のハンドルを握れば人格が豹変する一部の人々のように特定条件下で大きく単一の性格が変わるタイプなのか、はたまた演技が上手いだけの同一人物なのか、そこから客観的に判別し周知させる方法など存在するのだろうか。

 『何を言っているのか』よりも、『誰が言っているのか』の方が重要視されるのが人間社会というものだ。

 そして私は『あんたほどのお人が言うなら間違いあるまい』と相手に思わせるような人間ではない。レースやライブと違って対人経験には胸を張れるだけの積み重ねが無い。

 

 ふむ、少しだけテンちゃんの求めているものが実感を伴って理解できた気がする。要するにテンちゃんは()()が欲しいのだな。

 レースという私たちがわかりやすく活躍できる手段を使って。『あれだけの偉業を成し遂げたウマ娘の言葉ならば信じるに値する』と思わせるだけの権威を求めている。

 誰が言っているのかの方が重要視される、その『誰か』になろうとしているのだろう。

 無敗のクラシック三冠という偉業を成し遂げた“皇帝”シンボリルドルフのような、彼女の言葉というだけで説得力が跳ね上がる『誰か』に。

 

《いくらウマソウルがあっても器が無ければこの世界に降りてくることができない。そしてレジェンドクラスのウマソウルを受け入れられるだけの器なんてそうそう数が出回るものじゃない。

 一部のウマソウルは渋滞を起こしているんじゃないかな。ウマソウルじゃなくて、受け入れる巫女の数が追い付いていない。マルゼンスキーとキタサンブラックが競走するようなこの時空のねじ曲がり具合って、要するにそういうことなんじゃないかと思うんだ》

 

 テンちゃんが何をもって『時空が捻じ曲がっている』とか感じるのかまではよくわからないけど。

 この世界はウマ娘と共に発展してきた。

 より多くのウマ娘を輩出してきた家が栄え、その逆もまた然り。そうやって淘汰が重ねられてきた結果、無自覚のうちに品種改良めいたものが行われてきたのではないだろうか。あるいは自覚的に行われてきたこともあるかもしれない。

 そうやって品種改良が進んだ結果、時代が進めば進むほどに良質な『器』が増え、これまで渋滞を余儀なくされていたウマソウルがどんどん飛び込んできていると考えれば。まあ、理論に破綻は見当たらないか。

 

 ちなみにキタサンブラックは知らないが、マルゼンスキー先輩は現在ドリームトロフィーリーグで活躍中のレジェンドのひとりだ。

 トゥインクル・シリーズにおける最終戦績は八戦八勝。ルドルフ会長と同様、あまりに強すぎて『最初の三年間』終了後即座にドリームトロフィーリーグへの移籍が決定した隔離組である。

 遠目に何度か見たことがある。速く走る、その一点で磨き上げた芸術品の連なり。あれはちょっとモノが違う。私たちを規格外とするなら、あれは三女神が手掛けた特注品(カスタムメイド)とでもいうべきか。“スーパーカー”の異名は伊達ではない。

 ドリームトロフィーリーグの方では勝ったり負けたりしているが、トゥインクル・シリーズ無敗というのはあの“皇帝”シンボリルドルフでもなしえなかった偉業だ。まあ皇帝サマは皇帝サマで『勝利よりも、たった三度の敗北を語りたくなるウマ娘』などと称えられているのだが。

 個人的な付き合いはまだ無いが、中央トレセン学園の生徒として常識の範疇では知っている。

 バケモノじみた実力をひけらかすことなく、ただ楽しく走ることを純粋に愛するお姉さん。後輩の期待にどこまでも応えてくれる頼りになる大先輩。ただし言動にちょっとバブルの香り漂うのが玉に瑕。

 

 ふむ、そうか。

 ウマソウルという存在がウマ娘の日常生活に与える影響は決して小さいものではないと言われている。テンちゃんほど大声でその存在を誇示するのはたぶん世界でオンリーワンだろうけども、それはひとまず置いといて。

 たとえば耳飾り。ウマ娘のオシャレとして一般的なそれであるが、右耳を中心に着けるか、左耳を中心に着けるかは個々人でハッキリ決まっている。その日の気分で左右の偏りが変わるという子は鏡以外では見たことが無い。

 たとえば体操服。中央トレセン学園ではクォーターパンツとブルマの両方が採用されているのだが、こちらも併用している子は見たことが無い。クォーターパンツ派の子はずっとクォーターパンツ、ブルマ派の子はずっとブルマだ。

 この上記の二点、まったく関係がないように見えて右耳中心に耳飾りを着ける者はクォーターパンツ派、左耳中心に着ける者はブルマ派と、明確な法則性がある。

 なんでもこの法則に反した格好をしていると、まるでフォーマルな場に私服で紛れ込んでしまったような居心地の悪さを感じるそうだ。

 そわそわ落ち着かないのだとウオッカがあの性格でブルマを選ぶのだから、それなりに強めの違和感なのだろう。

 

 ぶっちゃけ私にはよくわからない感覚である。

 

 他人で見たことこそ無いが、実は私自身はこの法則性に当てはまらない。

 強いて言うのなら私が自分で着替えるときは左耳、テンちゃんが着替えるときは右耳に偏ることが多いだろうか?

 ブルマは恥ずかしいのでクォーターパンツ派だ。これはテンちゃんも変わらない。たしかに世の中にはスカーレットみたいにブルマがこの上なく似合う女の子もいるが、私の身体はそうじゃないから。

 この奇妙な本能にはウマソウルが関係しているのではないかと、昔から冗談交じりに言われていた。

 テンちゃん曰くそれは真実らしい。三女神さまはいったい何を考えてそんなところにそんなルールを定めたのやら。

 

 マルゼンスキー先輩のバブル薫る言動もそうなのかもしれない。

 ウマソウルがどれだけの影響をウマ娘の人生に及ぼすのかは諸説あるが、確実視されているのは名前。そして有力視されているのが『歴史』だ。

 本来なら彼女はもっと昔に生まれておくべき存在で。だから彼女の中に刻まれた歴史はバブル経済前後のもので。だからあんなにティラミスにナタデココに肩パットに執着しているのではなかろうか。

 でもマルゼンスキーという超一級品のウマソウルを受け止められるだけの『器』がなかなか生まれなかったから、ずるずると現代まで降りてくることができなかったと。

 

《単純に器の品種改良が進んだってわけじゃなくて、相性もあると思うよ。メジロ家とかシンボリ家とかの名門は血統と冠名ウマソウルが蜜月の関係になってる一例だし》

 

 ああ、たしかに。

 ウマ娘が種族ではなく、異世界から降りてくるウマソウル由来の特異体質であるならば。

 名門に同じ名を冠したウマ娘が生まれる理由は遺伝由来ではないということになる。いや、遺伝子レベルで特定の名を冠したウマソウルと相性がいいのだと考えればこれもやっぱり遺伝なのか?

 一般家庭出身の私たちにはわからないし知る由も無いが、中にはまったく一族とは無関係の名を冠したウマソウルを宿してしまい肩身の狭い思いをするウマ娘もいるのかもしれない。

 あるいはシンボリ家関係者との噂があるテイオーがやけにルドルフ会長と関わろうとするのも、そのあたりコンプレックスがあったりするのかしら?

 

――メジロになりたかった

 

 ふと、古い記憶を思い出した。

 そうだ、いつだったか泣きじゃくる小さな子に出会ったことがある。メジロになりたかったよとうずくまるその子を前に困惑することしかできなかった私と対照的に、テンちゃんはその涙の理由まで把握した上で慰めていたような気がする。

 

――泣くなよ。だってきみは『黄金の不沈艦』だろう?

 

 なんて言ってたっけ?

 変だな、記憶力にはこれでも自信があるのだけど。削り取られたように空白だ。

 いつどこで会ったのかも、その状況に至る経緯も、あの子の名前もさっぱり思い出せない。

 興味がないことはそもそも憶えない私ではあるが、テンちゃんがあの子の頭を撫でるあの光景が一枚絵のように記憶の中に残っていることから無関心だったということはないはず。

 

 栗毛で前髪に白く流星がある子だった。

 おとなしくて聡明な子だった……うん? おとなしそうなのは雰囲気で判別したとしても、聡明ってのはある程度会話が発生しないとわからないよな。

 本格的におかしいぞ。不自然なくらいぽっかりと忘れている。まるで誰かが白で塗り潰したようだ。

 

《へー、記憶処理ってこういう感じになるのかー》

 

 なんかテンちゃんが怖いこと言ってるぅ。

 よし、思い出せないってことはさして重要なことではないんだろう。私は何も思い出さなかった。はい終わり!

 

《ここにいるのは馬ではなく、あくまで名前と歴史を受け継ぐ少女たち。数奇な運命を背負わされてはいても、いざどんな未来を切り開くかは自分の意志で選ぶことができる。

 だからダイワスカーレットがオークスを勝ったっていいのさ。トウカイテイオーが奇跡の復活ではなく順当な三冠を勝ち取る未来があったっていいんだ》

 

 全力で意識を逸らそうとしていたので聞き逃しそうになったけど。

 テンちゃんはまるで自分に言い聞かせるかのような口調だった。

 

《だから……ダービーをウオッカから勝ち取ったっていいのさ。歴史はぼくらの前に立ち塞がっているんじゃなくて、ぼくらが切り開いた後にできるんだから》

 

 迷ってる? 躊躇している?

 何に?

 変なの。たしかに次の日本ダービーは私たちが大本命、対抗バがウオッカであるのは同意見だけど。

 ウオッカだけが走るレースじゃないし、私たちだけが走るレースでもない。現在の日本ダービーはフルゲートだと十八人のレースで、その全員が『自分が勝つ』と決めたから出走するわけで。

 クラシック二冠目も私たちが貰うよ。クラシック三冠だけじゃなくてこれから先も、ずっとね。

 誰かが勝てば誰かが負ける。それが変わらないのなら勝つのは私たちがいいと言ったのはテンちゃんじゃないか。

 

 もはや途中で立ち止まることをためらう程度には多くの夢を踏みにじり、踏み壊してしまったから。

 粉々になったその欠片たちを背負ってここまで来たつもりだから。

 大切に抱えていたかった夢を壊された側からしてみれば、何の慰めにもならない自己満足だろう。

 だけど、一度目指すと決めたのならそういう覚悟は自己満足だろうと必要だとも思う。

 私が立ち止まるのはきっとこの脚が壊れたときか、走るのに飽きたときだ。

 そして健康に気を遣っている私たちに前者は当分ありえない。後者もしばらくはなさそうかな。

 

《ん、そうだね……自分が言ったことには責任を持たないとな!》

 

 ちょっと元気出た?

 テンちゃんがどういう視点で生きているのか、相変わらず理解できないことも多いけど。

 大切な相棒なのだ。困っているときに助けになれたのなら何よりである。

 ところで、やけに日本ダービーのウオッカを警戒しているけどそんなにヤバいの?

 

《んー、そうだねぇ。具体的に言うのであれば……。

 ダービーのウオッカとダービーのナリタブライアンが勝負すれば、ダービーのウオッカが勝ちかねない。それくらいにはヤバい》

 

 それはヤバいね。

 

《ワクワクする?》

 

 自分の走るレースじゃなけりゃね。

 




まさか公式がウイニングライブ関係を掘り下げてくるとは……
ヨシ! 公式設定がカッチリ用意される前だからこそ好きなこと言っとこ!

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